演習場の端に並べられた机。その席の一つに、何でこんなことになっているのだと非常に不満気な顔で座っている眼鏡の女性がいた。その隣にはツインテールの少女に見える女性、言わずもがな龍驤がケラケラと笑っている。
「何や何や大淀ちゃん、ノリ悪いで」
「……説明不足も甚だしいですからね」
「大淀ぉ、ソーユー細かいことをThroughするのも大事ネー。そんナンじゃ駄目ヨー」
「一番大事なことだと思います」
こいつらに聞いた自分が馬鹿だった。そんなことを思いながら、大淀は龍驤と金剛のコンビから視線を残りの三人に向けた。提督はきっとあてにならないだろう。そう判断をし、彼女は霞と足柄に目を向ける。
「対抗演習をするのよ、これから」
「うちのルーキーと、向こうのルーキーの大激突ってわけ。……って、ちょっと龍驤、よく考えたら別に霧島ちゃんと如月ちゃんルーキーじゃないじゃないの!」
「あん? ウチはこっちの新米とそっちの三人で勝負言うただけやで。新米ってのは、勿論雷ちゃんのことや。霧島ちゃんと如月ちゃんはついで」
ぐぬぬ、と足柄が顔を顰める。自分達からすればヒヨッコである、という観点からすれば大差はないのだが、相手と比べるのであれば流石に少しばかりこちらが不利だ。そう判断した彼女は、尚も文句を言おうと口を開き。
気にすることはない、という霞の声でそれを閉じた。
「それとも足柄さん、あの娘達が信用出来ない?」
「む」
「足柄は心配性ネー」
「やかましい」
ふん、と彼女はそっぽを向く。が、すぐに大淀への説明の途中だったことを思い出し視線を戻した。大体の事情を察した大淀は、そんな足柄に大丈夫だと手をヒラヒラさせる。
これまでのやり取りからすると、どうやら自分は目の前の勝負の見届人として呼ばれたらしい。そう判断したのだ。
「どちらにも属さない平等な人間が必要、ということですか」
「ま、そういうことだ」
よろしく、と傍観していた提督が締める。相変わらずやる気のない表情で、飄々とした態度を崩さない。そんな彼の顔を見て、思わず彼女は笑みを浮かべた。
「でも提督、霞ちゃん。私は兼任しているとはいえめ組の任務娘でもあるので、ちょっとはこちらに肩入れしちゃいますよ」
「構わないわ。どうせ勝つのはこっちだもの」
「言ってくれるなカスミ。うちの霧島と如月も、前回よりやる気出してるからそう上手くはいかんぞ」
「ふぅん。霧島と如月も、ね」
ちらり、と演習場を見る。準備が終わったらしく、それぞれのチームで分かれながら開始の合図を待っているのが視界に映った。向こうもそんな霞の視線に気付いたらしい、鹿島が顔を向け、ヒラヒラと手を振っていた。振ってる場合か、と彼女は眉を顰め指で向こう側の三人を指差す。
「いい感じに力抜けてるわね」
「……まあ、そうね」
霞の視線を追ったのだろう。足柄が手を振っていた鹿島を見ながらそう呟く。同意をしつつも、しかし安堵した様子もなく、霞は演習開始のブザーが鳴るのを静かに見守った。
だが、その前に。視線を動かすことなく、彼女は横にいる提督に言葉を紡ぐ。かつては上司、今は同僚の彼に、それを述べる。
「あの時の女の子が、あんたのところでどれだけ育ったか。見せてもらうわよ」
相手は練習巡洋艦が一人、駆逐が二人。対するこちらは、戦艦一人に駆逐が二人。単純な戦力で見るならばこちらの方が上なのは間違いないのだが、しかし。雷はちらりと霧島と如月を見、そして溜息を吐いた。
「どうしたのよ雷ちゃん」
「さっきまでの勢いはどうしたの?」
「あー、いや、ちょっと」
ポリポリと頬を掻きながら、雷は二人から視線を外し相手を見る。鹿島はヒラヒラと向こうに手を振っており、曙と不知火はじっとこちらを睨んでいる。気負っているというわけでもないだろうし、かといってやる気が無いかといえばそんなわけはない。
いけるのだろうか。雷は今更ながらそんなことが頭を過ぎった。向こうがどれくらいの練度なのかは知らないが、少なくとも普段は奇人変人と演習しこちらに攻めてくるたまのはぐれ深海棲艦と戦う、といった自分より実戦慣れしているのは確かだ。最悪、脱落するのは自分が一番早いということもあり得る。
いけない、と雷は首をブンブンと振った。最初から気合で負けてどうする。こういう時は、まず何より気持ちで負けては駄目なのだ。そう言い聞かせ、睨み返すように相手と視線を交差させた。
「気合入っているわね」
「……ま、こっちもそれなりに頑張らないと、司令官に怒られちゃうし」
そんな雷を見た二人も、やれやれと肩を竦めるとそれぞれの得物を取り出した。霧島はマイク、そして如月は、長射程砲。
ブザーが鳴る。対抗演習開始の合図が響き渡る。穏やかな顔をしていた鹿島が一瞬にして真剣な表情に変わるのを確認した雷は、思わず動きを止めてしまった。が、すぐに気を取り直すと、足に力を込め向こうへと駆ける。
「雷ちゃん!?」
霧島が叫ぶが、彼女はそれに返事をすることなくマウントしていた錨を取り出し握り締める。しょうがない、と肩を竦めた如月は、雷の援護をしようと長射程砲を相手側の一番遠い者に向けた。
「何? アンタ、その砲塔は飾りなの?」
肉薄した雷を一瞥し、曙はそんなことをのたまう。その表情は変わらず鋭いまま、別段動揺した様子もない。それどころか、その声色はどこか嬉しそうに感じられるほどで。
構うものか、と雷はその錨を振るった。横薙ぎに一撃、そして追撃に縦をもう一撃。命中さえすれば適当な深海棲艦であれば大破必至であろうその攻撃は、しかし。
「なっ!?」
「バッカじゃないの? そんな大振り、当たるわけないじゃない」
どちらも空を切ったことで、雷の体勢がぐらりと崩れる。その隙を狙い、曙はクルリと回転した。同時に、鋭い回し蹴りが雷の脇腹へと叩き込まれる。吹き飛ばされた雷は、水面をバウンドしつつも相手から視線を外さず受け身を取った。
その時点で既に曙は射撃体勢に入っている。立ち上がる余裕など全く無い。無理矢理に体を捻り、転がるようにその射撃を躱した。が、着弾したそこから水柱があがり、視界が遮られる。回避出来る場所を削られた雷は、今度こそ曙の砲塔に捉えられた。
「曙ちゃん! 回避!」
叫び声。体に染み付いているのか、その声と同時にバックステップをした曙は、眼前を何か分からないものが通り過ぎるのを目視した。衝撃波といえばいいのか、それとも音の塊と呼称すればいいのか。ともあれそれを躱した曙は、押していた雷から視線を動かした。攻撃を放った相手に、視線を向けた。
「悪いわね。アンタの戦い方、テレビで見たのよ」
「有名人ですね、私」
雷を庇うように割り込む。そのまま仁王立ちした霧島は、艤装のスピーカを再度展開させると、マイクを構え足でリズムを取り始めた。
砲身を向けてはみたものの、曙はそんな霧島に攻撃が出来ない。あの生放送で見た限り、生半可な射撃ならばあの歌に迎撃されてしまう。そう判断した彼女は、先程の雷と同じように近接戦闘に切り替えんと足に力を込めた。
「私の歌を――」
「この――」
歌が紡がれる。メロディは海を揺らし、相手の中へと染み渡る。真っ直ぐ向かってくる相手にとって、それは暴力にすらなり得るのだ。
「聞っ……!?」
「クソメがぁ!?」
刹那、曙の襟を引っ掴んだ不知火が彼女を後ろに放り投げた。間抜けな声を上げながら放物線を描いた曙は、そのままザブンと海に沈む。すぐさま浮き上がったが、その姿は水浸しであった。
「何すんのよ!」
「あのままでは音撃を食らって爆発四散するであろうと判断しました」
「するかっ! どこのニンジャだ!」
「比喩表現です。信じたのですか?」
「ぶん殴るわよクソ不知火!」
おお怖い、と表情を変えることなく怯えたポーズを取りながら片手を上げた不知火は、そのまま向き直り霧島を見た。艤装の砲身を向けつつ、考え込むように顎に手を当てる。
まあ物は試し。そんなことを言いながら、躊躇なく砲弾をぶっ放した。
「ふむ……やはりあの音撃艤装は射撃に対する迎撃能力が高いようですね」
ことごとく弾き飛ばされたのを見て、ほほぅと興味深そうに霧島を見やる。が、次の瞬間すぐさま左に飛び退った。瞬間、巨大な水柱が上がる。ああもう、と遠くから不満気な声がしたのを不知火は耳にした。
「助かりました、鹿島先輩。先程の曙の時といい、今回といい、流石は不知火達の嚮導艦です」
「あ、ははは。うん、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけれど……」
いい加減、離してくれないかな? 不知火の小脇に抱えられたままの鹿島は、そう言って彼女へと顔を向けた。
「鹿島先輩のすっトロさでは、向こうの遠距離射撃を躱しきれないと不知火は判断しましたが。……何か落ち度が?」
「あ、うん……もうそれでいいや」
集合、という声を聞き、霧島と雷は相手から距離を取った。如月のもとへと集まり、それぞれ苦い顔を浮かべる。
「うーん。圧倒的に負けているわけじゃないのだけど」
どうにもこちらが勝てる気がしない。そんなことをぼやきながら、如月はちらりと雷を見た。ビクリとその視線に反応した彼女は、しかしすぐに苦い顔を浮かべる。要は自分が足手まといな分、向こうに押されているのだと。そういう視線だと彼女は判断したのだ。
「如月ちゃん、自分の失態を人に押し付けるのはどうなの?」
「ふぇ!? え、あ、いや違うのよ!? そういう視線じゃないの!」
「そもそも貴女の攻撃も全く当たってないじゃない」
「しょうがないじゃなぁい。演習場は狭過ぎるのよ」
せめて八キロ以上は欲しい。頬を膨らませながらそう続け、そんなわけだからと再度雷に目を向けた。
射撃が効果的ではない以上、決め手となるのは近接攻撃だ。とどのつまり、そういうわけである。如月は有利不利以前にやらないし、霧島もどちらかというと間接攻撃タイプ。必然的に、雷の比重が大きくなる。
「わ、わたしが……?」
「出来るかしら?」
口を噤んだ。出来る、と即答出来なかった。先程のぶつかり合いで押し負けたのは二人も当然知っている。
「……」
それでも、それなのに、自分に主力を任せるということは、つまり。
「――やるわ」
「そうこなくちゃ」
ニコリと如月は微笑んだ。霧島に目配せをすると、再度長距離砲を構え直す。それを見ていたのであろう、向こうも同じようにこちらを見詰め武装を構え直していた。
戦闘再開、とばかりに如月は射撃を放つ。狙いは先程微妙に扱いの悪かった鹿島。開始時も離れた場所で戦場を見渡していたことから、指揮能力重視なのだろう。そう判断しての行動である。
当然向こうもそれは読んでいたらしい。先程のように素早く不知火が鹿島を小脇に抱えると、砲塔をこちらに向けながら一直線に突進してきた。狙いをあまりつけずに、移動射撃を行いながら、ぐんぐんと如月へ距離を詰めていく。
「鹿島先輩」
「はぇ!?」
「この距離での被弾率はどのくらいでしょうか」
「……不知火ちゃんの動きなら、遠距離砲は二割以下。注意するのは」
言葉を最後まで聞かずに、不知火は鹿島を真上に放り投げた。あひゃぁ、と天高く舞い上がる彼女を見ることなく、不知火はバク宙で同じように跳び上がる。
海面が盛大に揺れた。留まっていれば、彼女達も同じように内部を揺らされ倒れていたかもしれない。ちらりと音撃の着弾点を見てそんなことを考えた不知火は、そろそろ落下する鹿島をキャッチしようと手を伸ばし。
「む」
「いっけぇ!」
その音撃を足場にしたのだろう。自身よりも高く跳び上がっている雷を視認し、その手を引っ込めた。身をよじり、彼女の振り下ろす錨を寸前で躱す。こちらと違い、向こうは追撃の出来る体勢で、そして自分は落下中の鹿島を拾わなければならない。となれば、不知火の出来る行動は自ずと限られてくる。
「仕方ありません。さようなら、鹿島先輩」
「そんなことだろうと思ったぁぁぁぁ!」
ドップラー効果を残しながら海面にダイビングしていく鹿島を見ることなく、不知火は雷の錨に自身の砲撃を合わせた。近距離武器と射撃が目の前でぶつかり合い、爆煙を生む。衝撃で互いに吹き飛ばされたが、距離を取ることは成功した。不知火にとっては成功、雷にとっては失敗だ。
く、と苦い顔を浮かべた雷は、しかしすぐさま体勢を立て直すと艤装の砲塔を不知火に向けた。確かに決め手は近接攻撃かもしれない。だが、だからといって射撃をしないなどということはない。加えて戦闘開始から一度もしていない射撃攻撃、相手の虚を突くには十分だ。
「確かに効果的です。が、生憎と不知火達には鹿島先輩という指揮能力に長けた嚮導艦が――」
いなかった。しまった、さっき海に投げ捨てた、と不知火が気付いた頃には既に着弾寸前で。
バックステップと同時に艤装の砲塔から弾を打ち出した。射撃の勢いを敢えて消さずに距離を稼ぎ、ついでに向こうの射撃が迎撃出来れば儲け物。勿論そうそう上手くいくはずもないので、被弾した彼女は小さく舌打ちをした。
「自業自得でしょうがクソ不知火!」
すれ違うように曙が飛び出す。おかげで向こうの長距離射撃避けるの大変だった、と振り向くことなく愚痴った彼女は、力強く踏み出したせいなのか水面を弾くように駆け抜けた。
雷の目の前に、曙が肉薄する。どう考えても射撃戦を行うような距離ではないことを認識するよりも早く、向こうの足が雷の鳩尾へと迫った。二度目は食うか、とそれを半回転して躱した雷は、お返しだと右手の錨を叩き付ける。蹴りの勢いをそのまま追撃に繋げた曙は、その爪先を彼女の錨に捩じ込んだ。
盛大な激突音が鳴り、そして双方一歩下がる。
「何よ。そっちだって近距離ばっかりじゃない」
「それがどうしたってのよ。アンタみたいに自信のない奴とはあたしは違うの」
ひゅん、と足を振り上げ、下ろした。水面の波紋がゆっくりと広がり、自信満々な彼女の表情を裏付けるかのように、大きく、強くなっていく。
「敵艦との殴り合いなら、任せろってもんよ」
「それ違う艦の決め台詞ぅ!」
ぷはぁ、と浮上してきた鹿島は、ツッコミと同時に曙の生み出した波に飲まれて再度沈んだ。
気付くと脳筋になっている……