Zero and heroic king   作:river01

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王の一日

 

 

 

 

 

いろいろあった召喚初日より、一日が過ぎた朝。

 

 

昨日の疲れのためか、ルイズはいつもより少々長めの睡眠を取っている。

 

スヤスヤと眠るその姿は可愛らしく、彼女の幼い容姿を相まって、さながら妖精のような可憐さを纏っていた。

 

 

「さっさと起きんか。たわけ」

 

 

そんな妖精の眠りは、にべもない一言と共に、ベッドより蹴り落とされることで終わりをつげた。

 

 

「ぶめぎゃ!」

 

 

あまり可愛くない悲鳴を上げて、ルイズは眼を覚ます。

 

落ちた時に思い切りぶつけた鼻頭を押さえながら、とりあえず朝方早々このような蛮行に及んだ自分の使い魔へと癇癪を向けた。

 

 

「いきなり何するのよっ!!ギルガメッシュ!!」

 

 

「何を言う。お前を起こしてやったのだろう。朝になったら起こすように言ったのはお前だぞ」

 

 

「もう少しやり方ってもんがあるでしょう。足で蹴っ飛ばすなんて、どんな起こし方よ!!」

 

 

「それが一番手っ取り早かろう。お前相手にはそれぐらいがちょうど良い」

 

 

愉快そうな笑みを浮かべ、ギルガメッシュはルイズをからかう。

 

それはこのハルケギニアに来てからの、彼の趣味と言ってよかった。

 

 

そんなギルガメッシュの姿を見ていると、はるかに上の存在に思えた昨日の印象も、何だかどうでもよく思えてくる。

 

そんな印象に怯むより、今はこの主人を主人とも思わぬ金ピカ男に思い知らさなければならない。

 

そう決心すると、ルイズはギルガメッシュを召喚して以降、常に肌身離さず持ち歩くようになった杖に手を伸ばした。

 

 

と、そこで、ルイズの部屋をノックする音が聞こえた。

 

その音にルイズも杖を掴みかけていた手を離す。

 

こんな朝方から、一体誰だろう?

 

 

「よい。入れ」

 

 

本来の部屋の主を完全に無視して、ギルガメッシュが勝手に入室を了承する。

 

 

ここは私の部屋よ、というルイズの突っ込みが出掛かったが、それは部屋に入ってきたシエスタとそれが運んできたものによって飲み込んだ。

 

 

「何それ、料理?」

 

 

台車を引いてシエスタが運んできたのは、見るも豪奢な料理の数々だった。

 

盛り付けられた野菜や果物はその瑞々しさを甘い香りでこちらの視覚と嗅覚を打ち、豊潤な身の汁が溢れだす肉や魚のメインディッシュは見ているだけで食欲を刺激する。

 

 

ルイズら生徒たちがいつも利用する『アルヴィースの食堂』の料理が霞んで見えるほど、そこに乗せられたのは美食の限りを尽くした品々だった。

 

 

「王の膳が雑種共と同席などあり得んからな。これより後、我はここで食を取る」

 

 

「は、はぁ。まあ、いいけど・・・」

 

 

割と気のない返事をルイズは返す。

 

まあ、昨日の食堂での振る舞いを思えば、これ以上の余計な反感を得ないためにも、ギルガメッシュの食事を別の場所で行うことは悪くない。

 

 

それに関しては文句は無いが、問題は目の前にあるこの料理だ。

 

 

「これ、誰が用意したのよ?」

 

 

「マルトーだ。我が食材を提供し、奴に作らせた」

 

 

「マルトーって・・・、あのコック長の?」

 

 

その名はルイズも知っている。このトリステイン魔法学院のコック長であり、貴族嫌いで知られる男だ。

 

 

平民ながらも、その職柄故に羽振りは良く、学院長とも交友があるらしい。

 

また彼の機嫌を損ねると食事を抜きにされるため、貴族の生徒も迂闊には逆らえない。

 

 

そんなマルトーが、このいかにも貴族といった容貌のギルガメッシュのために、わざわざこんな豪勢な食事を作ったとは、にわかには信じ難かった。

 

 

「アンタ、まさか脅迫とかしたんじゃないでしょうね?」

 

 

「お前が我に対してどのようなイメージを抱いておるかは知らぬが、そんなものではない。奴との契約は正当なるものだ」

 

 

そう言ってギルガメッシュは、昨日の顛末を話しだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は日も落ちた夜。生徒らの夕食が終わり、忙しかった厨房も平和を取り戻した頃。

 

 

「まったく、あいつらは・・・」

 

 

回収された大量の残飯の姿に、マルトーは思わず声を震わせる。

 

これらはすべて、厨房のコックたちが心をこめて作った料理達なのだ。

 

 

貴族の食事というのは、とにかく不摂生である。

 

これは何もマルトーらコックに責任があるわけではない。

 

貴族側の好き嫌いが多すぎるのだ。位ある家柄に生まれ、与えられた環境でぬくぬくと暮らしてきた彼らは、食事という行為をただの娯楽と考えている節がある。

 

 

故に、どれだけマルトーらが健康に気を使った料理を作っても、このように残してしまうのだ。

 

マルトーが怒るのも無理ないと言えた。

 

 

「フン、何がささやかな糧を我に与えたもうたことに感謝します、だ!!こんなので、ささやかな糧も感謝も無いだろうに」

 

 

生徒らが食事の前に行う答辞を思い出し、マルトーは毒づいた。

 

 

そんな時、厨房のドアが唐突に開かれた。

 

 

「フム。ここが厨房か」

 

 

シエスタを伴って入ってきた貴族然とした金髪赤眼の青年が、不遜な口を開く。その姿に、マルトーは眉を顰めた。

 

 

また高慢ちきの貴族が料理に文句を付けにきたのだろう。

 

そう思って、マルトーは憮然とした。

 

 

「貴族様が、こんな汚ねえ厨房に何の御用ですかね?」

 

 

一応の敬語で、しかし敬意の類の感情は一切含まず、マルトーは青年に尋ねる。

 

 

青年はそんなマルトーの態度に気分を害した様子もなく、問いを返した。

 

 

「ここの責任者のマルトーとやらは誰だ?」

 

 

「俺ですが?貴族様」

 

 

皮肉たっぷりに、マルトーは言い返した。

 

その視線も青年を見ようとはせず、いかにも不機嫌な様子が表れている。

 

 

しかし青年の次の言葉には、さすがのマルトーも視線を向けざる得なかった。

 

 

「貴様に、我の食膳を用意することを命ずる」

 

 

「はぁ!?」

 

 

いきなりの青年の言葉に、マルトーはすっとんきょうな声を上げた。

 

 

青年は気にせず言葉を続ける。

 

 

「今後は我が食の内容は貴様に一任する。光栄に思うがいい」

 

 

「って、ちょっと待てよ。料理なら食堂で全員分出してるだろ」

 

 

「フン。我が口にする食膳が、あのようなみずほらしい手抜きで充分だと言えるものか」

 

 

「何だと!」

 

 

青年のその言葉に、さすがにマルトーも頭に来る。

 

料理人という自身の職業に誇りを持つマルトーが、自身の料理を侮辱されて黙っていられるはずも無かった。

 

 

「そいつは聞き捨てならねぇなぁ。俺の料理のどこが―――」

 

 

そう言いかけたとき、初めてマルトーは青年の目を正面から見た。

 

 

その人の物とは思えぬ深紅の双眸。

 

その赤い瞳を目にした途端、そこに呑まれるような錯覚を覚え、マルトーは出かかった反論を飲み込んだ。

 

 

そんなマルトーの様子は気にせず、青年は不遜な態度のままで告げていく。

 

 

「今しがた食してきた夕餉、鳥肉の塩加減が強すぎたな。そのせいで食材本来の味を僅かに損ねている。

 

またスープの煮込み具合にも難が見えた。時間配分はもう少し短くするべきであったな」

 

 

青年の指摘に、マルトーは仰天した。

 

青年の言ったことはマルトーも僅かに気にかけていたことであり、反論の余地が無かったからだ。

 

 

しかしそんな違和感は、作り手であるマルトーだから感じられるほどの些細なものでしかない。

 

それもこうまで見事に当てて見せたこの青年に、マルトーは改めて驚きの目を向けた

 

 

「朝餉にも似たような欠陥が見られた。まあ、食の嗜みからも知らぬ小童共が相手ならば、あれで十分かもしれんが。

 

しかし我の舌は誤魔化せん。我が口にする食膳が、そのような欠陥を残したままであるなど、断じて捨て置けん事柄だ」

 

 

「じゃあ・・・、何だって俺に料理を作れなんて言うんだ?」

 

 

自分がおかした失敗をこの青年は見抜いている。

 

 

見抜いているのならなぜ、自分にその青年の料理を作れだなどと言うのだろう。

 

そのような失敗を捨て置けないと言ったのは、他でもない青年自身だというのに。

 

 

「謙遜は不要だ。我はお前の腕のほどを理解している。出された料理の食材の切り分け方や味付けの熟達のほどを見れば、それが一流の技であると分かる。

 

我はお前を買っているのだ、マルトー。お前とて、自身の料理の真の理解に程遠い者共ばかり相手をしていて、気が滅入っていよう。

 

だが案ずるな。これより先、貴様を飽きさせることはないと我が保障する」

 

 

そう言って青年は、虚空より物体を取り出す。

 

その怪現象にも驚いたが、なによりマルトーが驚いたのは出現した食材の質の高さだ。

 

 

肉も野菜も、どれもが瑞々しく新鮮で、見たことも無い物も多々とある。

 

それらの食材のすべてが、もれなく最高級の逸品であると一目で分かった。

 

 

これほどの食材を調理できるのならば、それはまさしく料理人の冥利に尽きるというものだ。

 

 

「貴様がこれより献上するは王の舌。我が宝物庫に納められた食材を用い、見事我の舌を満足させてみせるがいい」

 

 

そう告げて青年は食材を厨房に置き、そのまま立ち去らんと振り返る。

 

その背中にマルトーはハッとして尋ねた。

 

 

「待ってくれ。アンタ、名前は?」

 

 

自分の料理を理解し、評価してくれた青年に、マルトーは問いかける。

 

その問いに青年は一度だけ立ち止まり、肩越しに振り返って、己が名を口にした。

 

 

「ギルガメッシュだ」

 

 

貴族らしい高慢さがありありと表れた態度。

 

しかしそれに全く不快さが感じられず、むしろその姿こそが自然体であると思わせる青年―――ギルガメッシュの姿を、マルトーは他の貴族に向けるものとは明らかに異なる、畏敬の眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と、いうわけだ」

 

 

事の顛末を語り終え、ギルガメッシュは一息つく。

 

それをルイズはこの部屋を管理する魔法人形に着替えを手伝ってもらいながら聞いていた。

 

 

「・・それ、本当?」

 

 

確認のため、ルイズはギルガメッシュではなく、その隣に控えるシエスタへと尋ねた。

 

 

「はい。あれからマルトーさんも、ギルガメッシュ様に対してだけは敬意を払うようになって・・・」

 

 

「はぁ・・・。あのマルトー料理長がねぇ・・・」

 

 

「それもまた、王たる我の威光が為せる業よ」

 

 

そう言ってギルガメッシュは、運ばれてきた料理が並べられたテーブルの席についた。

 

空のグラスを掲げると、シエスタがそこに葡萄酒を注ぐ。

 

 

「お前も朝膳があろう、ルイズ。我のことは気にせず、お前も行ってくるがいい」

 

 

そのままギルガメッシュは食事を始める。

 

着替えを終え、制服を身につけたルイズは、その光景に思わず腹をクゥと鳴らしてしまう。

 

 

それは空腹というより、目の前の料理の姿こそが原因だった。

 

ギルガメッシュが食する美食の料理。

 

それは目にするだけでこちらの食欲を引きつけ、漂う香りは鼻腔を通して理性を掻き乱す。

 

 

そしてそれを実に美味しそうに味わうギルガメッシュの姿に、ルイズは眼を奪われた。

 

 

「どうした、ルイズよ?まるで卑しい物乞いのような顔をして」

 

 

「っ!!」

 

 

唐突にかけられた声に、ルイズはハッとした。

 

 

「何だ。お前も欲しいのか?」

 

 

「い、いらないわよ。いらないもん」

 

 

沸き上がる食欲を必死に抑えつつ、精一杯のプライドを込めてルイズは答える。

 

 

しかしギルガメッシュはワインの注がれたグラスを揺らし、変わらず笑みを浮かべて言った。

 

 

「なに、隠すことはない。我が蔵の至高の食材より調理された料理だ。それを直に目の当たりにすれば、理性が食欲に屈するも無理なきこと。フム、仕方がない・・・」

 

 

と、期待させるような言葉を耳にし、ルイズはパッと表情を輝かせた。

 

 

ひょっとして、自分にも分けてくれるつもりなのかもしれない。

 

意外と優しい所もあるのね、とルイズはこの傲慢不遜な己の使い魔の認識を改めかけた。

 

 

しかしギルガメッシュが差し出してきたのは、料理の盛った皿ではなく、足だった。

 

きょとんとするルイズに、ギルガメッシュは腹が立つほど愉快そうな笑みを浮かべ、自分のつま先を指しながら告げた。

 

 

「舐めろ。さすれば餌を恵んでやるぞ、犬」

 

 

今度こそ、ルイズの部屋に豪快な爆発音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝のひと騒動から時間は移り―――

 

 

ルイズが授業に出て勉学に励んでいる頃、ギルガメッシュは一人本塔の図書館へと来ていた。

 

 

三十メイルもの本棚が立ち並ぶこの場所には、一般向けの文学から学習用の資料、果ては門外不出の秘伝書やら魔法薬の作り方など、このハルゲギニアの大まかな書物が揃っている。

 

 

この図書館は貴族用で平民は入れないのだが、若い女性の司書はギルガメッシュの出で立ちを貴族のものと判断し、特に咎めることなく入室を許した。

 

 

さて、ギルガメッシュが興味を示した魔法の授業にも出ず、こんなところで何をしているのかといえば―――

 

 

「いやはや、まだ始めてから一時間しか経ってないというのに、もう言語をマスターしてしまうとは、すさまじい上達ですな」

 

 

「フン。我と雑種共とでは、そもそもの知能のデキが違う。この程度の知識ならば当然だ」

 

 

机の向かいに座り、しきりに感心そうな様子で頷くコルベールに、ギルガメッシュは不遜な声で答える。

 

 

ギルガメッシュが行っていたのは、このハルケギニアにおける言語の学習だった。

 

昨日ルイズと共にシュヴルーズの授業を受けたギルガメッシュは、その中で自身の状況で由々しき問題を発見した。

 

 

文字が読めないのである。

 

 

半神の魔人として、人の域をはるかに逸脱した頭脳を持つ彼ではあるが、さすがに予備知識ゼロの状態からではいかんともし難い。

 

誰かから学ぶ必要があった。

 

 

しかしその相手は誰でもいいというわけではない。

 

前記した通り、ギルガメッシュの知能は知識はなくとも常人のはるか上である。

 

両者の間に知能差がありすぎると、かえって教えるのに苦労するのだ。

 

 

例え教えられる側に立ったとしても、そうした不足を許さないのがギルガメッシュである。

 

教える側の人間も、ある程度の教養を備えた人物であることが望ましかった。

 

 

そこで白羽の矢が立ったのが、図書館で何かの調べ物をしていた様子だったコルベールである。

 

 

コルベールに、自分に文字を教えるよう命令したギルガメッシュは、半ば強引に彼を机を同席させて、文字のレッスンを始めさせたのである。

 

 

その強引さに最初は戸惑っていたコルベールだったが、ギルガメッシュの飲み込みの早さに、すぐにこのレッスンに夢中になっていた。

 

 

いざ文字を覚えると、ギルガメッシュはその応用であっという間に文章の構造も理解した。

 

最初こそおかしな翻訳機のような、妙な文法の食い違いが起きていたが、それもすぐに修正するとギルガメッシュはハルケギニアの一般言語をほぼ完全にマスターした。

 

その後はルーン文字など特殊な言語にも手を出し、一時間もした今では、コルベールにはギルガメッシュに教えられることは何も無くなっていた。

 

 

そこには召喚時に“ゲート”を潜ったことによる補正も加わっていたのだが、それを差し引いてもギルガメッシュの知識吸収力は異常と言えた。

 

 

「ともかく、この我への教授、大義であった。褒めてつかわす」

 

 

「は、はぁ・・・」

 

 

いつもながらの王様発言に、コルベールは苦笑いを浮かべる。

 

しかし次にギルガメッシュより出た言葉は、彼を驚かせた。

 

 

「褒美だ。質問を許可する」

 

 

「え?それは・・・」

 

 

「我の姿を見た時から、何か我に聞きたそうな様子だったではないか。なんなりと申すが良いぞ」

 

 

目の前の青年が自分の関心に気づいていたことに、コルベールは驚いた。

 

しかし好奇心旺盛な彼は、すぐに気を取り直すと、気になっていた事柄を口にする。

 

 

「実は、ミスタ・グラモンとの決闘の際、あなたの額に浮かべていたルーンが気になっていたのですが・・・」

 

 

「ルーン?これの事か」

 

 

そう言うとギルガメッシュは、虚空より決闘の時にも使用した本を取り出す。

 

かつて賢人が、その生涯をかけて学んだ神秘のすべてを書き記したとされ、そこに記述されたテキストを正確に読み解くことで、彼が会得した魔道のすべてを再現可能とする秘伝の魔道書である。

 

 

そしてそれを手にした瞬間、ギルガメッシュの額よりルーンの輝きが現れた。

 

 

このルーンのことはギルガメッシュも気になっていた。

 

あれはギーシュとの決闘の際、己が宝の蔵より原初宝具を取り出し、それを手にした時である。

 

 

元々その莫大な才覚を以て多種多様な宝具をある程度まで使いこなすギルガメッシュであるが、このルーンが輝くとその宝具に対する見識が驚くほど深まるのだ。

 

 

いかにギルガメッシュとて、その宝具がいかなるものなのか理解しなければ、それを扱うことは出来ない。

 

その対象の宝具を理解するという過程を、このルーンはごっそり省いているのだ。

 

 

恐らくこのルーンがあれば、このハルケギニアで初めて手にする宝具に類する物であっても、手にした瞬間にその使用方法から構造術式、果ては制作理由まで理解することが出来るだろう。

 

 

「おお!!やはり思ったとおりでしたぞ!!」

 

 

と、ギルガメッシュの額に浮かんだルーンを書き写し、一冊の本を一心不乱に調べていたコルベールが、あるページに行き着いた所で喝采の声を上げる。

 

その本はハルケギニアにおいて神の如く信仰されているメイジらの始祖、ブリミルが使用した使い魔についての記述が為された古書であった。

 

 

「ほれ、この本のここの部分を御覧ください」

 

 

「うん?」

 

 

促され、ギルガメッシュはコルベールが示す部分に目を落とす。

 

そこの一節には、ギルガメッシュが額に浮かべるルーンと同じ物が記されていた。

 

 

その文献によると、このルーンを宿した者はいかなるマジックアイテムも操れるようになるという。

 

その記述でギルガメッシュは決闘時の違和感の正体を知った。

 

彼の所有する宝具も、規格外ながらマジックアイテムであることに変わりはない。

 

 

「やはりそのルーンこそは、ブリミルが使役したという神の頭脳『ミョズニトニルン』の物に違いない。いや、ミスタ・グラモンとの決闘の際、あなたに浮かんだルーンが、以前に目にした物に似ていたのでよもやとは思いましたが、まさか本当に伝説のルーンであったとは。

 

これは大発見ですぞ!!現代に甦った『ミョズニトニルン』!!」

 

 

やや興奮した様子でコルベールは、ここが図書館であることも忘れて騒ぎ出す。

 

しかしその向かいに座るギルガメッシュは、コルベールとは対照的に気のない様子だ。

 

 

「いやはや、決闘の時のあなたの強さには驚きましたが。なるほど、あれほどの力があれば伝説と謳われるのも納得がいく―――」

 

 

「あまりふざけた事を抜かすなよ、雑種」

 

 

と、舞い上がっていたコルベールの熱は、投げかけられたその声の冷気によって一気に冷まさせた。

 

 

見れば、いつの間にか向かいに座るギルガメッシュが、魂まで凍えさせる冷然なる眼差しでこちらを見据えていた。

 

 

「伝説だか何だか知らぬが、我のとってはそのような力、瑣末な付属品に過ぎぬ。我が最強である理由は他でもない。

 

我がギルガメッシュであるが故、その一点に尽きるのだ。それ以外の事柄など、所詮は装飾よ」

 

 

単なる傲慢ではなく、絶対なる自信と共に口に出されたその言葉に、コルベールはようやく理解する。

 

 

彼の強さに理由などない。

 

昨日のギーシュとの決闘時に見せたあの圧倒的な強さは、ただ彼が英雄王ギルガメッシュであるが故のものに他ならないのだ。

 

 

そんな規格外の存在を前にして、コルベールは無意識の内に夢想した。

 

はたして自分がこの存在と相対したとき、勝利することは可能かどうか。

 

 

その心の動きは、コルベールのかつての人生―――軍人として、国のためという名目の元、誇りなどという言葉とは程遠い殺戮の日々に明け暮れた人生が、彼の身に刻みこんだ習性だった。

 

かつての自分を悔いて捨て、新しい人生を歩む今のコルベールにも、身体に染み込んだ習性は消すことなど出来ずに残っている。

 

 

正面から戦えば、無論のこと自分に勝ち目など万に一つもあるまい。

 

だがそれはあくまで正面から正攻法のみで戦った場合の話だ。

 

 

元より自分の戦い方は、力を頼りに真っ向から敵と対峙する勇敢なる戦士の物ではない。

 

 

乱戦の中に紛れて敵の背後に忍び寄り、その心臓を鷲掴みにする暗殺者のそれなのだ。

 

 

自分の実力以上の相手と戦うことなど、一度や二度ではない。

 

トライアングルクラスの自分が、そうしてスクウェアクラスのメイジを討ち果たしたのも、数えただけで片手に余る。

 

 

故に、コルベールに付けられた二つ名は『炎蛇』。

 

その毒蛇のように狡猾にして非道なる彼の手口を由来とする、忌むべき名前である。

 

 

幾重にも物理と心理の罠を張り巡らし、そこに敵を陥れる。

 

そこを間髪入れず、この『炎蛇』の毒牙を以てその喉笛に喰らいつけば、あるいは―――

 

 

「我を仕留める算段はついたか?蛇よ」

 

 

投げかけられたその言葉に、コルベールはハッとしてギルガメッシュを見る。

 

 

いつしかギルガメッシュの表情が変わっていた。

 

新たな遊戯を得た子供のような、好奇に満ちた顔がそこにはある。

 

 

その笑みが、コルベールにはどうしようもなく不穏に見えた。

 

 

「我の洞察を見くびるでないぞ。例えいかに外見を取り繕うと、その身に染み込む血と硝煙の臭いはそう容易く消えるものではない。その異臭に、我が気付かんと思ったか?」

 

 

次々と自分の内部を掘り起こすギルガメッシュに、コルベールは焦燥の感情に駆られた。

 

 

このままこの男との対話を続ければ、封じていた自分の暗部が再び浮き上がることになるかもしれない。

 

そんな予感が、コルベールの胸によぎった。

 

 

国という大義も元に、自らが行った罪無き人々の虐殺。

 

その罪を償うために、今のこうして人のためとなる発明のために費やす日々がある。

 

 

しかしそれも、結局のところは真なる意味での贖罪ではない。

 

自分の犯した罪を裁くことが出来るのは、他でもない自分が殺してきた人々だけなのだ。

 

罪人自身で勝手に課した贖罪など、本物であるはずがない。

 

しかしその自分の断罪者たちは、自分が殺してしまったが故にこの世にはおらず、詰まるところ自分の行う人ための発明は、自分を慰め罪より逃れるための逃避の行為でしかない。

 

 

裁かれぬが故に、償えない。

 

長きに渡り封印し、目を背けてきた自らの心の闇。

 

それを明確なる真理の元、眼前に突きつけられれば、それはすなわちジャン・コルベールという人間の破滅を意味する。

 

 

この対話はすぐに中断し、この場より立ち去るべきだ。

 

コルベールの理性が切羽詰まった様子で訴える。

 

 

しかし何の理も無くこの場より遁走することは、自分を見つめる青年の赤い魔性の双眸が許さなかった。

 

 

が、意外にもこの対話の終わりは、向こうの方から切り出してきた。

 

 

「まあ良い。貴様には我へと文学を教授した功績がある。それに免じて、その心根を解体するのは勘弁してやろう」

 

 

拍子抜けするほどあっさりとそう言って、ギルガメッシュは席を立つ。

 

もちろんそれを呼び止めるような真似が出来るはずもなく、コルベールはただ黙って立ち去っていくその姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日の終わりを彩る夜。

 

 

雲ひとつなく、無数の星々の光を湛える夜空。

 

そんな夜空の下を、ギルガメッシュは放浪していた。

 

 

双月が彩るこのハルケギニアの夜空は、この世界の住人たちには常識のものでも、異なる世界より召喚されたギルガメッシュには実に新鮮なものだ。

 

こうして何をするわけでもない夜の散策だけでも、彼の無興を慰められる。

 

 

そうしてほぼ日課としつつある夜の散策を終え、ギルガメッシュがルイズの部屋へと戻ろうと歩を進めていると、その前に燃える尻尾を持つ大きな赤蜥蜴が現れた。

 

 

ルイズの向かいの部屋に暮らすキュルケの使い魔、サラマンダ―のフレイムである。

 

 

「うん?」

 

 

首を傾げるギルガメッシュに、サラマンダ―は人懐こい感じできゅるきゅる、と鳴いた。

 

そこに害意は無く、しきりに首を振ってこちらを促そうとする仕草は、どこかへ自分を案内しようとしている様子だった。

 

 

「自ら王との対面を望むか。なかなか骨があると見える」

 

 

不敵にそう言って、ギルガメッシュはサラマンダ―の後に続いて歩き出す。

 

 

やがてサラマンダ―は開けっ放しとなっているルイズの隣のキュルケの部屋へと入っていく。

 

それに倣い、ギルガメッシュもまた部屋のドアをくぐった。

 

 

入ると、部屋の中は真っ暗だった。

 

先に入ったサラマンダ―の尻尾の火だけが照明の役割を果たしている。

 

そんな暗がりから、艶やかな女性の声が聞こえてくる。

 

 

「扉を閉めて」

 

 

その声だけで大体の意図を察したギルガメッシュは、言われた通りに扉を閉めた。

 

 

「ようこそ。待っておりましたわ」

 

 

指を弾く音が聞こえ、それと同時に部屋中のロウソクに一本ずつ火が灯っていく。

 

 

やがてその淡い灯りの中に、ベビードールのみの悩ましい姿のキュルケがぼんやりと浮かび上がった。

 

 

「さあ、どうぞこちらへ」

 

 

促され、ギルガメッシュはキュルケの傍らに腰かける。

 

 

そんなギルガメッシュにキュルケは大きく溜め息をつき、悩ましげに語りかけてきた。

 

 

「あなたはきっと、こんな真似に出たあたしの事を、はしたない女だと思うでしょうね。

 

でも分かって。この『微熱』の心には、すでに火がついてしまったの」

 

 

熱く潤んだ上目遣いで、キュルケはギルガメッシュを見つめた。

 

 

これが並の男なら、豊かなスタイルをした艶やかな美女であるキュルケにこのように見つめられれば、男としての原始の本能を呼び起されていただろう。

 

 

しかしながら、彼はこの世すべての欲を堪能し尽くした最古の暴君ギルガメッシュ。

 

この程度の色香に心惑わされることはなかった。

 

 

「初めてお会いした時から、あたしの視線はあなたを追っていたわ。そしてそのあたしの心に灯った火は、あのギーシュとの決闘で一気に燃え上がったの。

 

あの時のあなたの凛々しいお姿。ああ、あたくしもう、参ってしまいましたわ」

 

 

ゆっくりと、キュルケはギルガメッシュの端正な顔に近付いていく。

 

 

動揺は無い様子のギルガメッシュではあるが、かといって拒もうという気配もない。

 

 

ただ黙って、キュルケの接近を見守っている。

 

 

「この身体の火照りを、燃え上がる心の炎を冷ますことが出来るのは、あなただけ。

 

ねぇ、あたしをこんなにした、いけないあなた。この『微熱』の火照りを、どうか静めてくださって・・・」

 

 

キュルケの魅惑の唇が、ギルガメッシュへと迫る。

 

 

が、その瞬間、邪魔をするなら絶妙のタイミングで、窓の外が叩かれた。

 

 

「キュルケ・・・。待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば―――」

 

 

恨めしげに部屋を覗く生徒と思しきその男は、ギルガメッシュには及ばないまでもなかなかに整った顔立ちをしていた。

 

 

しかしその男にキュルケは顔を向けることもなく、胸の谷間から抜き出した杖を一振りして、炎で窓ごとその男を吹き飛ばした。

 

 

「・・・今のは?」

 

 

「ただの無粋なフクロウよ。ともかく、さあ、続きを・・・」

 

 

再び唇を近付けてくるキュルケ。

 

しかしまたしても、耳ざわりな音が邪魔に入った。

 

 

「キュルケ!その男は誰だ!!今夜は僕と―――」

 

 

窓枠を叩くその精悍な男は、キュルケの杖の一振りによって伸びたロウソクの炎に焙られて地面へと落ちて行った。

 

 

「全く、今夜はフクロウが多いわね。さあ、それより続きを―――」

 

 

「「「キュルケ!そいつは誰なんだ!!恋人はいないって言ってたじゃないかっ!!」」」

 

 

今度は三人同時だった。

 

 

事前に申し合わせでもしたかのように見事にハモって、ハンサム男たちは叫ぶ。

 

 

そんな彼らにキュルケは面倒臭そうに使い魔のサラマンダ―に命令した。

 

 

「フレイムー」

 

 

きゅるきゅると部屋の隅で寝ていたサラマンダーが起き上がり、三人が押し合う窓だった穴み向って炎を吐いた。

 

三人は仲良く地面に落下していった。

 

 

「あれもフクロウ、という訳か?」

 

 

「ええっと、その・・・」

 

 

さすがに誤魔化しきれないと思ってきたのか、キュルケが冷や汗を浮かべる。

 

 

しかしギルガメッシュは特に気分を害した様子もなく、楽しそうな笑みを浮かべて続けた。

 

 

「何、構わぬ。この我を口説かんとする女狐だ。そこいらの雑種の男共を手玉に取るくらいの芸当は、やってのけて当然であろう」

 

 

「え!そう?」

 

 

悠然と、ギルガメッシュは頷いて見せる。

 

 

「何よりこの英雄王を夜伽に呼びつけておいて、なお他の男にも声をかけておくその心持ち。不敬とも取れるが、それ以上に痛快だ。色欲にかけるその気概、なかなかに評価に値するぞ」

 

 

「まあ!なんて懐が厚い!!」

 

 

ギルガメッシュの言葉に、キュルケは称賛の声を上げる。

 

 

そんなキュルケに向けて、ギルガメッシュはギョロリとその視線を剥いた。

 

 

「しかしな、勘違いはするなよ、小娘」

 

 

「え?」

 

 

疑問符に答えるより早く、ギルガメッシュの唇がキュルケの唇を塞ぐ。

 

身体を引きよせ、強引に為されたそのディープキスは、百戦錬磨のキュルケでさえも、その身を硬直させてしまうほどの情熱が込められていた。

 

 

やがて唇が離れ、トロンとしているキュルケに、ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべて言った。

 

 

「我がお前を追い掛けるのではない。お前が我へと追い縋るのだ。この英雄王の寵愛を受けたが最後、その心身は鎖によって繋がれ、二度と他の雑種どもに靡くことはない。

 

せいぜいこの我に目を止めた事を後悔し、そして歓喜するが良い。その気概を評価し、貴様に寵愛を与えてやる。これより後、貴様は我の物となるのだ」

 

 

堂々たる宣言に答えることも出来ず、キュルケはそのまま為されるがままにベッドへと押し倒されていった。

 

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