「おいおい、女一人に特殊部隊員が7人とは少々、度が過ぎるんじゃないか?」
いきなり私の背後から低いしかし、良く通る声が響いた。
振り向いた私の視界に移ったのは――
漆黒のレザーの軍服(?)を纏い手足には漆黒の輝きを放つ装甲を装着した長身の男の姿だった。
まず最初に目に付くのは彼の四肢に装着された月光を受けてクロムブラックの輝きを返す鋭角的なフォルムの装甲だった。
――あんな金属の塊を装着していて満足に動けるのだろうか?
顔の見立ては恐らくアジア圏の顔。
年の頃は私と同じぐらいだろうか?
身体にフィットする感じの漆黒の軍服(肩に階級賞が付いている)を纏っている。
少し長めの髪のしたから本来普通の人種では珍しい紅い瞳が静かな威圧感を伴って七人の特殊部隊員を見つめている。
その視線は見つめられていない私までも肌にピリピリと感じるほど異様だった。
まるで全身を見えなく板で押されているかのような痺れが皮膚に感じられるほどに、異常な威圧感。
そして体の端から徐々に凍えていくかのような悪寒。
先ほどまで、追いかけられていた猟犬達の気配などとは比較にならない存在感と威圧感がそこにはあった。
突然のイレギュラーの出現に僅かばかり部隊員たちがざわつく。
「……貴様、何者だ?」
彼が放つ異様な威圧感を隊長も感じているのだろう、隊長が問う。
六つの銃口が彼に向けられる。
しかし彼は恐怖も何も感じていないように飄々とした様子で問いに答える。
「ただの傭兵だよ。今はフリーだが」
「傭兵が認可もなくなぜドイツ軍管理針葉樹林に侵入している?」
彼は答えない。
ただ目尻を僅かに動かし、何かを呟いたようだが私には聞き取れなかった。
彼は私へと視線を移した。
そこに先ほどまでのヒリツク威圧感は無い。
ただ、そこに私への興味も感じられなかった。
「で、なぜ国の猟犬であるあんた達のような部隊が女一人を相手に鬼ごっこをしている?」
「私の質問に答えるつもりがないなら構わん」
部隊長はこの黒衣の男に対しても無表情を崩さなかった。
ただ自身のもつライフルの銃口を男に向けた。
「貴様が知る必要は無い。見られたからには仕方が無い――」
隊長が手を上げて指を複雑に動かしている。
恐らく軍用のハンドサインなのだろうが、あいにくと私に理解できることはなかったが……。
「へえ、身柄拘束・出来なければ射殺か……この世界でも基本的に同じか」
最初のほうしか聞き取れなかったが彼はハンドサインの意味を理解しているようだ。
しかもその意味が射殺と聴いても彼は表情一つ変えてはいない。
「あんた、俺との『距離』を直感できてないわけじゃないだろ?殺り合うつもりか?」
「確かに貴様は稀に戦場で見る『ハズれた』やからと似た威圧感がある。しかし貴様は単独で徒手、こちらはフル装備で七人。たとえ貴様が化け物だろうと恐れる必要性が無い。封殺できる」
「合理的だがもう少し本能に従った方が良んじゃないか?部下の手が震えているように見えるぞ?」
そう言われた六人はライフルを音を立てて構えなおす。
空気が静かに張り詰めていく――
先ほどの痺れと悪寒がまた皮膚を刺激し始めるーー
はあ、と短く息を吐いた後に彼は私の眼を覗き込むよに見た。
近くでみるとよりいっそう紅い瞳が私の視線と絡む。
「なあ、アンタはさっきから何も言わないがこのまま素直に殺されてやるつもりか?」
「そんな…私だってこんなところで死にたくなんて無い!!けどこの状況じゃどうしようも無いじゃない……」
彼の言葉で私の心が荒立ってしまう。
そして自分の言葉でこの絶対的に不利な状況を再認識することになった。
「諦めるのか?
――この状況をこの程度と言うの?
どこからこの状況をこの程度と言える自信が沸いてくるのか私には分からない。
隊長たちは彼からの反撃を警戒しているのかすぐには撃ってこなかった。
だが時間の問題だ……このままでは……。
「じゃああなたが助けてくれるの?」
これはただ苦し紛れの問いだった。
いい答えなど最初から期待していない。
ただ問いかけるだけで心の負担を和らげたかっただけに過ぎなかった。
しかし、彼は以外にも答えを返した。
「そうだな……助けたとして、アンタは俺に何を出せる?」
彼の声音には偽りの色も狼狽の色も無い。
そして初めて私には興味を持ったように完全に視線を合わせた。
ただ淡々とした声で私へと『お前は対価に何を払える?』と問うている。
――彼は私を助けてくれる?
嘘でも真実でも助かるかもしれないという
思考が高速回転を始める――
――本当に助かる?
――分からないでも、このままでは絶対に助からない
――彼に賭けてみるしかない
――
――でも、彼は何を望むの?
――彼は自分を傭兵だと言った。なら――
――傭兵は自分の力を商売道具とする。なら私には切ることのできる最強と自負できる力がある――
――彼に適正があるかどうかは分からない。けど、もしかしたら彼なら……それにもし適正がなかったとしてもここで私に取れる手段など彼にすがること以外には残されていない。
――なら『今』この瞬間を生き残ることが先決だ。
思考がまとまると同時に私の口から言葉が出る――
「いいわ――あなたにあげる比類なき
彼は一瞬だけ笑いかけた――ようにに見えた。
彼は私にせお向け言った――
「――その依頼、この
凍りついたような森の静寂は特殊部隊員隊長の言葉で破られる――
「何を惚けたことを口走っているのか知らんが、貴様らはここで死ぬ。構え!!」
「死ぬ気で来い。
木の葉を巻き上げ風が舞う。
「撃てーー!!」
部隊員が、撃った。
6方向からの一斉射撃。
銃弾が怒涛の雨となって彼に襲いかかる。
光を認識した瞬間、銃声が響き渡るより速く彼は動く。
弾着点にすでにその姿は無く、残像のように残された木の葉が無数の穴を穿たれ中に散る。
連射された7.62m×51mNATO弾が彼の居た位置の背後の木の幹を爆散させたときには、彼は一歩で身体を浮かせつま先で地を蹴りわずか二歩で先頭の兵士の左側へ跳んでいた。
超強化された彼の身体能力は最初のただ一歩で彼の長身を最高速に導く。
つま先で地面を捉えると同時に身体を左回りに回転させ腰から抜き打たれる刃のよう半円を描いた界貴のローリングソバットが兵士の延髄を捕らえ、一切の抵抗を無視し駆り飛ばした。
鮮血の尾を引いて兵士の首が宙を舞う。
いとも簡単に部隊員の一人を斬殺された残り六人に動揺が走る――
彼はその間を見逃さない。
一秒ほどの空白――十分すぎる。
崩れ落ちる首無し兵士の身体を足場として彼は隣の部隊員へ跳ぶ。
四メートルの距離が0,1秒でゼロになりその勢いを利用して貫手で二人目の兵士の身体を貫く――
貫いた身体から腕を引き抜きその場から疾走する。
彼が今まで居た場所を無数の弾丸が遅れて追いかけていく。
生き残っている五人の銃身が唸り、NATO弾が惜しげもなく撒き散らせれる
彼の
音速の弾丸は青年が走り過ぎた漆黒の残像を空しく貫通するのみ。
界貴はそのまま目の前の木に跳躍し、さらにそこから違う木の幹へと跳躍する。
着地した木から更に高い木へ、そして低い木へと跳ぶ。
三次元的な高速躍動に小銃の照準が――追いつかない。
四回目の跳躍で完全に弾幕の追随を脱した。
部隊の陣形の左斜め後ろの位置に音も無く着地する。
反撃――彼の体躯がもはや常人の視認域を超えて疾走する。
地面を舐めるように疾走しそのまま振り向いた兵士の足を払う。加速の慣性も乗せられた蹴りは男の膝を用意に砕き膝から上の身体は宙を舞う。
しかし兵士がそのまま地に着くことは無い。
膝下が視認できない速さで顎先めがけて放たれた蹴りが男の顎を捕らえ、速度ゆえに衝撃を逃がすこともできず金属のつま先が男のあごから額までを削り取り身体が宙に浮く、男は即死。
中に浮いたまま死亡した兵士の身体を界貴は逆の足での蹴り払いで横の部隊長へ弾き飛ばす。
まるでドッチボールの玉が跳ぶような速度でとんだ男の身体はのノーバウンド部隊長を巻き込み吹き飛ぶ。
界貴は男の死体に巻き込まれて吹っ飛ぶ部隊長を、吹っ飛ぶ速度より
何が起きたか理解できない表情を顔面に貼り付けたまま、部隊長の男は絶命していた。
そのまま彼の身体は慣性に逆らって血を飛び散らせながら腕を引き抜き、呆然としている残り二人を腰のベルトに左右で装備されている無反射加工のスローイングダガーを両手で引き抜き相手側の喉に向けて投擲。
刀身が風を切る音すら置き去りに飛翔するダガーは放物線を描かず直進。
薄い夜闇で光を反射しない刃は何を投擲されたかも理解できない男たちの喉に突き刺さり速やかに動脈と神経系の半分以上を破壊、さらに貫通し即死させただけでは飽き足らず背後の木の幹に刀身の根元まで突き刺さり木材を強く振動させる快音と共に停止した。
わずかに遅れて、離れた距離で2人分の死体が首から大量の血液を噴出して倒れた。
全員の死亡を確認して彼は私に振り向いた。
夜の薄闇の中でもその瞳がわずかに発光しているのがわかる。
返り血で赤くなった相貌のなかでもなおさらに紅い眼光。
「―――っ!!」
私は息ができなかった。
血に濡れた彼の紅い瞳と目が合った瞬間、身体が危険信号を発していた。
まるで全身に電流が流されたかのように指先までが痺れて動かない。
先ほどの痺れが痛みに変わり始め、身体が自分の意思とは関係なく震え始める。
かみあわない歯はカチカチと僅かに音を鳴らしてしまっていた。
圧倒的に生物種として格上の威圧に、身体が生存本能すらも忘れてしまったかのように、身体が全くいうことを利かない。
そして先ほどまで追いかけれてもほんのわずかに残っていた希望が、この威圧感、いや殺意の奔流の前では、一切消えうせていた。
これが、絶望というのだろうか。
――死ぬ。そう直感した。
あっと言う間だった。
銃器を装備し野外・サバイバル訓練を受けた兵士を歯牙にもかけず彼はたった1分たらずで、すべて無傷で惨殺した。
夜風が僅かに針葉樹の木の葉を揺らし、音を奏でるその下では先ほどまで私を追い詰めていた男たちは無残な死体へと変えられていた。
彼らの死に顔はアイバイザーで完全には見えないが、伺える口元は驚きのまま、固まっていた。
恐らく、自分たちが何に遭遇し、何と戦ったのかすら彼らには理解できなかったかもしれない。
私自信今起こったことを理解できているかは、怪しい。
いったいどれくらいの時間見つめられていたのか。
フッと彼が口元を緩めた瞬間には身体を支配していた痺れは消えていた。
「そう怖がらないでくれ、もう威圧はないだろ?それにあいつらももう起き上がることは無い」
そこでようやく彼が私を守ってくれたということを脳が理解し始めた。
「……全員、殺した?」
「ああ、殺さなければ殺されるだけだ。奴らの野戦服を見てみろ」
私が彼らの屍に目を向けると破り捨てられた服の間に金属質のコードとチューブが何本か見え隠れしていた。
真ん中のチューブからは薄緑の液体が流れでていた。
見てくれからすでに身体に良くなさそうなことは想像がつく。
「あれはチョッとした痛覚剤さ。脳波を軽く計測して
「じゃあ気絶させても……」
「そう、強制的に目を覚ます。だから殺しただけだ。それに俺はNATO弾をぶっ放されて優しく気絶させてやるほどお人よしじゃ無い」
彼は北へと顔を向けた。
そのままわずか数秒沈黙した後に顔をしかめた。
「っち!!ライフビート(心拍数がゼロに成ると電波を送信する装置)も組み込んでやがったか……」
「え?じゃあまさか――」
「ああ、恐らく追撃隊が出されるだろうな。歩兵ならいくらでもつぶせるがヘリに来られると、多少めんどうだ」
「それって結局逃げられないってことじゃないの?」
「いや――ヘリぐらいは落とせるが……多少手間だ。それはそうとして、名前を聞いておこうか」
「今頃名前って……私の名前は草神千夏(くさがみちなつ)。あなたの名前は?まさかブラックが名前じゃないでしょう?」
「ああ、俺は――紅崎界貴(くれざきかいき)、傭兵だ。これからよろしく草神」
「千夏でいいわ」
「そうか、なら千夏と呼ばせて貰おう」
「で、一つ聴きたいんだが千夏はさっきAB?かなんかの開発しゃだとか言われてたな、それはなんだ?」
「それは私が作った新型のパワースー――」
と口にしようとした瞬間、彼の姿がブレた。
と同時に体に衝撃が走り浮遊感と共に私の視界は急激に加速した――と同時に背後で鳴る、衝撃音。
「何っ!?」
加速する視界越しに周りを確認すると直立する針葉樹が高速でいくつも視界を横切っていく――
何がと確認しようと首を動かして見てみれば、視界に僅かに残った先ほどまでの位置は爆音を立てて爆ぜていた。銃撃なのだろうが……あんなものを受ければ肉塊確定だ。
現在の状況は、彼は私を…その、お姫様抱っこして木の幹から木の幹、太い枝などへジグザグに飛び移りながら移動しているようだ。
もはや人間業ではない。彼は身体構造からして人間の限界値を大幅にオーバーフローしているらしい。
「スナイパーだ!!っち、いい腕してるな。ヘリから撃って来てやがる」
と、彼が言ったそばから私の耳から五センチほど横を何かが超高速で通過して行った。
遠くにヘリ独特の振動音が聞こえてくる。
どうやらヘリから撃ってきているのは本当らしい。
「おい!!ここら辺でどこか壁と屋根があるところはないか!?どこでも構わないから!」
「それなら私の隠れ家兼研究所がある!!ここから南西に845メートル!!」
現在位置から研究所までのマップを脳内チップ経由で引きずり出し距離を一瞬で計算して割り出し彼に伝える。
「
いままででも十分に速かったスピードがさらに加速する。
ヘリの音が僅かにちかずいて着ている。
また高速で空気を切り裂く音が頭の左側をよぎっていく。
1秒置いて、右側をまた擦過音。
恐らく銃撃されているのは間違いない。
だが急に音が聞こえなくなったと思った次の瞬間、彼は無理やり体制を翻して裏拳を振り切った――
頭のすぐ横で轟音、目先の木の幹になにかが衝突し破砕音を響かせ幹の4割ほどを爆ぜさせた。
一瞬、真鍮色の何かが見えた気がした。
あれは――弾丸なのだろうか。
まさかいつ発射されたかも分からない弾丸を先ほどの裏拳ではじき落としたのだろうか?
驚きを通り越して思考が冷静になってくる。
視界の風景が高速で背後に流れていくその中で岩肌が盛り上がっている場所が見えている場所が見えてくる。
「あそこ!!あの黒い岩肌が見えてる洞窟!!」
「
「いいえ、貴方も来て!!さっき広域スキャナーの動波を感知したわ。すぐに新しい追撃隊が出てくる」
「ならなおさら――」
「今はとにかく中に入って!!」
そう言って私は彼を洞窟内に引きずり込んだ――
千夏SideOut
★☆★☆★☆★
薄暗い洞窟を僅かに進んでいくと岩肌が唐突に硬質な床素材へと変わっていた。
あたりの暗闇を機械的な光がボンヤリと照らしている。
「ここが……」
俺の目の前には岩肌を削りだされて作られた巨大な多重ホールホール上の空間が広がっていた。
「まるで秘密基地だな」
「そう、私の隠れ家兼研究所。なんの因果かこの地下空間は最初から居住空間になってたのよ」
正確に言うならば、彼女がここに居つく数年前にとある科学者が地下シェルターを改造して作り出した潜伏先だったのだが、彼女は知る由もない。
しかし、秘密基地というのは的を外れていない表現である。
俺の問いに答えた彼女……草神千夏は僅かに釣りあがった大きな瞳で多重ホールで円形の連続になっている天井を見渡した。
彼女が俺から視線を離したのを企図して今まで考えるのを放棄していた彼女の姿を再確認する。
東洋系の女性としては高い身長と長い手足。
恐らく腰上ほどまであるであろう長い栗色の髪を頭頂部の後ろあたりで纏めたポニーテールでキメている。
上下黒色のパンツスーツが彼女の東洋離れした肌の白さを際立たせていた。
天井を見渡す瞳は青空より濃い蒼にそまり、長い睫毛がふちどっている。
全体的に小顔で色素が薄い唇は僅かな艶を見せ、美人ぶりに大人の色香を感じさせる。
スーツの上着を押し上げる胸は大きすぎず小さくもないバランスの良い体になっていた。
界貴が今まで見てきた美人女性は腐るほどいるが、その中でも彼女のもつ雰囲気と清廉さと色香が合わさった雰囲気は今まであまり見かけたこのないものだった。
記憶の深層に未だ残る故人の面影を無意識に呼び覚ましていることを自覚して界貴は外見の評価を打ち切った。
界貴も千夏にならって見回してみることにする。
何に使われているのか分からない機械がところ狭しと無数に置かれている。
かたずいてはいるのだが機会のせいで散らかってみえるカオスな空間だった。
遠近感の掴みにくい空間を進んで行き彼女はある一室の前で止まった。
高くない天井の空間にしては異常なほど重厚な外見の扉はまるで隔壁のようで、威圧感を伴って中に有る存在の大きさを誇示しているかのようだ。
ーー……轟ッ……ッ!!…
違和感を感じて耳を傾けると、俺の耳に地上から響く爆音が届き始めていた。
恐らく入り口をC4などの爆薬でこじ開けようとしているんだろ。
それまでしてドイツ政府は彼女を消したいらしい。いったい何者なんだ彼女は?
千夏は界貴の正面へと向き直って口を開いた。
「まず最初に今から貴方に渡すものと、私が開発した兵器…
彼女はどこからか銀色の液体がシリンダー一杯に詰まった無痛圧力の注射器を俺に見せた。
色からしても、注射器のいかつい外見からもあまり身体には良くなさそうな物体である。
「なんだそのいかにも怪しい物体は?」
「いいから、早く時間が無い!!」
「――それは身体に直接的な害はないんだな?」
「
そういって俺の腕を掴んで彼女は俺を引き寄せた。
彼女の手を振り払う訳にもいかず俺は動けない。
抵抗すれば振り払うことも可能だが、時間的に面倒なことが増えそうな予感がしてならないからだ。
しかし彼女は意に関せずあまりにも強引に俺の首の動脈に注射器を押し付けて注射スイッチをおした。
圧縮されたガス状に近い冷たい何かが俺の中に流れ込んでくる――
ソレは俺の太い血管を通り、血流の中を掻き分けながら脳に入りさらにその内側へと侵入するのが分かったーー
直後、頭痛と眩暈が同時に襲い掛かってきて一瞬意識を持っていかれそうになる。
「……何を注入した?」
平衡感覚を取り戻しながら彼女を若干にらみ付ける。
彼女は注射器を見つめながらまるで信じられないかのように呟いた。
「……凄い……常人なら意識なんてこの濃さで注入したら簡単に飛んじゃうのに。簡単に説明すると、貴方に注入したのは身体に害が無いように私が独自に開発した自動電脳化処置用流体型ナノマシン。これは身体に入ると普通なら長期的に注入された人間の脳の中枢に脳内細胞に同化したチップと独自のハイスピードネットワークを形成するの」
「…おい、長期的な施述というのは本当か……?俺には強引に脳内をかき混ぜられているように感じられるぞ」
「貴方の超人的なまでの身体能力と脊髄神経なら数十分以内ででチップを形成する量の液体を注入しても大丈夫だと思ったからの判断だよ。基礎構造さえ完成してしまえばあとはこれから対面するAIが補助しながら完成系に近づいていくはずだよ」
まあ、確かに頭痛と眩暈は慣れ親しんだもので痛みを無視することで沈静化していったが脳内に何か高速で情報が流れていく理解不明な感覚がある。
流れていく何かが何なのか分からないのが自分の頭ながら奇妙な感覚だ。
自分の身体の中に異物といっていいのかわからないがコントロールできないモノが存在するのは自身の身体を掌握しきっている界貴にとって違和感が凄まじい。
「……やっぱり凄いね貴方の身体。強制的なチップ形成にも耐えてる。これならいけるはず。
――多分貴方は今脳内に異物――情報体がある感覚を知覚していると思う。これは私の経験に元ずく感覚の話になるけど、その情報体の場所を意識したま
俺は彼女に言われるまま頭の中――旋毛の直下辺りに向けて
『セカンドコアネットシステム
頭の中に電子音が響き俺の視界にいくつものウインドウが高速で出ては消えてく――
まるで脳が二つあるかのように情報を認識していく自分とそれを確認していく自分がいる。
――脳内電子チップ形成問題なし
――視覚神経・脳内微電流同調完了
――フォーマット開始……終了
――アブソリュートブレイブ(以下AB)用ダイブ仮想領域形成完了
――電脳化処置、完了
――システムオールグリーン
――初期起動完全に完了しました
――現在AB用仮想領域の
――残り39%(進行69%)
『HELLO WORLD』と視界に文字が浮かび、彼女の言う俺の電脳化が完了したことをシステムが伝える。
視界の端に半透明に現在時刻と心拍数、血圧などの情報が表示されてる。
脳を半機械化することで身体を管理するシステムを目視化できるようになったというところだろうか……
「システムは完全に起動したみたいね。じゃあABのデータ概要を送るから確認して」
――データ受信、ファイル
俺の視界にいくつもの文献やスペック表などが浮かび上がる。
これを全て目で読んでいたら物凄い時間がかかるだろうが、俺の脳にはABの概要がすんなりと入ってくる。
これも電脳化の応用なのだろうが、自分の意識外で情報が整理されるのは経験上僅かに不安がある。
――AB、正式名《アブソリュートブレイブ》
――科学者、草神愛葉が設計し草神千夏が開発した多目的マルチフォームスーツ
――イデアと呼ばれる有機AI(知性を獲得した電子頭脳)をコアとしその情報処理能力および機械的運用能力は現行の兵器IS《インフィニットストラトス》おも凌駕する
――飛行・高機動・戦闘時にはISにも利用されているPIC(慣性緩和装備)を展開し通常時で、時速8000km/hの音速飛行が可能
――自己進化機能および無機物の質量エネルギーを熱エネルギーに変換することを可能とし、ある程度水が綺麗な海上なら最大システム稼動時には半永久稼動が可能である。
――しかしAB――正確にはイデアは電脳化処理を受けたものしか扱えず、搭乗の際も運用するにはある程度の適合資質が必要
――以下の理由からABは現代兵器ISの後塵を拝す結果となっている
俺は情報を目お開けながら理解した。
「なるほど、理解した。この電脳化は便利なのは確かなようだ。だが、問題なのはその適合資質だろう。有るのか?俺に」
「それは乗ってみなければ分からない。イデアの適合資質搭載するコアによって変わるときもあるし、搭乗するまで数値化することはできないから……ただ今から見せるABに積まれているイデアはアナタに似ていると私は思う。機体的にもね。だから試してみる価値は間違いなくあると断言するよ」
千夏はドアに手を当てて扉を開いた――
圧縮空気が漏れ出す独特の音が響き、先ほどの場所よりも数m以上高い天井からの照明が部屋の中央に佇まうモノを明るみに晒した。
そこに有ったのは――漆黒の装甲に覆われた全長五メートル近いほどの人型をした細身の龍。
全身のカラーリングは黒と紅いラインで統一され、ハンドアクチュエーターにはメタリックブラックの輝きを返す五本の刃。一本一本が刀剣となっている爪が装備され、腕――肘には人間でいう尺骨(腕の骨)の延長線上に伸びる形で鈍角三角形のエッジが装備されている。
装甲は全身を完全に覆い、腰部からは肉厚の刃が人口筋肉と間接によって連結された蛇の尾が先細りの鋭いデザインを見せていた。
脚部(脛・足の甲)にも逆関節調に湾曲したエッジが装備されくるぶしにあたる部分からブースターが僅かに銀色を覗かせていた。
背部には大型キャノン(?)が二門装備され肩口には四本のダガーが左右に装備されている。人間で言えば脊椎にあたる部分の装甲が鱗のように盛り上がり、縦に連結する形で5つ噴射口を覗かせていた。
「――これは」
「機体名『
彼女の宣言と同時にアブソリュートの前面が開きパイロット席が俺を受け入れるように開かれた。
機体の内部はオレンジ色に近い色合いの多重構造のゲルのような材質が敷き詰められていた。
「さあ、乗って。背中を預けるように」
彼女に言われるまま俺はアブソリュートのパイロット席に乗り込んだ――
身体を柔らかな素材が包み込み僅かな圧迫感が皮膚から伝わる。
だが、その圧迫感も長くは続かずにだんだんと消えていき、皮膚からも柔らかな感触が消えていくーー
まるで先ほどの素材と皮膚との境界が消え去ってしまったかのように。
と同時に前部の装甲が完全に閉じ俺の全身をゲル材質が覆った。
一瞬顔にも圧迫感が訪れるがそれもすぐに消えていき、皮膚との境界が曖昧になる。
ただ唯一、瞳だけが過ぎ去っていくプロセスを認識していた。
――――
頭の中に電子音声が響く。
俺は不思議な感覚を味わっていた――それは一体感であり安心感であり満ち足りた感覚だった。
足りなかったピースがはまるような――
『――これは、凄い……シンクロ率が初期起動で70%を超えてるなんて……』
脳内に電子音が的確カツ高速でスキャンを実行していく。
――イデアシステムアクセス完了。システムアンロック
――パイロット脳内チップ電子リンク接続完了
――生体スキャン開始――完了
ーー身体能力の予測値から負荷限界を想定設定……完了
――身体神経シンクロ完了
ーーフィードバック臨界を67%に固定
――イデアネットワーク確立、リンク可能
――システム管理者『草神千夏』によるシステム管理権限の譲渡を確認。管理者更新開始……完了。新管理者を『紅崎界貴』に設定しました。
――イデアネットワークリンク開始……完了。脳内チップ内のAB用仮想領域との同期開始……完了。
――武装スキャン開始およびアセンブルを開示します
視界が今までよりもさらにクリアになり脳内を大量の情報が超高速で走り抜けていくのを俺は
――武装アセンブル表示を確認するとんでもないスペックデータと凶悪な近接兵装が表示されていた
武装を確認すると
メイン武装(※)
AREM:
HAND――
ELBOW――
BODY:
SHOULDER――高出力熱伝道粒子収束刀(仮称:ビームダガー)×8=クロイツ
BAKC――
WAIST――
REG:
SHIN――
TOE――
HEEL――|高熱伝導粒子収束刀(仮称:ビームブレイド)
MAIN BUSTER:反重力制御超高出力ブースター 5門/各部独立PICユニット3機
SUB BUSTER:脚部高機動他方向高出力ブースター 各部3門 計6門/各部補助PICユニット2機
『……おいおい、完全な近接装備な上に特攻万歳な機体だな……。パワードスーツを扱ったことはあるが、この異常なまでの
『それがアブソリュートの機体コンセプトだからね。高出力ブースター加速および超振動波を伴った超斬撃で確実に敵を撃滅する』
――索敵システム起動。
システム起動:レーダースキャン起動・拡大
俺の意思を先読みしてABがハイパーレーダ―を地上に拡大させ地上の熱源反応が表示させる。
――高エネルギー反応体、個体数3体を確認。恐らくISと思われる。
――熱源エネルギー反応8確認、詳細不明。
――他、生命反応多数。これが人間だろう。
『ISを出してきたのか。これはまた大盤振る舞いだな』
『ここには一応、ジャミングが掛けて有るけど多分、私が居ることであっちもかなり必死だね』
『ISはともかく、この熱源8はなんだ?』
『多分、イデアを積んでいないへなちょこABモドキだと思うよ。人の作品、そこに篭めた思いを好き勝手に汚してくれてるんだよ……この国、この世界は……』
『まあ、これから破壊するから問題ない。で、千夏。お前はどうするんだ?ここに居ても巻き込まれるぞ?』
『大丈夫。私もここに帰ってきて自分のABを確保できたから。安心して』
『
『壁は打ち抜いていいよ。もうここも放棄するから』
俺はそれには答えずに機体の出力を一気に引き上げていく――
AIが俺の思考をくみ上げ提案と提示を表示させる。
――天井部から地上までの経路確保、および隔壁の破壊。
――背部砲身の砲撃により地上までを貫通。経路を確保した後ブースター機動、脱出。
――それでいい、開始しろ。
――
――背部砲身・ブリューナク起動。出力60%で固定
背中に倒れている砲身が天井へと向けられる。
砲身に鳴動音を響かせながらエネルギーが収束されていく――
――20%――60%――82%――100%。フルチャージ完了
『ファイヤ!!』
深紅の光がドリル状に螺旋回転しながら打ち出され天上の岩石を超振動で分子レベルで消し飛ばしながらいとも簡単に地上まで貫通した。
月の光が差し込む――
『紅崎界貴、
漆黒の絶対者は紅い残光を引きずりながら夜空へと飛翔した―――
次回はいよいよABの戦闘です