振り下ろされる刃を刀の腹で押さえ、体術スキル<弦月>を繰り出し、ライトエフェクトを帯びた右足で周囲のラフコフプレイヤーを蹴り飛ばす。さらに間を置かず、襲い掛かる両手斧使いに、得物を振るう暇も与えずに両手首を切り落とす。
「ああああああ!俺の!俺の腕がァアアアアアアアアアアアア!!」
痛みはないとはいえ、自身の両手が消えるというのはかなりショッキングな光景だろう。両手首を切り落とされたプレイヤーが悲鳴を上げるが、ケイは気にも留めずにキバオウの方へと足を向ける。
「させねぇっつってるだろ」
「ちっ…」
キバオウの元へ駆け寄ろうとするケイの進行上に、割り込む人物。ジョーがにやりと笑みを浮かべながらケイの前に立ちはだかる。
ケイは駆ける速度を緩めず、その勢いのままジョーに向かって振り下ろす。
ジョーもまた、手に握られている片手剣を振り上げてケイの斬撃を防ぐ。
ケイとジョーは、互いに位置を入れ替えながらそれぞれの武器を振るい、ぶつけ合う。だがその間にも、周りにはケイを狙っている他のラフコフプレイヤーがいる事を忘れてはならない。
「おらぁあああ!」
「っ!」
向かってきたのは、先程<弦月>で吹っ飛ばしたプレイヤー達だった。様々な得物を持ったプレイヤー達が、ケイに向かって刃を振り下ろす。
そして、それに混じってジョーも片手剣をケイに向かって突き出してくる。周囲三百六十度、ケイはラフコフプレイヤーに囲まれてしまった。
「なら…っ!」
ケイは一度刀を鞘に戻し、直後、赤いライトエフェクトを迸らせた刃を抜き放つ。刀範囲ソードスキル<旋車>。水平に三百六十度を切り払うソードスキルが、ケイに向かって刃を振り下ろそうとするラフコフプレイヤー達を吹き飛ばす。
「…っ、まずい!」
スキル使用後の硬直が解けるのを待ちながら、視線をキバオウ達が倒れている方へと向ける。未だ、キバオウ達が倒れ伏したまま。
現在までで知られている、一番長く麻痺が続いた時間は五分といわれてきたのだが…、それを覆してしまう現象だ。キバオウが倒れてから、間違いなく五分は越えているのだが、それだけではなかった。
ケイはキバオウの傍に立っているプレイヤーを見つける。そのプレイヤーは大剣を振り上げ、その切っ先を倒れているキバオウに向けている。そのプレイヤーの姿をちゃんと目にした瞬間、大きく目を見開く。だが考えるよりも前に、ケイは足を動かしていた。
クイックチェンジを使い、ケイは小さな投剣を取り出す。
投剣基本スキル<クイックシュート>
ほとんどモーションを必要とせず、さらにスキル使用後の硬直時間も皆無という投剣の基本スキルを使って投じた剣が、キバオウを狙うプレイヤーの手の甲に突き刺さる。
手に刺さった剣を目にして、そのプレイヤーは驚いたのだろう。動きが硬直している。
「しめた!」
その隙に、ケイは大剣を握るプレイヤーの懐に潜り込む、そして拳を腰溜めに構え、体術スキル<閃打>を放つ。相手は大剣の腹をこちらに向けて拳を防ぐが、ケイの力に押されてキバオウから距離を離される。
キバオウから脅威を離し、自身もまたキバオウに近づくことができた。これはチャンスだと悟り、ケイは解毒結晶を取り出そうとするが────
「させねぇっつってんだろぉが!!」
「!」
その時、背後からこちらに食い下がる、掴みかかってくるように怒鳴り声が響く。ケイはその場で足を踏ん張らせて声が聞こえてきた方へと振り向き、刀を振るう。
直後、刀を握るケイの手に衝撃が奔る。眼前には同じように剣を振るい、そしてケイが振るった刃と合わせて力を込めるジョーの姿。
「どけ!邪魔だ!」
「はっ!だからって、はいそうですかってどくわけねぇだろぉが!」
「ちっ…!大体、何なんだあの毒は!いつまで効力続くんだ!」
「知るか…よ!」
再び目の前に立ちはだかるジョーに怒鳴るが、ジョーは全く意に返さない。それに、ケイにはもうこれ以上足止めを喰らっている時間はなかった。先程キバオウの状態を見遣った時、そのHPは危険域へと迫っていた。
HPの減少ペースこそ早くはないが…、ジョーの様子を見るとまだ毒が解ける気配はなさそうだ。もう、本当に残された時間はない。
ケイは白を切るジョーに僅かに苛立ちを感じ、舌を打つ。ケイとジョーは三度刃を打ち合わせる。その直後、ケイは刀を振るおうと動く腕を止め、ジョーが振るう剣をかわしながら代わりに足を振り上げる。
体術スキル<弦月>。再び放たれた蹴りがジョーの顎を捉える。実際に痛みなどはないだろうが、現実の様に意識混濁の症状は少なからず出てくるはずだ。
ケイはその間にキバオウに向かって足を踏み出そうとする。
「…お前」
直後、ケイはすぐに足を止める。ケイとキバオウの直線上に立つ新たなプレイヤー。そのプレイヤーは、先程キバオウに大剣を振り下ろそうとしていたプレイヤー。
「ヒースクリフ…。人選はしっかりしておいた方がいいぞ」
「けけっ…。ま、その通りだな」
ケイは目の前のプレイヤーを睨みながら、今この場には居らず、今頃は本部で対ラフコフ戦の結果報告を待っているだろうヒースクリフの顔を思い浮かべながら悪態をつく。
目の前のプレイヤー…。血盟騎士団の制服を身に着けたプレイヤー、クラディールがそんなケイの呟きに同意するように頷きながら返してくる。
「まさか、アスナの護衛だったあんたまで裏切り者だったとはな」
「けはっ…。俺ぁ、前からあの女に目を付けててな。ヘッドからでけぇギルドに諜報員を送り込むって言い出してから、必死に立候補したもんさ」
「アスナを殺す気か…」
「殺すぅ?んなわけねぇだろぉ!ここであの女だけは生かして、俺のものにしてやるのよ!そのためにわざわざ血盟騎士団に入ったんだからなぁ!」
「…」
このクラディールという男は、アスナに狂気じみた想いを寄せている様だ。あのギラギラと濁った輝きに満ちた両目には、もしかしたらケイではなくアスナが映っているのかもしれない。
「てめぇは、前に会った時から気に入らなかったんだよ…。俺のアスナに親しげにしてよぉ…。あぁ、気に入らねぇ!」
「お前なんかに気に入られたくなんかねぇな」
クラディールの怒声に静かな声で返すケイだったが、内心まで穏やかではなかった。
負けるつもりなど毛頭ないが、それでも血盟騎士団の、それもアスナの護衛を任されるほどのプレイヤーだ。恐らく、行動不能にさせるまでそれなりに時間が必要になる可能性が高い。
「…」
ケイは小さく歯ぎしりしながら横目で倒れているキバオウ達を見遣る。先程も見てわかってはいたが、残ったHPは僅か。彼らを助けるために残されている時間もまた僅か。
(あいつを倒すなんて考えるな。あいつの横を抜ければいい。抜ければ…)
回復結晶を使えさえすれば、一まずの危機は脱する。毒や麻痺の治療はその後にでも時間をかけてできるようになる。そう考えを固めた瞬間、ケイは足を踏み出した。
刃の先を相手に向け、クラディールの懐に潜り込むと一気に突き入れる。
「おぉっと!」
それに対してのクラディールの行動は速かった。クラディールはケイが突き出す刀の進行上に大剣の腹を割り込ませ、ケイの突きを防ぐ。
ケイからすれば、これで決まればという思いもあったのだが、対応されるのも頭に入れている。
クラディールにとっては、このまま力でケイを押し返したいところだろう。だが、そうはいかない。この状況、クラディールの力は面で加わるが、ケイの力は点で加わる。もし筋力値パラメータがクラディールの方が上だったとしても、恐らくそう差はないはず。
スキルなどのシステムアシストは使わない。自身が持つ筋力値全てを、切っ先一点に込めて押し込んでいく。
「う…、おっ!?」
現実ではあり得ない光景。浴衣を身にまとった少年が、ガチガチのフル装備で固めた大男を押し込むという光景がそこにはあった。クラディールは体勢を崩して後方によろける。
ケイはそんなものに目もくれずにキバオウの方へと駆けだすと同時に、クイックチェンジで投剣を手に持ち、自分の背後へと投擲する。
「ちっ…!」
背後には、ケイの進行を止めようと剣を握るジョーの姿があった。ジョーはケイが投擲した投剣を回避するために一度、足を止める。クラディールも、ケイから距離が離れている。
(よし…!)
これならキバオウの回復と解毒ができる。残ったプレイヤーも、キバオウと協力すれば何とか回復することはできる。
そう、頭の中でこの後の展開を思考しながら駆けていく。
「────!?」
まず、キバオウは助けられる。そう確信を持ちながら走っていた、ケイの視界の端で小さく光る何かが見えた。
(投剣…!?)
こちらに向かってくる、光る何かが投剣だと、それもしっかり毒が塗られている物と気づいた時には、すでにケイの眼前にまで迫ってきていた。
まずい、やばい、そんな一言すら心に浮かぶ間もなく、迫る投剣がケイの顔に刺さろうとした時。ケイは横合いから衝撃を受け、本来駆けて行ったであろう軌道から大きく外れる。
(え────)
衝撃を受け、体が傾いていくのを感じながら、ケイは目にする。
こちらに両掌を向けた形で立っている、頬に先程ケイが見た投剣が刺さっているキバオウの姿を。
「っ!」
瞬間、ケイの中でフラッシュバックする。かつて、今と同じように自分を、身を挺して守ってくれた騎士の姿。その姿と、目の前でどこか悔し気に表情を歪めながらも、小さく笑みを浮かべているキバオウの姿が重なる。
「なん…で…」
皮肉にも、あの時と同じセリフを呆然と吐くケイ。だが、そのセリフにキバオウが返事を返すことはなかった。ただ、変わらず悔し気な笑みを浮かべたまま、キバオウがケイの目の前で四散していく。
「は…っ」
わからない。全くわからない。ケイはソロであり、どこのギルドにも入っていないという境遇上、他のプレイヤーからはどこか牽制され気味だった。
特にキバオウからはわかりやすい皮肉を言われたりしていた。こんな、命を賭けて助けようと…むしろ、危機に陥っても見殺しにされるのではないかとすらケイ自身は考えていた。
「キバオウさんが…?は?おいおいおいおい!何だよそりゃっ、くははっ!!」
呆然と立ち尽くすケイの背後で、何が面白いのか、ジョーが腹を抱えて笑っている。
いや、奴からすれば面白いのだろう。キバオウがどれだけケイを毛嫌いしていたかを良く知る人物の一人のはずだから。
だが…、わからない。それと同時に、沸々と怒りが沸き出してくる。
「…何がおかしい」
「は?いやいや、だってよ!?キバオウさんがあんたを助けたんだぜ!?面白ぇに決まってんじゃねぇか!!」
目から零れる涙をぬぐいながらケイに返し、再び腹を抱えて笑いだすジョー。その横には、大剣を肩に担いでこちらを見下ろすクラディールの姿。そんなクラディールの顔にも、ジョーと同じ類の笑みが浮かんでいた。
そんな奴らの笑みを見た途端、ケイの中でドクン、と強く何かが鼓動する。
何だ、何がおかしい。人の死が、そんなにおかしいか?お前等さえいなければ今も生き続けれたはずの人を踏み躙って、何が面白いんだ。
何故そんな風に笑っていられる。何故面白いとぬかせる。
そんなに人の死が笑えるのなら─────
────お前らが死んだときも、さぞ笑ってられるんだろうな?
刀を鞘へ収めたと同時、ケイは足を踏み出した。未だ笑い続けていたジョーとクラディールの表情が固まる。
二人にとっては、突然、ケイの姿が消えたと感じただろう。その瞬間、二人の意識は闇へ葬り去られることになるとは知る由もない。
あっさりと、攻略組を裏切り混乱に陥れた二人のプレイヤーは命を散らすことになった。
ケイは踏み出した足を止め、振り切った刀を再び鞘に収めて散らばるポリゴン片の渦の中を突っ切って先程までキバオウがいた場所の周りで倒れるプレイヤー達へと駆け寄る。
すぐさまケイはストレージの中から回復結晶を倒れてる人数分を取り出してそれぞれに使用する。とりあえずの応急措置を終えてから、次に解毒結晶をストレージから取り出そうとする。
「げぇんえぃいいいいいいいいいい!!」
「…」
鞘から刀を抜き放つ。背後に向かって、体を捻り、遠心力を利用して勢いよく刀を叩き付ける。刀を握る手に、強い衝撃が奔る。
「殺したなぁ…。今、お前は人を殺したなぁ!きひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「…だからどうした」
「わからねぇのかぁ?お前は俺達と同類になったんだよ!人殺し野郎ぉ!!」
刃を合わせ、鍔迫り合いを展開する眼前にいる髑髏の仮面をかぶったプレイヤーがケイに笑みを向ける。
まるで、お前も今日から俺達の仲間だ、と言わんばかりに。
「今、俺達と共に、来るというんなら、ここで見逃してやっても、いいぞ」
さらに鍔迫り合いをするケイの背後から、シューシューと空気が漏れる音と共に低い声が聞こえてくる。ケイは背後に立っているのが誰か、姿を見ずに悟る。
ラフィンコフィンには、攻略組すらも恐れ、震え上がらせるほどのプレイヤーが三人いる。
一人は、言うまでも無くリーダーであるPoH。そして、後の二人の名は…。
「キーキー喚くなジョニーブラック。耳障りだ」
「あぁ!?」
「ザザ、それは俺のセリフだ。今すぐにここから消えろ。そうすりゃ、逃げられるか監獄エリアに送られるか。少なくとも生きてはいられるぞ」
「…減らず口を」
髑髏の仮面を被った短剣使いの名はジョニーブラック。ケイの背後に立つエストック使いの名はザザ。どちらも二つ名がつくほどの高レベルプレイヤーであり、ラフィンコフィンの二大幹部。
この二人が直接手にかけたプレイヤーの数だけなら、リーダーであるPoHを凌ぐかもしれない。
「ちっ…!てめぇ、状況分かってんのか!?俺達二人を相手に、一人で勝てると思ってんのかよ!」
次第に力比べで押されてきたジョニーブラックが、弾かれるようにしてケイから距離を離すと口を開く。
「お前等こそ状況が分かってねぇみたいだな。…お前ら二人程度で、俺を殺せるとでも?」
ジョニーブラックの言葉に対してケイが返したのは、挑発。
刀を握っていない方の手の人差し指をクイクイと曲げながら言ってやると、ジョニーブラックの目がわかりやすく憤怒に染まる。
振り返ってザザの顔も見てみれば、こちらはわかりづらくはあったが、それでも挑発に怒りを抱いているのはすぐにわかった。
「アアアアアアア!!もう我慢なんねぇ!殺す、殺す、殺してやる!!!」
「黙れ、ジョニー。だが俺も、こいつ殺す。ヘッドがこいつを、殺したがってるのは、知ってるけど、関係ない」
「…」
頭をぶんぶんと振りながら叫び、こちらを見据えるジョニーブラックと静かに呟きながらエストックを構えるザザ。
ケイもまた、刀を握って左右それぞれにいるジョニーブラックとザザを睨む。
ジョニーブラックとザザが、同時にケイに向かって足を踏み出していったのは、この直後の事だった。
キバオウさん…マモレナカッタ…