SAO <少年が歩く道>   作:もう何も辛くない

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就活終わりましたー。詳しく…でもないですが、活動報告にてその旨を載せました。








第75話 哀れな踊り手

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人で抱き合った抱擁を解いた後も、ケイ達はユイを真ん中にして手は繋いだままだった。

ここは仮想世界であり、温かさなど感じられないはずなのに…。いや、仮想世界だからなのだろうか。ユイと、アスナの温もりがこの手に感じられるのは。

 

 

「ユイ。ここからでもアスナをログアウトさせる事はできるか?」

 

 

いつまでもこの感触に浸っていたが、そういう訳にもいかない。温もりに溺れるのは、現実に帰ってからだ。緩んだ気を引き締め直し、ケイはユイに問いかけた。

 

 

「いえ…。今、ママのステータスは複雑なコードが拘束しています。解除するには、システムコンソールを使わないと…」

 

 

「そうか…」

 

 

首を横に振りながら答えたユイの言葉を聞いて考える。これからどうするべきかを。

ユイの言うシステムコンソールがどこにあるか、ケイには皆目見当がつかない。施設内を探索しているキリトとサチが見つけた可能性があるが、二人と連絡を取る手段がない。

 

このゲームにもフレンド機能があり、メッセージのやり取りができるのだが、ケイは二人とフレンドの登録をしていない。今更後悔しても仕方ないのだが、こうなると解っていたら…。

 

 

「私、ラボラトリの最下層でそれらしいものを見たよ」

 

 

悔恨を感じながらも思考を続けるケイを覗きながら、アスナが口を開いた。

 

 

「あ、ラボラトリっていうのは…」

 

 

「この外に出るまでに通る、何もない通路か?」

 

 

「そうだけど…。あそこを通って来たの?」

 

 

「あぁ。…何かあるのか?」

 

 

何故かアスナの声に緊張が含まれる。先程言った通り、ケイ達は何もない白い通路を通ってきた。それが一体、何がアスナを不安にさせるのか。

 

 

「…何か変なものいなかった?」

 

 

「変なものって…」

 

 

この時、ケイの頭の中で浮かび上がるものがあった。アスナとの再会で忘れかけていた事を。

 

 

「須郷、か?」

 

 

「っ!ケイ君…、あなた、知って…っ」

 

 

「いや、ただ疑っていただけだけど…。アスナは知ってるのか?須郷がここで、何をしているのか」

 

 

ビンゴだった。恐らくアスナは、ケイがここに来るまでに須郷の手下と遭遇したのではないかと懸念していたのだろう。そしてやはり、アスナをここに閉じ込めていたのは、須郷の仕業とみて間違いなさそうだ。

 

 

「詳しい話は現実に戻ってからにしましょう。今、須郷は会社にいないらしいの。その隙にサーバーを押さえて、皆を解放しないと…」

 

 

須郷がここで何をしているのか。皆とは一体誰なのか。聞きたい事はたくさんあるが、アスナの様子を見ているとあまり時間は残されていないようだ。ここはアスナを信じて、彼女についていく事にする。

 

だが、アスナがドアが消えた入口を潜ろうとしたその時だった。咄嗟に腰に差さった刀の柄に手を触れ、いつでも抜けるように構える。

 

突然ユイの手を離し、戦闘態勢になったケイを見て、アスナとユイが不思議そうな顔をする。

 

今のケイには、それを気にする余裕もなかった。この感覚、SAOにいた時に何度か味わった事がある。あの世界で、殺人者に睨まれた時と同じ感覚──────から、体全体が水に包まれる感覚へ。プールで水に潜った時とは全く違う、体に何かが貼りつく様な、粘性の高いもの。呼吸はできる。が、体を上手く動かすことができない。異様に体が重い。

 

 

「な、なに!?」

 

 

アスナが叫ぶ中、ケイ達の周りの景色もみるみるうちに変化していく。ラボから外へ出た瞬間、ケイの目を魅了した夕陽は、暗い闇に覆い尽くされる。気付けば、アスナが囚われていた鳥籠も消えていた。

 

先程まであった床に足が着いた感覚はない。ただただ体が沈んでいく。周りも何も見えない暗闇に包まれている、にも拘らず、アスナとユイの姿だけはハッキリと目にすることができる。

 

 

「きゃあっ!!」

 

 

「っ、ユイ!どうした!?」

 

 

「ユイちゃん!?」

 

 

突然の事態に困惑しながらも、どう対応するべきか、何ができるのかを考えるケイの耳にユイの悲鳴が届く。振り向けば、ユイは体を仰け反らせ、小さく震えている。

 

 

「パパ、ママ…、気を付けてっ!何かよくないものが…っ」

 

 

何かを言い終わる前に、一瞬だけ輝くユイの体。そのほんの一瞬の間に、輝きが収まった時には、そこにユイの姿はなかった。

 

 

「そ、そんな…っ」

 

 

「くそっ…!」

 

 

ケイとアスナの頭の中で最悪の可能性が過る。それでもケイはそこで思考を止める事なく、アスナに手を伸ばす。

 

何が起きてるかわからない以上、アスナと寄り添っているべきだ。手を伸ばし、引き寄せようとするケイの意に気付いたアスナも、ケイに向かって手を伸ばす。

 

だが二人の指先は触れる事無く、その直前に二人を途轍もない重力が襲った。

それと同時に、今まで続いていた浮遊感も消える。周囲の闇は変わらないが、その足には確かな床の感触。

 

突然襲った重力に耐え切れず、アスナの体は床に臥す。一方のケイは、がくりと膝が崩れかけるが、咄嗟に鞘から刀を抜くと、切っ先を床へ突き刺しそれを杖の代わりにすることで倒れることは防いだ。

 

 

「ケイ君…!」

 

 

「アスナ!」

 

 

アスナが苦し気にケイを呼ぶ。アスナは何とか立ち上がろうと腕に力を込めているが、重力に抗い切れない。

 

ケイは両腕で柄を握り、よろよろと足を動かしてアスナに近づこうともがく。

 

 

「やあ。この魔法は次のアップデートで導入される予定のものなんだけどね、どうかな?少し、効果が強すぎるかな?」

 

 

闇の中で響く声。他者への嘲りを隠そうともしない不快な声。

瞬間、この声の主が誰か、ケイの中で真っ先にある男の名前が浮かぶ。

 

 

「須郷…、か…!?」

 

 

声がした方へ振り向けば、そこには現実の須郷とは似もつかない男が立っていた。長い金髪、端正な顔立ち、緑衣の男はケイの言葉にぴくりと眉を揺らすと、演技じみた笑みを浮かべて人差し指を揺らす。

 

 

「ちっちっちっ…。この世界でその名前は止めてもらえるかなぁ。君らの王に向かって呼び捨てというのも頂けない。僕の事は…、オベイロン陛下と、そう呼べっ!」

 

 

こちらに歩み寄りながら語る須郷の言葉は次第に語尾が高くなっていき、怒声に変わった瞬間、拳がケイの顔面に迫った。

 

遅い。いつもならば容易く避けられたその拳を、ケイは何の抵抗もできず受けた。衝撃と共に柄から手が離れ、仰向けに倒れる体。さらに間を置かず、今度はケイの背に衝撃。恐らく、蹴り。ケイの体は回転し、仰向けからうつ伏せに体勢が変わる。

 

 

「いやはや、僕の小鳥ちゃんが籠から逃げ出したって聞いて、さすがにお仕置きしなきゃと帰ってきてみれば…。こんな薄汚い鼠が忍び込んでるとはね。…そういえば、妙なプログラムが動いてたな」

 

 

ケイを見下ろす須郷の口調が途中、僅かに剣呑なものへと変わる。すると、須郷は左手を上から下へ、一振りしてウィンドウを呼び出した。しばらく青く光るそれを眺め、何やら操作していたが、不意に手を止めてスクリーンを閉じた。

 

 

「逃げられたか…。あのプログラム、君のだよね?あれは何だい?第一、君はどうやってここへ来た?」

 

 

妙なプログラム、ユイの事だろう。聞こえてきた須郷の呟きから、ユイが消去された訳ではないはずだ。一つ、大きな懸念材料が消えた。

 

 

「…どうやってだと思う?」

 

 

「…」

 

 

「わからないか?その足りない頭で考えても」

 

 

笑みを浮かべて問いかけると、須郷の唇の端が引き攣る。

直後、須郷は瞳に怒りを携えて言葉を放つ。

 

 

「システムコマンド!ペイン・アブソーバ、レベル6に変更!」

 

 

須郷は叫びながら、床に刺さったままの<天叢雲剣>を抜くと、ケイの背中に刺し込む。

 

 

「ぐぅっ…!?あッ…!」

 

 

「ケイ君!?」

 

 

ずっと共に戦ってきた相棒に貫かれ、さらに須郷によってシステムの恩恵を減らされる。

今、刃に貫かれた箇所から、仮想世界では本来あり得ない、純粋な痛みが流れてくる。

 

 

「生意気な奴め…。誰だか知らないが、この僕にそんな口を利いてどうなるか…、思い知らせてやるよ。段階的に痛みを強くしてやるから、楽しみにしてるんだね」

 

 

「ケイ君を離しなさい!須郷!」

 

 

「はははっ!小鳥ちゃん、君も他人の心配をしてる場合じゃないよ?これからゆっくり…、僕色に染めてあげるから」

 

 

アスナと須郷の声が聞こえる。だが、その言葉に耳を傾けていられる余裕は今のケイにはなかった。

 

刀に貫かれるという強烈な状況とはいえ、まだレベル6でこの痛みだ。それも、須郷はこれから段階的に痛みを強くしていくと言った。これから、痛みが強くなっていく。

その事実に、ケイの胸の中で小さな恐怖が生まれた。

 

そんなケイの胸中も知らず、須郷は次の行動を起こしていた。

須郷は左腕を掲げると、指を鳴らした。それが合図だった。

上空から二本の鎖が落ちてくる。落ちてきた鎖は倒れていたアスナの両腕を絡めとると、そのまま鎖の先端が上空へと戻っていく。

 

 

「きゃあっ!」

 

 

「っ…、あす…!」

 

 

このアスナの悲鳴でケイは正気に返る。痛みに耐え、視線をアスナの方へ向け、目を見開いた。

 

両腕が鎖に絡まり、その体勢で宙吊りになったアスナへと須郷が歩み寄っていく。重力は未だアスナに影響を与えているのだろう。アスナの表情が歪む。そして、それを見た須郷はアスナの目の前で腕組すると、にたりと笑みを浮かべる。

 

 

「いいねぇ…。その顔が欲しかったんだよ…」

 

 

感嘆するように間延びした声を出すと、須郷は腕組みを解き、右手をアスナの顔へと伸ばす。

 

 

「やめろ!」

 

 

「あ?」

 

 

こんな男に…、こんな男が、アスナに触れる。それがどうしようもなく許せず、ケイは声を上げた。横槍を入れられた須郷は不機嫌さを隠さず表情に浮かべ、ケイへと向けた。

 

 

「はぁー…。まだわからないのかな?さっきの、見たろ?ここでは僕が王なんだ。僕が世界の全てなんだ。そんな僕を怒らせたら…」

 

 

残虐な怒りの笑みが浮かぶ。

 

 

「こうなるんだよ!ペイン・アブソーバ、レベル5!」

 

 

「っ!」

 

 

単純計算で、現実で同じような状況になった時に感じる痛みの半分。それでもケイは、悲鳴を上げることもできなかった。それほどに、強かった。

 

 

「あぁ、そうそう。言い忘れてたよ。君と一緒に来た、お友達のこと」

 

 

再びアスナに手を伸ばそうとした須郷が、不意に口を開いた。

お友達、キリトとサチの事だろう。やはりすでに、須郷は二人に気付いて…。

 

 

「そろそろ僕の部下が捕らえてる頃かな?後で三人一緒に、良い所に連れてってあげるよ」

 

 

「す、須郷…!まさかあなた!」

 

 

「そう、そのまさかだよ!これでもね、彼らがここまで登って来れた事、僕は感心してるんだ。だからその名誉として、実験台にしてあげるよ」

 

 

「ふざけないで!そんな事、絶対に許さない!」

 

 

「だからね、小鳥ちゃん。ここでは僕が全てだ。許さないって誰が許さないというのかな?」

 

 

会話の内容がケイの頭に入ってこない。それでも、ケイは須郷の手がアスナの顔に触れた瞬間をその目に捉えていた。須郷を止めたい。だが、体が動かない。それでも、須郷を止めたい。

 

この時、ケイの脳裏にある光景が蘇っていた。今の自分と同じように、システムの縛りに捉えられた友の姿を。だが彼は、システムに抗ってみせた。自分とは違って。自身が作り出した絶対の縛りから、僅かとはいえ逃れたのだ。

 

それが自分はどうだ。あのアスナの顔に伸ばしている腕一本によって、地に臥している。なんと無様な事か。

 

 

(だれでも、いい…)

 

 

許せない。目の前のあの男が許せない。

 

 

(だれでもいいから…)

 

 

なのに、何もできない。

 

 

(だれでも…、いいから…?)

 

 

力を、貸して

そう、心の中で願おうとした直前に、何かが小さく灯る。

 

 

(…今、俺は何を思った?)

 

 

先程よりも強く、あの時の光景を、あの男の強い目を思い出す。

 

 

(あの人は…)

 

 

何故…、何故自分は地に臥している?それは、システムの力に屈しているから。

 

 

(あの人は…、違った)

 

 

あの男は違った。システムの力に抗って見せた。そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、そんなあの人と、引き分けて見せた。

 

なら、できない道理はない。負ける理由がない。こんな下らない、借り物の力に──────負けたくない。

 

 

「須郷…。お前は神なんかじゃない」

 

 

掌を地に着け、腕に力を籠める。

 

 

「…なんだと?」

 

 

「本当の事を言っただけだろ。ただ、その力を他人から奪っただけだろうが」

 

 

腕だけじゃなく、膝も立てて、四肢の力で体を持ち上げる。体が持ち上がっていく内に、ケイの体に刺さっていた刀が抜け落ちる。

 

 

「知ってるぞ。ここは、アインクラッドのコピーだって」

 

 

「っ…」

 

 

「あの人から奪った世界で王だの世界の全てだの…。ずいぶん無様な踊り手だな?」

 

 

遂に立ち上がって見せたケイと、アスナの視線が交わる。アスナの目は、ケイを信じ切っていた。ケイが一人で絶望し、一人で迷い、一人で何もかもを振り切っている間も、アスナはケイを信じていたのだろう。

 

 

「少し、我慢しててくれ」

 

 

「…うん」

 

 

「こっ…のっ…!システムコマンド!!オブジェクトID<エクスキャリバー>をジェネレート!!!」

 

 

今、この場で、二人の間に自分はいない。それを感じ取った須郷の顔が怒りに歪む。その手には、管理者権限で呼び出した黄金の剣が。

 

アスナから視線を外し、須郷の手の中にある剣を見る。

 

一目でわかる、巨大な威圧感。あれは、ケイの<天叢雲剣>やユージーンの<グラム>と同じ、魔剣と呼ばれるものだろう。そんな剣を、たかがコマンド一つで呼び出して…、どこまでも、この世界を汚して。

 

 

「ペイン・アブソーバぁああああああ!!奴のレベルを、ゼロにしろぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

叫び、そして駆けてくる須郷。管理者権限でステータスを上げるなりすればよかったものを。須郷の走りはあまりにも遅く、滑稽なものだった。剣を振りかぶり、ケイの眼前に迫ると、振り下ろしてくる。

 

 

「死ねぇえええええええええええ!!餓鬼がァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

「…」

 

 

右足を引き、体を傾けて須郷の斬撃を回避する。直後、ケイの刃が煌めいた。

重力の影響など微塵も感じさせない斬撃が、須郷の手首から先を斬り飛ばした。

 

斬り飛ばされた両手首はポリゴン片となって消え、主の手から離れた剣は宙を舞い、アスナを拘束していた鎖を切り裂き、地面へと落ちた。

 

 

「なっ…!まさか、お前…!」

 

 

あまりに出来すぎた現象。剣の行き先を目で追っていた須郷は、まさか、とケイの方へ向く。

 

須郷の視線を受けたケイは、小さく笑う。

 

 

「ほら、来いよ。頂き物の力を振り翳して、かかって来いよ。…全部、斬り潰してやるから」

 

 

「き…、貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

部位欠損は、本来回復するまで少し時間がかかる。が、管理者である須郷には関係がない。ケイが斬り飛ばした両手が復活すると、須郷はすぐさま左手を振るい、ウィンドウを呼び出す。

 

何を仕掛けてくる。いや、何をしてきても関係ない。さっき言った通りだ。

須郷の思惑を、力を、全部斬る。

 

それだけを思い、ケイが刃を構えた──────その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盛り上がってる所悪いけど…。そうはいかないよ、須郷伸之」

 

 

この闇の中にいる誰の物でもない。

 

四人目の声が、空間の中で響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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