このすば*Elona   作:hasebe

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第103話 竜退治はもう飽きた

 ――(ドラゴン)退治はもう飽きた。

 

 イルヴァのその筋においておよそ知らぬ者はいないとまで称される、偉大なハンターの言葉だ。

 遥か遠い昔、まだすくつが発見されておらず、廃人という概念も存在していなかった時代。

 真紅の戦車を駆った彼は、仲間と共に世界中を冒険し、幾つもの古代遺跡を発掘し、数多の賞金首を仕留めたのだという。

 なお、これとよく似た「世界を救うのはもうやめた」という言葉をとある錬金術師が残しているのだが、こちらについては割愛する。

 

 モンスター界における大御所中の大御所にして、上記のハンターならずともノースティリスで終末狩りに勤しむ者にとっては誇張抜きで親の顔より見るハメになるのがドラゴンという生物であり、あなたもまた例に漏れずドラゴン退治は九割がたルーチンワークと化していたりする。

 ドラゴンの名誉の為に記述しておくが、それなりのレベルの迷宮にしか出没しない以上、終末以外でドラゴンの姿を見かけるのはかなり稀だし、能力自体もトップクラスである。

 しかしノースティリスは終末が日常である以上、必然的にドラゴンもまた日常になってしまうのだ。終末狩りを続けた結果、野生のドラゴンが野良犬か野良猫未満の扱いになり始めたベルディアのように。

 

 終末が発生しないという点から、出現頻度にこそ雲泥の差があるものの、この世界のドラゴンの知名度はイルヴァのそれになんら劣るところはない。それどころか一般人や王都以外で活動する冒険者にとっては限りなく災害に近い存在といえる。

 竜騎士の祖であるパンナ・コッタの友であるプリン・ア・ラ・モードのように、人と共に生きたり伝説で謡われるような知恵を持つ強大な力を持ったドラゴンは、基本的に俗世の煩わしさを憂うかのように人里離れた僻地に生息しており、ダンジョンやフィールドであなた達が見かけるのはもっぱら野生動物に近いドラゴンなのだが、その程度ですら生態系の頂点に近い位置に君臨しているあたりからドラゴンという生物が持つポテンシャルが窺える。ドラゴンを好き好んで襲う輩などオークと紅魔族くらいと言われるほどだ。

 紅魔族の里のすぐ近くにオークが生息しているあたり、案外両者は似たもの同士なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな駆け出し冒険者が集う街ではまずお目にかかれないようなモンスターの襲来を前に、正門前に集まった冒険者たちの反応はおおよそ二種類に大別できた。

 緊張と恐怖で顔色を無くしている者と、余裕をもって待機している者。

 前者はこの春から冒険者を始めた新人が殆どだが、後者の中には前者とレベルが同程度の者も見受けられる。仲間と談笑したり、のん気にあくびをしている者すらいる始末。とてもではないがドラゴンの襲来を前にした者たちの反応ではない。

 彼らの違いはたった一つ。デストロイヤー戦を経験しているか否か。

 ドラゴンは言うまでもなく危険かつ強力なモンスターだが、やはりデストロイヤーとは比べ物にならないのだから、彼らの緊張感の欠如もある意味では理解できる。

 

 ……と、あなたは思っていたのだが、どうやらそれは間違っていたようだ。

 

「よーしよし、こっちも来たか」

「ほんと一時はどうなることかと思ったけど、頭がおかしいコンビが揃ってるならなんとかなりそうね」

「二人ともこういう時には頼りになるよな。こういう時には」

「言ってもただのドラゴンだろ? 億越えの賞金首ならまだしも」

「しかしなんだって隣のベアさんは背中が煤けてるのかしら。私の記憶が確かなら、あの人も相当の凄腕の筈なんだけど」

 

 終末狩りが自身の価値観に齎した多大なる悪影響を自覚してしまった衝撃から立ち直っていないベルディアを引き連れたあなたに集まる、やけに好意的な視線。期待しているぞ、などと肩を叩いて気軽に声をかけてくる者もいるあたり、今日に限っては歓迎ムードさえ漂っていた。

 

「恐慌に陥っているよりずっといいのだろうが、それでもこの若干浮ついた雰囲気……本当に大丈夫だろうか……」

 

 職員があなたを呼んでいるとのことで、主だったパーティーが向かったというギルドの指揮所に向かう途中、あなたに同行していたダクネスが誰に向けるでもなく苦言を放った。

 

「手の施しようがないという意味では国すら容易く滅ぼすデストロイヤーのほうが圧倒的に上なのは私も分かっている。だが街の中に攻め入ったドラゴンがもたらす人的被害は、確実にデストロイヤーの比ではなくなってしまう。歴史上、ドラゴンに滅ぼされた街や村など枚挙に暇が無い」

 

 デストロイヤーは超巨大な暴走馬車のようなものであり、その進行ルートから離れてしまえば身の危険は無い。少なくともデストロイヤーは逃げ惑う一般人を率先して襲ったりはしない。廃人が特に理由もなく町中の建物という建物を解体し始めるのと一般冒険者がメテオ、核、終末、その他諸々を発動するのでは、一帯が更地になるという結果こそ同じだが、一般人にとって危険度が段違いなのと一緒である。

 そういった意味では確かにダクネスの言葉のとおり、今回の方がアクセルの住人にとっては危険なのだろう。ましてや彼女は王国の盾と呼ばれるダスティネス家の人間だ。ドMだが。誇り高いダクネスが無辜の民を守ろうとする気持ちと使命感は人一倍強い。ドMだが。

 とはいえ、あなたの目には、今のダクネスはいささか肩に力が入りすぎているように見えるのも事実だ。彼女はドラゴンと対峙するのが初めてらしいのでそのせいだろう。

 

 しかし民衆に被害が出るかはさておき、少なくとも今回の襲撃でアクセルが滅びること、自身の命が危険に晒されることだけはないとあなたは確信していた。

 何故ならあなたは装備を取りに一度自宅に戻った際、ウィズの店にも顔を出してみたのだが、普通にウィズもバニルもあなたを見送ってきたからだ。

 これが仮にアクセルに壊滅的なダメージを与えたりあなたを殺し得るモンスターが相手だった場合、店と客、そしてウィズの心を守る為に見通す悪魔がウィズを無理矢理にでも参戦させるだろう。あるいは彼自身も出張ってくるかもしれない。

 

「お前の気持ちは分からんでもないが、ぶっちゃけ伝説や御伽噺に出てくるようなやばいレベルのドラゴンが攻めてきたとかじゃない限り、撃退自体は余裕だと思うぞ」

 

 あなたの心を読んだわけではないのだろうが、ベルディアが口を挟んできた。

 今の彼はきぐるみではなく竜鱗製の全身鎧を装備し、鞘に収まった巨大な剣を肩に担いでいる。

 ベルディアの身の丈の二倍にも届こうかという刀身を持つ特大剣は、生半可な力量の持ち主では満足に振るうどころか持ち上げることすら困難を極める代物だ。

 

「余裕、か。それは自分達がいるからと言いたいのか?」

「身も蓋も無い言い方をするとそうなる。自分で言うのもなんだが俺は結構強いからな」

「それは知っているが……」

「ま、今回は俺の出番があるかすら怪しいわけだが。俺やご主人を抜きにしても、デストロイヤーを吹っ飛ばした頭のおかしい爆裂魔法使いがいるんだ。アレに関しては仲間のお前の方が詳しいだろ。それに本当にやばいのが出てもどっかの誰かがここぞとばかりに大ハッスルしてオッケーベイベーレッツパーリィーってなるだけだから大丈夫だ」

 

 ベルディアの視線を追うように、ダクネスがあなたを見やった。

 

「……ベアさん。それは本当に大丈夫なのか?」

「全然全くこれっぽっちも大丈夫じゃない。巻き添えを食らわないうちに逃げた方がいいぞ。危ないものには近寄らない。常識だろう?」

 

 ダクネスの肩を軽く叩き、そのままあなた達から離れていくベルディア。酒飲み仲間の顔を見つけたらしい。

 

「あなたも私が気負いすぎだと思うか?」

 

 空気が読めるあなたは、多少は肩の力を抜いてもいいかもしれないが、楽観が過ぎて後で後悔するよりはずっといいのではないだろうか、と当たり障りの無い答えを返しておいた。

 ドラゴンが来る前に弁当を食べる時間はあるだろうか、などと考えながら。

 

「ベアさんもそうだが、まるで明日の天気の話をするようにドラゴンを語るのだな、あなた達は」

 

 あなたの言葉に何を思ったのか、この場の誰よりもアクセルを愛している聖騎士が何かを諦めたように小さく笑う。

 アクセルには超優良風俗店ことサキュバスの店に通うためだけにレベル30台のベテラン冒険者もちらほら在籍しているのだが、そんな彼らであっても計6体のドラゴンというのは容易い相手ではない。レベル40を超えたゆんゆんもまた同様に。そういう意味ではダクネスの懸念は決して間違っていない。

 あなたが見る限り、この場において野良ドラゴン相手に悠長に構えていられるだけのスペックを有しているのは、あなたとベルディア、そして女神アクアの三人だ。オマケで四次元ポケットの中の妹も。

 女神アクアに関してはなんやかんやでポカをやらかしそうだが、最悪でも頭から齧られたりブレスで丸焼きにされたり丸呑みにされて軽く泣きが入る程度で済むとあなたは思っている。丸呑みにされた場合は体内で多量の水を発生させ、内側から溺死させたり破裂させたりとえげつない攻撃方法が解禁されるのでその時点で勝ちだ。

 他にはダクネスも問題なくドラゴンの攻撃に耐えられるだろうが、攻め手に欠ける彼女では単独でドラゴンを倒しきれない。逆にドラゴンを殺しきれるめぐみんは被弾が死に直結する。

 カズマ少年は考えるまでもないだろう。口が回りいざという時の機転に優れ、搦め手や嫌がらせで真価を発揮する彼はいわばパーティーの交渉窓兼便利屋であり、非常に得難い人材といえるのだが、こういったガチンコの正面戦闘に関しては能力も性格もトコトン向いていない。本人も馬鹿野郎俺は逃げるぞ最弱職のペーペーにドラゴンとタイマンで戦えとか笑える冗談も大概にしろ、と激怒すること請け合いだ。

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、お待ちしていました」

 

 野外に設営された簡易指揮所に辿り着くと、ルナが声をかけてきた。声色と小さく破顔しているところから安堵していることが窺える。

 他のパーティーも呼ばれたと聞いていたのだが、既に場を離れているようだ。残っているのは職員を除けばカズマ少年と女神アクアだけ。めぐみんの姿はない。

 

「カズマ、めぐみんはどうした?」

「ゆんゆんと一緒に一番前の方にいるよ。魔法使いの癖に一番槍は貰いました、とか何考えてるんだかな」

 

 肩を竦めたカズマ少年がニヤリと邪悪に笑う。

 

「ところで聞いたぞララティーナ。仲間の俺達に黙ってウェイトレスのバイトをやるなんて水臭いじゃないかララティーナ。言ってくれれば三人で冷やかしに……もとい応援に駆けつけてやったってのになあララティーナ?」

「だ、誰だっ……その話を誰から聞いた……っ!?」

「キースとダスト。げらげら笑いながら教えてくれたよ」

「あいつらあとでぶっころしてやる!」

「落ち着いてダクネス! 私はいいと思うわ! ダクネスだって女の子なんだから、可愛い服を着てもいいのよ! それに私知ってるの、ダクネスが自分の部屋でフリフリの可愛い服を着て鏡の前でニッコリ笑う練習をしてること!」

 

 女神アクアの悪意無き死体蹴りを受け、両手で顔を覆って蹲ってしまうダクネス。

 三人が繰り広げる愉快な漫才を尻目に、あなたは呼び出された理由について話を聞いてみた。

 

「今回の襲撃に関してなのですが、ただの野生のドラゴンとするには不審な点がいくつかあると私達は見ています。皆さんには既にお伝えしたのですが……」

 

 警報でもあったように、ドラゴンはアクセル目掛けて一直線に飛んできている。

 飛んできてはいるが、進行ルート上にアクセルがあるだけであって、ドラゴンはアクセルを襲撃に来ているわけではない可能性があるのだという。

 かつてデストロイヤー迎撃の地にもなったアクセルの正門の先には広大な田園地帯と牧草地帯が広がっており、更に幾つもの農村や開拓村が点在している。

 アクセルの食料供給の大半を担っている田畑と牧場はしかし、不幸にもデストロイヤーの襲撃によって散々に荒らされてしまっていた。

 領主であるアルダープに助けを求めるも、大雪で少なくない被害が出た今のアクセルにそんな金銭的余裕は無い。春までに自分達で何とかしろとすげなく突っぱねられ、危うく幾人もの農夫や開拓者が路頭に迷い、付随してアクセルも危機に陥るところだったのだが、見かねたダクネスの実家が私財を放出したことで今はすっかり元の姿を取り戻している。

 

 さて、これら全てがアクセルの直線上に存在するわけではないが、それでもドラゴンは農村や牧場を認識している筈。そして無力な人間や家畜はドラゴンにとって格好のエサなのだが、なんともおかしなことにドラゴンは全てを完全に無視しているのだという。

 

「あと、こちらを見てもらえますか? 今回、最初にドラゴンが確認された地点がここになります」

 

 ルナが持参した地図の一点を指差す。

 そこはアクセルと、アクセルほどではないがそれなりに大きな隣町を直線で結んだ際のほぼ中間地点であり、ギルドの支部が置いてある小さな宿場だった。

 

「報告を受けた私達はすぐさま隣町のギルドに確認を取ったのですが、彼らは寝耳に水の事態だったそうです」

 

 一直線に飛ぶドラゴンの姿を、進行ルート上に存在する街が確認していない。

 ちょうどその時は人の目が届かない超高所を飛んでいたり突然方向転換したという線も当然考えられるが、そうでないのであれば、まるで隣街と宿場の間のどこかの地点に突然ドラゴンが湧いて出たかのようだ。

 しかしこの世界では終末よろしく野生のドラゴンが突発的に発生したりはしない以上、今回のこれは単に野生のドラゴンが出現した、という話では終わらないのかもしれない。

 

 まあ、相手が何だろうとあなたにとってはあまり関係がない。

 基本的に厄介ごとを暴力で解決することに長けているあなたは小難しい話が苦手なのだ。

 ドラゴンが敵でないのなら捨て置く。敵ならぶちのめす。それだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 防衛線の切っ先。

 アクセルで最も有力なパーティーが配置された一角で、黒いマントをはためかせ、ニヒルに笑う一人の少女の瞳が輝いた。物理的に。

 

「敵なら問答無用でぶっ飛ばします。敵じゃないなら人様に迷惑をかけるなとぶっ飛ばします。爆裂魔法でぶっ飛ばします。先手を取って爆裂魔法を撃つ。これだけでいい……」

 

 カズマ少年から話を聞いためぐみんの感想がこれである。人生を全力でエンジョイする頭のおかしい爆裂魔法使いは今日も絶好調だ。

 遮蔽物の無いフィールドで少数かつ大きな敵を迎撃するという状況下において、超射程かつ超火力の攻撃を持つめぐみんはその力を最大限に発揮することができる。

 ただし屋内では使えない上に致命的に小回りが利かない。彼女には冒険者よりも戦術兵器の呼称こそが相応しい。

 

「これっぽっちもよくないわよ! あと人様に迷惑をかけるなとか毎日街の外で爆裂魔法ぶっぱなしてるめぐみんが言っちゃいけない台詞だと思う!」

 

 ゆんゆんのツッコミに周囲の冒険者が一様に頷いた。

 

「だいたいなんでめぐみんはそんなにやる気満々なの? 相手はドラゴンなのよ? 怖くないの?」

「はぁ!? 頭大丈夫ですかゆんゆん! ドラゴンですよ! ドラゴンなんですよ!? ドラゴン退治は冒険者の華にして王道! そして紅魔族としてドラゴンキラーの称号を手に入れる機会を逃すなど言語道断! そりゃあやる気にもなるってもんですよ、やったりますよ私は! どれほど冒険者カードの討伐欄にドラゴンの文字が増える日を待ち望んでいたことか! この機会をどこぞの頭のおかしいのに譲ってたまりますかって話です! 聞いてんですかそこで座って暢気に弁当を突いてる頭のおかしいの! ゆんゆんもゆんゆんです! むしろどうして貴女はこの一大チャンスにびびってるんですか、貴女だってまだドラゴン討伐してないでしょうに! そんなんだから里で浮くんですよそこんとこ分かってるんですか!? かーっ! 全くそんな心意気で紅魔族随一の天才である私のライバルを自称するなど全くもって嘆かわしい! かーっ!!」

「頭の心配された! よりにもよってめぐみんに頭の心配された! 何これ物凄いショック! っていうかここぞとばかりに早口で人のことメタメタに言わないでくれる!?」

 

 駆け出しのようにガチガチになるでもなく、他の冒険者のように気楽に構えるでもなく、めぐみんはひたすらに興奮していた。

 冒険者であれば誰もが一度は夢見るであろう、ドラゴンキラーという称号。

 ドラゴン討伐のチャンスに目を輝かせるめぐみんは、伊達にドラゴンの巣の近場に里を作り、最終的にドラゴンの方を夜逃げさせた種族の血を引いていない。このテンションが紅魔族のデフォルトと考えると、度重なる紅魔族の襲撃に辟易したドラゴンが夜逃げしたのもむべなるかな。

 実に頼もしいが、それはそれとして、仮にも年頃の少女としてそれはどうなのだろう、という気持ちをあなたはほんの少しだけ抱いた。

 

「ドラゴン退治が冒険者の王道だっていうのは分かる。男なら誰だって憧れる。もちろん俺だって憧れる。けどさあ。お前デストロイヤーを消し飛ばしたじゃねえか。称号でいったら()()()()()()()()()とかそんなんだぞ」

「破壊者を破壊した女……!?」

 

 カズマ少年の言葉が紅魔族特有の謎の琴線に触れたのか、めぐみんはわなわなと震え始めた。戦慄や怯えではなく、高揚感から全身を震わせている。

 

「ま、まあ、カズマがそこまで言うのであれば? 仕方なく、ええ本当に仕方なくですが、その称号を受け取ってあげなくもありません。でもそれはそれとしてドラゴンは倒します。絶対に倒します。ドラゴンの名前が書かれた冒険者カードを見てニヤニヤしたいので」

「トロフィー気分かよ」

 

 そんなめぐみんに対し、冒険者の誰かがこう言った。

 

「頭のおかしい爆裂娘ならぬ、頭のおかしいデストロイヤーか……」

 

 それはとても小さな声だったが、不思議なほどに周囲に浸透した。

 聞き捨てならぬと頭のおかしいデストロイヤーが暴れ始めたのは言うまでもないだろう。

 

「もぐもぐ……このお肉、中まで味がよく染み込んでるわね。冷えても美味しく食べられるように工夫されてるし。でもウィズって最近までチャレンジ生活一歩手前の赤貧やってたんでしょ? お茶も美味しかったし、なんで料理が上手いのかしら」

 

 お弁当余ってるの? 小腹が空いたから食べないなら私に頂戴、とベルディアの分の弁当を要求し、あなたと仲良く弁当を突いていた女神アクアが空気を読んでいない、しかし尤もな疑問を口にした。

 ウィズはあなたと同居を始めた時から普通に料理が上手だったので、あなたも少しだけ不思議に思っていたりする。お菓子作りに関しては素人レベルなので尚更だ。

 

 

 

 

 

 

『冒険者の皆さん! 間もなくドラゴンが来ます! 各自最大級の警戒を! 住民の皆さんの避難は終わりましたのでご安心ください!』

 

 拡声器から伝わってくるルナの言葉に無言をもって答える冒険者達の背後にあるのは、限りなく無人に近づいたアクセル。昼過ぎであるにも関わらず街を包む壁の向こうは死んだように静まり返っている。

 約二名の存在によって楽勝ムードが漂っていたアクセルの冒険者達だったが、カズマ少年がとある疑問を口にしたことで冷や水を浴びせかけられ、結果としてこうして緊張感を保ったままドラゴンを待ち構えることになった。

 

 ――そういえばさ。ドラゴンって飛んでるんだよな。もしドラゴンが敵で、しかもめぐみんの爆裂魔法の射程外から攻めてきた場合、どうやって迎撃すればいいんだ? 具体的には散開されて空の上からブレスを吐いてチマチマ街を焼く、みたいなチキン戦法を使ってきた場合。

 

 その言葉を聞いた全員が「あっ」という表情を浮かべたのはあなたの記憶にも新しい。

 

 王都には竜騎士を筆頭に、空戦可能な上級職が数多く詰めている。

 だがここは駆け出し冒険者の街だ。飛行可能という圧倒的アドバンテージの前では、地を這う人間は抗う手段が極めて限定される。

 

 そしてそれはあなたも例外ではない。

 

 あなたが抱える致命的な弱点の一つに単独での飛行が不可能、というものがある。ノースティリスで空戦を強いられた場合は機械人形のような飛行可能なペットに騎乗して対処していた。

 割れている手持ちの札の中ではメテオの魔法を使えば超高度の迎撃が可能だが、当然アクセルは更地になる。

 そしてクリエイトウォーターとテレポートは別として、あなたがこの世界で習得した遠距離攻撃はノースティリスで鍛え上げたスキル群と比較すると手慰み程度にしか鍛えていない。当てるだけならまだしも、アクセルに被害が出る前に全てのドラゴンを確殺できる自信は無かった。

 

「頼むぞダクネス! お前の鍛え上げた囮スキルは空を飛ぶドラゴンにだって通じると俺は信じてるからな!」

「ほんとお願いねダクネス! 私屋敷を焼かれて家なき子に戻るとか絶対に嫌なんだから!」

 

 もしかして割と真剣にやばい状況なのでは、と遅まきながら気づいた冒険者達のてんやわんやの作戦会議の末、万が一敵感知スキルに引っかかるようであればダクネス達が全力で囮スキルを使ってドラゴンを引き寄せることになったわけだが……。

 

「見えたぞカズマ! どうだ!?」

 

 空の彼方より来たる六つの影。

 敵意に満ちた咆哮が遠く離れたあなた達の元にまで微かに聞こえた。

 

「アウトだアウト! 全部敵だよ畜生め! 作戦通りいくぞ!」

 

 カズマ少年の合図と同時にダクネスを筆頭に複数人が囮スキルを発動させ、魔法使い達が少しでもドラゴンの注意を引くべく空に向かって攻撃を放つ。

 

「ドラゴンの敵意をひしひしと感じる! 悪くない戦意だ! いいぞ、来い! 私は逃げも隠れもしない!!」

 

 流石というべきか、遠く離れたドラゴンの敵意すら一身に集めるダクネスの囮スキルの錬度は他者のそれとは一線を画していた。現時点ではめぐみんの爆裂魔法の有効射程を上回っているというのだからちょっとどころではなくおかしい。

 一方で、魔法攻撃の方は距離に阻まれ、辛うじて当たっても堅牢な鱗に弾かれて効果はゼロ。ゆんゆんですらも痛打を与えるには至っていない。それほどの距離だ。

 あなたも斬撃を飛ばすスキル、音速剣(ソニックブレード)を使ってみたものの、やはり錬度が低いスキルでは威力が不足しており、距離による減衰も相まって集中して斬撃を浴びせた一匹を仕留めるのが精一杯だった。

 武器は神器。不足は無い。音速剣は強力なスキルではないが、そんなものは言い訳にもならない。この結果はひとえに自身の努力不足だと自身を戒めていると、わき腹を強めに小突かれた。めぐみんがジト目であなたを睨んでいる。

 

「何しれっと一匹殺してるんですか。ちょっとやめてくださいよ、そういう私の獲物を横取りするような真似は」

「めぐみん、安心する気持ちは分かるけどもっと緊張感持って! 怒ったドラゴンが降りてきてるから!」

「非常に不愉快なんで私がコレを信頼してるみたいなこと言うの止めてもらえませんか!?」

 

 ゆんゆんの警告のとおり、囮スキルに引っかかり、仲間を落とされいきり立った中型――グリーンドラゴンが四匹、まっすぐこちらに突っ込んでくる。

 最もポピュラーといえるドラゴンだが、その能力はドラゴンの名を汚すものではない。

 

「めぐみん、やれっ!!」

「私としてはできれば後ろの大物をやりたかったんですが、そうも言ってられませんか……」

 

 カズマ少年を含めた冒険者達が最も危惧したのは、分散したドラゴンに個別に攻撃されることだ。数を一気に減らせる機会を逃す理由などどこにもなく、めぐみんもそれをよく理解していた。

 

「――エクスプロージョン!!」

 

 先手を取って爆裂魔法を使うという言葉を違えること無く、四匹のドラゴンが射程圏内に収まった瞬間にめぐみんは爆裂魔法を行使。相手の攻撃を許すことなく三匹を跡形もなく消し飛ばした。残る一匹も不快な音と共に墜落死した。

 

 ドラゴンの項目が刻まれた自身の冒険者カードを見て高笑いをあげるめぐみんが限界を迎えて昏倒したが、ここまではおおむね予定通り。

 

「終わってみればあっけなかったな」

「後はあいつに任せときゃいいでしょ」

「いや、ちょっと待て。あのドラゴンってもしかして……」

 

 問題は残った大型だ。

 手下か仲間かは分からないが、グリーンドラゴンが全滅しようとも全く意に介さず、何もしてこなかった最後の一匹。

 アクセルの冒険者達は、かなり離れた場所に悠々と降り立った最後の一匹に目が釘付けになっていた。

 鋼色の鱗に紅玉の瞳を持つ、体長10メートルほどのドラゴン。その名は……。

 

「ルビードラゴン……」

「オイオイオイ、マジか。マジでルビードラゴンなのかよ」

 

 その名と共に、冒険者達の間にざわめきが広がっていく。

 彼らの目に宿る感情は若干の恐れと警戒、そしてそれらを遥かに上回る圧倒的な欲望。

 

「おいダクネス。なんか周りの様子がおかしいんだが」

「お前は相変わらず変なところで物を知らないな。いいかカズマよく聞け、あれはルビードラゴンだ。全身の鱗は極めて強い耐魔力を持ち、生半可な魔法は弾き返してしまう。防具としての需要も極めて高い。さらにその瞳は最高級の魔道具の核となり、傷が無い状態であれば一つでも億は下らないと言われているほどだ」

「億!?」

 

 ただしルビードラゴンの生息域はアクセルから遠く離れた()()()、その奥深くであり、まずお目にかかれるような存在ではない。

 そして魔王領はアクセルから見て正門とは真逆の方角に存在している。

 露骨なまでに不審な襲撃者に、あなたは自身の真横に立つペットに目を向けた。

 

「止めろ、こっち見んな。俺はこの件とは無関係だ。今の魔王軍の動向とか何も知らんぞ。いや本当に。古巣とこっそり接触とかしてないから」

 

 まだ何も言っていないというのに、仲間に裏切られて処刑された過去を持つ元魔王軍幹部のペットが小声で抗議してきた。

 だがあなたはベルディアを疑っているわけではなかった。仮に今回の件に魔王軍が関与しているとすると、ベルディアが原因の一端を担っているのかもしれない、とは感じているが。

 

「あー……そうだな。正直それについては俺も否定できない」

 

 ベルディアは魔王軍の中では任務でアクセルに向かった後に消息を絶ち、死んだ扱いになっている。

 そしてバニルとハンスがアクセルの冒険者に討ち取られたというのは少し調べれば分かる程度に有名な話だ。ニホンジンをはじめとした王都の冒険者が魔王軍に寝返った事件もあり、ある程度の情報は流出していると見るべきだろう。

 バニルに関しては残機を減らされたからこれ幸いと魔王軍を辞めただけであり、今も存命なのはあちらも把握していると思われるが、それでも魔王軍がアクセルを警戒し、何かしらのアクションを起こしてくるのはごく自然な成り行きだった。

 

「だからってドラゴンをけしかけてくるのは悪手もいいとこだ。万が一にでも非戦闘員に被害が出たら確実にウィズがぶちぎれるぞ」

 

 女神ウォルバクがいる以上、あちらもまさかアクセルがウィズとバニルの縄張りだと知らないとは思えない。あるいは多少犠牲が出たところでウィズが強く出ることはないだろうとたかをくくっているのか。

 

「ところでご主人、ゆんゆんをドラゴン使いにするちょうどいい機会だが、しばき倒して言う事聞くまで痛めつけたりはしないのか」

 

 その気は無いとあなたは首を横に振った。ゆんゆんが希望したのは雷属性のドラゴンであってあれは違う。何より相手は魔王軍の首輪つきである可能性が非常に高い。

 大体にして、ドラゴン使いになる為にはドラゴンと心を通わせる必要がある。決して暴力で押さえつけて無理矢理言う事を聞かせることではない。

 

「なんていい言葉だ。感動的だな。俺を半殺しにした挙句完全に生殺与奪を握った状態で絶望的な四択を突きつけてきた誰かさんに聞かせてやりたい。選んだ答えに後悔はそれほど無いが、それはそれとして。いや、ここは笑うところじゃないから。分かってんのか。分かれ、分かってくれ」

 

 ぶつくさと愚痴るベルディアを引き連れ、一歩前に出る。

 低く唸り声をあげるルビードラゴンの意識はダクネスに向けられている。

 相手はそれなりに高位のドラゴンだが、ドラゴンを飽きるほど狩り続けたあなた達の敵ではない。その気になれば瞬きする間で血祭りにあげられる相手だ。

 

「ちょっと待て」

 

 さて行こう、というタイミングで後ろから肩を掴まれた。

 何事かと思えばあなたを引き止めたのはアクセルが誇るチンピラ冒険者の片割れ、ダストだ。

 

「おいお前ら、本当にこれでいいと思ってんのか?」

「どうしたダスト。これでいいのかって何だよ」

「このままだとこの頭のおかしいのがルビードラゴンを自分達で片付けるぞ。最初から最後まで頭のおかしい連中の独擅場でお前らは満足なのかって言ってんだよ」

「おい待て。私も活躍したぞ」

「俺をご主人と一緒にしないでもらえる?」

 

 ダクネスとベルディアの抗議の声を無視してダストは続ける。

 

「こいつらに任せとけば楽だっていうのは分かる。でもよ、こいつらがいない時に今回と同じようなことが起きたらどうするつもりなんだ?」

「いや、アクセルみたいなド田舎にドラゴンが来るとかそうそうないだろ」

「ドラゴンに限った話じゃねえよ。それにドラゴンだって次が絶対に無いって言い切れるのか? こうして一回目があったのに? それとも部屋の隅っこでガタガタ震えて嵐が過ぎるのを待つってか? 俺はそんなダサイ真似は死んでもごめんだね。お前らキンタマ付いてんのか?」

 

 あざ笑うダスト。

 冒険者達は苛立ちを露にしながらも、ダストのある種の正論に返す言葉を見つけられないでいた。

 

「ちっ……言いたい放題言いやがって」

「そりゃ私だってこれでもいいとは思ってないわよ……」

「だろ? っつーわけでルビードラゴンの瞳は討伐した奴が独り占めするってことで! 後は俺に任せろ! おいララティーナぁ! 囮スキルは絶対に切らすんじゃねえぞ!!」

 

 冒険者達の目の色が変わった。

 

「あーっ!!」

「畜生てめえそういう魂胆かよ!!」

「うるせえ! こちとらクソみたいな税金で今も借金背負ってんだよ! ここらで一発ドカンと当ててこそ冒険者ってもんだろーが! バーカ、滅びろ貴族!!」

「おいダスト! 私もダスティネス家という貴族なんだがそれについて何か思うところは無いのか! 今すぐ囮スキルを解除してやってもいいんだぞ!!」

 

 ヒャッハー数億エリスは俺のもんだ、誰にも分け前をくれてやんねーとチンピラ全開かつ死亡フラグに満ちた台詞と共にダストは突撃した。

 

「こんなことだろうと思ったよ! 行くぞお前ら! ダストに任せとくとマジで独り占めされるぞ!!」

「この際だから言っちゃうけど収入の五割ってマジでクソよねこの国! エリス様、国税局の連中に神罰を当ててください!」

「呪われてあれ! 呪われてあれ!!」

 

 テンションに任せるがまま次々に怨嗟の声をあげてルビードラゴンに殺到する冒険者達。デストロイヤー戦を経験した彼らはその殆どがいずれも法外な税金の被害者だった。あの日、職員の魔の手を逃げ切った者はあまりにも少ない。

 冒険者にとって死よりも恐ろしいものはいくつかあり、借金はその一つだ。死は一瞬で終わるが一度背負った借金は返済するか夜逃げするまで終わらない。

 平和ということもあってか、アクセルの冒険者ギルドで得られる収入ははっきり言って少ない。同等の規模のギルドと比較すると平均して三割ほど。レベルを上げたらさっさと次の街へ行け、と暗に促されているのかと勘繰る額だ。

 そんな街で冒険者達がデストロイヤーの報酬で一様に税金という名の借金を背負ってしまったのだから、返済に困窮するのは当然といえるだろう。

 

 あなたは彼らの気持ちが手に取るように理解できた。理解できるが故に数億エリスの税金を躊躇なく踏み倒したのだ。

 駆け出しの頃の税金の滞納で犯罪者落ちした際の記憶を噛み締めてみれば、泥と血と絶望の味がした。滞納者に人権は無い。

 

「もしかしてあのダストっていう人、皆に覚悟を決めさせるためにあんな事を……?」

「落ち着けゆんゆん。絶対違う。ほらあそこを見ろ」

 

 ベルディアが指差す先にはドラゴンに対峙しながらも他の冒険者を牽制するダストの姿が。その瞳はルビードラゴンのように血走っていた。

 

「何だよお前ら、俺が億万長者になるチャンスの邪魔をするなっつーの! どんだけ金が欲しいんだよみっともねーな! 人として恥ずかしくないわけ!?」

「アンタだけには言われたくないんだけど!?」

 

 そうだそうだお前が言うなの大合唱に、チンピラ冒険者は忌々しげに舌打ちした。

 

「で、ゆんゆん。覚悟が、なんだっけ」

「今日はいい天気ですよね」

「ごまかすにしてももっと上手くやれ、な?」

 

 かくして借金と生活苦に喘ぐ冒険者達による、血で血を洗う極めて見苦しい闘争が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 戦いが始まってどれくらいの時間が経過しただろうか。

 戦場から少し離れた場所に設営された指揮所で、受付嬢のルナは爆裂魔法の行使とドラゴン討伐に上がりすぎたテンションのせいでぶっ倒れためぐみんを介抱していた。

 彼女は冒険者ではないが、それでも理解できることはある。

 

「地獄ってこういうものなんですね……」

 

 響く怒号、悲鳴、剣戟。

 華々しい英雄譚とは程遠い、この世界のどこにでも転がっている、どこまでも過酷で泥臭い現実がそこにあった。

 

「ぐうっ……! 流石はドラゴン! ここまで私を気持ちよくさせたのはお前で四体目くらいだ!」

「や、止めろ……こっちに来るな、来ないでくれ……俺はまだ戦える。だから、だから……!」

「私が、私が助けてあげないと……頑張り、ガンバリ……うっ、頭が……」

「いやあああああああああ!!」

「ヒール! ヒール! 私悪くないわよね! 今回は私悪くないわよね!?」

 

 ドラゴンの猛攻を一身に浴びて嬌声をあげる女騎士。

 ドラゴンキラーの名誉と一攫千金を狙ってドラゴンに襲い掛かる冒険者達。

 咆哮をあげて女騎士に攻撃を集中させながらも、ついでとばかりに冒険者を蹴散らすドラゴン。

 ブレスや尾撃を必死に掻い潜って攻撃を当てる、目から光が消えかけている紅魔族の少女。

 即死一歩手前の致命傷を負った、あと数秒で命を落とすであろう冒険者をみねうちでぶちのめす頭のおかしいエレメンタルナイト。

 みねうちで半死半生になった冒険者を治療する青髪のアークプリースト。

 

 誰も彼もがドラゴンという名の暴威に必死に抗う中、明らかに一人だけおかしいことをやっている。

 ルナと同じく遠巻きで眺めていたベルディアが堪らずといった風で呟いた。

 

「いや、狂ってんのか。あえて誰とは言わんが」

 

 異論は無かった。ルナも全く同じ事を考えていたからだ。

 

「あれって延命行為……なんですよね?」

「俺の目には介錯してるようにしか見えないわけだが」

 

 呆れを多分に交えた言葉が示すように、戦場を徘徊して淡々とみねうちをお見舞いするあなたの姿は、犠牲者を求めて彷徨う死神を彷彿とさせた。勇者適性値マイナス200は伊達ではない。

 

「どうして自分でドラゴンを倒さないんでしょうか」

「なんとしてでも自分達だけでドラゴンを倒すぞっていう空気だったから、気を利かせてるつもりなんだろう。つーかそれ言ったら俺も手を出してないし。ダストの台詞も一理あるとは思ってるしな」

 

 なるほど、とルナは思った。

 確かにあの流れでドラゴンを倒してしまうのは空気が読めていないにも程がある。水差し野郎と罵倒されても文句は言えない。

 無論死人が出てしまっては何の意味も無いので、無事に終わるのが最上ではあるのだが。

 

「ではみねうちする理由は?」

「俺の推測に過ぎないが、一人でも死人を出すまいとするご主人なりの善意だと思う」

「善意……え、善意?」

「俺も自分で言っててわけわからんから安心しろ。みねうちによる延命行為の事例は戦場でもあるっちゃあるんだが、普通はあそこまで躊躇なくやらないしやれない。文字通り死体に鞭打つ行為の一歩手前だしな。マトモな神経をしてるやつは楽にしてやるほうを選ぶ」

「ですよね。よかった、私の感覚がおかしいのかと」

「まあそれを差し引いても酷いけどな、色々と。みねうち食らって沈んだ奴が回復した途端に戦線復帰するとか普通じゃないぞ」

 

 二人は知る由もないが、この惨状にはとある水の女神が密接に関わっていた。

 女神が使った支援魔法の中には戦いの恐怖を和らげ、混乱を防ぐものがあったのだが、それが少しばかり強く作用しすぎてしまったのだ。

 魔法と欲望の相乗効果の結果、狂戦士じみた冒険者の集団が生まれてしまった、というのが事の顛末である。

 ただし周囲の熱狂にドン引きしつつも、仲間の女騎士を見捨てることもできずにちまちま狙撃で援護する最弱職の少年一行、眼前で繰り広げられるみねうちの悪夢に苛まれる紅魔族の少女、そして戦場を徘徊するみねうちする機械は素である。

 

 

 

 

 

 

 そして、その時はやってきた。

 長きに渡る戦いの末、不死を思わせる耐久を誇ったドラゴンが静かに崩れ落ちる。

 無数に刻まれた傷だらけの体が地響きを鳴らし、砂埃を巻き上げる。

 

「…………」

 

 戦場はそれまでの喧騒がウソのように静寂に包まれた。

 そして。

 

「っしゃあああああああ見たかオラあああああああああ!!!」

「何がドラゴンよ! アクセル舐めんじゃないわよ!!」

「頭のおかしいコンビなんか必要ねえんだよ!!」

 

 誰も彼もが一様に感情を爆発させた。

 金と名誉という、当初の戦う理由を覚えている者など一人もいないほどの激戦だった。

 喝采をあげ、精も根も尽き果て大地に寝そべる彼らを突き動かしたのは冒険者としての意地と矜持に他ならない。

 ドラゴンにトドメを刺したのはゆんゆん……ではなく、三角帽に赤いウェーブ髪が印象的な魔法使いの少女だ。上級魔法もまだ使えない彼女は、テンションが振り切れた仲間達から帽子が潰れるほどに頭をばしばしと叩かれて涙目になっている。

 

 なんとか犠牲者を出さずに戦いを終えることができて一安心だとあなたが周囲を見渡すと、ゆんゆんがぽつんと立ち尽くしていた。一回もみねうちを食らわなかった数少ない一人だ。

 ドラゴンを仕留めることこそ叶わなかったものの、恐らく最もダメージを稼いだ紅魔族の少女の奮戦を労うべく近づいてみると、なにやらブツブツと呟いていた。

 

「……ドウ……オブ・セイバー」

 

 ガンバリマスロボから一段階進化しかけているゆんゆんが何かをしでかす前に頭を強めに引っ叩いて正気に戻す。

 瞳の赤い部分はそのままに、白目が黒に染まっていく様がかなり真剣に怖かったのだ。

 

「……はっ、私は何を!?」

 

 ゆんゆんの闇堕ちは紙一重で回避された。危なかったと内心で胸を撫で下ろす。

 短剣から闇色の光が漏れていたあたり、ご近所の魔王軍幹部達の影響を勘繰らざるを得ない。本気で魔王になるつもりだろうか。

 

 

 

「お疲れイカレポンチ。随分とお楽しみだったなイカレポンチ」

 

 あなたの気付けが最後の一押しになったのか、魔力と体力を使い果たしてへたりこんだゆんゆんを背負って指揮所に戻ると、頼りになるペットが労いの言葉をかけてきた。

 しかしあなたは全く楽しんでなどいなかった。むしろ戦場全体を把握して重傷者を見分けて延命行為を施すのはあなたをして多大な精神的疲労を伴う繊細な作業だったのだ。そもそもあなたは救命行為に慣れていない。

 

「賭けてもいいが、ご主人に感謝してる奴はいないぞ」

 

 あなたもいい加減それくらいは分かっているし、別に感謝されたくてやったわけではない。所詮はあなたの自己満足に過ぎないのだから。

 それでも結果的に犠牲者をゼロに抑えることができたのだから、あなたとしても体を張った甲斐があったというものである。いのちだいじに。

 

「普通にポーション使えよ」

 

 ポーションは在庫が足りないし次々と増えていく重傷者にまるで追いつけない。

 それほどの戦いだったのは見ていたベルディアも分かっているはずなのだが。

 

「私も言いたい事は山ほどありますが……それはひとまず置いておいて、お疲れ様でした。グリーンドラゴンの死体はこちらで回収しますので、一度出してもらえますか?」

 

 あなたは目を瞬かせた。

 はて、ルナは何の話をしているのだろう。

 

「頭のおかしい爆裂魔法使いが撃墜したドラゴンが一匹いただろ。ご主人が仕留めたのも。あれの死体はご主人が回収しておいたんじゃないのか?」

 

 言われるままに目を向けてみれば、グリーンドラゴンの死体があった場所にはおびただしい血痕だけが残されていた。

 だがあなたはドラゴンを回収してはいない。そのような余裕も無かった。

 

 

 

 ……それからも軽く聞き込みを行うなど調査が入ったが、得られた証言は気づいたらいつの間にか消えていた、というものだけであり、グリーンドラゴンの死体は見つからなかった。あなたが撃墜したドラゴンの死体も同様に。

 

 忽然と消えたドラゴンの死体にあなたは思う。

 

 死んだらミンチになるでもなく、忽然と消える。

 それはまるでモンスターボールに縛られたベルディアのようではないか、と。


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