数日後・・・ドラえもんこと森川は恐ろしいことを始めた。
「「「・・・。」」」
これには私を含めてきずなと矢部も絶句である。
「お隣さんとしてよろしくね。」
まさか隣にあった売り出し中の家を購入するとは。
「さて、最強の投手に仕上げるからパルスィも頑張ってね。」
(ドラえもんのイメージが崩壊した。)
「お手柔らかに・・・。」
これ以外の言葉が見つからないパルスィだった。
〔5年後〕
矢部、ドラえもん(森川)による野球特訓ときずなによる勉強でM気質に目覚めそうになりながらトレーニングを続けた結果、恐ろしいほどにコントロールとスタミナがついた。
コントロールは9面パネルを狙って当てることができ、スタミナは65球投げてもバテないようになっていた。
いっておくがまだ5歳時である。
「今日はここまでだよ。しっかり休んでね。」
ドラえもんが話しかけてくる。
この人デイゲームだろうが、雨天だろうが私を教えてくれる。
この人のお陰であることに気がつけた。
癖と配球についてが一番勉強になった。
癖を隠すことで相手に何が来るかわからないようにできるし、配球がわかっていれば投げる位置をあらかじめ決められるからだ。
(しかし・・・ねぇ。)
私を教えはじめてからドラえもんの成績が異常事態になった。
昨年のシーズンは27回先発登板で19勝、防御率1.02と覚醒していた。
そんなことを考えていると、5年でずいぶん丸くなったと感じるパルスィだった。
〔翌年〕
小学生となった私は胃痛に悩まされていた。
(せ、精神年齢が低くて話が噛み合わない。)
もう6年もこの世界にいるため常識はある程度ついたが、小学生の会話は幼稚過ぎてついていけないので、読書するのが普通になっていた。
先生から心配されていたが、大丈夫と言って抑えた。
野球としての変化はボーイズリーグに所属したことだろう。
しかし、ボール拾いやお遊び野球がほとんどで、帰ってからのドラえもん、矢部との特訓の方が役立った。
【ドラえもんの敷地にあるマウンド】〔半年後〕
私はマウンドから矢部が構えるミットに投げていると、ドラえもんが
「そろそろいいかな。・・・パルスィに変化球を教えるよ。」
「え?体が出来てないときに使うとリズムを壊すんじゃ?」
「そうだけど、君の投球を見てると大丈夫なように思えるからね。何を投げたい?」
「スライダーを投げたい。・・・高速とVも合わせて。」
「・・・うーん。なら普通のスライダーから覚えようか。まずはこう握って。」
ひねくれ者は変化球を覚えるのだった。