このすば*Elona   作:hasebe

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第119話 最近私が可哀想すぎる気がします

 テーブルに両肘を突き、口元で両手を組んだゆんゆんが重苦しい声を発した。

 

「最近私が可哀想すぎる気がします」

 

 手で隠されて読めない表情、若干の俯き加減から繰り出される上目遣いは他者とのコミュニケーションを徹底的に拒絶しているかの如く。

 相応の者がやれば相手に威圧感を与えられるのだろうが、悲しいかな、ゆんゆんがやっても可愛らしいだけである。

 だが一応は彼女も真面目に言っているようなので、いつものようにはいはいと雑にあしらうわけにもいかない。あなたはとりあえず目線で続きを促すことにした。

 

「でもそれ自体に何かを言うつもりはありません。私の自業自得だったり心の弱さが原因なのも沢山ありますから」

 

 具体的には船上で嘔吐したり。

 戦闘中に酔いがぶり返して魔物の体内でゲロ塗れになったり。

 妹と同調、同化しかけたり。

 救助した相手が王女だったせいで救国の英雄扱いが確定して錯乱したり。

 謝礼として十億エリスでぶん殴られたり。

 ダーインスレイヴを無理矢理持たされかけて恐怖のあまり軽く退行したり。

 最近の彼女は実にバリエーション豊かな目に遭っている。

 

「ただダーインスレイヴについては流石の私も物申したいことが……持ちませんってば。はあ、またさっきのやりとりするんですか? 何度言われても絶対に嫌です。今度は鞘つきとはいえ笑顔で近づけないでください油断も隙も無い。……鞘から抜けって意味じゃありません! しまいにゃ訴えますよ!? そして勝ちますよ私は!!」

 

 またしてもゆんゆんの魔剣チャレンジは失敗に終わった。

 魔剣を鞘に収めて引き下がるも、舌打ちして渋面を隠そうともしないあなたに本気の意気込みを感じたのか、ゆんゆんは軽く戦慄いていた。

 だがそれも束の間、すぐに気を取り直してこほんと咳払いをし、話を続ける。

 

「色々と考えた私は結論付けました。あなたがそういう無茶振りをしてくるのはダーインスレイヴについて詳しくないからだろうと」

 

 なるほど一理ある。あなたは少女の言葉に一定の理解を示した。

 

「歴代の担い手が引き起こしてきた凄惨な事件の数々を知れば、あなたもちょっとは私に魔剣を使わせることを思い留まってくれると思います。思い留まってくれるといいなあ。……なので図書館に行きましょう」

 

 トリフの図書館といえば世界有数の規模を誇る大図書館として名が知られているという。

 あなたの目的である観光という視点でも悪くない、それどころか大いにアリと言える選択肢だ。

 ゆえに異論を挟むこともなく、あなたはゆんゆんの提案を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 リカシィ帝立中央図書館。

 

 世界的に有名な図書館の一つであるこの場所は、古今東西、世界中から集められた資料の数々が保管されている。

 資料は書籍に留まらず、切手や写真、巻物や地図、果ては絵画のような美術品にまで及ぶ。

 さらに館の奥深くには立ち入りが禁じられた書庫があり、古代の魔道書や呪物が封印されているという。

 

 中央と銘打ってこそいるものの、この大図書館が建っているのは帝城周辺の外、つまり一般区画であり、平民にまで分け隔てなく門戸が開かれている。

 流石に館外への蔵書の持ち出しや魔道カメラによる撮影は固く禁じられているが、所定の手続きさえ行えば、立ち入りはおろかある程度は自由かつ無料で資料の閲覧が可能だ。

 資料の写しが欲しければ写本でやれというスタンスである。

 

 ……とまあ、図書館についておおまかにそんな説明をあなたはゆんゆんから受けた。

 

「ほら見てください、この線で囲まれた場所、全部が図書館の敷地なんですよ。このおっきな建物全部に本があるって考えると眩暈がしそう。私なんかじゃ一生かけても読み切れなさそうです」

 

 図書館入りを待つ人の列に並ぶ中、帝都の地図を広げたゆんゆんの薀蓄のように、帝都広しとはいえ、一つの区画でこの図書館ほどの規模を誇る場所は帝城、そして闘技大会の会場くらいのものだ。

 図書館自体はベルゼルグにも王都や大きめの町に幾つか点在しているのだが、トリフのそれは他所の図書館とは一線を画した規模を誇っていた。なんと内部には土産物店やカフェもあるらしい。ここまで来ると立派な一つの観光施設といえる。

 

 その後、入念な手荷物検査を行い、ようやく入館を果たしたあなた達の目に最初に飛び込んできたのは、一際目立つ中央の巨大な四角柱。

 

「ふわぁ、おっきい……」

 

 生まれて初めて見る想像を絶した光景に、ゆんゆんが感嘆の声をあげた。

 あなたもまたぽかんと間抜けに口を開けて視線を上層に向ける。

 

 現在あなたのいる場所は一階から五階までの吹き抜け構造になっているのだが、四本の支柱と柵で囲まれた柱が建物を貫くように天井まで伸びていた。

 柱と評しこそしたものの、実際のところは建造物に近い。透明なガラス板で覆われたそれの内部は本棚が円柱状に配置されており、四角い積み木を積み上げているかのように階層を分けて作られている。

 そうやって見上げるほどの高さを持つ天井にまで到達した本棚の山は、さながら本の塔といったところか。

 

 先のゆんゆんの言葉を裏切らない、眩暈がしてきそうな景色だ。

 あなたは本の塔の天辺を見上げ思わず唸る。

 イルヴァのどこの国でも、このようなものはお目にかかったことがない。

 この場に友人である元素の神の狂信者がいれば、さぞかし期待と興奮に目を輝かせ、不気味に笑ったことだろう。

 ただし知識を貪欲に求める彼は廃人の例に漏れず極めて自己中心的であり、さらにあなた以上に他者を顧みない性格なので、絶対にこの場に連れてくるわけにはいかないのだが。間違いなく好き勝手に希少な本を強奪する。

 

「じゃあ私はダーインスレイヴの伝承とかそっち系の本を探しますけど、あなたはどうしますか?」

 

 以前のあなたであれば、異世界にまつわる本を探し求めただろう。

 だがバニルや女神エリスを通じて全うな手段では帰還の手がかりを得られないと知った今のあなたは、正直そこまで図書館に帰還方面の期待をしていない。

 それに図書館には来ようと思えばいつでも来ることができる。

 なので少し考えた後、適当に新刊コーナーをぶらつくことに決めた。

 

「了解です。じゃあまた後で」

 

 一度ゆんゆんと別れる形になるが、館内のあちこちに警備のゴーレムが立っているので心配は無用だ。

 

「結構可愛いですよね、あれ。図書館のパンフレットの表紙にも描かれてましたし」

 

 壁際に無言で佇む130cmほどの小柄な体躯のゴーレムを指してゆんゆんはそう言った。

 

 大きな真ん丸の白い頭部と黒い胴体を持ち、骨のように細長い手足を生やすというデフォルメの利いたコミカルな人型の外見の持ち主は図書館全域になんと数千体が配備されているらしい。

 警備ゴーレムは偏屈で人嫌いながらも高名な魔法使いだった初代館長が作り出した遺物であり、レベル40の冒険者パーティーくらいならあっという間に取り囲んで袋叩きにするという。

 高度な判断力を有した完全自律行動を取り、見張りのみならず館内の案内といった職員の真似事まで可能。さらに自己修復機能を持つのでメンテナンス不要と手間いらず。職員や利用者からは図書館のマスコットとして扱われている。

 ただし故人である初代館長以外の命令を受け付けないので現在進行形で制御不可能の暴走状態なのが玉に瑕。

 なんとか命令の上書きや停止させようと考えるのが普通だが、解体して構造の解析などもっての他。派手に自爆した挙句仲間を呼ぶ。そして下手人を袋叩きにする。

 自爆機能など搭載して本を傷つけるつもりなのかという話だが、図書館の各種資料には強力な保護の魔法がかけられている。ゴーレムの自爆も見た目こそ派手だが威力は控えめなので問題は無い。

 そんなこんなでリカシィも完全に匙を投げている有様だ。

 少なくとも図書館で暴れるなどの迷惑行為を働かない限り人に危害を加えたりはしないので、ゴーレム達の好きにさせているのだという。

 

 

 

 

 

 

 さて、一度ゆんゆんと別行動を取ることになったあなたは現在新刊コーナーを散策中だ。

 冒険をこよなく愛するあなたは言うまでも無くアウトドア派だが、それでも本が嫌いなわけではない。見たことも聞いたこともないタイトルの数々は、眺めているだけで不思議と楽しくなってくる。

 

『食べられる魔物、食べられない魔物』

『文化的侵略者チキュウジンを我らの世界から追放せよ』

『第百十二次ベルゼルグ平原会戦報告書』

『魔法少女ネガティブはるるーと』

『ゴブリンでも理解できる魔王軍の成り立ち』

『魔道大国ノイズの功罪』

『岐阜県出身の岐阜県出身による岐阜県出身のための岐阜アルティマニアΩ』

『きのこたけのこ戦争の歴史』

『触手と女神と最終兵器』

『魔王物語物語物語』

『至高の冒険者パーティーの軌跡』

『毎日10時間くらい天井を見ている人に送る本』

『英雄辞典 XXXX年度版』

『銀髪強盗団、その正体に迫る』

『冒険者1000人に聞きました』

『月光の迷宮姫』

『リカシィうまいもの100選』

『紅魔の塔』

『ブーメランクワガタの飼育記録(被害総額5200万エリス)』

『幻の槍、アンリョウを求めて』

『よいこのえほんシリーズ ゆうしゃシャハタプフのぼうけん8 シャハタプフとほしくずのけん』

『四神の獣 星を護る者達』

『これであなたも今日からアクシズ教徒』

『この世に神などという都合のいい超越者は存在せず、敬虔にして蒙昧な信者の無垢なる祈りは虚空に溶ける』←こいつ最高にアホ ←激しく同意 ←みんなの迷惑なので本に落書きしないでください! ←お前もな

 

 分別される前だけあって、本棚には上記のもの以外にも雑多で個性的な本が無秩序に並べられていた。

 最新といってもそれはあくまで最近になって図書館に収められたからであり、中には数百年前に執筆されたものすらあるようだ。最後のものにいたっては表紙に落書きが残ったままである。あなたとしても著者は最高にアホだとしか思えなかったが。

 

 数々の本の中からあなたがなんとなく手に取ったのは、触手と女神と最終兵器。

 ジャンルはコメディ小説。エロ本ではない。繰り返す、エロ本ではない。

 

 あらすじはこうだ。

 とある不幸な事故に遭って命を失ったはずの主人公達。

 滅びの渦中にある異世界に呼び出された計数百にもおよぶ彼らの魂は、天をも貫く巨躯を持つ星食いと呼ばれる化け物を倒すため、まさに乾坤一擲、これで駄目なら滅ぶだけと世界中の知と力の全てを結集して生み出された数百体の最終兵器にそれぞれ封じ込められることになる。

 ただし魂が封じられた数百体のうちの殆どは死の衝撃と転移の影響で自我が崩壊しており、運良く自我を残したものは主人公を含めてたったの五つ。

 最終兵器にはそれぞれ担い手としてあるべく魔道、科学、人道的、非人道的問わずありとあらゆる人体改造、徹底的な調整を施された者達が宛がわれており、兵器に封じられた主人公は相棒である赤髪の少女、主人公をマスターと呼ぶ個体名ナンバー38にサヤという名前を付けた。

 天を裂き大地を砕く激しい戦いの末、最後まで生き残った十の最終兵器は遂に星食いに勝利する。その中にはサヤの姿もあった。

 だが星食いの核を破壊した際に意識を失った主人公が次に目覚めたその時、傍らに担い手にして相棒であるサヤの姿はなく、そして彼の姿は全長2メートルほどと非常に小さくなった、しかし確かに星食いである触手の化け物になっていた……。

 

 とまあ、こういった感じの導入で始まる物語だ。

 再度繰り返すがジャンルはコメディ。

 どう見ても戦いの螺旋は終わらないバッドエンドだろとかここからどうやってコメディにするんだという疑問が尽きないかもしれないがコメディなのである。

 まず主人公がバカだ。教養が無いという意味ではなく、ノリが非常に軽くあまり物事を深く考えないし考えたがらない。考えてもそれが長続きしない。基本的に行き当たりばったりで行動する。

 バケモノになったせいで軽くやけっぱちになっている節があるのは確かだが、それはそれとして間違ってもシリアスな人間ではない。

 何せ冒頭の事故が起きた時、彼は三徹の直後で文字通り死ぬまで爆睡していたくらいなのだから。

 

 

 

 

 

 

 その後しばらく本を読み進め、死に別れた主人公の妹が勇者として主人公の迷い込んだ異世界に召喚されたところでゆんゆんが戻ってきた。

 手には何冊かの本が抱えられており、そのいずれもがダーインスレイヴについて記された書物である。

 

「すみません、お待たせしました。さあどうぞ」

 

 言うが早いが、ずいっと書籍を差し出してくるゆんゆん。

 自分が選んだ本に自信があるのか、かなりの意気込みを感じる。

 

「そりゃ必死にもなりますよ。真剣に選ばないとあなたに魔剣の恐ろしさを理解して貰えませんからね」

 

 あなたはゆんゆんの言葉に訂正を挟んだ。

 正確には恐ろしいのはダーインスレイヴではない。剣がもたらす強大な力に魅入られた者達の欲望こそが真に唾棄すべきものだ。

 スラムで暴れまわった際、あなたはダーインスレイヴの担い手として彼女と交感を果たした。愛剣という強大な意思持つ剣の主であるあなたにとっては剣との意思疎通などお手の物である。

 そしてダーインスレイヴが担い手を破滅させて喜ぶような性質を持っていない、それどころか担い手の破滅を大いに悲しんでいる事を理解した。

 ダーインスレイヴもまた担い手に不可避の破滅をもたらす魔剣という、不本意かつ不名誉な忌み名の被害者に過ぎない。

 

「…………」

 

 中々良いことを言えたのではないだろうか。

 ダーインスレイヴの悲劇的な経歴を思えば感じ入って涙が流れそうだ。

 満足げに笑うあなただったが、気付けばゆんゆんの顔から血の気が引いていた。

 パニックを通り越してドン引きしているのがわかる。

 

「あの、血が流れてますよ。両目から」

 

 触れてみればなるほど、確かに指には鮮やかな赤が付着している。

 教えてくれたゆんゆんに礼を言い、本を汚してはいけないとあなたはすぐさまハンカチを取り出した。

 

「やっぱりダーインスレイヴの呪いが……」

 

 ダーインスレイヴの呪いではない。慣れた手つきで血涙をハンカチで拭いながらあなたは答える。

 これは真に自らを使いこなせる初めての担い手兼理解者を得たダーインスレイヴがあなたの擁護に歓喜のラブコールを送るも、愛剣の勘気のラブコールに打ち消されてこうなっただけだ。

 とことん相性が悪い二振りの剣だが、それもそのはず。相手を選ばず誰にでも力を授けるダーインスレイヴは、どこまでも一途にあなただけを想い続ける愛剣からしてみれば水と油。決して相容れない相手なのだから。

 

「愛剣って、普段あなたが使ってるやつじゃなくってあの綺麗な青い大剣のことですよね。あまり使ってないってことは危ないんですか?」

 

 恐る恐るの問いかけだが、あなたの手にある限り愛剣に危険は無い。

 エーテルというこの世界に存在しない素材で作られているせいで悪目立ちするというのもあるが、愛剣はちょっと攻撃力が高すぎるので他者を巻き込むと大惨事が確定する上にみねうちが大嫌いなので、この世界では普段使いを禁止しているだけである。

 

「まあ、それくらいなら……」

 

 あとついでに他の剣を使っていると嫉妬してあなたを吐血させたり内臓をミンチにしたり全身から大量出血させるくらいで、ダーインスレイヴのように他者を巻き込んだ悲劇を引き起こしたりはしない。

 日常茶飯事だと容易に察することができる、極めて軽い口調で放たれた師の血に濡れた言葉に頭を抱えるゆんゆんを放置し、あなたはダーインスレイヴについて記された書物を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ダーインスレイヴがいついかなる経緯でこの世界に生まれ落ちたのかは、世界最大の謎の一つと言われている。

 識者の考察から飲み屋での噂話まで諸説紛紛あるが、今日に至るまで終ぞ定かになっていない。

 

 繁栄し増長した人類を戒めるべく神々がもたらした。

 いずこより現れた勇者が携えていた。

 ドワーフが命をかけて鍛え上げた。

 

 上記三つの説が比較的有力とされるも、やはりいずれも明確な根拠に欠けており、憶測の域を出るものではない。

 間違いなく断言できるのは、ダーインスレイヴの名が最初に歴史上に登場するのは、遥か遠い昔、今は千年王国と呼ばれた場所であるということだ。

 ダーインスレイヴの詳細な情報が殆ど消失している理由については、栄華を誇った千年王国が目を覆わんばかりの終焉を迎えたことが大きいとされる。

 とはいえこの国に関してはダーインスレイヴの逸話の数々とはあまり関係ないので今は置いておく。

 

 ゆんゆんがあなたに知ってほしいと考えた、ダーインスレイヴにまつわる逸話の数々だが、起承転結のうち、起承転までは純粋に読み物としても非常に興味深く面白いものだった。

 これは当たり前といえば当たり前の話だ。ダーインスレイヴは担い手に栄光を約束するのだから。

 必然的にこうして残された逸話は英雄譚が大半になる。

 平民ながら成り上がりを目指す者、愛するものを護る力を求める者、竜狩りを目指す者、悪魔を殺さんとする者、他にも様々な者達がダーインスレイヴの担い手となり、栄光を掴み取ってきた。

 

 問題は結の部分。

 ダーインスレイヴの担い手は栄光と同時に破滅が約束されているとされるわけだが、終わり方についてはあなたは大いに不満が残るものだった。

 歴代のダーインスレイヴの担い手達は、国一番の騎士に成り上がった者も、愛するものを救った者も、竜狩りの英雄も、悪魔殺しも、最後は等しく破滅を迎える。

 悲劇悲劇悲劇。それも揃いも揃って最後は剣に魅入られた担い手が欲望から周囲と自身を破滅させるという形で物語は幕を閉じてしまう。

 一つ二つなら多少は心を痛めてもいいだろう。しかしそれが十二十と積み重なると話は変わる。どんな道筋を辿ってもゴールが一つしか存在しないのだ。リーゼがジュノー家が相当マシな末路を辿ったと称したのも頷ける。

 それほどまでに誰も彼も破滅の仕方がワンパターンすぎて面白みが無い。これでどの本も書かれた時代や著者が違うというのだからまったくもって恐れ入る。

 

 決して唐突とは言わない。結末に至るまでの伏線は貼られている。説得力も十分にある。

 だがこれでは率直に言って読んでいて飽きてしまう。なまじ破滅するまでは楽しませてくれるだけに落胆もひとしおだ。

 終末狩りというある種の単純作業に励むベルディアだってもう少しバリエーションに富んだ死に様を見せてくれるというのに。

 くれぐれもあるえにはこんな読み手を辟易させる話を書く作家にはなってもらいたくないものだと、彼女の読者第一号兼パトロンであるあなたはしみじみと思った。

 

「どうでしたか? ダーインスレイヴの逸話の恐ろしさが分かってもらえました?」

 

 確かにある意味恐ろしい逸話の数々だった。ゆんゆんが求めていた形ではなかったが。

 ただまあゆんゆんがそこまで嫌だと言うのであれば、あなたとしても無理強いするつもりは無い。

 

「あんなに嫌だって言ったのに二回ほど無理強いされた気もしますけど、とりあえず分かってもらえてよかったです」

 

 あなたが出した結論に、ほっと安堵の息を吐くゆんゆん。

 帰ったらウィズに相談するとしよう。何かゆんゆんにダーインスレイヴを持たせるいいアイディアが出てくるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 目的を達成したあなた達は館内のカフェで一息つくことにした。

 大声で騒ぐと問答無用でゴーレムに叩き出される館内と違い、カフェの店内はそれなりに賑やかな声で溢れている。

 多少込み入った話をしても他人に聞こえはしない。

 聞こえはしないが、念のために具体的な単語はぼかして会話をすることになった。

 

「ちょっと思ったんですけど、あなたなら本人……いや人じゃないですけど、本人から直接色んな話を聞けたりするんじゃないですか? 意思疎通できるんですよね? 正直私としてはどんなびっくり人間なんですかって感じですけど」

 

 残念ながらそれは出来ないとあなたは首を横に振った。

 意思疎通こそ可能だが、相手の意思を言語化するとなるとそうはいかない。

 長い付き合いの愛剣にしたって人間のように直接言葉を発することはできない。感情を読み取ってそれらしく翻訳するのが限界だ。

 あなたに出来たことといえば、本人という最高の当事者に質問を繰り返すことで、誕生の経緯に関して明らかにした程度だ。

 具体的にはおおまかに前述の三つの有力な説を一つに纏めた感じのものらしい。

 あまりにもあっけなく暴かれてしまった世界最大の謎の一つにゆんゆんはがっくりしていたが、世界は広い。不思議や謎など数え切れないくらいに存在する。

 竜の谷、そしてその奥に存在するという竜の楽園もその一つだ。

 

 

 

 

 

 

 カフェから出る前にあなたはトイレに行ったのだが、トイレから戻ると大変なことになっていた。

 

「ねえねえ、キミこの辺の子? 年いくつ? どこから来たの?」

「えっ、えっ……?」

「俺らと一緒に遊ばない?」

 

 ゆんゆんが三人の男に絡まれている。どこからどう見てもナンパだ。

 武具こそ持っていないが、三人とも体はそこそこに鍛えられている。闘技大会の出場者だろうか。

 それにしても流石はゆんゆん。ちょっと目を離しただけでこうなるとは流石のあなたも予想外だ。ゲロ甘でチョロQな雰囲気が漏れているとでもいうのだろうか。中々どうして侮れない。

 

「お菓子が美味い店見つけたんだけどどう? 興味とかない?」

「え、ええっと、その……」

 

 あなたを探しているのだろう。突然のナンパにうろたえながらあちこちに目を彷徨わせる紅魔族の少女。

 ぼっちを拗らせていた時期の彼女であれば一緒に遊ぼうという誘いに嬉々として食いついたのだろうが、なまじそこら辺の問題が解消されているせいで人見知りが前に出てきてしまっている。

 そんな彼女を見かねて助けに入る事無く、むしろいい機会だと、あなたはゆんゆんに見つからないようにそっと気配を絶って物陰に隠れた。

 これは別に困り果てたゆんゆんを眺めて悦に浸ろうだとか、ピンチに陥った少女を助けて好感度を稼ごうと考えているだとか、そういう下種な考えの下での行動ではない。あなたが隠れたのはもう少し真面目な理由だ。

 

 やや過保護な気のあるウィズは、治安が際立って良いアクセルの外でゆんゆんから目を離さないようにとあなたに言い含めているし、実際あなたも可能な限りそうしているわけだが、それだっていつまでも続けていられるはずがない。

 雛鳥が親鳥から巣立つように、いつか必ずゆんゆんはあなたやウィズの庇護の手から離れる日が来る。来なければいけない。ゆんゆん本人のためにも。

 

 この期に及んでそれを言うのかという話だが、レベル40を超えて英雄の領域に足を踏み入れながらも師の庇護下にある冒険者というのは、ベルゼルグでもちょっとどころではなくありえない存在である。

 彼女の目標でもある二人の師がどちらも規格外であるがゆえに成り立っている今の関係だが、そうでもなければゆんゆんは年齢や促成栽培、メンタルの不安定さを鑑みてもさっさと自立しろ、むしろ弟子を取って育成しろと尻を蹴り上げられて然るべきなのだ。

 ウィズとあなたにしても、店を経営しているウィズがゆんゆんと恒常的にパーティーを組むなど決してありえないし、あなただっていつまでも甲斐甲斐しく彼女の面倒を見てやるつもりは無い。

 

 もしゆんゆんが自分のペットだったのなら、あなたは喜んで一から十まで彼女の世話を焼くだろう。ベルディアにしているように。

 だがゆんゆんはあなたのペットではない。ウィズのような特別ではない、しかしたった一人の普通の友人だ。

 廃人には遠く届かずとも実力自体は十分すぎるほど足りているのだから、少しでも早く精神的に一人前になってほしいというのがあなたの偽らざる本音である。

 少なくとも一人で自由に行動させても大丈夫だと思える程度には。

 

「え、えっと……私、友達と一緒なので……」

「友達もいんの? いーよいーよ、全然オッケー。俺ら気にしないし」

「あうぅ……こ、こういう時ってどうすればいいの……?」

 

 見たところ相手は軽薄だが悪人といった感じではない。可愛い女の子がいたので声をかけたのだろう。ゆんゆんがはっきりと意思表示をすればすぐに離れていくと思われる。

 あなたもこうして側で見張っているので、最悪このまま放置していてもゆんゆんがお持ち帰りされた挙句美味しく頂かれ、めぐみんに涙目ダブルピース写真を送るようなことには絶対にならない。

 これを期に、お人よしのウィズにすら危なっかしいと評されるゆんゆんも少し自衛というものを覚えるべきだとあなたは考えていた。

 

 考えていたのだが。

 

「不埒者を発見しました」

 

 無粋な声がナンパ男達を咎めたことで、またしてもゆんゆんの成長の機会の芽は摘まれてしまった。

 至極残念な結果に終わり、あなたは溜息を吐く。

 

「不埒者ってひっでえなあ。俺らはただ可愛い女の子にぃっ!?」

 

 男達もまた苦笑して何の気無しに声の方に振り返るも、ギヨッと目を見開き全身を硬直させる。

 

「我々は警備兵だ」

「お前達は排除される」

「抵抗は無意味だ」

 

 いつの間に現れたのか、警備ゴーレムが三体、男達を囲んでいた。

 かわるがわる発せられる無機質なマシンボイスが不気味さを感じさせる。

 

「ちょっと待て! ここ図書館じゃなくてカフェだろ!? なんでお前らが来るんだよ!?」

「我々は警備兵だ。お前達は排除される。抵抗は無意味だ」

「そもそも俺ら以外の奴だって普通に騒いでるのになんで俺らだけ!?」

「我々は警備兵だ。お前達は排除される。抵抗は無意味だ」

 

 問答無用で聞く耳持たず。

 完全に相手を無力化することに特化した電撃棒(スタンロッド)の二刀流で武装したゴーレムが迫ってくる光景はちょっとしたホラーだ。

 ナンパ男達はゴーレムに電撃棒で尻を叩かれ、ほうほうの体で逃げ出してしまった。

 

「カフェルールを知らないあたり、ありゃ新参かな」

「おおかた大会に乗じてトリフに来た余所者ってとこだろ」

「あの程度じゃ参加しても予選落ちでしょうねー」

「もうちょっと粘ってくれればネタになったんだけどなあ」

 

 結構な騒ぎになっていたのだが、カフェの客は男達を軽く笑い者にするだけですぐに意識から追いやるあたり、この程度は日常茶飯事らしい。

 困ったゆんゆんを誰も助けなかったのは、ゴーレムが来ると最初から分かっていたからだ。

 ノースティリスの酒場で詩人が聴衆に投石を食らって殺害された時のような懐かしい空気を感じながら、三人と三体と入れ替わるような形であなたは席に戻った。

 

「あ、おかえりなさい。今ちょっと凄いことがあったんですよ! ゴーレムがわーって!」

 

 金欠冒険者に金を握らせればゆんゆんをナンパしてくれるだろうか。

 興奮冷めやらぬ様子で自分を助けてくれたゴーレムのことを語るゆんゆんに、あなたはそんなマッチポンプ全開の事を考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 夕刻に差し掛かった頃。

 宿でくつろぐあなた達にとある知らせが届いた。

 

「お客様にお手紙が届いております」

 

 従業員ではなく宿のオーナーの記章を付けた男性が手ずから持ってきた手紙は二通。

 どちらも宛て先はあなたとゆんゆんの両方となっている。

 

「うわっ、うわあ、何これ、なんて見るからに高そうな封筒。手触りも良いし、私がいっつも使ってる十枚入り400エリスのやつと全然違う……一ついくらするんだろ」

 

 厄介ごとの気配を感じ取ったのか、ゆんゆんは早くも逃げ腰だ。

 

「こっちの手紙は……あ、リーゼさんからだ」

 

 知り合いからの手紙ということで露骨に安心した様子を見せるゆんゆん。

 高位貴族でありながらゆんゆんに気負わせることがないのはフランクなリーゼの人柄ゆえだろうか。

 もしくは初対面でこれ以上ないほどの醜態を見せたのが原因かもしれない。

 

「えーと、お手紙の内容はですね。明日、私達が泊まっているこのホテルのレストランで夕食でもどうですか、招待するのでそちらさえよければ来てくださいって感じのやつでした。どうします? 私は全然大丈夫ですけど」

 

 なんとも奇遇な話だが。

 もう一通。あなたが開いた手紙にも同じ内容が記されていた。

 すなわち会食の招待状である。

 

「お店も一緒なんですか? ちょっと変ですね。そっちは誰からだったんです?」

 

 あなたはゆんゆんに見えるように、手紙に書かれた差出人の名前を晒す。

 ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。

 見覚えのある封蝋がされた手紙を送ってきたのは、そんな名前の相手だった。

 友人とその母の命を救い、訪れるかもしれなかった国家的な危機を未然に防いでくれた冒険者達に直接お礼が言いたいと、私的な席を設けたらしい。

 あとよければ冒険の話を聞かせてほしいとも。

 

「ああ、ええ、はい。そういうことですね。分かりました。了解です。今度は大丈夫です。知ってます。何せ自分が住む国の王女様ですから。そういえば今こっちに来てるってリーゼさんも言ってましたもんね」

 

 ゆんゆんは一瞬で全てを受け入れる諦めモードに入った。

 手紙の内容を見るに、拒否しても特にお咎めはないようだが。

 

「無理無理絶対無理! そりゃ私だって出来ることならお断りしたいですけどね!? 絶対に取れない選択肢ですからそれは! いくら魔王領が近い辺境っていっても紅魔族はベルゼルグの住人で、私はその次期族長なわけで!!」

 

 確かにゆんゆんの立場と心情からしてみれば実質強制連行といっても過言ではない。

 どこぞの廃人連中のように国家に対して欠片も帰属意識を持ち合わせず、王侯貴族の招待をうるせー知らねー! と突っぱねるような真似を求めるのは酷というものだろう。

 ちなみにあなたはそういった申し出をあまり拒否しない。

 これは相手に阿っているわけではなく、気に入らない仕事、向いていないと感じた仕事でなければ基本的に受けるという、あなたの冒険者としてのスタンスはイルヴァでは広く知られており、相手も依頼という形式で手続きをしてくるからだ。おかげさまで廃人の中では比較的道理が通じる相手だともっぱらの評判である。

 

「でもアイリス様かあ……カルラさんのお友達だそうですけど、前にめぐみんがメタクソ言ってましたよ。お祝いの席でカズマさんを侮辱した挙句お付の人が切りかかってきたって」

 

 確かにそんなこともあったが、以降に伝え聞く話の内容、そして一度だけ戦場で見かけた姿から判断するに、今の王女アイリスは当時とはまるで別人といえるだろう。

 会食で発生した事件、そして拉致したカズマ少年との交流を通じて一皮剥けたと考えられる。

 

 その証拠に、前回とは違い手紙の文面からもどこかこちらへの思いやりが伝わってくるものとなっている。前日に招待状を送ってくるのが非常識であると相手も認識しているようだ。

 タイトな日程に関しては単に良いタイミングが今しかなかったのだろう。大会が始まるのは明後日からで、彼女達は誰もが認める賓客。大会期間中の夜は帝城でパーティー三昧になるのが容易に想像できる。

 

「でもなんで今なんでしょう。ベルゼルグに戻ってからじゃダメなんでしょうか? いやまあ竜の谷で死ぬ前に会っておきたいって考えるのも無理はないと思いますけど」

 

 ベルゼルグで会う場合は間違いなく王女も私人ではなく公人として振舞ってくるとあなたは確信している。なにせあなた達は今や知る人ぞ知る救国の英雄だ。

 だがゆんゆんが王城や大貴族の邸宅に招かれたいというのであれば、あなたは本人の意思を尊重するつもりだった。

 これもまた一つの得難い経験であるがゆえに。

 

「ちょっとホテルの人にお願いして、私達が着ていく服を貸してもらいましょうか。明日の夜に間に合うように」

 

 プレッシャーに弱い上にまだまだ場慣れしていない紅魔族の少女は、にっこりと逃げの一手を打った。

 

 

 

 

 

 

 矢のような速さで慌しく時間が流れて翌日の夜。

 ホテルでレンタルしたスーツとドレスに着替えたあなたとゆんゆんは、王女に招待されたレストランへと時間通りに足を運んだ。

 

「急な呼び出しにも関わらずこうしてご足労いただき、感謝の言葉もありません」

 

 案内役は顔見知りでもあるリーゼロッテ。

 堂に入った優雅な振舞いは、非の打ち所の無い完璧で理想的な貴族の淑女としての体面を見事に作り上げている。

 厳つい男に女装させて尊厳を破壊し、新たな世界に目覚めさせた姿に悦に浸るおぞましい変態趣味の持ち主と同一人物だとはとても思えない。

 そんな彼女に案内されたのは一般的なテーブル席ではなく、特別な客をもてなし、プライバシーを守るために作られた奥の個室。

 

 地獄の門を潜るような重い足取りで個室に入ったゆんゆんを待ち構えていたのは、王女アイリスと王女の護衛兼教育係のクレアとレイン。

 ダクネスの実家での会食といい、こういった場に連れてくる供回りが二名というのはあまりにも少ない。

 人員は対魔王軍に割くことを優先し、護衛は量より質で選んでいるのだろう。

 

 促されるままに席についたあなた達に、王女アイリスは以前とは違い、自分の口を通してあなた達に語りかけてきた。

 

「二人とも、突然の呼び出しにこうして応じてくれてありがとう。そして貴方とこうして会うのは二度目ですね。以前は祝いの席でありながらみっともない姿を見せてしまってごめんなさい」

 

 真っ先にあなたに謝罪の言葉を口にする王女アイリスは本当に変わった。それも良い方向に。

 今の王女アイリスが相手であればあなたも喜んで彼女を殺害し、その剥製を上位の価値を持つ展示品の一つとして博物館に飾ることすら吝かではないといえば、その変化がどれほどのものかはきっと伝わるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、会食自体は前回と違って終始和やかに進み、特に語るような点は存在しなかった。

 貴族に囲まれ自国の王女直々にカルラとカルラの母親を救ったことへの礼を述べられたゆんゆんは料理の味など殆ど覚えていられなかっただろうが、それでもカルラという共通の友をとっかかりにすることで、無事に王女アイリスとも友好的な関係を築くことができたようだ。

 

 カイラムで散々経験したりあなたから学んできた、友好を求める王侯貴族への適切な距離感での接し方という処世術も上手くこなせており、お付の二人もゆんゆんを咎めることもない。

 食事を終えても場がお開きとなることはなく、今もゆんゆんと王女アイリスは文のやり取りを約束したり、カルラについて語ったり、互いの趣味について教えあったりと友誼を深めている。

 あなたが微笑ましい気持ちで楽しそうに語り合う二人の少女の交流を眺めていると、リーゼが近づいてきた。

 

「今までにアイリス様の友と呼べるような相手はカルラ様くらいのものでした。こうして楽しそうなアイリス様のお顔が見られるのは臣下として非常に喜ばしい話ですわ。……まあその相手があのウィズの弟子というのは思うところが全く無いわけでもないですが」

 

 王女アイリスを孫を見るような目で慈しむリーゼ。

 

「それはそうと、昨日今日と町の散策に出ていたのですが、風の噂になっていましたわよ。ダーインスレイヴを持った狂人がスラムを更地にする勢いで暴れ回り、スラムを牛耳る組織や犯罪ギルドを壊滅させたと。現役時代のウィズみたいなことやってますわね」

 

 周囲に聞こえないように小さな声で語られた噂には、少しばかり尾ひれが付いていた。

 氷の魔女時代のウィズの話には大変興味があるが、あなたは別に組織そのものを壊滅させたわけではない。ちょっと全員ぶっ飛ばしただけである。

 

「噂になっている狂人の風貌があなたとまるで似ても似つかないということは、追っ手を撒くために何かしらの手を打ったのでしょう? ちょっと最近ストレスが溜まっているので是非とも交ぜてほしかったですわ」

 

 相も変わらず血の気の多い老人である。

 異世界の住人とは思えないほど自分達の気質に近しいリーゼロッテの空気に触れ、どこか懐かしい心地に浸るあなたは、ふとスラムで暴れている最中に偶然遭遇した魔王軍の手先のことを思い出した。

 あなたが問答無用で自分をぶちのめすつもりだと理解した彼は、人間に化け、スラムに潜伏していた自身の正体が露見していると勘違いしてしまったのだ。

 そしてご丁寧に魔王軍所属であることを口走り、変身を解いて魔族としてあなたに襲い掛かり、当然のように殺害された。感覚的にはレベル30後半。それなりの地位にいたのだろう。

 実のところ単に魔族というだけならスラムに隠れ住んでいるだけかもしれなかったので、あなたもわざわざ殺しはしなかった。運が悪いとしか言いようがない。

 

「なるほど、魔王軍の手先がスラムに。あなたがぶち殺した分で終わりとは限りませんし、今回の闘技大会は一荒れするやもしれませんわね」

 

 上記の件についてリーゼに伝えると、彼女は驚きもせずにそれを受け入れた。

 

「リカシィは魔王領から海を隔てた遠い地にあるとはいえ、闘技大会は世界中から多くの要人が一箇所に集まる、魔王軍からしてみれば絶好の機会。主催であるリカシィは連中に対して最大級の警戒を払っていますわ。無論わたくし達も同様に」

 

 それもそうかとあなたは納得する。

 各国から招待した客人に死人でも出ようものなら、リカシィの面目は丸つぶれ。

 被害の規模次第では決して無視できない混乱が世界を襲うだろう。

 

「だからこそ、カルラ様の一件を耳にした時は心底肝を冷やしましたわ。トリフを抜け出して竜の谷の探索に参加した挙句、現地で行方不明になるというだけで十分すぎるほど大問題ですのに、あなた達が偶然救助していなければ最悪そのご遺体がリカシィ国内で発見されていたかもしれません。そうなるとアレ、ほんともうアレ。ちょっとここでは言葉に出来ないくらいアレですわ。マジでくっそヤベーことになってますわよマジで」

 

 一瞬でリーゼの語彙が壊滅したが、それほどまでに紙一重だったということだ。

 あなた達があの日、あの時、あの場所にいて、ゆんゆんが川を流れる遺体を引き上げたいと思う善良な心の持ち主であり、あなたがリザレクションを超越した復活の呪文の使い手であり、カルラがあなたに反射的に復活の呪文を使わせるほどラーネイレに酷似した容姿を持っていたからこそ、全てが丸く収まった今がある。

 ラーネイレがそうであるように、カルラもまた運命に愛された人物なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 かくしてゆんゆんが王女アイリスという新たな友を得た翌日。

 今夏一番の暑さを記録する猛暑の中、誰もが待ち望んだ闘技大会が遂に幕を開けた。

 

 そしてこの日、あなたはかつてない驚愕と感動と後悔に同時に襲われることになる。

 他ならぬ、ゆんゆんの手によって。


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