Zero and heroic king   作:river01

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王の休日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

 

トリステインの中枢たる、王都トリスタニア。

 

その中心に君臨する王宮を後にして、ルイズは緊張を解いて息をついた。

 

 

「戻ったか、ルイズ」

 

 

正門近くのベンチに腰かけながら、同行せずに待機していたギルガメッシュが声をかけてくる。

 

 

タルブにて収めたアルビオン軍との勝利の後、王女アンリエッタはすぐに戴冠式を行い、名実ともに女王の称号を得た。

 

不可侵条約を無視して侵攻してきたアルビオン軍を、奇跡の勝利にて打ち破ったアンリエッタの人気は、いまや絶頂である。

 

人々は彼女を『聖女』と称え、その権威はもはや政略結婚など必要としなくなった。

 

また、同様にアルビオンの脅威に曝されているゲルマニアとしても、単独でアルビオン軍と渡り合ったトリステインとの同盟を破棄できるはずがない。

 

 

乗せられた冠と共に、アンリエッタは一人の独立した王として立ち上がったのだ。

 

 

そして王たる彼女が最初に民へと下した言葉は、祖国の大地を踏みにじった憎むべき敵国アルビオンの打倒宣言。

 

貴族、平民問わず、トリステインに住まう全ての民に対して向けられたその宣言に、今や国中では戦争の準備の真っ最中である。

 

魔法学院も先日から夏期休暇に入り、実家へと戻っていった貴族の子弟たちも、そのほとんどが士官学校へと出向いて兵役に就いていた。

 

 

そのように、世間がいろいろと騒がしくなっている時期に、ルイズはアンリエッタより呼び出しを受けたのだ。

 

 

「前のアルビオンとの戦争の時の事を、いろいろと聞かれたわ。姫様―――じゃなかった、女王陛下は、すでにほとんどの事情をご存じだったみたい」

 

 

「お前が発現させたという『虚無』のことか?」

 

 

「それとアンタのこともね。隠し通せそうになかったから、結構話しちゃったけど、その、良かったかしら?」

 

 

「別に構わん。わざわざ隠すようなことではない」

 

 

ハルケギニアの常識を覆す力を持つギルガメッシュであったが、これまでその名はそれほど広くは轟いていなかった。

 

単に立場だけで見るならば、ギルガメッシュは学生の一人に呼び出された使い魔の一体に過ぎない。

 

その実態を知る者ならばともかく、トリステインという国においてギルガメッシュの存在とはその程度だったのである。

 

 

だが、今回の戦争で見せつけた『乖離剣』の威光は、与えた印象があまりに強烈過ぎた。

 

 

あれほどの常軌を逸した力、その情報に蓋をすることなど出来るはずがない。

 

表沙汰にはしていないものの、いまや王宮の誰もが、たった一人の学生が召喚した黄金の使い魔に注目していたのである。

 

 

「もし煩わしく騒ぎ立てるならば、その時は相応の報いを与えるのみだ」

 

 

微塵と躊躇いなど見せることなく、冷然とギルガメッシュは宣言する。

 

 

ギルガメッシュは、トリステインの味方というわけではない。

 

いやトリステインに限らず、彼は誰の味方にもなりはしない。

 

本質的には、ルイズの味方ですらないだろう。

 

彼が味方とするのは、ただ己の意志のみ。

 

自分にとって害と、あるいは煩わしいと感じただけで、あっさりとその矛先を変える。

 

問題となるのは、敵か否かの区切りの線を越えたかどうかだけである。

 

 

「それはそうと、ルイズ。戻ってから妙に挙動不審だが、何かあったのか?」

 

 

城から戻ってより、やけにそわそわとしているルイズに、ギルガメッシュは尋ねた。

 

 

その様子はアンリエッタから何かを言われて沈んでいるという風ではない。

 

むしろ沸きだす感情を抑えるために、あえて平静を装っているようであった。

 

 

「ふ、ふ、ふふふ・・・」

 

 

肩を震わせながら、口元より笑い声が漏れていく。

 

抑えても湧き出る感情に曝されながら、ルイズは懐より一枚の羊皮紙を突きだした。

 

 

羊皮紙を受け取り、ギルガメッシュは紙面へと目を落としていく。

 

 

「陛下が・・・、私の戦場で起こした『虚無』の功績を称えて、女王直属の女官として任命してくださったのよ」

 

 

そのギルガメッシュの横で、ついに笑みを隠しきれなくなったルイズが呟く。

 

その一言で堰を切ったかのように、感情に任せて高笑いし始めた。

 

 

「ついに、ついに私は、認められたんだわ。私の力が、トリステインのために必要なものだって、陛下自身から言われたのよ」

 

 

ルイズが行使した『虚無』の力は、アンリエッタの助言により秘匿とすることが決まっている。

 

 

何しろ伝説の力だ。

 

敵が知れば即座に標的とするだろうし、味方の中にも狙う者が出てくるかもしれない。

 

故に、ルイズが為した功績は公のものとはせず、『虚無』の存在はごく一部の者だけが知る内密のものとされたのだ。

 

 

とはいえ、劣勢にあったトリステイン軍を勝利に導いたルイズの功績は、本来ならば勲章どころか小国を与えてもおかしくはない。

 

そんな彼女に対して、何も報いるものがないことをアンリエッタは良しとせず、代わりにルイズを自分直属の女官としたのだ。

 

 

女王直属の女官となれば、その権限は並の爵位の貴族などとは比べ物にもならない。

 

側近として、女王本人の確かな信頼がなければ任命されない、名誉ある役職なのだ。

 

 

「思えば、本当に長かったわ。毎日毎日、どれだけ努力しても失敗ばかりで、周りから馬鹿にされる日々。そんな私に付いた二つ名は『ゼロ』。全くもって、不本意極まりない名前だったわ。

 

けど、私はついにやったのよ!!これまでの私とは永遠にサヨナラ♪ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、今ここで新生したんだわ!!」

 

 

幼いころから魔法が使えず、侮蔑と同情の眼差しを受け続けてきた

 

揶揄されて、哀れまれ、それでも必死の努力を繰り返してきたのが、これまでのルイズという人生なのだ。

 

 

そんなルイズにとって、誰かから自分の力を認められるという事は、形容し難く大きい。

 

これまでの侮辱があったからこそ、今日に受けた称賛が更に甘美なものとして響き渡る。

 

少々度が過ぎているルイズのはしゃぎ様も、無理からぬことであった。

 

 

(あ、でも―――)

 

 

と、そんな浮かれ気分の中で、ルイズはふと気が付いた。

 

自分にとってはまさに転機たる今日、この栄誉が与えられたのが誰のおかげであるのかと。

 

 

(アイツがいなかったら、多分私は目覚めていなかった)

 

 

ルイズに立ち上げるきっかけを与えたのは、他でもないギルガメッシュだ。

 

思惑はどうであれ、結果としてこの栄誉はギルガメッシュのおかげであるとも言える。

 

 

(お礼くらい、言うべきなのかもしれないわね)

 

 

感謝の念は、確かにあるのだ。

 

ただそれを口にすることが、たまらなく気恥ずかしいというだけ。

 

その羞恥心が、面と向かって謝辞を述べることを躊躇わせている。

 

 

だが、今回くらいは、少しは素直になってもいいかもしれない。

 

あんまり意地を張り過ぎても、疲れるだけだ。

 

それに今日は、自分が認められた記念すべき日でもあるのだし。

 

 

そう思い、ルイズは許可証の羊皮紙をいじりまわしているギルガメッシュを横目で見ながら、意を決して口を開いた。

 

 

「ギルガメッシュ。今回は、その、いろいろとありがと―――」

 

 

ビリッ

 

 

「む?」

 

 

唐突に響いた嫌な音に、ルイズの謝辞が途切れる。

 

彼女の眼差しが凝視するのは、ギルガメッシュの手にある女官としての許可証。

 

彼女の視界の中で、羊皮紙で出来たその許可証は、真っぷたつに破かれていた。

 

 

二つに裂けて両手に渡った許可証を、ギルガメッシュは見降ろす。

 

それを見ながら、ふむ、と頷いてから、ルイズへと向き直り、言った。

 

 

「随分と脆い、栄誉の証明だな」

 

 

「なにやってんのよアンタはぁぁぁぁぁぁ―――!!!」

 

 

ルイズの絶叫が、昼の日和のトリスタニアに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だだだ、大丈夫よね、これ。まだちゃんと使えるわよね、これ。無効とか、そういうことにはなんないわよね」

 

 

トリスタニアの街道の端、ルイズは一つに戻った許可証を手に、冷や汗交じりに呟く。

 

 

ルイズが手にする許可証には、中心にくっきりと縫い目の跡が走っている。

 

ギルガメッシュがうっかり破り裂いてしまったその許可証を、急遽ルイズは購入した裁縫道具によって修復作業に入った。

 

裁縫など生まれてこのかた一度も経験が無かったため、なかなかに苦労したが、とりあえず縫合は完了した。

 

縫い方も乱雑で、文字列も所々ズレて随分と不細工になっているが、何とか形は整えられている。

 

まあこれで、全く読めないということはないだろう。

 

 

軽く何度か引っ張って強度を確認してから、ルイズは羊皮紙を慎重に畳んで懐にしまった。

 

 

「衆愚どもの内に潜入しての、情報収集か。またつまらん任務を与えられたものだな」

 

 

許可証とは別のもう一枚の紙面に目を落としながら、ギルガメッシュは言う。

 

許可証と共にルイズに与えられた、女官としての初任務の詳細が書かれた書類である。

 

 

「つまらないって何よ。これは、事前に不穏分子を排除するための、重要な任務なんだから」

 

 

先の戦いで、アルビオン軍は多くの艦隊を失った。

 

恐らくその艦隊を再編するまでは、まともな侵攻はしてこないだろう。

 

代わりに正攻法ではない、不正規な戦い方を取ってくるに違いない。

 

 

それがトリステイン首脳部の考えであり、この場合の不正規な戦い方とは、内乱の扇動や裏切りの誘発といった、いわゆる裏のやり方である。

 

名誉も何もあったものではないやり方ではあるが、国同士の戦いにおいてそうした謀略の類は言うまでもなく有効なものだ。

 

まして相手は自らが仕える王家に反旗を翻し、王座を簒奪した不忠者達なのだ。

 

警戒するに、越したことはない。

 

 

そうした警戒活動の一環として、ルイズには身分を隠して街内に潜入し、治安の確認及び蔓延する噂の調査の任務が下ったのだ。

 

 

「それほど大層な任でもあるまい。小娘一人に、期待することなどあるものか」

 

 

とはいえ、アンリエッタら首脳部がルイズに対し、本当に不穏分子の発見などを期待しているのかといえば、そうではない。

 

いかに『虚無』に目覚めたとはいえ、所詮ルイズは一介の学生に過ぎないのだ。

 

情報に通じているという訳でもなく、内通者を見抜く眼力を秘めているわけでもない。

 

というかルイズに限らず、相応の訓練を受けていない人間に、いきなり諜報活動など出来るはずがないのである。

 

 

だから、アンリエッタがルイズに期待しているのは、もっと身近で簡単なもの。

 

誰にも脚色されていない、純粋な市民の声、自分に向けられる評価を、アンリエッタは聞きたいのだ。

 

 

『聖女』と持て囃されても、アンリエッタは所詮二十にも届かぬ少女に過ぎない。

 

表ではどれほど称賛されても、裏ではこの若すぎる女王に対する不安の声も少なくない。

 

それら本当の声を聞き届けることで、アンリエッタは真に自分という存在を理解することが出来ると考えた。

 

 

そうした色のない声を求めるからこそ、最も信頼を置くルイズにこの任務を与えたのだ。

 

まあ、もっと単純に、戦時前の忙しいこの時期に、手の空いた側近がルイズ以外にいなかっただけなのだが。

 

 

「世の流れに翻弄されるばかりの衆愚の意向など、益体なきものでしかなかろうに。またつまらぬ瑣事にこだわるものだな、あの小娘も―――」

 

 

そこでギルガメッシュの目に、書類のある一点の記述が目に留まった。

 

 

「ほう。おい、ルイズよ。この書面、お前の従軍の義務付けについての記述もあるぞ」

 

 

「・・・ええ、知ってるわよ」

 

 

先のアンリエッタの宣言通り、トリステインはゲルマニアとの同盟軍を結成し、アルビオンへの侵攻を計画中である。

 

そして来るべき侵攻の暁には、ルイズにも同盟軍への参入がすでに命じられていた。

 

 

理由は、言うまでもなく『虚無』の魔法。

 

あのアルビオン艦隊を一撃で壊滅させた威力を、軍が目を付けないはずがない。

 

ルイズはトリステイン側が抱える、アルビオン侵攻の秘密兵器なのだ。

 

 

そう、兵器。

 

人間としてではなく、有する力のみを重視した道具としての期待。

 

軍がルイズに向ける眼差しとは、そういった類のものなのである。

 

 

「親友などと嘯いてみせて、その実、乱世となれば道具として使い捨てる、か。大した友情だな」

 

 

「ちょっと、変な言い方はやめて。陛下は私の力を信頼してその命を与えたのよ。道具だなんて思われてないわ」

 

 

「同じことだろう。いかに言葉を選ぼうが、本質に違いはない。奴が期待しているのは、お前の人格ではなく、魔法だけなのだからな」

 

 

ギルガメッシュの言動に、ルイズは不機嫌に顔を歪める。

 

険難な沈黙が二人の間に流れるが、意外にも先に引き下がったのはギルガメッシュの方だった。

 

 

「まあ、よい。小娘の思惑など、我の知ったことではない。それで、ルイズよ。当面の任務についてはどうするつもりだ?」

 

 

改めて問いかけた途端、ルイズは不服気に顔を曇らせる。

 

先ほどはギルガメッシュに反発して重要な任務などと言ってしまったが、実際はルイズとて今回の任務には乗り気ではない。

 

庶民の中に溶け込んでの潜入捜査など、彼女が期待する名誉ある任務には程遠い。

 

 

とはいえ、仮にも女王陛下より直々に与えられた任務。

 

不満だからといって、放棄するような真似を根が真面目なルイズがするはずがない。

 

 

「う~ん、やっぱり最初は、平民の中に溶け込めるよう、服装から何とかしなくちゃいけないわよね。それに住居だって、相応のものを用意しなくちゃダメでしょうし」

 

 

「やれやれだな。質素、倹約などという言葉は、民どもの楽しみであろうに。まあ、これも間劇を彩る余興程度にはなるか」

 

 

フゥと肩を竦めながら、質素、倹約の言葉より最も遠い男はコメントする。

 

そして次に口にする言葉も、やはり民の心からはかけ離れたものであった。

 

 

「そうだな・・・。では、移動のための車両には、黄金や宝石類による装飾は控えるとしよう。仮となる別宅も、最低でも五十階規模の建造物が欲しいところだが、まあ三十階程度までなら妥協してやる。ただし、部屋の内装には妥協するなよ。我が眼前に入る個室が、みすぼらしいままなど許容できぬからな。

 

フフッ・・・、我も随分と、控えめになったものだ」

 

 

「どこがよ!!全然溶け込めてないじゃない。むしろ目立ちまくりよ」

 

 

思わず、ルイズが叫ぶ。

 

だが当のギルガメッシュは特に冗談を言ったつもりはなく、至って真剣であった。

 

 

この世の贅のすべてを堪能し尽くしたとされる、原初の英雄王。

 

彼の持つ価値基準とは、もはや常人のそれとは次元の隔たりほども離れている。

 

 

そんな彼に、庶民の生活を模倣するなど、所詮無理な話だった。

 

 

「全く、そんなことじゃ潜入にならないでしょ。せいぜい、若くて健康な馬と馬具一式、それに宿泊用に、キチンと名の在る貴族専用の宿くらいよ」

 

 

・・・いやまあ、何というか、その契約者も五十歩百歩であったが。

 

 

人手不足の問題があるのだろう。

 

戦争が近く迫っていることもあって、多忙なのも分かる。

 

だがしかし、やはりこの任務にルイズを割り当てたのは、致命的な人選ミスとしか言えないだろう。

 

 

「まあ、どっちにしても、十分なご奉公のためには、十分な資金が必要よ。今のままじゃ、ちょっと足りないわね・・・」

 

 

任務のため、アンリエッタより渡された活動費400エキューを見降ろして、ルイズは呟く。

 

通常の平民の生活からすれば十分すぎる額であるが、二人の要求にはどちらにしても足りていない。

 

 

「困ったわね・・・。どこかで簡単に、短時間で、それも大幅にお金を増やす方法ってないかしら」

 

 

その発言は、まさしく駄目人間そのままであった。

 

 

「おい。ならばいい場所があるぞ」

 

 

「え?」

 

 

そう言ってギルガメッシュが指した先には、地下に大きな賭博場を持った酒場があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上層の控えめな客足の酒場と違い、地下の賭博場はかなりの賑わいを見せていた。

 

どうやらこちらの方こそが、この店の本当の姿らしい。

 

 

当初こそルイズも乗り気ではなかったものの、軽く挑発されるとあっという間に熱くなっていった。

 

そんな彼女が向かい合うゲームは、数字の描かれた赤と黒のポケットに球が入る場所を予想して当てる代表的なギャンブル、ルーレットである。

 

 

三十七あるポケットの内、ルイズは黒のポケットに30エキューを賭けた。

 

しかし、結果は赤。

 

 

ただでさえ不足する活動費が更に減り、ルイズはがっくりとうなだれた。

 

 

「クッ」

 

 

そんなルイズの姿を、後ろよりギルガメッシュが嘲笑を漏らして見下していた。

 

 

「アンタ!!今、嗤ったでしょ!?」

 

 

「いやいや、むしろ哀れんでいるぞ。女の色香のみならず、運気さえも持たずに生まれてこようとは。いっそ、不憫ですらある」

 

 

「余計なお世話よ!!特に前半!!」

 

 

ギルガメッシュの侮蔑に、ルイズは怒鳴り返して答える。

 

そんな二人のやりとりを、周りの客は苦笑まじりに眺めていた。

 

 

「どれ、我もちと戯れてみるか」

 

 

「あ!ちょっと」

 

 

そう言うと、ギルガメッシュはテーブルに置かれたルイズのチップから、100エキュー分ほどを手掴みで取り上げた。

 

抵抗するルイズを押さえつけ、さっさとチップを懐にしまいこむ。

 

 

「お前もせいぜい頑張るのだな。まあ、期待は微塵としておらんが」

 

 

哄笑まじりに言い残すと、ギルガメッシュはチップを手に別のテーブルへと行ってしまう。

 

その後ろ姿をルイズは悔しそうに見つめてから、自らの賭けるゲームに集中した。

 

 

「フン。見てなさい。今のはほんの運試し。これからが本番よ」

 

 

息巻くルイズであったが、その結果は散々なものだった。

 

 

何しろルイズの賭ける方は、ことごとく外れる。

 

黒の次には赤にと賭ければ、黒のポケットに球が入り、ならば黒にと賭ければ赤に入る。

 

ムキになって色ではなく数字のピンポイント狙いをしてみても、当然のごとく外れる。

 

初心に戻って色の二択に戻っても、やはり賭けた色はその全てが外れた。

 

 

ここまで来ると、もはや呪われているとしか思えない不運ぶりである。

 

最後の方では他の客たちも、ルイズの賭けるほうへは決して賭けようとはしなくなっていた。

 

 

そして一時間もしたころ、ポケットマネーも含めたルイズの持ち金は完全に空となっていた。

 

 

「ど、どうしよう・・・」

 

 

すべてを失ってようやく事態を飲み込めたルイズが、冷や汗を垂らしながら呟く。

 

 

この金は、女王より任務のために渡された活動費なのだ。

 

しかもそれは国財より回されたのではなく、アンリエッタの私財から提供されている。

 

ただでさえ戦の準備で資金が足りていないのに、このような重要度の低い任務に回せる金など無かったのである。

 

 

そんなお金を、自分はたったの一時間足らずで博打に費やしてしまったということになる。

 

こんなこと、アンリエッタに報告など出来るはずがなかった。

 

 

「そういえば、アイツはどうなったかしら・・・?」

 

 

ふと気になって、ルイズはテーブルを離れて相方の姿を探す。

 

 

その姿自体は、すぐに見つかった。

 

例え黙っていても人目を引きつけずにはいられない圧倒的な存在感が、その所在を知らせてくれたのだ。

 

 

ギルガメッシュが座っているのは、カードを用いたゲームを行うテーブル。

 

カードといってもトランプという訳ではなく、そのゲーム専用のカードのようである。

 

 

そして彼の座るテーブルに置かれたチップの額に、ルイズはあんぐりと驚愕して口を開いた。

 

 

「ん?ああ、ルイズか。どうかしたか?」

 

 

ルイズの視線に気が付き、ギルガメッシュが声をかけてくる。

 

彼の眼前には、まさしくチップの山とでも形容するべき光景が築き上げられている。

 

換金すれば、10000エキューは軽く超えているだろう。

 

 

震える指先でそのチップの山を指しながら、ルイズは驚愕も抜けきらぬ様子で尋ねた。

 

 

「アアアアンタ!?そ、そのチップ、この一時間で何があったの!?」

 

 

「何が、と言われてもな。見たとおり、勝ち続けたというだけだが」

 

 

事も無げにギルガメッシュは言ってのける。

 

その自信の表れは、まさしく彼がギルガメッシュであるが故のものだった。

 

 

祝福された身の上に与えられる、最上級の幸運。

 

その運命に施された、生涯においてどれほど金銭が付いて回るかを決定する黄金律。

 

それらの加護下に在るギルガメッシュにとって、博打をして勝つことはもはや運気ではなく宿命だと言っていい。

 

 

テーブルのディーラーは、すでに憔悴し切った様子で項垂れている。

 

その姿は、本来敵であるはずの客達からも同情の眼差しで見つめられるほどに哀れである。

 

 

まあ今回の場合は、相手が悪かったとしか言いようがない。

 

 

「そういうお前こそどうしたのだ?―――ああ、スッたのか」

 

 

手持ち無沙汰なルイズの様子に、ギルガメッシュはすぐに気が付いた。

 

 

「クククッ、本当に運気にも見放されたようだな。主君より賜った金銭を賭博なんぞに注ぎ込むとは、とんだ忠義者もいたものだ」

 

 

「ぐ・・・。ま、まあ、それについてはもう文句も言えないけど、それよりそのお金―――」

 

 

プライドを押さえ付けて、ルイズは何とかギルガメッシュの稼ぎの分を分けてもらおうと申し出ようとする。

 

さすがにこうなっては、贅沢を言っていられる場合でもない。

 

このままでは任務遂行どころか、受けおってから僅か数時間で失敗の報告をする羽目になりかねない。

 

 

だがそこで、それを遮るようにギルガメッシュが言葉を重ねてきた。

 

 

「何だ?まさか、物乞いなどはするまいな。仮にも公爵家の娘だ。雑種とはいえ少しは名のある血筋の者が、あろうことか博打のために金銭をねだろうなどと。少しでも家名に誇りを持っているならば、例え命に代えても出来る真似ではないからな」

 

 

「ぐ、ぐううううぅぅぅ~~~!!」

 

 

そこまで言われては、分けて欲しいなどと言えるはずもない。

 

悔しげに歯軋りながら、ルイズは言葉を飲み込み黙り込んだ。

 

 

「ふむ。まあ、からかうのはこのくらいでよいか。・・・ほれ」

 

 

だがそこで、なんとギルガメッシュの方からチップを提供してきた。

 

差し出されたチップは、換金すれば500エキューにもなるほどの量である。

 

 

あまりにも意外なことに、ルイズは眼を見開いて驚愕しながら、それを受け取った。

 

 

「お前と我には、一応とはいえ契約者の縁もある。これくらいの施しは与えてやろう」

 

 

思いもよらぬ、ギルガメッシュの思いやり。

 

らしくないと言えばらしくないが、純粋に自分を思っての行為とも取れるその気遣いに、ルイズは素直に感動を覚えていた。

 

 

ここで終わらせれば、確かにそれは思いやりであっただろう。

 

 

しかしながら、彼は唯我独尊の英雄王ギルガメッシュ。

 

彼が徳とするのは他者への思いやりなどでは断じてなく、すべからく自らのための娯楽である。

 

 

「ああ、返さなくてもよいぞ。どうせ一刻も過ぎたころには、その金も先の金と同じ行く末を辿るのだ。お前の手に委ねるという行為自体、もはやドブ川に無為に捨て去る事と大差はないからな」

 

 

と、侮蔑を顕わに挑発する。

 

その挑発に、感動を見せていたルイズの表情がカッと怒気に染まった。

 

 

本来ならば、そんな挑発は無視してしかるべきだ。

 

経緯はどうあれ、ルイズの手には現在500エキューという金がある。

 

それは当初ルイズがアンリエッタより渡された活動費を上回る金額である。

 

ここはグッと我慢をし、このチップを換金してしまえば、目的である資金の増加は果たせるのだ。

 

 

だが、それを分かっていてなお無視できないのが、ルイズという少女の気性である。

 

 

「な、ナメんじゃないわよ!!見てなさい、こんな端金、すぐに色を付けて叩き返してやるんだから!!」

 

 

ビシリと指を突き付けて、ルイズは宣言する。

 

 

その行為のすべてがギルガメッシュの予想の通りであり、玩具にされて彼を楽しませているとも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、結果。

 

 

ギルガメッシュが予言した一刻という時間。

 

その予言は、違った形で外れることになる。

 

 

ルーレットに戻ったルイズは、即座に赤のポケットへと賭けた。

 

提供された500エキュー、その全額である。

 

 

黒と赤の二色のどちらかに賭けたのでは、勝っても払い戻しは二倍のみ。

 

しかしながら、賭ける金額が全額ならば、勝った瞬間に所持金は二倍である。

 

これならばたった一回のゲームで、これまでの負け分を全て取り返せるのだ。

 

 

無論負けた時は、全財産を一瞬にして失うことになるのだが、負けた時のことなどすでにルイズの頭にはない。

 

ある意味で、彼女は度胸のある人間だった。

 

 

「私は伝説よ。こんなところで、ねぇ、負けるもんですか」

 

 

何の根拠もなしに、そう言ってルイズは自らを鼓舞する。

 

その在り様は、もうほとんどギャンブル・ジャンキーそのままである。

 

 

ルイズの賭けた赤のポケットに対し、他の客は一同に黒のポケットへと賭ける

 

皆、この異様に目をギラつかせた少女が、つい先ほどまで呪いじみた外し方をしてきた事を知っているのだ。

 

 

普通、これほど負けがこめば、誰でも自らの運気の低迷を悟って引き下がる。

 

だがルイズの場合、これまでが外れたのだから今度こそ当たるのだと思い込んでいるのだから始末が悪い。

 

 

結果、このような無謀な博打に打って出るのである。

 

 

シューターがルーレットを回転させる。

 

カラララ・・・と乾いた音を立てて、球がホイールの中を転がっていく。

 

やがてホイールの回転は勢いをなくし、転がる球も跳ねる力を失っていく。

 

球はひとつのポケットに転がりこみ、そして止まった。

 

 

ポケットは黒ではなく、また赤でもなかった。

 

球の入り込んだポケットは緑、ただひとつの親の総取りのポケットである。

 

そのポケットでは、まさしくルイズの伝説に対する最高の皮肉であるように、“ゼロ”の数字が光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ルイズの方が早々に破産し、意気消沈のままに店を後にした頃、ギルガメッシュはカジノ内のとある一室へと招かれていた。

 

 

あの後もギルガメッシュは容赦なく勝ち続け、カジノの収入を侵害し続けた。

 

最終的にギルガメッシュが手にしたチップの金額は約20000エキュー。

 

元手が100エキューだと考えると、まさに二百倍の勝ち越しである。

 

 

そうなると、困るのはカジノ側の方だ。

 

カジノという施設の利益とは、統計学的な確率に裏付けされている。

 

どこかで誰かが勝ち越したとしても、総合的に見れば得をしているのはカジノ側なのである。

 

だがギルガメッシュの叩きだした大勝は、明らかに個の利益の許容範囲を超えていた。

 

 

元々賭博とは、非合法に半分足を突っ込んでいるようなもの。

 

他の客まで割を喰わせるような、逸脱した勝ちの前例を作るのはよろしくない。

 

このまま黙って帰らせたのでは、この賭博場の名折れである。

 

 

そのような意気込みを込めて、店側は“回収”のためのギャンブルを持ちかけた。

 

だが結果としてそれは、僅かであった傷を致命傷にまで広げることになってしまう。

 

 

「“13”、“7”、“14”、“10”。ポイント・44だ。またしても我の勝ちだな」

 

 

「ぐ、うううぅぅ~」

 

 

ギルガメッシュの勝利を示す揃えられた四枚のカードに、向き合ってテーブルに座るこのカジノのオーナーである中年の男は苦悶の呻きを漏らした。

 

 

カジノ側が己の威信を懸けて挑んだギャンブルは、『トレック』と呼ばれるカードゲーム。

 

『財宝』、『罠』、『強奪』の三種類のカードが、それぞれ二十枚、五枚、五枚ずつに分かれて構成され、それをゲームのプレイヤーが交互に引きあっていく単純なゲームだ。

 

 

『財宝』と『強奪』のカードには枚数の分だけ数値が記入され、『財宝』を引いたならば加算、『強奪』ならば減点されていく。

 

また『罠』を引いた場合には、一度のドローの権利を失ってしまう。

 

この三つの効果を持ったカードを互いに引いていき、最初に指定されたポイントまで辿り着いたほうが勝者となり、ベットしたチップを手に入れる。

 

 

そうしたチップの遣り取りが、この『トレック』というギャンブルである。

 

 

「ベット。全額だ」

 

 

換金された新金貨の山を、ギルガメッシュは惜しげもなくゲームに張る。

 

その途方もない額の大張りに、オーナーの表情が更に青ざめた。

 

 

カジノ側とて、単なる運否天賦でこのギャンブルに臨んだのではない。

 

回収のために、無論のこと必勝の策を用意してのギャンブルである。

 

勝ちの保証があるからこそ挑める、カジノ側としては茶番じみた大勝負だったのだ。

 

 

だが当初のそんな楽観視は、ギルガメッシュという怪物を相手に脆くも吹き飛んだ。

 

 

仕掛けていたイカサマは見破られ、用意していた代打ちもすでに放心状態。

 

仕方なくオーナー自らが卓に座っているのだが、彼如きの持ち運ではギルガメッシュを相手にするのは荷が重すぎた。

 

 

「“17”、“8”、“15”。40のジャスト・ポイント、倍増しだ」

 

 

「なっ!?」

 

 

ジャスト・ポイントとは、指定されたクリアポイント、その数値にピタリと一致させることで、通常のベット額の倍の金額を得られるというボーナスルールである。

 

そうそう見られるものではないが、ギルガメッシュの逸脱した強運は、まさに運命をねじ伏せるが如くその数値を揃えていく。

 

 

この倍付け支払いにより、もはやカジノ側の資金は風前の灯火だ。

 

用意した資金が、ではない。

 

カジノ側が所有する総資金の全てが、である。

 

 

次のゲーム、プレイヤーに交互に回される賭け金の決定権を得たオーナーは、張りを最低まで落とした。

 

とはいえ、そんなことをしても僅かに寿命を永らえさせる程度の効果しかない。

 

そのゲームも当然の如くギルガメッシュが勝利し、再び彼にベット額の決定権が回ってきた。

 

 

「ベット。全額」

 

 

自らの周囲に積み上げられた金貨の山を、ギルガメッシュはあっさりとひとつの勝負に張った。

 

これでもしオーナーが勝てば、これまでの負けをすべて取り戻すことが出来る。

 

だが、これまでのゲームの経緯を考えれば、そのような楽観論に期待を託すことなど出来るはずもない。

 

 

「ほう。いきなり『財宝』の“20”か。どうも少々、天運の流れを掴み過ぎてしまったらしいな」

 

 

二十枚の『財宝』のカードの内、“20”は最高の数値。

 

カードに描かれた溢れんばかりの金銀財宝の絵柄が、まさしく引かれるべくして引いたといわんばかりにギルガメッシュの手の中で輝いていた。

 

 

そして、オーナーのドロー。

 

引いたカードは、近くに迫る彼の破滅を予知するかのように、『罠』のカードだった。

 

 

「おやおや。よりにもよってこの我に、二度もの機会を与えてしまうとは。いかん、いかんぞ。我のような天の運気さえも支配する王に、二度も機会を与えては。これでは引きたくなくとも引いてしまうではないか」

 

 

ギルガメッシュの大言も、もはや単なる妄言とは受け取れない。

 

これまでに散々見せつけてきた強運のほどを知る者ならば、誰もが等しくこう思うだろう。

 

 

―――やりかねない、この男ならば。

 

 

「フ、フハハハハッ、なんだなんだ、これは。我としては、もう少しこの遊戯を楽しみたいのだが、どうやらそうもいかんらしい」

 

 

ギルガメッシュが引いたカードは、『財宝』の“19”のカード。

 

“20”の『財宝』に次ぐ数値を持つ、現在の最高のカードである。

 

 

これでギルガメッシュの合計ポイントは39。

 

次に『財宝』のカードを引き当てれば、その時点で勝負が決定する。

 

そしてオーナーは、先ほどの『罠』のカードにより一度のドローの権利を失っている。

 

もはや、ギルガメッシュの幸運を阻むものは何一つなかった。

 

 

二度目のドローに、ギルガメッシュが手を伸ばす。

 

これでギルガメッシュが勝利すれば、もうカジノ側には賭け金分の支払いをする貯蓄はない。

 

すなわち、破産である。

 

 

もはや祈りをかける希望すらなく、未来に待つ壊滅的な敗北を思い、オーナーは顔を覆った。

 

 

そしてギルガメッシュが、最後の一枚を引く。

 

 

「“1”。40のジャスト・ポイント、倍増しだな。やはり天運は、我のみを照らしていたようだ」

 

 

勝利宣言をするギルガメッシュ。

 

オーナーにとっても、それは最も聞きたくなかったこと。

 

 

だがその前提に反して、オーナーの反応は絶望とは異なるものだった。

 

 

「し、し・・・シックス・・・トラップだ・・・!倍払いの」

 

 

「・・・あん?」

 

 

シックス・トラップとは、この『トレック』におけるもうひとつの特殊ルールである。

 

通常のベット額の二倍となる指定ポイントでのクリア、しかしそれを“1”で引き上がった場合にこのルールは適用される。

 

最後を“1”で上がった場合、通常のベット額の倍額を逆に相手に“支払う”のである。

 

 

『財宝』の“1”のカードは、ただ豪奢なだけの他の『財宝』のカードに比べて、かなり神秘的な描写となっている。

 

厳かな祭壇の上に鎮座する、神々しさを持った黄金の宝箱。

 

まさしく遺跡の最奥を飾るにふさわしい、千金の価値を持つであろう唯一の宝。

 

しかしその宝こそが、冒険者を襲う最後にして最大の罠なのだ。

 

 

五枚の『罠』のカードとは別の、六枚目の見えざる罠。

 

故に、六番目の罠―――シックス・トラップ。

 

40で上がること自体が相当稀だというのに、さらに“1”を引けば上がれるという状況を作り出すこと自体が至難であるので、まず実戦では見かけない。

 

ほとんど縁起担ぎのようなルールだ

 

 

もはや自らの引くカードを己の手で選定しているが如きギルガメッシュの幸運。

 

だがその神がかった幸運が、今回ばかりは悪い方向に作用してしまったらしい。

 

 

「・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

あまりにも予想外の展開に、両者の間に非常に気まずい沈黙が流れる。

 

さすがのギルガメッシュにも、その額に一筋の冷や汗が流れた。

 

 

だが、そこは唯我独尊の王ギルガメッシュ。

 

開き直るのも、常人より数段早かった。

 

 

「―――よし、無効」

 

 

傲岸不遜―――というより身勝手に、ギルガメッシュは宣言した。

 

 

「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇぃっ!!」

 

 

さすがにカジノ側のオーナーも、これには声を上げる。

 

 

だが、ギルガメッシュは聞き入れない。

 

すでに自らの中で理屈を並べ、自分勝手に自己完結を迎えていた。

 

 

「世界のあらゆる法則は、我を中心に回っているのだ。万物の中心たる我がより知らぬ事など、すべて外様。気に掛けるにも値せんローカルルールに過ぎぬ。そんなもので我が勝利を濁そうとは、片腹痛いわ!!」

 

 

ちなみにこの男、つい先ほど他人のゲームを眺めてルールを覚えたばかりである。

 

 

「そんな理不尽な―――」

 

 

「黙れ、雑種。我が教典に、理不尽などという項目は存在せぬ。王の意志は、すなわち民の法だ」

 

 

「む、無茶苦茶だぁ~~~!!」

 

 

オーナーの悲痛な叫びが、カジノ内に木霊した。

 

 

その後もしばらくは誰から口論し合う声が聞こえたが、やがてそれも轟いた爆音と悲鳴、そして倒壊していく酒場の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 

 

カジノのあった酒場より少し距離を置いた通り。

 

中央から離れ、少々閑散としたその通りを、ルイズは溜め息まじりにとぼとぼと歩いていた。

 

 

結局、活動費はすべてカジノでスッてしまった。

 

女王直々に力を認められ、女官にまで任命されたのに、この体たらく。

 

自分の事が、ひどく情けなく思えた。

 

 

「ここにいたか、ルイズ」

 

 

背中に声をかけてきたのは、ギルガメッシュだ。

 

 

居場所は知らせていなかったが、特にルイズは疑問には思わない。

 

自分とギルガメッシュの間には、メイジと使い魔のラインがある。

 

いざとなれば、例えどれほど離れていようと、お互いの位置を把握できるだろう。

 

 

「ねぇ、ギルガメッシュ。その、悪いんだけど、さっきカジノで儲けたお金、少し分けてくれない?アンタには、どうせいらないでしょ」

 

 

プライドを保つ気力もなく、素直にルイズはそうお願いした。

 

 

どうせ活動費ゼロの状態では、任務もどうにもならない。

 

ならば恥でもなんでも、お金を手にいれ任務をやり遂げなければ、主君に合わせる顔がない。

 

そのためならば、例え土下座をしてもいいくらいの心境だった。

 

 

「・・・・・・」

 

 

しかし、ギルガメッシュは答えない。

 

その沈黙は拒否しているという風でもなく、むしろ答えたくても答えられないと苦しげであるように見えた。

 

 

その様子に、ルイズはピンときて尋ねた。

 

 

「何?ひょっとして負けたの―――ぶぎゃ!?」

 

 

「誰が負けるか、たわけ」

 

 

生意気を言ったルイズを張り倒し、ギルガメッシュは答える。

 

 

「至高の我と雑種との、些細な見解の相違だ。しかしその相違故に、少々予想外の事が起きてな。金銭は紛失した」

 

 

「紛失って・・・いったい何があったの?」

 

 

問いかけるが、ギルガメッシュは答えない。

 

ルイズから目を逸らし、どこか遠い目で「今頃は瓦礫の下か・・・」などと呟いていた。

 

 

とはいえ、これは非常にまずい。

 

例え金貨を失ったとしても、ギルガメッシュには元より宝物庫に納められる莫大な財がある。

 

それらのごく一部のみでも、換金すれば途方もない額となるだろう。

 

 

だがそれらは、ギルガメッシュはかつての世界で収集したという至高の財宝である。

 

この世界で一般に流通する新金貨ならば可能性もあったが、己が財宝をギルガメッシュは土下座したところで渡すまい。

 

 

唯一の金のアテを失い、ルイズは再び途方に暮れた。

 

 

「主君より賜った金銭を無為に消費し、受けた任務も失敗か。まったく、大した側近もいたものだ」

 

 

嘲笑するギルガメッシュの声が聞こえてくる。

 

沈み切っていた所に受けたその物言いに、ルイズは逆にカッとなった。

 

 

「うるさいわね!!そんなこと、アンタに言われたくないわよ!!」

 

 

確かに、今回悪いのは全面的に自分だ。

 

それは認めるが、しかしなぜそれをギルガメッシュに責められなければならないのか。

 

この男は自分の失敗を叱る訳ではなく、ただ嗤い者にしているだけだ。

 

そんな男に、自分の失敗を侮辱される謂れはない。

 

 

「だいたい、アンタは何でここにいるのよ!?これは潜入任務なのに、アンタみたいな全身からオーラ溢れさせてるみたいな奴にいられたら、邪魔ったらないわっ!!」

 

 

堰を切った感情は、留まることなく語調を強めていく。

 

それは明確な敵意ではなく、ただ行き所の無い感情を、近くのものにぶつけているというだけの行為。

 

要約すれば、ただの八つ当たりに等しいものだった。

 

 

そんな理不尽な罵倒を受けながら、しかしギルガメッシュは特に気分を害した様子はなく、ふむ、と顎に手をやり思案する。

 

 

「・・・そうだな。本幕までの座興ならば、それにふさわしい振る舞いというものがある。主役ばかりの独壇場というのも、雅に欠けるか」

 

 

よく分からない事を誰にでもなく呟いて、ギルガメッシュは独り頷く。

 

そう自分だけで納得すると、唐突に言ってきた。

 

 

「仕度をしてくる。この街の中央で待っていろ」

 

 

きょとんとするルイズを置いて、ギルガメッシュは歩きだす。

 

追いかける事も出来ず、それをルイズは黙って見送っていた。

 

 

「おお、そうだ。その前にひとつ」

 

 

が、そこでギルガメッシュが唐突に引き返してきた。

 

 

ギルガメッシュはつかつかと歩み寄り、何事かと首をかしげているルイズの眼前に立つ。

 

そして何の脈絡なく、強烈な蹴りを繰り出してきた。

 

 

「はぐわっ!!」

 

 

為す術無く直撃を貰い、華奢なルイズの身体が宙を舞う。

 

彼女の身体はきれいな放物線を描くようにして飛び、近くにあった馬小屋へと突っ込んだ。

 

 

中にいた馬が、驚いて嘶きを上げた。

 

 

「我に生意気な口を訊いた報いだ。それくらいみすぼらしければ、雑種に溶け込もうとさして違和感もなかろう」

 

 

そう言い残し、藁の山に突き刺さったルイズを放置して、ギルガメッシュは街の雑踏の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルガメッシュとの待ち合わせ場所である、トリスタニアの中央広場。

 

暮れゆく街の中央の片隅に、一足先にルイズは姿を現わしていた。

 

 

(ったく、アイツはぁ~~~、いつも勝手なことばかりして・・・)

 

 

ルイズの着る服装は、これまでの学院の制服ではない。

 

地味なつくりのブラウンのワンピースに、粗末な木の靴。

 

どこぞの田舎娘が着ていそうな、貴族には程遠い貧相な格好だ。

 

 

この服装一式は、スッてしまった活動費とは別の、換金時に端数として僅かばかり残っていた金で買い取ったものである。

 

その用途は、もちろん平民に溶け込むための偽装の意味合いもあるが、もっと端的に代わりの服が無かったためでもある。

 

馬小屋の藁に突っ込んで、家畜の臭いがこびり付いた服をそのまま着ていられるほど、ルイズは粗暴な性格はしていない。

 

 

とはいえ、たまたま持ち合わせていただけの金。

 

そう額があるわけもなく、買えるものも限られている。

 

必然、買い揃えられる服装は、平民用のものとなっていた。

 

 

ルイズは平民の通常の服装など知らなかったので、むしろ好都合だったともいえる。

 

 

(主人に対する敬意・・・とかはもうあきらめたけど。だけど最低限の礼儀くらいはあるでしょう。それをアイツはぁ~~~)

 

 

今は見ぬ自身の使い魔を思い、ルイズは地団駄を踏む。

 

こう思っていると、先ほどからきゅるきゅると鳴る腹の虫も、身体に残る家畜臭さも、すべてがギルガメッシュのせいに思えてきた。

 

 

(いつか、ぜったいギャフンって言わせてやるわ!!覚悟しておくことね、このこの)

 

 

とはいえ、現実では敵わないので、せめて想像の中で仕返しすることにする。

 

虚しくなってきたので、すぐにやめたが。

 

 

ゴォンゴォン、とサン・レミの聖堂が夕方六時の鐘を鳴らす。

 

夕日の陽光が、ルイズをさして背後に影を落とす。

 

 

その時、陽光によって伸びたひとつの人影が、うつむいていたルイズの目に入った。

 

 

「こんにちは。お姉さん」

 

 

顔を上げて目が合うと、人影の主が話しかけてきた。

 

 

少年だった。

 

身に付ける格好は質素だったが、その物腰や全身から醸し出される雰囲気がその出生の高貴さを物語っている。

 

身長は小柄なルイズほどもなく、とはいえ短身というわけではなく、単純にまだ幼すぎるというだけだ。

 

成長すれば、むしろ相当の長身になるのではと予測される。

 

どこか、名門の貴族の嫡子かと、ルイズは想像した。

 

 

「あれ?この時間だともうこんばんわ、ですか?それじゃあ、やり直しますね。

 

どうも、こんばんわ。お姉さん」

 

 

「あ、え、ええ。こんばんわ」

 

 

少年は、随分と親しげに話しかけてくる。

 

しかしルイズには、この少年との面識に心当たりがなかった。

 

 

つられて挨拶をしてしまったが、どう記憶を掘り返しても全く該当する者が見当たらない。

 

 

「えっと、その、ごめんなさい。あなた、前に私と会ったことがあるかしら?」

 

 

「あれ?分かりませんか?」

 

 

きょとん、と驚く少年。

 

無垢な少年の瞳に罪悪感が沸くが、やはり思い当たる節はない。

 

 

「う~ん、そっかぁ。まあ、お姉さんも何だかんだ言って常識で生きる人ですから、無理もないですけどね。けどヒントをあげると、僕達、会ってますよ。それもほぼ毎日」

 

 

「?毎日?」

 

 

ますます分からなくなる。

 

こんな印象深い少年ならば、一度目にすればそうそう忘れることはないと思う。

 

だというのに、毎日会っているとはどういうことか。

 

 

悩むルイズに、少年は輝く黄金の髪を揺らしながら、血のように赤い瞳をまっすぐに向けている。

 

その様子はまさしく純真そのままで―――

 

 

(―――って、ちょっと待って)

 

 

豪華に輝く金の髪に、血のように赤に染まった瞳。

 

この特徴を持った人物と、自分は確かに毎日会っている。

 

よく見れば、外見の特徴には他にもいくつもの類似点が見られた。

 

 

だが、しかし。

 

この少年が“彼”などと、やはり何かの間違いとしか思えない。

 

一体何が起ころうが、この純真無垢な少年が、あの傲慢不遜の男の元であるなどと、やはり想像がつかない―――

 

 

「あ、そうそう。さっきは蹴飛ばしてすいませんでした。ああいう家畜の臭いといのは結構残りますから、キトンと洗っておいた方がいいですよ。何だか今も、ほのかに馬糞の臭いがしますし」

 

 

瞬間、脳が揺れた。

 

ぐわんぐわんと揺れ動き、まともな思考が立てられない。

 

あまりのショックに、脳の機能の一部がマヒしてしまったかのようだ。

 

 

だが、その事実を知っていて、なおかつそれを謝罪してくるということは、やはりこの少年は―――

 

 

「なんでも、『所詮は座興。付き合うならば、それ相応の役者へと姿を変えるとしよう』、だそうです。我ながら、よく分からない人ですね」

 

 

ショック状態のルイズを余所に、少年はより決定的なことを言ってくる。

 

邪気の無い、天使のような笑顔を浮かべながら、少年は自らの名を告げた。

 

 

「ギルガメッシュです。若返りの薬を飲んでこんな姿ですけど、本人ですよ。ねぇ、“マスター”」

 

 

「―――ええええぇぇぇ~~~!!?」

 

 

この日、ルイズの最後の絶叫が、トリスタニアの中央広場に響き渡った。

 

 

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