かんせんぐらし?   作:Die-O-Ki-Sin

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9話―のーまるえんど

 あのゾンビはこれまでの狂暴性が嘘だったかの様に大人しくなった。そして片原を抱いたまま……燃え尽きた。

 

「そんな……」

 

「蘭……」

 

「せん、せー……」

 

 人の焼ける不快な臭いが鼻につく。一生嗅ぐことの無い臭いだと思っていたそれは、『死』が私達のすぐそばにいることを思い出させる。

 1ヶ月独りで生きて、祠堂が来て生活して。順調過ぎた故に油断してしまったんだ。

 

「こんなのって……ありかよ」

 

 卑怯者。引馬を残して、自分だけ逃げて。

 それでも彼女が自分を犠牲にしなければ、あいつが何人殺していたかは考えたくもない。

 

「片原……」

 

 有原、西野。彼等とは会って1日も経っていない。それでも、あの人たちは私の心の深いところにいたみたいだ。

 マグマを失ったことで崩落し、カルデラが作られるように。私の心は支えを次々と失い、少しずつ、しかし確実に崩れ落ちていく。

 でも、感傷的な気分はここで終わり。終わりにしろ、私。この世界に希望なんて無い。そんなことは分かっていた筈だろ?

 

 だって今にも。

 

「ギギ……」

 

「ァァア……」

 

 ほら、ホームから次々と降り立ってくるゾンビ達の呻き声が聞こえるだろ?

 

 ガン!ガタン!

 

 バリケードだって崩れ去った。ホームから、入り口から。数多のゾンビが押し寄せてくる。

 

「ッ!」

 

 私は駅長室のドアを開ける。煙が開いたドアから出てきて、駅の天井を隠していく。まだ火は残っているけど、もう燃え上がることは無いだろう。機械や本などの燃えカスの中に、小学生ほどの子供の焼死体。きっと炎の明かりに寄せられてしまったのだろう。

 地下の倉庫から煙は上がってきていない。火の手は地下まで届いていなさそうだ。二酸化炭素が若干心配だけど、ゾンビの海の中に飛び込むよりはマシだと思いたい。

 

「お前ら、早くこっちに来い」

 

「助かったよ……高凪さん」

 

 駅長室から顔だけ出して外にいる3人を呼ぶ。網手は引馬を抱きかかえながら階段を下りていく。

 

「ありがとね、渚」

 

 祠堂もその後を追うように倉庫へと逃げていった。

 私は駅長室のドアを閉め、鍵を掛ける。あのゾンビならまだしも普通のゾンビでは簡単に破れないだろう。

 これでゾンビの侵入口は割れたガラス窓に限定された。だけどガラス窓を塞げるようなものはこの部屋には無い。

 私は椅子を持ち上げ、悪そうな笑みを浮かべてやる。

 

「ギギ………ギギギギギギギギ」

 

 さてと、壁の材料のお出ましだ。

 突然だがワニを叩き続けるゲームをご存知だろうか。そう、ゲーセンのあれだ。

 手を伸ばしてきたゾンビの頭を椅子で叩き割る。それを土台にして昇ってきたゾンビも同様に潰す。次も、次も、次も。

 いつの間にかガラス窓は入り込む隙間もないくらいゾンビの亡骸で埋め尽くされていた。これが所謂肉壁というやつか。

 あまり音を立てないように注意しながら潰してきたお陰か、ドアを叩いたりするゾンビの数は格段に減っている。

 

「……ふぅ」

 

 私は椅子を放り投げると、外された鉄の扉を立て掛けてから地下へ下りていった。

 

「渚っ!」

 

 階段を下りてきた私に圭が駆け寄ってきた。プロペラが回るような音が聞こえる。換気扇を回しているのだろう。

 

「おう、大丈夫か?」

 

「うん、2人とも怪我は無いみたい。でも……」

 

 圭が言いにくげに2人の様子を見る。大切な仲間を、良くなついていた先生を失った2人はかなり疲弊しているようだった。

 

「せんせー……ぐすっ……」

 

 何て声をかけたら良いのだろう。私は誰かを慰める言葉を知らなかった。ただただ本当に巡りが悪かったのだ。

 

「悲しんでは……居られない。この先のことを考えないと」

 

 何もかもを諦めた目。それでも私達は生きていかなきゃ行けない。網手もそう考えているのだろう。

 網手はゆっくりと立ち上がろうとする。それを止めるように引馬が叫んだ。

 

「嫌!いかないで!」

 

 トラブルの連続による疲労、ストレス。1つ1つは小さくとも、積み重なれば大きな絶望へ姿を変えていく。

 網手の目は、今までの印象をガラリと変えてしまうほどに冷たく、恐ろしかった。

 

「うるさいんだよ!」

 

 網手は足にしがみついてきた引馬を振り払う。そして一瞬遅れて、自分がやったことを認識したようだ。

 

「あ……ごめん」

 

 けれどもう手遅れだった。引馬の網手への印象は最悪になってしまったのだろう。

 

「こないで!」

 

 引馬はパタパタと走り、圭の後ろへ引っ込んでしまった。

 

「あ、あんたねぇ!」

 

 圭は子供の心が傷つけられたのが許せなかったのか、怒気を孕んだ声を網手にぶつける。

 私達を包む空気は最悪だった。圭と網手の間には大きな亀裂が走り、引馬は網手のことを完全に怖がってしまっている。

 

「やめろ、圭」

 

「渚っ、なんで!?だって網手さんが――!」

 

「私達が争って何になる」

 

 人間同士で争ったってなにも変わりはしない。変わるとすれば悪い方向だ。こんな袋小路で大声をあげて、ゾンビ達を呼び寄せてしまった日には最悪だ。バッドエンドは免れないだろう。

 

「網手が言う通り、先ずはこの先の事だ。バリケードも崩されちまったし、ホームからもあいつらが入ってきた。ここで生活するのも危険が伴う」

 

 電気は使える。水もある。それでもここが地下である以上、攻められたときに逃げ道が無い。

 引馬は頭を抱えて震えているが、圭と網手は私の言葉に耳を傾けてくれた。

 

「私が考えたのは2つ。1つはもう一度バリケードを作ってここで救助を待つ。そしてもう1つは――」

 

 私は圭の方を見て言う。私は期待していたのかもしれない。圭がこのルートを選ぶことを。

 

「デパートに行って、別の避難場所を探す」

 

 圭の目が大きく開かれた。圭の足にはまだまだ不安が残るが、ゾンビが入ってきてしまった以上それは駅でも同じだ。

 

「デパート……?何かあるのか?」

 

「……私の、親友がいるの」

 

 いつになく真剣で、覚悟を決めた顔。

 デパートなら他にも避難場所はあるだろうし、廊下も狭いからバリケードを作る労力も少ない。だけどその一方で電気とかには期待できないし、引馬を長距離移動させるリスクが伴う。

 

「……渚、網手さん、お願い。引馬ちゃんの事も、私の足の事も分かってる。それでも私は……デパートに、美紀の所に行きたい」

 

「祠堂さん……。うん、俺もそれに従うよ。車もあるからデパートへは直ぐに行けると思うしね」

 

「……は?」

 

 おい待てこいつ今何て言った?

 

「え、網手さん車あるの?」

 

「あー、うん。言ってなかったっけ?」

 

 網手はとぼけた顔で頭をかく。とぼけているわけでは無いのだろうけど、その様子は巫山戯ている様に見えた。

 

「あのなぁ……そう言うことはちゃんと言っといてくれないか?」

 

「あ、そのー……ごめん」

 

 車があったのは嬉しい誤算だ。それならだいぶリスクを抑えることが出来る。

 

「よし、それじゃあデパートに行く準備を進めるぞ」

 

 私がそういうと、2人はダンボールの山へ物資を取りに行った。引馬はまだ怖がっているのかその場から動かない。

 私は丸まっている彼女に近づくと、その肩を叩いた。

 

「まぁ、あれだ。元気出せよ」

 

 自分でもこれは無いと思った。あまりにも無責任すぎる。何て言ったらいいのかを頭の中で整理して、もう一度語りかける。

 

「なぁ、引馬」

 

 返事は無い。けど彼女はピクリと反応した。まだ怖がられているだけかもしれないけど、話を聞いてくれている。

 

「何か欲しいもんはあるか?デパートなら色々あるぞ?」

 

 先ずは物で釣ってみる。会話で彼女を元気付けられる自信なんて無い。だから分かりやすく、欲を刺激してみる。

 

「せんせーが欲しい」

 

 ダメみたいだった。取りつく島もない。引馬は完全にいじけてしまっていた。

 それにしても、せんせーが欲しい……か。片原はもういない。彼女の望みを叶えることなんて……。

 

「先生、か」

 

 私は、彼女達の事を良く知らない。知る間も無く、事故が起きてしまったから。

 

「大好きだったんだな」

 

「……うん」

 

 うずくまる彼女の顔は見えない。腕の隙間からわずかに見える頬は赤く染まっている。泣いている……んだよな。

 

「片原って、どんな奴だったんだ?」

 

「……」

 

 暫しの沈黙。

 

「せんせーはね、いつも楽しいの」

 

 確かに彼女は明るかった。人を疑う心もあったけど、子供達の前では優しそうな笑みを浮かべていた。

 

「他のせんせーと話すときはつまらなさそうだけどね、わたしたちと話してるときは楽しいの」

 

 声が少しずつ震えていく。もう日常は戻らない。あの幸せだった時間を味わうことは2度と無い。

 

「そっか……良い先生じゃんか」

 

「うん……」

 

 そんな話の中で、私はふと学校生活を思い出す。噂のお陰で生徒は近寄らず、教師からの風当たりも厳しかった……ただ、一人を除いて。

 

「佐倉先生……」

 

 私の、唯一尊敬する先生。担当する学年が違うから、会話したことなんて殆ど無い。それでも彼女は、『噂』の色眼鏡を掛けずに私と話をしてくれた。

 先生なら、どうしたのかな。

 そんなことは彼女じゃないから分からない。それでも私はこの子を励ましたかった。

 

「……さくらせんせーって誰?」

 

 少しだけ顔をあげてくれる。ほんのちょっとだけど、心を開いてくれたのだろうか。

 

「佐倉先生は……そうだな、教師としては残念だったけど……彼女ほど良い先生は居なかったよ」

 

 彼女と過ごした思い出。私が2つ目の問題を起こしたとき、唯一味方になってくれた先生。佐倉先生だけは私が問題を起こした理由を信じてくれた。

 

「おっとりしてて、ちょっとドジだけどさ……ちゃんと、私を見てくれた」

 

「さくらせんせーは、何処にいるの?」

 

「……さぁ、な」

 

 時間にもよるけど、きっと彼女は学校にいたんじゃないだろうか。今も生きていてくれるのだろうか。だとしたら……もう一度会いたい。会ってお礼を言いたい。

 

「……わたしね、虐められてたの」

 

 暗い声。思い出すだけで身の毛がよだつ。そんな引馬の思いが伝わってくる。

 

「でもね、せんせーはわたしを助けてくれたの。他のせんせーはムシしてたのに」

 

 それは若さゆえの熱血か。皆経験を重ねて行くほど、自分の事を守るのが大切になってくる。高く積み上げれば積み上げるほど、それが崩れたときのリスクは大きくなる。

 それでも、年を取っても。片原は子供の味方をしたかもしれない。

 

「なぁ、引馬」

 

 自信も、実力もないけど。

 

「私じゃ、お前の先生にはなれないか?」

 

 冗談半分にそんなことを言ってみる。

 

「あはは……せんせーはムリだよ。おねーちゃん頭悪そうだもん」

 

 こいつ随分と失礼なこと言いやがる。

 頭ぐりぐりしてやろうかとも一瞬考えたが、状況を悪化させるだけだと悟り行動にまでは移さない。

 

「でも、おねーちゃんはせんぱい?ってやつだね!」

 

「ほーぅ……まだガキの癖に高校生を先輩だと?小癪なー!」

 

 わしゃわしゃと髪を撫でてみる。この言葉も、この行為も。きっと私だけじゃやらなかっただろう。そもそも子供と話す事だって出来なかった。

 佐倉先生、そして圭。私と対話してくれた2人の真似事に過ぎないけど、嘘はついていない。彼女を励ましたいのは、私の紛れもない本心なんだから。

 

「ほら、何か欲しいのあったらリュックに詰めてこいよ。デパートに行ったら暫くは戻ってこれないぞ?」

 

「うん……そうするね」

 

 さっきより少しだけ明るい声。引馬はリュックを手に取ると、2人が待つダンボールの山へと走っていく。その途中で、私の方を振り返って言った。

 

「ありがとね!せんぱいっ!」

 

 ……圭が悶えた理由が分かった気がした。




9話でした。今回もお読みいただきありがとうございます。一章につき何話と決めているわけでは無いのですが、大体4~6話ほどで章が進むようになっています(番外編を除いて)。
7話の『ふぁんぶる』ってまぁ、目星の事ですよね。あそこでフェイト使って振り直していればぐっどえんとにはなれたかもしれません。ネタが通じてなかったらごめんなさい。
ではでは。
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