10話―もらるえでゅけーしょん
車に乗ったのは何時以来だろう。普段歩いている道でも、車の中から見る景色は少しだけ新鮮に見える。エンジンの音か、立ち位置か。或いは、徒歩よりもずっと早いスピードのせいなのだろうか。
車は北口を出てすぐそこにあった。所々血が付着していたが、大きな故障は無く、私たちはすぐにデパート……いや、ショッピングモールと言った方が良いのかもしれない。とにかく、そこへ向けて出発したのだ。
流れていく景色を横目に、私は物思いに耽っていた。題目は私について。
順調過ぎた生活の中で、私はいつしか自分の腕の事を忘れていた。無意識の内に考えないようにしていただけなのかもしれない。それでも、あの事故はもっと早く起きていたかも知れないのだ。……他ならぬ私の手によって。
私がこの先、あいつらにならないと言う保証は無い。私はあいつらの事も、薬の事も、そして七草さんの事も理解していないんだ。だから、例えば明日薬の効果が切れて私がゾンビになってしまうかもしれない。例えばあの薬は永続的に耐性をつけてくれる効果を持っていて、私はこの先ゾンビ化しないかもしれない。
あいにくと病気や薬について詳しくは無い。私がどうなってしまうのか何て分かりはしないのだ。
「ねーねー、圭おねーちゃんはどのお店が好きっすか?」
「うーん、そうだなー。私はゲームセンターが好きかなー」
運転席と助手席、そして後部座席が3人分。計5人乗りの車はデパートを目指して走っている。助手席には消火器、後ろの荷物置きには食料品を置いてある。
私の隣に座る2人は、仲良さげに話している。引馬はあれ以来、片原の様な話し方をしていた。そんなことをしても寂しくなるだけだと私は思うのだが、彼女はそれをやめようとしなかった。
……私の腕の事は、何時話したら良いのだろう。人との関わり合いは苦手だった。自分は1人で生きていけると思っていたし、そうするつもりだった。でも、私は圭達と過ごして臆病になってしまったようだ。この腕の事を話して拒絶されるのが――怖い。
「ねぇねぇ、渚!渚は買い物とか行くの?」
「お前は私を男子か何かだと思ってるのか……?」
『何処に買い物に行くの?』ではなく『買い物に行くの?』とは。なんたる無礼か。
「私だって『一応』は女子だよ。服だって買うし、料理もするさ」
「あ、そうだよね!……うん、渚も女の子だもんね」
「……私ってもしかして自分で思ってるよりガサツだったりするのか?」
私がそう聞くと、圭は少し照れたような表情で答える。
「いや、そうじゃなくってね。……渚はさ、強くて、格好良くて。何て言うか……王子様?みたいな感じがするからさ」
王子様、ねぇ。鬼とか悪魔とかはさんざん呼ばれたけど、そう呼ばれたのは初めてだ。
「うんっ!せんぱいはおうじさまっす!」
圭の隣に座る引馬が乗り出して言う。
「何と言えばいいのか……ちょっと照れるな」
「へぇ、意外だなぁ。高凪さんも照れたりするのか?」
車を運転する網手が視線だけこちらに向けて言った。
「う、うっせーな。ちゃんと前見て運転しろっての」
「ははは、ごめんごめん」
こんな幸せな光景から、追い出されるのが怖かった。
「……なぁ、圭」
それでも、私は教えなくちゃいけない。何時までも嘘をつき続ける訳にはいかない。
「うん?どうしたの、渚」
圭はきょとんとした顔で首をかしげる。彼女は、私の事を強いと誉めてくれた。でも、私から見れば彼女の方がずっと強い。
「私は、あんたが思ってるほど強くないよ」
せめて、彼女が親友に会えるまでは隠しておこう。彼女が独りにならないように。
「そんなこと無いよー」
そう言って笑う彼女の顔は、ただ無邪気に明るかった。
モールの入り口に車を止める。割れた自動ドアから見える建物の中は、やけに暗く見えた。
「待っててね、美紀……!」
圭は右の拳を胸の上で握りしめる。そんな圭の足元には、引馬がしがみついている。
「く、くらいよ……あ、くらいっす……」
こんなときまで無理しなくても良いと思うが、譲れない何かがあるのかもしれない。
「それじゃあ行こうか、高凪さん」
すぐに逃げられるように、車の鍵は掛けていない。網手はエンジンを止め、運転席から出てくると私にそう言った。
「……あぁ。行くぞ」
自動ドアはほとんどが割れて、扉としての役割を果たしていなかった。ひょっとしたら、明かりにつられたあいつらが壊していったのかもしれない。
他にも幾つか開いているドアがあった。割れたドアで怪我をするようなマヌケな事をするつもりはない。私は懐中電灯の準備をすると、3人を置いて中に入る。一回の広場はまだ外の光が入ってくるお陰か、懐中電灯を使う必要も無いだろう。だけど周囲からはあいつらの呻き声が聞こえてくる。まだ気づかれている訳では無さそうだ。
音を立てないよう、気配を消しつつ周囲を探ると、幾つか普段は見ないようなものを見つける。確か……ケミカルライト?とか言った気がする。明かりがついていたなら、ゾンビを惹き付けられたかもしれない。
「……誰かいるのか?」
普通はライブとかキャンプで使う様な物だ。もしかしたら、少し前に誰かがここに来ていたのかもしれない。
「……」
私は外で待つ3人に合図を送る。3人は頷くと、こっそりとデパートの中に入ってきた。
「これって……」
圭が何かを見つけたようだ。圭の手には冊子が握られている。ちゃんとした物ではなく、手作り感満載の所謂しおりのようなもの。
「巡ヶ丘学院高校、学園生活部……?」
「学園生活部?」
「うん、そう書いてあるよ」
圭から冊子を受けとる。冊子は所々血が着いていた。そこには子供らしい文字で、えんそくのしおりと書かれていた。
ってことは、このしおりの持ち主がケミカルライトを……?
「もしかしたら、他の生存者と出くわすかもしれないな」
網手がケミカルライトを拾いつつ言う。その言葉を聞いて、圭にしがみつく引馬が震えながら言った。
「こ、こわいひとだったら嫌っす……」
「あぁ……気を付けていこう。圭、圭が避難してた部屋は何階だ?」
「えっと、5階だよ」
「分かった。それじゃあ5階に行こうか」
広場には色々な物が散乱していた。観葉植物や色んなお店の商品、雑誌。
4人で姿勢を低くしながら、転ばないように気を付けて進んで行く。先に来た人が『掃除』して行ったのか、道中であいつらと出くわすことは無く、順調に5階までたどり着く事が出来た。
「えっと……あ、ここだよ」
避難所と書かれた張り紙の貼られた扉。位置的に従業員用のスペースか、小さい倉庫と言った感じだろうか。
圭はドアを叩いた。しかし反応はない。
「おーい、美紀ー」
小さな声で扉の向こうに呼び掛けるも、物音1つ返ってこなかった。今は昼。眠っているような時間には思えないが……。
「嘘……だよね、美紀、返事してよ……」
さっきよりも少しだけ大きな声。しかしその声は、あいつらを呼び寄せるのには十分な大きさだった。
「ギギギギ……」
「っ!?」
暗い廊下の先から呻き声。数は少ないが、この狭い廊下で戦うのは……。
「圭、扉を開けろ」
「え、でも中で段ボールを」
「いいからっ!」
少しだけ大きな声で叫ぶ。もしかしたら相手の増援を呼んでしまったかもしれない。
「う、うん!」
圭は勢いよく扉を開いた。私達は急いで部屋の中に入る。
「網手っ、手ぇ貸してくれ」
「もちろんだよ!」
私と網手は2人がかりで扉を押さえる。ゾンビ達が扉を叩く度に、強い衝撃が私達の背中に届いた。
「っ、それにしても随分と馬鹿力だな」
「うん、脳のリミッターが外れたのかな。いや、躊躇いが無いからなのかもしれない」
「真面目に考察してる場合じゃねぇだろ……」
部屋の中には誰もいない。あるのは毛布とダンボール、それと元からここに置いてあったような物ばかりだ。
「そんな……美紀、どうして……?」
あいつらが扉を叩く勢いが収まってきた。諦めてくれたのかもしれない。
圭は落ちていた毛布を抱き締め、座り込んでいた。
「圭……きっと美紀って奴はここには居ないだろうな」
「……やっぱり、私のせいで……私が、美紀を殺したんだ!私が……!」
圭は毛布に顔を埋めたまま泣きじゃくる。扉を叩くゾンビはもう居なくなっていた。私は網手に扉を任せると、へたり込む圭の肩を抱き締める。
「落ち着け。ここに来るまでに同じ制服を着たゾンビを見たか?」
「見てないよ、でも私達が会わなかっただけかもしれないじゃん!」
私はジャージのポケットから入り口で見つけた冊子を見せる。
「丈槍由紀、恵飛須沢胡桃、若狭悠里。美紀って奴も入れれば、このモールには制服を着た奴が4人は居る筈だ。でも1人も制服の奴は居なかっただろ?」
圭は毛布から濡れた目元だけを出すと、いじけた声で言う。
「渚は、何が言いたいの?」
「このしおりはえんそくのしおりだろ?遠足が終わったら、何処へ行く?」
「……学校……!」
学園生活部。名前から考えて学校で避難生活をしているに違いない。美紀ってのはこの部員に助けられて、学校に行ったのかもしれない。
「な、圭。泣くのはもうちょっと後だ。親友に会うんだろ?」
「……うん。……ごめんなさい。私のせいで、皆……」
「私は気にしてねぇよ」
「だいじょーぶだよ?おねーちゃん」
「うん、俺たちは無事だしな。何も気にすることは無いさ」
そんな暖かい言葉の中で、圭は泣いていた。
遅くなってしまい申し訳ないです。10話でした。……はい、そうですよね。『デパート』じゃなくて『モール』ですよね!こればっかりは本当に勘違いです。申し訳ありません。
さて、ここまでこの作品は基本的に原作に沿って進んで来ましたが、これ以降はアニメでの展開を含めオリジナルの設定・展開が絡んできます。ご了承ください。
それではまた次回お会い出来たらと思います。
ではでは。