圭と出会って、皆がいて。
大変な目にもあったけど、皆で力を合わせて乗り越えてきた。
だから、私は今生きている。
――あぁ、なんで。いつも、いつも。
幸せな時間とは、長く続かないのだろう。
「行ってくる!」
「私も」
シャベルを持った胡桃先輩が駆け出した。美紀もそれを追うように走り出す。
私も鋏を手に取り、2人を追おうとする。するとスカートの裾を誰かに掴まれた。
「私も行くよ、渚」
圭は自分の胸の上で握りこぶしを作っている。私は彼女の手を離すと、首を横に振りながら言った。
「いや、圭はここに残って皆を守ってくれ」
圭は何かを言いたげにしている。大体わかる。無理をするな、だろう。
「……無理はしない。約束するよ」
私がそう言うと、圭はしぶしぶといった感じに下がった。太郎丸は私の身体を伝い、肩に乗っかる。
「太郎丸……お前も付いてくんのか?」
「わんっ!」
本当なら連れていきたくはないけど……犬に何を言っても通じない気がした。
「渚、待ってるからね……いってらっしゃい」
「……あぁ」
そうだ。私はまだ負けられない、まだ死ねない。私を待ってくれる皆がいる限り。
驚くほど校舎内にあいつらは居なかった。1階に降りてきても、1体とも遭遇していない。
「やけに少ないじゃねーか」
玄関から外の様子を伺いながら、胡桃先輩が言った。
「多分、みんな集まってるんだと思います」
美紀の言う通りだ。あいつらが音や光に誘き寄せられるなら、今頃は――。
「……外からも集まってるみたいですね」
墜落したヘリコプターは、既にあいつらに囲まれていた。その中には制服を着ていないやつも混じっている。
「……3、2、1で行きます」
「「了解っ」」
美紀の手には防犯ブザーが握られている。あれで注意をそらせれば、ヘリコプターにたどり着ける筈。
「3」
息を飲む。落ち着け、この間と同じように。私ならやれる。私なら――殺れる!
「2」
鋏を構える。長さは最大の半分くらい。あんまり長すぎると使いにくいから。それでも十分なリーチだ。
「1」
キュィィィィィィン――。
ブザーが鳴り響く。ヘリコプターへと向かっていたあいつらの動きが怯む。ビックリしているのだろうか、そもそもあいつらは驚いたりするのだろうか。でも、そんなことは今はどうでもいい!
「死にさらせっ!!」
高枝切り鋏を横に薙ぎ、刃と持ち手の中間地点であいつらの頭を殴る。嫌な液体を振り撒きながらそいつは沈み、ピクリとも動かなくなった。
「こっちです!」
「おう!」
自分の目の前に立つ奴だけを処理しながら、戦闘を最小限にして走っていく。
「しまっ――」
ふと美紀が声をあげた。
明るい昼では、美紀が投げたケミカルライトは効果が薄いようだ。あいつらは明かりに目もくれず美紀に掴み掛かる。胡桃先輩は既に先を走っていて、美紀のピンチに気づいていない!
「がぅっ!」
私の肩を足場に、太郎丸が飛んでいく。太郎丸はそいつの顔にしがみついた。
「ァァア――!」
その隙に、私がそいつの腹に一突き。胃袋、腸、そんなはらわたが絡み付いた鋏を引き抜く。気持ちの悪い感触だった。
「走るぞ、美紀」
「……うん!」
太郎丸は再び私の肩に乗っかった。少し重いけど、連れてきて良かったのかもしれない。
校庭の隅、黒い煙を出すヘリコプターが視界に入った。
「予想はしてたけど……キツいな」
ヘリコプターの周囲には、想定以上の数のあいつら。周囲の車も巻き込んだせいなのか、燃料が漏れだし酷い臭いを醸し出している。
「先輩、無理です」
それでも果敢に立ち向かおうとする胡桃先輩を、美紀が止めた。もう、あの中に居ては助からないだろう。それに既に脱出してる可能性だってある。私がそう伝えると、胡桃先輩は頷いた。
「……そうだな。探しにいこうか」
「はい」
私は答えた。だが、美紀は何も言わない。いや、言えなかった。美紀の視線の先を見れば、誰だって言葉を失うはずだ。
それは、小さな火種だった。
渚達が校庭を走っていく。この屋上からは、その様子がよく見えた。
「――みんなっ!」
由紀先輩が大きな声を出した。ヘリコプターが墜落した時の音が耳に残っていた私は、ついビクッとなってしまう。
「……ごめんなさい、どうしたの?」
一番由紀先輩の対応に慣れているであろう悠里先輩が答えた。
「準備のことなんだけど……お客さん、お菓子好きかな?」
この人は、こんなときに何を言っているのだろう。
……彼女に悪意がないことは分かってる。それでも、その無邪気で残酷な発言に、私は少しイラついてしまった。
「おねーちゃん」
握りしめた拳を、理千亜ちゃんに掴まれる。理千亜ちゃんは私を見上げて、首を横に振っていた。
……理千亜ちゃんは立派な子だ。私なんかよりも、ずっと大人じみて見えた。
「そうね、ちゃんと準備しな――」
悠里先輩の言葉が途切れる。……違う。あまりにも大きな音に、彼女の声がかき消されたんだ。
その凄まじい音はまるで衝撃波の様に私たちの肌を震わせる。花火を間近で聞いたときよりも、ずっとずっと大きな音。
さっきよりもずっと高く、黒い煙。その下にはチラチラと炎が見える。
爆発した?……まって、あそこには――。
「美紀っ、渚っ!?」
そんな……こんなのって……。
……頭が、痛い。立っていられない。周りの音も聞こえない。
「―――!」
悠里先輩が、なにかを叫んでいる。理千亜は泣いている。由紀先輩は、心配そうな眼差しで私達を見ていた。
『無理はしない。約束するよ』
渚の、声が聞こえる。
『はぁ?自分を大切に?……わ、わかったよ。……出来る範囲で、だぞ?』
そうだ。約束したもん。渚は無理はしない。それに、美紀だってとっても頭が良いんだ。危険を察知して、逃げてるに決まってる。……胡桃先輩は、ちょっと心配だけど。
「……信じてるからね、皆」
今は皆を信じよう。それが一番だ。ここでパニックになって私たちがやられたら、彼女達の帰る場所が無くなってしまう。……渚が居ない間、ここにいる皆は私が守るんだ!
「もう、やだよっ」
周囲の音も聞こえてきた。大丈夫。あいつらは大きな音に引き寄せられているだろうから、今なら校内をそれなりに動き回れる。
「……悠里先輩」
私は立ち上がり、へたり込んだままの悠里先輩に手を伸ばした。
「行きましょう。安全な場所へ」
悠里先輩は立ち上がらず、私から視線をそらした。
「……もう、無理よ。だって、くるみはっ!」
「私は」
悠里先輩の言葉を断ち切る。これ以上は聞きたくないし、言わせない。今は、気持ちを明るくするんだ。
「美紀と渚を……胡桃先輩だって信じています。私の知ってる3人は、こんなところで居なくなったりしません」
悠里先輩が、ゆっくりと顔を上げた。
「しん、じる……?」
「はい」
無理矢理悠里先輩の手を取り、立ち上がらせる。先輩の足は震えていたけど、私は躊躇うこと無く手を離した。
「……ほら、立てるじゃないですか」
立てるのなら歩ける。歩けるのなら……前に進める。
いつの間にか屋上を出ていっていた由紀先輩が戻ってくると、彼女は悠里先輩の手を握った。
「りーさん!……一緒に、行こ?」
「……うん」
悠里先輩は濡れた目を擦ると、いつになく凛とした表情になった。
「けいちゃん、ありがとね」
優しげな由紀先輩は、まるで全てを見ていたかの様に私に感謝の言葉を送った。
「けほっ」
小さな咳。理千亜ちゃんのものだ。校内には、煙が充満していた。あの爆発で校舎内の何処かに火がついたのだろう。
「理千亜ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」
姿勢を低くしながら進んでいく。あいつらは音に向かって進んでいるのか、教室の窓から外へ向かって手を伸ばしていた。
「……梯子は、難しそうね」
その様子を見ながら、悠里先輩が呟いた。
「……そうだ!校内放送しようよ!」
手をポン、と叩き、由紀先輩が言った。
「ほうそう?」
そのあまりに突飛な意見に、理千亜ちゃんは首をかしげている。先輩が何をしたいのか、いまいち私にも分からない。
「えっとね、訓練ですーってやつ!みーくんたちにも聞こえるかなって」
……それは、盲点だった。
「ゆき、えらい!」
「えへへー」
由紀先輩の閃きは、何時でもなにかしらの意味があったらしい。正直由紀先輩のテンションにはついていけないけど、私は先輩の『勘』を信じることにした。
火の勢いはますます強くなり、天井に上っている煙は段々と床に近づいてきている。
残された時間は、長くはない。
少し遅刻しました。申し訳ないです。
さてさて、第23話、いかがだったでしょうか。いつの間にかUA数が5000を越えており驚きを隠せない私です。皆様、毎度本当にありがとうございます!
太郎丸は渚の優秀な装備品となりました。実際に犬を肩に乗っけたらたとえあのサイズでも相当キツいと思います。やっぱりスーパーマ○ラ人は偉大ですね。あっちは犬じゃなくてねずみですが。
次とその次の回は遅くなると思います。ゆっくりとお待ちいただけると幸いです。
ではでは。