十二話
毎日恒例のオカルト研究部の部活動。
いつもなら旧校舎の部室で活動に励むのだが、今日は若干毛色が違っていた。
現在俺達が居るのは旧校舎の部室――ではなく兵藤家、イッセーの自室。
なんでも旧校舎の中を全体的に掃除する時期らしく、使役している使い魔に清掃させている最中なのだそうだ。その為部室を使うことができないんだとか。
なので今日は、イッセーの部屋でオカルト研究部会議を行う予定、だったのだが……。
「で、こっちが小学生のときのイッセーなのよー」
「あらあら、全裸で海に」
「ちょっと朱乃さん! って、母さんも見せんなよ!」
だったのだが、イッセーのお母さんが持ってきたアルバムで会議は崩壊した。
子供の頃のイッセーの写真を楽しそうに見る朱乃さんと兵藤母。
自分の過去の写真を見られ、イッセーは頭を抱えて悶絶している。よほど辛いらしい。
――まあ、昔の自分の写真を見られることほど、嫌なことはないからなぁ。
なので俺は、悶絶しているイッセーを慮ってアルバムは見ないようにしている。
「……イッセー先輩の赤裸々な過去」
隣にいる小猫ちゃんがぼそりとそう呟いた。
その呟きが耳に届いたのか、イッセーは見ないでぇぇぇ! と叫びながらより一層悶絶する。どうやらからかわれていることに気付いていないらしい。
アーシアちゃんはさきほどから無言で、真剣な表情で食い入るように幼年期のイッセーの写真を見続けていた。
――……こんなアーシアちゃん、見たくなかったとです。……畜生っ。
思わず嘆息してしまう。嘆息しているところを見られたのか、微笑ましそうに写真を見ていた部長が俺に声をかける。
「九々、どうかしたの?」
「ああ、いえ、何でもないです。ただちょっとショッキングな場面を見てしまいまして」
「?」
首を小さく傾げる部長。所謂ギャップ萌えというやつだろうか、大人びた風貌の部長がこうして時折見せる可愛らしい仕種に、ほんの少しドキドキしてしまう。
――ああ、いけない! 俺はディルナ一筋なのに、他の女性にトキメキを感じてしまうだなんて!
……我ながらこれはないな、すこぶる気持ち悪い。
――そもそも部長はイッセーにホの字だろうしなぁ。
先日のレーティングゲームの一件の後、詳しくは知らないが部長はイッセーの家に住むと言い出したらしい。
今回のこの兵藤家での部活動も、イッセーではなく部長が言い出したことなのだ。
下僕との交流が云々とのことらしいが、これあれだろ、どうせ部長がイッセーに惚れたからなんだろ?
部長がイッセーの家に住んでいちゃらぶすんのはいいんだけどさ、聞けばアーシアちゃんもイッセーの家に住んでるっていうじゃん?
何これずるくね? アーシアちゃんと同棲とかさぁ、ホントどういうことなの?
――羨ましいことこの上ないんだけど。マジで万死に値するんだけど。
祐斗とじゃれあうイッセーを尻目に、そう内心で呟く。
「これ、見覚えは?」
内心で憤りながらも、イッセーのお母さんがアルバムと一緒に持って来てくれたお菓子に手を伸ばそうとした時だ。
真剣味を帯びた祐斗の声が聞こえてきたのは。
ちらりと祐斗の方を見やる。その視線はアルバムの中の一枚に釘付けになっており、憎悪に満ちた目をしている。
一体何に対してああも憎悪しているのか。気にはなるが、おいそれと聞けるような雰囲気ではない為に聞き出すことはかなわなかったものの、次の一言で何を見たのかはかろうじて理解することができた。
「これは聖剣だよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
というのが先日の話。
それからというもの、祐斗はどこか様子がおかしかった。
近々行われる駒王学園球技大会、部活対抗戦に向けての野球の練習もボケっとしたまま。
意外にもこの手のイベントが大好きな部長をはじめ、みんなで勝とうと意気込んでいる時も一人上の空なのだ。
――はてさて、本当に祐斗はどうしたのやら……。
祐斗のことを考えながら、手元の漫画の頁を繰る。
――いやーやっぱこの執事かっくいいなぁ、俺も鋼線使えるように練習してみようかな?
向けられる視線を無視するように、漫画以外に目を向けないようにしているのだが、やはり依然として視線を向けられたままだ。
現在俺は部室に居る。
既にイッセーとアーシアちゃん以外のメンバーが揃っており、あとは二人を待つだけだった。……そう、あとは待つだけ、なんだけれども……。
部室には部員ではない人物が二人居た。その二人の人物が、さきほどから俺に視線を向けている者だ。
一人はどこか近寄り難い雰囲気の、キッツい目つきの部長や朱乃さんレベルの美少女。
もう一人はその美少女の付き添いの男子生徒だ。なにかこう、ヤンキーっぽい感じの。
美少女はガン見こそしていないものの、ちらちらと度々俺に視線を向けてくる。
男子生徒はそれが気に食わないのか、いつかのフェニックスのように敵意を籠めた瞳で俺を睨んでいる。
この二人はなんなのか部長に聞くも、イッセーとアーシアちゃんが来てから説明するとのことだ。
はぁ……。この居心地の悪い空気、以前にもあったな。
だが居心地の悪さなら今回の方が上だ。あの時の小猫ちゃんみたく、部室の片隅で「自分、誰とも関わりたくありません」オーラを出しているにも関わらず、やはり二人の視線が突き刺さるのだから。
俺はどうすることも出来ず、漫画の中の年老いた執事の活躍を楽しむことしか出来なかった。
そうして頁を繰り続け、あともう少しで読み終わるというところで部室の扉が開かれた。
「せ、生徒会長……?」
入ってきたイッセーが驚きながら口にする。生徒会長だって? ……どっちが?
「なんだ、リアス先輩、もしかして俺たちのことを兵藤に話していないんですか? 同じ悪魔なのに気付かない方もおかしいけどさ」
悪魔……。なんとなくそうじゃないかとは思ってたけど、まさか本当に悪魔だったとは。
美少女が男子を静かに窘める。
曰く、自分達は表の生活以外では互いに干渉しないことになっていると。
悪魔になって日が浅い兵藤くんが知らないのも当然だと。
……さっぱどわがんね。
まあこの二人が悪魔だってことを憶えてりゃあいいか。
美少女の言葉に更なる驚きを見せたイッセーに、朱乃さんが説明する。
「この学園の生徒会長、支取蒼那さまの真実のお名前はソーナ・シトリー。上級悪魔シトリー家の次期当主さまですわ」
「上級悪魔…………うへぇ」
この会長さんあれか、あの高慢ちきのフェニックス兄妹と同じ上級悪魔か。
――なるたけ関わらんようにしとこ。
更に朱乃さんの説明は続く。
シトリー家もグレモリーやフェニックス同様に、大昔の戦争を生き残った七十二柱の一つなのだそうだ。
この学校は実質グレモリー家が実権を握っているが、表の生活では生徒会――シトリー家に支配を任せているらしい。昼と夜とで学校の分担を分けたとのことだ。
――……人間界の学校なのに悪魔に支配されすぎじゃね?
朱乃さんの説明を聞いて、そう思わずにはいられなかった。
いや、元々この学校は悪魔が建てたのだろうか? しかしそれならば冥界に学校建てりゃいいじゃんってことになるし……。
「それにしても――この中に人間が混じっているなんて、少し場違いなんじゃないか?」
明らかに俺のことを指している言葉に顔を上げる。
今の発言は、会長の付き添いの男子のもののようだ。
「ああ? 俺が場違いだぁ? …………確かにそうかもしれない」
張り詰めかけた空気が、何故か一気に霧散する。喧嘩を売っているのであろう男子も、よく判らないがずっこけそうな体勢になっていた。
だが彼の言った通り、悪魔の集団の中に人間が混じっているのは、場違いと言われても仕方ない。
「でもさ、人間の俺がオカ研に所属しているのも、ちょっとした諸事情があるからなんだよ。えーっと……付き添いの人」
「俺の名前は匙元士郎だ! さっきの俺の自己紹介を聞いてなかったのか!?」
「う、うん、ごめん……。ちょっと考え事してて……あっ、じゃあもう一回自己紹介を頼むよ」
「表に出ろてめぇ!」
沸点低っ! 自分から煽ってきたくせに!
「サジ、お止めなさい!」
会長の鋭い制止の声に、こちらに向かってきていた匙くんが足を止める。
「か、会長!」
「サジ、今のあなたでは九々崎くんには絶対に勝てません」
「ですが! こいつは人間ですよ!?」
前から思ってたけど、なんか人間ってだけで下に見られすぎじゃね? 別段俺に限らず、探せば悪魔倒せる人間だって居るだろうに。
「確かに九々崎くんは人間ですが――フェニックス家の三男を圧倒し、未知の魔法で完膚無きまでに叩き潰した魔法使いなのです」
「ど、どどどど童貞ちゃうわ!!」
やべっ! 魔法使いと言われてつい叫んじまった!
突然の叫び。その内容に面々から――特に女性陣から――冷ややかな目で見られ、イッセーと匙くんから「あっ……」と、何かを察したかのような呟きが聞こえてきた。
――ああ、これが自爆ってやつか……。
「……こ、こいつがそんな凄腕の魔法使いだなんて思えません! いくら会長のお言葉とはいえ、信じられませんよ!」
「……そうですね。実際に見てみなければ信じられないのも無理はありません。戻ったらその時の映像をお見せしましょう」
何事もなかったかのように再び話し始める会長と匙くん。つ、辛い……。
しかし――その時の映像をお見せする……? さっきの会長の言葉を鑑みるに、その映像とやらって以前に行われた『レーティングゲーム』のことだよな? まさか……。
「あの、会長さん。その映像って、俺が以前に参加した『レーティングゲーム』のものだったりします……?」
「はい。あの映像は上級悪魔達の間で出回っていますから。入手はそう難しくありませんでした」
で、出回ってるってどういうことぉぉぉぉ!? あれって非公式の試合だったんだろ!?
そんなもんが出回ってるっておかしくね!? こんなの絶対おかしいよ!
「ぶ、部長!? 会長さんの話って本当なんですか!?」
「……ええ。そうね、確かに出回っているわ」
一瞬ではあるが険しい表情を浮かべた部長。
そうだよな。自分の負けそうになった姿が収められた映像が出回っているとなっては、今の部長の反応も納得できる。
でもさぁ。俺なんて滅茶苦茶みっともない姿を晒してる訳だぜ? 恥ずかしさのあまりゲロ吐きそうなんだけど……。
「九々崎くんの参加した『レーティングゲーム』ですが、誰が言い出したのか『弾幕の夜』と名付けられ、今では九々崎くんを指す名称としても扱われています」
「ファッ!?」
弾幕の夜!? 誰だよそんなだせぇ名前つけたの! ってか俺弾幕の夜って呼ばれてんの!?
「ちょちょちょどういうことですか弾幕の夜って!? おかしいですよ会長さん!」
「三男と対決した際の、九々崎くんの口上からきているみたいですよ?」
墓穴を掘るとはまさにこのことだ。本当に俺は何故あんなことを口走ってしまったんだろうか……。
青くなっているであろう俺の顔を見かねたのか、フォローするように部長が言う。
「で、でもあの台詞! 一部の上級悪魔に受けが良いみたいよ? 気品に溢れ、強さを感じるとかで!」
わぁい! 嬉しくねぇ! きっとそんなことを言い出した奴は、編み出した技の名前に全世界ナイトメアとか名付けちゃうんだろうな!
「――時間も勿体ないのでそろそろ本題に入らせていただきます。今日ここに来たのはこの学園を根城にする上級悪魔同士、最近下僕にした悪魔を紹介し合うためともう一つ――九々崎くんにお願いがあって来ました」
今までのおちゃらけた空気を払拭させるように、真剣な表情を浮かべて会長さんが俺の方を向く。その急な空気の入れ替わりに、俺は戸惑ってしまう。
――なんだよ急に……。お願いだって? 一体どんな内容なのやら。
「九々崎くんを力ある魔法使いと見込んでのお願いです。あなたが最後に使用したあの水の魔法、それを是非ご教授願いたいのです」
「あ、すいません。それは無理です」
即答。
ていうかあれ、水じゃなくて氷属性ですしおすし。
そういえばオカルト研究部のみんなと出会った日の夜もこんなやり取りをしたな。
だがあの夜の部長と違い、目の前の会長さんの表情はぴくりとも揺らがない。大方断られると予想していたのだろう。
「なっ……! お前! せっかく会長が頼んでるんだから――」
「いいのです、サジ。九々崎くん、お礼の方でしたら充分に用意させていただきますが、それでも……?」
「はい。無理です」
――この九々崎九々、そのようなもので動く男ではないッ!
と、言ってしまえば嘘になるけれど、部長がエリクサーを買い取ってくれるおかげで生活には困っていないのだ。
あんまりお金を持ち過ぎて金銭感覚が狂うのも嫌だし、なにより会長さんに魔法を教えてやる義理など欠片もないのだから。
……まあ、義理があったら教えてやるのかと問われればそれもまた違うのだけれど。
とにかく、俺は魔法を教える気などさらさら無い。
会長だけじゃない。オカルト研究部のみんなにも――誰にも教える気は無い。
誰が好き好んで自らの手札を他者にくれてやるというのか。
さきほどの俺をちらちら見ていた理由も、きっとこれなのだろう。
「…………わかりました。ですが九々崎くん、私は諦める気はありませんので」
むっ……。物分りが良いのはありがたいが、しつこいのはちょっとな。何度来られようと教える気などないのに。
俺と会長の話の終わりを皮切りに、その後は新人悪魔同士――イッセー、アーシアちゃん、匙くんのお互いの紹介が恙無く行われた。
イッセーとの握手でひと悶着あったみたいだけど、それでもあの程度のじゃれ合いだったら可愛いものだ。
俺も部長の眷属ではないとはいえ、オカ研に所属している以上今更ではあるが自己紹介しておくべきだろう。
「俺は九々崎九々。悪魔じゃあないけどよろしくな」
「……はんっ!」
とか言いながらも握手に応じてくれるあたり、彼にはツンデレの資質があると思う。
「お互いのルーキー紹介はこれで十分でしょうね。では、私達はこれで失礼します」
立ち上がる会長。そんな会長にイッセーは頭を下げて挨拶し、アーシアちゃんもそれに続く。そしてアーシアちゃんに続くように、俺も頭を下げる。
「ええ、よろしくお願いします」
キッツい娘さんとばかり思っていたが、意外にもこのような優しげな微笑みも浮かべられるらしい。
そうして部室を出る際に二、三部長と言葉を交わすと、会長さんは足早に部室をあとにした。
「『弾幕の夜』、か……」
会長さんを見送りながら、俺は呟く。
まさか上級悪魔達にそんなあだ名を付けられていたとは、思ってもみなかった。
そして、フェニックスとの『レーティングゲーム』が収められた映像が出回っていることも。
……別にさぁ、あの試合って非公式な訳だし? 別段記録しておくほど価値のある試合内容だったとは思えないんだよね。
ほんとわざわざ記録しておくとか馬鹿なの? 死ぬの?
はぁ。俺の数々の痴態が不特定多数の悪魔に今も見られているのかと思うと、こう、胸の奥底から熱く甘酸っぱいものが込み上げてきて――
「――部長、自分ちょっと一ゲロいいっすか?」
「いいわけないでしょう!?」
そうだ、トイレへ行こう。
【おまけ】
誰も居ない――放課後の生徒会室にただ一人、ソーナ・シトリーは残っていた。
何をしているのかといえばなんてことはない、匙に見せていた『レーティングゲーム』の映像を見返しているだけだ。
昼休みの時は書類仕事があった為、匙に映像を見せるタイミングが放課後になってしまったのだ。
場面は序盤、九々が泣きべそをかきながら学園内を彷徨っているところを、ソーナはぼんやりと見つめていた。
九々の活躍振りを見た、先程帰宅した匙の反応を思い出しながら。
始めの内は情けない九々の姿を馬鹿にしていた匙。
本当にこんな奴が強大な魔法使いなのかと、鼻で笑っていた匙だったが、運動場で仲間と合流してからの展開に言葉を失っていた。
不意討ちとはいえ、人間でありながらたった一人で六人の悪魔を相手取り、手玉に取った上、フェニックスの涙で完全に回復していたライザーの『女王』を一撃で下した九々。
この時点で大活躍と言っても過言ではない働きをしたモニターの中の九々を、真剣な表情で見る匙がなんとも印象的だった。
しかしこの匙の真剣な表情も、後のライザーとの対決で大きく崩れたのだった。
九々がどこからか取り出した弓を見て、薄汚いと嘲笑するライザー。
『――永遠に明けない弾幕の夜を、悪夢の度に思い出せ!』
そんなライザーに向けて言い放った九々のこの口上を、意外にもソーナは気に入っていた。
なんというか、こう、口にしてみると存外小気味の良い台詞なのだ。
リアスも言っていたが、確かに気品に溢れていると密かにソーナも思っている。
閑話休題。
その後の展開は正に一方的な蹂躙と呼ぶに相応しいものだった。
空を埋め尽くさんばかりに放たれる、無数の煌く光線による弾幕。
普通は弓からこんな光線を放つことなど不可能だ。これもまた、何らかの九々の魔法なのだろうかと、ソーナは思案する。
この不可思議な光線から必死に逃げ回るライザー。
貴族らしからぬあまりに必死過ぎる姿だったが、一度射抜かれただけで死んでしまうとなってはこれも無理はない。
光線に射抜かれる度に命を落とすライザーを見て、匙は唖然としていたものだ。
自分も初見は匙と全く同じ反応をしていたなと、ソーナはその時のことを思い返す。
本当に、九々の戦いぶりは驚きしかなかった。
拘束にも使っていた剣を突き刺す魔法に、『女王』を一撃で下す程の投擲技術。
ライザーに手も足も出させない程の弓の腕前と、極めつけが――
『ダーク・セイヴァー!』
『っぐぅぅ! な、なんだこれは!?』
「――っ!」
思い返している内に、映像は終盤まで進んでいたらしい。
この後の展開を見逃さないよう、ソーナはジッとモニターに目を向ける。
『虚空を伝う言霊が呼び覚ませしは! 海流の支配者の無慈悲なる顎!』
九々の足元に展開された巨大な魔方陣。力強い、魔力の籠められた言霊。
周りの空間を漆黒に塗り潰してしまう程の魔法を、ソーナは今まで見たことがなかった。
『タイダルウェイブ!』
大魔法によって現れたのは巨大な水竜。波打つように移動しながら水竜は新校舎を削り、抉るように破壊していき、その破壊力は新校舎だけに
見る者に畏怖の念を抱かせる水竜は大口を開けてライザーを飲み込み、激しい着水音と共に弾けて消える。
『ライザー・フェニックスさま、戦闘不能。リアス・グレモリーさまの勝利です!』
映像はここで終わる。最後まで見ていたものの、やはりあの魔法が解読できなかったとソーナは歯噛みする。
既に何十回とこの『レーティングゲーム』を見返していたソーナだったが、何一つ魔法――タイダルウェイブについて判ったことはなかった。
「……虚空を伝う言霊が呼び覚ませしは、海流の支配者の無慈悲なる顎」
こうして詠唱だけならそらで言えるぐらいに覚えたというのに。
水の魔力を得意とするソーナにとって、タイダルウェイブは決め技にふさわしい魔法と言えた。
悪魔の魔力体系を独自に解釈し、再構築したものである魔術、魔法。
中には悪魔ですら真似できないことも可能とするらしいが、確かに並みの悪魔では――それこそ魔王でもない限りあの破壊力は叩き出せないだろう。
もしも習得出来たなら、夢へと大きく前進出来る筈だ。だからソーナは、どうしてもタイダルウェイブを習得したかった。
しかし昼休みに本人にこの魔法を教えてほしいと頼み込んだのだが、即答で断られる始末。
礼の方も充分に用意するとは言ったものの、それでも断った九々。
断られることを予想していたとはいえ、それでもあの即答には心が折れそうになった。
その上、若干避けられている気がしてならない。
いや――絶対に避けられているだろう。恐らくは自分が上級悪魔だからだろうとソーナは当たりを取る。
何十回と『レーティングゲーム』を見返して、ゲーム中の九々を見ていてあることに気付いたのだ。
三男と『僧侶』であるフェニックス家の長女と接する際、上級悪魔の多くに見られる傲慢な振る舞いを前にする度、九々がほんの少しだけ忌々しげに表情を歪めていたことに。
誰も気付けないような、小さな表情の変化であったがそれをソーナは看破していた。
九々が上級悪魔を嫌悪していることに確信を持ったのは、リアスの『女王』である朱乃の説明を聞いた時の九々の反応だ。
朱乃によるソーナの説明を聞いて、九々は『レーティングゲーム』の時のように小さく表情を歪めたのだ。それはソーナに確信を抱かせるのに充分過ぎる要素だった。
あまりに取り付く島がなく、リアス以外の上級悪魔を毛嫌いしている九々だが、ソーナも諦める気などさらさら無い。
九々が教えてくれるまで、ソーナは何度だって頼み込むつもりだ。
真摯に頼めば、彼もきっと――
心中でそう呟きながら、帰り支度に取り掛かるソーナ。
しかし、自分のこの見通しが角砂糖よりも甘いということを、ソーナはずっと後になって痛感させられるのだった。