「へーぇ、地上は全部ダミーってことかよ」
何処かマンホールにも似た金属の扉。
私達は一旦その扉から距離を取った。胡桃先輩はシャベルで扉をつついているが、反応はない。
「ならやっぱり、地下には薬があるかもしれません」
美紀が顎に手を当てながら呟いた。こんな風に隠してある部屋には、貴重な物があるに違いない。だが絶対、危ないものだって置いてあるはずだ。
「うーん……皆、行く?」
「わ、私はちょっと怖いっす……」
悠里先輩は腰に抱きついた理千亜の頭を撫でた。怖いの当然だ。まさか隠された地下室があるだなんて。……正直、悪い予感もひしひしと伝わってくる。
「私は、渚についていくよ」
そう言って圭は秘密の扉を発見した太郎丸のお腹を撫でる。さてどうしたものかと皆で悩んでいると、由紀先輩が言った。
「……皆!行こうよ!」
皆が彼女の方向を向く。由紀先輩は得意のどや顔で私達に微笑んだ。
「危ないものがあるかもしれないけど……必要な物もあると思うんだ!」
地上には食料の類いは見つからなかった。だからあるとすれば地下室だ。でも、絶対に地下室にある保証もない。
だけど……。
由紀先輩の微笑みは、そんなマイナスな考えを吹っ飛ばしてくれる。
「うっし!じゃあちょっとだけ様子を見てみっか!」
「はい。もし危なくなったら、すぐに逃げましょう」
不安そうだった悠里先輩と理千亜も、覚悟を決めた表情で頷いていた。
「……よし、じゃあ、開けますよ」
私は高枝切り鋏を構えて扉の前に立つ。そしてゆっくりと、地下へと続く扉を開けた。
「……真っ暗だな」
底の見えない真っ暗な闇。その中に金属製の梯子が続いている。
「胡桃先輩、懐中電灯貸してください」
「え、あぁ、おう」
あまりの暗さに戸惑っていた胡桃先輩が、ワンテンポ遅れて懐中電灯を渡してくれる。
「ちょっとだけ見てきます」
そう言うと私は、有無を言わさず梯子を下りていく。梯子に掴まりながら懐中電灯で底を照らすと、灰色の……コンクリートの様な床が見えてくる。
「ってか長ぇな」
どれだけ梯子を下りれば良いのか。マンホールよりも深いのではなかろうか。まぁ、マンホールなんて入ったこともないけど。
「……ここまで、か」
梯子から手を離す。底に到達したみたいだ。正直、これを昇降するだけでかなりの体力を使ってしまいそうだ。
地下は暗く、そして臭かった。何かが腐ったような、そんな臭い。
懐中電灯で周囲を照らしてみる。壁には蛍光灯の様なものが取り付いている。これが照明なのだろう。そのままぐるりと見回していると、窓の無い金属製の扉の近くにスイッチがあることに気づいた。
「……これが明かりか?」
一瞬だけ躊躇ってから、私はそのスイッチを押した。プチッ、という小さな破裂音の後、点滅しながら蛍光灯が点く。
「……っ」
明るくなった扉の底。私の目に写ったのは、床に出来た黒いシミ。それは金属製の扉から、まるで生えるように広がっている。
「……血、か」
あまり気分の良いものではない。まだ危険があるかもしれないし、もう少し先まで一人で行ってみるか。
扉に耳を当て、向こうに何か居ないかを確認する。扉の向こうは不気味なほどに静かだ。
扉は押して開くタイプの物だ。ドアノブを回し、やけに重いドアをゆっくり開ける。
「……ふぅ」
扉の向こうにあったのは、緑色の非常灯に照らされた廊下。薄暗くてよく見えないが、幾つもの扉が見える。
さっきと同様に明かりをつけるスイッチを捜して懐中電灯を振り回していると、私の視界に赤黒い何かが飛び込んできた。
「……っ!?」
それは女性の死体だった。全身血塗れだったのだろう、その人が着ている白衣は真っ黒だ。扉がやけに重かったのは、これがもたれ掛かっていたからか。
「……」
慣れている、訳がない。あいつらなら幾らでも見てきた。だけど死体を見るのは初めてだ。その死体は死後かなりの時間が経過しているようで、目玉や皮膚の欠片が周囲に転がっている。
「……これを見せるわけにはいかねぇな」
明かりのスイッチは、廊下の外のスイッチと壁を挟んで逆側にあった。
私は1度梯子を上り、地上に戻る。学園生活部の面々は心配そうな表情をしていたが、私の姿が見えると直ぐに明るい表情になった。
「よ、良かった!渚、遅すぎるよ!」
そう言って圭が抱きついて来ようとしたので、その頭を押さえる。
「……何かがいる気配は無かったけど……油断は出来なさそうです。……それと、何か物に被せられるようなシーツみたいなのってありますか?」
私がそう聞くと、先輩たちは顔を見合わせた。
「あった……かしら?」
「うーん……?思い出せねぇなぁ」
「……あ、そう言えばこの部屋に」
唯一首をかしげなかった由紀先輩は、何やら部屋の棚をごそごそと漁る。そして大きな布のようなものを引っ張り出した。
「これ!どうかな!?」
それは薄い毛布だった。ここで寝泊まりしていた人が使っていた物だろう。大きさ的にも、人くらいの大きさなら余裕で隠すことが出来るだろう。
「ありがとうございます」
由紀先輩からそれを受けとると、私はもう一度梯子を下りていく。流石に疲れてくる。長い髪を伝って、汗がポタポタと落ちていく。
「これで……!」
私は受け取った毛布を死体に被せた。床の血痕はどうにもなら無いけど、これを直視しないだけマシだろう。
その後もう一度梯子を上って皆を呼んだ。
「なんか……臭くない?」
圭が鼻をつまみながら言う。他の面々も腐臭がキツいのか、顔をしかめていた。だが金属扉の先にある、毛布がかけられたソレを見るなり押し黙ってしまった。
「……とりあえず、順番に部屋を回ってみますか」
廊下には4つの扉。その内1つは廊下の突き当たりにある、大きな扉だ。その扉はボロボロで、衝撃を与えれば外れてしまいそうだ。まるで蟻の巣の様。私は一番近い扉に聞き耳を立て、物音がしないことを確認すると、慎重に扉を引いて開けた。
「ここは……?」
さっきまでいた倉庫に似ている。幾つもの棚が並んでいて、その中には大量のファイルが仕舞われていた。
「資料室……みたいね」
悠里先輩が小さな声で呟いた。
私はファイルを取りだして、埃を払ってみる。
「けほっ、けほっ」
明かりに照らされた埃が舞う。少しむせてしまったが、隠されていた文字が読めるようになった。
『試作品について 七草一香』
これだ。私に使われた薬の資料。私は机の上にそれを置くと、広げる。資料には小さなカギがついていた。
『この薬はIgDを生成する細胞に作用し、■系列のウイルスに対して抵抗性のあるIg■を生成させる』
免疫グロブリンに手を加える。その結果のアレルギー様の症状。難しい言葉ばかり使われていて頭に入ってこない。私はカギを取り、資料を仕舞う。
「ここは、資料ばっかりみたいだね」
他の資料をペラペラと捲っていた美紀が話しかけてきた。
「……そうみたいだな。なんか、ウイルスに関係する資料ってあったか?」
美紀は首を横に振った。
「無いよ。あったとしても、もう分かりきってる事しか書いてない」
研究所だって言うのに、随分とケチなものだ。
他のメンバーも良い情報は手に入らなかった様で、私達はその部屋を後にした。
次に入ったのは廊下を挟んで向かい側の扉。そこはどうやら倉庫のようだった。
「おぉ、ここなら良いんじゃねぇか?」
薬品が入った棚。積み重なった段ボール。色々と使えそうなものがあるに違いない。
先ずは段ボールから探してみる。段ボールの中に入っていたのは、包帯や絆創膏などのありきたりな医療品だった。何故か食料品は全く無い。食料品は別の場所に置いてあるのだろうか。
「薬のほう、みてみるっすか?」
理千亜が薬品棚に手を伸ばそうとするのを止める。
「止めな。危ないだろ。私がやるから、理千亜は段ボールの中を探してみてくれるか?」
「え、わかったっす……」
役に立てないことが悲しいのか、理千亜は沈んだ表情で段ボールの元に行く。私は圭と目を合わせ、理千亜を頼む、と視線で伝えた。
「さて、何があっかな……?」
薬品を落とさないように棚を開け、中身を物色する。そこにあるのは毒物や劇物ばかりだった。青酸カリ、硫酸、やっぱり理千亜に触れさせなくて良かった。
「あれ?開かねーな」
胡桃先輩がとある薬品棚の前で首をかしげている。
「どうしました?」
「あぁ、いや。この棚が開かなくてな」
棚は古いが、立て付けが悪いわけではなさそうだ。取手の近くに小さな鍵穴があることに気づく。
「これって……」
多分、カギがかかっているんだ。私はさっきファイルから取り出したカギを差し込み、回した。
「やっぱり、これですね」
「おぉ!そのカギ何処にあったんだ?」
「さっきの資料室です」
棚を開けると、まず目に入ったのは注射器の群れだった。今までの棚に入っていたのは瓶に入ったものばかりだった。
注射器にはラベルがついており、それが何なのかが直ぐにわかるようになっている。
『α系列 アンプル』
『■系列 アンプル』
『■系列 ワクチン 失敗』
『■系列 試作品 IgD変異』
……これだ。これが、私に使われたものと同じ薬だ。
圭から聞いた話によると、私に使われた薬は2つの薬を合わせた物だと言う。1つは発症の遅延。そっちの薬は七草さんから何本か貰ったようだ。そしてもう1つは、ウイルスに対する免疫を作る薬。さっきの資料で見たIg■がウイルスに対する免疫だとしたら、これがもう片方の薬なのだろう。
私はそのラベルが貼られた注射器を何本か手に取った。
「あ、せんぱいっ!」
理千亜が何やら嬉しそうに駆けてくる。その手には、太ももにつけるようなホルスター。
「なんか格好良いの見つけたっす!」
「お、おう」
何でそんな物がここに?……銃は対人相手ならともかく、あいつらに対してあんまり有効じゃない。ってことはこれは対人間用の……。でも拳銃そのものは見つかっていないようだ。
「ま、まぁ。ありがとな、理千亜」
「えへへー」
結局食料品が見つかることはなかった。廊下にあるもう1つの部屋は、寝泊まりする部屋のようでパソコンが置かれているだけ。しかもそれも故障して動かなかった。
最後の1つ、廊下の突き当たりの大きな扉。その扉に近づくと、太郎丸が扉の向こうを威嚇し始める。
何かが、この扉の向こうにいる。私は大きな扉に耳を当てる。何かの息が聞こえてくる。
「……居ます」
私が小さな声で呟くと、学園生活部の面々の顔が青くなる。
「じゃあ、ここまでだな」
「えぇ。早いところ帰った方が良さそうね」
だが現実はそうそう甘くはない。
「わんっ!わんっ!」
太郎丸が扉の向こうに吠えてしまったのだ。
「ちょ、太郎丸!?」
そして、金属の扉を叩く音が聞こえる。いや、叩いているんじゃない。体当たりだ。
もっと早くに気づくべきだった。扉の開く方向、用意されていない食料、この研究所が地下にある理由。
ここは、あいつらから逃げるための場所じゃない。
「ガゥッ!ガァァァッ!」
扉を破り、現れたのはドーベルマン。その体は普通のものよりも一回りほど大きい。
そう、ここは……この化け物を隔離するための場所なんだ。
ゲームじゃよく出てくるゾンビ犬。今作品での登場はこれが初ですね。とはいえ犬自体太郎丸しか出てきてなかったのですが。
今回出てきたIgDは、免疫グロブリンの1つです。免疫グロブリンはIgG、IgEなど様々な種類ががあります。所謂抗体と言う奴です。が、詳しい話は何でも知ってる某G先生へ。
それではまた次回、お会いできたら幸いです。
ではでは。