このすば*Elona   作:hasebe

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第118話 ★《ダーインスレイヴ》

「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」

 

 うらぶれた安宿の一室。

 少しの間周囲を見渡した後、自分を追っていた者達の姿が無いことを認めた少年は、ボロボロのベッドに正座をして深々と頭を下げた。

 身なりこそみすぼらしいものの、高度な教育を受けたもの特有の所作、整った顔、白い肌、金色の髪、透き通った翡翠の瞳もあわせて生まれと育ちのよさをまるで隠しきれていない。

 

「ふふふ、とんだ甘ちゃんですわね。まるで砂糖がけ蜂蜜練乳ワッフルのような甘さ」

 

 名前を聞いただけで胸焼けがしそうな菓子を引き合いに出し、リーゼがニヤリと嗤った。

 

「いつ誰が貴方を助けたと言ったのかしら。どうして貴方を追っていた者達とわたくしたちが無関係だと思えるのです? 一言もそんなことは言っていないというのに」

「そんなっ!?」

「リーゼさん!?」

 

 少年の端正な顔が絶望に染まり、ゆんゆんがまさかといった声をあげる。

 

「いやまあ嘘なのですけど。ちなみに彼らですが、貴方との関係を問い質したら襲ってきたのでそこの彼と共にぶちのめしましたわ」

「……はい?」

「ぶちのめしましたわ」

 

 いえーいとイイ笑顔でサムズアップを決めるあなたとリーゼに面食らった少年は困惑の表情でゆんゆんを見やるも、彼女は無言で首を横に振るだけだった。

 

「私が止める暇も無くて。もしかして貴方のお友達だったりしましたか?」

「いえ、むしろ敵、とまでは言いませんが、相容れない者達であることだけは確かです」

「ならよかった……いや全然よくないけど」

「それで、肝心の貴方が追われていた理由ですが。まあ今更聞くまでもありませんわね」

 

 室内の全ての人間の視線が、ベッドに放り投げられたまま転がっている剣に、鞘に収まったダーインスレイヴに注がれる。

 

「よもやダーインスレイヴとは。いったいどこから引っ張り出してきましたの?」

「確か百年くらい行方が知られていなかったはずですよね」

「それは……」

 

 苦渋を顔に滲ませ、言葉を詰まらせる少年。

 自身がダーインスレイヴの名を呼んだせいでバレてしまったと考えているようだ。

 

「…………」

 

 しばらく黙りこくっていた少年は、やがて視線をあなたに向けてこう言った。

 

「それを話す前に、その……そちらの方なのですが……本当に大丈夫なのですか?」

 

 爆発物に触るが如く、恐る恐るの問いかけ。

 何の話だろうとあなたは首を傾げた。頭は間違いなく大丈夫だが。

 

「普通にダーインスレイヴのことだと思いますよ。思いっきり抜いてましたし。一度抜けば生き血を浴びるまで鞘に収まる事は無いと言われる危ない魔剣を。一度抜けば生き血を浴びるまで鞘に収まる事は無いと言われる危ない魔剣を! 私はやっちゃ駄目ですよって言ったのに!」

「……? 貴方達は僕の持つ剣がダーインスレイヴだと気が付いていたんですか?」

「ええまあ。割と資料は残っているものなので。とはいえ正直なところ、本物かどうかは半信半疑でしたけど。実際本物なんですの?」

「間違いありません。これは正真正銘、本物のダーインスレイヴです」

「じゃあ生き血を浴びないと鞘に収まらないっていうのは……」

「いえ、世間に伝わっているその話は間違っているんです。ダーインスレイヴは決して生き血を求めるような魔剣ではありません」

 

 確かに鑑定の魔法で調べた限りではそのような効果は存在しなかったし、剣を握ってもそのような衝動は襲ってこなかった。

 

「おかしいですわね。ならばどうして先ほどの貴方はあんなにも剣を持った彼に怯えていたのです?」

「ダーインスレイヴは血を求めませんが、ダーインスレイヴの担い手は、潜在能力開放の副作用なのか、精神の根幹が闘争に支配されてしまうんです。……実際に僕はそうなってしまった人を見ました」

 

 闘争心とは無縁といった風の、極めて自然体のままのあなたを三人が見やる。

 あなたはこれといった反応を示さず、もう一度剣を抜いてみていいか尋ねた。

 

「…………どうぞ」

 

 何かしら思うところがあるらしく、強い警戒の中にどこか期待を含んだ声色で了承を示す少年。

 再びダーインスレイヴを解き放つも、やはりあなたの心身に変容は発生しない。

 そうして再び鞘に収めると、表情を強張らせていたゆんゆんと少年がほっと安堵の息を吐いたので、あなたは三度ダーインスレイヴを抜いた。

 

「ねえなんで? なんでまた抜いたんですか? 今絶対そういう流れじゃなかったですよね?」

 

 真顔で問いかけるゆんゆんに、ヘイヘイゆんゆんびびってるーと煽らんばかりの、極めて軽いノリで何度も何度も曰くつきの魔剣を抜き差ししながらあなたは答える。

 コロコロと変わるゆんゆんと少年の表情の変化が楽しいのでなんとなくやっているだけだと。

 ノースティリスの友人達のノリに近いリーゼに、あなたは若干引きずられていた。

 

「子供ですか! たまにそういうめぐみんみたいなことしますよね!」

「気持ちはとてもよくわかりますわ」

「リーゼさんまで!?」

 

 あなたがひとしきりダーインスレイヴとゆんゆんで遊び終えたタイミングを見計らい、彼は意を決した様子で自己紹介を始めた。

 

「僕はレオ・ジュノー。この百年間、北の国、ルドラの辺境でダーインスレイヴを秘匿し続けてきたジュノー家の末子です。先祖はダーインスレイヴの担い手、アマネケントの仲間だったと聞いています」

 

 ベルゼルグと今回の旅にあたって多少下調べをしたリカシィ、そしてカルラ関係で伝手が出来たカイラム以外の国について、あなたは限りなく無知に等しい。ルドラだのジュノー家だのと言われてもさっぱりである。

 ただその独特の名前の響きからして、かつての担い手は恐らくニホンジンだったのだろう。

 

「ルドラはリカシィの北にある、国土の大半が雪に覆われた国です。ただリカシィの北は険しい山脈で蓋をされていて港がないし、何よりルドラは一年を通して周辺の海域が荒れ狂っている竜の谷を挟んだ先の大陸にあるので、リカシィとはあまり国交がないはずです」

「アマネケントはベルゼルグの冒険者ですわね。詳細は伏せますがダーインスレイヴの担い手の例に漏れず、悲惨な最期を遂げたそうですわ」

 

 物知りなゆんゆんとリーゼが補足を入れてくれた。

 だがそんな二人もジュノー家については初耳らしい。

 

「およそ半年前のことです。僕達の住んでいた町を、大規模な魔物の群れが襲いました。その数は……」

「ストップ。長話になりそうな気配を感じました。日が暮れそうなので要点だけ纏めて巻きでお願いしますわ。格好を見て分かるかと思いますが、わたくしこれでも結構高貴な身分なので。そろそろ戻らないといけないのです」

「え、あ、はい。わかりました」

 

 キリリとした表情でフリーダム全開な発言を飛ばす貴族の老人に、レオとゆんゆんはなんともいえない微妙な表情になった。

 かくいうあなたも似たようなことを考えていたのだが、実際口に出すあたりまるで空気を読む気が無い。

 無駄にシリアスな空気になることを嫌ったのか、あるいは単にめんどくさいだけなのか。

 どちらにせよノースティリス適性が高そうな女性である。

 

「ええと……魔物の襲撃に際し、このままでは勝てないと悟った僕の兄が家に封じられていたダーインスレイヴを持ち出したんです。そのおかげで町は救われたんですけど、今までの担い手と同じように、兄もまたダーインスレイヴがもたらす力に魅入られ、闘争心に呑まれてしまいました」

 

 あまり悲劇的な結末で終わってはいないのだろう。

 淡々と事実を語るレオの声からは強い負の感情が読み取れない。

 

「魔剣に執着し、魔物との戦いに明け暮れる兄に、このままではかつての悲劇を再現するだけだと僕の両親はダーインスレイヴを再び封印せんとし、それを拒む兄との三日三晩の戦いの末、殆ど相打ちのような形で兄から魔剣を取り上げる事に成功しました」

「ご両親とお兄さんは、その……」

「ご心配なく。懸命の治療の甲斐あってか、幸いにして三人とも一命は取り留めましたので」

 

 気まずさを隠せないゆんゆんを安心させるように、レオは柔らかく微笑んだ。

 隣のリーゼが小声で発したこの子絶対女の子にモテまくりますわよ、ナチュラルハーレム野郎ですわ、という言葉は聞かなかったことにしておく。

 

「ただ残念な事に二度と剣を振るえない体となってしまいましたが。更にダーインスレイヴで災厄を引き起こしかけたことを国から咎められ、ジュノー家は最低限を残して殆どお取り潰しのような形となってしまいました」

「ダーインスレイヴが引き起こした悲劇の数々を思えば当然の沙汰ですわね。むしろ歴代の担い手と比較すれば相当マシな末路とすら言えますわ」

 

 真顔でぶったぎったリーゼにレオは苦笑し、頷いた。

 

「そうですね、僕もそう思います。何より死者が一人も出なかったのは本当に運が良かった」

「ダーインスレイヴの逸話には一族郎党皆殺しとか国を真っ二つに割る内戦とか、そういう悲惨すぎるものが当たり前のように出てきますもんね……」

 

 常であればリーゼの無神経な言葉に難色を示すであろうゆんゆんが素直に同意するあたり、ダーインスレイヴが流してきた血の量が窺える。

 あなたは俄然この曰くつきの魔剣が欲しくなった。

 

《────》

 

 流した血の量なら負けていない。むしろ自分の方が圧倒的に勝っている。

 愛剣がそんな意思を飛ばしてきた。

 今日の愛剣は珍しく活動的だ。あなたがダーインスレイヴに熱をあげていることが余程気に食わないらしい。

 愛剣はあなた以外に使われることを拒絶するどころか柄に触れられただけで下手人とあなたを爆死させるほどに愛が重い魔剣なので、誰彼構わず受け入れて担い手にするダーインスレイヴは殊更受け入れがたいのだろう。

 

「ダーインスレイヴはジュノー家から没収され、密かにルドラ所有のものとなりました。ルドラのものとなったのですが……そのおよそ一ヵ月後、傷だらけになった一人の魔法使いがジュノー家の戸を叩きました。鞘まで血に塗れたダーインスレイヴを持って」

 

 そこまで語ったレオは深い溜息を吐いた。

 

「彼は語りました。どこからか話を聞きつけた野心溢れるルドラの貴族が、宝物庫に収められたダーインスレイヴを盗み出した挙句鞘から解き放ち、魔剣の力をもって偉業を成し遂げんと目論み、千の私兵を率いて竜の谷へ向かうも、三日と経たず貴族を含めたほぼ全員が命を落としたのだと」

「いわゆる手の込んだ自殺ってやつですわね。ダーインスレイヴ絡みでは実にありふれた結末ですわ。家臣を巻き込んだことは控えめに言ってゴミクズですけれど」

 

 他国とはいえ大貴族であるリーゼの耳に入っていないあたり、この件は内密に葬られたのだろう。

 

「三日で千人もの人たちが……」

 

 やっぱり行くの止めません?

 そう言いたげな目で見てくるゆんゆんにあなたは笑顔で首を横に振る。

 ハードルが上がれば上がるほどテンションが上がる師の姿に、紅魔族の少女はがっくりと肩を落とした。

 

「二度とこんな事が起きないよう、なんとかして魔剣を隠してくれ。竜の谷の生き残りだという彼はそう言って戸惑う僕にダーインスレイヴを押しつけ、テレポートでどこかに姿を消しました。すぐさま僕達はルドラに報告したのですが、再発を防ぐため、そして百年間秘匿し続けた手腕を鑑みて、やはりダーインスレイヴの扱いについては僕達に一任すると認めました。そのお陰でジュノー家はある程度持ち直したのですが……正直完全に持て余したんだろうなって思いました」

「私もそう思います」

「同じく」

 

 端的に記すのならば、ルドラは恐れ慄いたのだろう。

 魔剣の力と名声に魅入られた者たちの底なしの欲望、そしてそれらがもたらす破滅に巻き込まれることを。

 

「最初は僕達も元鞘に収まったと思っていたのですが、それはあまりにも甘い見通しでした。誰かが口を滑らせるまでもなく、ごく短い間とはいえダーインスレイヴを使っていた兄の姿を通じて、魔剣を持つジュノー家の噂はとうの昔に広まっていたのです。それも表ではなく、裏の世界に」

 

 魔剣に目が眩んだ者の愚かさ、恐ろしさをよく知るジュノー家はそれを知るや、殆ど夜逃げのような形で姿を眩ませたのだという。

 

「当初、僕達はベルゼルグに逃げる予定でした。日夜魔王軍との戦いに明け暮れるあの国は、反社会的勢力に極めて敵対的なので」

「人手や優先度の問題で賊程度なら放置されがち()()()のですけどね。マフィアやそれに類するものに対しては貴方の言う通り徹底的ですわよ」

「はい。ですがそれは相手も重々承知していたらしく。いくつかあるベルゼルグへのルートは完全に塞がれてしまっていました」

 

 そうして追っ手を掻い潜りながらの逃避行を続ける中、彼らはやがて海を隔てた南の大陸、リカシィに辿り着くこととなる。

 

「ですがやはり傷も満足に癒えないままの逃避行は無理があったのでしょう。船での旅、そして別大陸の慣れない環境もあってか、リカシィに来て間もないうちに両親と兄の体に限界が来てしまいました」

 

 これ以上の無理はできない。

 追っ手に捕捉されるのも時間の問題となった中、レオは一つの決断を下した。

 すなわち、唯一満足に体を動かせる自分がダーインスレイヴを持って追っ手の目を引きつける事を。

 

「随分とまあ無茶な真似をしましたわね。嫌いではないですけど」

「ですが僕とダーインスレイヴが囮になっている間に、家族は無事にベルゼルグに逃げ延びました。今頃は辺境の地で体を休めている筈です」

「それでなんやかんやあってベルゼルグへのテレポートサービスをやっているトリフに辿り着いたはいいものの、路銀も底を突き、いよいよ追い詰められて進退窮まったところでわたくし達に出会ったと」

「……はい。これで僕の話は終わりです。正直あの時は本当にもう駄目かと思いました。あと目が覚めた直後、ダーインスレイヴが抜かれているのを見た瞬間も何もかも終わったと思いました」

「分かります。凄く分かります。私も色々終わったって思いました」

「しかし巻きでと言ったのに結構長い話になりましたわね」

「すみません、これでも頑張ったつもりだったんですけど」

 

 レオは軽く謝罪し、次いで本題であろう問いを投げかけた。

 今もダーインスレイヴを手に取ったままのあなたに。

 

「それで、僕の話を聞いてもらった上でお聞きしたいのですが、ダーインスレイヴを持っても平気なあなたは一体……」

 

 何者と問われても、今のあなたはベルゼルグの冒険者ギルドに所属している、ちょっと腕に自信があるだけのしがない一般冒険者に過ぎない。

 女神に選ばれた勇者だとか世界の命運を背負っているだとかの背景は持ち合わせていないのだ。この世界においては。

 

 だがそんなあなたの割と真面目だった回答はリーゼとゆんゆんのお気に召さなかったようだ。

 露骨に白けた雰囲気が部屋に漂った。

 

「そこのちょっと腕に自信があるだけのしがない一般冒険者さん、冒険者カードを見せてくださる?」

 

 リーゼに乞われるまま、冒険者カードを投げ渡す。

 相変わらずステータスの項目は読み取れないが、その他の項目も見られて困るようなことは書いていない。スキルポイントも使い切っているので変なことはできない。

 この旅の途中、ふとしたタイミングで女神エリスに天界に招かれた時に冒険者カードの不具合について話しておけばよかったと考えるも後の祭。アクセル帰還後に相談してみる予定である。

 

「つ、強すぎる……これのどこが一般冒険者なんですか!?」

「ベルゼルグの冒険者を見たのは初めて? 確かにステータスやレベルはかなりのものですが、これくらいの冒険者ならそこそこいますわよ。この数字が彼の全てを記しているのなら、の話ですけどね。ただそれ以上に本当の意味でやべーのは討伐欄ですわ。ほらこれとか」

「デッドリーポイズンスライムのハンス……まさかあの魔王軍幹部ですか!?」

「そのまさかですわ。それ以外も殺りも殺ったりといった有様で。噂には聞いていましたが、聞きしに勝るとはこの事ですわね。冒険者になって一年ちょいでこれとかそりゃ頭がおかしいって言われますわよ。わたくしも見てておハーブが生える勢いですわ。特に生息域が極めて狭いオークの殺害数が998とか、オークに個人的な恨みでも持ってらして?」

「オークはあの時の……っていうかソロでこれって本当に常軌を逸してますよね。もしかしてしがないって一般的な意味じゃなくて言葉通り死が無いってことだったりします?」

 

 人の身分証明書を肴にあーだこーだと言いたい放題である。

 

「つまるところ、彼はベルゼルグの中でもやべー奴扱いされてる超強い冒険者ってことですわ」

「よく分かりました」

 

 レオは数秒ほどあなたが持つダーインスレイヴを見やったかと思うと、おもむろに床に土下座をしてこう言った。

 

「その上であなたにお願いがあります。どうかダーインスレイヴの担い手になっていただけませんか?」

「え゛!?」

「なるほど、そう来ますのね。ですがレオ、貴方自分が何を言っているのか、その意味を分かっていらして?」

「……分かっている、つもりです。彼が魔剣を狙う者たちから追われるようになることは、痛いほどに。それでもどうか、どうか」

 

 喜んでありがたく。

 ニコニコ顔のあなたは即答し、目にも留まらぬ早業で魔剣を腰に差した。もう絶対に返さないという言外のアピールである。

 

「まあそう答えますわよね。知ってたと言わざるを得ませんわ」

「あわわわわわ……」

 

 垂涎もののレアアイテムを手に入れた時特有の、麻薬の如き達成感と高揚があなたの全身を満たす。冒険者をやっていてよかったと感じる一瞬である。

 

《────!》

 

 しかし案の定と言うべきか、愛剣が猛烈なクレームを飛ばしてきた。

 過去の経験則から判断して、これは軽く頭蓋が爆砕するレベルの癇癪だ。げきおこぷんぷんまるである。

 あなたはその程度で死ぬようなヤワな体ではないが、この場でいきなり流血沙汰になるとごまかすのが非常にめんどくさいので頑張って宥めすかす。まるで自分が浮気者になったような錯覚をあなたは覚えていた。誤解もいいところである。

 もちろんその間もあなたの笑顔は崩れない。

 

「どどどどういうことですか!? 駄目ですよそんな早まったことしたら今からでも遅くありません考え直しましょうこの人は絶対ダーインスレイヴを渡しちゃいけない人間? ですよ!? ほら見てくださいよあのずっと欲しかったオモチャを与えられた子供みたいなキラキラした無垢で純粋な笑顔うわあ何あれこわっ、ちょっと待って本当に怖い!! 絶対よくないこと考えてますよ!! これでどんなやつをぶっ殺そうかなーとかそういうのを! そしてなんだかんだでまた私が酷い目に遭わされるんでしょそういうのわかっちゃうもん!!」

「少し落ち着きなさい。剣を抜いても彼が呑まれないのは分かっているでしょうに」

「だってえ……」

「まあ気持ちは多少なりとも分からないでもないですけれど。レオ、初対面の相手に魔剣を渡すなんてどういうつもりですの? まさか厄介払いとか考えてませんわよね」

「ジュノー家に代々伝わる家訓なんです。ダーインスレイヴは真にあるべきところに。剣は正しく使いこなせる担い手の元へ」

「それが彼だと?」

「はい。仰るとおり、出会って間もない間柄ですが、僕はそれが彼だと確信しています。正気に戻った兄もこう言っていました。仮にダーインスレイヴを本当の意味で使いこなすことが出来る者がいるとするのなら、それは英雄でも勇者でもなく、精神的な超人。剣の力に魅入られる事の無い、鋼の理性を持つ者だろうと」

「……ええ、まあ、そうですわね。良い意味でか悪い意味でかは奈落の穴にでも投げ捨てておくとして、精神的な超人ではあるのでしょう」

「精神的な超人……鋼の理性……えぇ……? いやいや、物は言いようとはいうけど流石に限度ってものがある気が……」

 

 実のところ、あなたは自分がダーインスレイヴに呑まれない理由を、剣の力に頼るまでもなくとっくの昔に精神の根が闘争に支配されているからだろうと予想していたりする。

 だが何度苦痛に塗れた悲惨な死を迎えても決して埋まる(終わる)ことを選ぶことなく、鍛錬の果てに頂に至った廃人が精神的な超人だと言われたら、あなたとしても頷くしかない。

 

 それはそれとして話は全く別の方向に変わるのだが。

 レオに限りなく崇拝に近い眼差しで、リーゼには半笑いで、ゆんゆんにいたっては世界の正気を疑う目で見つめられている、その鋼の理性を持つ精神的な超人は、現在進行形で人知れずピンチに陥っていた。

 

《────!!》

 

 ここ最近は血を吸わせていなかったのもあって、ダーインスレイヴの入手が切っ掛けとなっていよいよ不満が爆発してしまったのだ。竜の咆哮すら容易く掻き消す声無き喚叫があなたの心身をしたたかに打ち据える。物理的に。

 下手に喀血などしようものなら変に勘違いされてダーインスレイヴの譲渡がなかったことになりかねない。それだけは絶対に避けねばならないと、説得を続けながらも気合と根性で負荷に耐える。

 

 そうしている中、ふと負荷が和らいだ。

 愛剣が矛を収めたのかと思いきや、担い手の危機に反応したダーインスレイヴが必死に加護を送ってきたのだ。

 魔剣が持つ治癒の力があなたを満たす。

 

《────!? ────!!!!!》

 

 だがそれが愛剣の逆鱗を十六連打した。

 癒しの力は一瞬で塗り潰され、あなたの幾つかの内臓がミンチになる。

 

 分かりやすく説明すると、今のあなたは癒し系銀髪清楚(聖剣要素)博愛美少女と関係を持ったせいで青髪(エーテル要素)長身長髪(大剣要素)の独占欲が強すぎる幼馴染のお嬢様に涙目でのしかかられて「バカバカバカ! ご主人様は新しい(神器)を見たらいっつもそう! こんな誰にでも体を許すクソビッチのどこがいいの!? 私というものがありながら浮気ばっかりするご主人様なんて嫌い嫌いだいっ嫌い! 今日という今日は絶対許してあげないんだから!!」と詰られつつ包丁で全身を滅多刺しにされているような状況だ。いつものことながら愛情表現が過激すぎて困る。

 他人の目が無く巻き込み被害が発生しないであろう竜の谷では使用を解禁する予定なのだが、そこまで待ちきれなかったのだろう。

 愛剣は誰がどこからどう見ても血と殺戮に飢えているろくでもない呪われた魔剣なのだが、これはこれで主人であるあなたのことを想ってのこと。愛剣の中には真実あなたのことしか存在しないのだから。

 あなたを愛すること。あなたに使われること。あなたの敵を殺すこと。これだけが彼女の全て。

 それを思えば多少理不尽な嫉妬でミンチにされたところで、可愛いワガママ、愛嬌の一つと笑って受け入れられるものである。生憎友人達からは賛同を得られなかったが。間違いなく日常的に愛剣を使って殺し殺されをしているせいだ。

 

 

 

 

 

 

 その後、なんとか無事に説得という名の愛剣との刺激的なコミュニケーションを終えたあなたは、追われている身であるレオをテレポートでベルゼルグに送り届けた。

 ついでといってはなんだが、当座をしのぐ資金として一千万エリスほど持たせている。

 ポンと渡すには大きすぎる額にレオは恐縮していたが、ダーインスレイヴの価値と比べればたかだか一千万エリスなど無に等しい。

 

「よりにもよって頭のおかしいエレメンタルナイトにダーインスレイヴが渡ったと知れたら、人魔問わない無差別襲撃百連戦とか発生しそうですわね。昔の文献から予想するに、恐らく魔王軍も狙ってますわよ、それ」

 

 別れ際、リーゼがそんな警句を残した。

 分かっていると首肯しつつも、あなたはなんとなく気になっていたことを尋ねてみた。

 曰く、リーゼにレオを女装させないでよかったのかと。

 

「パスで。ああいうのはわたくしの好みからは外れています」

 

 けんもほろろに切り捨てられた。

 全く興味が湧かないといわんばかりに。

 

「シミ一つ無い白磁の肌。少女と見紛う華奢な体躯。手入れをすれば金糸の如く煌くであろう髪。鈴の音のボーイソプラノ。将来が約束された中性的な美貌。いずれの特徴もむっさいガチムチマッチョとはまるっきり正反対、ケチのつけようがない、百点満点、いいえ、それ以上に女装が似合う理想の素材と言えるでしょう。ですが最初から似合うと分かりきっている相手に女装させるなど、そんなの面白くもなんともありませんわ。それならむしろあなたの方が……」

 

 真に迫った声色に背筋に悪寒が走ったあなたは、ゆんゆんの手を引いて逃げ出した。あなたは願いで性転換をしたこともあるが、女装は好きではないのだ。

 リーゼの背負う業はまるですくつのように深く、昏い。

 

 

 

 

 

 

 ホテルに戻って一休みし、共に寛ぎながら明日の予定を話し合っていたところでゆんゆんが口を開いた。

 

「実際どうするつもりなんですか?」

 

 あなたがダーインスレイヴの担い手となることについては早々に諦めた彼女の言う通り、このまま放置して良い問題ではない。

 

「ダーインスレイヴを隠しておくならこの先もずっとレオ君とその家族は狙われ続けるでしょうし、かといってあなたが持っているとバレたら、まああなたは大丈夫でしょうけど、あなたと仲の良いウィズさんが狙われちゃうかもしれませんよ? ……うわあ酷いことが起きる未来しか見えない」

 

 無論あなたもそれについて何も考えていなかったわけではない。

 ウィズに危機が迫ると自動的に世界が滅びるので、早速手を打ちに行くつもりだ。

 ダーインスレイヴという素晴らしい魔剣を譲ってくれたレオにも恩返しをする必要がある。

 

 あなたは明日一日中一人で行動するので、大人しくホテルで留守番をしていてほしいとゆんゆんに告げた。恐らく日付が変わっても帰ってこないだろうとも。

 社会見学にはもってこいのタイミングだが、これからあなたがやろうとしていることにゆんゆんがいると申し訳ないが邪魔になってしまうのだ。

 勿論妹はお目付け役として置いていく。

 そう伝えると、妹が落胆のあまり両膝を突く幻が見えた。

 

「分かりました、そういうことなら大人しく待ってます。でもどこに行くんですか?」

 

 あなたが向かう先はトリフの闇、無法者の巣穴。

 南西のスラム街である。

 

「あっ……もしかして私がいると邪魔ってそういう意味!?」

 

 何故かゆんゆんの顔が真っ赤になった。

 

「夜遊びですか!? 朝帰りですか!? ウィズさんに言いつけますよ!!」

 

 スラムに行くと言っただけでこの反応。ゆんゆんは何を想像しているのだろう。

 あなたは心底からの呆れ顔で溜息を吐き、断じてそういう目的で行くのではないし、過激な本を読むのは程々にするようにと極めて真っ当で健全な注意をしてむっつりスケベの少女を撃沈させた。

 

 

 

 

 

 

 広大無辺な帝都トリフに何故スラムが生まれたのか。いつからスラムが在り続けるのか。

 ベルゼルグの冒険者にして旅人であるあなたはそれを知らない。興味も無い。

 だがその澱んで腐りきった空気、土地そのものに染み付いたすえた臭い、堕落と暴力が全てを支配する退廃した世界は、あなたに郷愁を抱かせるに十分すぎるもの。

 

 ノースティリスの掃き溜め。ならず者の楽園。

 王都パルミアから南西、山岳地帯に位置する無法者が集う犯罪者の街、ダルフィ。

 翌日になってあなたが足を踏み入れたトリフのスラムは、そこにとてもよく似た雰囲気の場所だった。

 

 少し近くからは娼婦のものであろう嬌声が。

 少し遠くからは複数の人間が争っているのか、怒号と悲鳴が。

 そして足元からは、見ない顔であるあなたにナイフをちらつかせて恐喝を行おうとしたチンピラ達の、苦痛と悔恨に満ちた呻き声が。

 

 争いに巻き込まれないようにひっそりと息を潜めつつもあなたを警戒する複数の気配を無視し、あなたはスラムの奥へと進んでいく。

 ベルゼルグでは決してお目にかかれないいくつもの光景を目の当たりにし、あなたの足も自然と軽くなるというものだ。

 精神の均衡が早くもノースティリスの側に傾き始めていることを強く自覚しつつ、あなたはやはりゆんゆんを連れてこなくてよかったと強く考えていた。

 

 その腰に、金字で複雑な魔法陣が刻まれた漆黒の鞘に収まった長剣を携えて。

 

 

 

 

 

 

 一方、あなたに置いてけぼりにされたゆんゆんは、約束を守ってホテルの自室で待機していた。

 だが決して寂しくでも退屈でもない。あなたが目付け役として妹を置いていったからだ。

 

「ねえねえ妹ちゃん。お兄さんは何をしようとしているのか分かる?」

 

 最早何のためらいもなく自身の日記帳の開いたページに語りかけるゆんゆん。

 このままでは頭のおかしいエレメンタルナイト、頭のおかしい爆裂娘に続く三人目の頭がおかしい何かが生まれる日も遠くないだろう。

 しかも今度は揶揄ではなく、本当に触れてはいけない感じの意味合いで頭がおかしいと呼ばれることになる。電波ゆんゆんだ。二重の意味で。

 

『そりゃ勿論話し合いだよ。お前らを殺さないでいてあげるから狙うのを止めろって誠心誠意真心を篭めて説得するの』

「絶対嘘だよねそれ。しかも最大限好意的に解釈しても説得じゃなくて恫喝と脅迫だよね」

『当たり前じゃん。一々そんなのやってたらキリが無いよ。それより最初から狙う気すら起きなくなるほど派手に暴れた方が確実だし手っ取り早いでしょ、常識的に考えて。でもまあ今回は別のやり方を選ぶんじゃないかな。スラムを綺麗さっぱり更地にするだけなら朝飯前だけど、それはそれで面倒な事態になるだろうし』

 

 過去に実行したことがある気配がぷんぷんする。常識とはいったい。

 精神衛生上の問題が出そうだったので、ゆんゆんはそれ以上の追求を避けた。

 

『私の考えが正しいなら、お兄ちゃんはスラムの中でダーインスレイヴを腰に下げるなり背負うなりして他人に見えるように持ち歩くだろうね。そして酒場みたいな人が沢山集まる場所に行くんじゃないかな。自分が持ってる剣がダーインスレイヴだとは知らない風を装って』

「え、それって大丈夫なの!? 色々破綻してない!?」

『してないよ。私達が使えるイルヴァの魔法の一つに、インコグニートっていう変装用の魔法があるんだよね。勿論お兄ちゃんもこれを使うことができるし、こっちで全然使ってないからストックもいっぱい残ってる。お兄ちゃんの生写真を賭けてもいいけどお兄ちゃんはこの魔法を使う。その上でガチガチに変装を固めるはず。万が一インコグニートを見破る相手がいても問題が無いように』

 

 イルヴァの魔法について回るストックの概念についてはゆんゆんも聞かされている。

 なんでそんなめんどくさい仕様になっているんだろう、と首を傾げたが。

 

『そうこうしていると、事情を知っている奴らの間にお兄ちゃんがダーインスレイヴと思わしき剣を持っていることが広まっていく。もしかしたらさりげなくお兄ちゃんが吹聴していくかもしれないね。でも確定情報ではない。脊髄反射で生きてる頭空っぽの真性馬鹿は襲ってくるかもしれないけど、まあそういうのは遠慮なくぶちのめしていくとして。ちょっと頭の回る奴が世間話の体で随分立派な剣だけどどこで手に入れた? みたいな白々しい質問をしてくるんじゃないかな』

 

 ゆんゆんはその情景がありありと想像できた。

 むしろ今この瞬間、妹が話す内容が実際にスラムの中で起きている気がしてくる。

 どう考えても穏便に進むとは思えない。

 

『そしたらお兄ちゃんはきっと嬉々としてこう答える。路地裏で偶然出会ったみすぼらしい金髪の子供が快く譲ってくれたって。嘘偽り無く正直だね流石お兄ちゃん愛してる。でも魔剣が欲しい連中はジュノー家が魔剣を後生大事に守ってきた事を知ってるわけで。さてゆんゆん、お兄ちゃんの言葉を聞いたそいつらはどう考えるかな? ただし知能はゴブリン以下だと仮定する』

「ゴブリン云々は置いておくとして……無理矢理レオ君から奪い取ったって頭の中で変換する……?」

『十中八九そうなるだろうけど、鵜呑みにされてもそこまで困ることはないかな。どんな形にせよ、ダーインスレイヴがジュノー家の手から離れたって暗に伝えることが主な目的なんだから』

「そ、それで……?」

 

 ごくりと固唾を呑む。

 果たして、一連の流れの結末とは。

 

『ダーインスレイヴ目当てに襲ってくる奴を片っ端から全部ぶっ飛ばして、接触してくるマフィアとかあるか知らないけど裏ギルド? とかなんかそういうスラムの支配者的なのもなんやかんやで全部ぶっ飛ばして、終わり! 朝日が昇る中、瓦礫の中心で響き渡る狂笑! ブラボー! 積み上げた無数の悪党の上で童心に帰って高笑いするお兄ちゃんは最高に輝いてるよ! かくしてスラムを滅茶苦茶に荒らしまくった新たなダーインスレイヴの主はトリフを離れ、何処かに姿を消したのでした! めでたしめでたし!』

「雑ぅ! 最後いきなり雑になった!! 妹ちゃんこれ絶対私の相手するのが面倒になったでしょ! しかもそれって最初に妹ちゃんが言ってた最初から狙う気すら起きなくなるほど派手に暴れるやつじゃない!?」

『ゆんゆんは馬鹿なの? 頭お花畑なの? そんなわけないじゃん』

「えっ……? 私の相手するの面倒じゃないの……? だったら私のお友達に……」

『は? クソ面倒に決まってるし友達とか寝言は寝ていいなよ。もしくは来世に期待したらいいんじゃない?』

「死ねと!?」

 

 欠片も容赦の無い口撃を受けたゆんゆんはテーブルに突っ伏した。

 

『私が最初に言ったのは皆殺しパターンで、今回お兄ちゃんが選ぶのはみねうちであえて生かしておいて語り部を増やすやり方。ウィズお姉ちゃんが狙われたら間違いなくお兄ちゃんは前者を選ぶけど。それも世界相手に』

「怖っ……何が怖いって実際そうなるって確信出来るのが怖い」

 

 何故なら初対面の時に似たような話をした覚えがあるから。

 ゆんゆんは妹が語る恐ろしい未来予想図にたまらず震え上がり、そして祈る。どうかそんな日が訪れることがありませんように、と。

 

 

 

 

 

 

「──っていう話を昨日妹ちゃんとしたんですけど」

 

 翌日。スラムで沢山遊んでツヤツヤ顔になったあなたがホテルに戻ったのは朝早くだった。

 そして食堂や立食形式ではない、自室に食事を持ってきてもらう形での朝食の最中、ゆんゆんからそんな話を聞かされた。

 

 妹の行動予測があまりにも完璧すぎる。

 実は傍で見ていたのではないかと勘繰らずにはいられない精度だ。

 

『愛の力だよお兄ちゃん!!』

 

 妹の電波を戯言だと一笑に付す事が出来たらどれだけ楽だっただろう。

 

 先日のあなたは、精神を闘争に支配されたダーインスレイヴの担い手に相応しく、魔剣を狙って矢継ぎ早に襲ってくる様々な連中を片っ端からしばき倒し続けていたのだ。普段の抑圧から開放された、非常に充実した楽しい時間だった。

 場の流れや上がったテンション、均衡が傾いた精神がもたらす衝動に身を任せてトリフの暗部に根を張る組織やら犯罪ギルドやらスラムの支配者やらに喧嘩を売りに行ったりもした。ついでに潜伏中の魔王軍の手先とも遭遇したのでそちらはちゃんと殺しておいた。

 スラムにはベルゼルグの上位冒険者に匹敵する者も数人とはいえ存在し、あなたを驚かせたものだ。

 最後のほうは完全に魔剣に呑まれて見境を失った狂人扱いされていた気がしないでもないが、おおむね目的は達成できたと言えるだろう。

 

 それに面白いものも見ることができた。

 普段は対立して暗闘を繰り広げているという様々な組織が手を取り合い、スラムの秩序と仲間を守るべく荒ぶる魔剣の暴威に立ち向かってきたのだ。

 それは悪人の心にも確かに光が存在することの何よりの証左でもあった。

 老いも若きも男も女も特に理由の無い暴力の前に皆等しく沈んだわけだが、それでも死人は一人も出していない。やはりみねうち。みねうちは全てを解決する。

 

 気が向いたらまたダーインスレイヴを持って遊びに行こう。

 つい先ほどまでの感動的な光景を思い返し、あなたが自身の仕事に満足げに頷いていると、ゆんゆんがおずおずと声をかけてきた。

 

「ええと……具体的に何をしてきたかは知らないですけど、とりあえずレオ君たちは今までよりずっと安全になって、かといってあなたが狙われることもないんですよね?」

 

 決して軽々しく断言は出来ないが、あなたはそうなるように行動したつもりである。

 とはいえダーインスレイヴが普段使いのできない、持っていて嬉しいコレクションの一つになることは避けられないだろう。

 

「しょうがないとはいえ、ちょっと勿体無いですよね。折角あなたならダーインスレイヴを問題なく扱えたのに」

 

 もしかしたらゆんゆんも使えるのではないだろうか。

 会話の流れであなたは適当な軽口を叩く。殆どリップサービスのつもりだった。

 

「いやいや、私なんかじゃ普通に無理ですよ」

 

 だがゆんゆんの苦笑を見た瞬間、あなたの脳裏に電撃的な閃きが走る。

 レオは言っていた。ダーインスレイヴを真に扱うことができるのは精神的超人。鋼の理性を持つものだと。

 

 それならば、紅魔族の里で生まれ育ちながらも紅魔族に染まる事無く、一般的な感性を保ち続けてきたゆんゆんもダーインスレイヴを使いこなせるのではないだろうか? いや、きっと使いこなせるはずだ。

 普段は打たれ弱いが、本当の意味で崖っぷちに追い詰められた彼女が発揮する精神力はあなたもよく知るところである。

 仮に剣に呑まれた場合は普通に気絶させて取り上げればいいだろう。

 

 思い立ったが吉日。

 あなたは早速ゆんゆん強化プランの一環として、ダーインスレイヴを試してもらうことにした。

 

 試してもらうことにしたのだが。

 

「いやそんな、私ならきっとダーインスレイヴを使いこなせるって言われても。申し訳ないですけど期待されても絶対持ちませんよ? だから早く鞘に入れてください。そもそも私、長剣とか使ったことないですし。っていうか普通に怖いから嫌、ちょ、なんですか、だから持ちませんって。いけるいけるじゃなくて。ワンチャンとか絶対無いですから。ほんと待って、鞘、鞘から出したまま無理矢理持たせようとするのやめてっ……やだっ、放して! 絶対やだ! やだやだやーだー! やーなの! やー!!」

 

 追い詰め方が悪かったのか、速攻で泣きが入ったので断念せざるを得なかった。

 軽く退行するほどとは、ゆんゆんはどれだけダーインスレイヴを持ちたくないのだろうか。

 どこまでも不憫な魔剣に、あなたは深い同情の念を向けるのだった。




【ツンデレで甘えん坊で尽くすタイプで一途で依存心が強くて寂しがりやで貞操観念がマジキチで愛がアダマンタイト製のムーンゲート級に重い世間知らずの箱入り娘であるエーテル製の生きた神器大剣こと愛剣ちゃんによる各装備品に対する偏見と悪意に満ちた評価一覧】

 ※意訳です。

 刀剣類以外の近接武器:論外。

 刀剣類全般:同族だから我慢してご主人様が使う事を許容しているけど、本当はご主人様は私だけを使うべきだし私だけを使ってほしい。有象無象なんかより私の方がいっぱいいっぱいご主人様の事を愛してるし、何より私の方がずっと強くてご主人様の役に立てるんだから。

 防具、装飾品、遠隔武器全般:私と一緒にご主人様を守る大切な仲間。でもご主人様が一番信頼してるのは私に決まってるよね。

 グラムちゃん:寝取られた挙句超格安で奴隷落ちした箱入り娘。ご主人様も最初から実用度外視で観賞用に買ったしあまりにも惨めで憐れなので慈悲を恵んであげた。あと私の方が強い。

 遥かな蒼空に浮かぶ雲ちゃん:なんか空から降ってきたとか言ってる不思議系。新参の分際でご主人様にいっぱい使ってもらってるから嫌い。あと私の方が強い。

 母なる夜の剣ちゃん:ご主人様に瞬殺されたクソ雑魚に使われてた可哀想な子。なんか私とキャラが被ってる気がするから嫌い。あと私の方が強い。

 聖剣(岩)ちゃん:切れ味0。剣の風上にも置けない……剣……え、剣……? そうかな……そうかも……。とりあえず私の方が強い。

 ダーインスレイヴちゃん:清楚ヅラして誰にでも簡単に体を許す淫乱尻軽クソビッチ。あろうことか私のご主人様に色目を使いやがって死ね殺すぞ。あと私の方が強い。

 ホーリーランスちゃん:ご主人様が信仰している女神から貰った槍。ご主人様の一番(ナンバーワン)ではなくとも唯一無二(オンリーワン)ではある、私の唯一にして最大の敵。こいつのせいでご主人様といっぱい喧嘩した。絶対に許さない。絶対に。絶対に、絶対に、絶対に許さない。

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