落ちこぼれは死んでも治らない??? 作:ねぼすけ
「ミア、早く来なさい」
「すぐ行く、お母さん」
イギリスのとある片田舎。自然豊かな森の中から、元気な声が聞こえた。
ミア・スミス。それが彼女の名前だ。
茶色く、肩辺りでカットされた髪に、キラキラしたライトブラウンの瞳。健康的な、少し日焼けした肌。美人というよりは、可愛いという言葉の方が似合う、あと一ヶ月で11歳となる少女だ。
彼女は裸足で森の中から飛び出て、庭に立っていた母親の元へ駆け寄る。
母・マリーは一通の手紙を持っていた。
「お母さん、その手紙、どうしたの?」
「これは……いいえ、気にしなくていいわ。ちょっと買い物に行ってきてちょうだい」
「ふーん。じゃあ、行ってきます!」
マリーが慌ててポケットから取り出し、押し付けた財布を片手にミアは庭を出て道路へ出た。
スキップしながら歩いていると、近所に住んでいる友達が声をかけた。
「ケアレス・ミア! お買い物? ちゃんとお財布は持った?」
「持ってるよ!」
「中身も忘れずにね!」
手を振りながら歩いて行った友人を見ながら、ミアはふと思い出す。
「そうだ。中身はまだ確認してなかった」
財布を開けてみると、なんと空っぽ。一ポンドも入っていなかった。
「あちゃー、またやっちゃった。家に戻らないと」
ミアはくるりと振り返ると、元来た道を戻り始めた。
庭を通り、裏口から家に入る。台所に置いてあったお金を財布に入れ、外に出ようとすると。啜り泣きが聞こえた。
心臓がドキンとした。
いつも元気一杯なお母さんが泣いている。
慌ててドアに駆け寄り、扉の向こう側に耳を澄ませる。
「——なきゃいけないのね。あの子は」
「ええ。突然アレが目覚めて、近所の子達に見つかったら困るでしょう。生かせるべきです。アレを理由に、あの子が虐められたりしたら……」
「近所の子達は優しい子よ。ミアのことも、ケアレス・ミアって、性格を含めて暖かく見守ってくれているのよ。セブルスだって……」
「セブルスは、うちの職員です」
「まあ! 騙したのね! 彼も、貴女も! だから嫌なのよ! あの子を利用するつもりでしょう!! 嫌だわ、帰って!!!」
「マリー——ご、誤解よ、セブルスはあの子を見守りに——」
「そんなの要らないわ! 帰って! 【ポータス!】」
「マリー、待って——」
次の瞬間、部屋から音が消えた。家中がシーンと静まり返った。
私のことをしゃべっていたの? セブルスが、騙した? それに、最後にお母さんが言った——ポー……ポーチドエッグ? あれは何? 『アレ』って何なの? お母さんは何か私に秘密にしているの? あと——あと——。
色々な考えが頭の中をグルグルと回り、堪えられなくなったミアはしゃがみ込んだ。
しかし、流石はケアレス・ミア。しゃがんだ拍子に、肘を椅子にぶつけてしまった。
ゴツッという音が鳴った後、暫くの沈黙が続き、マリーが唐突に言った。
「ミア、其処にいるんでしょう。隠れてないで、出てきなさい」
ミアは、気まずく思いながらもドアを開けて部屋に入った。いつもは返事にうるさいマリーも、今回ばかりはミアが返事をしなくても何も言わなかった。
二人は見つめ合い、沈黙を保った。最初に口を開いたのは、マリーだった。
「ああ、ミア、ケアレス・ミア。貴女と、離れるなんて嫌なのに……」
「離れるの? どういうことなの? セブルスが騙したってどういうこと? 最後の、ポーチドエッグって——」
ミアは思わず疑問を全てマリーにぶつけていた。
「意味がわかんない。何でお母さんと離れなきゃいけないの? 私がおっちょこちょいだから? ドジだから? 追い出すの? たった一人の家族なのに……」
言ってから、ミアはしまった、と思った。お父さんが居ないことは、マリーの前では禁句だ。マリーも、血が出る程唇を噛み締めている。
「あの、お母さん——ご、ごめんなさい」
「いいのよ、ミア」
慌てて謝るも、マリーはもう質問に答えてくれなさそうだ。ミアは心の中で自分を叱った。だから駄目なのよ、ケアレス・ミア。ちゃんと考えてから発言しないと。
ミアのお父さん、ポールは、ミアがちょうど一歳の時に亡くなった。自衛隊だったポールは、
マリーはそう話していたが、ミアは信じていなかった。それを話すときのお母さんは、何かを隠して、慎重に言葉を選んでいる。いつも、お母さんは誰にも嘘をつかないのに、この時だけは別だ。ミアにですら、教えてくれない。
「……ミア、お父さんが亡くなった話、あれは嘘だったの」
「そうだと思った。お母さん、あの時何か隠してた」
「ええ。お父さん、本当は自衛隊じゃなくて、『闇祓い』と呼ばれるプロの戦士だったのよ」
「闇祓い?」
そこからマリーが話した内容は、ミアの想像を絶するものだった。
今からおよそ十年前。『闇の帝王』と名乗る魔法使いが、魔法界を闇に堕としれていた。その名はヴォルデモート。闇の魔法使いだった。
「待って、ヴォルデモート? 死の飛翔?」
「ええ、そうよ。ミア、頼むから口を挟まないでちょうだい」
彼と彼の部下・
今から十年前のハロウィーン。闇の帝王は、ポッター家を皆殺しにする為に、ゴドリック谷に訪れた。ポッター家は、元あった我が家の隣にあった。
闇の帝王は、先ず、ジェームズを殺した。そして、その妻・リリーを殺し、二人の息子も殺そうとした。——ハリーを。
しかし、ハリーは死の呪文を跳ね返した。それはヴォルデモートに当たった筈だけど、彼は死ななかったの。彼は、その隣にあった我が家に、幽霊のような姿で入って来たのよ。
ゾッとしたわ。冥界、または地獄の死神みたいな姿だったの。彼はポールに言った。
「俺様を乗り移らせろ。さすれば、お前の一家には一生の平和と繁栄が約束されるだろう」
って。もちろん拒むわよね。誰だってそうするわ。彼の言う『平和』と、私達の言う『平和』は百八十度違うもの。
普通はね、闇の帝王の言葉を拒んだら、すぐに殺されてしまうの。けど、彼は何故か笑って言ったの。
「だろうな。俺様を慕う、一番の死喰い人でもきっと拒む。なら、代わりにこれならどうだ? ——その娘に、触れるだけというのは」
その娘とは、ミアのことよ。私達は何をされるかわからなかったから、聞いたの。
「どうして? この娘ではなく、私達では駄目なのですか?」
「駄目だ。その娘に触れるから意味がある。触れるだけだ。その娘に害はない」
「証拠はないじゃない!」
「闇の帝王の願いを断るか。死ね! 【アバダ・ケダブラ】!」
それは、私とミアに向けられた呪文だったわ。死の呪文よ。かすっただけでも死んでしまう呪文。おぞましい呪いだわ。そこで、ポールは、お父さんは、命じられていた任務を遂行したの——『私達を庇って死ね』という、任務を。
ミアは心臓が止まった気がした。お父さんは、私達を庇って死んだ? しかも、命令で? 酷すぎる。命令で『死ね』なんて、酷すぎる。
マリーは続きを語った。
死の呪文は、何故かポールにぶつかった後、跳ね返ってヴォルデモートに当たったわ。もともとハリー・ポッターに死の呪文を跳ね返されて屑以下だった魂は、その場に留まっていられなくなり、何処かへ消えた。
ポールは、ハリーと違って死んでいた。殺されたのよ。ヴォルデモートに。死の呪文を受けて生き残ったのはただ一人、ハリーだけだった。ポールは生き残れなかったの。
その後、ヴォルデモートが倒されたという事実は魔法界中に伝わり、ハリー・ポッターは『生き残った男の子』と、ポールは『魔法界を救った英雄』として、たちまち有名になった。
私は、貴女とハリーを連れて、ゴドリック谷から逃げたわ。ヴォルデモートの魂が残っているかもしれない場所に居るなんて堪えられなかった。ヴォルデモートですら敵わないと言われたアルバス・ダンブルドアが道中、何度か接触してきた。貴女とハリーを保護すると言ったのよ! あの人がハリーを保護する理由はわかるわ。生き残った男の子だもの。でも、貴女まで保護すると言ったのには胡散臭いと思ったのよ。だから私は断ったわ。
その後、一年間、私は貴女達を連れて放浪の旅を続けた。あれは、ちょうどハリーの二歳の誕生日だったわ。ローブに身を包み、フードをすっぽりかぶった長身の男の人が現れたの。そいつは、力尽くでハリーを奪ったわ。『生き残った男の子は、私が保護しなければならない』って。ハリーは取り返せなかった。でも、彼は『破れぬ誓い』でハリーは大丈夫だと誓った。だから、私は安心できた。
そこから、私は此処に家を構え、暮らしてきたのよ。
その話が終わった頃には、もうすっかり日が暮れていた。
ミアは恐る恐る尋ねた。
「つまり、お母さんも、私も魔法使いなの?」
「そうよ。貴女は、ホグワーツに通うの」
「それって……歩いて三十分で着く? こんな田舎にそんな学校があるの?」
マリーは噴き出した。
「貴女はお馬鹿さんね、ホグワーツは全寮制の学校よ!」
そこで、やっとミアは最初のマリーの言葉を思い出した。マリーは『離れなきゃいけない』と言っていた。
「きょ、教科書は?」
「大丈夫、私が学生の頃使っていたものがあるわ。杖は、前にお母さんが使っていたやつを使いなさい」
「お母さんは?」
「私は……お父さんのを使っているの」
お母さんは立ち上がり、物置まで歩いて行った。
「ミア、見ていなさい」
お母さんが杖を取り出し、振った。
「【ウィンガーディアム レヴィオーサ】」
重そうな木の箱が持ち上がり、リビングまで運ばれて行った。
マリーが蓋を開ける。
「教科書よ。杖も入ってるし……大丈夫ね」
明らかに内容量を超える教科書が次々と出てくる様子に、ミアは目を丸くする。
マリーは説明した。
「『検知不可能拡大呪文』よ。同じ魔法がかかったカバンが……あったあった。これよ」
クラッチバックやポシェット、ショルダーバック、リュックサックなどがポンポン出てくる。
全てに検知不可能拡大呪文が掛けられていた。
「学校内では他のは使えないし、カバンにも入るからショルダーバックがオススメよ。休日とかは、ポシェットとか使っても良いしね。トランクにも呪文掛けてあるから。制服も入れておくよ? 羊皮紙も大量に。手紙送りなさいよね、心配かけるんじゃないわよ。明日からホグワーツの予習よ!」
「げっ、勉強!」
「その前に夕食だぁー!」
マリーの変わりように、ミアは目を白黒させた。
≒
9月1日。
いよいよホグワーツへ行く日がやってきた。
この一ヶ月間、ミアはホグワーツの間取りなどを必死に叩き込まれた。
ケアレス・ミアには、勉強を教えるより迷いやすいホグワーツ内部を教えた方が時間が有効だとマリーが考えた為だ。
昨日から泊まっていたロンドンのホテルを出て、キングス・クロス駅へ向かう。トランクを持ち、早足で歩くマリーの後に続き、ミアは9・10番線のホームを歩いていた。
「ミア。そこの柱に突っ込むのよ」
「……え?」
「いいから。そうやって行くのよ」
早くしなさい、と促されたミアは、覚悟を決めて柱に向かって突っ込んで行った。
ぶつかる! そう思って目を瞑る。が、何にも当たらず、何かをすり抜けた感触のあと、ミアは盛大にこけた。
「い、痛っ……」
お母さんを捜して顔を上げると、目の前にはトランクと、『此処からは一人で行ってちょうだい』と書かれたメモが置いてあった。
お別れもせずに居なくなってしまったお母さんに哀しく思いながらも立ち上がり、トランクを引きずって止まっていた紅の列車に乗り込む。膝がズキズキして、周りの景色も碌に見れなかった。
コンパートメントに転がり込むと、トランクを網棚に乗せ、ショルダーバックから小瓶を取り出す。ミアはラベルを声に出して読んだ。
「『ハナハッカのエキス。怪我をしたら、一滴垂らしなさい』」
「あら、貴女ハナハッカのエキスを持っているの! それ、すごく高価なものよ!」
「え?」
急に大声が聞こえたものだから、ミアは驚いて小瓶を落としそうになってしまった。瓶から一滴エキスが垂れ、血がにじんでいた膝に降りかかる。
たちまち傷は治ってしまった。
ミアは驚きながらも慎重に蓋をし、ショルダーバックに戻す。
そして、声の主に目を向けた。
栗色の髪に、出っ歯が特徴的な女の子は狼狽える。
「えっと……」
「こんにちは! 私、ミア・スミスよ。貴女のお名前は?」
「ハーマイオニー・グレンジャー……」
「ハーマイオニーね。よろしく! 私、おっちょこちょいだから、皆からケアレス・ミアと呼ばれて居るのよ。さっきも瓶を落としそうになったし。よければ一緒に座らない?」
「い、いいの?」
「もちろんよ!」
ミアの迫力に気圧されながらも、ハーマイオニーは微笑んだ。
二人は、すっかり打ち解けて話し込んだ。ホグワーツのこと、勉強のこと。
しばらくすると、コンパートメントのドアがノックされた。