目的地に辿り着いた時点で、時刻はまだ昼過ぎ。お使いを済ませても時間の余裕は十分であった。これが車の力か、と無駄に感心している雷を余所に、龍驤はさっさと終わらせるぞと鎮守府の受付へと向かう。
「そういえば。この箱、中身って何なの?」
「ん? 知らんで運んどったん?」
「あ、ははは……」
「仕事の内容はきちんと把握しとかんとあかんで。そんなんじゃ駄目よ」
「それわたしのセリフ!」
だったら言われないようにしておけ、と龍驤は雷の頭をポンポンと叩く。不満気に頬を膨らませる雷を見て笑顔を浮かべつつ、そのまま箱を持ち上げた。会話をそこで打ち切ったことから、どうやら普通に教える気はないらしい。
とはいえ、じゃあここで騒いで聞き出すのかと言えば。仕方ない、と諦めたように肩を落とすと、雷は龍驤の横についた。
「聞かんでええの?」
「龍驤さんが教えてくれる気になったらでいいや」
「一生ならんかもよ?」
「その時はその時。帰って司令官にでも聞くわ」
言葉ついでに涼しげな顔も浮かべてみる。その余裕の表情を見てどういう感想を抱いたのか、龍驤はそうかいとだけ返すと視線を雷から前へと向けた。
そうして、二人は案内されるがまま、暫しの間無言で足を動かし続ける。
「雷ちゃん」
「はい?」
「この箱の中身なんやけど」
「あ、教えてくれるんだ」
「そそ、ウチの負け」
そう言いながらニヤリと笑う。果たしてその表情は本当に負けを認めているのか。傍から見る限りどうにも胡散臭いものの、しかし雷にとってその辺りは別にどうでもいい。それで箱の中身は、と語り出す龍驤へと視線を向け、次の言葉を待つ。
「艤装のコアなんよ」
「……え?」
「ウチと川内でぶっ倒した深海棲艦から抽出した、いわゆるドロップ艦言うやつ」
「へ? ……え!?」
目をパチクリとさせた後、雷は箱を見、龍驤へと視線を向け、そして再度箱を見た。そうして取り乱したまま、何で持ってきてるのかと彼女へと詰め寄った。普通はその手の戦利品は入手した鎮守府預りになるはずなのに。そう続け、さあ答えろと目を細める。
そんな雷への龍驤の返答は一言であった。司令官が運用を面倒臭がっているから。
「……」
「お、絶句したな?」
「あ……ったりまえでしょう!? ドロップ艦を手に入れたなら、め組の戦力増えるじゃない!」
「それをめんどがってるんよ。手に入れた艤装のコアに適合する娘があそこに馴染むとも限らんからね。……場合によっちゃ、せっかく申請したのにすぐ別の鎮守府行きてオチもあり得る」
「う」
なぁ、と龍驤は笑顔を向けた。ところで、雷ちゃんは配属してまず出した書類は何やったかな? そんな追い打ちをついでに掛けた。
わざとらしいくらいに雷は目を逸らした。それを見て満足そうに頷いた龍驤は、ポンポンと箱を叩きながら言葉を紡ぐ。そういうわけだからと話を続ける。
「別の鎮守府に渡す代わりに、色々と融通してもらう言うわけよ」
「な、成程」
ある程度戦況はこちら側にバランスが傾いているとはいえ、戦闘そのものがなくなったわけではない。現在も大規模作戦とかいうものは行われているし、それに参加する鎮守府も多々あるのだ。そういうところへと交渉を行い、今回のようにドロップ艦を手土産にめ組鎮守府に必要なものを調達するわけである。
執務室へとやって来た二人は、案内の艦娘の後に部屋へと足を踏み入れた。少しインテリアは飾ってあるものの、カラオケマシーンやドレッサーのないそこはまさしく執務室であり、机で書類を処理している人物と合わせて雷がかつてイメージしていた提督の姿そのものであった。一礼し去っていく案内の少女を横目で追いつつ、彼女はもう一度ここの提督を見る。極々普通の格好をしているその男性が、何だかとても立派に見えた。
「雷ちゃん」
「はい?」
「それは流石に司令官バカにし過ぎやない?」
「……ごめんなさい」
気持ちは分かるけれど、と雷の頭をポンと叩くと、龍驤は箱をここの鎮守府の提督へと受け渡した。傍らにいた秘書艦がそれを受け取り、中身を確認。いいんですかという言葉に、彼女は構わんよと手をヒラヒラさせた。
「元々自分らの鎮守府では運用が難しいもんなので。そちらで使ぅて貰えるなら、その方が艤装も嬉しいと思います」
龍驤の言葉にありがとうと二人は頭を下げ、では手続き終了の書類を作るので少し待って欲しいと続けた。それに頷いた雷と龍驤は、そのまま執務室のソファーに腰を下ろす。既に仕事を終えた気になっていた二人は、これからどうしようかと予定を頭の中で組み立て始めていた。
そうこうしている内に書類の作成は終わり。それを貰い一礼した二人は、執務室を後にした。手ぶらになり頼まれた仕事も終わったので、後は先程考えていたことを実行に移すだけである。
「ねえ雷ちゃん」
「何? 龍驤さん」
「どうせやし、ちょいと観光せぇへん?」
「この辺りを?」
「そそ。掘り出し物とか見付けたいやん」
買い物にしろ、食べ物にしろ。何かしら発見出来たらいいなと口角を上げた龍驤を見ながら、雷もまあいいかと頷く。帰って仕事をする、という選択肢は彼女達の中には無かった。実際仕事がないので、二人の行動はそこまで間違ってはいない。
善は急げ。そうと決まれば、と彼女達は鎮守府の駐車場へと向かうのであった。
自動ドアをくぐり、外に出る。手に持った袋を眺めながら上機嫌の龍驤を見て、雷は不思議そうな表情を浮かべた。
「何やその意外そうな顔は」
「あー、いや。龍驤さんって、もっとこう違うイメージだったから」
「どういうイメージかは聞かんどく」
けっ、と吐き捨てるように言うと、彼女は買い物の成果を眼前に掲げた。中身は本、それも漫画などではなく、小説でもない。ちょっとした資料にでもなりそうな、その手の知識本であった。
ちなみに雷も同じように買い物をしているが、こちらは年頃の少女らしく漫画である。が、こちらはこちらで買ったのは少年漫画であった。大海原に眠る七つの宝を目指し、大妖怪をその身に宿した死神が仲間を集めて進む冒険譚だ。
「ウチとしては、雷ちゃんがそれを買ったほうが意外やわぁ」
「そ、そうかな? これ、女の人にも人気なのよ」
「ふーん」
まあ趣味は人それぞれだと思っている龍驤は、そこからは踏み込まない。今度試しに読んでみるか、と呟きつつ、次はどこに行こうかと車の鍵を開けた。雷と共に後部座席へと本を入れると、ちらりと時計を見る。
少し小腹も空いてきた。夕食までまだ時間もあることだし、軽く何かを食べても問題無いだろう。そう判断をした龍驤は雷へとその旨を伝える。問われた方は少しだけ自身のお腹に視線を落とすと、軽くそこをさすり、まあいいかと頷いた。
「よっしゃ。んじゃ何を食べようか」
「あんまり重いものだと夕飯食べられなくなるし」
「若いもんがそういうの気にしたらあかんよ。食いねぇ食いねぇ」
「……龍驤さんって、その」
「ウチはまだ二十代。オーケー?」
「お、おぅけぃ」
目が本気だった。コクコクと頷く雷を見て軽く息を吐いた龍驤は、スマホを取り出すと何やら検索をし始めた。周辺の飲食店を適当に探し、そこからピックアップするつもりらしい。まず動く、という理念だった雷は、そんな彼女を見て成程と頷いた。
まあこの辺か。よし、と操作の手を止めた龍驤は、どれがいいかと画面を見せる。どうやら一応は雷の意見を汲んだらしく、表示されている店は軽食タイプのものが大半であった。こっそり混じっていた焼肉食べ放題は見なかったことにした。
「あ、ここなら近いし、丁度いいんじゃないかしら」
「あいよ。んじゃ、そこにしますかね」
エンジンを掛けると、龍驤は駐車場を出て目的地へ向かう。信号を二つ超えた程度で辿り着くそこは、一見男性だけで向かうにはハードルが高いように見えた。勿論雷も龍驤も女性である。そこは何ら気にしていない。
カランカラン、と入り口のベルが鳴る。カウンター横のショーケースに並んでいるケーキはどれも美しく食欲をそそり、当初の目的とは違うものを思わず食べたくなってしまった。どうしようか、と顔を見合わせ、とりあえず保留だと結論付ける。
席に案内された二人は、メニューを眺めながらしばしそちらに思考の全力を傾けた。
結局ケーキを食べることにした二人は、飲み物とケーキを二つずつ注文する。食べるねぇ、と笑う龍驤に、そっちこそと雷は笑い返した。
「あ、そういえば龍驤さん」
「ん?」
「司令官の前の所属艦の話って、もう少し聞いてもいい?」
「まあ減るもんやないからええけど。朝も言った通り、今め組にいるのはウチと川内だけやで」
自分が以前助けられた少女であるなど先刻承知、と暴露された時にその辺りは聞いている。聞いているのだが、ならばそれ以外はどうなのか、という話は結局途中でこちらに着いたので聞けなかったのだ。
「恩人のこと聞きたぃいうのは分かるけど、ちゃんとめ組の方も気にかけんとあかんよ?」
「いや、気にかけるもなにも。あそこでわたし、艦娘は霧島さん、如月ちゃん以外に会ったの龍驤さんだけだよ?」
「で、川内のことは今から聞くのに入ってる、と」
そういうこと、と頷いた雷は目の前のアップルパイをサクリと切る。ほら問題ないと言わんばかりにそれを口に入れると、りんごの甘味と酸味を味わいながら紅茶に手を伸ばした。
「……まあ木曾はいっか」
「へ?」
「こっちの話。んじゃしゃーないからお話しましょかね」
「うんうん」
「で、誰のこと聞きたい?」
キシシ、と笑いながら龍驤は雷を見る。自分を含めて七人はいるが、一体全体どいつから聞きたいのか。そんな悪魔の選択を彼女は雷に迫った。
何故悪魔の選択なのかといえば。一人話すくらいで帰る時間だな、と龍驤が言い出したからである。
「むむむ。……って、わたしその七人の名前も聞いてない!」
「ありゃ、そうだった?」
これは失敬と笑みを消さないまま龍驤はコーヒーを一口。モンブランのクリームをすくい取りながら、では改めてと口を開いた。
「初期艦は川内。一番付き合いが古いのもアイツやね。次いでは、んー、足柄かな? んで霞ちゃん。でもって明石がいて大淀ちゃんがおって、ウチがいて。最後が金剛か」
「へー」
「さ、どれ聞く?」
ううむ、と雷は考える。とりあえず川内は現在同じ鎮守府にいるらしいので今回はパスだ。龍驤も同じく。となると残るは足柄、霞、明石、大淀、金剛の五人なのだが。
それにしても何ともバランス悪いな、と雷は思った。その面々で町に攻めてきた深海棲艦を撃退したのだから、やはり提督の腕は誇れるものなのだろう。そんなことを何となく考えた。
「うーん……」
「よし、んじゃサービスをあげよう」
「え?」
「大淀ちゃんは現在め組鎮守府管轄下の港町の何でも屋窓口店主やってるんよ」
「え!? じゃあ大淀商店の大淀さんが司令官の大淀さん!?」
「そそ。ま、今はあの娘フリーの任務娘やけどね」
これで聞きやすくなっただろうと龍驤は二つ目のケーキに手を伸ばす。ティラミスのチーズクリームを味わいながら、雷が正解を出してくれるかをじっと待った。
正解、といえば語弊があるかもしれないが、龍驤にとってはとあるキーワードを用いた質問をしてくれれば彼女を褒め称えて色々話してやろうという考えを持っていたのだ。一人分などと言わず、一気に三人纏めて話せるような、そんなものを。
「……えっと」
そのままケーキを食べながら考え込んでいた雷が、決心したように口を開いた。これはちょっと反則かもしれないのだけど、と前置きをし、龍驤に向かって自身の思い付いた質問を口にする。
「龍驤さんの言ってた、司令官を引っ張ってたっていう人は……?」
「司令官をどやすために提督になったっていう?」
コクリ、と頷く。それを聞いてニヤリと笑った龍驤は、フォークを置くとパチパチと小さく手を叩いた。正解や、そんなことを言いながら、残っていたコーヒーを飲み干しお代わりを注文する。
「正解?」
「こっちの話よ。それを聞かれたからには、しゃーないな」
よしよし、と数度頷くと、龍驤は雷の目を見た。ビクリとそれに反応した彼女を見てケラケラ笑った龍驤は、まあもったいぶることでもないかと頬杖をつく。
そうは言うものの。雷にとってはどうにももったいぶっているようにしか見えなかったので、少しだけ眉を顰め不満気に頬を膨らませた。そして同時に、龍驤の口から語られる言葉を聞き逃さぬようにと集中しゴクリと唾を飲み込む。
「とりあえず、明石は今何しとるか知らんのでパスな」
「……あ、はい」
「というわけで、残る三人について話そか」
「三人?」
「そそ。だってその三人は現状一纏めやからね」
過去話よりはこちらの方が適切だろう。龍驤がそう目で訴えるのを見て、雷はまあ確かにと頷いた。性格や人物像はどのみち語られるのだから。
「んで、提督になったのは――」
そのタイミングで、サイレンが鳴り響いた。め組鎮守府でもよく聞くそれは、深海棲艦が鎮守府の守護領域に侵入してきたという警告の合図だ。その証拠に、店内は急にざわめき出し、急いで逃げないとという声が聞こえてくる。
「あー、こりゃもう、いいタイミングやわぁ」
「言ってる場合じゃないでしょ! 行かなきゃ!」
「行くって、どこに?」
「それは勿論、この町を助けによ!」
「ここにウチらは所属してない。いわば部外者や。場合によっちゃ始末書モンどころやないよ? それでも?」
「それでも!」
即答した。雷は、迷うことなくそう述べた。それを聞いた龍驤は楽しそうに笑うと、ならしょうがないなと立ち上がる。勘定済ますまで待っててや、と軽い調子で手をヒラヒラさせた。
め組ほどではないにしろ、向こうもある程度慣れているのか割とすんなり会計を済ませると、二人は店を出て海を目指す。避難をする住民でごった返しているのを眺め、仕方ないから車は置いていこうと肩を落とした。
「ここの鎮守府結構大きかったのに、何でみんな慌ててるんだろう……?」
「町も大きいし、ウチんとこみたいに鎮守府も守る専門やないからね。きっとカバーしきれへんのでしょ」
言外に自分達の方が変なのだと言いつつ、龍驤はここからでは見えない海へと視線を向ける。スマホを取り出すと、登録してある番号へと通信を繋げた。
「あ、司令官? ウチやウチ。ちょいとこっちで戦うから、雷ちゃんと二人分の許可おくれ。……あ? 理由? 街を守るためよ、悪巧みなら無許可でやっとるっつの」
うし、と電話を仕舞うと、龍驤は雷へと向き直った。そういうわけだから、と笑みを浮かべると、艤装顕現用の端末を取り出し構えている。そこに浮かんでいるのは独特のシルエットの艤装を纏った少女の姿と、『軽母』『龍驤』の文字。
それを見て頷いた雷も、同じように端末を取り出すと画面に掌を押し付けた。浮かび上がる『駆逐』『雷』の文字を見て、彼女は薄く笑みをうかべた。
そうして二人は、その端末を自身に向けて、纏うようにそれをかざす。
「抜錨!」
「抜錨や!」
光が集まり、艦娘としての力を引き出す。装着と同時に、彼女達は人間離れした勢いで海へと駆けていった。
勢いを付け過ぎて駐車場のアスファルトがひしゃげたのは、見なかったことにした。
変身ヒーロー的な何か