「これなんてどうや?」
私がはやてちゃんに見せたのは料理本だ。 『納豆料理100選』と書かれたソレは何とも意欲を膨らませた。
「しき........ソレ、もう家にあるで?」
「あ、あれ? そうやったっけ?」
「自分で10品位作った後に結局、直接掛けた方が旨いって言い出して今は本棚に眠ってるやんか」
近くの図書館。 家から歩いて15分程の場所に私達はいた。
太陽はまだ真上に上がりきっておらず、時間で言えば11時位だろうか? あくまで図書館に入る前の話なのでひょっとしたらもう12時を過ぎているかも知れない。
「それにや、私が探しとるんは料理本や無くて普通のファンタジー系のお話や」
「別にええやないか。 ほらほら、目の前に色んな宗教に喧嘩を売る最高のファンタジーがおるで?」
「........しきの体験談は現実味がありすぎて楽しく無いやん」
「ががーん!」
足が悪く、あまり外に出られないはやてちゃんの趣味は読書だった。
特にはやてちゃんは魔法やらと言ったファンタジー小説を好む、『眼鏡男子と赤きエリクシル』なんて好みにドストライクだった見たいで借りるだけに留まらず態々本屋で購入する程のハマり様だ。
「私はこう........魔法でババーンってするのが好きなんや、落ちこぼれ学生の学校生活なんて興味ない」
「は........はやてちゃんハッキリ言うなぁ。 うち泣いてしまいそう........」
「しきが真面目に探してくれへんからやん........なんか無いん? しきが前に読んどった本とか........」
ファンタジー系で読んだことのある小説、それもはやてちゃんが読んだことの無いヤツ........あるにはあるがはやてちゃんには少し早い気がした。
「........図書館では見たこと無いなぁ」
「ふーん........しきはえっちやなぁ」
「なんでや!? 違うやろ!? 其処は普通マンガとかを想像する筈やろ!?」
過程を数段跳ばして予想外の方向に向かったはやてちゃんの予想だったが最後まで話が続く事はなかった。
二人の間に影が差す。 二人で同時にギクリと体を震わせて後ろを見れば受付にいた筈のお姉さんが良い笑顔で此方を見ていた。
「しきのせいやで?」
「........反省しとる」
その後、案の定受付のお姉さんに騒ぎすぎと注意されてしまい、急いで本を選んで退館した。
場所は移動して、本屋さん。 図書館からは少し遠いが苦痛に思える程の距離ではない。
はやてちゃんは私がお勧めした本のコーナー全体を見て一言。
「やっぱりえっちやん」
「いやいやいや、はやてちゃん!? お姉ちゃんその本はお勧めして無いで!?」
そう、私がはやてちゃんを案内したのはライトノベルのコーナーだった。
私は必死にファンタジーバトルモノの小説を見せて弁解を図るが相変わらず少し軽蔑した様な視線を向けてくる。
「変なタイトルばっかりやし........おっぱいのおっきなお姉さんばっかりやし........これなんて痴女やんか」
「対象が中学生以降の男子やから........まぁ多少はゆるしてぇな」
「うわっ、なんやこれ。 奴隷って........ハーレムって........」
「タイトルがアレなだけで面白い小説も沢山あるんやではやてちゃん!」
大慌てではやてちゃんが手に持っていた数冊の本を回収してもとに戻す。 比較的ソッチ方面ではない小説を持たせるのも忘れない。
「あ、この娘可愛いなぁ」
「ほのぼのファンタジーだから大丈夫や、お色気シーンとか無いで」
今一信じてそうに無いはやてちゃんの車椅子を押してレジに向かう。
........しかし改めて見れば。 表紙とかタイトルとかだけを見れば、あんまりエロ本と変わり無い気がする。 ちょっとだけこれでは言われても仕方ない気がした。
「あ、しきストップ」
「ん? なんや?」
車椅子を押すのを止めてはやてちゃんを見れば、とある本を手にして表紙を眺めていた。
「これやこれ、図書館にも置いてなかったし気になっとったんよ」
「ふーん........どんな話なん?」
「私もあんま知らんのやけど........今度映画化もされるくらい大ヒットしとった見たいやで? 予告映像みる限りはバトル物見たいやった」
「なんてタイトルなん?」
「しきも気になるん? ........えっとそらの........ああ違うわ」
――――
◇◇◇◇◇
「おなかすいたなぁ........」
「そうやな、昼食べてへんもんなぁ........」
「かといって今からお昼にしたら........夕飯食べれん様になってまうし........」
途中あった公園で時計を見た時、時計は2時半を指していた。 買い物をしていると時間が速く過ぎる、女の買い物は長いと言うが全くその通りだ。
二人して時計を見た瞬間から鳴り始めた腹の虫を笑ったが今では笑う余裕もない。
「........なんか甘い匂いせん?」
「ほんまや」
匂いに釣られてそっちに行けば見えてきたのは喫茶店だった。
『翠屋』
そう書いてあるのが見える。
「な、なぁはやてちゃん........? おやつやったら大丈夫やないかな?」
「せ、せやな、おやつくらいやったら........」
フラフラと二人で店の中に入れば美味しそうな匂いは強くなり自然とショーケースに向かってしまった。
「いらっしゃい」
「えっと........ショートケーキを二つずつ........あとカフェオレも二つで」
席につきお菓子を口に運ぶ。
ふんわりとしたショートケーキのスポンジの感触にコンビニ産とは違うなぁ........とぼんやり考えながら二人で同時に口へ運んだ。
「「うまっ!」」
顔を見合せて互いに信じられない物を見た様な顔をして再びショートケーキを口へ運ぶ。
生クリームの甘さにイチゴの酸味が絶妙にマッチして........月並みの言葉しか言えないがめちゃめちゃ旨い。
今まで何処も同じだろうと専門店にいかずコンビニで買ったり自分たちで作ったりしていたが........これは今まで損をしていた様な気分になってしまう。
「コレめちゃめちゃ旨いではやてちゃん!」
「うちで食べる分も買って帰ろうかなぁ........?」
「それがええ、夜ご飯の後にたべよ!」
店員のお兄さんに並んでいたショートケーキを箱に入れてもらう。 今日の夕飯の楽しみが増えて思わず顔も緩んでしまった。
店員のお兄さんが何か微笑ましいモノを見る様な目で見ていた様な気もするが気のせいだろう、気のせいだ。
気のせいったら気のせいだ。
◇◇◇◇
『午後は気温も暖かく――――』
「ちょ! 反則や! 禁止!」
「禁止やないで~、もしかしたら
「
「なっ!? そっちこそ禁止やないか!」
「
「ぐぬぬぬ........」
リビングでテーブルを挟んでカードゲームだ。 記憶を悪用する私に素で反則的に強いはやてちゃん........その道の人が見たら目を見張る様なプレイングの嵐だが、交わされる言葉は正しく子供の喧嘩だった。
「........詰んだわ」
「11戦6勝っ! しき、毎回毎回大人げないなぁ?」
「子供や、子供。 前も今も成人前や」
「足したらおっちゃんやん」
「おっちゃんやない! どっちかっちゅうとお姉さんや!」
負けた方がカードを片付けるという私達ルールに従って私が片付ける。
キラキラとしたカード達を見る、普通このぐらいの年の女の子っておままごとなんかで遊ぶのではないかという考えをしてしまった。
『犯人は未だに逃走中、警察は――――』
私が変な事ばかり教えるせいだろうか? ........有り得る。
有り得るが、おままごとをはやてちゃんがしている姿は全く想像出来なかった........そんな事をする位なら本物のクッキーでも焼いてそうだ。
「しき、今の聞いとった?」
「ん~?」
「なんや、小さい子供ばっかり狙う殺人鬼が脱獄したらしいで? ........私ら絶好の的やないか?」
「大丈夫や、お姉ちゃん強いし」
「........それ小説とかで言う死亡フラグってヤツやない?」
「男の弱点は誰よりもよう知っとるよ、大船に乗ったつもりで大丈夫や。 ほら、お風呂いこ」
はやてちゃんを連れてお風呂場に向かう、普通よりも大きなお風呂は私達が二人で入るには充分だ。
「どこ触っとるん? やっぱりえっちや」
「ぐっふっふ、そうなんよー、シスコンを拗らせた悪いお姉ちゃんなんよー。 はやてちゃんのことを食べてやろうかー!」
「きゃ~、お~そ~わ~れ~る~」
冗談も程々に。 私達は一緒に身体を洗って湯船に浸かり、逆上せないうちに上がった。
『多量の血痕が付着した児童の服が発見され、警察はDNA鑑定を進めると同時に先ほどの脱獄犯との因果関係を――――』