「ガァァァァァァ!!!」
遠くにいても聞こえてしまう、辺りを吹き飛ばす程の強烈な雄叫び。それは、空気をぐわんぐわんと揺らし、一つの攻撃となる程の声量だった。
そしてその声はまるで理性を伴っていない、獣の雄叫びを彷彿とさせていた。
俺がその音源に辿り着くと、そこには悠然と待ち構えているターレスと、その下でこちらを見据える一匹の大猿の姿があった。
先程の咆哮は十中八九この大猿のものだろう。
そして–––––––––––––恐らく、というか確実に、この大猿はカリフということになる。
しまった、失念していた。
ターレスと言えば下級戦士なのにパワーボールを作れる事も有名だろうが。
・・・ヤードラット星に月はなかったからだろうか。大猿のことを完全に忘れてしまっていた。くそ、どうでもいいことは細かく覚えてるのになんでこんな重要なことは忘れてるんだ。
「おい、カリフ!俺の声が聞こえるか!?」
俺が呼びかけると、カリフは初めてピクッと反応を示した。
俺の声に反応した。が、やはり返事はない。ただの屍のようだ••••••じゃなくてだな。
目に理性は伴っていない。カリフの意識は大猿に飲み込まれてしまっているとわかった。
••••••確か理性が戻るのって、エリート戦士だけだっけ?
後あれか、なんか思い出とか孫の涙とかか。悟空が超4になった時のやつ。
けど、声に反応しないってことは意味ないし、写真なんて持ってるわけもない。孫なら尚更。
シルの涙でワンチャンとも思ったが、近くに行くにはリスクが高すぎるし、そもそもここには来させていない。
なぜなら、この状況下では、いつ襲われてもおかしくない、––––––––––っ!
「回収ッ、早ぇよ!」
直後、その巨体からは考えられないスピードでカリフが肉薄する。
こちらが判断を決めかねている時だったので、かわし切れず少し頰を掠ってしまった。
「ッ!」
スパッと、皮膚が切れた感覚がした。直後、鋭い痛みが走る。多分血も出てるだろう。
そして、その傷を痛がる隙も与えさせないような連続攻撃の嵐が、俺を襲う。
ブン、ブン、と大猿の剛腕が空を切り裂き、俺に当てようと迫ってくる。
前世なら下手したら大事になっている怪我の度合いだが、あいにくと修行のせいでその程度は慣れていた。そのおかげで、動揺することもなく、態勢を立て直すことはできた。
俺は紙一重でかわしてゆく。
モーションが大振りで単調な為、見切れないことはない。いなすことは出来ないが、回避は出来る・・・といったところだった。最初の方は。
だが、時間が経つにつれ、次第に回避が間に合わず、攻撃がかすることが増えてきていた。
「・・・速くなっていってんのか!?」
何故かは知らないが、どんどんスピードが上がってきていた。慣れたのか、成長過程なのかは知らない。だが、このままではまずいことは明らかだ。
致命傷はまだ受けていないが、小さな傷が増えてきた。攻撃のチャンスを諦め、より一層回避に専念する。
しかし、それでもやはり、それが永遠に続くのはずもなかった。
「–––––––––ッ!」
ゴッ、と巨大なトラックにぶつかったような鈍い音がした。
俺はついにかわし切れず、カリフが大きく振りかぶった右腕にぶつかり、吹き飛ばされた。木々にめり込み、貫通し、数メートルぶっ飛んだ。
「きっついな・・・!」
全身を襲う鈍い痛みに根性で耐えながら、なんとか立ちあがり、大猿になったカリフを見やる。
俺とカリフは、恐らくほぼ戦闘力が同じだ。正確な値は知らないが、気の大きさや、日々の修行の手合わせでわかる。だが、戦闘力を俺と同じ、又は多少低いという最低値に仮定したとしても、今の俺と奴の戦闘力の差は10倍近くもある。大猿がサイヤ人の切り札である由縁だ。人口の月だと多少落ちるらしいが、それでも戦闘力はケタ違いに跳ね上がる。
10倍という差だ。いくら相手が巨体だからって、スピードが勝るとも言えない。いや、寧ろさっきの攻撃を躱せなかった分、向こうの方が早いと言える。パワーもスピードもあらゆるところが向こうの方が高い。今まで渡り合えていたのがむしろ奇跡だったのかもしれない。
ならばどうすればいいのかという話だが、 大猿も一応弱点はある。というより、解除方法だ。
それは、尻尾を切ることである。原理は知らないが、恐らく大猿化の媒体となっているだろう尻尾との接続を切ってしまえばいいわけである。
だが、こうも差がついてしまっては容易には狙えない。不幸中の幸いか、向こうは理性がないので、弱点である尻尾を隠すようなことはしないだろう。
それでもきついもんはきつい。
「けどな・・・!」
策と呼べるものは今のところはない。現状を打破するのは、今はまだ出来ない。その時が来るのはまだだ。だが、そこでぼーっとしてただ過ごすわけではない。少しでも、勝率を上げるため、生き残るため再度戦いを仕掛ける。
カリフの目の前に一瞬で移動し、こちらに向かってきていた攻撃を回避。その攻撃の隙間を縫って別の部位への攻撃を加える。
そして、危なくなれば避ける。
ヒットアンドウェイの、定石とも言える戦法。安全を考慮し、無茶はしない。先手を取り、後手に回った相手の隙を突き反撃を繰り返す。勿論、スピードが相手より大きく下回っている以上、全ての攻撃を躱すことは不可能だ。
だが、致命傷になりうる攻撃だけはなんとか躱すことが出来ていた。威力が上がるということは、単純に溜めも長くなる。
この世界はゲームではないので、予備動作から相手の攻撃を完全に予測するなんていう芸当はできない。だからこそ、より観察して致命傷を避けるように、慎重に立ち回る。
頭は冷静に、心は燃やして。
そして、己を鼓舞するために、さらに言葉を紡ぐ。
「諦めたらな、そこで試合終了なんだよ••••••!」
これはゲームではない。だが、
気弾を打ち、砂埃をあげ、視界を悪くする。それだけで相手の攻撃頻度は減る。
こうして、相手の手札を潰していくことも大切だ。こちらが先手を取り、相手を後手に回したとしても、攻守交代はいつかある。ならば、それまでに、簡単にいかせないようにこの後の作戦の為に–––––––俺自身にヘイトを集めさせる。時間をかけてもいい。それはいつか俺が不利になるだろうが、それは相手も一緒。完璧な機械ではない以上、必ず決定的なボロは出る。それは俺にも言えてしまうことではある。
だが。
「いついかなる時だって、ヒーローっつうのはな!仲間を見捨てず!最後まで諦めねぇんだよ!」
だからこそ、諦めるという選択肢は存在しない。
自分をヒーローとは思わない。だがこれは、俺が見て来た
俺は、それを知ってるサイヤ人として、それに憧れた人間として。何としても、諦めたくなかった。
カリフは痺れを切らしたのか、どうにか当てようと、攻撃を大振りのものに変えていった。
だが、それは致命的な隙だ。大振りの攻撃は、どうしても強力な分、防御面が手薄になりがちだ。そこに先程よりも多くの攻撃を叩き込み、行動を制限させてゆく。
作るのは、こちらが有利になるループ状態。これで相手の体力を徐々に削っていく––––––––わけではない。
どうせこのまま続けてもジリ貧になるのは目に見えている。体力も圧倒的にあちらが多いため、普通は持久戦に持ち込むとこちらが不利になってしまう。だからこそ、狙うのは持久戦ではなく、俺への注意を引きつけることだ。
「どうしたぁ!?大猿の力ってのはこれっぽっちか!?」
俺の言葉に呼応するように、攻撃は苛烈さを増してゆく。
背後に退避しても次第に追いつかれるようになり、さらに傷が増えてくる。
そして再度、カリフの腕が俺を捉えた。
「ぐっ!」
先程のようにモロに入ったわけではない。ギリギリのところで腕をクロスさせ、衝撃を防いだ。だが、そのまま地面に叩きつけられた。身体が痛み、思うように立ち上がることは出来なかった。
「フフフ・・・ハハハハハ!」
地面に座り込んでいると、上空から笑い声が聞こえてきた。
声の主、ターレスはこちらを見下ろしながら、余裕の言葉を吐く。
「いつからこのオレが逃げていると、そう錯覚した?俺の本当の目的は、お前たちを戦わせることだ••••••」
語られるのは、ターレスの策。俺たちをわざわざ戦わせるための、舞台を整える為だけの、ただそれだけの行動。分断させ、戦力の低下を求めるのではなく、ただただ遊びの為に付き合わされた。奴はこちらを全くもって脅威とみなしていない。
認識が甘かったとは言え、ターレスの掌の上で転がされていた事実に、抑えきれない怒りと自分自身への情けなさがこみ上げてくる。
尚もターレスは続ける。
「仲間同士の殺し合い••••••。これも、サイヤ人だ。••••••サイヤとしての本能を、その身に刻み込むのだ!」
「ガァァァァァァ!!!」
「チッ、カリフ!本当に聞こえてねぇのか!?」
カリフはターレスの言葉に反応したのか、さらに咆哮を上げる。
だが、変わらず返事はない。あるのは、大猿としての破壊衝動のみだった。
攻撃をかわそうにも、策を練ろうにも、その前に圧倒的な力でねじ伏せられてしまう。拳を振り抜き、木々を薙ぎ倒し、地面を陥没させる。
抑えられない破壊衝動が、俺を捉える。薙ぎ払いに巻き込まれ、吹き飛ばされた俺を逃さんと、大猿の剛腕が俺を掴んだ。
「やれ」
そしてそのまま、握りつぶさんと拳に力が込められていく。
「ぐあぁぁぁぁぁぁッ!!!」
あまりの痛さに、悲鳴を上げてしまう。身体が軋むような痛みと圧力が全身にかかる。今までの比ではない、本気の殺意。脱出しようと踠いても、カリフの剛腕はビクともしない。
「悔しいか?自分の声が届かないことが••••••。ククク••••••どうだ?かつての仲間に、ジワジワ殺されていく気分というのは•••••••••」
「••••••」
「••••••だんまりか。喋る体力さえ残ってないとは••••••。興ざめだぜ。もういい、奴を虫けらのように叩きつけるのだ!」
「••••••」
確かに痛い。身体がだんだんと狭められ、いつかは潰されてしまうだろう。だが、まだ死ぬほどのものでもない。まだ、諦めるのには早すぎる。声も絶え絶えで、息をするのもままならない。それでも。俺はこのまま終わるつもりはない。
「••••••何でもかんでも、お前の筋書き通りに行くと思うな••••••」
「••••••まだ喋れるだけの体力が残っていたか••••••。だがやはり、そうでなくては面白くない」
ターレスは不敵な笑みを浮かべつつ、さらに語りかけてくる。
俺は掠れた声で囁かな反撃をする。
「••••••知ってるか?一つ、てめぇは既にミスを犯している••••••」
「ほう••••••?」
「お前の、お仲間さんのことだよ。••••••あいつらは俺が倒させて貰った」
「••••••確かに、スカウターな反応がないな••••••。死んだか?」
「殺してはいない–––––––-–が、重症だろうよ。後は知らねぇ。まぁ、その反応を見る限り、やはり誤算だったようだな」
「••••••面白い。この状況で、そこまで大口を叩けるとは••••••。呆れを通り越して感心までするぜ••••••。ならば、精々足掻いて見せるんだな。このオレを楽しませてくれる程度にはな••••••」
「言われなくても、そのつもりだ」
俺には、大猿に届くほどの戦闘力は決して持ち合わせてはいない。パワーも、スピードも、全く届かない。戦闘力の差は歴然、誰が見てもわかりやすいぐらいに圧倒的な実力の差。
「んな余裕、すぐになくしてやるよ!」
俺は言いつつ笑みを浮かべた。
だからといって、何も出来ない訳ではない。少なくとも、今はもう策がある。使える武器もある。なにより、ここで諦めるほど、俺は柔くない。ここで逃げてはなにも始まらない。後悔しないためにも。自分の為に、友のために。さぁ、一矢報いてやろうではないか。
俺が笑みを浮かべると同時に、カリフの背後から、俺の分身がザッと飛び出した。
その手に浮かべるのは、眩ゆい光を込めた、特殊な気弾。
そしてカリフがそれに気づいた瞬間ーーーーーーー
「ーーーーーーーーガァァァァァァッッ!!!」
目を焼くほどの凄烈な光が辺りを包み込む。その光を目の前でまともに食らったカリフは目を防ぎ苦渋の声を上げた。
俺が現時点でカリフに優っているのは、知力、冷静さ、そして––––––––
–––––––数と技術。
直後、さらにカリフの後方から、俺の分身が飛び出した。
この手の巨大化の戦い方の最も一般的な方法は、恐らく人海戦術であろう。某狩猟ゲームとかでも、マルチプレイなどで狩猟が出来ていた。
ドラゴンボールでもそうだ。大猿と化したベジータを倒せたのは、完全に虚を突いた攻撃があったからだろう。
また、巨大化はどうしても隙が多くなってしまう。さらに、目標が大きいため、攻撃が密集せず、数の利を最大限に活かすことができる。
だからこそ、分身による人海戦術を選んだ。
カリフの意識は完全に自分のことか、先程の強烈な光に向けられているだろう。
ここで、俺という存在は後回しになった。そこに全力で多方向から攻撃を加える。もしこれから気づいたとしても、攻撃するまでの時間はない。
万が一、一方を防いでも俺の分身は2人いる。俺というオリジナルの位置と、先程の閃光玉を放った俺の分身。かろうじて認知できるのはこの二人だけだ。もう一体は完全に意識の外–-–––––気づいてすらいない。三体一。知力のない大猿では、弱点を悟ることもできやしない。
–––––––––––––取った。
分身が攻撃の間合いに入り、これで決まったと思った。
その時。
目を疑うような光景が、俺の目に映った。
「グガァァァァァァ!!!」
ぐるっ、と。砲声と同時に、その巨体が回転した。
あたかも、攻撃を予測していたかのような、完璧なタイミングでの回転。
振るわれた剛腕が、俺の分身を撃墜する。
そして、その回転の勢いを殺さぬまま、そのまま俺のもう一つの分身と、俺自身を吹き飛ばした。
「ぎっ!!」
遠心力がかかった強力な一撃をモロに食らってしまったが、歯を食いしばって耐える。だが、吹き飛ばされる力は何も出来ず。またもや地面に叩き落とされた。
「ガハッ••••••!••••••冗談だろ••••••!?」
血反吐を吐きながら必死で立ち上がり、半ば呆然とした状態で呟く。
呆然としてしまうのは、策を破られたからではない。いくつか次を考えていたとはいえ、成功するとも限らなかった。だからこそ、それは問題ではない。問題なのは、
カリフの目が、先ほどとは少し違う雰囲気の目が、完全にこちらを捉えていた。
まさか––––––––––。
ひとつの、ありえない結論に達する。正直、詭弁もいいところだし、確固たる証拠もあるわけではない。だが、そう考える他納得は出来なかった。
「••••••知力だけが、戻ったっつうのか?」
冷や汗が、血で濡れた頰をつぅ、とつたる。これは由々しき事態だ。そんな前例など、見たことも聞いたこともない。そもそもそんなことはあり得るのか。
しかも、その仮説があっていたのならば、自分はどうするべきか。恐らく、この仮説があっていたのなら、カリフを攻撃する必要はなくなる。
しかし、その躊躇いが、仇となった。
「まずいッ!」
カリフの口に尋常じゃないほどのエネルギーが溜まっていくのが目に映った。だが、動こうにも先の一撃で何処かを痛めたのか、思うように体を動かす事が出来ないでいた。
そして、カリフの口から吐かれた熱線が–––––––辺り一面を赤に染めた。
*
「••••••なに?この音」
戦場から少し離れたところで、シルはそれを感じ取った。
近くにレンはいない。
正確に言えば分身だが、それも先程消えてしまっていた。レン曰く、「体力をまぁまぁ使う」とのことらしい。つまり、そうせざるを得なくなった状況に陥ってしまっているわけである、とシルは考えた。
「行った方が••••••」
だが、シルは迷っていた。先の分身のこともそうであるが、先程から不自然な雄叫びが聞こえてくるのだ。何も知らないシルの心中は、何が起きるのかわからない不安でいっぱいだった。
(でも、行ってどうする?)
シルは、自分の強さと役割をしっかりと理解している。魔術の修行はしているが、とてもまだ実践で使えるような代物ではない。シルの役割としては、後衛のサポーター・・・・・・詳しく言えば、能力によるヒーラーだった。
攻撃手段がまともにないため、二人のサポートを任されるとどうも不安が残る。
(••••••カリフもいるし、大丈夫だと思うけど••••••)
先程別れた、もう一人のサイヤ人を思い出す。レンは多少の予想は立てられたが、カリフは判断のしようがない。だが、一人がピンチでも、もう一人が助けるのだろうから、大丈夫だろうと二人の姿を思い出す。
(でも嫌な予感がする)
何か、妙な胸騒ぎが、シルの中に渦巻いていた。
行っても足手まといになるが、だからといって何かしないと、不安が残る。シルはとりあえず自分に出来ることをしようと、結論を出し、レンの居場所を魔術により探ってみることにした。
シルが今できる魔術で、比較的簡単な部類に入る、探知。効果は気を探るのとほぼ変わらず、気を魔力として読み取る技である。少し違うところといえば、気の量を「キリ」という単位で表すところか。
そして、シルは探知範囲をドーム状に広げて行く。
声は聞こえたが、それだけでは場所の判断のしようがないので、自分を中心に全体的に広げて行く。
まだシルの魔術は未熟であるのに加え、全体を覆うように効果を出しているため、そこまで探知範囲は広くなかった。しかし、半ば祈る気持ちでシルは探知をした。
そして、彼女が範囲をギリギリまで広げたところで。
「––––––––っ!誰!?」
突然、今までなにもなかったはずのところに気が現れた。
警戒し、その方向を凝視する。すぐにでも動き出せるよう、臨戦体制をとりつつ、相手の姿が見えるのを待った。
「・・・やはり貴様か」
「・・・・・・ケープ・・・!?」
暗闇から出て来たのは、レン達と出会うきっかけとなった因縁の敵である、青白い肌をした男だった。
その姿を見て、シルはヤードラット星で見せつけられた圧倒的な力の差を思い出した。
シルは、その恐怖からか、半ば無意識に臨戦体制を取った。
拳銃を突きつけるように、手に魔力を込めて威嚇をする。
だが、ケープはそれを意に介さず、立ち止まり言葉を発した。
「・・・いい判断だが」
「私程の相手になると逆効果だぞ」
刹那、感じるのは圧倒的な力の猛威だった。自分では足元にも及ばないほどの、力の奔流。
シルは感じる恐怖に足が竦み、動けなくなった。
まさに、蛇に睨まれた蛙といったところだった。
しかし、それでも彼女は、膝をつくことはなかった。
恐怖を必死に押し殺し、気合と根性だけで、負けんと地面を踏みしめる。
その目には恐怖に抗おうとする、誇り高き闘志が燃えていた。
「・・・。まぁいい。貴様がどうしようが、私には関係がない」
ふっ、と身体にかかっていた強大な圧力の感覚が消える。
「はぁ、はぁ・・・すぅ、はぁ」
肩で息をしていたのを強引に深呼吸をして、動揺ごと打ち消す。
「••••••今更、なんでこんなところに」
少し落ち着いたところで、シルは疑問を口に出す。
「それを私が答える義理はないのでね。貴様とは過去に狙っただけの獲物であって、それ以上の存在ではない」
「私にまた何か用でもあるの?」
「先程言っただろう。過去、と。今は貴様に興味はない」
「••••••信じられると思う?」
再度問いかける。知らず、責めるような口調になっていた。
「信じようが信じまいがはお前の勝手だ。私のにはさして問題はない」
だが返されたのは、「どうでもいい」という回答だった。
見せつけられる、強者の余裕。それに対し、シルは歯噛みするものの、それ以上は踏み込まないことを決めた。
「••••••わかった。納得したわけじゃないけど、信じることにする」
「そうか」
「けど、もう一つだけ質問に答えて」
「貴方は、何故私を狙ったの?いや、何故私を知っていたの?」
「••••••」
ケープはそれに対し、直ぐには答えず、しばらくは黙ったままだった。
シルも黙って答えが返って来るのを待った。
早くレンのところに向かいたいが、この質問の答えだけはどうしても知りたかったのだ。
だ。
やがてケープは静かに言葉を紡いだ。
「••••••失ったものは巻き戻せても、失った時間は巻き戻せない••••••。形あるものも、目に見えず、触れられない不確かなものも、いずれ必ず失う運命にある」
意味ありげな言葉だった。
その言葉に、思い当たる節はない。だが、あえてここで言ったということは、重要なことであるということであろうと、シルは考え、言葉を繰り返した。
「••••••失ったもの、時間••••••?」
「貴方は••••••何を知っているの?」
「••••••さあな。私が今貴様に教えられるのはここまでだ」
「•••••••••••••そう」
少しは落ち込むも、すぐに立ち直る。
ハナから期待はしていなかった。シルは、情報を聞き出すのを早々に諦めることにした。
その間に、ところで、とケープは先程自身が出てきた方向に視線を向けつつ尋ねた。
「それより、貴様の仲間のところに行かなくていいのか?中々面白いことになっているぞ」
「••••••あっ」
ケープが出てきた衝撃で、忘れかけていたのを思い出した。
即座にケープが向けた方向に探知をする。
感じ取れたのは、レンの気と、やたらと大きいカリフの気。
シルは、よかった、二人は一緒にいる。と安心する反面、カリフの不自然な気の大きさに疑問を抱く。
だが、ここからだと何が起きているのか分からない。ケープ曰く、「面白いこと」らしいが、それがさらに不安になってしまう。
これは、危険を冒してでも、やはり確認に行く必要がある。
「よし」
シルはそう結論を出し、二人のところに向かおうと決める。
「••••••ヒント、ありがと。一応、礼だけは言っとくね」
目指すはレンがいるであろう場所。
シルは勢いよく走り出した。
「–––––––––い」
ケープの間を通り抜ける瞬間、彼の呟きが聞こえた。
あまりにも小さな声のため、はっきりとは聞き取れなかった。
ただ、彼の顔が悲しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
*
「さっきまでの威勢はどうした?逃げてばかりじゃ意味がないぜ」
「くそ、自分が狙われないからって馬鹿にしやがって・・・!」
レンは息を荒げながら、悪態を吐いた。
今、レンはカリフに見つからぬよう、木々の間に隠れていた。カリフに対抗するため、少しでも体力を回復し体制を立て直そうとしていた。
木々の隙間から、相手の動向を探る。
先程から状況は一転と変わらなかった。
「攻撃は届かないわ、あっちの攻撃は強すぎるわ••••••もっと難易度設定優しくしろよ•••••••!」
体力も限界に近い。腕や足はだるくて動かすのも辛い。また、疲労のせいで思うように策も練ることが出来ずにいた。それでも、なんとか状況を好転させるために、必死で脳を動かす。
たが、与えられた時間はそう長くなかった。
「グオオオオオオオオオオ!!」
「ーーーーッち!隠れてもさほど意味はないか!」
カリフはレーダーのごとくレンの気を精密にキャッチし、攻撃を仕掛ける。
レンは全力でその場を離れる。
先程の攻撃により、数の優位はほぼないと証明された。その為、必然的に状況を変えるのは、残り一つの優位、知力しかない。だが。
「畜生、なんも思いつかねぇ!」
やはり、厳しかった。
半ばヤケクソに、生み出した分身を特攻させていく。しかし、それらは一瞬で薙ぎ払われた。
圧倒的な力の前では、中途半端な小細工は一瞬で無力化されてしまう。
さらにサイヤ人の特性なのか、続けて同じ行動をしてしまうとそれをさらに無力化されてしまう恐れもあった。実際、擬似閃光玉も大した効果を生み出すことはなかった。
技は時間が経つごとに封じられ。小細工は通用しない。パワーもスピードも圧倒的に劣る。さらに、レンにはほぼ体力がなかった。
チェック。
改めてそう感じてしまったレンは、無意識に動きを止めていた。止めてしまった。そして、足を止めたレンについに、
「–––––––––––あがッ!」
拳が届いた。
集中が切れたと同時に、隙をつかれ叩き込まれた。それは、単なる一撃ではなく、均衡を破った––––––––つまりレンのチェックメイトが確定した一撃だった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
それでも、レンは死に物狂いで立ち上がった。最早、無事な部分がないぐらいに、全身に傷を負っていた。ノーガードで直接入った拳は、確実に致命傷だった。
だが、カリフがそれを見逃すはずもなかった。満身創痍のレンに照準を合わせ、口にエネルギーを貯めて行く。
ゴォォォォォォと、辺り一帯を吹き飛ばす程のエネルギーが既に溜まっていた。
レンにそれを阻止する手段はない。全身がボロボロの身体では、攻撃もままならない。
だからこそ、レンは一か八か、それを回避しようと身構える。
あの火球は大きいが、一点集中型の攻撃である。タイミングさえずらせれば回避出来ないこともない、のかもしれない。
レンは残り少ない気で、一縷の望みを掛けて、擬似閃光玉を作り出そうと、腕に力を込めた。
そして、気弾が生成される、その瞬間。カリフが火球を放つ数瞬前に。
レンの視界が捉えたのは。
この星の動物達が、一同に集まっているところだった。
そして、理解する。
自分が吹き飛ばされたのは、この動物達の逃げ場、溜まり場であったと。
刹那、気弾の生成をやめ、そこに走り出した。
「ち、くしょうが!」
守らなくてもいい。
だが、そんな打算的な考えが浮かぶ前に、体は動き始めていた。
「うおおおおおお!!!!」
バチィ!
と、着弾寸前のところでレンは気のバリアでカリフの炎弾を受け止めることに成功した。
後ろには、この星の動物達。
「負け、るかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
もはや体力も気力も底を尽き掛けている。だが、それでも耐えているのはレンの強靭な精神だった。
––––––––––––しかし、それは続かない。
徐々に、踏ん張っている足が後退を始めた。靴と地面が擦れ、今にも火が発生しそうな程に摩擦を生み出す。
これでは、もうそろそろ限界が来る。
レンは悟り、決死の覚悟で、腕を振り上げる。
「う、らぁぁぁぁぁ!!」
レンは、バリアで炎弾を包み、炎弾を抱えて上空に飛ぶ。
ドォォォォォォン!!!
そして、炎弾は、大気を震わせ
–––––––––––––空中で、大爆発を起こした。
爆破オチなんてサイテー!
次回もよろしくお願いします。