Zero and heroic king   作:river01

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外伝  闇に降り立った王様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルガメッシュが招かれた部屋は、照明の少なく薄暗い正方形の個室だった。

 

周りの壁には装飾の紋様が描かれるだけで、それ以外のものはない。

 

 

「どうぞこちらへ。旦那様」

 

 

このカジノを経営するオーナーを名乗る中年の男が、部屋の中央に置かれた同じく正方形のテーブルへと促す。

 

 

テーブルには、一人の男がすでに座っていた。

 

フードをかぶっているため顔はよく見えないが、全身から枯れた印象を漂わせている。

 

 

そして男の座る対面には、ギルガメッシュが座るための椅子が用意されていた。

 

 

「まずは、旦那様。私どもの勝手な申し出をお受けしていただき、ありがとうございます」

 

 

「構わぬ。あのようなぬるい勝負では我が心は踊らん。もう少し熱が入った勝負がしたかったところだ」

 

 

「これはこれは!!なんと豪気な御方」

 

 

大仰に、オーナーの男は感嘆を表してみせる。

 

その大振りすぎる仕草が、いかにも演技くさく、男の道化ぶりを物語っていた。

 

 

オーナーにこのギャンブルを持ちかけられたのは、20000エキューほどを稼いで席を立った時。

 

想定外の大勝したギルガメッシュに、カジノ側は損なわれた利益の回収のための大勝負を仕掛けてきたのだ。

 

今日の稼ぎの全てを賭けることになるカジノ側の申し出を、ギルガメッシュは躊躇することなく受け入れた。

 

 

「いやはや、及ばずながら我々も、ギャンブルに手をつけ生きる者。あなたのような幸運の女神に愛されたかのような方を目の前にし、ただやり過ごすことなど魂が許しませぬ。そのようなあなたとこうしてギャンブルの席を設ける事が出来たこと、大変光栄に思いますぞ」

 

 

饒舌に、心にもないことをオーナーは語る。

 

口調だけは熱く語っていても、その瞳の濁りは隠す事は出来ない。

 

そこには情熱などといった感情とは無縁の、保身と利益だけを求める醜さがあった。

 

 

「さて、それでは我が方が用意します、旦那様の対戦相手を紹介いたします」

 

 

ギルガメッシュに席を勧めてから、オーナーは先に座っていた男の事を示した。

 

 

「この者の名はモレク。しがない平民の出の者です」

 

 

「モレクと申します。以後、お見知りおきを」

 

 

紹介を受けた男―――モレクが、対面のギルガメッシュに一礼する。

 

フードに隠れた顔は、そのままだった。

 

 

「此度の席では、先ほど旦那様も嗜まれていられた『トレック』を使わせていただきます」

 

 

三十枚一組のカードを、オーナーが懐より取り出す。

 

『トレック』に使われる専用のそのカードの組を、オーナーはまずギルガメッシュに差し出した。

 

 

「どうぞ、ご確認ください。他の悪徳な店舗と違い、当カジノでは公平さこそ何より尊重しております。不正があるか否か、どうぞ旦那様自身の目で」

 

 

ギルガメッシュはカードの組を受け取り、一枚一枚確認していく。

 

跡のようなものはなく、魔力の気配も感じず、存在の違和感もカードには感じられなかった。

 

 

「問題なかろう」

 

 

確認を終えたカードを、オーナーに返還する。

 

ギルガメッシュのその言質を、オーナーはニッコリと笑みを浮かべて受け取った。

 

 

「さて、これで旦那様自身の目でご確認していただきました。しかし当カジノでは、もうひとつの公平さを保つための手が打たれております」

 

 

そう言ってから、オーナーはモレクと名乗った男に促す。

 

モレクは頷くと、顔を覆い隠していたフードをゆっくりと解いた。

 

 

老いた男だった。

 

頭髪は白の染まり、その面貌にはしわが寄っている。

 

しかしただの老人にはない、歴戦の気迫もこの男からは感じられる。

 

 

そして何より目を引いたのは、男の眼だった。

 

男の双眸は、潰れていた。

 

目の辺りにひどい火傷の跡があり、目蓋が全く開いていないのだ。

 

 

「見ての通り、このモレクという男は盲目です。以前、貴族の方と諍いを起こしまして、その時に『火』の魔法によって目を焼かれたのです。

 

つまり、この男に出来るのは、ただカードを引くことだけ。それだけに精いっぱいで、イカサマなどする余裕がないのです。

 

どうです?これほど公平な代打ちは、他におりますまい」

 

 

オーナーの言葉に、モレクはニヤリと笑みを浮かべて見せた。

 

己のふがいなさに苦笑しているような笑みであったが、その裏に隠された不遜さをギルガメッシュは見抜いていた。

 

 

「それでは、最も重要な取り決めを致しましょう。恐らく旦那様も、何よりそこが気になっていることでしょうし」

 

 

ギャンブルにおいて、最も重要なこと。

 

それは言うまでもなく、ゲームに賭ける金の行き来である。

 

 

「賭ける金額の取り決めは交互に行い、勝てばその金額と同額を相手から得て、負ければ相手に支払う。一対一の勝負ですので、親や子の取り決めはいたしません。上がりとなるポイントは40とし、先手は金額の取り決めを行った方とします。またベットの最低額は100エキュー。どれほど負けが込んでも、それ以下の張りは認めません。よろしいですかな?」

 

 

「構わんが、ならば我からもひとつ要望がある」

 

 

「なんなりと」

 

 

「我はこの場に、本物の駆け引きを求めてきた。腑抜けた勝負をする気はない。賭け金は、限りのない青天井。どちらかが破滅を迎えるまで、打ち止めは無しだ」

 

 

その要望に、オーナーは正直に驚愕した。

 

いつもならばこの勝負では、あらかじめベット額の上限と、不穏な流れを感じたらすぐに切り上げられるようにしてある。

 

そうすれば大金を賭ける相手の方にも逃げ道が用意されて、勝負を受けやすいからだ。

 

そしてその条件の中でも、カジノ側には十分な回収が行えるよう、ゲームの流れをプロデュースする自信があった。

 

 

だがギルガメッシュの出した条件は、自らその逃げ道を閉ざすことに他ならない。

 

オーナーとしてもそれは意外な要望であったが、同時にありがたい要望でもあった。

 

 

「おお、何という勇ましい気概をお持ちの方だ。もちろん、御受け致しますぞ。ここで下がっては、男が廃りますからな」

 

 

廃るほどの男気も持ち合わせない者がよく言うと、ギルガメッシュは苦笑した。

 

 

ギルガメッシュの要望は受け入れられ、カジノ側もギルガメッシュの勝ち金と同額の20000エキューを用意してきた。

 

それらの金はチップなどではなく、すべて金貨に換金されている。

 

万が一にも勝ち金を反故にされないための、客に対する配慮だそうだ。

 

そして互いに用意したその資金が尽きるまで、ゲームは続けられるのである。

 

 

「それでは、始めましょう」

 

 

三十枚のカードを、オーナーがシャッフルする。

 

テーブルの上に、裏返しのカードが次々と配置されていく。

 

ギルガメッシュと、代打ちのモレクを挟む卓上に、三十枚のカードが並べられた。

 

 

「ベット額の決定を。先方は旦那様にお譲りいたします」

 

 

促され、勝負の前に現金化された勝ち金より、ギルガメッシュはいきなり5000エキューもの金額を張った。

 

総資金の20000エキューの、実に四分の一に値する額である。

 

 

初戦からの大張りに、オーナーもさすがに驚愕を顕わとする。

 

 

「なるほど・・・。恐れ知らずの豪気なギャンブルをなさる方とは聞いておりましたが、どうやら本当のようですな」

 

 

オーナーよりギルガメッシュのベット額を聞き、モレクが不気味な声を響かせた。

 

 

「小賢しい賭けは好きではない。これくらいの張りをしなければ、我が心は震えぬ」

 

 

「素晴らしい。まさしく、運命を味方させるにふさわしい気概の持ち主だ」

 

 

心無いモレクの称賛を適当に聞き流し、ギルガメッシュは一枚目のカードを引いた。

 

引いたカードは、『財宝』の“20”。

 

 

「『財宝』の“20”だ」

 

 

盲目であるモレクのために、口頭にてギルガメッシュは引いたカードを伝える。

 

いきなり最高値のカードに、モレクはわざとらしいほどに大仰に驚いてみせた。

 

 

「お見事です。どうやら本当に、運気はあなた様に向いているようですな」

 

 

「御託はよい。次は貴様の番だ」

 

 

モレクの言動に付き合わず、素っ気なくギルガメッシュは告げる。

 

頷いて、モレクは卓上の二十九枚のカードに手を伸ばした。

 

 

「失礼。見ての通りの盲目の身故、少々手こずってしまいますが、どうか御容赦を」

 

 

フラフラと不確かに手を揺らしながら、モレクは引くべきカードを手探りで探す。

 

そうしてようやく引き当てたカードを、後ろに控えたオーナーが読み上げた。

 

 

「カードは、『強奪』の“2”」

 

 

「ああ、なんてことだ。この大勝負で初めて引くカードがよりにも寄って『強奪』とは。どうやら、この場での運気は全てあなたにいってしまったらしい」

 

 

露骨に残念がって見せるモレクを無視し、ギルガメッシュは次のカードを引いた。

 

引いたカードは“12”、これでギルガメッシュのポイントは32である。

 

 

対してモレクが引いたカードは“3”。

 

先ほどの『強奪』の“2”と合わせ、ようやく1ポイント獲得という有様である。

 

 

結局、次の引きでギルガメッシュは『財宝』の“10”を引き当て、この勝負はギルガメッシュの勝利に終わった。

 

 

「どうですか?たったこれだけのことで、一気に5000エキューもの大金が手に入る感想は」

 

 

一気に5000エキューもの資金を失ったというのに、さして失意も見せずにモレクは口を開いた。

 

 

「このような読みも何も無い、単純に運のみに左右されるゲームに、人生すら左右しかねん大金を賭ける。ククッ、常人の神経では、狂気の沙汰としか思えんでしょうな」

 

 

モレクの顔に、笑みが浮かぶ。

 

その笑みはどこか壊れていて、自身が口にする通り、狂気に囚われていることを感じさせる。

 

 

「だが、だからこそ、おもしろい。どれほどの徳、どれほどの知略も意味をなさぬ、完全なる運否天賦。そのようなものに破滅をも垣間見せる大金を賭け、理不尽に失い、そして獲得する。それこそが博打の本質であり、至高の快楽。

 

私は、その博打の理不尽さが、たまらなく好きなのです。私のような血筋もなく学もない、視力さえも失った持たざる者には、抗えぬ至福となる。その飛翔、地の底より甦る、万人に与えられた逆転の機会、それを掴み取る、瞬間が。

 

―――あなたには、このような気持ちは分かりませんか?」

 

 

その問掛けに、ギルガメッシュは特に答えようとはしなかった。

 

 

次のゲーム、ベット額の決定権を握ったモレクが張った額は僅か100エキュー。

 

このゲームにおける、ベットの最低額でしかない。

 

 

「どうも今の私には、流れは来ていない様子。己の流れを掴み切るまでは、大きな張りはしません」

 

 

そうモレクが告げて始められたゲームでは、そのモレクが勝利した。

 

 

モレクは、『財宝』を“9”、“7”、“6”、“4”、“5”、“15”を引いての、計47ポイント。

 

対するギルガメッシュは、途中に『罠』のカードを引いたためドローの権利を一度失い、『財宝』が“12”、“10”、“14”の計36ポイント。

 

 

確かに勝利ではあったが、賭け金が100エキューではあまり嬉しいとは思えない。

 

噛み合わぬ結果に、むしろ流れを掴み損ねているように他人の目には映るだろう。

 

そのことについて、モレク自身も残念がった弁を並べてみせていた。

 

 

次のゲーム、再びギルガメッシュに回ってきた賭け金の決定権。

 

そこでギルガメッシュは、前回と同じく5000エキューを賭けた。

 

 

ギルガメッシュが引いたのは、“7”、“17”、“9”の『財宝』に、『強奪』の“4”を引いた後の、『財宝』の“11”。

 

計40ポイントの、倍付けのクリアポイントジャストでの上がり。

 

まさしくギルガメッシュの幸運を象徴しているかのような、強運の引きである。

 

 

対するモレクの引きは、『財宝』のカードが“2”、“13”、“6”に、『強奪』の“1”。

 

ポイントは20までに止まり、それほどいい引きとは言えなかった。

 

 

これにより一気に10000エキューがギルガメッシュの元へと流れ、その資金は34900エキューとなった。

 

対するモレクの資金は僅か5100エキュー。

 

次の勝負で決着が付いてしまうところまで、モレクは追いつめられていた。

 

 

「いや、大したものですな。よもやこれほど序盤から、もうジャストポイントが発生するとは」

 

 

話しかけてくるモレクの声にも、これまでのような余裕はない。

 

そうして迎えたモレクの賭け金の決定。

 

そこでモレクは、何と残された5100エキューすべてを賭け金として賭けてきた。

 

 

「随分と思いきった張りだな」

 

 

「どの道この状況では、小さく張ったところで事態は好転いたしますまい。それに・・・そろそろ流れの方も掴めてまいりましたし」

 

 

全額の張りにも臆することのない、モレクの不吉な言葉と共にゲームはスタートした。

 

 

先行のモレクが引いたカードは、『財宝』の“15”。

 

20まである『財宝』の中でも、なかなかに高ポイントのカードである。

 

 

しかし、対するギルガメッシュも『財宝』の“18”のカードを引いた。

 

モレクが何を言おうと、やはり運気においてギルガメッシュに見劣りはない。

 

 

「貴族の旦那様。あなたは、運気の流れというものを信じていますか?」

 

 

次のモレクの番。

 

引いたカードは、『財宝』の“13”だった。

 

 

「ギャンブルを長くやっている者は、大抵がそんなことを言い出し始める。勝負の流れはどうの、今こそながれが来て、次こそはあれがくる、だのと。

 

とはいえそんなものは、何の根拠もない妄信。勝負に勝つ夢を見たいが故に、そう自らに言い聞かせる自己暗示に過ぎませぬ。―――大抵の場合は」

 

 

対してのギルガメッシュの引きは、『財宝』の“6”。

 

ポイントは28対24となり、僅かにモレクがリードする。

 

 

次にモレクが引いたのは、『財宝』の“7”だった。

 

これでモレクのポイントは、計35ポイントとなる。

 

 

「そうした偽物が跋扈する中で、時に本物が現れる。己の運気の流れを掴み取り、張るべき時を見定められる真のギャンブラーが」

 

 

「その内の一人が、お前だと言いたいのか?」

 

 

カードを引きながら、ギルガメッシュは尋ねてみた。

 

引いたカードは、『財宝』の“10”だ。

 

 

「―――お恥ずかしながら」

 

 

不遜な笑みを浮かべて、モレクは答えてきた。

 

そこにはこれまでのような、己が意思を隠そうという気配はない。

 

ただ自らの能力を信じている、そんな自信が表れていた。

 

 

「信じられませんかな?ならば、今からそれを証明いたしましょう」

 

 

言い放つと、モレクは卓に置かれた残り二十四枚のカードへと手を伸ばす。

 

その仕草はこれまで以上にゆっくりとしていて、一枚一枚カードの感触を確かめるように手を乗せていく。

 

 

「私はこの通りの盲目です。私が光を失って、しばらくとなる。しかしその内に、光とは違う別のものが見えるようになってきたのですよ」

 

 

その内に、モレクは卓上のある一枚のカードを掴んだ。

 

そのカードを、ゆっくりと引き上げる。

 

 

「そう―――私自身にも、それの正体はよく分からない。ただ呼応とでも言うべき何かを、我が“眼”は捉えているのです」

 

 

カードが、モレクによって引かれる。

 

後ろに控えたオーナーが、盲人のモレクの代わりにカードの図柄を読み上げた。

 

 

「カードは、『財宝』の“5”です」

 

 

モレクが引いたのは、『財宝』の“5”。

 

これまでの35ポイントと合わせて、ちょうど40ポイントとなるカードである。

 

ギルガメッシュにも見えるよう裏返されたそのカードは、確かに『財宝』の“5”であった。

 

 

「これで、少しは信じていただけましたかな?」

 

 

倍付けの10200エキューが、モレクの元へと返っていく。

 

一気に盛り返された形勢に、ギルガメッシュは僅かに目を見開いた。

 

 

「あなたの運気も相当なもののようですが、私とてこれまで生き延びてきた勝負強さがある。そう容易くは負けませぬ」

 

 

確信に満ちたモレクの宣言が、不気味に個室の中を響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以降の勝負で、ギルガメッシュは張りの額を極端に落としていた。

 

 

自分の番で賭けるのは、最低額の100エキューのみ。

 

モレクに挑発的な事を言われても、決してその額を動かそうとはしない。

 

その結果は、勝ったり負けたりとが繰り返し、何らかの効果が出ているとは言い難かった。

 

 

対するモレクの方は順調だった。

 

張りの額も安定した金額を張り続け、じわじわとギルガメッシュとの資金差を詰めていく。

 

先の彼の言葉を借りるならば、まさしくモレクは流れに乗っている状態と言えた。

 

 

時間は過ぎ、それなりの回数のゲームが消化する。

 

再び賭け金の決定権が回り、ギルガメッシュは賭ける金貨を卓上に差し出す。

 

 

「ベット。100」

 

 

差し出した金額は、この博打における最低額。

 

当初の強気な賭けとは正反対の、あまりにも弱気な張りだった。

 

 

「また100エキューですか。旦那様の意思が優先されるのですから文句は申しませんが、それでは勝利の道は見えてきませんよ」

 

 

あからさまな挑発であるモレクの言動も、ギルガメッシュは意に介さない。

 

他のすべての存在を無視して、ギルガメッシュは卓上に並べられた三十枚のカードを眺める。

 

 

(奴の、あのカードの引きの強さ・・・)

 

 

これまでの勝負のことを振り返りながら、ギルガメッシュは相手の事を分析し始める。

 

普段の傲慢さはとりあえず横に置き、冷静な眼差しを以て敵の手の内を探ろうとつとめた。

 

 

(あの10200エキューを取り返した一局以降、奴の引きの所々に出来過ぎた引きが見え始めている)

 

 

モレク自身はそれを幸運と言っていたが、それについてギルガメッシュはモレクの言葉を全く信用していない。

 

 

確かに、人の世には時に、天の運気に寵愛を受けて誕生する者がいる。

 

そうした天運の持ち主は、此処一番という時にとてつもない幸運を引き寄せる。

 

現に、ギルガメッシュとてそうした者の一人であろう。

 

 

だが、そうした者が感じさせる輝きと形容すべき要素は、目の前の男からは感じられない。

 

 

(いや、奴に懐くこの疑念は、単純に印象のみの話ではない)

 

 

印象は、所詮印象に過ぎない。

 

常人など及びもつかぬ心眼を有すると自負しているが、それをただ妄信するのは愚か者の所業である。

 

モレクに向ける疑念は、そうした印象とは別の、もっと確かな感触があった。

 

 

「『財宝』の“9”。計ポイント42。上がりだ」

 

 

五枚目のカードを引き上げて、ギルガメッシュが宣言した。

 

 

「お見事です。しかし、張りが僅か100エキューでは、喜びも半減でしょう」

 

 

挑発的な物言いで、モレクは言ってくる。

 

確かに勝っても、張りが最低額では喜びよりもむしろ悔しさが先行する。

 

ちょうど序盤にモレクが見せた、幸運の行き違いのような結果だった。

 

 

しかしそのような結果にも、ギルガメッシュは微塵と揺れることはない。

 

そんな過ぎた結果の是非は捨て置いて、すでにその結果を情報の一部としての分析に移行していた。

 

 

(そうだ。奴に対する疑念は、むしろこうした運気の揺らぎにこそある)

 

 

モレクの見せる、引きの強さ。

 

その強運が、しかし張りの額が低い場合には全く感じられないのである。

 

事実、小張りのゲームでは、ほとんどギルガメッシュが勝ち越しているのだ。

 

 

そうした、場に沿った運気、それもある意味では幸運と言える。

 

しかしギルガメッシュはそこに、何か作為的なものを感じていた。

 

 

作為的な、偽りの幸運。

 

すなわち、イカサマの気配を。

 

 

(この我に対し、謀をかけてくるとは。なかなか楽しませてくれる)

 

 

イカサマという手段を、ギルガメッシュは別段嫌悪しているわけではない。

 

いかな手段を用いようと、最終的に勝った者の言葉が、結局は正しさとなる。

 

正々堂々を重んじる騎士道精神など、はなからギルガメッシュは持ち合わせていない。

 

 

敵が謀を仕掛けてくるなら、それもいい。

 

策を弄する敵ならば、その策を打ち破ってこその、勝利。

 

それでこそ、己の優位を証明でき、勝ちの旨みも上がろうというものだ。

 

 

(問題は、その謀の正体を掴むことだが・・・)

 

 

こうした単純なルールのゲームならば、仕掛けられるイカサマも限られてくる。

 

お互いに三十枚のカードをただ引いていくだけのゲーム、そう複雑なことが出来るはずがないのだ。

 

何らかのマジック・アイテムを使っていたとしても、カードはもちろんテーブルや椅子、そしてこの部屋全体を見渡しても、魔力の気配は感じられない。

 

 

考えられるとすれば、やはりカードそのものに目印を付けるガン。

 

単純にカードを引きあうゲームである『トレック』において、これ以上有効なイカサマはないだろう。

 

 

しかしだからこそ、ガンというイカサマを仕掛けるのは困難だ。

 

『トレック』においてガンが有効であることは、少し考えれば誰でも分かる。

 

だからこそ皆が警戒しているだろうし、現にゲーム前にもチェックを行っている。

 

仮にゲーム開始後に付けたとしても、カードは常に両者の目に曝されているのだ。

 

部屋が薄暗いといっても、卓上は照明で照らされ、十分な灯りが用意されている。

 

その状況で相手の目を欺き、自分にのみ分かる印を打つのは至難の業だ。

 

 

いや、肝心の問題はそれではない。

 

問題なのは道具ではなく、向かい合う相手。

 

カジノ側の代打ちであるモレクは、盲目なのである。

 

仮にガンがあったとしても、そもそも盲人ではそれを確かめる事が出来ないのだ。

 

 

こうして考えをまとめると、やはりイカサマなど一切ないようにも感じられてくる。

 

そして懐いたその印象を、ギルガメッシュは偽りであると自らに断じた。

 

 

(その隠ぺいこそが、このカジノの強み、ならばその隠ぺい、この我が粉砕してくれる)

 

 

不敵な思いを乗せて、ギルガメッシュは卓上のカードを眺めまわした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賭け金の決定権を手にし、モレクはほくそ笑んだ。

 

 

現在の二人の資金の状況は、モレクが26600エキューであり、ギルガメッシュが13400エキュー。

 

序盤のギルガメッシュの優位は逆転し、形勢はモレクの側へと移行していた。

 

 

「ベット。2000」

 

 

モレクの側より、ゲームに賭けられる金貨が差し出される。

 

 

先番はモレク。

 

並べられた卓上の三十枚のカードより、一枚のカードを引いた。

 

 

「カードは、『財宝』の“15”」

 

 

盲目のモレクに代わり、後ろに控えたオーナーがカードの種類を読み上げる。

 

かなり高ポイントなカードだ。

 

 

「ほほう、これは。初手からなかなか、運が向いてきているようです」

 

 

驚いて見せるモレクだが、その実彼の心中は微塵と動いていない。

 

モレクにとって『財宝』の“15”を引く事は、引く前からすでに分かっていたことなのだ。

 

 

「『財宝』の“12”だ」

 

 

引いたカードを、ギルガメッシュが告げる。

 

それを受けて、再びモレクは卓上のカードへと手を伸ばした。

 

 

裏返しにされたカードの表面に、モレクの手が触れる。

 

カードの表面を僅かに擦るような仕草をして、そのカードより手を離す。

 

そして次は、その隣のカードへと手を移した。

 

 

再びカードの表面に、モレクの手が触れられる。

 

盲目故の曖昧な動きで、カードの感触を確かめるように指先を動かしていく。

 

やがてその指先が、触れるカードを掴んだ。

 

 

「カードは、『財宝』の“4”」

 

 

再び読み上げられる、『財宝』のカード。

 

まさしく“確認”した通りのカードに、モレクは笑みを漏らした。

 

 

モレクがやっていることは、ギルガメッシュが予想した通り。

 

ガンとも呼ばれる、カードに何らかの目印を付けておくイカサマである。

 

 

だが知っての通り、肝心のモレクは盲目。

 

目印を付けたところで、それを見つける事が出来ない。

 

手先からしてたどたどしいし、オーナーが先ほど言ったように、カードを引くことで手一杯のように見える。

 

 

―――その印象こそが、モレクのガンを隠す最大の迷彩なのだ。

 

 

「『財宝』の“11”」

 

 

ギルガメッシュが新たなカードを引く。

 

自分の番となり、モレクは視界なきその手をゆっくりと卓上のカードへと伸ばしていった。

 

 

モレクの指先が、カードの表面に触れる。

 

目に見えないカードの感触を確かめようと、指先はカードの表面をすべる。

 

そしてそこに、新たな“刻印”を刻みつけた。

 

 

「カードは、『財宝』の“20”」

 

 

オーナーが読み上げるカードに、モレクは満足する。

 

 

モレクの行っているガンとは、指先でカードの表面につける痕のことだ。

 

カードを引く時に、爪の先を僅かにカードの表面に突き立て、そこにへこみを作る。

 

そのへこみの痕の位置を指先で確認することで、カードの種類を識別するのだ。

 

 

聞いてみると単純なようだが、これが実に巧妙な隠ぺいによって隠されている。

 

まず、つける痕というのが、痕とも言えないほどに恐ろしく微細なのである。

 

知らなければ視認はまず不可能だし、意識して目を凝らしてもせいぜいが些細な違和感としか捉えられない。

 

仮に視覚をキチンと持っていたとしても、こんな痕をガンに使うのは不可能だろう。

 

 

だが、モレクにだけは、それが決定的な“刻印”となる。

 

 

視覚を持たず、位置感覚すら曖昧なモレクがこのイカサマを可能とする理由。

 

それは、鋭敏に発達した彼の指先の触覚である。

 

 

メイジとの諍いにより、目から光を失ったモレク。

 

何も見えず、指先に触れるものだけを頼りに進んできた彼は、いつしかその感覚一点のみを異常に発達させた。

 

その指先に触れる物の詳しい形状まで測れるようになり、どれほど微小な痕であろうと見逃ぬ絶対指感となったのだ。

 

 

正確無比の指先のセンサー、それが伝える情報が、これほど正確なカードの識別を可能としている。

 

モレクにとって自らの指先は、まさしく第二の目とも言うべものであった。

 

 

モレクの指先のみが捉えられる、カード表面につけられた微細な痕。

 

モレクが盲目であることも、その痕を探す妙な仕草を誤魔化す効果を発揮している。

 

そしてこのイカサマの何よりも素晴らしい所は、これをイカサマとして糾弾することが限りなく不可能である点だ。

 

 

何しろイカサマの肝心のタネは、視認することさえ困難な痕のみ。

 

仮に発見できたとしても、証拠とするにはあまりに微細。

 

カードを引く時に偶然ついた、それだけで十分に通じてしまうほどでしかないのだ。

 

 

発見されることがまず無く、仮に発見されても逃げ道はすでに確保済み。

 

仮にカードを交換したとしても、数ゲーム後には再び同じガンの脅威にさらされる。

 

あらゆる事態を想定したこのイカサマにより、これまでモレクは対戦者に対してことごとく勝利を収めてきた。

 

 

「『財宝』の“19”。計42ポイント。上がりだ」

 

 

「うっ・・・!」

 

 

だがこの勝負に限り、モレクの思惑とする順調な勝利とはいかなかった。

 

 

ほとんどすべてのカードを把握しているモレクに対し、ギルガメッシュは純粋な運否天賦。

 

だというのに、これまでそれなりのゲーム数を重ねてきたにも関わらず、決定打はいまだに打てていない。

 

勝ちを期した時でなお、このように思わぬ強運によって、ギルガメッシュに勝ちを持っていかれてしまっていた。

 

 

(この男・・・なんたる強運だ)

 

 

3回の引きでの上がりは、このゲームにおける最速の上がりである。

 

上がりのポイントを40とした場合、そこに到達するには平均して7回ほどの引きを必要とする。

 

引き回数が減る毎に、それで上がれる確率はどんどん薄くなってくる。

 

その最速の引きで、この男はあっさりと引き上がってしまうのだ。

 

 

これまでのゲーム運びからして、モレクの思惑の展開とは大分外れてきている。

 

序盤に見せた賭け金倍増しの40ポイントでの上がり、あれとてモレクからすれば明らかな失敗だ。

 

普段ならば、あそこまで露骨な勝ち方などしない。

 

あんな序盤から狙ったかのようにジャスト40など、いくらなんでも不自然に感じるはずだ

 

 

だが、あの場では仕方無かった。

 

あの時の自分は“刻印”の用意も十分ではなく、残り5100エキューまで追いつめられていた。

 

もはや後には引けず、緊急措置としての上がりだったのだ。

 

 

この勝負におけるモレクの役目とは、博打に勝つことではない。

 

店側の利益を、相手より簒奪することが真の役割なのだ。

 

普段の彼ならば、イカサマの存在が発覚することはおろか、その気配さえ一切見せないほどである。

 

 

相手に適当に勝ちを持たせて、ある程度浮かれてきたら一息にて業に煮やした財をかすめ取る。

 

まさしく油断を待って獣を狩る狩猟の如きゲーム運びこそが、モレクの為すべきギャンブルなのだ。

 

 

(だが、この男は危険だ。早々に勝負をつけてしまったほうがいい)

 

 

賭け金の2000エキューを差し出し、次のゲームへと移る。

 

決定権がギルガメッシュへと移り、そこでギルガメッシュはこれまでの100エキューから一転して、一気に4000エキューを張った。

 

 

「ほほう。ついに来ましたか。やはり、慎重さだけでは、ギャンブルには勝てませんからな」

 

 

嘯きながらも、モレクの心中は穏やかではない。

 

先ほどのゲームで2000エキューが渡り、互いの資金は24600と15400となった。

 

ここでもし再びギルガメッシュが勝てば、これまでで築き上げた優位が一気に崩れてしまう。

 

 

(こうなっては、もはや是非もない。容赦なく、潰す)

 

 

先行のギルガメッシュが、卓上のカードの一枚を引く。

 

 

「・・・『財宝』の“20”だ」

 

 

読み上げられたカードの内容に、モレクは密かに舌打ちする。

 

そのカードは、先ほど彼特有の“刻印”をつけたカード。

 

早上がりを狙うならば、最も欲しかった最高ポイントのカードである。

 

 

(チッ、先に取られたか)

 

 

例えガンを施し、カードの位置を把握していても、先に取られたのではどうしようもない。

 

相手の強運に、またしても出し抜かれたような気分だった。

 

 

(まあ、いい。ポイントの高いカードのガンならば、他にもある)

 

 

気を取り直し、モレクは自分の引きに集中する。

 

その指先の感覚にて、己が求めるカードを探り出そうとして―――

 

 

「―――狡すからい鼠めが」

 

 

小さく呟かれたギルガメッシュの言葉に、思わずその手を止めた。

 

 

(っ!?まさか、気付かれたのか?)

 

 

不敵なギルガメッシュの言葉に、モレクの頭にそんな予感が走る。

 

 

動揺によって生まれた、一瞬の硬直。

 

しかしそこからもモレクはすぐに立ち直り、カードを引く手を動かした。

 

 

(いや、動揺するな。それこそが敵の思惑やもしれん)

 

 

自分が仕掛けるガンは、視認すら困難な微細なもの。

 

仮に疑いを持たれたとしても、イカサマと実証することは不可能なのだ。

 

 

ならば自分が動揺すれば、敵に余計な情報を渡すことになる。

 

ここは石のように動じず、相手の挑発を受け流すべき。

 

 

「カードは、『財宝』の“16”」

 

 

モレクが引いたカードを、後ろのオーナーが読む。

 

特に反応は見せずに、ギルガメッシュは自らもカードを引いた。

 

 

「『強奪』の“5”だ」

 

 

引いたのは最もマイナスが多い、『強奪』の“5”のカード。

 

『罠』のカードにも並ぶ、最低のカードだ。

 

 

その引きに、向かい合うモレクは嘲笑を浮かべた。

 

 

(ふふ、やはり運のみでは、このわしには勝てん)

 

 

この『トレック』は、心理や思考の要素が絡まぬ、純粋な運否天賦のゲーム。

 

お互いが一回一回の引きに、己が運を託して挑む、単純明快にして理不尽なギャンブルなのだ。

 

その土俵に置いてなら、卓越した強運を持つこの男は、まさしく卓上の王であるのかもしれない。

 

 

だが、自分は違う。

 

自分こそは、あらゆるカードを見通し、その引きを自在に操ることが出来る存在。

 

運気に流されるのではなく、場の運そのものを支配しているのだ。

 

言うなれば、このゲームにおける神にも等しき存在である。

 

 

(王では、神には勝てぬ)

 

 

強気な自負に促され、モレクは新たなカードを引く。

 

引いたカードは、『財宝』の“14”。

 

これでモレクのポイントは、合わせて30となる。

 

 

対して、ギルガメッシュが次に引いたカードは『財宝』の“10”。

 

ポイントは25にとどまり、モレクには一歩遅れを取る。

 

 

しかしギルガメッシュの引いた“10”のカードに、モレクは舌打ちした。

 

 

(これで、倍付けの40ポイントでの上がりはなくなったか)

 

 

“10”以上のカードでは、40ポイントを上回ってしまう。

 

かといって他の小さいカードで調整しようとすれば、ギルガメッシュに次の引きを許すことになる。

 

 

現在、ギルガメッシュの25ポイントに合計して上がりとなるのは、“15”、“17”、“18”、“19”の四枚。

 

特に“15”のカードで上がれば、ちょうど40のポイントになって、倍額の支払いとなってしまう。

 

そんな危険な賭けに付き合ってまで、40のジャストポイントにこだわる理由はない。

 

 

「カードは、『財宝』の“11”」

 

 

引き上がり、モレクが上がる。

 

4000エキューがモレクの側へと流れ、互いの資金は28600と11400になり、再びモレクが優位に立った。

 

 

(よし、次で決めてやるぞ)

 

 

再び決定権が回り、そこでモレクはベットする賭け金に一気に6000エキューをつぎ込んだ。

 

積み上げられた金貨の山が、卓上に差し出される。

 

もしここでモレクが40ポイントで上がれば、支払いは12000エキューとなり、ギルガメッシュの敗北が決定する。

 

 

オーナーが三十枚のカードをシャッフルし、卓上に並べていく。

 

この段階になっても、ギルガメッシュからは制止の声が上がらない。

 

この大一番の勝負、もしガンの考えがあるのだとしたら、例え疑わしきだけでもカードの交換を申し出るはずだ。

 

 

それが無いということは、やはり敵はこのガンの仕組みに気づいていないということ。

 

その事実に、モレクは勝利の決意を新たとする。

 

 

(ならば遠慮はしないぞ。アンタには随分と手こずらせてもらったが、ここで終わりにさせてもらう)

 

 

遊ぶ気などさらさら無く、この一戦で決着させる腹積りで、モレクは勝負に臨む。

 

カードに刻まれた“刻印”を駆使し、まっすぐに己が想定通りの引きを繰り返す。

 

二順が過ぎ、モレクが引き当てたのは『財宝』の“8”、“12”だ。

 

 

対するギルガメッシュも、負けてはいない。

 

小細工など一切用いず、ただ持ち合わせた強運を以て望むカードを引き寄せる。

 

そうして引いたカードは、『財宝』の“15”と“5”。

 

 

図らずも、両者ともに20ポイントで並ぶ。

 

次の引きで上がりとなるのは、最高のカードである『財宝』の“20”のみ。

 

同時にそれはジャスト40ポイント、賭け金の倍払いになるということだ。

 

 

(本当に、なんて強運だ。まさか運だけで、ここまでわしに喰い下がってくるとは・・・)

 

 

残すところ最後の引きを控え、モレクは改めて驚嘆を表す。

 

もし小細工もなく運否天賦で勝負をしていれば、自分には一欠片の勝機もなかっただろう。

 

 

(だが、ここはわしが一歩上をいった)

 

 

例え天性の運気がなくとも、自分には老獪に磨き抜いた狡知がある。

 

苦渋と辛酸の中を生き抜いてきた、これまでの年月がある。

 

そこで培われた狡猾さが、この並はずれた強運を持つ青年も凌駕して屈伏させる。

 

 

貴族の暴虐によって目を焼かれ、この世から光を失った。

 

あの時の暗さ、身を縛る絶望、その記憶は永遠に薄れる事はない。

 

 

地位もなく血筋もなく、ただの一平民に過ぎない自分は、恐らくこの世で最大の弱者だろう。

 

だが、そんな弱者である自分が、博打においては貴族をも狩る強者になれる。

 

モレクとって、傲慢な貴族の苦渋こそが最大の愉悦。

 

例え姿は見えなくとも、その声だけで十分に歓喜に奮える。

 

 

その至福の時を求め続けて―――自分は十年を超える歳月を勝ち続けてきたのだ。

 

 

(見つけたぞ)

 

 

モレクの手が触れるのは、『財宝』の“20”のカード。

 

指先が捉える感触の位置は、間違いなく先ほどつけた痕であることをモレクに教えている。

 

 

指先に触れるその感触が、モレクに己が勝利を確信させた。

 

 

(見るがいい。これが、勝利の引きだ)

 

 

確信を以て、モレクはそのカードを引いた。

 

会心の笑みを浮かべながら、自らの勝利を決めるカードを後ろに控えるオーナーへと見せる。

 

 

だがいつまでもたっても、勝利を告げるオーナーからの言葉は返ってこなかった。

 

 

「?どうしました?」

 

 

怪訝そうに、モレクは尋ねる。

 

その問掛けに、オーナーは震える声でようやく言葉を返してきた。

 

 

「カ、カードは、『強奪』の“5”だぞ、モレク!!」

 

 

「な・・・にぃっ!?」

 

 

あり得ない。

 

あり得るはずがない。

 

自分が掴んだカードは、確かに『財宝』の“20”だった。

 

あの痕の位置は、間違いなく『財宝』の“20”を示していたはずだ。

 

 

(馬鹿な・・・、なぜ、こんなことがっ!?)

 

 

確かめてみるが、痕の位置は間違いなく『財宝』の“20”に付けた位置。

 

付けられた“刻印”は、彼に勝利をもたらすはずだったカードであると告げている。

 

 

記憶違いをしたのか、一瞬そう考えたが、その考えもすぐに放棄する。

 

ガンにおける目印の記憶など、このイカサマにおける基本中の基本。

 

それを思い違うなどというミスを、この自分に限り犯すなど考えられない。

 

 

しかし、ならばなぜ、こんな不条理なことが―――

 

 

「どうした?何を呆けている?」

 

 

その時、モレクはギルガメッシュの声を聞いた。

 

 

彼には見えないギルガメッシュの顔に浮かんでいたのは、会心の笑み。

 

まるでこちらの動揺など全て見透かしていると言わんばかりの、抑えきれぬ愉悦だった。

 

 

「そういうこともあるだろう。何しろこれは―――」

 

 

そして、例え目で見えずとも、その愉悦はすでに言葉の響きの中にも滲み出ている。

 

 

その愉悦の正体を、モレクはよく知っていた。

 

 

「―――運否天賦の、ゲームなのだからな」

 

 

ギルガメッシュの愉悦、それは浅はかな者を、自分の思い通りに操り貶めてみせた時に生ずる優越の至福。

 

例えその表情が見えずとも、声の中に秘められたその感情を、モレクは見逃さない。

 

なぜならその愉悦は、これまでモレク自身が対戦相手に対して懐いてきた快感でもあったのだから。

 

 

(こいつ・・・やはり気付いていたのか)

 

 

不敵な言葉に、モレクは確信する。

 

 

この男は、気付いていた。

 

自分がイカサマを仕掛けていることも、そして恐らく、そのタネも。

 

悔しいが、手玉に取られたのは自分のほうだったのだ。

 

 

(しかし、だとしてもどうやって・・・?)

 

 

イカサマを知ったからといって、すぐにそれを無力化出来るというわけではない。

 

元よりモレクが付けた痕とは、イカサマと立証することも不可能な微細なもの。

 

無力化する手段といったらそれこそカードを交換することくらいで、付けられた痕が消えたり変わったりするはずが―――

 

 

「・・・あっ!!」

 

 

閃きと共に思いだす。

 

前回のゲーム、ギルガメッシュが引いたカードは、確か『財宝』の“20”と“10”に、『強奪』の“5”と、この三枚。

 

その時、最初に引いたのは『財宝』の“20”のカード、その後に『強奪』のカードを引いた。

 

そして、『財宝』のカードを引いた時、不敵に響いたあの言葉―――

 

 

『―――狡からい鼠めが』

 

 

あの時だ。

 

あの時に、気付いていたのだ。

 

『財宝』のカードに刻まれていた“刻印”に、それが付けられた位置に。

 

モレクがカードを引く時、痕をつけるために行う僅かな動作を決して見逃さず、そこに刻まれた微細な“刻印”に気が付いた。

 

そして次に引いてきた『強奪』のカードに、その“刻印”と同じものを刻みつけたのだ。

 

 

「さて、次は我の番だな」

 

 

戦慄するモレクを余所に、ギルガメッシュが卓上のカードへと手を伸ばす。

 

ゆっくりとした動作で差し出される手は、やがて一枚のカードを引き上げた。

 

 

「『財宝』の“20”。40ジャスト。倍払いだ」

 

 

まさしく狙い澄ましたかのように、本来モレクが握るはずだったカードが、ギルガメッシュの手へと渡る。

 

それによって、一気に12000エキューもの金が、本来の想定とは逆にモレクの側から失われていった。

 

 

「どうした?何を呆然としている?先ほどまでの饒舌ぶりはどうした」

 

 

ギルガメッシュの声が、愕然としていたモレクの耳に届く。

 

 

その声に、モレクは俯かせていた顔を上げた。

 

 

「そう気落ちするな。まだ勝負はついていまい」

 

 

明らかにこちらを見下した響きを伴った、慰めの言葉。

 

それにモレクは一瞬激昂しかけたが、同時に冷静さをも取り戻す。

 

 

そう、確かに勝負はまだついてはいない。

 

現在の資金状況は、モレクが16600エキューで、ギルガメッシュが23400エキューだ。

 

確かに形勢はひっくり返ったが、まだ決定的というほどではない。

 

 

そう気を取り直すモレクであったが、そんな彼にギルガメッシュは容赦ない衝撃をもたらす。

 

 

「ベット。全額だ」

 

 

ギルガメッシュの所持する23400エキュー全てが、卓上へと差し出される。

 

イカサマの裏を取り、もはや迷いも容赦もない怒濤の張りが、モレクを脅かした。

 

 

(い、いや、臆するな。これは同時にチャンスでもある。もしここでわしが勝てば、その瞬間こちらの勝利なのだ)

 

 

先ほどと変わらず、ギルガメッシュはカードの交換を言い出そうとはしない。

 

カードに付けた“刻印”は『財宝』の“20”だけではなく、これまでに引いたほぼすべてのカードに為されている。

 

“刻印”の無いカードも限られており、ほとんど全種類のカードを自分は把握しているのだ。

 

ならばこちらにも、まだ勝ちの目はある。

 

 

そう意気込んではいたが、手先の震えだけはどうしても消えてくれなかった。

 

 

「『財宝』の“14”」

 

 

先行のギルガメッシュがカードを引く。

 

相変わらずの高ポイントのカードばかり引き当てるその運気に、モレクは苦い顔を浮かべた。

 

 

そして、次はモレクの引き。

 

伸ばした手の先に触れたカード、そこに刻まれているであろう“刻印”を探す。

 

 

“刻印”はあった。

 

そのカードは『財宝』の“19”。

 

十分に高ポイントのカードである。

 

 

(・・・いや、待て)

 

 

脳裏に走った予感に、モレクはカードを掴みかけた手を急遽止めた。

 

 

そもそも、どうしてカードの交換を言い出さない。

 

ガンを無効化する最も効果的な策は、いうまでもなくガンの施されたカードを変えることだ。

 

イカサマを見抜いたのなら、交換を躊躇う理由はひとつもない。

 

ましてこの一戦は、相手にとって持ち金のすべてを賭けた、いわば一度限りの大勝負。

 

そんな一度のみの勝負の時に、相手にとって利となる要素を、わざわざ無効化できるにも関わらず放置するなどあり得ない。

 

 

ならば、これも奴の策のひとつ。

 

あえて希望を残すことでこちらの迂闊な一手を狙った敵の仕掛けた狡猾な罠。

 

その考えで思い返せば、この『財宝』の“19”は、先ほど敵が引き当てたカード。

 

もし敵のイカサマに対する気付きがもっと以前であれば、そのカードにも罠が隠されているやもしれぬ。

 

 

(このカードは危険だ。別のカードにしたほうがいい)

 

 

思いなおし、モレクは隣のカードへと手を移す。

 

触れる痕の感触は、そのカードを『財宝』の“13”だと示している。

 

それなりに高ポイントのカードで、何よりこのカードはまだギルガメッシュの手に渡ったことはない。

 

ポイントの高さよりもむしろその事実を優先させて、モレクはカードを引いた。

 

 

引いたカードは、モレクの想定通り『財宝』の“13”。

 

口頭で伝えてくれるオーナーの声に、モレクはホッと胸をなでおろす。

 

 

しかしすぐに、ギルガメッシュはモレクの引き損ねた『財宝』の“19”をあっさりと引き上げた。

 

 

「うっ・・・!?」

 

 

動揺がモレクに浮かぶ。

 

 

彼は気づいていない。

 

彼が先ほどギルガメッシュに懐いた疑念、それこそが相手に気押されている故の心理であると。

 

怯えるからこそ疑い、その猜疑心が独り歩きして疑心暗鬼に陥っているだけだ。

 

いかにも理の通っているように思える理屈を並べて、自ら崩れ落ちていっているに過ぎない。

 

例え罠などどこにも無くとも、他ならぬモレク自身が架空の罠を作り上げているのだ。

 

 

そして手は、その在り得ぬ罠を恐れて止まる。

 

もし勝とうと思うなら、恐れを振り切って進まなくてはならないのに、モレクにはそれが出来ない。

 

どれだけ奮い立たせようとしても、結局最後の所で怯えの感情が湧いて出てきてしまう。

 

光のない閉ざされた世界にいる彼には、自分の思考こそが唯一の光なのだ。

 

その光を振り切り、目に見えぬものを信じるなど、モレクには到底出来なかった。

 

 

「『財宝』の“15”。計48ポイント。上がりだ」

 

 

そうしてモレクが尻込みしている内に、ギルガメッシュはあっさりとゲームを物にしてしまう。

 

勝負が決まり、口惜しさを噛みしめながら、モレクは席を立つ。

 

足りない分の金額を用意するのは、経営者であるオーナーだ。

 

 

勝負が終わった以上、代打ちである自分の役割も終わったのだ。

 

 

「どこに行く」

 

 

その消沈した背中に、ギルガメッシュが声をかけた。

 

 

「座れ。まだ勝負は終わっていないぞ」

 

 

「終わっていない、と申されましても・・・。私の所持金の20000エキューは、今のゲームで消費されて―――」

 

 

「たわけ。我がいつ、そのようなはした金如きを所望した」

 

 

尊大に、ギルガメッシュはモレクとオーナーの両名に言い放った。

 

 

「どちらかが破滅を迎えるまで、打ち止めは無しだと言った。その程度の小銭を失ったところで、破滅になどなるものか。我が言う貴様らの破滅とはすなわち、この店舗が有する全ての貯えだ」

 

 

ギルガメッシュの言葉に、オーナーとモレクの背筋が凍り付く。

 

 

「これからが娯楽の本番だ。逃がしなどするものか」

 

 

そんな二人の姿を眺めるギルガメッシュの口元には、愉悦の笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再開された勝負。

 

まさしく己の浮沈がかかった真剣勝負に、モレクは必死の形相で挑む。

 

 

(この店の貯えのすべてだと?大言を吐きおって)

 

 

個人ではなく店として蓄えられた総資金は、20000エキューどころでは済まない。

 

その総資金に対して個人で挑むなど、いくらなんでも無謀が過ぎている。

 

賭け金も青天井だというのなら、相手の資金と同額の賭け金を出せば一度の勝負で決着がつく。

 

この『トレック』という、運否天賦に偏ったゲームで、一度も負けないなど考えられない。

 

 

「『財宝』の“14”。上がりだ」

 

 

だが、負ける。

 

負け続ける。

 

いくら結果を否定しても、着実に擦り減らされていく資金はまぎれもない事実。

 

そして敵が勝ち続ける毎に、その被害額は倍となって増えていく。

 

 

その中で、モレクは転げ落ちていく。

 

どれほど勝とうと決意しても、結局囚われるのは疑心暗鬼の闇。

 

心理に絡みついた暗黒は容易くは振り払えず、むしろ更なる深みへと引きずり込む。

 

怯えは焦燥を生み、焦燥は判断を鈍らせ、絶対と信じていた自らの能力さえも疑ってかかる。

 

一度のミスは更なるミスを誘発し、絡み付く闇が更に心理の奥へと侵食していく。

 

 

対する、ギルガメッシュは好調そのもの。

 

彼が引き当てるカードはほとんどが『財宝』で、すべてのゲームをほぼ3、4回の引きのみで上がってしまう。

 

これまでの接戦が嘘のように、追随を許さぬ強運ぶりでギルガメッシュは勝ち越していく。

 

 

(どうして、こうも続くのだっ!?やつの強運はっ!!)

 

 

追い詰められ、青ざめた顔をしながらモレクは考える。

 

 

幸運というものは、気まぐれで理不尽なものだ。

 

どれほど薄い確率であったとしても、時としてそれは現れる。

 

例え1%でも可能性があるのなら、あり得ないような事が起こりうるのが幸運だ。

 

 

だが、それにしてもこの結果は、いくらなんでも度が過ぎてはしないか―――

 

 

「まさか、何か仕掛けたのかっ!?」

 

 

ハッとして、モレクは問い質す。

 

 

その詰問に、しかしギルガメッシュは余裕の表情を崩さない。

 

 

「あいにくだが、我の手先はそれほどに神経質なものではない。札についた多少の違和感など、そうそう感じ取れはせん」

 

 

まさしくモレクの手の内を的確に射抜いた言葉。

 

はっきりと自らの仕掛けたイカサマを告げられ、モレクは閉口した。

 

 

「我は何もしていない。策をかけたのは、先ほどの一度きりだ。それ以外はただ指運で引いていた」

 

 

「そんな・・・馬鹿な。そんなもの、信じられるわけが・・・」

 

 

「信じられぬのは、その猜疑こそが貴様の本質であるからだ。雑種」

 

 

すでに限界寸前のモレクの心に、トドメの一撃とばかりにギルガメッシュは言葉を突き付けた。

 

 

「一度為せば、それは手段。十度為せば、それは矜持。そして百度も為した頃には、それは生そのものとなる。

 

貴様は、人を騙し過ぎた。騙すことで勝ちを重ね過ぎた。もはや貴様は、騙す以外に勝ち方を知らぬ。騙しを破られれば、貴様は絶対に勝てん。

 

騙すことは、信じる事と相反する。一方が研がれれば、相反する一方が消耗するのは自明の理。相手の言葉はもちろんのこと、自分の能力や運さえも、今の貴様には信じられまい」

 

 

一度策で崩したモレクには、他の策は何一ついらなかった。

 

カードの交換を言い出さなかったのも、必要がなかったからだ。

 

何もしなくとも、モレクが自らの猜疑心に囚われて自滅していくことは分かっていた。

 

 

騙すことは、騙されることの裏返し。

 

騙す側にいる人間こそ、自分が騙されるとは思わない。

 

そしてそういう人間が最も、騙されることに脆いのだ。

 

 

ひとたびバランスを崩せば、それで終わり。

 

策のみを必勝の手段とする者は、その手段が破られれば何も出来ない。

 

通常の手段が信じられぬからこその策、それを失って今さら通常に戻るなど出来るはずがない。

 

 

「我とて時には策も用いる。だが、それを勝負の頼みになどはしない。策とは、所詮は小賢しい小細工に過ぎぬ。そのようなものに頼る惰弱な道が、王の歩むべき道であるものか」

 

 

ギルガメッシュの手が、卓上のカードへと伸びる。

 

その引きは、確かな保障など無い完全なる運否天賦。

 

しかしギルガメッシュに、自らの運気に対する不安は微塵となかった。

 

 

「王は、ただ真っ直ぐに進む。己が定めた信念の元に、正当と確信する道を進み続ける。その生き方こそが、真の王者たる魂を彩るのだ」

 

 

王者とは、あらゆる事の運びにも、己があり様のままに歩むもの。

 

ただ正道を突き進むその道に、事の流れを歪める小賢しさなど必要ない。

 

 

王者の歩みとは悠々とした、あるいは浪々とした事の運び。

 

その在り様に、結果のほうが自ら付き従ってきてこそ、世界を制する覇者の由縁である。

 

未来の結果を恐れず疑わず、信ずるが通りに歩み抜いてこそ、世界は王の意志に応えるのだ。

 

 

「正当なる道を歩む、王者の道筋。それすなわち、“王道”だ」

 

 

引き上げたのは、札一面の金銀財宝の絵柄が描かれたカード。

 

最高の『財宝』のカードが、ギルガメッシュの栄光の道を照らしだすように、その手の中で輝いていた。

 

 




20000エキュー、日本円にして約20億円!!
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