生まれた時の記憶がないということを人はどう思っているのだろうか。
ビデオや写真という記憶媒体を通して、記憶にない己の姿を見て安心するのだろうか。
ああ、自分はちゃんとこの世に生まれたという証が存在していると。
ならば、それがなかったとしたら。誰も己が生まれたという事を知らず、己だけが気がつけば存在していたとしたら。
何時の頃からかは記憶がないので分からないが、自分は気がつけばそういう存在だった。
『これで、十七回目の人生か。』
死と生との流転を彷徨う存在としては、生から死ではなく死から生へと流転する感触は何時味わっても何ともいえないものがある。
生まれ落ちる瞬間に記憶を持っているものなど世界を探しても己みたいなものだろう。
今回は柔らかな布団の上で目を覚ました。
目を開いて最初に目に入るのは壁に貼られたメイド服を着たアニメの女の子のポスター。
飾られたこれまた女の子のフィギュア。本棚には漫画の本がびっしりと詰まっていて、視線をその横に向ければゲームが詰められた棚が目に入る。
『ーーこれはまた、世界が変わったものだ。』
己の部屋をまるで始めて見たかのように見渡すと、ふとベッドの隣に置いてある鏡張りの机の上に置かれている紙に目をつけた。
真っ白な紙の上にただ「吸われますか、吸われませんか」という言葉だけが書かれている。
まるでそうすることが当然のように机の上に置かれていた筆箱から鉛筆を取り出すと吸われませんかの所に印をつけようとした。
『なにを、しているんだ?』
そこではっと我に帰る。まるでなにか得体の知れない何かに操られるような感覚で「吸われませんか」の箇所を丸しそうになっていた。
じっと何の変哲もない紙を眺める。そして、まるで得体の知れないものに逆らうように「吸われますか」の方をチェックした。
なにか嫌な予感が襲ったが、別に気にすることもないと汚れた部屋を見渡す。
どうやら、十七回目の人生の始まりは掃除から始まるようだ。
未成年が所持していてはいけないはずの本が二十五冊。だいぶ前に発行されたのだろうゲーム雑誌が四十二冊。プラモデルの箱が六個。
とりあえず目に付くものを整理していった結果に出現したそもゴミを眺めながら、小さく呆れたように溜息を吐いた。
掃除をする前に今回の体はどのようなものかと鏡を見たのだが、なかなかの体つきをしていた。
細身だが健康的な体、顔も伸ばしっぱなしの前髪を何とかすればそれなりに見栄えはいい。
身長は170前後。どこにもガタのない健康的な体である。だが、ほとんど外に行かないのか肌は女性の肌のように白い。
『なんたる情弱な体だ。前の体も鈍らではあったが、ここまでではなかった。』
自分の体をそういって侮辱すると、まぁ仕方ないとゴミの本を縛る縄を探すために部屋を出た。
部屋は一軒家の二階に存在し、記憶を探ると縛れそうな縄のようなものは物置にあるとわかる。
階段をトントンと下りていくと一階でなにやらキャイキャイと騒がしい声が耳に入る。
大方、妹あたりが友達を呼んで遊んでいるのだろう。別段気にすることではない。
前まではこういう状況であるならば部屋に引き返し、妹の友達がどこかに行くまで部屋に閉じこもっているのだが、今の俺が同じように行動してやる義理はない。
『あ、あの人。芹香ちゃんのお兄ちゃん?』
『え?お兄ちゃん?』
妹の声が聞こえて、そちらにちらりと視線を向けると開けられたリビングのドアを通して妹の友達と目が合った。
愛想笑いを浮かべ軽く会釈をしたので、それに返す。そして、目的の場所に行こうと背中を向けて
『ちょっとごめんね。』
という妹の声と共にリビングのドアが閉められ、足早に妹は近づいた。
『ちょっとお兄ちゃん!友達がいるときは降りてこないでって言ってるじゃない!!』
『なぜだ?ここは芹香の領土というわけではあるまい。』
『うわっ。なに、その言葉遣い?また何かのアニメのキャラの真似?』
『これが普通だ。』
『うわぁ。やめてよ。もう、早く部屋に帰って!友達が来てるんだから!!』
『なら、俺のことなど気にせず遊んでいればいい。可笑しな奴だなお前は。』
呆れたように肩をすくめて見せると芹香から視線を外し、物置へと向かった。
『ちょっと、お兄ちゃん!?』
背後からぐいっと肩をつかまれ、邪魔だといわんばかりにその手を払いのけると物置へと向かった。
後ろのほうで芹香が何か文句を言っているが意識的にその声を無視する。そして、物置で目的のものを見つけると自分の部屋へと帰っていった。
その際、芹香がいたはずのリビングはものけの殻でその友達の姿もそこにはなかった。
自分の部屋に帰ってきた俺はそこで自分が部屋を出たときにはなかったはずの年代ものの棺桶??みたいな箱に気がついた。
ひとまず物置から取ってきた縄とはさみを机の上に置くと、その棺桶みたいな箱の前に座り込む。とりあえずは中身を確認しようと箱を開け、そして中に入っているものを見て俺は眉をしかめた。
『人間か?それとも人形か?それにしても随分と精巧な・・・・。』
漆黒の衣装とそれに栄える白銀の髪。眠っているような安らかな顔は人間のソレと変わらない。もし人形なら上手く作られている。
しばらくそれを眺めると、綺麗に立てられたフィギュアに視線を向ける。
『すこしばかりでかいが、とりあえず飾っておくか。』
意思を言葉にして明確にすると棺桶から引きずり出した。動くたびに目に入りそうになる前髪をうっとうしいと掻き上げると俺はゴミの整理を始める。
すると整理を始めて数分も立たぬうちに背後で何かが動く音がした。視線を向けてみれば、先ほどの人間のような奴がベッドのほうに倒れていた。
人間のような奴はいまだに無言でそこに存在する。
『これは・・・もしや、あの物の怪というものか』
なぜこまで思考が飛躍するのかは本人にもわからないが、とりあえずなんとかしようとそちらに近づいた。まずは、頬を伸ばしてみた。
『ふむ・・・これは。ほとんど人間と変わらない柔らかさだ。』
色々と試行錯誤して頬をつねろうとしたら、突然瞳が開いた。人を馬鹿にしたような色を浮かべて笑い始めた。
『貴方が私に吸われたいドMさん?なんかつまんないカンジぃ。』
『やはり、か。』
『・・・・その視線がなんか嫌な感じだけどまぁいいわ。さっさと私に吸われなさい人間。』
『・・・・は??』
『他の姉妹達のように選ばれるのを待つなんてシルヴィアはしない。私が選び、私が決める。人間、貴方はねぇ、私の糧となるの。』
『糧?』
『そうよぉ。真の吸血鬼になる為にねぇ。』
『そうか。人生を十七回も経験しているがこんな展開は初めてだな。』
俺の不思議な物言いに首をかしげ、そして次の言葉でその顔を真紅に染めた。
『初対面の物の怪に婚約を申し込まれるとは。世界も変わればかわるものだ。』
『こ、婚約ぅ?』
『それにしても私が決めて、私が決めるとは随分と一方的な求婚だな。まぁ、それだけ女性が強くなったという事なのだろう。』
『ちょっ、ちょっと待ちなさい。鈍い人間ね。私はねぇ、貴方を糧とするといってるのよぉ?真の吸血鬼になる為ののいけにえよ。』
『物騒な言葉が飛び交うようになったものだ。前の人生では、むしろ男が主導権を握っていたのだが。』
『ちょっとぉ。聞いてるの貴方?』
『まぁそう気にすることもない。いいだろう。お前の申し込みを受けようではないか。さっさと吸えよ?吸血鬼って言っていたな。やはり首か?』
まさか吸血鬼とはな。人生ってわからないものだな。首筋にチクりと痛みがくる
『ふふっ。おばかさんねぇ。力が湧いてくるわぁ。よぅわからないけど、これで貴方は私の糧となって、死ぬのよ。』
『そうか。婚約したばかりなのにもうそんなことを考えているのか。まったく、強くなると羞恥を失うとは別であろうに。』
『何を言って?』
『夜枷で俺の精を吸い尽すと言っているのだろう。心配するな、物の怪がどういう存在であるかは分かっている。』
『よ、夜枷ぃ!ちょっと、人間!!』
『そう大声で言うな恥ずかしい。だが、そう簡単に吸い尽くせると思うな。俺とて、なんどかの経験はある。そう簡単に負けんさ。』
『・・・・・!!』
『シルヴィアと言ったな。求婚した相手を人間と大きな規模で呼び方をするな。俺は中澤雅也だ。雅也と呼べ。』
そう言うと、雅也は少し赤くなった頬を隠すように座り込みゴミへと向かい合う。
『さ、さっきから変なことばっかりいってぇ。人間、その馬鹿みたいな誤解を解くから話を聞きなさい!!』
『雅也だ。』
『そんなのどうでもいいのよ!!』
『雅也と呼べ。そうしたら話を聞いてやる。それと、嘆く前にお前が散らかしたゴミを掃除しろ。』
『ぐっ、このっ。』
『喋るな。手を動かせ。』
この後、シルヴィアは律儀に雅也のことをちゃんと名前で呼び、使い魔を用いて部屋の中に散らばったゴミを掃除し、雅也の誤解を解こうとするのだが。馬の耳に念仏、全くといっていいほど雅也の勘違いは解けず。疲れるだけのという結果となる。
これが、吸血鬼が一人であるシルヴィアのゲームの始まりであった。
あとがき
初めまして。作者の鬼光死といいます。
どうだったでしょうか?昔、書いたものなので変かもしれませんが・・・。続きもありますが評価がよければまた書きたいとおもいます。
では、次回作であいましょう( ´∀` )