このすば*Elona   作:hasebe

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第104話 『約束』

 駆け出し冒険者の街を襲ったおよそ半年ぶり二回目となる未曾有の危機は、そこに住まう冒険者達の粉骨砕身の活躍によって辛くも回避された。

 あなたがモンスターボールのようだと感じた件についてだが、現役幹部の女神ウォルバクを問い詰めたところで仮に知っていてもはぐらかされるだけで終わるだろうとベルディアやバニルに聞いてみたものの、少なくとも彼らが幹部だった半年前は魔王軍はモンスターボールを一つも所持していなかったらしい。

 

 これが魔王軍関係であれば近いうちに二度目の襲撃があるとあなたは思っていたし、今度はグリーンドラゴンを生け捕りにしてみようと目論んでいたのだが、暫く経っても再びアクセルで事件が起きるということはなかった。

 

 かくして消えたグリーンドラゴンの死骸については全てが謎のまま終わってしまったわけだが、残ったものもある。どういうわけかルビードラゴンの方は死体が普通に残ったままだったのだ。

 アクセルの冒険者達は骨折り損とはならずに万々歳。あなたとしても心を砕いて骨を折った甲斐があるというものである。

 ルビードラゴンの各種素材は冒険者ギルドを通じて王都のオークションにかけられる予定であり、その売却額は膨大なものになることが予想されるが、トドメをさした魔法使いの少女の意向により、その金は防衛戦に参加した冒険者たちに公平に分配されることとなった。

 なお綺麗な笑顔でやっぱり独り占めなんてよくないよな、みんなで仲良くやろーぜ、とのたまったダストは諸々の理由で袋叩きの刑に処された。彼らも彼らでドラゴン退治という冒険者の本懐を成し遂げて満更ではなさそうだったのでご愛嬌だろう。

 

 

 

 

 

 

 そうして、ワクワクドキドキドラゴン捕獲ツアーに旅立つ日がやってきた。

 蒸し暑さでいつもより早く目が覚めたあなたは軽く朝風呂を済ませ、現在はリビングで広げた数々の荷物の最終点検を行っているところである。

 

 ドラゴンの捕獲という目標以外にも、ゆんゆんの冒険者としての経験を積むためという意味合いが大きい今回の旅は、反則じみた利便さを誇るテレポートの使用によるショートカットを緊急時を除いて原則禁じていることもあり、食料や着替え、野営用の設備など、持っていく荷物が比較的多い。

 とはいえ、水を用意する必要が無いのであなたとしては少なめに感じてしまう程度である。

 調理用、飲料用、洗浄用など、旅における水の重要性など今更語るまでもないだろう。河川などで水を補給するにしても、汚染された水を消毒するのはそれなり以上に手間がかかる。

 このような諸々の煩わしい問題の全てがクリエイトウォーター一つで解決してしまうのだからたまらない。やはりクリエイトウォーターは素晴らしいと改めて異世界魔法とそれを司る水の女神に感謝の念を捧げる。

 

 他にも妹と電波のやり取りをするなどして持て余した時間を潰していると、人の気配と共にリビングの扉が音を立てて開いた。ウィズが起きてきたらしい。

 挨拶をしようと目を向けると同時、しかしあなたは喉まで出かかった言葉を詰まらせてしまう。

 

「ほぁよーごじゃいましゅ……」

 

 ぺたぺたとスリッパを鳴らしながらリビングにやってきたウィズの姿は、寝起きであることを差し引いてもちょっと人様にはお見せできそうにないものだった。彼女を姉のように慕うゆんゆんと氷の魔女の大ファンであるレインには特に。

 涼しげな薄手の水色のパジャマを着たままのウィズは半分どころか殆ど眠ったままであり、だらしなく半開きになった口からはうーだのあーだの、声とも呼吸とも取れない音が聞こえてくる。

 足取りは酔っ払いの如く定まっておらず、床に転がっている荷物を踏んだり蹴ったりしないかと見ていて危なっかしい。

 手入れを欠かしておらず、本人の密かな自慢であるという長く綺麗な栗色の髪は何をどうしたらそんな寝癖になるのか、という有様で目も当てられない。

 

 同居人の非常に愛らしくも隙だらけなその姿は、あなたとしても見ていて微笑ましい気分になるのと同時に苦笑いを禁じ得ないものだった。

 同居を始めたばかりの頃はもっとしゃっきりしていただけに、慣れ故の甘えが出ているのか信頼されているのか、あなたとしては非常に判断に困るところである。

 ちなみにウィズがこの姿であなたの前に出ても大丈夫だと考えているとあなたは微塵も思っていない。彼女はぽわぽわりっちぃだが、そこまで全力で女を投げ捨ててはいない。

 そういう意味では今の姿はウィズとしても非常に不本意かつ恥ずかしいものになってしまうのだろうが、寝ぼけているのでどうしようもないし、今更見なかったことにできるはずもないと、足をふらつかせるぽけぽけりっちぃをソファーに誘導する。

 

 そして目を覚まさせる為にタオルと洗面器でも持ってこようと席を立つと、弱弱しく服の裾を掴まれた。

 

「どぞ……」

 

 殆ど眠っているウィズに手渡されたのは、直径5cmほどの小さな箱。

 

「つくってて……おかえし……まにあっ……」

 

 途切れ途切れの言葉は若干把握しづらかったが、どうやら最近ウィズが夜更かしを続けていたのは箱の中身を作っていたかららしい。

 出立に間に合わせるように頑張っていたとすると、ここ数日は徹夜続きだったのかもしれない。

 友人からの突然のプレゼントにあなたが戸惑いながらもなんとか礼を言うと、ウィズはへらっと緩んだ笑みを浮かべた。

 

「んー……」

 

 そして片手を隣に置いてあったあなた用のクッションに伸ばし、自身に引き寄せたかと思うと、そのまま胸に掻き抱いて顔を埋めてしまった。

 そのまま寝入ってしまったのか、クッションの中から微かな呼吸音が聞こえてくる。

 洗顔は不可能になってしまったが、起きた際にウィズができるだけ恥ずかしい思いをしないようにと、せめて髪だけは整えてあげることにした。

 整えるといっても、実際にウィズの髪を梳かすのはあなたではない。本人から頼まれたり恋人が相手ならまだしも、眠っている異性の友人の髪を勝手に手入れするのが非常にアレな行為だと理解する程度のデリカシーはあなたも持ち合わせている。

 

 ――三分しかできないから、ぱぱっと終わらせちゃうねー。

 

 そんなわけで、ウィズを起こさないように丁寧に、しかし起きる前に迅速に髪を整えていくのは同性の妹に頼むことにした。

 

 ――髪は女の命だよお兄ちゃん! それはそれとしてお仕事のご褒美に後で私の髪を梳いてほしいなお兄ちゃん! いつもみたいに優しく、それでいて情熱的に、官能的に、愛情を込めて! でも今日はもう時間が残ってないからまた今度ね!

 

 ベルディアあたりはペットを使えば勝手に髪を整えていいのか、という至極もっともな問いを投げかけてくるだろうが、それくらい今のウィズの髪は酷いことになっている。

 仮にゆんゆんがこの髪で人前に出ていたと気付いたら軽く3日は家の中に引きこもってしまうと確信できるくらいには酷い。

 

 ――なんかこう……*チョドーン!*って感じだねお兄ちゃん!

 

 妹の表現は一見すると抽象的だが、その実非常に的確だった。

 ペットの少女が渾身のドヤ顔で見せつけてきた昇天ペガサスMIX盛りなる異次元の髪形ほどではないにしろ、酷いという点に変わりはない。

 

 さっさと忘れてあげるのがウィズの為だろうと努めて意識から追いやり、すぐそばから聞こえてくる穏やかな寝息と髪を梳く音を環境音に、あなたは手渡された小箱を開けてみた。

 

 ――綺麗な指輪だね。お姉ちゃんは本職じゃないのに。

 

 箱から取り出してみると、銀色の指輪は朝日を反射して微かに煌いた。

 マナタイトこそ嵌っていないものの、全体的な意匠はあなたが以前ウィズに贈った指輪を彷彿とさせた。

 恐らくはあなたが贈った指輪と杖のお返し、ということなのだろう。彼女には錬金術の学習書と一緒に宝石細工と魔道具の学習書を渡していたので、それを活用したのだと思われる。

 更に指輪を観察してみると、内側に文字のようなものが刻まれているのを発見した。

 

 ――Uo yots gno……かな? うーん、これ以上はちょっと読めないや。お兄ちゃんは分かる?

 

 文字が模様と一体化しているため極めて読みにくく、辛うじて読める部分も、意味まで読み取ることは叶わなかった。

 ウィズが起きたら改めて礼を言うついでに聞いてみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「指輪の内側はなんて書いてあるのか、ですか? ……恥ずかしいので秘密です。いえ、恥ずかしいことを書いたわけじゃないです。本当です。少なくとも寝惚けたままあなたの前に顔を出すよりは恥ずかしくないはずです」

 

 目が覚めたウィズはあなたに指輪を渡したことこそ覚えていたものの、肝心の文字に込められた意味については拒否の一点張りを通してきた。

 そこまで頑なになられると是が非でも知りたくなるのが人情というものだが、今回ばかりは鑑定の魔法を使ったりバニルに聞いてみるつもりはなかった。幾らなんでもそれは無粋が過ぎると感じたのだ。

 

 

 

 朝食と弁当を作るウィズを眺めながら雑談に興じる。

 話の内容は今回の冒険について。

 

 あなたとゆんゆんが目指すのは、海を隔てた先の大陸にある、竜の谷(ドラゴンズバレー)と呼ばれる世界で最も竜が多く生息しているとされる未踏の地だ。

 竜騎士を志すものであれば誰もが一度は訪れる地なのだが、その奥深くには無数の宝物と黄金で輝く楽園が存在し、そこには竜の神が住む……という伝承がまことしやかに囁かれている。

 数々の冒険者や国家が楽園を目指して谷に足を踏み入れるも、過酷な環境と強力なドラゴン達に阻まれ、今日に至るまで誰一人として到達者は現れていない。

 

 ちなみにウィズはあなた達が竜の谷に到着したらテレポートでアクセルに戻って回収、三人で攻略する手はずとなっている。

 あなたがしばらくアクセルに戻ってこないので必然的に終末狩りも休みになるベルディアはプライベートでまでドラゴンの相手をさせるとか頼むから勘弁しろ、と猛烈に拒否権を行使した。

 

「頼ってもらえるのは凄く嬉しいですし、竜の谷に行くのは初めてなので楽しみなのも確かなんですけど、正直、私だけ最後に合流っていうのもバツが悪いんですけどね」

 

 ウィズのその言葉に、あなたは意外な気分になった。

 凄腕アークウィザードとして名を馳せていた彼女とその仲間達は竜の谷に行かなかったらしい。

 別大陸とはいえ、腕試しには格好の場所のように思えるのだが。

 

「竜の谷のドラゴンが人間に危害を加えるのなら、あるいはそうなってもおかしくはないと思います」

 

 彼の地に住まう野生のドラゴンは、侵入者には一切の容赦をしないが、決して外に出て人を襲わない。

 まるで楽園の門を守護する番兵のように。

 

「というかですね、仮にも冒険者を名乗っていながらお恥ずかしい話なんですが、私の現役時代の活動はその殆どが魔王軍との戦いに費やされていたので、別の大陸に足を踏み入れた経験は片手で数えるほどしかないんですよ。その時だってテレポートであっという間に目的地に到着するというもので、お世辞にも冒険や旅と呼べるようなものではありませんでした。時間がかかる船での旅なんてとてもとても」

 

 余裕が無かったかつての自分を思い返し、苦笑いを浮かべるウィズ。

 

「今回だってあなた達が竜の谷に着くまでお留守番ですし……船旅ができて色んな場所を見て回れるゆんゆんさんがちょっと羨ましいかもです」

 

 あなた達は冒険者で、ウィズは冒険者の資格を所持しているとはいえ魔法店の店主。

 懐古に浸る声からは隠し切れない羨望、あなた達に同行できない寂しさが滲み出ていた。

 

 彼女が活動していた時期は魔王本人が前線で指揮を執る事も少なくなかったせいで魔王軍の攻勢が激しく、さらに有力な冒険者の数も少なかったのだという。

 そんな中、今のあなたからしてみれば若輩としか呼べない年齢で英雄としての期待とプレッシャーを背負って戦い続けた彼女の負担はいかほどのものだったのか。

 

 当時を知らない自分が何を考えても所詮は下種の勘繰りにしかならないとそれ以上の思索を無理矢理打ち切ったあなたは、マシロをあやしながらウィズに一つの提案をした。

 ウィズさえよければいつか自分と一緒に冒険の旅に出る気はないだろうか、と。

 

「あなたと、冒険の旅に?」

 

 特に目的や理由も無く、気の向くまま風の吹くまま、世界中の様々なもの、様々な場所を見て回るのはきっと楽しいものになるだろう。

 

「……ふふっ、そうですね。私も凄く楽しそうだと思います。あなたと一緒なら尚更。でも、ごめんなさい。やっぱり私にはお店がありますから」

 

 アクセルで店をやっている理由、そしてどれだけ店を大事に思っているか知っているにも関わらず、あまりにも気軽に店を放棄するかのような提案をするあなたに無神経さを感じたのか、若干声のトーンを落とすウィズ。

 勿論、あなたも今すぐにとは言っていない。

 あなたの言う“いつか”とは、世界が平和になり、ウィズの仲間達が天寿を全うし、バニルが自身の棺となるダンジョンに移って本懐を遂げた後のことである。

 

「皆が、いなくなった後……?」

 

 具体的に何年後になるかは分からないが、ウィズの仲間達は全員人間らしいので、早くて五十年。遅くとも百年もあれば十分だろう。あなたはそれくらいの期間を待つなどなんともない。

 流石に百年経ってもバニルが汗水垂らして赤字に頭を抱えているとは思いたくないが、ウィズの商才を鑑みるとありえないと言いきれないのが恐ろしいところだ。

 ちなみにあなたは百年後も人類が魔王軍と楽しくドンパチやっているとは考えていない。

 

「…………」

 

 百年後の自分は果たしてどうしているだろうか、あまり今と変わっていない気がしてならない、などとあなたが未来に思いを馳せていると、手を止めたウィズがじっと見つめてきているのに気がついた。

 

「あなたは、私を待って(私と生きて)くれるんですか?」

 

 不死の女王の揺らぐ瞳に宿る感情は困惑、不安、そして期待。

 

「私は、ずっと待ち続けていました。これから先もずっと、ずっと待ち(生き)続けるんだと思います。だから、私を待ってくれると言ってくれたのはあなたが初めてなんです。……皆やバニルさんがいなくなるまで、あなたは、本当に待っていてくれますか? ……その後も、ずっと、ずっと、生きていてくれますか? 私と一緒にいてくれますか?」

 

 震える声に頷くと、ウィズは弾かれたような勢いであなたに詰め寄った。

 両手であなたの肩を掴んでガクガクと揺らす彼女は興奮から全身から青色の魔力を立ち昇らせている。生存本能が警鐘を鳴らしたのか、マシロも脱兎の如く逃げ出した。

 魔力は氷の属性を持っているのかひんやりと冷たくて心地いいのだが、それはそれとしてドアップのウィズも相まって異様な迫力である。

 

「や……約束です! 約束ですよ!? 言質取りましたからね!? 後でウソでしたーとか言っても聞きませんからね!? 私を独りにしないでくださいね! 私、これからずっとその時が来るのを楽しみに待ってますからね!? 絶対ですよ! もしあなたが私を置いて逝ったりしたら私はきっといっぱいいっぱい泣いちゃいますし、もしかしたらあなたを呪ってみたり、アクセルが滅んだ後もここでたった一人あなたを待ち続けちゃったりしちゃうかもしれませんからね!? あれですよ、あなたのせいで遠い未来、アクセルがリッチーが支配する死の都って呼ばれるかもしれないんですからね!! 大変なことですよこれは!」

 

 廃人級の力を持つアンデッドの王が呪ってくるのは笑えないを通り越して真面目に洒落になっていない。あと大変なのはゆんゆんが裸足で逃げ出す重力を発しているウィズのほうだ。

 しかしあなたは自身がこの件で彼女に呪われたりアクセルが悲惨な未来を辿ることなど万が一にも有り得ないと確信していた。

 何故ならあなたはこれまでに『友人』との約束を一度たりとも破ったことがないし、これからも破るつもりがないのだから。




《*チョドーン!*》
 elonaにおける地雷の爆発音。
 後にチュドーンに修正された。

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