時間はお昼過ぎ、私とはやてちゃんは二人で前に借りたり買って来たりした本を読んでいた。
チラリとはやてちゃんの方を見てみれば何かを考える様な顔をしながら小説を読んでる最中だ。 読めない漢字でも有ったのだろうか?
私は今読み終わった本をソファーの上に置いて次の小説に手を伸ばす。 ........ああ、駄目だこれは別の小説の続きだ。
もう一度はやてちゃんの方を見れば私が読もうとした小説、その上巻を読んでいた。 その表情は先ほどから変わらず難しそうにしている。
仕方ないと、はやてちゃんが読み終わった小説コーナーの中から読んでいない小説を探す。
見つかったのは読んでいないと言えば読んでいないが確かに読んだと言える小説........私がはやてちゃんに進めたライトノベルだった。
TSモノのあの小説ではなく、女の子のほのぼのとした異世界転位ファンタジーだ。
内容は覚えているが、拍子全て覚えている訳ではない。 何せ10年近くは読んでいない作品なのだ........それに女の子になった今だからこそ共感出来る部品もあるかも知れない。
まだ見ぬ新しい発見に若干胸踊らせながら小説を開いた........その時だった。
「しき。 しきって一回死んだんやろ?」
なんて、はやてちゃんの声が聞こえてきたのだ。
「せやで、どないしたん?」
一ページ目で声をかけられた事を残念に思いつつ、一番始めのカラーページを開く。
いきなり新しい発見だ、カラーページに描写されている場面が違う。 前がどんなシーンだったかは朧気にしか覚えていないが、異世界で家を買うシーンではなかった筈だった。
「死んで生まれ変わる時ってなんか見たりしたん?」
「あー........どうやったかなぁ? なんか見た様な見てない様な........あ、此処も違うなぁ........絵は基本的に違う感じなんかな」
見た、見てない、はやてちゃんが何を言っているのか小説に集中していて今一解らない。
始めの数ページで絵以外の違和感が無いことを少し残念に思いつつページをさらにめくる。
「ひょわっ!?」
めくろうとした所で小説の上から手が出てきた、こんなホラー染みたビックリギミックは搭載されていなかった筈だ。
手の元を辿って行く、其処には心配そうに此方を見詰めるはやてちゃんがいた。
「しき、ちょっとだけ真面目な話や。 何を見たん?」
「な、なにって........死んだ後の話やろ? そんなん覚えて........」
覚えて........いる。
酷く心地の良い真っ黒な世界、それ以上に真っ黒なナニか、そして私を見下ろす誰か、あとは........。
あとは........何があったんだっけ?
はやてちゃんに思い出せなかった最後の部分を省いて説明する。
それを説明するとはやてちゃんは小説のとあるページを急いで読み進め、再び此方を向いた。
「しき、変な線とかって見えへんよね?」
「線........? しわやのうて?」
「線なんかな、線やと思う。 何や黒くて........夜でもやたらハッキリ見える線」
「なんや、ソレも小説に書いてあった事なん?」
「そうなんやけど........なんか予感がするんよ」
「やめてや、はやてちゃんの予感は変に当たるんやから」
大声で呪文詠唱をし続けるというなかなかの羞恥プレイを昨日した後なのだ、あまり小説を当てには出来ないのだが........はやてちゃんの感は当たる。
些細な事から重大な事まで........今考えてみれば『あの時』だってはやてちゃんの予感は当たっていた。
ソレが決まって悪い事という訳ではないが、それでも『あの時』の事が頭を過り嫌な想像が止まらない。
「線........線なぁ........見えへん」
「........ホンマに?」
「ホンマに」
「テーブルとかテレビとか........ソファーにも?」
「全然見えへんよ?」
目を凝らして見るが全然見えない。 何時も通りの家具があるだけだ、其処に線なんて全然見えなかった。
はやてちゃんは安心したとばかりに大きく息を吐き、良かったとだけ言った。
私からすればさっぱりだ、はやてちゃんの心配事の元となった小説は見た事が無いので当然だが。
「めっちゃ気になるんやけど........」
「ごめんな、しき。 ネタバレになるからあんまり言いたく無いんやけど........この小説の主人公が一回死にかけたんよ、死んだって言っても良い位に」
「はっはーん........解ったで? せやからうちにも主人公が使える様になった特殊能力的な何が使える様になっとるかも知れんって予想した訳やな?」
やけに心配していたのは副作用か何かがあったからだろう、不思議を呼び寄せるとか、記憶が無くなっていくとか........お姉ちゃん思いの妹を持って涙が出そうだ。
「よくよく考えてみればありえへんよな。 しきに見えるんやったらとっくの昔に発狂しとるか死んどるもん........ホンマに良かったわ」
「........え、なんやソレめっちゃ怖い。 邪神でも呼び寄せるんか?」
「なんでも万物の『死』が見えるらしいで? 線や点みたいな形で」
「なんやソレ、曖昧過ぎて解らへん」
解らんのやったら小説読んでからのお楽しみ、なんてはやてちゃんは言って再び小説を見始めた。
........それにしても『死』か。
『死』........あの真っ黒な『ナニか』が『死』だと言うのだろうか? 多分違う、アレはもっと優しかったというか........とにかく違う気もする。
『死』を『視よう』と近くに置いてあるジュースの入ったペットボトルを見てみるが........『死』なんて怖いモノ、何処にも見えなかった。
手に取り中のジュースを飲む。
「........ん? なんやこれ?」
ビニールで名前や成分表が書かれている部分、其処に不思議な黒い『穴』を中心に『模様』が走っているのが視える。
私は何となくその黒い穴に指を突っ込んで........。
「........ぇ?」
ペットボトルだけが突然消えて無くなったのを見た。
べチャリ、と中身のジュースが私の身体に降り注ぐが関係無い。
消えたのだ、完全な消失、訳が解らない。
「し........しき? 眼が........」
青ざめた顔で此方を見ているはやてちゃんが見えた。 何かを言おうと口をパクパクさせている姿は........空気を読んでいない考えかも知れないが金魚みたいだ、ご飯を上げたら食べるかも知れない。
「は、はは、ごめんなはやてちゃん........『視えて』しもうた........」
◇◇◇◇
私は『模様』........『線』をなぞる。
手に持つのはペーパーナイフだ........包丁やサバイバルナイフに比べ切れ味など皆無に等しい筈のそれは手応えなど無く、本当に容易く対象をバラバラにする。
ソレはいずれ廃棄する予定だった幼児用の小さな椅子だ。
材質は金属。 所々塗装が剥げ、錆びてしまっているが専用の工具無しに容易く切断出来る代物ではない........ペーパーナイフなど論外だ。
だから、私とはやてちゃんは空いた口が塞がらなかった。
「うわぁ.......」
本当にスパスパと切れていく金属製の椅子に、新聞紙を破いた時の様な快楽を覚えてしまいそうになりうすら寒くなる。
こんな事に快楽を覚えてしまうのは不味い、何時か人を切って見たいとか考えてしまいそうだ。
細かく切った椅子だった物一つ一つの『穴』、すなわち『点』を突いて消していく。
あまり細かくし過ぎて辺りに跳んだらいけないと考え、やや大きめに切っていたこともあり片付けは簡単に終わった。
........それにしても。
「........これ、粗大ゴミとか処分するのに便利そうやな」
「って、違うやろ!」
はやてちゃんからの良いツッコミが入る、擬音を入れるなら『ビシッ!』だろう、間違いない。
「もっとこう........なんかないん!? 自分の力に怯えたり、世界が崩れる幻覚が見えたり、目を潰そうとしたり!?」
「うわ、なんやソレ怖いわ」
「今私が一番怖いんは、しきの精神構造や!」
絶対異常者スレスレやで........なんてなかなか失礼な言葉を言いながら興奮するはやてちゃんをドウドウと落ち着かせる。
確かに怖い力だ、どんなモノでも殺せてしまうのだから。 はやてちゃんの話を聞く限りこの目は有機物だろうが無機物だろうが、実態だろうが概念だろうが、人だろうが神だろうが関係無しに殺せてしまう恐ろしい物らしい。
死を視るというのは精神的にもかなりの負担があるようだ。 急いでインターネットで調べたはやてちゃん曰く寿命も大幅に縮み早く死んでしまうらしい........私にはこの『点』や『線』が其処まで恐ろしい物には全く見えなかったが。
「ああ、どないしよう........魔眼殺しの眼鏡って通販で見つかる物なんかな........はよせんと、しきが........しきが死んでまう........」
「そんなに危ない物なん? この眼」
「当たり前やろ!? 死が見えるっちゅう事は死に近いっちゅう事なんやで!! そうやなくても自分自身の線や点に何かの拍子で触ったりしたらって思うと........」
確かにそれは困る。 日常生活で触った物全部がスパスパ切れたり消えたりしていては生活しにくいなんてレベルではない。 それにはやてちゃんが言うには死を視ている私の眼は『青く光っている』とか........どう考えても眼に悪そうだ。
「せやったら『死』を視んようにしたら良いんやろ?」
「ソレが出来たら私はこんなに必死になって魔眼殺しなんてありもしない様な物探したり........なんで元に戻っとるん?」
「........? 視ようと思うから視えるんやから、視んようにしたら普通に見えるもんなんやないの?」
「........」
それにしても何かと便利な力が手に入ったものだ、いやこの場合は眼に入った........というべきか。
この眼があれば外出した時にゴミが出たとしても安心、家でもわざわざゴミ箱にゴミを捨てに行かなくても済む........発想力が乏しいせいかゴミ関係しか思い付かない。
「はやてちゃん、これから粗大ゴミとか出す事になったらうちに言ってや。 すぐに片付けるで」
「........もう知らん、疲れた」
「え?」
先ほどまで一心不乱にパソコンを弄っていたはやてちゃんは自分の寝室まで進み始めた。
私が呼び止めようとも聞く耳もたずといった様子で寝室に進むはやてちゃんに首を傾げる。 何か怒らせてしまう様な事を言ってしまったのだろうか?
心配になって寝室に行ってみるが返事は無し、仕方なく私は小説の続きを読み始めた。
結局、はやてちゃんは夕食の時間まで出てこず、出てきたら出てきたでやたらと不機嫌な様子だった。
「なぁ、お姉ちゃんなんか悪い事したんかな........?」
「........なんも、ただ私の心配はなんやったんやろうなって」
「........?」
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