Zero and heroic king   作:river01

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小さな王(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルイズとギルガメッシュが『魅惑の妖精』亭で働き始めて、一週間ほどが過ぎた頃。

 

 

初日の夜、ギルガメッシュとの対話以降、ルイズは変わった。

 

給仕として働いていても、どうしても表面に出てきてしまう貴族としての高飛車ぶりを、内にしっかりと封じ込めたのである。

 

 

客に向けるのは引きつった笑みではなく、天然の笑顔。

 

多少の野次や、下品な物言にも、決して怒りを見せずに我慢する。

 

そして極め付けなのは、貴族としての気品に満ちた優雅な礼節。

 

この高貴さに満ちた礼こそが、ルイズに出来る唯一の接客である。

 

 

元々ルイズは公爵家の娘として、貴族としての作法の全てを骨の髄まで叩きこまれている。

 

彼女の人生を注いで鮮麗されたその仕草は、そこいらの娘が一朝一夕に身に付けられるものではない。

 

ルイズはキャミソールの裾を掴み一礼してみせれば、さながらそれは王侯に対する礼節に見えるのだ。

 

 

元々、これまでずっと貴族として育ってきたルイズが、平民の娘のやり方を真似たところで、上手くいくはずはない。

 

ならば自分は、自分にしかない武器を以てやればいい。

 

そして自分に備わった武器とはすなわち、貴族としての己自身に他ならない。

 

平民の娘には決して真似できない、気品と優雅さに満ちた礼節こそが、自分の武器だ。

 

 

「ふぅむ、君はよく見ると高貴な顔立ちをしている。ひょっとして、上流階級の生まれではないかね?」

 

 

そんな気品ある仕草を見せられると、客のほうもルイズの素性が気になり出していく。

 

そうして客達があれこれと根拠のない予想を並べていくのを、ルイズは黙って聞いていく。

 

口が回る方ではないと自覚していたし、下手にしゃべって墓穴を掘ることを防ぐためである。

 

そして己が使い魔直伝の、物憂げな仕草と表情で客達の同情を引きつけるのだ。

 

 

さすがにギルガメッシュのようにはいかないが、その手法はそこそこ上手くいっている。

 

客からのチップも貰えるようになり、気をよくした客達からはいろいろと話も聞くことが出来た。

 

 

「なかなか頑張ってるみたいですね、お姉さん」

 

 

ベッドの上に寝転びながら、ギルガメッシュが話しかけてくる。

 

それにルイズは、書簡に筆を走らせながら答えた。

 

 

「結構ストレスは溜まるけどね。それも随分と慣れてきたわ」

 

 

ルイズがしたためている書簡は、アンリエッタに宛てた報告書。

 

彼女に与えられた任務である、国民達の新女王に対する評価の声である。

 

 

その内容は、お世辞にも聞こえの良いものばかりではない。

 

いかに奇跡の勝利を成し遂げた『聖女』といっても、王としてアンリエッタはまだ若すぎるのだ。

 

彼女の美貌は人々を“魅了”はしても、“権威”として君臨するには至らない。

 

 

そして、戴冠と共に行ったアルビオンに対する宣戦布告。

 

大規模の遠征となるその戦争に向けて、現在トリステインでは国民を上げての開戦の準備が進められている。

 

それは確実にトリステインに住まう人々の負担となり、王に対する不満を募らす要因になっている。

 

 

そうしたアンリエッタにとって耳の痛いであろう話も、しかしルイズは一切誤魔化すことなく送っている。

 

アンリエッタが求めるのは、虚言のない民たちの真実の言葉。

 

ならば言葉を柔らかに着飾ることに、何の意味もない。

 

 

一片の色もついていない女王に宛てた報告書を、ルイズは伝書フクロウにくわえさせて送り出した。

 

 

「そういえば、ギルガメッシュ。アンタはチップレースには参加するの?」

 

 

一日の仕事を終了させて、ホッと一息ついてから、ルイズはふと思ったように尋ねた。

 

 

チップレースとは、今日より一週間の期間で行われる、ここ『魅惑の妖精』亭特有のイベントである。

 

店員の女の子達はそれぞれに客から貰ったチップの量を競いあい、最も多い金額を得た者が勝者となる。

 

店一番の“妖精”を決める、ちょっとしたお祭り騒ぎの競争なのだ。

 

 

まあギルガメッシュの場合、性別は男なのだが、それはこのさい些細な問題である。

 

 

「いえ。謹んで辞退させていただきますよ」

 

 

「そうなの?ジェシカはアンタの事を、ライバルだぁ、とか言って燃えてたけど」

 

 

ジェシカとは、店長のスカロンの一人娘であり、店員の管理を任されているこの店の看板娘だ。

 

その惚れ気と嫉妬の感情の巧みな使い分けは天下一品であり、その話術によって並みいる男共の財布からチップを巻き上げてきたつわものである。

 

現在のチップレースの優勝候補の筆頭であり、さっぱりとした性格の快晴な少女だ。

 

 

そんな彼女とルイズの接点は、新入りと先輩の関係として彼女の方から親身に話しかけてきたことに始まる。

 

その誰にでもざっくばらんとした性格は、身分を隠すルイズとしてもいっそ清々しく、あまり悪い感情は覚えなかった。

 

今ではそれなりに親しく話し、ルイズとしても好ましいと思っていた。

 

 

「ジェシカさんには悪いですが、付き合うつもりはありません。あいにくと、ボクにはスカロンさんのような趣味はないもので」

 

 

今日の夕方、皆の前に現れたスカロンの格好を思い出し、ギルガメッシュは嘆息する。

 

 

この『魅惑の妖精』亭には、あるひとつの伝説がある。

 

約四百年前、“魅了王”と呼ばれた時の国王アンリ三世は、とある酒場の給仕の娘に恋慕の念を懐いた。

 

身分違いのその恋は実らず、王は一着のビスチェを仕立て、せめてもの恋の縁とした。

 

 

その伝説に出てくるビスチェこそが、この『魅惑の妖精』亭の秘宝であり、“魅了”の魔法がかかったマジック・アイテム『魅惑の妖精のビスチェ』である。

 

チップレースの勝者には、景品としてそのビスチェが貸し与えられることになっているのだ。

 

 

「ボクは適当に手を抜きます。そういうお姉さんこそ、優勝を目指してみたらどうですか?」

 

 

「私が?う~ん・・・」

 

 

現在のルイズは、それなりにコツも掴み、チップの方も受け取れるようになっている。

 

チップレースでも、もしやろうと思えば上位を狙うことも不可能ではないだろう。

 

 

「まぁ、考えておくわ」

 

 

しかし当のルイズは気の無い返事をよこすだけ。

 

そのまま彼女は明日への活力を優先して、睡眠へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、日付は移り、時刻は陽光照りつける昼時。

 

夜に酒場として機能する『魅惑の妖精』亭は、昼間は主に店の仕込みが仕事となる。

 

 

その例にもれず、ルイズもまた店の労働に励んでいた。

 

 

「まったく・・・、畏れ多くもラ・ヴァリエール公爵家の三女である私にこんな雑用をやらせるなんて。いい度胸だわよ」

 

 

グチグチと文句を漏らしながら、ルイズは店内の掃き掃除に従事する。

 

いかに納得をつけたといっても、やはり苛立ちは感じるのだった。

 

 

「そういえば、ギルガメッシュは何をしてるのかしら?」

 

 

箒を手に掃除していく内、ふと気になってルイズは己が使い魔の姿を捜す。

 

 

大人の状態のギルガメッシュならば、このような雑用に従事するなど考えられないが、しかし今の彼は幼年体。

 

あの素直で要領のいい少年ならば、こんな労働も特に苦労せずにこなして―――

 

 

「へえ。じゃあシエスタは、ジェシカさんの従姉妹なんだね」

 

 

いなかった。

 

労働なんぞそっちのけで、女の子をナンパなんぞしてる。

 

こっちは慣れない労働で心身をすり減らしているというのに、腹立たしいことこの上ない。

 

 

一旦激昂しかかったルイズだったが、その会話の相手に目を止めて、気を平静に戻す。

 

 

「って、シエスタ?」

 

 

メイド服は着ていないが、あの姿は間違いない。

 

魔法学院に奉公する使用人の一人で、ギルガメッシュの専属メイドであるシエスタだった。

 

 

「じゃあ、奉公先が休暇に入ったから、実家に帰る途中なんだ。帰郷の前に従姉妹の所に顔を出しにくるなんて、親戚思いなんだね」

 

 

「そんなことないわ。それにしても驚いたなぁ。ギルくんみたいな子供が、スカロン叔父さんのところで働いているなんて」

 

 

「うん。分不相応は分かっているけど、なんとか無理を言って働かせてもらっているよ。おかげでスカロンさんには迷惑をかけっぱなしだ」

 

 

「偉いのね。私の地元の子供たちには、みんなやんちゃな子ばっかりで、ギルくんみたにしっかりした子はいなかったから。本当に感心しちゃう」

 

 

「ううん。ボクが偉いというなら、シエスタだって同じさ。実家のために奉公に出る、ありふれたことと思うかもしれないけれど、身近な人達にとってその行動はとても暖かく感じるものだよ。家の人達にとて、きっとシエスタは何よりも勝る、自らの誇りに違いない。

 

それに子供がやんちゃというのも、それはシエスタの故郷が豊かだという何よりの証明さ。虐げる者のなく、ただのびのびと自分を謳歌している。精神にとって、それほど健康な状態は他にない。小賢しい者だけが強くなれる世界なんて、貧しいだけだろう。だから、その子供たちは、それこそが正しい姿なんだよ」

 

 

随分と和気あいあいと会話する二人。

 

あの様子から察するに、シエスタはギルガメッシュの正体に気付いていないようだ。

 

 

何となく気になって、ルイズは柱の陰に身を隠しながら、二人の会話に耳を澄ませた。

 

 

「それにしてもギルくんかぁ。私のご奉公先に、専属で御勤めさせていただいている方がいるんだけど、とてもよく似た名前で驚いたわ。それになんだか、風貌とかもどことなく似ている気がするし」

 

 

「へぇ、そうなんだ。自分と似ている人なんて、なんだか興味がわくな」

 

 

白々しく言いつつ、ギルガメッシュは一歩迫る。

 

 

「けれど、ボクが今一番心惹かれるのはシエスタかな。シエスタは、これから急ぎ?」

 

 

「え!う、ううん。別に、急いでるってほどでもないけど・・・。それよりギルくん、今、えっと・・・」

 

 

「うん。ボクは今、シエスタのことが一番気になってる。好意と置き換えてもいいかな」

 

 

「ええっ!?」

 

 

「ええっ!?」

 

 

後半の声はルイズのもの。

 

あまりにも予想外の発言に、盗み聞きをしている立場だということも失念して、つい声を上げてしまう。

 

 

というか、あの英雄王(小)は、自分の侍女相手に一体何をしているのだろう。

 

 

「えっと、でも、ギルくん。私たち、ついさっき知り合ったばっかりなのに・・・」

 

 

「うん、そうだね。ひょっとしたら、一目惚れって奴かもしれない」

 

 

「ひ、一目惚れって・・・っ!?で、でも、私には今、専属にお仕えさせていただいている人がいて・・・」

 

 

「忠誠と愛情は別モノだよ。それとも、シエスタは年下初めて?大丈夫。女性をリードするのは、男性の甲斐性だからね」

 

 

「え、えええぇぇ~!!?」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべて、一歩、また一歩と、ギルガメッシュの小さな身体がシエスタへと迫っていく。

 

頬を朱に染め、見るからに狼狽しているシエスタに、その歩みを止められるとは思えない。

 

 

このままシエスタは、英雄王(小)の色欲にパックリ食べられてしまうのだろうか。

 

 

「なにやってんだい、このマセガキ」

 

 

しかして、そこに哀れな子羊を救世する救い主が登場する。

 

スカロンの娘にしてシエスタの従姉妹、元気印の看板娘ジェシカが、欲情する少年の脳天にフライパンの一打をお見舞いした。

 

 

パカン、と心地よい音がして、ギルガメッシュは頭を抱えながらその足を止めた。

 

 

「アイタタタ~・・・。ひどいなぁ、ジェシカさん。いきなり何をするんですか?」

 

 

「何を、じゃない。こんな昼間から、人の従姉妹になにをするつもりよ」

 

 

「そんな~、ちょっとしたお近づきの挨拶みたいなものじゃないですか」

 

 

「どこのプレイボーイだ、アンタは」

 

 

さすがに店員の管理を任されているだけに、ジェシカはギルガメッシュ相手でも押されていない。

 

その間で、シエスタはオロオロしながら二人を見比べていた。

 

 

「ジェ、ジェシカ。もうそれくらいに・・・」

 

 

何とかお茶を濁そうと口を挟むが、即座にその矛先を向けられて閉口する。

 

 

「シエスタも、ちょっとウブ過ぎるわよ。そんなんだから、ギルっちにいいようにからかわれるんだ」

 

 

一応ジェシカはシエスタより年下のはずなのだが、完全に立場を逆転させて告げる。

 

この押しの強い従姉妹に、控えめなシエスタはいつも振り回されてばかりなのだ。

 

 

「待ってください。からかうとは心外です。ボクがシエスタに向ける好意は、至って真剣なものですよ」

 

 

「えぇ、うそぉ?ギルっちってなんだか、いつも仕草が芝居かかってるじゃない」

 

 

「それは失礼です。ボクだって、お遊びでシエスタみたいな人を弄んだりしませんよ」

 

 

口々に言いあうギルガメッシュとジェシカ。

 

とはいえその言い合いも、苛烈というほどのものではない。

 

親しい者同士でもよく行う、ちょっとした口論といったところだ。

 

 

しばらくはその話題で言い合っていたが、やがて三人の会話は別の話題へと移っていく

 

 

「ところで、シエスタが専属で仕えてる貴族って、どんな人なの?やっぱりかっこいい人?」

 

 

興味深々な様子でジェシカが尋ねる。

 

 

ちなみにその当の本人は、彼女のすぐ隣にいたりする。

 

 

「そうね。確かに御容貌で言うなら、ギルガメッシュ様は絶世と言っても差し支えない御方だと思うわ」

 

 

「へえ!奥手のシエスタがそんなこというなんて、そりゃ相当の色男なんだ。うんうん、やっぱ男はルックスが大事だよねー」

 

 

「もう、ジェシカったら~」

 

 

女子同士でワイワイとはしゃぎながら、シエスタとジェシカは盛り上がる。

 

 

そして話題の対象である色男(小)は、そんな二人の会話をニコニコと笑いながら見つめていた。

 

 

「それで、シエスタ。肝心の人格のほうはどうなのよ?どんだけ見かけが良くても、中身が空っぽの男って最低だもん」

 

 

「えーと、そうね。ギルガメッシュ様は・・・」

 

 

少し言葉を考えてから、シエスタは答えた。

 

 

「こうと決められたら、決して自らを曲げようとせず、逆らう者には容赦なし。人の話は聞かないで、すべて自分の考えだけで納得されてしまう。欲しいものがある時は、力づくでも手に入れる。そんな、とても豪快な御方だわ」

 

 

「うえぇ、なにそれ、サイアクじゃない。それって、豪快っていうより単に我儘じゃないの」

 

 

人物像に対する率直にして辛辣な意見を、ジェシカは口にする。

 

しかしそれも仕方がない。

 

シエスタが言っていることは、まごうことなき真実なのだから。

 

 

さて、そんな手痛い感想を頂戴した、当のギルガメッシュはというと―――

 

 

「ホントですね。まったく、顔が見てみたい」

 

 

清々しいほどに他人ごとな口調で、そう言ってのけた。

 

 

うん、というか、お前だよ。

 

 

「ち、違うの、それだけじゃないのよ。ギルガメッシュ様は、確かに少々身勝手な所がお有りだけど、でも曲がったことだけはしない方なの。いつも自信に溢れていらして、見ている人を安心させてくれる、そんな魅力を兼ね備えた人でもあるのよ」

 

 

呆れ気味の二人に、シエスタは急いでフォローを入れる。

 

その必死な様子にジェシカは茶々と入れ、笑いながら相槌ちを打つギルガメッシュ。

 

 

そんなありふれた日常の風景を、ルイズはものすごく訝しんだ眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。昼間のあれは何よ?」

 

 

その日の仕事を終えた部屋での夜、ルイズはギルガメッシュに問うた。

 

 

「何、というと?」

 

 

「あのメイドのことよ。何でアンタがメイドを口説いてるのよ」

 

 

「何で、と言われてもなぁ・・・。単純に、ボクがシエスタの事を好きになったというだけですけど」

 

 

臆面もなく答えるギルガメッシュ。

 

あまりにはっきりと告げられた答えに、ルイズは一瞬口ごもった。

 

 

「・・・本当に?」

 

 

「もちろん。・・・ああ、ジェシカさんの時もそうだったけど、ボクって、信用ないなぁ」

 

 

「だって、ねぇ・・・」

 

 

ギルガメッシュとシエスタ。

 

頭の中で二人を並べてみるが、やはりどう考えても合う組み合わせとは思えない。

 

 

「参考までに聞くけど、あのメイドのどこがいいのよ?こういったらなんだけど、あの娘ってそこまで飛び抜けた風でもないでしょ」

 

 

「そうですね。シエスタは平凡だ。美しくはあっても、絶世というほどじゃない。器量のほうも、すべてを包みこむほどの包容力を兼ね備えているわけではなく、それなりの事はこなせるだろうけど、才と呼べるほどのものはありません。

 

けれど、その素朴さが大事なんです。ボクは衆目を引きつける大輪よりも、野先でひっそりと、しかし健気に咲く野花のほうにこそ尊さを感じるんです。その景色は気には止まらないけど、無意識の内でボク達の心を慎ましく癒してくれる。

 

そんな素朴な野花を、素朴なままでどれだけ守ってあげられるか。それこそが男の包容力だと思いますから」

 

 

淀みもなく答えるギルガメッシュの言葉に、思わず絶句する。

 

こんなセリフ、彼が大人の状態からでは絶対に聞けない。

 

ルイズとしても、そんな価値感は全くの新発想だった。

 

 

貴族は、いかに自らを大きく見せるかに心血を注ぐ。

 

他の者に威信を知らしめるために、自らをより高みへと押し立てんがために。

 

自分という花を、いかに魅せる大輪と為してみせるか、その考えこそが貴族の発想だ。

 

 

しかしこの幼年のギルガメッシュは、素朴なものは素朴なままでこそ価値があると言っている。

 

貴族のそれとは全くの逆発想のそれは、ルイズにとっても意外中の意外である。

 

 

ましてそれを口にするのは、誰よりも高く輝く太陽の如き眩しき男、ギルガメッシュなのだ。

 

 

「けど、シエスタって大人版のアンタのメイドよね。自分で自分の従者を落とそうなんて、なに考えてるのよ?」

 

 

「確かにそうですね。けれどボク自身、彼とは同一であっても接点自体はあまりありませんから、正直言って他人事です。

 

だからボクとしては、ボクがこの姿である間は、自分の好きなようにやっていこうと思っています」

 

 

朗らかとギルガメッシュは言い放つ。

 

まるで大人の自分を他人だと言ったような物言いだが、そこに自らに対する嫌悪の感情はない。

 

自分は自分で、と言いつつも、大人の自分へと戻ることへの抵抗感もないようである。

 

 

ますます、ルイズには目の前の少年のことが分からなくなってきた。

 

 

「それにしても、シエスタねぇ・・・」

 

 

分からないと言えば、やはりそのこと。

 

ギルガメッシュ(小)の持論は何となく分かったが、やはりそう聞いただけで納得し切れるものではない。

 

 

どうしても、なぜシエスタが、という思いが残ってしまう。

 

 

(大体、身近な異性なら、他にいるじゃない)

 

 

ギルガメッシュにとって、最も身近な異性。

 

それは言うまでもなく、衣食住を共にし、常に傍らにある少女。

 

どちらのギルガメッシュにとっても、ルイズこそが一番身近にある女性だろう。

 

 

別に口説かれたと思っているわけではないが、全く無視されるというのも気分が悪い。

 

少しくらい、相手をしてくれてもよさそうではないか。

 

 

「あ、ごめんなさい。お姉さんは、すいませんがこっちから遠慮させていただきます」

 

 

と、そんなルイズの考えを見透かしたように、ギルガメッシュが言ってきた。

 

 

「何というか、タイプが違うんですよね。お姉さんみたいな直情的で愉快な人は、傍らに在る友人としてはまあまあですけど、生涯を添い遂げる伴侶とするには、ちょっと・・・」

 

 

躊躇いがちに、しかし思っている事をはっきりとギルガメッシュは言葉として告げる。

 

 

その発言にルイズの中でプツン、と何か糸が切れるような音がした。

 

 

「と、いうわけで、これからもいい友達でいましょうね、マスター」

 

 

「あははー、そうねー♪ところでギルガメッシュ」

 

 

「なんですか?」

 

 

「殴っていい?」

 

 

「嫌です♪」

 

 

笑顔で答えるギルガメッシュに、ルイズは桃色の髪を逆立てて飛びかかる。

 

繰り出される拳や蹴り、時に魔法の爆発などを含めた追撃は、轟音に驚いたスカロンがやってくるまで続いた。

 

 

ルイズとギルガメッシュが送る、夏休みの奇妙な労働生活は、大体そんな感じに過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日にちは過ぎ、チップレースもいよいよ最終日となった日の夕方。

 

開店を真近に控え、店員たちはその準備に駆け回っている。

 

 

ルイズもまた厨房にて、皿洗いをしながらその準備に追われていた。

 

 

「これは任務これは任務これは任務―――」

 

 

繰り返し唱えて、自らに暗示する。

 

下々の雑事を行うに際し、己のプライドを誤魔化すためのルイズなりに編み出した手段である。

 

 

その効果のためかは不明だが、ややペースは遅蒔きなれど、皿は順調に汚れを落として積み重なっていった。

 

 

「うっ・・・、痛っ!」

 

 

感じた痛みに、皿洗いの手が止まる。

 

見れば、ルイズの指は慣れない水仕事にせいで真っ赤になって荒れていた。

 

どれほど自己暗示でプライドを誤魔化そうと、痛覚までは誤魔化せるものではない。

 

 

溜め息をつきながら、ルイズは皿洗いの作業を再開しようとする。

 

そこに、小さな陶器のケースが差し出された。

 

 

「水荒れに効くクリームだよ。洗い物が終わったなら使ってみなさい」

 

 

後ろを振り返ると、そこにはジェシカがいた。

 

活発で器量も良い少女は、テキパキと自分の作業を終わらせて他の者の仕事を見回っていた。

 

 

「あ、ありがと」

 

 

差し出された容器を、ルイズは素直に受け取った。

 

 

「ああ、そうやって片面だけで洗ってるから時間がかかるのよ。それに油もまだ残ってる。こうやって布で両面を挟み込んで、ぐいぐい磨かなきゃ」

 

 

ルイズの手から皿を取り上げ、手本とするように手際よく磨いていく。

 

その手際の良さはさすが管理を任されているというだけあり、傍から見守るルイズも感心した。

 

 

「ところでさ、ルイズ。アンタは、チップレースはどうするの?」

 

 

「?どうするって?」

 

 

「だから、本気で優勝狙ってくるのかってことだよ。今日は最終日でしょ」

 

 

この週の始めより開始されたチップレースも、今日が最後。

 

この日までのチップの合計によって、チップレースの優勝者が決まる。

 

そして優勝者には、この店の秘宝『魅惑の妖精のビスチェ』が進呈されるのである。

 

 

貸し出された一日、ビスチェを纏った娘はその“魅了”の魔法によって客達の羨望を一身に受けることになる。

 

チップが弾むことはもちろんの事、皆の羨望の的となる優越感は、そう滅多に味わえるものではない。

 

故にどの女の子も、我こそが優勝をと勇んでこのチップレースに臨んでいるのだ。

 

 

「興味ないわ」

 

 

しかしルイズは、そんな誰もが羨む“魅了”の栄誉を、関心を示す様子もなく一蹴した。

 

 

「どうして?アンタの順位なら、今夜だけでも十分に挽回のチャンスはあると思うけど」

 

 

ルイズのチップにおける順位は、意外な事に四位とかなり高い。

 

他の娘には無い貴族としての高貴な立ち振る舞いが、皆の関心を誘ったのだ。

 

今日は月末で他の日より客の入りが多く、チップを多く貰う機会はまだいくらでもある。

 

 

「だから、興味がないのよ。みんなに注目されるとか、そういうのに」

 

 

「えー、何で?あたしも去年優勝したから分かるけど、みんなから持て囃されるのって気持ちイイよ。あの、男どもの視線を釘付けにしてやる快感といったら、まるで自分が美の女神になったみたいな気分だもん」

 

 

「私、そういう容姿で認められるのって興味がないの。持て囃されるんだったら、顔じゃなくて能力がいいわ」

 

 

迷いもなくはっきりと、ルイズは答える。

 

 

ルイズが求める羨望は、容姿に対する羨望ではない。

 

容姿など二の次、その中身の能力でこそ、ルイズは他人に評価されたいのである。

 

 

ルイズの容姿は、多少幼くはあれど、贔屓目に見ても十分な美貌を誇っている。

 

しかしそんな相貌は、嘲笑と同情に満ちたルイズの人生において何の役にも立たなかった。

 

そんな女としての魅力よりも、個人としての能力こそルイズは求めたのである。

 

 

容姿のことなど褒められても、さして嬉しくもない。

 

そんなものより、自分が為した功績、こちらでこそ自分の事を測ってもらいたい。

 

それこそが、ルイズの求める羨望の形なのだ。

 

 

そんなルイズに、ジェシカは理解できないと言わんばかりに溜め息をついた。

 

 

「はぁ・・・、ルイズ。アンタ、せっかく女の子に生まれてきたのに、そんな考え方で寂しいって思わないの?そんな調子じゃあ、恋の一つだってしたことがないんでしょう」

 

 

「っ!!べ、別にいいでしょっ!!私には色恋沙汰なんてものよりもずっと大切な、果たすべき使命があるんだから」

 

 

動揺しているためか、思わずかなりきわどい発言をしてしまう。

 

しかしジェシカも、そんな発言よりもルイズの考え方にこそ関心がいっているのか、追及はせずに話を続けた。

 

 

「ダメよっ!!女に生まれたからには、ちゃんと恋に生きないと。色のない人生なんて、渇いて虚しいだけだわ

 

ったく、しょうがないなー。こうなったら、このジェシカお姉さんが、色事初心者のルイズに、いろいろと手ほどきをしてあげる」

 

 

「ちょっと、何を勝手に!?大体お姉さんって、アンタ私と同い年でしょ」

 

 

「まあまあ、細かい事はいいから。それで、ルイズ。アンタこれまでに、誰か好きになったとか、そういうことって全くないの?」

 

 

「な、無いわよっ!!言ったでしょう。私は、そんなことよりも果たさなくちゃならない事があるんだって」

 

 

「本当に?まったく、そういう出会いに縁が無かったの?」

 

 

ニヤニヤと好奇に満ちた顔で、ジェシカは迫ってくる。

 

その異様なまでのしつこさに、ルイズは気圧された。

 

 

色恋など、これまで考えた事もない。

 

ルイズにとってはそんなことよりも、自らを認めさせることこそ最優先事項であり、男にうつつを抜かす時間も余裕もなかったのだ。

 

 

その辺りの考え方が、キュルケとの衝突の原因のひとつにもなっている。

 

勉強に勉強を重ねる自分と、色恋にかまけるキュルケ。

 

あのように遊び放題のくせに、これほど努力している自分を差し置いて、どうしてあの女がトライアングルクラスなのか。

 

納得できぬその思いが、余計に恋路への反発という形となって現われていたのだ。

 

 

(出会い、か・・・)

 

 

しかし今は、自らの力を自覚し、女王陛下にも功績を認められている。

 

念願だった思いを果たし、少々心にも余裕が出来た。

 

ならば少しくらい、他の事にも目を向けても良いのかもしれない。

 

 

(けど、そんなこと言われても、ねぇ・・・)

 

 

しかし思い返してみると、自分の人生には本当に異性の姿が少ない。

 

子供のころの身近な異性と言えば、父親か、あるいは執事のジェロームくらいだったし、近い年代の男子も魔法学院のクラスメイトくらいしか思い浮かばなかった。

 

 

(ワルドは、どうかしら?)

 

 

ふと、かつての婚約者の事を思い浮かべる。

 

今は裏切り、死別して過去の人物となっているが、昔の自分は彼に恋をしていたのだろうか?

 

 

・・・はっきりとは言えないが、たぶん、違うと思う。

 

 

子供の頃に彼に向けていた感情は、単なる憧れだった。

 

恋という感情もなにも知らない子供にとって、何でもできるワルドの姿は羨望の的として映ったのだろう。

 

それはまぎれもない敬愛の念で、しかし愛情とは似て非なる感情だった。

 

 

(なら、ギルガメッシュは?)

 

 

次に思い浮かべるのは、使い魔として傍らにある黄金の王の姿。

 

まだ連れ添った日こそ浅いものの、彼の圧倒的すぎる存在感は、積年の付き合いに匹敵する密度をもたらしている。

 

まず間違いなく、今自分にとって最も特別な異性は、ギルガメッシュを置いて他に居ない。

 

 

だが、それが恋愛感情かと訊かれれば、やはり否だろう。

 

 

愛情という感情は、どこかで相手を対等に見なして懐く感情だ。

 

それは立場や能力といった類の話ではなく、もっと異質な精神の上での平等。

 

心のどこかで相手が自分と同質、共感し合える何かがあってこそ、愛情は初めて芽を吹く。

 

 

その点において、ギルガメッシュはあまりに異質すぎる。

 

その振る舞いはどこまでも唯我独尊、他人と共有できる感性など初めから持ち合わせていない。

 

彼の立ち位置は、自分たちと比べてあまりに孤高すぎる。

 

遠すぎるその存在に対し畏怖を覚えることはあるが、恋愛感情を向けることはまずない。

 

 

高嶺の花は羨望の対象にはなれど、添い遂げる伴侶にはなり得ないのだ。

 

 

「ハァ~・・・。青春真っ盛りの年頃の娘が、なんて灰色の人生送ってるのよ。いい、ルイズ。恋愛っていうのは―――」

 

 

深い溜め息をついて、ジェシカが恋愛講義を始める。

 

ジェシカの言葉を話半分に聞き流しながら、ルイズは思った。

 

 

先日の夜でもギルガメッシュと話題としていた、恋慕という感情。

 

身分も立場も超えて、ただその人と添い遂げたいと願う欲求。

 

 

そんな思いを懐ける相手が、いつか自分にも見つかるのだろうか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!!泣いても笑っても、今日が最終日。上位の人もそうでない人も、ジャンジャンバリバリ稼いじゃって」

 

 

酒場の開店となる夕方、皆を集めたスカロンが宣言した。

 

そんな店長の熱意に呼応するように、店員の女の子達もそれぞれこの日のために用意した勝負服を身に纏っている。

 

 

「現在のトップは、不肖、このミ・マドモアゼルの娘ことジェシカ。けれど、まだまだみんなにも挽回のチャンスはあるわ。さあ、この『魅惑の妖精のビスチェ』を目指して、みんな頑張ってね♥」

 

 

話の締めに、スカロンは自慢のポーズを決める。

 

その彼の格好は、『魅惑の妖精のビスチェ』を纏ったもの。

 

筋肉質の胸毛の濃い男の、露出度の高いビスチェ姿など、本来ならば吐き気を催すところではあるが、目の前のポーズを決めるスカロンには、奇妙なことにそれほどの嫌悪感は感じない。

 

それどころか、着用者の身体付きによってサイズを変化させ、スカロンの大柄な身体にもピッタリとフィットしているその姿は、不思議な一体感さえ感じさせた。

 

これがそのビスチェの“魅了”の魔法の効果なのだとしたら、なるほど、秘宝というだけの価値はある。

 

 

「チップレースの成功と商売繁盛、そして女王陛下の健康を祈って、乾杯」

 

 

最後の縁起担ぎの杯と共に、『魅惑の妖精』亭は開店となった。

 

 

やはり最終日となると、皆も気合が違う。

 

それぞれが一ドニエでも多く獲得しようと、客に対して愛想を振りまいていく。

 

その様相たるや、まさしく好意の大盤振る舞いであった。

 

 

その中でも一際燦然と輝く一番星は、やはりジェシカだ。

 

 

彼女のチップ獲得のやり口は、相手に自分が惚れていると思わせることである。

 

男の側からも手を出しやすい適度な美しさを保った容姿、計算され尽くした愛想の使い分け、時には冷たい態度をも織り交ぜて相手の気を引きつける狡猾さ。

 

その巧みな芸当を以て、ジェシカは順調にチップの貯蓄を増加させていった。

 

 

ちなみにギルガメッシュは、給仕には出ていない。

 

あの初日の荒稼ぎの後は、表に出る事無く裏方の仕事に従事していた。

 

 

さて、そのように他の娘達がチップ獲得に躍起になっている頃、ルイズはというと―――

 

 

「まったく、戦争だって。嫌になりますわよね・・・」

 

 

「そうだねぇ。まったく『聖女』なんて持ちあげられているが、政治の方は大丈夫なのかねぇ」

 

 

特にチップ獲得にも躍起になることなく、客の長話に付き合って己が任務をこなしていた。

 

 

「タルブの勝利だって、たまたま勝てたようなものだ。それに気を良くして宣戦布告など、無謀が過ぎるよ」

 

 

「そうですか・・・」

 

 

「大体、あんな世間知らずのお姫様が王だなんて無茶があるんだよ。どこか有力な貴族と嫁いで、婿養子に王座を継がせたほうが良かったんじゃないのかな」

 

 

アルコールが回り、心のタガが外れた客達は、実に正直に自らの本音を明かしてくれる。

 

そうして明かされた本音は、やはり容赦のない辛辣な意見が多かった。

 

 

女王陛下のお気持ちも知らないで何を勝手な事を、とも思ったが、その言葉をルイズはぐっと喉の奥へと押し込めた。

 

彼らは、何も知らないのだ。

 

無知であるが故に、己が尺度だけで国家という複雑なものを計っている。

 

公ではない場所で、その考えの元、何を言ったとしても罪にはなるまい。

 

そしてそうした無知なる者の言葉こそ、アンリエッタは求めているのだろう。

 

 

「軍隊も強化するって話だ。これでまた税金が上がる。冗談じゃないよ、まったく。軍人なんて、みんな金喰い虫さ」

 

 

辛辣な客の言葉にも、ルイズはただ静かに先を促しつつ耳を傾ける。

 

今夜にでもアンリエッタへと報告するために、一語一句聞き洩らすことなく。

 

 

ガタン、と椅子を蹴る音がしたのは、そんな時だった。

 

 

「おい」

 

 

短く背中にかけられる声。

 

声をかけられた、ルイズと雑談をしていた客が振り向くと、その顔面に拳が飛んできた。

 

 

「金喰い虫とは、随分な事を言ってくれるな」

 

 

無様に床に転がる男を見降ろし、殴りつけた男が吐き捨てるように告げた。

 

 

広いつばの羽付き帽子をかぶり、マントの裾からは剣状の杖が覗かせている。

 

がっちりと鍛え抜かれた身体付きは、華奢な貴族のそれではない。

 

その格好が示す男たちの正体を、ルイズは知っていた。

 

 

トリステインに存在する三つの軍隊のひとつ。

 

女王アンリエッタを最高司令官とする王軍、その士官である。

 

 

「祖国のために血と汗を流し、来る戦に備えて調練に明け暮れ、ようやく得られた休息に、まさか貴様のような不忠者に出くわすことになろうとはな」

 

 

殴りつけた男に続き、二人の男が店の中に入ってくる。

 

どちらも王軍士官の格好を纏い、同様に剣状の杖をさしている。

 

 

「店の外からも聞こえたぞ。貴様の女王陛下に対する無礼極まる言動の数々。陛下に仕える王軍士官として、見過ごすことは出来んな。ええっ!!」

 

 

床に転がる男に、士官の男は思い切り腹を蹴りあげて追い打ちをかける。

 

先ほどまではあれほど強気に批判を口にしていた男は、今は震えながら痛む腹を押さえるしかない。

 

 

これが、現実だ。

 

影ではどれほどの大言を吐いても、ひとたび権力の前に曝されれば、このように脆弱に膝を折るしかない。

 

力ある強者の前に、力無き弱者はここまで脆いのである。

 

 

それを皆分かっているのか、店にいる誰もが男の事を助けようとはしない。

 

一度スカロンが暴行を加える士官の青年を宥めようと声をかけたが、青年の一喝を受けてあえなく引き下がった。

 

 

彼らが卑怯なのではない。

 

力の無い者には、これが限界なのだ。

 

彼らに出来ることなど、所詮はスカロンが行ったような宥めの言葉くらいしかない。

 

それ以上の事を強いるのは、力を持たない彼らには酷というものだ。

 

 

「まったく、嘆かわしい。今こそ国民全てが一致団結して惨事に当たらねばならぬ時に、このような恥さらしが市勢にはびこっていようとは。・・・これは、見せしめが必要かもしれんな」

 

 

そして力とは、持つ者に残酷な優越をもたらす。

 

暴力を振るう興奮、床に転がるあまりに無力な相手、そしてこれ以上の事も許されるであろう自らの立場の大きさに、士官の心の中に残忍な考えを芽生えさせた。

 

 

息を呑む音が、店内に響く。

 

士官の男が、自らの杖を抜いたのだ。

 

それが意味する所を思い、店内がシンと静まり返る。

 

 

床に転がる男が、ガタガタと震える。

 

無様なその姿を見降ろし、士官の男は更に優越を深めて、抜いた杖を振り上げ―――

 

 

「待ちなさい」

 

 

その行為を、凛と響いた幼い声が制止した。

 

 

自らの行為に水を差され、士官は不快気に顔を歪ませる。

 

振り返った彼の視線の先には、床に転がる男と雑談していた給仕、ルイズがいた。

 

 

「なんだ?給仕は引っ込んでおれ。私はこれから、女王陛下の名誉を汚した痴れ者に思い知らさねばならんのだ」

 

 

「アンタのその無様な行為こそが、何より女王陛下の名誉を侵害しているのよ。いい加減、そのことに気付きなさい」

 

 

「・・・なんだと?」

 

 

怒りの矛先を変えて、士官の男はルイズへと振り返る。

 

その視線を、ルイズは真っ向から受け止めた。

 

 

この貴族が行った蛮行は、しかし貴族であるルイズには全く分からない訳ではない。

 

床に転がる男が女王を侮辱するような事を口にしたのは事実だし、それに怒りを覚えたのはルイズとて同じだ。

 

以前までなら、ひょっとしたら多少顔をしかめただけで、見過ごしていたかもしれない。

 

 

だが、今のルイズは違う。

 

今のルイズは貴族の立場だけでなく、平民としての立場も知っている。

 

だからこそ、陰口を叩いた男の気持ちも多少は理解できるし、そして目の前の一方的な暴行がいかに醜悪なものかも理解できる。

 

行き過ぎた力の行使は、単なる暴走、優雅や気品もない力の乱用に過ぎないのだ。

 

 

そして、自分が誇りとする貴族の在り方が、そんな醜悪で無様ものであってよいはずがない。

 

 

「給仕の小娘風情が、随分と無礼な口を訊くではないか」

 

 

「そちらこそ、たかが一士官の分際で、大きな口を訊いてほしくはないわね」

 

 

これは本来ならば、見過ごすべき事象。

 

ここで騒ぎの渦中に入ること、それはすなわち潜入という任務を自ら放棄することになる。

 

任務の事を最優先に考えるならば、余計な騒ぎなど起こさずに、ただ傍観に徹していればよかった。

 

 

しかし、ルイズにはそのような選択は端から頭にない。

 

この介入は、貴族としての誇りの是非を懸けたもの。

 

ここで動かなければ、自分が尊いと信じる貴族の在り方を否定することになってしまう。

 

そんなことは、これまで貴族として生きてきたルイズの人生をも貶めることに繋がるのだ。

 

 

「私は女王陛下の女官で、由緒ある家柄のやんごとなき家系の三女よ。この女王陛下の許可証に誓い、即座にこの場より立ち去りなさい」

 

 

ポケットより取り出した許可証を突きつけて、堂々とルイズは告げる。

 

いきなりのルイズの発言に、士官の三人は呆然となってお互いの顔を見合わせた。

 

 

だがしかし、しばらくして返ってきたのは平伏ではなく、哄笑だった。

 

 

「フ、フ、フハハハハッ!!こんな小娘が女王陛下直々に選ばれた女官だと?笑い話もたいがいにしろ」

 

 

三人は一様に嗤い転げ、侮蔑も顕わにそう言い放つ。

 

 

その侮辱に、ルイズは羞恥と怒りで顔を真っ赤にした。

 

 

「女王陛下直属という意味が、どういうものか分かっているのか?その地位は高く、与えられる権限も並ではない。当然その任命には、相当な功績を上げる必要がある。それを、貴様のようなロクに戦にも出た事がなさそうな小娘が選ばれるなどと、冗談が過ぎるわ」

 

 

「なんですって!!私は確かに女王陛下の―――」

 

 

「ならば、貴様はどのような功績を上げて、その地位を得たのだ?」

 

 

その問掛けに、ルイズはハッと口を紡ぐ。

 

ルイズの魔法、『虚無』の属性のことは、一部の者以外には秘匿とする義務がある。

 

 

その問掛けには、答えられない。

 

 

「貴族にとって自らの武勲とは、自ら謳い上げて誇示するもの。それが出来ないという時点で、胡散臭いことこの上ない。そもそも、こんなみすぼらしい場所で奉公に出ていることからして、女王陛下の女官殿が行う事とは思えんな。

 

ハッ、大方、どこぞの没落貴族が行き場をなくして、こんな所で下賤に媚を売る職にでも就いているのだろう。それを、そのような女王陛下の許可証の偽物まで使って何という虚言。そんな縫い目の入った許可証など、見た事もないわ」

 

 

先日のことで二つに裂かれ、修復された許可証を指して、士官の男は言う。

 

その言葉を受けて、ルイズは許可証と共に抜いていた杖を男へと突き付けた。

 

 

ルイズのその行為に、三人の雰囲気が変わる。

 

 

「・・・なんのつもりだ?」

 

 

「見たままの意味よ。あなたは今、私の貴族としての名誉を汚した。黙って引き下がることは出来ないわ」

 

 

「分かっているのか?それはすなわち、我々に対して決闘を挑んでいるということだぞ?」

 

 

怒気も顕わに冷然と告げるルイズに、士官の男はそう嘯いてみせる。

 

しかしルイズは、杖を突き付けたまま微塵と退こうとはしなかった。

 

 

「まったく・・・。我々は陛下の禁令により、決闘を含めた私闘のすべてを禁じられている立場なのだが。おまけに相手は女子供。勝利した所で得るものなど・・・、いや」

 

 

そこで一度言葉を切り、男は厭らしく笑みを浮かべた。

 

 

「確かあなたは、女王陛下の女官だと名乗っておられた。その歳にて栄誉ある陛下直属の地位に任命されるなど、並みのことではない。その言葉が真ならば、さぞや有能なメイジなのでしょうなぁ」

 

 

わざとらしい口調で、士官の男は言ってくる

 

こんな時にだけその話題を持ち出してくる目の前の貴族に、ルイズは歯噛みした。

 

 

「もしあなたの力が本物ならば、是非とも我らに一手御教授願いたい。そうしてこそ、あなたの名誉の証明となるでしょう」

 

 

言いつつ、士官の男は杖を引き抜いた。

 

軍隊仕込みの滑らかな動きで、手にした杖をルイズへと向けて構えた。

 

 

互いに杖を突きつけ合い、二人は対峙する。

 

 

一方の士官の男の方は、余裕の表情。

 

彼は最初から、ルイズが女王直属の女官などと信じていない。

 

先ほどの言動も、すべてこの私闘を正当化するための方便でしかない。

 

 

彼の胸にあるのは、この身の程知らずの小娘にどう思い知らせてやるかという思いだけ。

 

この決闘でその不甲斐無さを曝け出し、抜かした虚言を証明する。

 

女王直属などと名乗った不敬を、その身を以て断罪してやる。

 

そんな暗い思いが、彼に杖を握らせていた。

 

 

そしてルイズの方はというと、外面こそ毅然としてはいたが、やはり内心では緊張していた。

 

いかに『虚無』の属性に目覚めたといっても、ルイズ本人は戦闘訓練など受けたことのない素人に過ぎない。

 

多少場数はこなしているが、彼女個人が戦いに赴いた経験自体は、ほとんど皆無である。

 

 

そして対するのは、正規の訓練を受けた王軍の士官。

 

純粋に戦士として戦えば、勝ち目があるとは思えない。

 

今さら後に退く気はないとはいえ、その緊張は仕方ないものと言えた。

 

 

それでもルイズは精神を奮い立たせ、呪文を詠唱し始めた。

 

 

「エオル・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・・・」

 

 

唱える呪文は、彼女が唯一知る『虚無』の呪文、『エクスプロージョン』。

 

精神を集中させ、出来る限り素早く呪文の詠唱を完成させようとする。

 

 

「?聞きなれないルーンだな」

 

 

訝しげに、男は首を傾げる。

 

とはいえ無論、その程度で彼が臆することなどあり得ないが。

 

 

「何の呪文かは知らんが、詠唱が長すぎる。実戦では使えないな」

 

 

無駄の無い、素早い詠唱で、彼は呪文を完成させる。

 

杖の先端より放たれたのは『ファイヤーボール』の火球。

 

撃ち放たれた火球は、まっすぐと容赦なくルイズの元へと突き進んでいく。

 

 

対するルイズの呪文は、まだ途中。

 

とても完成には間に合わない。

 

 

刹那の瞬間だけ迷ってから、ルイズは呪文が途中のままで杖を振り下ろした。

 

 

バアァァン!!

 

 

「ぐ、ぐわああああぁぁぁっ!!?」

 

 

瞬間、男の目の前の空間が、何の脈絡もなく突如として爆発した。

 

あまりにも突然なその事象に、男は何の為す術もなく吹き飛ばされる。

 

先ほど平民の者を床に転がせた男は、今度は自分が無様に転がるはめになった。

 

 

術者が倒れたことで、迫っていた『ファイヤーボール』も霧散する。

 

結果、ルイズはまったくの無傷のままで、男の前に立ちはだかることになった。

 

 

思わぬ結果にやや呆然としてから、ルイズはいかにも想定通りだったと威厳を見せつけて、倒れる男に告げた。

 

 

「学べたかしら。これが、私の力よ」

 

 

倒れた男を介抱する他の二人が、畏怖を込めた眼差しでルイズを見上げる。

 

相手がいかに幼く見えても、自分達の仲間を問答無用に沈黙させた事実に違いはない。

 

先ほどまでよりも迫力が備わったように見える少女に、男たちは威圧されていた。

 

 

「退きなさい、下郎。そこで自らの無様さを省みることね」

 

 

「なっ・・・、き、貴様・・・っ!!」

 

 

倒された男は屈辱に顔を歪めながら、しかし答えを返すことが出来ない。

 

眼前にて炸裂した爆発は、視覚や聴覚にいたる五感にまで害をもたらしていた。

 

とてもではないが、まともに対峙できる状態にない。

 

 

「次は、直撃させるわよ」

 

 

「っ!!」

 

 

その一言に、男は身を震わせる。

 

直撃はせず、眼前の余波のみでこの威力なのだ。

 

あの正体不明の魔法の爆発が自分の身体を飲み込めば、それこそどうなるか分からない。

 

 

それを自覚し、他の二人の肩を借りて、男はすごすごと店より退散していった。

 

 

騒動の元凶が消え、店内に静寂が訪れる。

 

しばらく待ってあの三人が引き返してこないことを確認し、ルイズはようやく緊張の糸を解いた。

 

 

「はぁ~・・・」

 

 

床に膝を突き、安堵の溜め息をつく。

 

今回の事は、はっきり言って運が良かった。

 

士官の男たちが大人しく逃げかえってくれたから良かったが、もし他の二人までが参戦していたら、どうなっていたか分からない。

 

 

『虚無』はその威力こそ強力だが、詠唱の長さという弱点もある。

 

呪文が未完成のままでもその効果が発現するという特性を活かして、今回はどうにか乗り切れたが、次もうまくいくとは限らない。

 

未完成の魔法は、所詮は制御を外れただけの暴走。

 

そんな力だけで切り抜けていけるほど、世界は甘くないだろう。

 

 

(もっとよく知らなくちゃね。この力の事も)

 

 

手にする杖を握りしめ、ルイズは自らに言い聞かせる。

 

その時、この場に居る者達から、ワアァァァと歓声が響き渡った。

 

 

「そんな小さいのに、なんて勇気あるお嬢様だ」

 

 

「本当に。すごい魔法だった」

 

 

「おかげでスッキリしました。あなたこそ真の貴族だ」

 

 

強者の横暴に虐げられていた弱者達は、それを解放させたルイズを英雄として迎え入れる。

 

口々にルイズの行動を称える言葉を口にして、あっという間に彼女の周りには群衆の輪が出来あがっていた。

 

見れば、先ほど暴行を受けていた男も、「ありがとうございます。ありがとうございます」とルイズに謝辞を述べていた。

 

 

皆から向けられる称賛の声は、やはり気分がいい。

 

それに今回は、公爵家の名は使わずに、純粋に自分の力のみで勝ち取った称賛なのだ。

 

無能と嘲笑され続けてきたルイズにとって、自らの能力を称える声はその価値も一押しだ。

 

 

しかし、これで身分を隠しての潜入任務は失敗となってしまった。

 

なにしろこれだけの衆目の中で、あれだけ堂々と貴族であることを明かしてしまったのだ。

 

今夜のみ客達だけならば、何とか誤魔化せるかもしれないが、さすがに店の者達には事情を説明しないわけにはいかないだろう。

 

 

「あの、私・・・」

 

 

近づいてきたスカロンに、ルイズはおずおずと口を開く。

 

しかしそんなルイズの言葉を、スカロンはシッと唇に指を立てて制した。

 

 

「安心しなさい。ルイズちゃんが貴族だってことは、みんな承知しているから」

 

 

「えっ!?」

 

 

ルイズにとってはあまりに意外なスカロンの言葉に、思わず声が上がった。

 

 

「ど、どうしてっ!?」

 

 

「どうしてって、ギルちゃんから事情を聞いたからに決まってるじゃない。ルイズちゃんは知らなかったの?」

 

 

そういえばと、ルイズは思い出す。

 

ここに来た初日の夜、ギルガメッシュは嘘と真実を交えて事情を説明したと言った。

 

どうやらその時に、ルイズが貴族であることも明かしていたらしい。

 

 

「こんな所に来るのは、みんな大なり小なり言いたくない過去を抱えているものばかりよ。でも大丈夫。他人の事情を穿り返すような真似をする娘はいないから」

 

 

スカロンは、ルイズが貴族であることを気にする者は、この『魅惑の妖精』亭にはいないと言う。

 

そして集まった女の子達も、それを証明するように頷いてくれた。

 

 

唯一人、ジェシカだけが視線をそらしているのは、少し気になったが。

 

 

「大変ねぇ。没落しかかった御家を再興するために、女王陛下の女官様の命の下で働いてるんでしょう。いろいろと面倒な仕事ばかり押し付けられて、難儀しているって聞いたわよ。

 

もちろん、この事はわたくしの中だけの秘密にしてあるわ。他の娘には没落した貴族の娘とだけ説明してあるから、安心してね」

 

 

声をひそめて言ってくるスカロン。

 

その言葉で、ルイズは納得する。

 

 

ああ、なるほど。

 

つまり自分は、女王陛下の女官ではなく、その代理という事になっているのか。

 

 

それならば許可証を持っていたことにも説明が付けられるし、ルイズ本人の能力も隠したままでいられる。

 

女官であるという情報よりも、『虚無』の魔法のほうが秘匿度は高い。

 

『虚無』という真実を隠すために、女官という事実をうまく隠れ蓑として活用したわけだ。

 

貴族という事を隠さなかったのも、どうせその態度や仕草ですぐにばれると予測しての事だろう。

 

あらかじめ知らせておけば、後で明かされたよりも、その疑いは大したものではなくなる。

 

 

さすがに見事なギルガメッシュの手際に、ルイズは感心した。

 

 

「あれ?そういえば、ギルガメッシュは?」

 

 

「ええ?さっきまで厨房にいたと思ったけど・・・」

 

 

この喧噪の中に、ギルガメッシュの姿がない。

 

そしてスカロンの言った厨房にも、やはりあの小さな暴君の姿はどこにもなかった。

 

 

とはいえ、その場にいない者ではその喧噪を治める事など出来ず、ルイズはしばらく称賛の中に身を委ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜のトリスタニアの街道を、百を超える王軍兵士一個中隊が進軍する。

 

兵士の一人一人が武装し、市内を闊歩するその光景は、場にそぐわぬ事この上ない。

 

そして、その集団の先頭には、ルイズに倒された士官たちの姿があった。

 

 

彼らはトリステイン王軍ナヴァール連隊の所属である。

 

純正の貴族とトリステイン国民で編成された連隊の各部隊は、練度もさることながら、自らに課すプライドも高い。

 

血筋のつながりも相まって、その団結力は驚くほど高く、そしてその思考も共通するものが多かった。

 

 

その固い結束は、同隊の恥辱を放置することを良しとはしなかった。

 

 

(あの小娘め・・・。思い知らせてくれる)

 

 

いまだ痛む身体を押さえ、ルイズに倒されたその男は醜い憎悪と共に思う。

 

 

彼の出身は、宮内でもかなりの権威を持つ名家の出だ。

 

名家の影響力は、多くをトリステイン国民で構成した王軍では特に発揮されやすい。

 

彼が一声かければ、これだけの規模の兵を独断で動かすことも可能なのだ。

 

 

由緒あるトリステイン貴族の自分と、酒場の給仕にまで身を窶した小娘とでは、そもそも地力からして違う。

 

魔法では遅れを取ったが、今度こそは立場の違いというものを思い知らせてくれる。

 

 

その意気込みは、他の二人も同様。

 

共通の執念を懐き、彼らは兵を率いて元来た道を歩き続けた。

 

 

「待ちなよ」

 

 

だがそこに、想定し得なかった障害が立ち塞がる。

 

 

ここで彼らの最大の不幸は、その障害の脅威のほどを認知していなかったこと。

 

いち早くその真実に気づいていれば、彼らにも他の道があったかもしれない。

 

 

そう、彼らの前に立ち塞がるのは、自らの意に添わぬすべてを蹂躙し粉砕する “暴虐”の化身なのだと。

 

 

「やあ。随分と大所帯だね。どこかで宴の予定でもあるのかな?」

 

 

至って平静に、少年の形をした暴君は男たちに尋ねる。

 

 

例えその本質が絶対たる破壊者であろうとも、姿だけを取ればただの少年に過ぎない。

 

自分の意向を邪魔する少年に、男は不快を表情に浮かべる。

 

 

「なんだ、貴様は。我らは他に用がある。小僧ひとり構っている時間はない」

 

 

脅しつけるような男の声にも、少年は微塵たりと動じない。

 

やはり平静を保ったままで、男の言葉に答える。

 

 

「せっかくキリの良い形で決着したんだ。今宵、これ以上の騒乱は無粋というものでしょ。それにホラ、君達もこれ以上の醜態を望みはしないだろうし」

 

 

少年の一言に、男の表情が変わった。

 

 

「ほう。小僧、貴様あの小娘の身内の者か?」

 

 

「う~ん、身内の者というのは、少し違うかな。まあ、友人くらいには思ってくれて結構だよ」

 

 

「それならば、話が早い。我らは是非とも、先ほどの御教授の礼をさせていただきたくてな。我らだけでは十分な礼が尽くせぬと感じ、この通り一個中隊を率いてきた」

 

 

「うわぁ。そういう理屈でくるんだ。やれやれ、参ったなぁ。どうせなら力勝負なんて野蛮な真似はせず、穏便に済ませたかったんだけど・・・」

 

 

「貴殿は彼女の友人だと申したな。それは結構。仇を討ち、討たれるはこれ、友人の権利であり、義務。貴殿のような幼子までも、この尊き精神を介しているとは、こちらとしても歓迎するところだ」

 

 

圧倒的な数の暴力に支えられ、饒舌に先頭の男は語る。

 

 

その言葉に対し、少年はむしろ意外だといった顔で答えてきた。

 

 

「あ、ううん。少し違うよ。どちらかと言えば、個人的な嫌悪感かな」

 

 

「嫌悪?」

 

 

少年の言葉の意図する所が解らず、男は首を傾げる。

 

言葉の意味を介さぬ男に、今度はキチンと理解できるよう、少年は明瞭な言葉と態度で告げた。

 

 

「うん。他の誰でもない、ボク自身の嫌悪感だ。ボクがここに立つのは、あくまでボク自身が感じた感情によるものだ。

 

ホラ、今の君達の姿。ひとつの因子から、厄介事が無数に増殖していくなんて―――まるで病気のようで虫唾が走る」

 

 

少年の身より、膨大な魔力が立ち昇る。

 

事ここに至り、ようやく男たちは理解する。

 

目の前に立ち塞がる、少年の姿をした魔人の脅威に。

 

 

そう、例え幼年の身へと退化しようとも、彼は英霊。

 

少年の名は、人類最古の英雄王ギルガメッシュである。

 

 

「さて、事を始める前にひとつ。この集団のリーダーは、君たち三人で間違いない?」

 

 

迸る魔力とオーラで集団全体を圧倒しながら、ギルガメッシュは正面の三人に問う。

 

しかし、完全に少年の迫力に威圧された彼らには、それに答える胆力がない。

 

すべき行動も分からず、ただ立ち尽くして少年の言葉を聞いていた。

 

 

「重要な事なんだ。答えてほしいな。何しろこうした騒動を治めるには、リーダーが責任を取るのが一番円滑だし効率もいい。ほら、殲滅戦なんて、スマートじゃないし疲れるだけでしょ。

 

・・・まあ、いいか。君達の反応を見れば、返答を聞くまでもないしね」

 

 

すでに己が意を決めたのか、ゆっくりと少年が歩きだす。

 

英雄王の歩みを前に、すでに彼らには逃走の選択肢すらも含まれない。

 

この超越者の前にあっては、有象無象の群衆如きはただ絶望し、諦観するより他は無い。

 

 

「安心して。“今の”ボクは温厚だから。それに君達の責任は均等に分配されることになる。個人の咎は、死に至るほどのものではない。

 

―――ああ、そうだ。せいぜいボクの不快を注ぐ役割を以て、それぞれの咎を払ってくれ」

 

 

少年の口より紡がれるのは、絶望の言葉。

 

定められた罰の在り処に、男たちは身を震わす。

 

 

まるで天使のような汚れない微笑みで、ギルガメッシュは愚者どもに裁定を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ギルガメッシュ。どこに行ってたの?」

 

 

「大したコトじゃありません。つまらない雑事ですよ」

 

 

軽い返事と共に、どこかに消えていたギルガメッシュが帰還する。

 

ルイズもさして心配はしていなかったので、特に動じることなくそれを受け入れた。

 

 

先ほどまでの騒ぎも沈静化し、店内はすっかり静かになっている。

 

魔法の激突による片づけもしなくてはならなかったし、今日はもう店じまいだ。

 

店内からは客の姿が消え、店の関係者のみとなっていた。

 

 

「はい、みなさ~ん♪ちょっと早く終わっちゃったので、先にチップレースの結果発表をしちゃいま~す」

 

 

手を叩いて、スカロンが片づけをしている皆に告げる。

 

一週間の結果発表に、女の子達から歓声が沸いた。

 

 

「栄えあるチップレーズ第一位は、我が娘ジェシカ。合計金額は二百四エキュー八十二スゥ、三ドニエよぉ」

 

 

二位に倍近い額差をつけての、文句なしの優勝。

 

深いスリットのドレスを翻して、ジェシカは拍手に応えてポーズを決めた。

 

 

「なんだか予想通り過ぎる展開ですねぇ。ちょっと面白味に欠けるかな」

 

 

称賛を受けるジェシカを少し離れた所で見ながら、ギルガメッシュは隣のルイズへと話しかけた。

 

 

「そんなこと言っても、これが結果なんだからしょうがないでしょ」

 

 

「お姉さんは、悔しいとは思わないんですか?」

 

 

「全然。最初から、興味はなかったし」

 

 

強がるのではなく、本心からルイズは言った。

 

 

「まあ、そうでしょうね。お姉さんは、これまで他人に自分を魅せるという事をしてこなかった人ですから」

 

 

「なによ。馬鹿にしてるの?」

 

 

「いえいえ。ただいつかは、愛に奔走するお姉さんも見てみたいなぁ、と思いまして」

 

 

まるで年寄りのような事を、見た眼少年のギルガメッシュが言う。

 

夕方にもジェシカにその話題でからかわれたばかりだったので、余計にルイズは反発した。

 

 

「ふ、ふん。色恋なんて惰弱の極みだわ。私にはそんなものよりも、尊い使命があるんだから」

 

 

「愛という感情を馬鹿にしてはいけませんよ、お姉さん。愛情は、人間の持つ最も強力な感情のひとつです。愛に狂った者ほど美しく、そして恐ろしいものはありません」

 

 

「?なんで愛が恐ろしいのよ」

 

 

「分かってないなぁ。狂気とは、感情の暴走です。その感情が強すぎるが故に制御できず、理屈をも捻じ曲げた行動を引き起こす。決して他人とは共感できない固有感情こそ、狂気。

 

ほら、最も強い感情である愛は、最も狂気に近い場所にあるでしょう。知恵という名の果実を手に入れた人間にとって、理解出来ぬ狂気こそが真の恐怖の顕現なんですよ」

 

 

まるで笑い話でも語るかのような笑顔を見せているが、その内容は笑えない。

 

大人か子供どちらの姿であっても、ギルガメッシュにはこうした人ならざる雰囲気が見え隠れしている。

 

そういうどこか人間離れした所が、ルイズが彼を恋愛対象と見なせない最大の理由であった。

 

 

「そしてそんな在り様は、壊れていると同時にどこか美しい。中途半端な壊れ方ならただ無様なだけですが、完全に崩壊した人間にはあらゆる雑念から解放された純粋さの魅力がある。ましてそれが打算なき愛故にならば、いっそ気高いとさえ思えるでしょう」

 

 

「・・・私には、理解できないわ」

 

 

「そうですか?ボクはお姉さんにも、案外そんな可能性があると思ってますけど。お姉さんって割と一途で、思いつめやすいタイプですから」

 

 

「バッカじゃないの。そんなこと、あるわけないじゃない」

 

 

呆れた内容に、ルイズはそう断言した。

 

 

「ええ、それでいいです。狂気を理解するのは、同質の狂気の持ち主だけだ。そんな狂人には、お姉さんにはなってほしくないですからね」

 

 

「そう?なんか、そっちの方に引きずり込む気満々なようにも私には聞こえたけど」

 

 

「そんなことはありません。狂気の美徳は認めますが、当事者にとっては災厄以外のなにものでもない。ボクの性には合いません。

 

お姉さんには、是非とも最後まで真っ当なままで突き抜けていってほしいと思っていますよ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

やはりどこか視点が違う話し方をするギルガメッシュ。

 

あえてその会話を続けようという気は起きず、ルイズは沈黙して会話を終了させた。

 

 

そして起きた一際大きい歓声に、意識をそちらへと向けた。

 

 

「優勝者のジェシカには、栄えある『魅惑の妖精のビスチェ』を纏う資格を進呈―――」

 

 

秘宝である『魅惑の妖精のビスチェ』を掲げて、スカロンが宣言する。

 

ルイズ達としては、すでに興味もなかったので、話半分に聞いていたが、

 

 

「―――の、はずだったんだけどねぇ」

 

 

その後の内容には、耳を咎めざる得なかった。

 

 

「実はねぇ。ちょっと前のことなんだけど、ウチ宛てに大量の寄付金が届いたの」

 

 

「寄付金?」

 

 

「そう。これがもう、とんでもない額でねぇ。なんでもさる名家の方が、ここで奉公するある少年のあまりの不憫さに嘆き、そのお金を送ってくれたそうなの。前にこの店を訪れた時に聞いた少年の御話に、とても感銘を受けちゃったそうよ」

 

 

タラリと、ギルガメッシュの額に冷や汗が流れる。

 

そんなギルガメッシュの動揺を知ってか知らずか、スカロンは率直に告げた。

 

 

「ちなみに、宛先はギルちゃんね」

 

 

店中の注目が、今度はギルガメッシュに集まった。

 

 

「お客様から代金とは別に貰ったお金だから、これも当然チップよねぇ」

 

 

「あの、え~と」

 

 

「さて、となると、さっき発表したチップレースの順位を訂正しなくちゃならないわ」

 

 

「いや、あの」

 

 

「優勝はギルちゃん。そして優勝者には、そのご褒美として―――」

 

 

言いながらスカロンが差し出してくるのは、露出度の高いビスチェ。

 

いかな体格の持ち主であろうとも、衣服そのものが着用者に合わせて変化する魅惑の衣装。

 

かつて自らも着用していたそのビスチェを手にし、スカロンは告げた。

 

 

「この『魅惑の妖精のビスチェ』が進呈されま~す♥」

 

 

「突然ですが、いてもたってもいられなくなりました。急ぎこの場を去らせてもらいますので、後のことはよろしく―――」

 

 

スカロンの言葉をきっぱりと無視し、そのままどこか遠くへと走り去ろうとする金髪少年。

 

だがその退路は、これまた唐突に回り込んできた女の子達によって防がれた。

 

 

「なっ!?」

 

 

「うふふふふ、逃がさないわよ。さぁ、ギルちゃん―――」

 

 

女の子達に羽交い締めとされ拘束されるギルガメッシュに、ゆったりとした足取りでスカロンが向かってくる。

 

 

『魅惑の妖精のビスチェ』を、正面に携えながら。

 

 

「き・て・も・ら・い・ま・しょ・う・かぁ~♥」

 

 

ダラダラと涎もこぼしながら、ニンマリとした笑みでスカロンが迫る。

 

キモイ、というよりもヤバイ。

 

 

「だ~いじょうぶよぉ。別にやましいことを考えてるわけじゃあないもの。いたいけな美少年のビスチェ姿が見てみたいとか、ギルちゃんの魅力がこれ以上増えたらどうなっちゃうのとか、そんなことは全然思ってないから。ねぇ、みんな?」

 

 

「「「「「ハ~イ♪」」」」」

 

 

答える女の子達の目も、どこかイッてしまっている。

 

鼻息も荒く、目は血走り、呼吸の方も乱れまくっていた。

 

 

神の血肉を持って生まれしギルガメッシュの誇る魔性のカリスマ。

 

人を惹き付けて止まぬその魅力の力が、今回ばかりは完全に裏目となって表れていた。

 

 

「お、お姉さん!!助けてください!!」

 

 

契約者であり味方であるはずのルイズに助けを求める。

 

求められたルイズは、助けの手を差し伸べる前に、少々妄想に耽った。

 

 

ギルガメッシュと、『魅惑の妖精のビスチェ』。

 

カリスマA+に、“魅惑”の魔法。

 

美少年に、ビスチェ。

 

そんな光景が頭の中に浮かんでは、過ぎ去っていく。

 

 

そしてルイズは結論した。

 

 

「・・・ごめん。私も、ちょっと見てみたい」

 

 

「う、裏切り者ぉ~~!!」

 

 

悲痛な叫びを、ギルガメッシュが上げる。

 

しかしいたいけな子供の悲痛な声にも、女の子達は動じない。

 

店長スカロン共々、自らの好奇心に向けて一直線なのであった。

 

 

「くそ、冗談じゃない」

 

 

毒づいて、ギルガメッシュは己が宝の蔵を解放する。

 

よもやこんなアホな事に宝具が使う羽目になるとは。

 

使われる宝具も、今回ばかりは不本意極まりないだろう。

 

 

「きゃあ!」

 

 

「なに!?」

 

 

とはいえ、解放されたからにはその役目は果たす。

 

 

出現した球状の物体は、それと同時に眩い光を放ち、全員の目をくらませる。

 

その隙をついて、ギルガメッシュは拘束より抜け出した。

 

 

「あいにくボクには女装の趣味はありません。そういうイベントは、楽しめる当事者だけでやってください」

 

 

そうとだけ言い残し、ギルガメッシュはあっという間に『魅惑の妖精』亭より走り去っていく。

 

いかに幼年体とはいえ、さすがは英霊。

 

俊足の豹の如き速度で、夜の街道を走りぬけていった。

 

 

「待ちなさぁ~い!!」

 

 

その後を、スカロンが追う。

 

ビスチェ片手にクネクネと蠢きながら走り抜けるその姿は、まるで蛇のようで気持ち悪い。

 

しかし速度だけは異常な早さを以て、一人のオカマが同じく街道を突きぬけて行った。

 

 

トリスタニアの夜は、まだ長い。

 

 

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