――痛みで目を覚ます。
「っ……何だ……?」
そして私は自分の目を疑った。
「ガ……ァ……ギ…ギギ」
私の左腕に噛みつく七草さん。いや、七草さん
顔がボロボロに崩れた女性のゾンビで、彼女が七草さんである保証はない。
でも、状況的にきっと彼女は……。
「ッ!」
私は必死で七草さんだったものを振り払う。
噛まれた傷跡からは血がダラダラと流れ落ちる。もう、手遅れか……。
「ァ…ァ……ァア!」
七草さんだったものはゆったりとした足取りで私に近づく。
私は鞄を手に事務所を飛び出し、ドアに体重をかけて押さえる。ガラス窓からうっすらと見える外の世界は、丁度夜明けと言ったところだ。
「グァ…ガッ」
バンバンとドアを叩く音が響く。強い。叩かれる度にドアが歪んでいくようだ。
「このままじゃ……」
いずれドアが破られる。
私は意を決して飛び出し、商品棚のバリケードを飛び越える。幸いにも外にいたゾンビは少なく、追いかけてくるゾンビは居なかった。
私は走った。あのコンビニから離れるために。何処を目指している訳ではない。ただ、逃げるために。
「……ッ!?」
走って、走って、走って。巡ヶ丘の駅が見えたとき、腕に激痛が走った。
腕だけじゃない。身体が熱い。
「なん、で……」
だんだんと、意識が薄くなっていく。
私が、私ジゃ無くなッていク……。
私は倒れ込む。その衝撃で鞄に入っていたものが飛び出た。
「注射、器……」
ごめんね、生きて。
ただそう書かれた小さな紙と、『試作品』のテープが貼ってある注射器。
朦朧とした意識のなかで、私は注射器を左腕に突き刺す。痛みは殆ど無かった。ただ凄まじい吐き気と熱さが私を襲った。
「七草さん……」
私が何カに溶ケてイくような感覚。
思考がウまく纏まラナイ。
そのまま私は、意識を手放した。
……水?
雨が私の顔を濡らしている。
空には雲が広がっていて、太陽の光は見えない。
「……私は、死んだ……んだよな?」
ここが死後の世界なのか。
それにしては随分と見慣れた景色だ。
目の前にある駅に似た建物には『巡ヶ丘』の文字……って――
「巡ヶ丘駅……私は、生きてるのか?」
起き上がり、歩いたり、スキップしたり。
どこも痛まない。それどころか前よりも身体が軽く感じられた。
ただ私の左腕には確かな変化が見られた。注射を射った場所から下……肘より下は肌が黒ずみ、奴等のようになっている。
「……ッ」
私は、ゾンビになったって言うのか。
「ゥヴァ……」
「!?」
いつの間にか、周囲をゾンビに囲まれている。 その数は6体。だけど――。
「なん、で……?」
誰一人として、私に襲いかかってくるゾンビは居ない。私の存在には気づいて居る筈だ。それなのに、私には目もくれない。
「ッ、あぁぁあぁっ!!」
何で、なんで、どうして?
私は1体のゾンビに掴みかかり、殴る。おかしくなった左手で、ゾンビの顔を何度も殴る。
「畜生、畜生!」
何度も、ナんドも、なンどモ。
気づけばゾンビの顔は原型をとどめていなかった。私の左手は血や脳漿やらで濡れている。
そいつがうめき声すら上げなくなったら、次のゾンビに殴りかかる。そいつを殺したら、次の――。
結局、ゾンビは全く抵抗してこなかった。目の前で仲間が殴られていても、止めようとするものは居なかった。
「私も……あいつらのお仲間入りって事かよ……」
私はその場に倒れ、薄い灰色の曇天を見上げる。暗く厚い雲はまだまだ晴れそうに無かった。
空腹感に苛まれ目を覚ます。雨は止んだが空は暗い。夜になったのだろう。
電気の止まった巡ヶ丘市の夜は始めての事だ。今私に見えている明かりは駅の中から僅かに出た明かりだけだ。
誰か居るのだろうか。
私はゆっくりと起き上がると、僅かな明かりを頼りに歩き出した。
明かりがついていたのは駅長室のようだが、部屋の中から大きな音は聞こえない。それにカーテンで視界は遮られていて、明かりだけが漏れている状態だ。きっと、ゾンビを警戒して静かにしているのだろう。
私は辺りを見回し、ゾンビ達の有無を確認する。幸いにもゾンビは近くに居ないようだ。
私はドアノブに手を掛け、ドアを開こうとする――が、直ぐに手を離した。
(この腕……どうすりゃいいんだよ)
七草さんに噛まれた左腕は、ゾンビになっていた。右手や他の所にはゾンビ化の兆候は見られなかったから、顔も大丈夫だと思う。
でも、私はゾンビに敵として見なされなくなった。私は、ヒトならざるものになってしまった。
(考えても仕方ない、もし駄目なら包帯だけ貰っていこうか)
私はもう一度ドアノブに手を掛けると、ドアを開いた。
3話でした。
キャラ?設定↓
女性のゾンビ
黒髪ショートの女性のゾンビ。体格や服装などは七草と似ているが、顔はグシャグシャになっており本人確認は出来ていない。
だが外から侵入した形跡は無いため、このゾンビは内側にいた、もしくは内側で発生したものと考えれられる。