決まっているだけ、とも言う。
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「なぁ、雷ちゃん」
「はい?」
「ブラック鎮守府って、知ってる?」
唐突に何言い出すんだろう、と雷は思った。そもそも、目の前の龍驤はこの間の自転車の人で、突然執務室にやってきて実は艦娘でしたとか言い出した変人だ。いまいち納得出来ないし、正直胡散臭い。
まあだからといって無視をするというのは人としてどうかと雷も思うわけで。とりあえず質問に答えよう、と首を傾げた。
「えっと、とりあえず事件をゴルゴムの仕業にするとか、その時不思議な事が起こったりする鎮守府ですか?」
「うーん、そういう信じる奴がジャスティスな場所とは程遠い存在やね」
ははは、と笑いながら龍驤は手をヒラヒラさせた。笑いながら、まあ当人にとっては笑い事じゃないだろうけど、と続けた。
曰く、違反行為が蔓延していたり、非人道的なことが行われていたりする場所だとか。
「……普通に警察沙汰ですよね」
「せやな」
むかーしむかし。艤装のシステムがまだ確立されていない時代にはポツポツ存在していたらしいが、今はもう都市伝説レベル。とはいえ、現代の基準に合わせたブラック鎮守府というものは確かに存在しているらしい。
困ったもんやね、と肩を竦めながら龍驤はそう締めくくった。話は終わり、と言い切った。
それに待ったをかけたのは雷である。一体全体この会話に何の意味があったのか。そう彼女に食って掛かると、不思議そうな顔をして首を傾げられた。
「ぶん殴りますよ」
「どうどう。……んー、まあ、えっか。雷ちゃん、司令官にお使い頼まれてたやん」
「へ? まあ、一応」
「実はアレな、お使いの荷物は雷ちゃん自身なんや。ブラック鎮守府にキミを受け渡して資金をもらおうと言う鬼畜の所業でな。キミみたいな元気で可愛い子は、きっと色々サれてしまうんやなと思ったらつい」
そこで言葉を止め、よよよ、と袖で涙を拭う真似をする。そのタイミングで、ざけんなという声と共に繰り出された一撃を背後から喰らい、龍驤は床へと吸っ転がった。立ち上がり振り向きながら何すんねんと抗議の声を上げたが、追撃のチョップを構えている提督の姿が見えたことで一歩後ずさる。おおぅと凡そ乙女らしからぬ声で、彼女はそのまま雷の背中に回った。
「おい龍驤。いたいけな少女を騙すな」
「騙すやなんて。ウチは正直者で通ってるんやで」
「そうか。じゃあその言葉を真実にするために、龍驤をあっちに届けるとしよう」
スマホを取り出す。慣れた手付きでとある番号を呼び出し、通話ボタンを押すため指を動かした。
ストップ、と龍驤がそんな彼を全力で羽交い締めにする。何しやがる、という彼の文句は五月蝿い黙れ、という飾ることのない返答で掻き消された。
「あっちって、やっぱりあっちやん!? いやいや、ええの? 司令官、そうなると古巣は川内だけになるんやで? というかむしろ司令官が古巣を追い出された形になるんよ? そんなことしたら、そんなことしたら」
何かを想像したのか、うげ、と龍驤は顔を顰めた。それだけは絶対に阻止せねばならない、と呟き、そのまま全力で彼のスマホを奪い取った。
あ、こら、という彼の言葉など聞く耳持たず。そのまま龍驤はスマホをホーム画面に戻すと電源を落とした。流石に壊すと更にマズいことになるという自制心が働いたらしい。ふっふっふ、と笑いながら、電源の切れたスマホをゴミ箱に投げ入れる。
正義は勝つ、と何故か誇らしげに彼女は無い胸を張った。
「えと、龍驤さん?」
そんなやり取りを聞いていた雷は、ふと聞き流せない言葉を耳にした。龍驤がいなくなると、古巣は川内だけ。それはつまり、龍驤も古巣、つまり提督との付き合いの長い艦娘だということに他ならず。
「ひょっとして、司令官と古い付き合いの二人って」
「ん? ウチと川内」
それがどうかしたのか、と首を傾げる。どうしたもこうしたもない、と雷はそのまま彼女に詰め寄った。
すっかり調べるのを忘れていた。そんな反省は、先程投げ入れられたスマホのようにゴミ箱に捨てることにした。
ゴミ箱からスマホを救出した彼は、だったらもうお前も行け、と言い放った。その言葉に不満気な顔を一瞬した龍驤は、しかしまあその程度ならいいかと首を縦に振る。じゃあ行ってきます、と隣の雷の手を取ってさっさと執務室を後にした。
そのまま外に出て、乗った乗ったと駐車場に置いてある鎮守府の車のドアを開け。
「運転出来るの!?」
「そりゃぁ、もう立派な大人やし」
どう見ても大人に見えない。すんでのところまで出掛かったその言葉を飲み込んで、雷はそうなんだと頷く。ちらりと彼女を横目で見たが、そのことに何も言うこと無く龍驤はそのまま車を発進させた。
元々そのつもりだったんだろうなぁ、と龍驤は呟く。え、と隣を見ると、笑顔を浮かべている彼女がいた。
「お使いに行く鎮守府結構遠いやん? 車ないとキツかったんちゃうかな」
「あ、そうか」
軽く考えていたが、バスの本数が少ないこの田舎町では遠出するのは一苦労だ。徒歩や自転車で大丈夫なのは精々鎮守府から港町まで。そこから先を自由に移動したければ、どうしても車が必要になる。
「あれ? でも、海を渡れば別に」
「危険は少ない方がいい。多分司令官は許可出さんよ」
「むう」
実際問題、前回の出撃で派手に吹っ飛んでいる以上、そこについて文句は言えない。まあ現状車で移動出来ているので、その辺りは割り切ろう。そんなことを思いつつ、雷はそれはそれとしてと手で何かを移動させる仕草を取った。
「龍驤さんに、聞きたいことがあるんですけど」
「司令官のこと?」
う、と詰まる。図星やろ、と笑う龍驤を横目で睨みながら、そうですと短く返した。
あの前振りでそうでなければ逆にビックリだ。そんなことを言いつつ、笑みを浮かべつつ。龍驤は少しだけ考えるように唸った。
「何を聞きたい?」
「え?」
「川内ほどやないけど、ウチも結構古い付き合いやしね。多分大抵の質問なら答えられる思うんやけど……。何か何まではちょっちキツイかな」
「あ、そっか」
言われてみれば。ぽん、と手を叩いた雷は、じゃあ何を聞こうかと頭を悩ませた。欲を言えば知っていることを全て教えてほしい。でも、それは叶わない。となれば。
よし、と口を開く。が、その前に、と龍驤がそれを手で制した。あんまし堅苦しい話し方せんでもええよ。そう言って彼女はケラケラと笑った。
「じゃあ遠慮無く。司令官って、昔からあんな感じだったの?」
「ふむ。それは難しい質問やね。とりあえず、あんな感じいうのは、やる気なさげなオーラを出している状態ってことでええよね?」
コクリと頷く。そうか、と頷いた龍驤は、少しだけ難しい顔をして前を睨んでいた。まあいいか、と呟くと、大体め組の提督になったあたりからやねと言葉を続けた。
「言うても、性格的には別に変わらへんかったよ。やる気ない感じなのはウチが来た時からやし」
「え? でも」
「昔の仲間にな、司令官のケツ叩いて働かせる奴がいたんよ。背ぇ小さいのに威圧感凄くてな。まあ司令官も何だかんだでやる男やったんで、上手い具合に噛み合ってた」
そこで龍驤は言葉を止める。続きを、と沈黙を保っていた雷であったが、しかしそのまま口を開かない彼女を見て、何か嫌な予感が頭を過る。
そんなある日。再度口を開いた龍驤の言葉に、雷は思わずビクリと肩を震わせた。聞きたいのに、聞いてはいけないような気がする。そんなことを思ってしまった。
「深海棲艦がとある町を襲った。丁度、他の鎮守府は中枢棲姫の討伐に精を出していた頃か。多数の深海棲艦の攻撃で、町はボロボロになった」
「……」
「ウチらは、その町の救出に向かった。司令官の部隊は六人。ウチと川内と、その娘も当然おった。こちらの戦力は少ないが、それでも段々と相手を押し返していたんや」
再度言葉を止める。いいのか、とでも言うように、雷が先を促すのを待っている。
ゴクリと唾を飲み込んだ。そして、続けて欲しいと彼女は言った。
「町が襲われてる、ということは、当然助けを求める人もいる。……逃げ遅れたらしい二人の女の子を見付けたのは、司令官とその娘やった。女の子の片方は、気絶しているもう片方を必死で守ろうとしてた。深海棲艦なんか怖くない、って目をしてた」
息を呑む。目を見開き、思わず龍驤の方を見る。そんな雷を見ること無く、龍驤はハンドルを握りながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
当たり前のように、彼と彼女はその少女達を守ろうと動き出した。他の面々にも指示を伝え、周囲にいる要救助者の確保を優先しろと叫ぶ。了解、と皆はそれに返事をし、敵を倒すのではなく味方を助ける動きに、本来の彼女達の動きに変える。
だが、それでも。相手の攻撃が緩むことはあり得ない以上、どうしても被弾が増える。
「まあ、あの娘や川内やもう一人は周りの敵を素早く倒す方が結果的に味方が助けられるいう考えやったから。やること自体はそこまで変わらへんかったけどね」
「……それで」
「ん?」
「その女の子は」
「助かったよ。戦闘終わるまで歯を食いしばってたみたいでな、司令官が「君がその娘を守ったんだから胸を張れ」って頭撫でたら緊張解けて気絶しちゃったけどね」
あはは、と龍驤は笑う。あはは、と雷はどこか乾いた笑いを上げた。
視線を彷徨わせつつ、しかしちらりと横を見る。特に何か変化があるわけではない龍驤の顔を見て、雷は更に挙動不審になった。
が、しかし。そこでふと気付く。今の話、質問の答えと何か関係あるのか、と。
「あ、ひょっとしてあれか。その娘がその時死んでしまったから、司令官あないなった、みたいなオチだと思った」
「……うぐぅ」
「あははははっ! 正直者は好きやで。心配せんでも、その娘も他の面々も、怪我こそしてたけど全員無事。……まあ、助けられへんかった人々もおったから、ハッピーエンドとはいかんかったけどな」
龍驤のその言葉に、雷も当時を思い出す。行方不明、というはっきりと明言させない死亡者が多数いた。自分があの時寄り添っていたあの娘の親も、その行方不明者の一人だったはずだ。
「雷ちゃんは建物の被害で済んだんやったっけ?」
「うん、まあ。……お父さんもお母さんも無事だ、った……し」
弾かれたように横を見る。ニヤリ、と口角を上げている龍驤が見えて、彼女の頬は一瞬で真っ赤になった。
あの時の娘がこんな立派になったとはなぁ。そんなことを言いながら、彼女はそのまま鼻歌を奏で始める。隠すことのないその一言は、つまり。
「知ってたの!?」
「もち。司令官はどうか知らんけど、川内もウチも顔見てすぐに分かったもん」
だから、あの前置きはわざとだ。そう言って龍驤はケラケラと笑った。本当はもっと簡潔にかつ軽く話せる内容の話をもったいぶったのは、そのためだ。そう続け、プルプルと震える雷を実にいい笑顔で眺めた。
ちなみに現在赤信号である。
「元々司令官は攻めより守りを重要視する人で、って知ってるか。まあ、あの後に攻撃要員は他の提督で足りているから、田舎などの守りが手薄な場所に行きたいって異動届出したんや。で、ここの提督になった」
「……」
「でも、困ったことに田舎町に練度の高い艦娘を全員連れていく許可は出んかった。で、司令官が選んだのは初期艦の川内と、ウチの二人。……おかげで、ケツ叩いてくれる人がいなくなった司令官は本来のやる気なしモードが全開になってまったんやねぇ」
「碌でもない!?」
ちょっといい話かと思ったら、結局ダメ男ではないか。そんな感想を持ってしまった雷は、彼女の中の過去の幻想にまでヒビが入る音が聞こえた気がした。まあ一応性根は憧れた人のままなのだから、と何とか踏み止まり、思い出のヒビを最小限に抑える。
「ま、でもそれには理由があるといえばあるんよ」
「へ?」
少しだけ龍驤は表情を真面目なものにする。先程とは性質の違う笑みを浮かべ、まあバレバレだったけど、と前置きをした。
あの娘には、田舎で腐るようなことをして欲しくない。もっと活躍出来る場所がある。そう思っていたから、選ばなかったのだ。そう彼女は続けた。
「ま、勿論ふざけんなって怒ってたけどなぁ。勝手に決めるなー、どんな采配してるんだー、本当に迷惑だー。って散々司令官罵倒してた。そっちがその気ならこっちも考えがあるぅ言うて息巻いてた」
「な、何か凄い人だ……」
まだ見ぬ恩人の一人のイメージを思い浮かべつつ、あははと雷は頬を掻く。艦娘になった自分を見て、その人はどんなことを言うのだろうか、と少し背筋が寒くなった。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか。龍驤はこれがまた傑作でな、と前を向いたまま笑い出した。まあ個人的には笑えん部分もあるけどと言いながら、しかし笑顔で言葉を続けた。
「艦娘辞めて提督になったんよ。残りの面々の内二人を部隊に入れて、どんどん戦果を伸ばしてる」
「……え?」
「これで気兼ねなく文句言えるいうことなんやろね。まあその成果か、今もあの娘の鎮守府とは交流続いてるし」
「へぇ……」
色々と古傷を突かれた感じはあるが、成程確かに何だかんだで聞きたいことを聞けたような気がする。そんなことを思った雷は、素直に頷き、素直に礼を述べた。どういたしまして、と龍驤は笑いながら言葉を返す。
「で、ちなみに今向かってるのはそこやないんよ」
「あ……そうなんだ」
「今若干ホッとしたな?」
「ち、違うわよ!」
隠すな隠すな、と龍驤は笑う。自分もあっちに好き好んで行きたくないし、とフォローを入れるように手をヒラヒラさせた。
勿論雷にとってはフォローでも何でもなかったことをここに記載しておく。
「へくちっ!」
「アレ? 風邪?」
同時刻、どこぞの鎮守府執務室。とある人物がくしゃみをしていたとかなんとか。
「違うわね。……どっかのバカが人の噂でもしてるんじゃないかしら」
「どっかのバカ……提督のコト?」
「んー。いや、多分龍驤」
「やけに具体的ネ……」
秘書艦らしき女性の言葉に、彼女はまあねと言葉を返す。だってあいつなら噂する意味ないし、と書類の横にあったスマホを手に取った。
画面ではメッセージアプリが起動中、相手は。
「あ、提督と繋がってるじゃないノ!」
「そ。面倒臭いったらないわ」
やれやれ、と彼女は肩を竦める。それを見て、女性はクスクスと口元を隠し微笑んだ。
相変わらず素直じゃないデスネ。そんなことを言いながら、女性は彼女の机に紅茶を置く。
「今度、向こうに行く用事デモ、作りましょうネー」
「あんたが会いたいだけじゃないの?」
「Yes! That‘s right!」
全力でサムズアップする女性を見ながら、彼女ははいはい、と肩を竦めた。
艦これなのに陸。