第五十層アルゲードにあるエギルの店の二階。その一部屋の中に、ケイはいた。その隣にはエギルが、対面にはキリトが、座椅子に腰を下ろしている。
「で?話って何だよ、キリト」
「あ、あぁ…」
ケイの隣に座っているエギルが、肘掛けに肘を乗せ、頬杖を突きながらキリトに問いかけた。キリトは一瞬、体を震わせてから小さく頷き、大きく深呼吸をする。
そして、気は鎮まったのか、何か決意を秘めたような目でケイとエギルを見据えてキリトは口を開いた。
「…俺、サチの事が好き…かもしれない」
「「…は?」」
ケイとエギルが呆けた声を漏らしたのは、全く同じタイミングだった。
ケイとヒースクリフのデュエルが終わってから三日。その間、ケイはアスナとパーティーを組んだまま活動を続けていた。活動といっても、懸命に攻略を────という日々を送っていたわけではないのだが。
ギルドの活動を休んでいるという建前がある以上、アスナは攻略に縛られる必要もない。ケイも、ソロで活動しているため基本、一日自由行動である。勿論、基本は攻略のためにフィールドへ出てはいるのだが、いつもの一日と比べればその時間も短い。それ以外は気楽に街を歩いたり、湖の畔を歩いたりと気楽な三日間を過ごしていた。
そんな三日間が過ぎた、四日後の事だった。キリトから呼び出しがかかったのは。ケイはアスナにメッセージを送り、キリトに呼ばれた旨を伝えた後、呼び出された場所であるエギルの店へと向かい、エギルと一緒にキリトの話を聞いた。
そして、冒頭へと戻る────
「さて、と…。エギル、ちょっと売りたい物があるから、交渉すんべ」
「あぁ。どんな品物か、楽しみだぜ」
「待て待て待って待ってください!話を聞いてくれ!」
ケイとエギルが椅子から立ち上がり、話しながら部屋を出ようとするのをキリトが慌てて呼び止める。ケイとエギルはそれから立ち止まり、顔を見合わせてから息を吐く。
「なぁキリト。俺はな、お前の惚気を聞いてるほど暇じゃねぇのよ。今日はアスナと釣りする約束してんだよ。さっさと戻りてぇのよ」
「い、いや…。二人の時間を盗ってるのはすまないって…、おいケイ。聞き逃さなかったぞ。俺の惚気を聞いてるほど何だって?お前の方が十分暇なんじゃないか!」
やれやれ、と頭を振りながら言うケイに流される事なく、キリトがすぐさまツッコミを入れる。
「だけどよ、キリト。何でその話を俺らだけにすんだ?黒猫団のメンバーとかクラインとか、他にも相談に乗ってくれそうな奴はいんだろ」
キリトがグルルルル、と言わんばかりに歯を剥き出しにしてケイを威嚇(?)していると、エギルがふと口を開いた。
「確かに。クラインは…、まぁ理由は何となくわかる。けどよ、何でケイタ達に相談しなかった?」
ケイもまた、エギルと同じ疑問を持った。キリトにとって今、一番身近な仲間は同じギルドのメンバー達だ。さらに、キリトの悩みというべきかどうかはわからないが、ともかくその対象は同じギルドの仲間だ。相談すべきは、<月夜の黒猫団>のメンバーなはず。
「いや…、クラインに関してはまぁ…、ケイやエギルが思ってる通りだ。後、ケイタ達については、ケイの言う通りだとは思うよ。けど…さ」
「けど、何だよ」
「…気まずくならないかな、と」
「「…は?」」
再びケイとエギルの呆けた声が重なる。
「どういう意味だ…」
「い、いや!何か自慢してるみたいであれだけどさ、今までずっとギルドで上手くいってたんだよ!だけどさ…、俺とサチが、あの…」
「あー…。お前とサチが特別な関係になって、それでギルド内が気まずくなったりしたらーってか?」
「…」
キリトがこくり、と頷く。それを見たケイとエギルが、全く同じタイミングで大きくため息を吐いた。
「お前さ、サチがまだお前の告白受けるとも決まってないのに悩むの早すぎじゃね?」
「ぐっ…」
「自分に自信持ち過ぎだ。キリト、おめぇいつからナルシストになった?」
「ぐはっ…!」
ケイとエギルの容赦ない口撃に、キリトはあえなくノックダウン。椅子から崩れ落ち、床に倒れてしまう。
「だがあれだな。男女一組がくっついて、それでギルド内の空気が変になるって話はたまに聞くからな。キリトの悩みが分からない訳でもない」
キリトの悩みが尚早すぎるという流れだったが、腕組をしたエギルがそんな事を口にした。
「まぁな。最前線でガッチガチに攻略に臨んでる奴らからは聞かないけど、中層エリアじゃそのせいで解散したって話もあるらしい」
「…」
エギルに続いて言ったケイの言葉に、キリトの表情が目に見えて沈んでいく。
「…やっぱ、ゲームクリアするまでは留めといた方がいいのかな」
「は?別にいいんじゃねぇの?」
「え?」
のそり、と起き上がって小さく呟いたキリト。その呟きにあっさりと返したケイを、キリトは呆然と見返した。
「え、あ…、え?」
「何だよ」
「い、いやだって…。さっきまで、告白は止めた方がいいって流れだったから…」
「おいおい、誰が止めた方がいいって言ったよ」
戸惑いながら言うキリトに、苦笑を浮かべたエギルが返す。
「大体、俺達にとっちゃお前の悩みなんて、何を今更って感じなんだよ。ケイタ達に聞いてみろ?呆れながら、『うん、知ってた』て、返事してくるから」
「…」
相当、ケイとエギルの返答が予想から逸脱していたのだろう。キリトは目を見開き、口を半開きにさせ、言葉が出ない様子でいる。
「全く、ホント下らんことに時間とられたわ。おいキリト、ケイタにお前を引き取りに来るようメッセージ入れといたから、おとなしく待ってるんだぞ」
「さて、俺もさっさと帰って、釣りに行きますか」
呆れた空気を隠しもせず、ケイとエギルは部屋から出ていった。その二人の背中を呆然と見つめるだけでいたキリトだったが、二人の姿が見えなくなってから少しして、ふと笑みを浮かべた。
「…ありがとな」
「てことがあったんだよ、さっきまで」
二十二層に配置してある安全圏の一つの中に、巨大な湖があった。ホームからも歩いて十分と比較的近い所にあるため、ケイも良く釣りをしにその湖へとやって来ている。
エギルの店の二階でキリトの恋愛相談を受け終えたケイは、すぐにホームへと戻りアスナと合流してその湖へと来ていた。石を固めて固定した竿の浮を眺めながら、その時の様子をアスナへと話していたのだ。
「そっか。…じゃあ、やっとサチの恋も実る事になりそうかな?」
「そうだな…」
この際、鈍感の極みであるキリトは置いておく。だが、サチがキリトへ想いを抱いたのはもう一年以上も前の事だ。とはいえ、その間ずっとサチの片思いだったというのはケイとしては考えづらかった。
恐らく、キリトも自覚こそしていなかったものの、前々から恋愛感情にも似た想いを抱いていたはずだ。だからこそ、ずっとサチが片思いだと勘違いし続けているのがもどかしく、キリトがずっと想いに気付かないのが焦れったかった。
「これで、やっと俺達の努力も報われるって訳だ」
「ふふ…。ケイ君は何をしてあげたの?」
「…色々、と」
アスナに問われ、過去に自分がキリトとサチの関係進展のために何をしたのか思い返す。…が、思い出せない。というかまさか、何もしてな────とまで考えたところで、ケイは思考を切って誤魔化すことにした。
しかしそれも、アスナには全く通用した様子は見られないが。
「まっ、もうすぐキリトかサチから報告のメッセージが来るだろ。向こうの事は気にせず、のんびり過ごそうや」
「うん、そうだね」
アスナが浮かべる面白がるような笑みから逃れるように、ケイは話題を逸らす。そんなケイの内心を知ってか知らずか、それはわからないが、アスナは頷くと浮が揺れる湖面へと視線を戻す。
「あっ、ケイ君!引いてるよ!?」
「おっ…!しゃあっ!」
視線を戻したアスナが目を見開くと、ケイの竿の浮を指さしながら言う。アスナの指の先を追うと、ケイの竿の先の浮が沈んでいるのが見えた。それに加え、ケイの竿もまた大きく撓る。
ケイは大きく雄叫びを上げると、竿を掴んで一気に力を込めて引き上げる!
「わぁ!」
「らぁっ!今日の夕食は豪勢になりそうだ!」
キリトとサチから、これから恋人同士として付き合っていく事になりましたという報告のメッセージが入ったのは、釣りを始めてからかなり後。ケイとアスナが今日釣った魚で作った夕食を食べようとした時だった。
次回からは、皆さんが待ち焦がれている(?)あのお話に入っていきます!
いよいよ、本当にSAO編も最佳境に近づいて来てますね。