このすば*Elona   作:hasebe

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第112話 re:birth

 リザレクション。

 死者を蘇らせるという、万人が望んでやまない願いを叶える、奇跡のような魔法だ。

 だが夢のような効果とは裏腹に、これは決して万能の救済となるようなものではない。

 

 リザレクションには限界が存在する。

 死者が血液を失いすぎていたり、頭部を失っていたり、頭部が無事でも他の部位の損傷が激しすぎたり、そもそも跡形も無く消滅していた場合、死者の蘇生は叶わない。

 さらに蘇生の機会も一度だけ、習得者も高位のアークプリーストのみと、命の重さを知らしめるかのごとき敷居の高さを誇る。

 そんな魔法を宴会芸の片手間に使う女神アクアは、正真正銘、世界最高のアークプリーストなのだ。

 

 対して、あなたが行使する復活の魔法にリザレクションが持つ制約は殆ど存在しない。

 干からびていようと、ミンチになっていようと、果ては塵一つ残さず消滅していようとも。

 対象が生き返る意思さえ持っていれば、即座に死ぬ前の状態に復元し、現世に呼び戻すことが可能。

 蘇生できないのは時間が経ちすぎている場合だけ。

 

 これだけならイルヴァでも有数の強力な魔法と言えるのだが、かつて願いの女神が業務過多を理由に、関係者各所にクレームをぶちこんだせいで魔法書が発禁を食らった願いの魔法と同じように、復活の魔法には安定供給の手段が存在しない。条件を満たせば習得可能なリザレクションに明確に劣る点だ。

 まあイルヴァの住人はそんなものが無くても好きなだけ這い上がれる。何も問題は無い。

 

 今回の問題は、分水嶺を越えた死体を、あなたが勝手に蘇生してしまったことにある。

 少なくとも、エルフを生き返らせた時のあなたはそう認識していた。

 

 

 

 

 

 

 エルフを保護したあなた達は、意識を取り戻さない彼女を連れて一つ前の町に戻ってきていた。

 緊急事態ということで、それまでは使用を禁じていたテレポートを使わざるを得なかった。新しい街や村に着いた時、順繰りに上書きしていくという形で登録だけしていたのが功を奏した形になる。

 

 そんな宿屋の一室。清潔なベッドの上で静かな寝息を発する青髪のエルフ。

 誰もが見惚れずにはいられないであろう、美しい少女だった。同時にそれは、あなたがよく知っている顔でもある。

 

 たとえ彼女が青髪のエレア──ラーネイレとは別人だとしても、あの時とは互いの境遇が逆になっていることがどこかおかしく、あなたは困ったように小さく笑った。

 

 窓の外から夕日が差し込む今現在、この場にゆんゆんの姿はない。ずたぼろになった衣服の代わりなど、エルフの看病に必要なものを買出しに出かけたばかりだ。

 

 ゆんゆんは最初、どうせならと拠点であるアクセルへの帰還を提案した。当然だろう。誰だって普通はそうする。

 しかしあなたはそれを却下した。自分達がエルフの正体を知らない以上、エルフの目が覚めた時に何が起きるか分からない、と主張して。

 真剣な表情でエルフの潜在的な危険性を訴えるあなたにゆんゆんはしぶしぶながら了承したが、あなたも嘘は言っていない。エルフが魔王軍の関係者でなくとも、危険な人物である可能性もゼロではないのだから。

 

『…………そろそろ、よろしいですか?』

 

 ただ、正直な話をさせてもらうのなら。

 あなたは半透明の姿のまま、何を言うでもなくあなた達についてきて(テレポートにまで同行してきた)、今もじっとあなたを見つめている女神エリスをウィズやベルディア、バニルに会わせることを嫌ったのだ。

 今の彼女はクリスという地上で活動するための体ではない。あなたは彼女が天界から直接意識を送ってきていると予想していた。身バレの危険性は可能な限り摘んでおきたい。

 

 ともあれ、こうして事態がひと段落ついた以上、いつまでもだんまりというわけにはいかない。お互いに。

 覚悟を決めたあなたは、丸椅子に座った体をそのまま女神エリスに向けることで問いかけの答えとした。

 

 

 

 

 

 

 女神エリス直々の神託ともいえるそれは、非常に短い言葉から始まった。

 

『困ります』

 

 ため息交じりの、端的かつ率直に過ぎる一言。

 それだけあなたの突発的な行動が女神エリスを困らせてしまったのだろう。怒らせるよりずっとマシだと思うしかない。

 

『あなたは天界規定……には抵触していませんが、ある意味それ以上のことをやりました。罪ではないのですが、こういうことをされるのは非常に困ります』

 

 わざわざ精神体を降ろして、しかもあなたにだけ見えるようにしてまで抗議を送ってくる理由を、あなたはなんとなくだが予想していた。

 それが当たっていた場合、なるほど、自身の領分を土足で侵された女神エリスからしてみれば文句の一つも言いたくなるというものだろう。

 だがそれはそれとして、具体的な説明が欲しいとあなたは答えた。

 

『今回のあなたの行動に対して、あなたにとってあまり都合がよくない話と、あなたにとって多分都合が悪い話と、あなたにとって確実に都合が悪い話を持ってきました。どれから聞きたいですか? ちなみに聞きたくないという意見は女神権限で却下しますのであしからず』

 

 あまりよくない。多分悪い。確実に悪い。絶望的な三択である。

 こういう場合、普通はいい話、悪い話、凄く悪い話となるものだ。

 そこを女神エリスはわざわざあなたにとって、と三度も連呼してきた。早くも嫌な予感しかしない。

 頬を引きつらせるあなたは、あまり都合がよくない話から聞くことにした。

 

『これは本題、つまりあなたが行使した蘇生魔法についての警告ですね。とはいえ今回の件に関して私達、つまり神々からのお咎め、罰則、監視といったものは一切ありませんので、そこは安心してくださって結構です。警告というよりは厳重注意が近いかもしれません』

 

 あなたにはリザレクションでは決して救えなかった命を救ったという自覚があった。それはこの世界にとってよくないことだろうとも。

 人助けだから神様も見逃してくれた。そんなことを考えるほど頭にお花畑はできていない。

 警告で済んだ理由を尋ねてみることにした。

 

『彼女にとって、これが初めての死だからです。先ほども言いましたが、今回の件、蘇生行為そのものは天界規定に抵触していないんですよ。あなたはリザレクションを超越した蘇生魔法を使いましたが、リザレクションはあくまでも人が生み出した魔法であり、その効力までは私達の関与するところではありませんから。リッチー化の禁呪みたいにアンデッドにもしてないですし』

 

 今の今まで生き返らせたことが問題だと認識していたあなたは、女神エリスのこの言葉に目を丸くすることになる。

 前提条件が完全に崩れた形になるのだが、それでは復活の魔法の何が問題だったのだろうか。

 

『人に限らず、生きとし生ける者が命を終えた時、もしくは生き返る時。その魂は天界に存在する、創造神様がお作りになられた生死の境を分かつ門を通る必要があります。これは私達神々であっても例外ではありません。……にも拘わらず、あなたの魔法はこの門を通すことなく、強制的に彼女の魂を現世に呼び戻しました』

 

 一度言葉を切り、大きくため息を吐く女神エリス。

 ため息を吐くと幸せが逃げるというが、果たして今の彼女に幸せは残っているのだろうか。

 

『あなたに悪気はなかったのでしょう。人助けは素晴らしいことです。ですが、こういうアクア先輩みたいな堂々とした横紙破りをされてしまうと、私達としてはそれはもう、凄く、すっっっっっっごく、困っちゃうわけですね』

 

 自分は人助けをやったのだ。たとえ相手が女神であろうと文句を言われる筋合いは無い。

 そんな風に開き直ることができればさぞ楽だったことだろう。だが生憎と、あなたは女神エリスに対してそこまで傲慢にはなれなかった。

 脱税の際に敵対してぶっ飛ばしこそしたが、これでもあなたは彼女のことを敬愛しているのだ。

 

『創造神様が定めた絶対の理を覆す、異界の法則を起源とする蘇生魔法。それは全ての世界に大きな混乱を引き起こしうると判断されました。あまりにも目に余る行動を繰り返した場合、最悪粛清部隊が投入される可能性があります。……ですが、疑わしきは罰せず(ただし悪魔とアンデッドは除く)が私達の基本方針なので。別に使うなとまでは言いません。混乱というなら地球人の方に与えられる転生特典(チート)が引き起こしたものも大概ですしね。ただ今後の使用については十二分に注意を払ってください。使った際も可能な限り事後報告でいいのでしてくれると助かります……とまあ、長かったですけど、そういう話を私はしに来たわけです』

 

 あなたは頷くことで了承の意を示した。

 大仰に過ぎる、とは思わない。

 むしろ彼女達はあなたの潜在的脅威度をある程度正しく認識していると言える。

 

 ただまあ、イルヴァに帰還しない限り、あなたが復活の魔法を使える回数は片手の指で足りるほどだ。余程のことが起きない限り、この魔法の出番は無い。

 

『そうであることを願います。自身の死を知り、時間をかけて嘆き、悲しみを受け入れた上で選択を終え、さあ天国に行きましょうってタイミングで、今まさに救済を受け入れようとしていた気高く美しい輝きを放つ魂が、本当に何の前触れも無く、自分の目の前で綺麗さっぱり消失した私の気持ち、分かってもらえます?』

 

 人差し指を伸ばし、あなたの頬を突く女神エリス。

 幻影なので当然互いに感触は無くすり抜けるだけなのだが、あなたは申し訳ないと苦笑いで返すしかない。

 

『お説教はここらへんで終わりにして、じゃあ次いきましょうか。多分都合が悪い話です』

 

 本題が終わり、残りはオマケになる。

 誰にとってオマケなのかといえば、やはり神々にとって、なのだろう。

 だが女神エリスにとってのオマケであるわけではないので、そこを一緒にしてはいけない。

 

『今言ったことの繰り返しになりますが、深い傷を負い、血液という血液を川に流しつくした彼女は、自身が既にリザレクションで生き返れない身であることを理解し、悲しみながらも自身の死を納得し、受け入れていました。誤魔化すにしても正直に話すにしても、そのことを留意しておいてください』

 

 まあそうだろうな、とあなたは思った。

 色々と参考にするためにリザレクションの許容範囲を学んだあなたが、これは手の施しようが無いと一目で判断したほどである。

 そして死を受け入れこそしたものの、復活の魔法が効いた以上、やはりラーネイレによく似た彼女は生き返りたかったのだろう。

 

『そして最後になる、あなたにとって確実に都合が悪い話ですが……えー、これはですね……』

 

 ここで初めて女神エリスが言いよどんだ。

 今までの話を上回る何かがあるのか。

 嫌でも身構えざるを得ない。果たしてどんな告白が飛んでくるのだろうか。

 

『あなたが蘇らせた相手の素性になります。名前はカルラ。彼女はリカシィから西方の大陸にあるエルフの国……カイラムの第一王女です』

 

 あなたは小さく呻き、目頭を押さえて天を仰いだ。

 勘弁してほしい。他国の王女がなんだって死体となって川を流れているのか。

 女神エリスの担当ということは、モンスターか悪魔に殺されたということだ。

 そして背中の傷の付き方から見て、犯人はほぼ確実に竜になる。

 

『彼女がどういう経緯で亡くなったのか、私はあえてそれを語りません。ただ彼女が致命傷を負った瞬間を目撃した者は数多く存在し、ある程度の時間が経過した今、既に関係者の間で王女の生存は絶望視されています。あなたが雲隠れしない限り、どう足掻いても厄介ごとや面倒なことに巻き込まれるのは避けられません。理解も納得も不要ですが、覚悟だけはしておいてください』

 

 なるほど、確かにこれはあなたにとって都合が悪い。女神エリスよ、救いはないのですか。

 そんな姿を見て多少は溜飲が下がったのか、幸運の女神は笑いをこぼす。

 

『ふふっ、救いですか? それなら既にあなたが与えてるじゃないですか。定まった死を覆すという、これ以上ない形で。今更私が出る幕なんてありません』

 

 全くもってその通りだった。

 ぐうの音も出ないとはこのことだろう。

 

『今更になって見捨てたり放り出しちゃ駄目ですからね。一度手を差し伸べた以上、最後まで責任を持って助けてあげてください』

 

 見捨てる。放り出す。

 カルラと呼ばれたエルフがあなたの命の恩人であるラーネイレに酷似している以上、あなたの中にそのような選択肢は存在しないに等しい。

 そんな真似が出来るのであれば、あなたは彼女の顔を見た瞬間、反射的に蘇生したりはしていなかった。

 

『ああ、なるほど。そういう理由でしたか……。ちなみに私事(わたくしごと)で恐縮ですが、私は一流の悲劇より三流の喜劇の方がずっと好きだったりします。こんな仕事をしている以上、悲劇なんて嫌っていうほど見てきましたからね。なので今回の件についてはちょっとだけあなたに感謝しているんですよ。心底驚きましたし仕事も増えましたけど。これから事後処理で徹夜ですし。私だけ』

 

 どんよりとした空気を背負う女神エリスだが、そういうのは女神アクアやカズマ少年に期待してほしいとあなたは言った。彼らならばどんな悲劇も一流の喜劇に仕立て上げてくれることだろう。

 そもそもノースティリスの冒険者に喜劇を期待するなど、ナンセンスにも限度というものがある。

 

『そうですか? 私はあなたも結構いい線いってると思うんですけど……っと、ここまでみたいですね』

 

 部屋の扉を見やる女神エリスに倣って扉の向こうの気配を探ってみれば、足音とともに何者かがこちらに近づいてきており、やがて部屋の扉を控えめにノックする音がした。扉の外から聞こえてきたのはあなたの予想通りの声。

 そう、買出しに出かけていたゆんゆんである。

 

「すみません、遅くなりました」

 

 ゆんゆんを出迎えたあなたは再び女神エリスがいた場所に目を向けてみたものの、慈愛に溢れた幸運の女神の姿は既に消え去っていた。

 

『カズマさんはぽんぽん死んでぽんぽん生き返っちゃいますけど、彼は特例中の特例。私があなたを導く日が永遠に来ないことを、私はあなたが信じる女神様に願っていますよ』

 

 そんな言葉だけを、あなたの耳に残して。


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