艦これ~前線鎮守府戦記~   作:佐藤零二

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第1話 「出会いと戦いの幕開け」

あれはほんの三、四日前に遡る。

俺は上官の命令で日本陸軍東京本部に来ていた。

俺についた案内の男はなんでもここの副官らしい。

階級章を見るに……少将、か?

こんな前線に出た事もなさそうなヒョロイのが少将。

いよいよ日本も終わったな……。

だがまぁ、こいつも今は俺の数少ない話し相手だ。ちょいと話題振りのついでだ。

愚痴ってみるか?

「ちっ……リハビリが終わった途端本部に出頭とかよ……俺も遂に終わりが来たかねぇ」

「さぁな。だが、あんたの悪名は有名だぜ?なぁ、『不死身の死神』さんよ」

 ニタッとゲヒた笑みを浮かべながらそんな事を言われ、流石の俺も少し頭に来た。

「……あぁ?」

「ヒッ!?」

「ちっ……これでビビるくらいなら喧嘩売るんじゃねぇよ。雑魚。ママのおっぱいでもしゃぶって出直してきな。それともそこでションベン垂ながら泣き喚くのが御似合いか?ママ~ってな」

「貴様!言わせておけば!」

「あん?やんのか?望むとこだぜ?」

 と、俺が拳を鳴らした瞬間だった。

「やめんか貴様ら!!見苦しいぞ!」

「っ!?も、申し訳ございませんでした大将殿!まさかこの様な場所にいらっしゃるとは思わず!」

「あー?んだよジジィ。喧嘩売ってきたのはこっちのもやしだぜ?俺は悪くねぇ」

「ふん!減らず口は相変わらずだな。久々に顔でも拝みに来てやろうと思って出迎えに来てみれば……全く。成長のかけらも感じられん!」

「たりめーだろうが。療養生活ってもたかが一年だぞ。何が変わるってんだよ」

「はっ!死にかけて本物の死神にでも会えば少しは改心もするかと思った儂が馬鹿だった!……あぁ、君。案内はここまででいい。下がりたまえ」

「は、はっ!それでは!」

 クソジジイに下がれと言われた副官はどこか怯えた風な顔でさっさと逃げていった。

 全く……陸軍の癖に情けねぇ。

「おい、ジジイ。あのもやしは何だよ?あんたがあんなのを副官に置いておくなんて珍しいじゃねぇか」

「……ふん。あんなでも頭だけは切れる。頭だけはな」

「頭切れてもしゃーねぇだろうがよ……」

「今はそうでもない。時代が変われば必要な人材も変わる。今や陸軍に求められるのは武力では無くなってきているからな」

 その語る横顔は少々憂いを帯びていた。

 ジジイがこんな顔するとはな……

「へぇ?武力じゃなきゃ何なんだよ。今必要な物って」

「情報……だな」

「あ?」

 情報戦って事か?

 だが、そんなものが前線で何の役に立つってんだ。

 前情報として敵戦力の状況を知れたからと言って、結局は参考程度の意味しかねぇ。

 最終的な判断は実際の現場で臨機応変にやっていくしかねぇじゃねぇか。

「不思議そうな顔をしているな?だが、時代は移り変わっていくものだ。時代が変われば戦争の形もまた変わる。そう言う物なのだよ」

「ふぅん?よくわかんねぇが……」

「お前は艦娘という者達を知っているか?」

「んだよ藪から棒に。あれだろ?なんか何年か前に海軍の腰抜け共が開発した対深海凄艦用の兵器って奴だろ?」

 そう。

 この時の俺は本当にその程度の認識だったんだ。

十数年前に突如として現れて、瞬く間に世界中の制海権を握り、遂には陸にまでその勢力を伸ばし始めた謎の敵性生命体、深海凄艦。

未だ謎の多い奴らに対抗する為に核兵器すらも使用して対抗したが、少なくとも現状の人類が持ち得る兵器はその一切が通用しなかった。

だが、その理由が奴らの張るバリアの様な物、障壁と言えばいいか?のせいだとわかり今度はその障壁の張れない近距離からの攻撃ならどうかと、俺達陸戦隊の面子に白羽の矢が立ったのは意外と最近の事だ。

結果、その判断は正しく、効果的な成果は上げた。

だが、結局それも数年と通づかなかった。

奴らは恐るべき速度で進化をしていった。

障壁が張れないならばと装甲を上げてきた。最早鼬ごっこだ。

対策すれば対策され。

その対策をすればまた対策され。

それの繰り返し。泥試合も良い所だ。

そしてそんな戦いの中で俺についた悪名が『不死身の死神』。

単なる偶然と言えばそれまでだが、俺のいた部隊はそのことごとくが全滅している。

俺だけを残して。だから不死身の死神。全く……笑えねぇ……。

そして、俺のそんな悪運も尽きたかに見えたのが一年前だ。

色々あってたった一人の状態で深海凄艦の群れのど真ん中でドンパチする羽目になり、最終的に俺は敵を殲滅はしたが、カラだの50%を失う程の重傷。

最早生きているのが不思議なくらいの状態だった。

しかし、皮肉な事にそれでもまだ俺の悪運は尽きていなかった。

喪失した~だの50%を機械化。つまりサイボーグとなる事で生き残ったのだ。

で、前置きが長くなったが俺がそんな最早何の意味があるかもわからなくなりかけていた戦いをしていた数年前に海軍から突如発表された新兵器の情報。

それが艦娘だった。

詳細については未だに政府が秘匿しており一般には殆ど都市伝説に等しいレベルの話しか広まっていない。だが、俺達軍関係者の間ではかなり信憑性の高い噂が流れている。

曰く、艦娘の正体は人造及び改造人間だという噂だ。

「おいおい。まさかとは思うがジジイ。あんな阿呆臭ぇ噂話を信じる程耄碌したのか?」

「ふん。あれは噂話でもなんでもない。ただの事実だ。まぁ、儂も自身の目で直接見るまではとてもではないが信じる気はなかったし、今でもにわかには信じられんがな……」

「おいおいおい。んな弱気なジジイは見たくなかったぜ?まぁいい。そんなら俺も直接この目で見るまでは何も信じねぇよ。で、その海軍ご自慢の新兵器が俺に何か関係あんのか?」

「大ありだ。お前には今日付で陸軍を除隊。二階級特進、海軍大佐になってもらう」

「へぇ~海軍ねぇ…………って、あぁ!?海軍大佐だぁ!?」

あまりの事に一瞬思考が着いてこなかった。それくらい俺にとっては意味不明な事を言われたのだ。当たり前だ。元陸軍士官が何が悲しくて海軍に再就職しなくちゃいけない。

「どういう事だクソジジイ!事と次第によっちゃ今ここで三途の川拝ませんぞ!?」

「落ち着け馬鹿者!一応理由は多々あるが、一番は壮一直々の頼みだ」

「あぁ?壮一の?なんであいつから直接じゃなくてジジイを通すんだよ?都言うかあいつ一年前にちょいと顔出したと思ったらそれきりだぞ。何処で何やってんだよ?」

「……死んだ」

「あぁ?」

「あいつは死んだよ」

「……おい。ジジイ。そいつは最高に笑えないジョークだぞ」

「冗談でも笑い話でもない。壮一は死んだ。これはまだ推測の域を出ないが、上層部の追い込みによる物とも言われている。死因は自殺だ」

「……どう言う事だ?」

 俺は何とかそれだけは言葉にした。

 暁壮一。俺の唯一無二の親友で幼馴染だ。

 俺達は互いにそれぞれの理由で深海凄艦を憎み、戦う道を選んだ。

 俺は陸軍へ。あいつは親反対を押し切り海軍へ。もちろんしばらくの間は連絡を取っていたが、最近では年に一回顔を合わすかって所まで交流が減っていた。

 ちなみにこのジジイ……暁壮介大将はあいつの実の父親だ。

 しかし、憶測とは言え上層部の圧力が原因で自殺……。

 そもそも軍上層部はつまり政府という事になるが、奴らの腐敗はそれこそ俺らが生まれる前から深く根付いてやがる。今更そんな腐りきった腹の中を探られた所で痛くも痒くもないはずだ。であれば壮一の巻き込まれた、もしくは首を突っ込んだ案件は相当にヤバいか厄介な案件である事は容易に想像がつく。

「詳しくはまだ儂もわからん。だがあいつの執務室からお前の名前が書かれた推薦状とただ一言『後の事と俺の家族達を頼んだ』と書かれた紙が見つかった程度だ」

「家族だぁ……?あいつジジイ以外に家族なんざ居たか?」

「それについてはあいつの後任になれば直ぐにわかる。後はお前のやる気のみだ。海軍上層部は既に許可を出してきている。こちらを舐めているのか、はたまた再び謀殺するつもりなのかはわからんがな」

「なるほど……。要するにあいつの為にも敵に一矢報いてやれって事か。上等じゃねぇか……」

「これがお前が今後必要になるであろう各種資料だ。制服は……しばらくはそれでいいらしい。好きにしろ。必要経費その他は既にお前の口座に振り込まれる様になっている。後は……頼むぞ」

「あぁ……」

 

 

 

 それがほんの数日前の出来事だ。

 渡された資料によれば、俺のは壮一の後任として第三十六号鎮守府の提督として着任。

 その後は自由に艦娘の指揮を執る事。となっていた。かなりアバウトな命令だ。

 同時に鎮守府に所属している艦娘の個人データもそろっていた。

 眼を通したがそれはもう本当に目を疑う物だった。

 まず個体識別名称は旧帝国海軍に実際に就役していた艦艇の名。

 だがそんな事はどうでも良かった。その中の詳細データに記されていたのは兵器等と呼ぶには、まして同列に扱うなどまず有り得ないはずの少女達のデータが記されていた。

 下は小学生くらいから上は大学生、二十代前半程度までとても幅広い年齢層の少女達のデータが全て兵器として記されていたのだ。

 俺は鎮守府への旅の道中何度もこの資料を見返した。

 現実を否定する何かがある事を期待して。

 だが実際に鎮守府について、俺は出会ってしまった。

「あら~?あらあら。何処のどなたかしらぁ?今日は来客の予定はないはずなのだけど?貴方、陸軍の方ですよねぇ?」

 よりによって一番会いたくなかった少女に。

 

 

 

 そこから先は大体さっきの通りだ。

 俺が後任の提督である事。特殊な事情で陸軍からの出向である事等資料の一部を見せたりして説得する事数分。何とか納得してもらいあの結果となった。

 流石にあの只ならぬ殺気を身に受け、直接本人から自分は駆逐艦だと聞かされた今となってはどうやっても信じざるをえない。彼女は艦娘なのだ。

 艦娘……旧帝国海軍の艦艇として戦い、散っていった多くの軍艦達の魂を宿した元・人間。

 資料によると基本的には一般人からの選抜、推薦、志願等によって選ばれ、その後の改造過程については極秘事項として記されてはいなかった。本人達も詳しい事は聞かされていないそうで知っている者はいないらしい。ますます胡散臭い。

 だが、実際に存在し確かに戦っている。それだけは間違いない現実の様だ。

 例えその見た目が年端のいかない少女の物であっても。

 例えその見た目が死んだ家族に瓜二つであっても。

「ちっ……馬鹿馬鹿しい。他人の空似なんて良くあるだろ。世の中には似た人間が三人はいるらしいしな。何より彼女の身元ははっきりしている。有り得ないんだよ」

 頭の中の物を言葉にして自分を納得させる。

 さっきの艦娘、荒潮と名乗った少女の資料はとっくに頭に入っている。

 本名は荒井詩音。郊外の町で育ったごく普通の少女。ただそれだけだった。

 死んだ妹に瓜二つでなければ。

 まさか一番会いたくなかった相手に一番最初に遭遇する事になるとは思いもしなかった。

 これは大きな誤算だった。

「……そんな所で何をしてるのです?不審者さん」

「あん?」

 不意にかけられた声に振り向くとそこには先ほどの荒潮とは別に少女が立っていた。

 見た目は大体12~3って所か。オーソドックスな白と紺の制服に身を包み、栗色の髪はセミロングだろうか?うなじの辺りで一度上に折って髪留めで止めている。そしてその手には何処かで買い物でもしてきたのか膨らんだコンビニの袋が握られている。中身は見える限りはお菓子が大量。

 そして思いっきり不審者を見る目を俺に向けていた。

「さっさと質問に答えやがれなのです。事と次第によっては今すぐに閻魔様にご対面と洒落込ませてやるのです」

 さて。こんな少女の資料は俺の記憶の中には無かった。

 それにさっき荒潮が言っていた。ここには自分以外いないと。

 ならこいつは部外者の筈だ。何故部外者のガキに生意気言われなくてはならないのか。

「ほう。生意気なガキじゃねぇか。テメェの親は礼儀の一つも教えなかったのか?」

「質問しているのはこっちなのです。テメェごときに電が答える義務なんかねぇのです。後、電はガキじゃないのです。立派な20歳なのです!」

 少女の視線が段々と鋭くなっていく。

 だが、俺も色々あった上に生意気言われ冷静さを欠いていたのがいけなかった。

「はっ!上等じゃねぇか!その喧嘩言い値で買ってやらぁ!かかってきやがれ!俺はガキだからって容赦しねぇぞコラァ!」

 だから、少女の口にしていた自分の名前も耳に入ってなかったし、それが何を意味するかも気づいていなかった。そして、少女がポツリと呟いた言葉も全く聞こえていなかった。

「……五連装酸素魚雷装填……」

「んぁ?ぐぼぉ!?」

 気づいた時には俺は爆音と共に吹き飛ばされていた。

「信管は抜いておいてやったのです。全く。これだから見た目で判断する阿呆は嫌いなのです。医務室には運んでやるので少し頭を冷やしやがれなのです」

 意識が落ちる最期の瞬間、少女が何かを言っているのは聞こえたが俺の意識は理解するよりも早く暗闇へと沈んだ。

 

 

 

 炎が燃えていた。

 視界に広がる真っ赤な世界。

 最初俺は状況を理解するのに時間がかかった。

 長い船旅も今日で最後と夜の海を眺めながら夜風に当たっていたら、突然の衝撃に襲われた。その後気が付いたら辺りは火の海だ。一体何が起こったんだ……?

「そう、だ……親父達は……」

 真っ赤な炎の熱と黒い煙が喉と視界を痛めつけてくる。痛みと熱をなんとか我慢しながらフラフラと歩を前に進める。皆はどこにいるのか……。

「確か最後に居たのは……」

 そもそも自分が今船のどこにいるのかもあやふやだったが、記憶と直感を頼りにとにかく前と進む。そろそろ体力的に限界が近づいて来た頃、不意に何かが聞こえてきた。

「……ちゃん!」

「なんだ……?何か聞こえた……?」

「お兄ちゃん!どこ!?」

 この声は……!

「鈴音!無事なのか!?」

「お兄ちゃん!?」

 瓦礫の陰から少女の姿が現れる。所々怪我や煤で汚れているが間違いない。鈴音だ!

「鈴音!無事だったか!」

「お兄ちゃんこそ!でも……」

 お互い駆け寄って無事を確認しあう。しかし鈴音の表情はすぐに曇った。

「父さんと母さんが……私を庇って……」

「……そうか」

 その一言で全て察した。親父達はもう……。

「ねぇ、お兄ちゃん。何があったの?」

「俺にもわかんねぇ。確かなのはさっさと逃げないとヤバいって事だけだ」

 今も微かにだが爆発音が耳に入ってきている。

 どっかに救命用のボートがあるはずだが……

「っ!?お兄ちゃん危ない!」

「え?」

 次の瞬間、俺は鈴音に突き飛ばされていた。

 すると更に次の瞬間には爆音と共に天井が崩れ落ちてきた。

「鈴音っ!」

「私は無事だよ!とにかく脱出を優先しよう?」

 瓦礫の無効から聞こえる声に安堵を覚えると同時に、再びバラバラになってしまった事に少々の不安を覚える。何故かこのまま二度と会えない様な気がして。

 しかし、瓦礫に分断されてしまった現状、合流は難しいのも事実。

 ここは仕方がないか……。

「わかった!必ず無事に脱出するぞ!約束だからな!」

「うん!そっちこそね!」

 その言葉を最後に俺は逆方向に歩き出す。

 少し歩くと再び船の外周部へと戻ってきた。

 周辺を見渡すと海の上にいくつかボートが浮いているのが見えた。

「ここからなら飛び込めるか……?」

 見た感じ近くに救命ボートは見当たらない。深夜の海に飛び込むのは少々恐怖を感じるがこのままここにいるよりは状況は好転するはずだ。

 と、俺が飛び込むか否か迷っていると不意に海の上に何かが見えた。

「ん?あれは……なんだ?」

 何かが闇の中で赤く光っていた。しかも無数にだ。この船は何かに囲まれている……?

 状況は未だによくわからないが得体の知れない何かに囲まれているという事だけはわかった。次の瞬間光の中から何かの爆音が響いたかと思うと、俺のいる場所の近くに何かが飛んで来て爆発した。

「うわぁ!?」

砲弾!?攻撃されている!?新手のテロか!?

しかも謎の集団からの攻撃は一発だけではなかった。

次々と飛んできて何発かは俺の近くに着弾する。

「う、うわぁ!?」

 何発目かの爆風で俺の身体は軽々と吹き飛ばされて空中へと投げ出された。

「っ!?」

 数秒の浮遊感の後、俺は冷たい海の中へと落下した。

「ぶはぁ!し、死ぬかと思った……」

 着水の瞬間にかなりの衝撃を受け全身がかなり痛かったが、何とかまだ生きている。

 俺は近くにあった破片を掴んで何とか浮力を保つ。

 ふと何かの気配を感じて顔をあげる。

「……え」

 そこに居たのは人型の何かだった。

 確かに人間の様な姿形はしている。だが、全身に禍々しい武装を纏い、目は煌々と赤く輝いていた。

なんだこいつは?

得体の知れない何かが俺達の乗っていた船を襲撃していた。

その事実だけでもかなりの衝撃なのに、その得体の知れない何かは見た事も聞いた事もない化け物だった。もう、脳みそがパンクしそうだった。目の前の現実が受け入れられない。

「何なんだよ!一体俺達が何をしたってんだよ!」

 もう訳も分からなくなりただ叫んだ。

 意思疎通が出来るとは思わなかった。しかし、叫ばずにはいられなかった。

 目の前の何かに対して言葉をぶつけた訳じゃない。

 この理不尽な現実に向けてとにかく叫ばずにはいられなかった。

「…………」

 やはり目の前の何かは何も答えない。

 代わりに俺に右手の砲身を向けて来た。

 そうか。俺はこのままこの正体不明の何かに殺されるんだな……。

 それだけは理解できた。もう何もかもどうでも良かった。ただ、鈴音は無事で居てほしいそれだけを思って俺は目を閉じる。

「誰一人死なせはしないのです!」

「え?」

「―――!?」

 全てを諦めていた俺の耳に力強い声が聞こえて来た。

 次の瞬間何かが飛んできて目の前の何かが爆発、吹き飛んだ。

「……無事なのですか?」

「え?あ、あぁ……?」

 次に聞こえて来たのはまだ幼さの残る少女の声。

 振り返るとそこには一人の少女が肩で息をしながら立っていた。

「良かった……なのです」

「海に……浮いてる……?」

 今日は一体何なのか。俺は夢を見ているのか?

 目の前の少女は明らかに海の上に浮いて、立っていた。

「少しの間待っていて欲しいのです。必ず助けるのです!」

 それだけ言って少女は直ぐに闇の中に消えていった。

 そこから先はよくわからなかった。分かったのはあちこちで爆音とチカチカと発行する光の群れ、何かの唸り声、立て続けに上がる水飛沫や大爆発。何かと何かが戦闘をしている事だけはわかった。

 時間にして数十分くらいだったろうか。

 音や光が止んだ。

 その後しばらくして救援に来たのだろう軍の人間に俺は救助された。

 それが俺が約八年前に経験した後に深海凄艦と呼ばれる存在と遭遇した事件だ。

 

 

そして、この時に俺は全ての家族を失った。

 

 

 

「ん……?ここは……?」

 眼を開けるとまず最初に真っ白な天井が目に入った。

 頭がクラクラする。何か夢を見ていた様な気がするがよく思い出せない。

 そもそも俺は何で意識を失っていたんだ?

「……あら?目が覚めたみたいですねぇ?」

「……ふん。お前、一体何者なのです?艦娘の酸素魚雷まともに喰らって殆ど怪我が無いとか本当に人間なのですか?」

「電ちゃん……そもそも人に向けて酸素魚雷を撃っちゃダメよぉ。いくら爆発しないにしても物理的衝撃は凄まじいのよ?」

「ついカッとしてやったのです。反省はしているのです、後悔はしてないですが」

「もぅ。電ちゃんってばぁ」

「お前らは……」

 とりあえず自分がベットに寝かされている事を認識し、横を見るとさっきあった小生意気な少女と荒潮が話しているのが目に入った。

 そうだ。

 俺はこのクソガキから何か攻撃を受けて吹き飛ばされたんだったな……。

 ようやく記憶が戻ってきた。

「あらぁ。自己紹介は……しましたねぇ。ちゃんと覚えているかしらぁ?」

「……荒潮……だったか?」

 そう……確か駆逐艦……だったか。

 俺が答えると荒潮は少しだけ微笑む。

「えぇ。私は荒潮です。勝利の女神って呼ばれてまぁす」

「……俺と話す事は無いんじゃなかったのか?」

「うふふふ。まぁ、そうだったんですけどぉ。貴方に少しだけ興味がわいたのよねぇ」

 荒潮はニコニコとしながらそのままの笑顔で次の言葉を紡いだ。

「あなた、半分人間じゃないですよねぇ?」

「っ!?」

 思わず飛び起きる。

 こいつ、俺の身体の事に気づいたのか?なんでだ?俺の身体の改造は外見からは直ぐにはわからないはずだぞ。まさか俺が寝ている間に何か調べられたのか?

 咄嗟に体を触って確かめてみるが特に何かをされた様子は無い。

 ではどうして……?

「てめぇ……どういうことだ?」

「あらあら~。やっぱりそうなのねぇ」

 こいつっ!まさか!?

「カマかけやがったな……?」

「そもそも魚雷の直撃を受けて気を失うだけで済んでる時点で人間じゃ有り得ないもの。当然の答えよ。そうねぇ……最近陸軍で盛んだって言うサイボーグかしらねぇ?」

「…………」

「沈黙は肯定の証……昔の人も良く言ったものねぇ」

「ちっ……」

 軽く舌打ちする。

 別に隠さなければいけない義務は無いが、自分が人間じゃない事を他人から指摘されるのはあまり気持ちの良い事じゃない。

 全く……胸糞わりぃ……

「……おい不審者。電を無視するとはいい度胸なのです。もう一発酸素魚雷くらわせてやってもいいのです」

「あぁ?そもそも先に喧嘩売ってきたのはテメェだろうが!このクソガキ!」

「いい加減そのクソガキってのをやめるのです!電には電って言う立派な名前があるのです!後電は20歳なのです!ガキじゃねぇのです!」

「あん……?電……だと?」

 変な名前だな……新手のニックネームか?

「電ちゃんも私と同じ駆逐艦の艦娘ですよぉ。司令官さん」

「んだと?こいつも艦娘……?だが資料にはそんな名前は……」

「電はここの所属ではないのです。だから資料にも名前は載ってないのです。てゆうか荒潮。この不審者、司令官なのですか?」

「そうよぉ。壮一さんの後任らしいわぁ。何故か元陸軍らしいけどぉ」

「陸軍出向とかますます胡散臭ぇのです。こいつ偽物じゃないのですか?」

 陸軍に何か不信感でも抱いているのか電は更に視線を尖らせてくる。

 それにしても本当に小生意気なガキだなこいつは。

「本物だよ!なんで陸軍から海軍に異動になったかなんぞ俺が一番聞きてぇよ!というか電とか言ったか?お前は何で所属でもないのにこんなとこに居んだよ!部外者じゃねぇか!」

「軍の犬如きに答える義務も知る必要もねぇのです。じゃ、電はお昼寝の時間なので後は荒潮に任せるのです」

「おい!てめぇクソガキ!まだ話は終わってねぇぞ!」

 電は俺の言葉には耳も貸さずさっさと部屋を出ていった。本当に昼寝しに行くのか?

 自分で20歳だとか言っておいてまんまガキじゃねぇか。

「……電ちゃんは相変わらずねぇ……。それはそうと司令官さん?私も電ちゃんもまだ貴方を司令官として認めてはいませんので悪しからず。ハッキリ言えば命令を聞く気はありませんのでぇ」

「……んだと?」

 俺は少し殺気を込めた目で荒潮を睨んだ。

しかし荒潮は意に介した様子もなく言葉を続ける。

「私も電ちゃんも軍の人間は基本的に信用していないのよぉ。まして陸軍とかゆう役立たずが来たと聞いて納得出来る訳が無いでしょう?」

「てめぇ……喧嘩売ってのか?」

「売ってますよぉ?むしろ向かって来てくれないかしら。合法的に殺せるじゃない?」

 俺は思わず絶句する。

 こいつは本気だ。本気で俺を殺す気でいる。表情は終始にこやかだが殺気は全く隠していない。しかもさっき俺にぶつけて来た殺気の比じゃない。今ここで死んでもおかしくない程の殺気が俺を包んでいた。

「……俺を認めようが認めまいがそんな事はこの際どうでもいい。一つだけ答えろ。何がお前をそこまでさせる?」

 何とかそれだけ言葉を絞り出す。

 すると荒潮は少しだけ不思議そうな顔をして殺気を弱める。

「……そんな事を聞いてどうするの?」

「……壮一の残した物の一部を確かめたいだけだ」

 へぇ……と荒潮はほんの少し驚いた表情を浮かべた。

 すると俺の言葉に何か感じたのか少し考え込むと再び口を開いた。

「そうねぇ……強いて言うなら……私はただ託された物を守り抜くだけよ。ただそれだけ。だから貴方が私達の邪魔になるのなら容赦はしない」

 そう言って荒潮は椅子から立ち上がると言葉を続ける。

「だからぁ。死にたくなければ私達に認めさせるか……大人しく逃げ帰る事ねぇ。どちらかと言うと後者をおススメするけど」

「馬鹿言うな。俺はあいつの意思を引き継ぎに来たんだ。おめおめと逃げ帰れるかよ。精々俺を認めて頭を下げる練習でもしておくんだな」

「そう。なら期待して待ってるわぁ……貴方を殺せるのを」

 それだけ言うと荒潮は踵を返して部屋を出ていった。

 一人取り残された俺は改めて思考を巡らせる。

 まずは知る必要があるな……どうして壮一は死んだのか。

 この鎮守府に何があったのか。

 その為にはまずあの二人の少女との距離を詰めなくてはいけない様だが。

「マジで面倒臭ぇ仕事託しやがって……恨むぞ」

 ポツリと呟いた言葉は他に誰もいない部屋で空しく響いた。

 

 

 

 あれから数分後、ひとまずさっきの部屋(どうやら医務室の様だった)から出た俺は、これから先の行動を考えてみる。

「さて、どうすっかなぁ……そもそも鎮守府、だったか?この場所について知らん事の方が多いしな。十中八九下手に動けば迷うな……だが、それにしても……」

 本当に人の気配が無い。

 外から見ただけでもかなりの敷地の広さと施設の大きさはあった。

 これだけの施設に猫の子一匹気配が無い。まるで廃墟だ。

 どうやら荒潮の言っていた事は間違いない事実の様だ。

「だが本当にどういう事だ……?」

 そもそも俺に渡されていた資料の中には大体100人近い艦娘の所属が記されていた。

 しかし、実際に来てみればいたのは荒潮と所属不明の電のみ。

 何がどうなってんのかさっぱりわからない。

「……まぁ、考えてもわかる訳ねぇか……。ジジイなら何か知ってるかもしれん」

 取り敢えず俺は携帯を取り出し電話をかける。

 もちろん相手はクソジジイだ。

『もしもし?なんだもう根を上げたか?』

 数回のコールの後、いつもと変わらぬ様子で声が返ってくる。

「おいジジイ。俺の配属先は第三十六号鎮守府で間違いないんだよな?」

『……?そうだが……何かあったのか?』

「何も糞もねえ。所属してるって艦娘に会ったが一人を除いて他は全員いないとか言われたぞ。何がどうなってやがる?」

 なんとなく電の事は言わなかった。そもそも所属不明の時点で何か訳ありなのだろう。

 小生意気なガキだが少しは上官らしい事もしてやろうじゃないか。

『……なんだと……?』

 ジジイの声音が訝しげな物に変わった。どうやら向こうも何も知らなかった様だ。

「おいおいおい。まさかだが、海軍はこの事知ってて俺の派遣を許可したんじゃねえか?」

『可能性はあるな。そもそも鎮守府の状況を軍本部が理解していないとは考えづらい。もしかすれば現行戦力ではどうにもならないと見越した上で……』

「ちっ……相変わらず腐ってやがるな」

『……どうする?』

「どうもこうもねぇよ。やるだけやるさ。こうなりゃ意地だ」

『そうか……。まぁ、何かあったら連絡をくれ。こっちでも可能な限り調査はしてみる』

「……すんません。隊長」

『急にどうした』

「いえ……いや。何でもねぇ。また連絡する」

 そう言って俺は返事も待たずに通話を切った。

 ほんの些細な事とは言え、電の存在を隠した事に少し罪悪感を覚えた。

 ジジイ……暁大将は俺の元直接の上官であり教官だった。

 陸軍に入隊してまず最初に戦いの基礎を叩き込まれた。最初はムカついて反抗した事もあったが、大将が……当時は少佐だったか?まぁ、あの人が俺に戦場で生き残る為のいろはを叩き込んでくれたおかげで今の俺がある。

 今は感謝の念しかない。お互い悪態ばかりついているがその事は嘘偽りない真実だ。

 そんな恩師に俺は小さい嘘をついた事になる。

 それが、今は少し苦しかった。

「……はぁ」

 溜息一つ、俺は懐から煙草とライターを取り出す。

 火を着けて咥えると肺の中を煙が満たす。

 しかし以前の様な気分の良さは無い。

 当たり前だ。俺の臓器は既にその殆どが機械だから。

「人間じゃない……か」

 荒潮に言われた言葉を思い出す。

 確かに俺は半分人間じゃない……とは言っても残ってる人間だった部分なぞほとんど無い様な物だ。ほぼ機械と言っても過言ではない。

 そんな俺が今更人間らしさを求めた所でただの自己満足なのかもしれない。

 それでも、俺は自分が人間だと思っていたかったし、その思いを繋ぎ留めるのが俺にとっての喫煙という行為だった。

「……そう言えば厳密にはあいつらももう人間ではないんだよな……?」

 艦娘。資料によれば何らかの改造処置を施された元人間であり、不老不死でもあるとか。

 なるほど。電の言っていた事も嘘ではないのかもしれない・

 不老であれば、艦娘になった直後から成長は止まったままだろう。

 だからといってあの生意気っぷりはムカつくだけだが。

「さてと……まずは執務室でも探すか。何かあるとすればそこだろうしな」

 俺は吸い終わった煙草を携帯灰皿に放り込むと当ても無く歩き出す。

 取り敢えずは手当たり次第に部屋を探してみるとしよう。

 

 

 

「なぁんか面白そうな人が来たわねぇ……」

 さっき別れたばかりの男の顔を思い出しポツリと呟く。

 後任の司令官が来ると聞いて早速顔でも拝んでみようと思って待ちかまえていたら陸軍の人が来た時は正直驚いた。しかも話を聞いてみればほとんど何も知らない様など素人。

 思わず喧嘩をふっかけたけど反省も後悔もしていない。

「……私は勝利の女神だもの……皆を、皆の帰ってくる場所を守らなくちゃいけない」

 私は彼に後を託された。皆を皆と過ごしたこの思い出の場所を守る事を。

 彼の最後の言葉を思い出す。

『……後は頼んだよ荒潮。多分、事が上手くいけば後任は俺の親友が来てくれるはずだ。彼と共に守ってくれ。この鎮守府を。皆の事を』

『えぇ。勝利の女神の名にかけて』

『……ありがとう』

 それが彼と交わした最後の言葉。

「でも……やっぱりまだあの人は信用できないわねぇ」

 まぁ、当然だ。

 一応、あの人が彼の親友である事は間違いない様だったけど……。

 出会ってまだ数時間も経っていないのだ。まして陸軍の人間等がそう簡単に信用できる訳がなかった。私は特別陸軍を敵視している訳では無い。

 強いて言うなら軍関係者を敵視している。

 だから、あの人が特別な訳ではないけれど。

「なんにしても、もう少し様子見かしらねぇ」

 まずはあの人の腸を見極めるとしよう。話はそれからだ。

 もし邪魔になるというのであれば……

「……壊しちゃえば良いだけですものねぇ」

 呟き、無意識に唇を舐める。

 多分、電あたりが見ていたらとても悪い顔をしていると言われた事だろう。

「あら。そう言えば……」

 不意に思い出した。

 あまりにも今更過ぎる話だったが。

「……自己紹介……聞いてなかったわねぇ」

 とても大事な事を聞き忘れていた事を思い出した。

 

 

 

「さて……」

 今俺はとても困っていた。

「ここは何処だ……?」

 当ても無く彷徨い歩いていたら明らかに変な場所へと出てきてしまった。

 目の前にあるのは、何かの山。

 まさに何か。言葉では形容しがたい何かの山がそこにはあった。

「何なんだこれ……?」

 山の中から一つを手に取ってみる。

 柔らかい綿の様なそれは何故か変な顔の様な物が描かれており、無性にイラっとした。

「……今度は何をしているのです?不審者さん」

「いい加減のその不審者っての止めろよ」

 今日何度も聞いた声に振り向くとやはりそこには電が立って俺を半眼で睨みつけていた。

「不審者は不審者なのです。気に食わないなら変質者でもいいのです」

「……いい加減キレんぞコラ」

「望む所なのです。軍の犬なんぞ返り討ちにしてやるのです」

「……お前、陸軍に何か恨みでもあんのかよ」

 いい加減俺の頭も冷えた。

 毎度毎度切れていては話も進まない。取り敢えず怒りを堪えて質問をしてみる。

「へぇ。軍の犬にしては学習能力が高いのです。どうやらバカの一つ覚えじゃないのですね。ご褒美に質問には答えてやるのです。電は別に陸軍を恨んでる訳じゃないのです。軍を、更には日本政府っていう社会の肥溜めを恨んでるだけなのです」

「へぇ……」

 一々余計な挑発を無視して何とか平静を保つ。

 どうやらこいつも軍のお偉いさんが嫌いらしい。

「奇遇だな。俺も上層部の禿げ共が嫌いなんだ」

「嫌な偶然もあったものなのです。何でお前と気が合わなきゃならいのですか」

「……お前やけにヒネてんな。どういう育ち方してんだクソガキ」

「ふん。褒め言葉と受け取っておいてやるのです。で、こんな所で何をしてるのです?まだ電の質問には答えてもらってないのです。さっさと答えるのです犬」

 遂に軍のとも言われなくなった。

 いい加減堪忍袋の緒が切れそうだ。

「……なんでもいいだろうが。てめぇにゃ関係ねぇ」

「なのです。関係ないのです。だけど電の庭で意味もなくうろちょろされるのは我慢ならないのです。さっさと古巣に帰ったらどうなのですか?尻尾振って手土産でも持って帰ればご主人様はきっと喜んでくれるのですよ?駄犬さん」

「それができりゃ苦労しねぇな。生憎俺は野良犬でな。帰る場所はねぇ」

「へぇ。ご主人様に身体弄り回された挙句、捨てられたとかとんだお涙頂戴なのです。涙ちょちょ切れなのです」

 こいつ……一々挑発しないと会話もできないのか?

「いい加減にしねぇとそのちんまい身体吹き飛ばすぞ」

「役立たずの陸軍からも捨てられた哀れな野良犬風情が。出来るものならやって見やがれなのです。新手の自殺志願者と受け取るのです」

「てめぇ……」

 俺は衝動的に電の方に歩を進め……ようとして止めた。

「どうしたのですか?電の身体を吹き飛ばすんじゃなかったのです?」

「……止めだ。さっさとどっか行けよ。クソガキ」

「流石陸の人間は腰抜けなのです。そのみみっちさに免じて今回は退散するのです。お前もさっさとここから出て行くといいのです」

 最後まで挑発を混ぜ込みながら電はどこかへ歩き去っていった。

「まったく……何であんな奴と……」

 あの時の少女が被って見えたんだ?

 後半の言葉は胸の内に秘めて飲み込んだ。なんだか言葉にしたらその事実を認めてしまう様な気がしたからだ。

 俺の命を救ってくれたあの時の少女とあの電の姿がダブって見えた事を。

 

 

 

「あ。見ぃつけた」

「ん?」

 フラフラと鎮守府内で執務室探しに彷徨っていると、荒潮がいた。

 今度はこいつか。

「まだ帰ってなかったんですねぇ。もしかしたらもう帰ったかと思っていたんだけど」

「さっきも言っただろ。俺は逃げ帰る訳にはいかないんだよ」

「そう。でも、ちょうど良かったわぁ」

「……何がだ?」

「そう言えば自己紹介してもらって無かったなぁと思いましてぇ。探してたのよ」

 自己紹介?

 あぁ……そう言えばきちんとはしてなかったか?名乗った覚えもねぇな。

「わりぃ。今更だが俺は如月雄一朗少……いや今は大佐だったか。本日付でここの提督に着任となる。よろしく」

「はい。よろしくおねがいしまぁす。でもぉ、それにしては何も知らないんですねぇ」

「仕方ないだろ。急な人事だった上に最低限の資料しか渡されてないんだ。細かい事は実地で覚えろとか言われたしな」

 半分嘘だ。

 一応、提督業とはなんたるかの細かい資料は渡されていたが、あまりの分厚さに読む気が失せ、触りの一ページくらいしか読んでいないだけだった。

「へぇ。で、大佐殿は何かお探しのようだけど?」

「……執務室はどこにあるんだ?」

 もう意地張ってないで聞くしかない。このまま彷徨っていても多分執務室にはたどり着けないだろうし。

「執務室ですかぁ?」

 それなら、と荒潮はすぐ横の扉を指さした。

「ここですよぉ?」

「は?」

 よく見てみると確かに扉の上に執務室と銘打たれた札が付いていた。

「あらぁ。うふふふ。意外と視野が狭いのねぇ」

「う、うるさい。ちょっと見逃していただけだ」

「そうですかぁ。じゃぁ、私は行くわねぇ。もう用も済んだし」

 そう言って踵を返そうとした荒潮を不意に思い立って呼び止める。

「なぁ荒潮」

「なぁに?」

「ちょっとお茶しないか?」

「……はい?」

 

 

 

案の定執務室の中にお茶請けと茶葉くらいはあった。

 俺はさっさとポットのお湯を沸かし、茶飲み話の準備をすると荒潮の対面に腰を下ろした。

「それでぇ。私に何か聞きたいのぉ?」

「……いや。特に何がという訳でもねぇんだが……」

「あらぁ。私そんな適当な理由でナンパされたのねぇ」

 そう言って悪戯な笑みを浮かべる荒潮。こういう所は年相応だな。

 しかし、正直そもそも荒潮を誘ったのはちょっとした勢いだった。

 聞きたい事……そうだな……

「なぁ。お前は壮一の下で戦っていたのか?」

「……そうねぇ。もう二年も前になるのかしら。彼の指揮下に入ってこれまでずっと深海棲艦と戦ってきわぁ。とてもいい司令官だったわ」

「そうか……」

 どうやらあいつは少なくともこの荒潮からは慕われていた様だ。

「じゃぁ、もう一つ聞かせてくれ。お前達は、艦娘ってのは一体何なんだ?」

「また随分と難しい質問ねぇ……」

 二つ目の質問に荒潮はとても困った風な表情を浮かべた。

「……?自分達の事だろ?なんも難しくはねぇだろ」

「じゃぁ、聞くけどぉ。貴方は自分がなんで生きているのかって聞かれて答えられるかしら?」

「あぁ?無理だろそんなん」

「そういう事よぉ」

「あ?」

「察しの悪い人ねぇ……私達という存在が何なのか?そんな事人間がなんで生きて存在しているのかって聞かれるのと同じくらい、どうしようもない質問って事よぉ。私達自身も自分の事は良く分かってないの。でも実際に戦える力も意思もある。ならそれでいいじゃないって事よ。後は貴方の持ってる資料に書いてあるだろう事くらいしか答えられないわねぇ」

「そうか……わりぃ。変な質問して」

「いいぇ~。気にしないでいいわよぉ」

 そう言って荒潮はお茶をすする。

 そして直ぐに渋面になる。

「あらぁ……やっぱり渋いわねぇ……」

「あ、あぁ……すまん。何か別のが――」

「お気遣いなく~。別に嫌いなわけじゃないわぁ」

 そう言って荒潮は静かにお茶を飲み続ける。

「苦いけど……それが逆に自分はここで生きてるんだって思えて……ね」

 そう言って荒潮は小さな笑みを浮かべる。

「自分もまだ人間の部分は残っているって思えるのよ」

「っ!」

 俺は二の句が継げなかった。

 まさかこんな小さな少女から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったから。

 そう思ったら無意識に俺もお茶をすすっていた。

「……苦ぇ」

「でしょう?うふふ」

 どうやら俺も……まだまだ人間ではあったらしい。

 

 

 

「全く……見てられねぇのです」

 視界の端で執務室の窓を見下ろしながらポツリと呟く。

「荒潮は甘いのです。何和やかな空気作っているのです」

 誰に言うでもなく言葉を紡ぐ。

 呟きながら二人の先程の会話を思い出す。

「艦娘とは何か……ですか」

 確かに明確な答えは未だ出されてはいない。

 ……一般的には。

「本当に……電達は何なのでしょうか……」

 どうして……

「深海凄艦と同じ特性を持っているのですかね……?」

 答える言葉は何もない。

 当たり前だ。誰も聞いていないのだから。

「はぁ……無知とは即ち罪である。とはよく言ったものですが……」

 場合によっては

「無知で居た方が幸せな事もあるのです……」

 その呟きは青空の下、風に乗って消えていく。

 鎮守府の屋根の上。本日も晴天なり。

 電は再び夢の中へと旅立つ為に目を閉じる。

 今は少しでも……無知な二人と同じ様に現実を忘れていたかった。

「……光と影。コインの裏表。物事は常に表裏一体なのです……」

 眼を閉じる寸前、視界の端に小さな雨雲が見えた。

 どうやら少しだけ雲行きが怪しくなって来た様だった。

 

 

 

それはまさに突然の出来事。

 不意に鳴り響いた甲高いサイレンの音で俺達の会話は中断された。

「っ!?なんだ?」

「あらあら残念ねぇ。私としてはもう少しだけ……このお茶会を楽しみたかったのだけど」

 そう言って荒潮は湯呑を置くと、静かに立ち上がった。

「おい!何なんだこの警報は!?」

 聞くまでもない。本当はわかっている。

「そう、警報よ?……深海凄艦出現の、ね」

 何故か体が震える。

 俺は一体どうしたというのか……?

「どうしたの?貴方も陸で奴らと戦っていたんでしょう?何をそんなに怯えているの?」

「い、いや……別に、怯えては……」

 嘘だ。

 呂律も回らない。

 心なしか頭の回転率まで悪くなっている気がする。

 上手く頭が回らない。

「……ふぅん?うふふ。しょうがないわねぇ」

「……あん?」

 ふと気づいたら目の前が暗闇に包まれて、同時に何かとても暖かい物に包まれた。

「……大丈夫よ。あなたは私が必ず守るわぁ。だから安心してね?勝利の女神は必ず勝って戻ってくるんだから」

 そのどこか温もりに満ちた声を聴きながら俺は、自分が荒潮に抱き寄せられている事をようやく理解した。一体……何がどうなってやがる……

「もう……大丈夫だ……放してくれ」

「あらあら。そう?じゃぁ、遠慮なく行ってくるわねぇ」

 俺の言葉に素直に離れると、荒潮はそのまま執務室を出ていった。

 体の震えはもう……収まっていた。

 

 

 

「あらあら……うふふ」

 今しがたの光景を思い出して私は笑みを零す。

「まさかあんな一面があったなんてねぇ……」

 警報音を聞いた瞬間から彼の様子が一変した。

 それは誰が見ても明らかで、もちろん目の前にいた荒潮には直ぐにわかった。

 恐らくはトラウマだろう。

 何が原因かは大方想像がつく。

 死の恐怖。そんな子達は今まで何人も見て来た。

 艦娘は基本的に艦だった頃の記憶と言われるフラッシュバックを経験する。

 それはもちろん轟沈の瞬間も含めて。イメージは十人十色で一概には言えないらしいが、少なくとも死の直前の記憶は艦娘なら誰しもが持っている。

 だが、実際に死にかけた場合はまた違う。

 深海凄艦との戦いの中、大破し轟沈寸前までいった者が再起不能になる事は良くあった。

 そういう者達は大体無意識に体が恐怖を訴える。

 彼はまさにそれだった。

 サイレンを聞いた瞬間の見開かれた目。

 深海凄艦出現を理解した瞬間の恐怖に震える体。

 もちろん。戦いの場に身を置いたのは本人達の意思だ。

 しかし、その恐怖心は誰にも責める事は出来ない。分かっているからだ。

 自分ではどうにもならない事を。

 だから私は気休めの言葉で励ましを送る。

 彼に何があったのかは私には想像しか出来ない。

 体の改造処置から考えて恐らく一度本当に死ぬくらいはしたのかもしれない。

「私、ああいう男の人の甘えさせてオーラに弱いのよねぇ……」

 そういえば壮一さんもそんな面があった。

 まぁ、あの人と関係はどちらかというと戦友って感じだったけど。

「まだまだ信用には足りないけれど……」

 少しだけ彼の根っこの部分が見れたのは収穫だったかもしれない。

「それはそうとさっさと始末して来なくちゃねぇ」

 早く終わらせてまた彼と茶飲み話でもしよう。

 そうしながら彼の内面を探っていけばいい。

 彼を司令官として認められるかどうかはその内見えてくるはずだから。

「……随分楽しそうなのです」

 ふと出撃用ゲートまで来てみると電ちゃんがいた。

「あらぁ。電ちゃん。今日は一緒に来る?」

「遠慮しておくのです。巻き添えも巻き込むの勘弁なのです」

「まぁ、こんな所まで来るのはどうせイ級くらいでしょうしねぇ。ちょっと遊びに行ってくるわねぇ」

「精々気を付けるのです。一応、敵編成は水雷戦隊三組なのです」

「あらあら……素敵な情報ありがと~。まぁ、それくらいなら大丈夫よぉ」

 電ちゃんは別に心配はしていないとでも言うかの様に私に背を向けて外へと向かう。

「……どうせなので駄犬を連れてくるのです。陸の腰抜け共に海の戦いを見せつけてやるのです」

「それもそうねぇ……すっかり忘れてたわぁ。じゃぁ、よろしくお願いするわねぇ」

「任されたのです」

 それだけ言って電ちゃんは何処か……恐らくは執務室へと向かった。

 さて。

 私もお仕事を終わらせないとねぇ……

「艤装展開……」

 小さな呟きと共に今、戦いの幕が上がろうとしていた。

 

 

 

 どれほどの時間そうしていただろう。

 俺は気づけば執務室のソファーの上で固まっていた。

「………ふぅ」

 ほんの小さなため息を付く。

 まさかあんな幼い少女に慰められるとは思っていなかったというのもあるが、何より一番衝撃的だったのは、深海凄艦への恐怖心だった。

 陸軍に居た間は少なくとも問題なかった。

 それまでも復讐心こそ沸き上がったが、恐怖心が顔を出した事は無かった。

 これは一体どういう事だろうか。

 まさかたった一回死にかけただけでトラウマになったのか?

「馬鹿言え……回数なんか関係あるかよ……」

 そうだ。回数なんか関係ない。

 あいつらを相手にしてただ死の淵を彷徨った。その情報だけで十分なのだ。

 ただそれだけで人間とはいとも容易くトラウマを形成する。

 どうやら俺はもう深海凄艦を相手取って戦える体ではないらしい。

「ふん。どんな様子かと思って来てみれば、駄犬がプルプル震えてるのです」

「んだよ……今は挑発に付き合える気分じゃねぇぞ」

 顔を上げると執務室の入り口に電が立っていた。

 相も変わらず半眼で俺を睨みつけている。

「執務室内でブルってればいいとか、司令官と言う仕事も随分安い仕事になった物なのです。それでもテメェは提督になりに来たと言った男かなのです」

「何?」

「今さっき荒潮が深海凄艦殲滅に出撃したのです。せめて戦闘の様子ぐらい見てやったらどうなのですか?」

 荒潮が……出撃した……?

「出撃しただと!?一人でか!?なんでおめぇは出ねぇんだ!?」

「はぁ……執務室で一人ビビっていた奴のセリフとは思えねぇのです。電は訳あって出撃は出来ないのです。それにどの道あの程度の敵は荒潮一人で十分なのです」

 訳あって出撃出来ない!?

 まぁ、この際そんな事はどうでもいい!

「規模は!?敵の編成はどんなだ!本当に一人で大丈夫なのか!?」

「少しは自分で確かめろってんです。そこに専用のパソコンがあるからそれを使えばいいのです。使い方は気合で何とかすればいいのです」

 パソコン!?

 あれか!

 俺は執務机の上にある一台のノートパソコンに目をやると大急ぎで立ち上げる。

 よし。セキュリティーは無しか……まぁ、今は用心の話はどうでもいい。

急いでいるから好都合だ。

 程なくしてパソコンが立ち上がり何かのシステムが起動した。

 まず最初に目に入ったのは、敵の情報だ。

「軽巡が三隻……駆逐艦が十五!?水雷戦隊三隊分だと!?」

 これに荒潮は一人で出撃したのか!?

正気の沙汰じゃない。死にに行く様な物だ。

『あらぁ?その声は司令官……?』

 次いで新たな画面が起動し、戦場の映像と共に荒潮の声が聞こえてきた。

「荒潮か!?お前、何考えてやがる!?」

 画面越しにさっきまでと変わらぬ笑みを浮かべた荒潮が映っている。

 上空からの映像と荒潮の正面アップ画像。何らかの不思議技術が使われているのだろうが今はそんな事はどうでも良かった。

『うふふ……心配しなくても大丈夫よぉ。第三十六号鎮守府最強の駆逐艦、勝利の女神荒潮さんの戦いを見ててくださいねぇ?』

「あ、おい!荒潮!聞いてんのか!おい!?」

 くそ!回線を切りやがった!

「おい、電!今からでもいい!荒潮を助けに行け!」

「……だから大丈夫なのです。お前は黙ってそこで荒潮の戦いを見ていればいいのです」

 そう言って電は踵を返してどこかへ行ってしまう。

「おい!こら待ちやがれ!あー……くそっ!」

 追いかけようにも荒潮が心配で画面から目を離せない。

 荒潮は既に敵の目の前へと迫っていた。

 

 

 

「うふふ。さぁて……暴れまくるわよぉ~」

 もうすぐ戦闘海域に突入する。

 私は背中に背負った主機の調子を確かめる、

 うん。いたって良好。問題ない。

右腕の主砲と左腕の魚雷発射管も特に問題はなさそうだ。

大丈夫。問題ない。

司令官は未だに通信の向こうから何か言っているみたいだけど……

「……かわいそうかしら?」

 ちょっとだけ罪悪感がこみ上げる。まぁ、でも100点満点の戦果を持って帰ってあげればきっと安心してくれるでしょう。

「うふふ……さぁて……最初の獲物は――」

 視界に敵の姿が入り込む。

 どうやら向こうも私に気づいた様子。

 砲撃が何発かこちらへ飛んできた。

「あらあら。素敵な事するわね?」

 この状況でこれ程の砲撃の雨はむしろ好都合。

 水飛沫でこっちの姿は見えないはず。

 今の内に……

「そこね!」

 まずは一発。主砲を敵駆逐艦に向けて撃つ。

「――!」

 鈍い音と共に敵の一体が爆発する。

 しかし、まだ生きてる。そう別に今の一撃で殺すつもりは無い。

 残念ながら駆逐艦の主砲に威力はあまりないのだから。

 私達の持ち味はあくまで身軽さ。

 素早く、小回りの利くスピードを生かした連撃が駆逐艦の本来の戦い方だ。

 だから、敵の三戦隊分が固まって移動していたのは愚策も愚策。

 駆逐艦が持ち味のスピードを生かせない。

 でも、こっちはたった一人。

 何を気にすることなく……飛び込める。

「そこ!」

 敵から撃ち込まれる砲弾の雨を掻い潜りながら主砲を連発する。

 次第に敵駆逐艦の数が一匹、二匹と減り始める。

「まだまだ行くわよぉ」

 呟き、足に力を込める。

 瞬間、私は敵の一匹の前へと踊りでる。

「こんにちわぁ♪」

「――!?」

 そして相手が反応するよりも早く主砲を突き込む。

「吹き飛びなさい?」

 ゼロ距離射撃。

 相手は為す術もなく爆発する。

「――!!」

 他の敵からの攻撃が一層激しさを増す。

 どうやらようやく私という脅威がどれ程の物か理解した様だ。

「で・もぉ……もう、遅いわよぉ?」

 瞬間私は再び移動する。

 そして今度は敵の横っ腹に鋭い蹴りを叩き込む。

 それだけで相手は吹き飛び、散る。

「うふふ!勝利の女神はここよ~。早く捕まえて~」

 楽し気に一匹、また一匹と撃ち、蹴り、敵群の中を優雅に舞い踊る。

 敵の攻撃は一撃も当たらず、逆にこちらの攻撃は全てが必中。

 そして敵も残す所一体となった所で、敗北を悟ったのか逃走を始める。

 でもねぇ……

「私からは……逃げられないわよぉ?」

 最期に残った軽巡……こいつはツ級だったかしら?

「さようなら。せめて来世では幸せにね?」

 相手が逃げるよりも一瞬早く距離を詰めて、私は最後の一撃をその身に炊き込む。

「――!!」

 声にならない悲鳴と共に深海凄艦が沈む。

 これで今回の敵は殲滅し終えた。

「ふぅ……あら?あらあら、大変。結構壊しちゃった~」

 気づくと主砲の砲身が焼け切れていた。

 ちょぉっと無茶しすぎちゃったわねぇ。

 深海凄艦の残骸が燃え盛る海を背にして私は鎮守府への帰路へ着いた。

 帰ったら司令官は褒めてくれるかしらぁ?

 何だかんだでそんな事を期待しながら。

 

 

 

「なんだよこれ……」

 俺はここに来て何度目かの言葉を失っていた。

 今しがた目の前で起きた事を理解できなかった。

 端的に言ってしまえば、三戦隊分の敵をたった一人で、しかも無傷で殲滅したという事になる。これが艦娘の実力ってものなのだろうか?

 だとしたら俺は艦娘達を舐めていたとしか言えない。

 俺達陸戦隊の人間が束になってようやく一匹に対抗出来るかって所なのに、荒潮は何十倍という相手を圧倒したのだ。

「……なんつう戦闘力だよ」

 今なら電の言っていた事が納得できる。

 確かにこれだけの力があれば、一人で十分だ。

 むしろ邪魔にしかならないだろう。

 しかし、今日は驚いてばかりだ。

 これ程までに今までの価値観を立て続けに覆された日があっただろうか?

 俺は緊張の糸が切れた風に執務室の椅子に倒れ込む。

 帰ってきた荒潮に何て声をかけようか考えながら。

 

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