このすば*Elona   作:hasebe

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挿話 亡骸(なきがら)(ともがら)

 リビングで向かい合って座る一組の男女。

 こう書くとなんとも色気がありそうだが、ことこの二人に限ってはそのようなものが介在する余地は無い。絶無である。

 

「…………」

 

 物理的な圧すら発していそうな(ウィズ)の視線を受け、(ベルディア)は軽く嘆息した。

 

「そんなに見つめられると食べにくいんだが」

「おかまいなく」

 

 まさか毒が盛られているわけではないだろうと、ベルディアは皿に盛られたクッキーに手を伸ばす。

 そのまま口に放り込んでぼりぼりと咀嚼。

 たっぷり三十秒かけて味わって飲み込んだところで、ウィズがおずおずと声をかけた。

 

「どうですか?」

「40点。100点満点で」

「ダメでしたか……」

 

 がっくりと肩を落とす製作者を見やりながら、クッキーの後味を紅茶で洗い流す。

 彼女が作ったそれは食べられないほど酷い出来ではないが、どうにも粉っぽい上に甘さが雑で香ばしさを通り越して若干焦げ臭く、総じて悪い意味で素人が作った普通のクッキーというのがベルディアの感想だ。

 

「とはいえ味が俺の好みに合ってなかっただけという可能性もある。ちょっと実験がてらアンデッドナイトに食わせてみるか。スケルトンじゃないからもしかしたら食えるかもわからん」

「残飯処理とか思ってません?」

「流石にそこまでは思ってない」

 

 そうして気まぐれにベルディアがアンデッドナイト召喚のスキルを使ってみると、彼やウィズが知っているそれとは少し違うものが呼び出された。

 

「……目立つな」

「……目立ちますね」

 

 そのアンデッドナイトは、決して質がいいとはいえない、しかしぴかぴかの新品な白い長槍を携えていた。他の装備はぼろぼろなだけに槍の異質さが際立っている。

 二人の知る限り、アンデッドナイト召喚のスキルにこのような現象は確認されていない。

 召喚兵に自前で装備を用意して強化するというのは誰しもが思いつく手軽な強化手段だが、一山幾らの弱兵を強化したところでたかが知れているし、何より装備品を新調しても一度召喚兵が消えた後に再度呼び出したら元の状態に戻ってしまうので、まったくもって労力や手間に見合わないのだ。

 

「そのはずなんですけどね……」

「槍自体には見覚えがある。恐らくだが、こいつが持ってるのはご主人がだいぶ前にお前の店で買ったハンマーで作った槍だと思う」

「鍛冶屋潰しですか」

「あの時ご主人は槍以外の鎧や兜も修繕してたんだが、そっちは元通りになってるな。なんで槍だけ変わってるんだ?」

 

 その後、何度か検証を兼ねて召喚と送還を繰り返したところ、白い槍を持つ個体だけがおかしいことになっていると判明した。

 

「とりあえず俺は何もやってないから、槍を作ったご主人が原因なのは間違いない」

「他の個体にも強力な武具を持たせたら凄い事になりそうですね」

「とはいえ本体性能は据え置きだからな。多少は底上げになるだろうが」

 

 この場にあなたがいない以上、これ以上の考察は無意味だと判断した二人は気を取り直して当初の目的、つまりアンデッドナイトにクッキーを試食させることにした。

 無理矢理クッキーを食べさせられた彼、あるいは彼女はベルディアの命令を待たずに勝手にゴミ箱に歩いていき、そのまま吐き出した。

 無言の、しかしこれ以上ないストレートな評価だった。とてもアンデッドの王に対する下級アンデッドの反応ではない。

 

「ひ、酷い!? 食べ物を粗末にすると罰が当たりますよ!!」

「まあ、食えなくはないが美味いか不味いかで言ったら不味かったし。こないだ食ったのは美味かったんだが」

「でもあれは私が一人で作ったわけじゃありませんから……」

「ご主人は菓子作りまで無駄に上手いから困る。冒険者やる上で調理技能は必須とか言われてもな」

 

 今は本人たっての願いもあってウィズに三食の用意を任せっきりにしているが、女神に菓子を奉納すべく鍛え上げられたあなたの料理スキルは目を瞑ったまま熱く燃え盛るバーベキューセットを使ってアイスクリームやパフェの製作を可能にするほどのものである。

 

「前から聞きたかったんだが、ウィズは料理は普通にできるよな。茶を淹れるのも上手いし。なんで菓子作りは不得手、というか素人なんだ?」

「いいですかベルディアさん。お菓子の材料は料理の食材やお茶の葉っぱとかと比べて高いんです。凄く高いんです」

「そうだな、それが?」

「お菓子の! 材料は! 高いんです!」

「……ああ、貧乏だったから作れなかったのか」

 

 納得いったと頷く。

 そしてバターや砂糖といった安くない材料をこれでもかとばかりに使うのが菓子作りだ。

 興味が無かったベルディアは最近まで知らなかったが、ウィズと同居を始める前にあなたがパフェとケーキを自作している時に惜しげもなくバターと砂糖、その他各種材料を使う様を見ている。一目見てこれは絶対体に悪いと理解できる量だった。同時に食べたそれらはとてもとても美味しかったわけだが。

 

「しかしそれだと料理が上手い理由にはならない気がするんだが」

「冒険者時代は自炊ばかりしていたのもありますが、引退後は主にエア料理で腕を磨いてましたから」

「エア……? すまん、なんだって?」

「エア料理です。ちなみに私の一番得意な料理はエアパスタです」

 

 ベルディアは困惑した。

 目の前の同居人が何を言っているか理解できない。何かの隠語なのだろうか。それとも自分が知らないだけでそういう名前の料理があるのか。

 

「エアパスタの作り方ですが、まず、お皿とフォークを用意します」

「おう」

「窓を開けてご近所のご飯の匂いを嗅ぎます」

「匂い」

「次に厨房でお鍋の前に立ってパスタを茹でる気分になります」

「気分」

 

 ベルディアはひどい無力感に襲われた。

 両手で顔を覆う嘆きは声も無く。

 

「そしたらパスタをお皿に盛った気分になって、美味しく食べる気分になるんです」

「ウィズ。おい、ウィズ……ウィズ!!」

「なんですか?」

「いいかよく聞け。それを料理とは言わない。誰も、それを、料理とは、言わない」

「…………そんな事わざわざベルディアさんに言われなくたって分かってます! でも仕方ないじゃないですか! お金が無かったんですから!!」

「逆ギレは止めろ。というかそれで料理が上手くなるお前は一体何なの?」

「自慢じゃありませんが、料理のレシピだけならこの街の誰よりも読み込んでますよ私は」

「本当に自慢にならない。というかエア料理という名のイメージで上達するなら菓子作りだって上達しないとおかしいだろ」

「何言ってるんですか、イメージでお菓子作りが上達するわけないじゃないですか」

 

 首を傾げ、心底から不思議そうな顔をするリッチーに常識を説く己の愚を悟った苦労人のデュラハンは匙を明後日の方向に投げ捨て、彼女の料理技能についてそれ以上考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 

「むぅ、自分で言うのもなんですが、そこまで悪くないと思うんですが。そりゃあの人が作ったのよりは美味しくないですけど」

「アンデッドナイトの反応を見ただろ?」

「アンデッドだから味覚がおかしくなってただけかもしれませんし……」

「全力でブーメランだな。お前が貧乏舌なだけだから諦めろ」

 

 美味しくないウィズの手作りクッキーを齧りながら、緩衝材となるあなたがおらずとも不穏な雰囲気を出すことなく会話を交わすかつての宿敵同士。

 二人を人外、それも現役魔王軍幹部のリッチーと元幹部のデュラハンだと思う者はいないだろう。

 

「そろそろご主人達は港町(シーサイド)に着く頃合か?」

「そうですね。道中で足止めを食らっていなければ、今頃は海に出ていてもおかしくはないんじゃないでしょうか」

 

 テレポートを用いない竜の谷までの旅は、一朝一夕で終わるような簡単なものではない。

 あなたのペットになって初の長期休暇を手に入れたベルディアは、この機会に終末狩りを頑張っている自分へのご褒美とばかりに存分に羽を伸ばすつもりでいたりする。

 

 だからだろうか。

 常の彼であればまず口にしないであろう、こんな言葉が飛び出たのは。

 

「そうだ。いい機会だからウィズに聞いておきたいことがあるんだが」

「構いませんよ。なんですか?」

「どういう切っ掛けがあってウィズはご主人を好きになったんだ」

 

 ぱちくりと目を瞬かせるウィズは何を言われたのか理解できていなかった。

 それでもなんとかかんとか言葉を咀嚼し、理解するまでに短くない時間をかけ……勢いよく立ち上がった。

 

「なんで!? どうしてベルディアさんがそのことを!?」

「えっ」

「ば、バニルさんですか! バニルさんから聞いたんですか!?」

「なんでそこでバニルの名前が出るんだ。っていうかそのことって何だよ」

「だ、だからその、私が、彼を……」

 

 もごもごとはっきりしない態度を見て察せない者はおらず、当然のようにベルディアもまた察した。

 

「おまっ、まさか気付かれてないと思ってたのか!?」

「だって、だってあんなに上手く隠してきたのに!」

「えぇええ……嘘だろ……あれで隠してたつもりだったのか……嘘だろ……」

 

 二人は仲良く頭を抱えて呻き声をあげるが、それほどまでに驚愕の事実だった。お互いに。

 ウィズは自身の好意を完璧に隠しきれていると本気で思っていたし、ベルディアから見て、ウィズはあなたへの好意を隠しているどころかフルオープンですらあった。

 

「で、でも、言われてみれば確かに、一緒に住んでるベルディアさんなら気付くのはおかしくなかったかもしれません。けどベルディアさんだけですよね? 他の人には気付かれてませんよね?」

「ああ、うん。だいじょうぶなんじゃないか。きっとだいじょうぶだろ」

 

 いっそわざとらしいほどに投げやりで棒読みだったが、いっぱいいっぱいなウィズはほっと安心してソファーに座りなおした。

 

「よかった、これからどんな顔をして彼に会えばいいのか分からなくなるところでした……お願いですから誰にも言わないでくださいね? 絶対にですよ?」

「さっきのおれのしつもんにこたえてくれたらかんがえなくもない」

「うぅ……」

 

 仮にこの場にバニルがいれば周知の事実であることを本人にぶちまけてウィズの精神に致命的なダメージを与え、極上の羞恥の感情を思うがままに貪っていただろう。

 しかしバニルは不在なので所詮は仮定の話に過ぎない。

 

 そうして暫く黙考した後、多少落ち着きを取り戻して覚悟を決めたウィズは口を開いた。

 

「……切っ掛けは、ありません。一緒に宝島を採掘したっていう仲良くなる切っ掛けこそありましたけど、その時の私達は普通のお友達でしたし」

「何も無いってことはないだろ。あのご主人が相手だぞ」

「だって考えてみても本当に思い浮かばないんです。少なくとも、ベルディアさんが期待しているような、物語のようにロマンチックで劇的な何かはありませんでした。……ただ、知り合って、私のお店を気に入ってくれて、何度も買い物に来てくれて、他愛の無い話をして、色々と助けてもらって……そうしてるうちに一緒に住むようになって、長い時間を過ごすようになって、そうなる前よりももっと多くの彼の面を知って、私が思っている以上に私は大切に思われているって理解して、彼が自分の隣にいるのが当たり前になって……そうやって、他の人が見たらなんでもないような日常を積み重ねて、気が付いたらいつの間にか……だからきっと、特別なきっかけなんて何も無かったし、それでいいんだと思います」

 

 訥々と、あなたとの大切な思い出の数々を噛み締めるように、幸せそうに語るウィズに、ベルディアは下手に藪を突いたことを猛烈に後悔し、こういう性質のウィズだからこそ色々とズレているあなたの外付け良心となりうるのであり、あなたも彼女の前では普遍的な人間味を見せるのだろうと強く実感した。

 実感はしたが、何が楽しくて同居人の純も純な甘酸っぱい惚れた腫れたの話を聞かなければならないのかとげんなりした表情も作る。お隣さんの大悪魔やご近所さんの邪神も苦虫を百匹ほど丸ごと噛み潰した表情で雑に聞き流すこと請け合いだ。

 

「もうさ、そんなにご主人のことが好きならもっとアプローチかけろよ。たまに見てて反応に困るんだが」

「あ、アプローチって言われても……私、そういう経験が無かったのでやりかたとか全然分からないですし……そもそも誰かを、その……そういう意味で好きになったのすらこれが初めてで……それに私は別に今のままでも十分すぎるくらい幸せですし……この先もずっと私と生きてくれるって約束してくれましたし……」

「ああ、そう……」

 

 茹蛸のように真っ赤になって指先で髪を弄る同居人に対し、ベルディアは思いの丈を思う存分に叫びながら舌を噛み切りたくなる衝動に襲われたものの、終末狩りで培った鋼の精神力で辛うじて堪えることに成功。同時にツッコミを入れる気力すら尽きた。具体的にはウィズの年齢面に対して。

 氷の魔女時代と現状の別人っぷりから分かるように、人外(リッチー)化とそれに伴う不老化はウィズの人格形成に多大な影響を及ぼしている。

 リッチーである自分が他人に受け入れられるのか、受け入れられていいのか、というある種の恐れや引け目を全く持っていないわけではない。

 そしてウィズがリッチーになる原因を作ったのは彼女とその仲間たちに死の宣告をぶっぱなしたベルディアであり、そんな自分がこの件に関して口を出すのは気まずくなるだけだと思ったのだ。例えウィズ本人が気にしていないとしても。

 

 それはそれとして、彼はウィズが人間のままだった場合も結局独身のまま人生を終えていたのではないだろうかと強く疑っていたりする。

 

 本人の手前口には出さないが、ベルディアはウィズを掛け値なしに美人だと認めている。

 冒険者時代の彼女は戦場では勿論のこと、魔王軍において手配書の代わりとして使われていたブロマイドすら異名に違わぬ近寄りがたい雰囲気を纏っていたが、それでも同業者や貴族、パーティーメンバーからアプローチをかけられていなかったとは思えない。

 にもかかわらず男性経験一切無し。純粋培養などというレベルではない。

 

 遠い昔、まだベルディアが人間だった頃、彼が所属する騎士団とは別の団に鋼鉄の処女(アイアンメイデン)の異名を持つ女騎士がいた。

 剣の腕前は男の騎士顔負け。仕事は文句無しにできて人格面でもどこかの狂性駄ーと違って素直に尊敬できる高潔な女性であり、若い頃は当然のように男にモテていた。

 だがその女騎士は鈍感だった。同僚からのアプローチは完全にスルー。男に興味が無かったわけではなく、職務一筋に生きてきた彼女は、自分が異性に人気があるなど想像だにしていなかったのだ。

 そうしてただいたずらに年齢を重ね、残ったのはプライドの高さと腕っ節しか取柄が無い、行かず後家の烙印を押されたベテラン騎士という名の女子力ゼロの喪女。

 剣と魔法、騎士と冒険者の違いこそあれ、当時のウィズは件の女騎士と同じように鈍感だったのだろうとベルディアは予想していたし、実際にそれは核心を突いていた。

 

「話は変わるが、初恋は実らないってジンクスがあってだな」

「…………」

「分かった。俺が悪かったからそんな目で見るのは止めろ。俺が世話になってる知り合いに男女関係に一家言持ってるのがいるから、何かいいアプローチの仕方がないかとか聞いておいてやる」

「魔王軍関係者の方ですか?」

「いや違う。詳細は明かせないが、以前からアクセルに住んでいる者だ」

 

 このベルディアのよかれと思った行動が例によってあなたを巻き込んでちょっとした騒動を巻き起こすのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで不死者達がほのぼのとやっている、ちょうどその頃。

 

「もうやだぁ……がえりだいよぉ……しぬ……私しんじゃう……助けてめぐみん、ウィズさぁん……」

 

 あなたと行動を共にするゆんゆんは、現在進行形で生涯最大の苦痛と危機に瀕していた。




次回の更新は来週中を予定しています

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