渚が?どうして?だって渚は。平気?なんで?苦しげなの?
頭の中で色んな言葉がぐるぐると回る。なんで、こうなっちゃったの……?
「ゆき先輩、救急箱!放送室に!」
「くるみ、手を貸すわ」
「せん、ぱい……。お、おねーちゃん、シャベルあずかってるね」
状況が凄まじいスピードで進んでいく。皆、自らのやるべき事をやっている。
――私はへたりこんだまま何もやってない。
渚がこんな状態なのに、何をしたら良いか分からない。何の役にも立ってない。
「圭、ちよっと手伝って。高凪さんを寝かせないと」
「う、うん」
美紀に手を差し伸べられる。私はその手を掴んで立ち上がった。
先輩2人と、美紀と私。計4人で渚の体を持ち上げ、ソファに寝かせた。渚は苦しそうに呻いていて、時折彼女からヒュー、ヒューといった音が聞こえる。
「……一体、どうして」
悠里先輩が胡桃先輩に問う。胡桃先輩はうつむいたまま答えた。
「めぐねぇ、だったんだ」
そして語り始めた。地下で何があったのかを。渚は、胡桃先輩を庇って怪我をしたんだ。
由紀先輩の持ってきてくれた救急箱である程度の止血を済ませる。
「……私、地下に行く」
両の手を握りしめて言う。渚に地下の事を話したのは私だ。私が彼女と一緒にいたいから、そんな我が儘で彼女を危機に陥らせたのだ。
「祠堂さん……」
悠里先輩は、止めようとしたのか、それとも背中を押そうとしたのか。彼女の言葉は最後まで口から出されることはなかった。
胡桃先輩は……渚の手を掴んだまま、何も喋らない。ただ、血が出てきそうなくらい唇を噛み締めていた。
……渚は、感染してしまったのだろうか。渚はただ苦しんでいる様で、暴れたりすることはない。……でも、私はどうやって人があれになるのかを知らない。もしかしたらこの症状こそが、第一歩かもしれない。
「圭、私も行くよ」
美紀は教壇に立て掛けられていたシャベルを手に取ると、そう言った。
「先輩、お借りします」
「……あぁ」
胡桃先輩は暗い表情のまま答えた。悠里先輩も、由紀先輩も、渚の様子を見守っている。
「だめ、美紀にそんな危ないことはさせない!渚だって勝てないような相手なんだよ!?これは、私の責任なの、だから――」
「それじゃあ、高凪さんと同じこと言ってるよ」
美紀にそう言われ、私は自分の発言を振り返る。自分を大事にしろ、まさかあの発言が、自分に返ってきただなんて。
「それに、高凪さんが怪我をしたのは、めぐねぇだったからだと思う」
めぐねぇ……。でも、佐倉先生は3年生の担任だったはず、渚との接点なんて……。
「私が高凪さんに助けられた時、高凪さんは先生たちから責められた。でも一人だけ、高凪さんを気遣っていた先生が居た。……あの時、私は名前を知らなかったけど、きっとあの人がめぐねぇなんだ。だから、高凪さんは戦えなかったんだと思う。……でも、私達なら大丈夫だよ」
優しく諭すような親友の声は、パニックになりかけた私の心を落ち着かせてくれた。
「そう、なんだ」
私は、何も知らなかった。友達なのに、彼女がどんな道を歩いてきたのかを知ろうとしなかった。彼女は、思い出したく無さそうにしていたから。
……でも。
「渚、いつか聞かせてくれるって約束したもんね」
返事はない。それでも良い。今度は、私が……私達が渚を助ける番なんだ。助けられてばっかりじゃ、いけない。
地下にある薬を手に入れれば、きっと渚も元気になってくれる。そう、信じてる。
「……これ、持ってくね」
ここに登校した時に使った、中身の切れた消火器。きっと、武器にはなってくれる筈。
「……ごめん」
何とか吐き出すことのできた様な声で胡桃先輩が言った。彼女も、きっと責任感に押し潰されそうなんだろう。
「……大丈夫ですよ。私が、あれを見つけなければ良かったんですから」
顔を合わせず、美紀はそれだけ言って部屋を出ていった。私もそれを追いかける。
「焦るな……でも急げ」
美紀は自分に言い聞かせる様に呟いていた。2階、そして1階。階段だけを移動するだけなら、あれとの遭遇は無い。だけど、これから先はきっとあれらと遭遇することになる。
「いこう、圭。……負けられない、よね」
美紀は私に振り向いて言った。私は、ずっと弱いままだった。だけど美紀は事件があって、学園生活部と出会って……強くなったんだ。
「……うん」
そうだ。負けられない。あいつらにも……美紀にも。私だって、強くなるんだ。
なるべく足音を立てないように走る。シャベルに消火器。その重さは、私達の体力を奪っていく。渚は、こんなに重いものを持って戦っていたんだ。
「ギギギギ……」
前方に、あいつらが3体。制服を見るに女子だ。……もしかしたら、私が話したこともあったかもしれない。
それでも。
「っ、うああああっ!」
声をあげ、茶色のショートの個体を殴り付ける。ゴン、と鈍い音がして、感触が私の腕にも伝わってきた。
「ガ……ギ」
「っ!?」
倒しきれない!?
そいつはまだまだ動き続けている。しっかり、頭に当てた筈なのに!
「ギギギ……」
他の2体もこちらに気付いたのか、視線を私達に向けてくる。
「そんな……!」
「圭っ!」
後ろから、声。直ぐにシャベルが降り下ろされ、茶色い髪の個体の頭が割れた。
「……っ」
その光景に目を覆いたくなる。でも、目をそらしたらやられてしまう。私は起き上がり、美紀の隣に戻る。残るは2人。黒い髪のショートと、ポニーテールの個体。
「ァ゛、ァァァア……」
仲間が殺されて怒っている……いや、そんな事はない。だって、これはもう人じゃない。……そうじゃなくちゃ、嫌だ。
「私は……負けない」
ポニーテールの個体の方に足払いをかけ、転ばせる。そして倒れたそいつの顔面に、消火器を力任せに叩きつけた。
ぐちゃり。本当にそんな感覚。消火器には、赤黒い液体が付着する。
「私、だって……!」
美紀はシャベルを横に薙ぎ払う。それはショートの個体の首を捉えた。そいつは衝撃を殺すことができず、倒れる。だけど、動きを止めていない!
「っ!」
そして美紀が、そいつに足を掴まれた。
「美紀っ!」
私の身体は反応してくれない。頭では分かってるのに、届かない――。
「わんっ!」
私の視界に、素早く動く何かが映る。それは美紀の足を掴んだ個体に噛みつく。……あいつらに、痛みなんて無いのだろうけど。それでも一瞬だけ隙が出来る。
「――っ!」
声にならない叫びをあげて、美紀はシャベルを降り下ろした。
「わふ!」
私たちを助けてくれた救世主。……太郎丸は、誉めてほしいのか私達の足にすり寄ってくる。
「……ありがとう、太郎丸」
美紀は太郎丸を抱き上げると、頭を撫でた。きっと、太郎丸は追いかけてきてくれたんだ。
このメンバーでの行動は、あのモールでの暮らしを思い出させる。でも、あのときとは違う。今の私達には……希望があるんだ。
機械室のシャッターをくぐり、地下へ。電気はついておらず、暗かった。もしかしたらスイッチがあるのかもしれないけど、探している暇は無い。
ピチャン。
浸水した床を歩く、何かの足音。
道の真ん中に立っている女性。あれがきっと……めぐねぇなんだ。
めぐねぇが、私達に気付く。ギギギギ、と変な音を鳴らして近付いてくる。
「ぐるるる……」
「太郎丸?」
太郎丸はめぐねぇを睨み付けると、飛び掛かった。腕に噛みつき、ぶら下がる。
「太郎丸!離れて!」
だけど、遅かった。
「きゃん!」
めぐねぇはしがみつく太郎丸を掴み、無理矢理腕から離す。脆くなっていたのか、太郎丸が噛みついていた部位の皮膚や筋肉が剥がれる。
「――っ」
そして、めぐねぇは太郎丸の首に噛みついた。
……クラリ、と目眩がする。太郎丸はめぐねぇの腕から抜け出すと、ふらふらとこっちへ歩いてくる。
「くぅーん……」
私は、太郎丸を抱き上げた。犬が感染するかは分からないけど……万が一があるかもしれない。でも、それでもこの先には薬がある。気を、強く持たないと。
「……圭っ」
美紀に声を掛けられる。美紀も太郎丸が心配なようだったが、今は薬を探さなくちゃ行けない。私達は一旦距離をとるため、階段をかけ上がって行く。
めぐねぇは私たちをゆっくりと追いかけてくる。そしてシャッターにぶつかった。無理矢理そこを通るつもりなのか、めぐねぇはシャッターを叩いている。
「佐倉めぐみ先生、ですよね」
美紀は、シャッターに手を当てながら言った。
「私は、学園生活部、新入部員の直樹美紀です。……めぐねぇの事は、皆から聞きました」
もう意思を残さないそれに語りかけるのは、無駄な事なのかも知れない。それでも美紀は、喋り続ける。
「私以外にも、新しい部員が来てくれました。由紀先輩も、これで学園生活部は安心だよ、って言って……。今は、みんな元気です」
シャッターは相変わらず、大きな音を立てている。……心なしか、その音が小さくなった気がした。
「私達は、もう……大丈夫です。だから――」
その時、シャッターの下から手が伸び、美紀の足を掴む。美紀は目を大きく見開き――直ぐに、悲しげな表情をした。
「だから……お休みなさい、めぐねぇ」
シャッターの音は消えた。呻き声も聞こえない。ただ、そこにあったのは2人と1匹の吐息だけだった。
地下2階で薬を探す。明かりは殆ど無いから、視界は懐中電灯に依存することになる。今のところ、めぐねぇ以外にあれらは居ない。
「……あった!」
そしてようやく見つけることが出来た。血の手形がついた箱。医薬品、と書かれている。中には色んな薬と、それを使うためであろう注射器が入っていた。その箱以外にも、この部屋には色々な薬が置いてある。
「やった、圭!これで……」
2人で手を合わせて喜んだ。これで、渚と太郎丸を治療できる筈だ。
太郎丸は私の腕の中で大人しくしていた。 まだ、希望はある……!
薬を袋に詰め、部室へ戻ろうとしたその時だった。
「……待っていたわ」
私でも、美紀でもない声。
白衣を着た女性が、部屋の入り口に立っていた。
お読みいただきありがとうございます。19話でした。ようやくここまで辿り着いた気がします。まだまだ終わらないですけどね!
さて、段々とあらすじで注意してきた「超展開」がアップを始めました。悪い意味での超展開になるかもしれません。申し訳ないです。でも頑張って伏線(自称)とか張ったよ……?
最近レポート等が忙しいので、予告なしに投稿が遅れるおそれがあります。ご了承下さい。
ではでは。