このすば*Elona 作:hasebe
「じゃんっ、できました! ウィズさんです!」
楽しげに両手を広げるゆんゆん。
赤い紐で形作られたそれは、デフォルメされた、しかし確かにウィズだと分かる造形をしていた。
あなたはすぐ傍でゆんゆんが紐を手繰る様を見ていたのだが、何をどうしたらこうなるのかまるで理解できなかった。教わってもできる気がしない。
彼女は女神アクアのように大道芸スキルを持っておらず、上達した理由は例によって遊び相手がいなくてもできる遊びだからという、本人からしてみれば文字通りの手慰みだったりするのだが、だからこそ驚嘆に値する。
……さて、突然だが、廃人への道とは自分との戦いだとあなたは考えている。
どんな天才でも鍛え続ければやがて限界が、能力が伸び悩む時がくる。
その後、多大なる労力の対価としては限りなく無為に等しい努力をいつまでも続けることができるかが廃人に至るか否かを分ける。
至った時には漏れなく大なり小なり人間性や価値観が廃人ではない者とはズレているのだが。
それこそ壊れていると畏怖され敬遠される程度には。
単純に強いだけなら廃人などと呼ばれはしないのだ。
そして、そういった意味ではゆんゆんは案外廃人向き精神構造をしているのではないだろうか、と最近になってあなたは考え始めている。
ぼっちを拗らせて様々な一人遊びの達人になった彼女は、レベルが上がるのを見るのが楽しいからとハンマーのレベルを上げ続けているあなたに近しいものがあるといえるだろう。
「お客さん、見えてきましたぜ」
あやとりを教わりながら自身と目の前の少女の意外な共通点について考えていると、御者が声をかけてきた。
街を一望できる丘で一度止まると言うので、ゆんゆんに景色を見せるために馬車から降りる。
深呼吸してみれば、普段は嗅ぐ機会の無い、水分を含んだ潮風の匂いが鼻を突いた。
「凄い……」
王都に初めて連れて行ったときのそれを遥かに超える感動に体を震わせるゆんゆんが、思わずといった風で呟く。
「本で読んだり絵で見たことはあるけど……これ、全部水なんですよね? アルカンレティアの湖よりずっとおっきい……風の匂いも全然違うし……これが、海……わぁ……」
生まれて初めて海を目にした彼女は、まるで子供のように――実際ゆんゆんはまだ子供なのだが――目を輝かせて眼下に広がっている整然とした街並み、そして街の向こうに広がっている青い海を見つめている。
「どうです、ちょっとしたもんでしょう? ようこそシーサイドへ」
アクセルから旅立って三日目。
高速馬車を何度か乗り継いであなた達は当座の目的地である港町、シーサイドに辿り着いた。
■
「やっぱり王都とは全然違うんですね。王都はまだアクセルやアルカンレティアに近かったけど、ここは紅魔族の里でも見たことないものばっかり」
街の中に入っても落ち着き無くきょろきょろと周囲を見回すゆんゆんが迷子にならないように注意を払いながら、活気に溢れた街並みを堪能する。
貿易港であるシーサイドは、海の向こうの国からやってきた多種多様な人種と物品や文化が入り混じっており、王都とは別種の賑わいを見せている。
水夫が多いこともあり、ベルゼルグではあまり見ない、日に焼けた肌の色の人間もよく目に付いた。
ノースティリスにもポート・カプールという港町があるものの、流石に人類の最前線国家にヒトやモノを輸送する流通の要所なだけはあり、シーサイドの規模はポート・カプールとは比較にならない。
海のすぐ傍にあるからシーサイドという非常に分かりやすい由来の名を持つこの貿易港は、元々は普通の漁村だったのだという。
外洋国家に近い位置に面した天然の良港という好条件に目をつけた王家が土地を買い上げ、
この世界にはテレポートという反則的魔法が存在するが、テレポートは習得できる者が限られている上に消費魔力が非常に重く、一度に飛ばせる人数と重量に厳しい制約が課せられている。
海の向こうに大量のヒトとモノを運ぼうとするのであればやはり船を使うしかなく、ベルゼルグと地続きになっている国にとっても陸路より効率的に物資を運搬できる海運は重宝されている。
「そうですよね、紅魔族の皆やウィズさんやあなたが日常的にぽんぽん使ってるから忘れそうになりますけど、本来テレポートって習得してるだけで将来が約束されるレベルの上級魔法ですもんね……」
内地育ちかつ偏った環境で育ったせいか、意外と物を知らなかったりするゆんゆんにあなたが自分が学んだシーサイドについて講釈していると、ゆんゆんが腕を引っぱってきた。
「すみません。ちょっとあのお店を見てもいいですか?」
並んでいる露店の一つに興味を引かれたようだ。
臆することなくこうした自己主張ができるようになったのはゆんゆんの確かな成長の証だろう。出会って間もない頃の彼女であればこうはいかない。
「いらっしゃいませ! ゆっくり見ていってくださいね!」
溌剌とした元気な声であなた達を迎えた店主は、オレンジ色の髪を浅葱色のリボンでツインテールにした、10歳ほどの少女だ。清潔感のある白い服の上からエプロンを着用しており、店主よりは小間使いが似合いそうな風貌をしている。
ぱっと見た感じではアクセサリーと日用品を売っている店で、看板には女の子らしい丸っこい可愛らしい文字でりりあのおみせと書かれている。
ゆんゆんが物色する中、あなたは店主の後ろに立てかけてある二本の槍が気になっていた。
明らかに業物であると分かるにも関わらず妙に存在感が薄いのは封印でも施されているのか。貼り付けられた無数の呪符がなんともいえない雰囲気を醸し出している。ちなみに呪符には血のように真っ赤な何かで牛の絵が描かれていた。
「おや、お兄さん。お目が高いですね」
背後の槍が注目されていると気付いた少女がふふん、と得意げに鼻を鳴らす。
「でもごめんなさい。これどっちも私の私物なんです。幾らお金や物を積まれても売るつもりはありませんので。危ないのでお触りもやめてくださいね」
あなたはがっくりと肩を落とし、槍に鑑定の魔法を使うのを止めた。
詳細を知ってしまえばもっと欲しくなる未来しか見えなかったのだ。
「これとこれください」
「はい、まいどありがとうございます!」
ゆんゆんは貝殻でできたアクセサリーや星の砂なる瓶詰めの小物を何個か購入した。自分と同じく海を知らないであろう、めぐみんや里の友達へのお土産にするのだという。
■
あなたたちが乗り込む船は全長60メートルほどの大型帆船で、商人や観光客と思わしき者が何人も乗船していた。
「ふう。ちょっと食べ過ぎちゃったかも」
軽くお腹をさするゆんゆん。港町ならではの新鮮な海の幸が随分と気に入ったようだ。
乗船する前に寄った食堂であなたが食べたのはエビやアジといった魚介類のフライの盛り合わせ定食を、ゆんゆんはオリーブとにんにくが利いたトマトソースのイカとあさりのパスタ。
時折あなたが釣果をお裾分けしていることもあって、ゆんゆんは海水魚に関しては食べ慣れているが、貝類や軟体動物はそうもいかない。
初めて見る食材に最初はおっかなびっくりだったが、なんだかんだでお気に召したらしい。
「そういえば、今日は王都でやってるみたいに顔を隠していないんですね」
他の客に交じって乗船している途中、思い出したようにゆんゆんが小さく耳打ちしてきた。
あなたはシーサイドでは殆ど活動していないので王都ほど顔と名前が知られていないというのもあるが、アクセルから王都入りした冒険者が、最近頭角を現し始めている紅魔族のアークウィザードが頭のおかしいエレメンタルナイトと懇意にしてるということを広めてしまったので、顔を隠す必要がなくなってしまったのだ。
レックス達のようにアクセル全ての冒険者に口止めをするなど現実的ではない以上、露見するのは時間の問題だったと思われる。
自身に落ち度が無いにもかかわらずパーティーメンバーを見つけることが難しくなったゆんゆんだが、どうか一人でも強く生きてほしいものである。
■
乗船後、しばらくは何をするでもなく客室で小休止していたあなただったが、やがて船が動き出したのを見計らって隣の部屋のゆんゆんに声をかけ、甲板に出た。
「わわっ、もうあんなに遠くなってる……!?」
だんだんと遠ざかっていく陸地に気付き、ちっぽけな自分と広大な海のスケールの違いに呆然とするゆんゆん。
あなたとしても船の旅は数年ぶりになる。イルヴァの海とこの世界の海は違うが、それでも船が波を掻き分けて進む音、風を切る音は何度聞いても心地よいものだ。
感慨深い思いに浸っていると、ゆんゆんが深く頭を下げてきた。
「あの、ありがとうございます! 私、あなたと友達になれて、あなたと旅ができて本当によかった!」
顔を上げたゆんゆんは、あなたに信じられないほどに眩しい笑顔を向けてきた。
あまりにも無垢で純粋な少女の感情に照らされて答えに窮したあなたは、旅は始まったばかりでこの先ももっと色々な物が見れるのだと、ぶっきらぼうにゆんゆんの頭を撫でた。
「えへへ……私、頑張りますね!」
髪をくしゃくしゃにされても嫌な顔をせずにはにかむゆんゆんはまるで子犬のよう。
かくしてあなた達は今、新大陸への第一歩を踏み出したのだった。
■
「うぼあ゛ぁぁぁあ……」
陸地が視界から消え去ってそれなりの時間が経過し、船の外はどこまでも続く大海原だけが広がっている。時折水平線の向こうで大きな何かが見えることもあり、見ていて飽きることはない。
「むり、これほんとむり……」
波風はいたって平穏そのもので、航海自体は今のところ極めて順調。幸先のいいスタートといえるだろう。他の乗客も船室や甲板で思い思いに寛いでいる。
「ぎもち、わるい……旅なんか、するんじゃなかった……」
そんな中、船酔いに目を濁らせたゆんゆんの顔色は船酔いで蒼白になっており、まるで病人かアンデッドのようだった。
泥沼の如く濁りきった瞳は、絶望に塗れた未来と無残に砕かれた希望を彷彿とさせる。
「もうやだぁ……がえりだいよぉ……しぬ……私しんじゃう……助けてめぐみん、ウィズさぁん……」
この程度でここまで酷い酔い方をするなど、どこか体の調子が悪いんじゃないか、と船乗りや乗客に心配されるほどに呆気なく船酔いになった上に死にかけているゆんゆん。
昼食を食べ過ぎたというのもあるだろうが、彼女は船揺れという初めて味わう未知の感覚に体がついていけていないだけなのだ。馬車の揺れでは酔ったりしていなかったので、こちらもそのうち慣れるだろう。
それに何よりこれはゆんゆんにとって初めての大冒険の第一歩となる船の旅。今こうして辛い思いをしていることも、いつかきっと旅の思い出として笑って話せるようになる日が来るとあなたは考えている。
そう、冒険者になろうとノースティリスに向かっていた船旅で嵐に巻き込まれた挙句、荒れ狂う夜の海に投げ出されて危うく溺死しかけた自分と同じように。
あなたが一人納得していると、半べそをかいた愛弟子はあなたの服の裾を引っ張って哀願してきた。
「おねがいします、てれぽーと使わせて……おうちにかえしてください……」
あなたは首を横に振った。
確かにテレポートの利便性は他の追随を許さないが、そうであるがゆえに何かあった時にテレポートがあれば大丈夫、と考えるようになるのは好ましくない。あなたはそう思っている。逃げ癖が付きかねない。
「そんな、酷い……おねがいします、てれぽーと使わせて……おうちにかえしてください……」
あなたは首を横に振った。
「そんな、酷い……おねがいします、てれぽーと使わせて……おうちにかえしてください……」
あなたは首を横に振った。
「そんな、酷い……おねがいします、てれぽーと使わせて……おうちにかえしてください……」
あなたは首を横に振った。
「そんな、酷い……おねがいします、てれぽーと使わせて……おうちにかえしてください……」
無限ループに飽きたあなたは、よしよしと慰めながら壊れかけのゆんゆんの背中を優しくさすってあげた。
どれだけきつくても強くなりたいと言ったのはゆんゆんだ。
この機会に我慢することの快感を知ってほしいと励ましの言葉を送る。
「かんけいない、これぜったいつよくなるのとかんけいないよぉ……うぅうううう……う゛っ……!?」
あるいはそれが最後の一押しになってしまったのか。
船から落ちないように縁に手をかけて大きく体を乗り出したゆんゆんは、粘性の高いモザイク状の虹色の酸っぱい乙女力の結晶を口から放出して全ての命の母である大海に還元した。
■
「……はぁ……ふぅ」
船室のベッドで寝込むゆんゆんの看病を続けること数時間。
月が空高く上って他の客が寝静まった頃、船酔いは落ち着きを見せ始めていた。渡された酔い止めの薬が効いているようで、顔色もだいぶよくなってきている。
「すみません、迷惑かけちゃって……」
消沈するゆんゆんに細かいことは言いっこなしだと濡れタオルで額の汗を拭いていると、扉が小さくノックされた。
「こんばんは。連れの子は大丈夫?」
扉の前に立っていたのは、凄惨な姿のゆんゆんを見かねて酔い止めの薬を渡してくれた女性の冒険者だ。
ハルカと名乗った彼女は腰に厚手のダガーを下げているのと戦士にしてはあまりにも軽装なところから、盗賊職に就いているとあなたは予想している。
「あの、お薬ありがとうございました、おかげで凄く楽になりました」
「あはは。流石にあれを見過ごすっていうのは胸が痛むから」
苦しむ友人兼弟子に助け舟を出してくれた親切な相手を邪険にする理由も無く、あなたはハルカを部屋に招きいれ、菓子で持て成した。
寝込み続けるよりも会話する方が少しはゆんゆんも気分が紛れるだろう。
「へえ、二人は竜の谷へ行くんだ」
軽い身の上話とあなた達の旅の目的を聞かされたハルカは目を丸くして驚いていた。
彼女はあなたがこれから向かう大陸で活動している冒険者であり、当然竜の谷の危険度については熟知している。
過去何人たりとも踏破に成功していない秘境に挑もうとする傍から見れば無謀な冒険者を、しかしハルカは笑うことはしなかった。
「噂には聞いてたけど、やっぱりベルゼルグの冒険者は違うのね」
感心した風に頷くハルカにどういうことか尋ねてみれば、こんな言葉が返ってきた。
「魔王領と面しているからかな。ベルゼルグの冒険者の質は特に高いって有名なの。私達の大陸だとレベルが15もあればいっぱしの冒険者扱いになるのよ」
それはあなたが初めて知る情報だった。
レベル15となると、普通の冒険者はまだアクセルで活動している頃合だ。つまり駆け出しの範疇に入る。
レベル20半ばになってようやく中堅、いっぱし扱い。一概に断言はできないだろうが、ベルゼルグと他国には数値にしておおむね10ほどレベルの差があるとあなたは判断した。
「ちなみに私は今レベル21。これでも地元じゃ結構名前が売れてる方よ」
ベルゼルグじゃその他大勢扱いになっちゃうけどね、と笑う彼女が見せてくれた冒険者カードには確かにレベル21と書かれていた。
ベルゼルグ換算だと31。王都で活動できるレベルなので実際に言うだけのことはあるのだろう。
「あの……」
おずおずとゆんゆんが手を上げた。
「他国だと紅魔族ってどういう扱いになってるんですか?」
「紅魔族? ああ、魔王軍すら関わり合いになりたくないって敬遠してる、あのアクシズ教徒と並ぶ災厄の種族ね。私は会った事がないんだけど、常時狂気に犯されているせいでろくすっぽ会話が成り立たないし、仮に会話ができても言葉の意味が分からないって聞くわ」
「ちが……あれ、もしかしたらあんまり違わないのかも……」
紅魔族は狂っているわけではないが、傍から見ればそう思われてもおかしくはない。
大体合っているせいで下手に擁護もできず、同族に蔓延している風評被害に未来の族長は頭を抱えるのだった。
■
ハルカが部屋から去り、ゆんゆんの体調も落ち着きを見せ、あなたがそろそろ自分も部屋に戻って寝ようかというタイミングでそれは起きた。
何の前触れもなく、ズン、という腹に響く強い揺れが船を襲ったのだ。
「……っ、何でしょう、今の」
明らかに風や波によるものではない揺れ方に、部屋の外からは他の客のざわめきと動揺が伝わってくる。
嫌な予感がしたあなたが息を潜めて耳を済ませていると、二度、三度と強い揺れが連続して発生し、水夫や乗客の悲鳴と怒鳴り声があなた達の部屋まで届いてきた。
――モンスターだ、モンスターが出たぞ! 大物だ!!
――今の触手は……間違いなくイカだ。
「私も行きます! 戦えます!」
神器を携え立ち上がったあなたを見て慌ててベッドから跳ね起きるゆんゆんは、一体何を言っているのだろうと思わず不審げに眉を顰めるあなたに怯えるように、びくりと体を震わせた。
「あなたの足手まといにはなりません! だから!」
震える声でいつにも増して真剣かつ必死なゆんゆんは船酔いであなたに看病させたことを気に病んでいるようだ。あるいは醜態を見せてあなたを失望させたと勘違いしているのか。
だがあなたは元よりパーティーメンバーである彼女を一人ここに置いていくつもりなどなかった。
むしろここで戦えないとか行かないでなどと後ろ向きなことを言い出したらそれこそ失望していたところである。まあ彼女に限ってそれは有り得ないだろうが。
説明を受けて目に見えて安堵するゆんゆんに、あなたはそこまで厳しく接した覚えは無いし、むしろゲロ甘と呼べるくらいなのでは、と首を傾げるのだった。
甲板に出ると同時、ゆんゆんは激しく切り込んだ。
「ライト・オブ・セイバー!」
そのまま水夫の背中を襲おうとしていた魚人のモンスター、マーマンを一刀の元に切り捨てる。
はっきり言って雑魚モンスターだ。ゆんゆんの敵ではない。
「大丈夫ですか!?」
「すまねえ、助かった!」
状況を把握する為に周囲を見渡してみれば、甲板のあちこちに水棲モンスターが乗り込んできており、冒険者や水夫と戦いを繰り広げていた。
ハルカの姿も見える。ナイフ一本で立ち回る彼女はかなりの見切りの技量を持っているようで、複数のモンスター相手に一歩も引いていないどころか圧倒している。
あなたが見たところ、それほど危険なモンスターはいない。大物と思われるイカの存在が気がかりだが、海に潜っているのか姿が見えない。
魔物や野生生物の襲撃に耐えられるように、この世界の船は特殊な魔法や水夫のスキルで保護されており、見た目以上に強靭な作りになっている。
この程度の襲撃であれば船底から攻撃されてもちょっとやそっとで穴が開くことはないだろうが、注意といざという時の準備だけはしておくべきだろう。
「あぶねえ魔法使いの嬢ちゃん! 上だ!」
ノースティリスに最初に向かった時といい、自分が新大陸に行く船に乗ると事件に巻き込まれる呪いでもかかっているのだろうか、と思考を飛ばしながら矢のような勢いで飛び掛ってくるトビウオを三枚おろしにしていると、水夫の叫び声が聞こえた。
まさかと思いきや、狙われたのは八面六臂の活躍を見せていたゆんゆんだった。
「っ!?」
一際目立つ戦果をあげていた少女は、水夫の声に反応するも足をもつれさせ、真っ青な顔で口を押さえる。
「う゛っ……」
何が起きたかなど考えるまでもない。激しい動きと揺れで治まりかけていた船酔いがぶり返したのだ。
そんな状態で奇襲を避けられるわけもなく、上から降ってきたクラゲがゆんゆんの頭部をすっぽりと覆い尽くした。
「ンンンーーーッ!!!」
瞬間、クラゲがモザイク状の虹色に染まった。なんかもう色々と酷い。あの中身がどうなっているかはちょっと想像したくない。
驚きで限界を超えてしまい、クラゲの中でリバースしたゆんゆんの痛ましい姿を見てあなたは熱くなった目頭を押さえずにはいられないのだった。