……燃えている。何もかも。
「――っ!?」
直ぐに立ち上がり、足元の鋏を拾う。私は、どれくらい意識を失っていた!?
目を覚ました直後なのに、驚くほど頭は冴え渡っていた。
ヘリコプターが爆発して、それで……。
「ぅ……」
美紀が、胡桃先輩が、太郎丸が。皆、倒れていた。それでもあいつらは行進を止めない。敏感に私達を察知したのかじりじりと迫ってくる。
「……?」
――熱い。
「っ!?」
そうだ、あいつらの身体は燃えやすい。私の左腕は先ほどの爆発で引火して、燃えていた。
燃えている部位で痛みは感じないが、火に近い肘から上は刺すような熱を感じる。
「……上等だよ」
むしろ好都合だ。火のついたこの腕ならあいつらに引火させることだって出来る。……たとえ左腕が燃え尽きたって、私は2人を守りきってやる。
「ごめんな、圭」
約束、守れそうにねぇや。
「っぁぁあああっ!!」
今こっちに向かってるあいつらの数は4体。
左腕で燃えていないあいつらを1体掴む。そいつの身体は直ぐに引火した。私はそれを確認するともう1体の方へ向かって突き飛ばす。引火は連鎖して、2体とも仲良く火だるまになったようだ。
私は横から掴み掛かってきた3体目の腕を掴み、正面へと引き寄せてケンカキックを腹にぶちこんでやる。ぐしゃりとした嫌な感覚が足を伝って脊椎へと伝わった。
「これで、どうだっ!」
右手で鋏を振り上げ、倒れた3体目に叩きつける。頭蓋骨は割れ、物音1つ立てなくなったそいつを蹴飛ばして退かすと、最後の1体に向き直った。
「っ……」
痛い。包帯は燃え尽きた。ジャージにも火が燃え移っている。私はジャージを投げ捨てた。火傷を負った肘から上の肌が、外気にさらされる。
「ヴぅぅあぁ……」
最後の1体は柔道部とかだったのだろうか、随分とガタイが良い。
「――死ねっ!」
そいつの頭部へ向け、左腕の拳を振るう。そいつの頭に火がつくが、動きが止まることはなかった。
「ギギギギギギギ」
左腕を、次に右肩を掴まれる。捕まれた箇所がギチギチと嫌な音を立てる。こいつ、なんて握力だよ……!?
「っ、ざっけんなよ!」
この体制じゃ鋏で頭を狙えない。私は必死に、高枝切り鋏で相手の腹部を殴り付けた。
「ギギギギギギ」
あいつらには痛みなんてものは無いのだろう。全く効果が無いように見える。そいつは私の首筋を目掛けて、その牙を――。
「渚から手を離しやがれっ!!」
一閃。そして私に向かっていた頭は吹き飛び、私の体が解放される。
「悪ぃ!遅くなった!」
首を吹っ飛ばしたのは、いつの間にか意識を取り戻していた胡桃先輩だった。
「渚、その腕は……!」
胡桃先輩は私の左腕を見て、今にも泣きそうな表情をした。
左腕はまだ燃えている。火の勢いはさっきよりも強くなっていて、痛みもずっと鋭く深くなっていく。
「早く消火しねぇと!……美紀と太郎丸はあたしに任せろ。校庭に水飲み場があったと思う。そこまで行けば……」
胡桃先輩の言葉が止まった。
私達は全方向をあいつらに囲まれている。
「……そん、な」
胡桃先輩の瞳から、光が消えていく。きっと私も同じ目をしているだろう。それだけこの状況は絶望的であった。
「……なんで」
私は皆を守れないんだ。
美紀も、太郎丸も倒れたままだった。
思考を巡らせている内にもあいつらは距離を詰めてくる。
――もう、ダメだ。
諦めの言葉が私の頭に浮かんでしまった。もう、戦うことなんて考えられない。私は鋏をその場に落とすと、へたり込んだ。
――あぁ、頑張ったとも。私にしては頑張ったよ、圭。
それでもダメだった。私に皆は救えない。勢いを増す左腕の炎とは逆に、私の心が凍りついていく。
「渚!立てよ!あたしが道を開く、だから渚は――!」
「――もう、無理ですよ」
口が、勝手に動いてしまう。私が分からない。今、私は何をしているんだ?
「……無理なんだよ!どうせっ!私なんかに誰かを助ける力なんてない!私は――」
パン。
たったそれだけの、シンプルな破裂音。頬がヒリヒリと痛んだ。
「お前は渚『なんか』じゃない!渚なんだよ!もっと自分に自信を持ってみろよ!」
涙を溜めた瞳で、怒気を含ませた声で。
「ほら、立ってくれよ……渚」
そして優しさの籠った手を、胡桃先輩は差しのべた。
「……ありがとう、ございます」
私は胡桃先輩の手を取り、起き上がった。足元の鋏をもう一度拾うと、今度は落としてしまわないようにしっかりと握りしめた。
「……覚悟は良いな?渚!」
「……お陰さまで、完璧ですよ。胡桃先輩」
互いの得物を構え、背中を合わせてあいつらを警戒する。
そして私たちの周囲を囲んだ奴らが一斉に飛び掛かろうとした時の事だった。
『訓練火災でーす!』
……は?
聞き覚えのある声。そうだ、これは由紀先輩の物だ。でも、何で……?
『くるみちゃん、みーくん、なぎさちゃん!わたしたち、先に避難してるからね!』
あいつらはスピーカーに注意を引かれているのか、隙だらけだ。私達は頷き合うと、あいつらを駆逐するために駆け出した。
校庭の隅にある水飲み場で左腕を消火した私達は、地下へ向かって校舎内を進んでいた。……水飲み場が屋上の貯水槽と対応していて、本当に助かった。
「ごめんなさい、2人とも……私、足を引っ張ってしまって……」
「わふ……」
美紀が意識を取り戻したのは、私が消火している最中のことだった。太郎丸も大体おんなじくらいのタイミングだった。美紀は肝心な時に何も出来なかったことに、負い目を感じているのだろう。それは太郎丸も同じようで、私の肩には乗らず視線を下げていた。
「気にすんなよ。あたし達は平気だ」
「あぁ。むしろ美紀がタイミングとか計ってくれたから、こんだけで済んだんだ」
私達がそう言っても、美紀は納得出来ていなさそうな表情をするだけだった。
「太郎丸も、本当に助かったよ。ありがとう」
そう言って頭を撫でてやると、太郎丸は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
胡桃先輩はそんなに怪我をしていない様子だったが、美紀は頭を少し打ってしまったようだ。血が流れた後が付着している。私の左腕は、ほぼ火傷を負っていた。肘から先は心配だったが、痛みはなく、しっかりと動いてくれている。……もっとも、肘から上はのたうち回りそうになるくらいには痛いが。ジャージは捨ててきてしまったし、包帯が燃え尽きてしまったから、今私の腕を隠すものは何もない。長袖の上着でもあれば良いのだが……。
校舎内の火は収まっていて、あたりは黒い煤だらけだ。機械室の向こうにあるシェルターのシャッターが閉じられている。やっぱり、由紀先輩達はここに逃げ込んだんだろう。
最初は右腕で開けようとしたが、金属のシャッターはすさまじい熱を持っていた。仕方がないので、私は左腕を使ってシャッターを開いた。
「……」
「「「……」」」
シャッターの先には、何故か金属バットを構えた由紀先輩が待ち構えていた。
「それじゃあ、避難訓練の無事終了を祝いまして、かんぱーい!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」
オレンジジュースに、ポテトチップス。パーティーにふさわしいお菓子や飲み物がシートの上に広げられている。
美紀の右目には眼帯がつけられている。私はジャージの代わりになるものが欲しかったのだが、地下にそういったものは見当たらなかった。左腕には包帯を巻いておく。肩から先はそれのせいで真っ白だ。……とはいえ、そこまでキツく締めてるわけではないので隙間が出来てしまうかもしれないけど。
皆、大切な仲間達の生還を祝って楽しんだ。誰も失っていない。これ以上ない、最高の結果だった。
「あ、ポテチ取ってくるね」
ポテチが切れたようで、由紀先輩がおかわりを持ってくるために席を外した。
「それにしても、今度ばかりはもう……」
「本当だよ!私、すっごく心配したんだからね!」
悠里先輩が頭を抱えながら、吐き出すように言葉を口にした。圭もそれに同調するように私の体を揺さぶった。
そうやって、楽しいときは続いていく。
パーティーの途中で突然、由紀先輩が立ち上がって言った。
「ねぇ!みんな!……学校が汚れちゃったからさ、感謝の気持ちを込めて、みんなでお掃除するのどうかな?」
皆で視線を交わす。そう、由紀先輩が突然変なことを言い出して、それを皆で楽しむ。……それが、学園生活部なんだ。
ならば返事は決まっている。皆で握った手を、天井に掲げた。
「「「「「「おーっ!」」」」」」
バーニング☆渚ちゃん降臨。燃え尽きるまでの時間が違うのは、渚が完全に『彼ら』になった訳じゃないってことで。
お読みいただきありがとうございます。24話でした。
……前回の後書きで遅くなるとか言いましたね。あれは嘘だ。
想像以上に気分がのったので、次回も今まで通りのペースで投稿できると思います。……多分。
次回、第一期最終回。お楽しみに。
ではでは。