このすば*Elona   作:hasebe

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第120話 第154回リカシィ闘技大会

 東方に日々魔王軍と鎬を削りあう世界最強の軍事国家、ベルゼルグ。

 西方に現存する国家の中で最古の歴史を持つエルフの国、カイラム。

 北方に人を拒む険しい山々と雪に覆われた氷鉄の国、ルドラ。

 南方に蒼海に覇を唱える貿易国家、トリスティア。

 

 そしてこれら四国の中央に位置するリカシィ帝国は、上記四国の流通の要所としての役割を担っている。

 人間、獣人、エルフ、妖精、ドワーフ、ドラゴニュート、その他もろもろ。

 多種多様な種族が一箇所に入り混じるこの国は、しばしば人種のるつぼと形容される。

 

 そんなリカシィが世界に誇る一大イベントこそ、リカシィ首都、トリフにて三年に一度開催される闘技大会だ。

 世界各地から要人、観光客、腕自慢の参加者が集うこの血沸き肉踊る催しは、今年で154回目を数えるという非常に伝統のある行事である。

 

「これってどれだけの人が並んでるんですかね。ずーっと後ろの方まで列が続いてますよ」

 

 ホテルから会場へ向かう道の途中、ゆんゆんが呆けた口調で驚きを吐露する。

 あなたから見て左側、およそ50メートル先ではトリフ中から集まった者達がどこまでも続く果ての無い人の列を形成している。

 列の最も前は会場から続いているのだろうが、列の後ろがどこで途切れているのかはとても想像できない。見ているだけで眩暈がしてきそうだ。

 

 だが幸いなことに、この列はあなたとゆんゆんにとっては全く関係が無い。

 本来であれば辟易としながらも仕方なく列の一員に加わっていたのだろうが、今のあなた達には完全に他人事である。

 時折恨めしげな視線を貰いながら、長蛇の列を置き去りにしたあなた達は一足先に会場内に辿り着くことができた。

 

 さて、トリフが巨大な壁に囲まれた都市であるということは周知の事実だが、闘技大会の会場の敷地もまた壁の中にある。

 この壁は後年になって作られた普通のものだが、それでも会場の敷地面積はアクセルの街に引けをとるものではない。

 

「とても壁の中とは思えないというか、図書館もそうでしたけど、広すぎてここまでくるともう一つの街ですよね」

 

 大会会場の敷地面積がアクセル並で、帝城と図書館も同様。

 そんな規模の場所を一つの都市で三つ抱えてなお余りあるというのだから、トリフの広大さにはあなたも舌を巻くしかない。

 

 会場の中には円形のコロシアムが東西南北と中央、計五つ建てられており、観客と参加者はそれぞれのコロシアムに割り振られることになっている。

 そしてあなた達が向かった先はメインとなる中央のコロシアムだ。

 開会式と閉会式、そして決勝トーナメントはここで行われ、観客収容数も五つのコロシアムの中で最大となっている。

 

「本日はようこそお越しくださいました。こちらは中央会場、特別指定席の入り口となっております。身分証とチケットの提示をお願いいたします」

 

 長蛇の列を作っている一般用ではなく、いわゆるVIP専用の入り口から進入を果たす。

 

「他の人はこの暑い中朝からずっと並んでるのに、こうして私達は並ばずに会場に入れて凄くいい席に座れるんですよね。なんだかちょっとズルしてるみたいです」

 

 あなた達の席はカルラが用意してくれたものだ。

 当初カルラが自分の代わりに使ってもらおうとしていた王族専用席には及ばないが、それでもそこらへんの貴族が大金を積んだところで易々とは入手できない席ではあるという。

 

 

 

 

 

 

 恭しい態度の職員に案内され、あなた達は自身に宛がわれた席に辿り着いた。

 コロシアムの内部はすり鉢状となっており、あなた達が座るのは底に近い部分。参加者が戦う舞台を最も間近で見られる特等席だ。

 戦いの舞台は百メートル四方。

 この中で一度に最大八人がぶつかり合うと考えると意外に狭く感じられる。

 

「なんかイメージしてた観客席と全然違う感じです。カルラさんは一等席を手配するって言ってくれてましたけど、私、一等席っていってもあっちのいっぱい人がいる方みたいなやつだと思ってました」

 

 ゆんゆんが指し示す先もまた十分に一等席と呼べるものだったが、あちらは一般の一等席。

 対してあなた達が座るのは王族視点での一等席である。

 それはほぼ個室と呼んで差し支えない、コロシアムという限られた空間を選ばれた少人数のために贅沢に使った席だった。

 カルラ、ひいてはカイラムがどんな手段でこの席を確保したのか非常に気になるところである。

 間違っても大会開始の一週間ほど前に手配してポンと楽に取れるような席ではない。

 

「こんなに良い席で大会を見られるなんて、カルラさんに感謝しないといけませんね!」

 

 無邪気に喜ぶゆんゆんはこういったイベントの参加経験に乏しいだけあって、自分がどんな席に座っているかまるで気が付いていなかった。

 しかし変に脅かして大会を楽しめなくなってしまうのはよろしくない。

 あなたは何も告げることなく、少女の言葉に同意するだけに留めた。

 

「話は変わりますけど、もうすぐこの会場の席全部が人で埋まっちゃうんですよね。今はそれほどでもないから私も気にならないですけど……」

 

 会場全体を見渡してみるも、客席の埋まり具合は非常に疎ら。全てが埋まるまでに軽く数時間は必要とするだろう。

 時計を見ても開会式までにはだいぶ時間がある。

 遅れるよりはマシだが、少し早く来すぎてしまったかもしれない。

 

「凄く楽しみにしてましたもんね、今日のこと。こうして朝一で来るくらいですし。でもこう言っちゃ失礼かもですけど、あなたでも見てて楽しめるものなんです?」

 

 きっとあなたは出場する人たちの誰よりも強いのに。

 そんな言葉をあえてぼかしたゆんゆんの質問に、勿論楽しめるとあなたは頷く。

 

 確かに大会に出れば、余程のことが起きない限りあなたが優勝するだろう。

 

 だがそれとこれとは話が別だ。

 参加者より強いからといって、他者が戦う姿を見て楽しめないという道理は無い。

 馬より速く走れるからといって、競馬が楽しめないわけではないように。

 

「分かったような分からないような。じゃあもしベルゼルグ所属の人が出場禁止になってなかったら、あなたも大会に出たかったですか?」

 

 難しい質問だ。

 あなたは現在の形式では参加者として興味を惹かれないが、ベルゼルグの者が出場するとなると少しばかり事情が変わってくる。

 特にデメリットが見つからない上、莫大な賞金を目当てにして、ウィズやバニルが参加してくる可能性があるからだ。

 さらに噂に聞くベルゼルグ王族やリーゼ、普段は魔王軍との最前線で戦っているニホンジン達が出てくるかもしれない。

 ゆえに状況次第ではあなたも大会に参加するだろう。

 命を懸けず、互いに制限をかけた健全な環境でウィズと戦うというのも考えようによっては悪くない。

 大金がかかっているだけあって、あちらもかなり本気を出してくれると思われる。

 

 ちなみにベルゼルグの参加が許可されている場合、ゆんゆんの出場が無条件で確定する。

 今もゆんゆんに参加させ、少しでも対人経験を積ませたいと考えているくらいなので当然だ。

 

 どんな時でも全く懲りないブレない悪びれない。

 いつも通りといえばいつも通りなあなたの回答に、ゆんゆんは奥歯に物が挟まったような微妙な表情で苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 人を殺せる本。

 鈍器と形容するに何ら不足のない分厚さを誇る、闘技大会のルールブックの通称だ。

 物騒な異名は伊達ではなく、実際に殺人事件の凶器として利用された例が存在する。頭蓋を陥没させるという形で突き刺さっていたらしい。

 そんな投擲武器としても運用可能なルールブックに書かれている数多の項目のうち、比較的重要と思われるものを箇条書きにしていくとこうなる。

 

 魔王軍とベルゼルグ所属の者の参加は禁止。

 団体戦と個人戦に分かれており、先に団体戦を消化するスケジュールとなっている。

 団体戦は一チームにつきメンバーは最大四人まで。

 全体を通して予選と本選に分かれた勝ち抜き式のトーナメント形式。

 シードと敗者復活戦あり。

 一試合につき制限時間は三十分。超過した場合は審判による判定で勝敗を決める。

 その他の勝利条件は相手を場外に出すか降参させるか戦闘不能にするか。

 年齢、性別、身分、国籍、装備、スキル、宗教、道具、戦術、種族、職業などの制限は一切無し。毒物だろうが呪いだろうが問題無し。むしろじゃんじゃん使ってください。卑劣行為大歓迎。ちょっと手足が取れたり死の境を彷徨っても歴戦のスタッフが対応します。ただし魔王軍とベルゼルグは除く。

 試合外での闇討ち、殺人、替え玉、破壊工作、八百長、アクシズ教徒による試合内外での宗教勧誘はいずれも禁止。発覚次第問答無用で失格。

 

 総合すると極めて健全で常識的、安全な大会と言えるだろう。

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

 ゆんゆんから真顔でツッコミを入れられた。

 

「っていうか何思いっきりダーティープレイ推奨しちゃってるんですか。そんなのどこにも書いてませんよ。……え、書いてませんよね? 大丈夫ですよね? 私どっか見落としてませんよね?」

 

 まるで我が事のようにルールブックを熟読するゆんゆんは確かに何も見落としていない。

 だが実際ルールブックには試合内における毒物や呪いの使用が制限されていない。

 制限されていないということは使っていいということだ。

 そして使っていいということは是非使ってくださいと言っているということだ。

 

「論理が飛躍しすぎてもはや別次元にシフトしてる……ホップステップテレポートの勢いですよそれは」

 

 だがあなたに賛同する者はそれなりに出てくるだろう。

 断言してもいい。

 

「賛同するのってどうせあなたの世界出身の人でしょう? 私達と一緒にしないでください」

 

 溜息を吐くゆんゆん。

 正論ではあるが、勘違いをしている。

 あなたに賛同するであろう者とは、紅魔族とアクシズ教徒のことだ。

 アクシズ教徒にいたっては名指しで宗教勧誘の禁止を食らっているくらいなので、本気で何をやっても不思議は無い。

 

「……そうですね。私もそう思います。でも魔王軍にすら避けられる人たちと一緒にしないでください」

 

 声は微かに震えていた。

 しかし悲しいかな、異端の感性を持つとはいえ同じ紅魔族のゆんゆんが言ってもまるで説得力に欠けている。

 

「分かってます! そんなのは私自身が一番よく分かってますから! だからわざわざ言わないでくださいよもー!!」

 

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に時間は流れ、開会式が終わり、団体戦の予選が始まった。

 開会式では帝室が抱える楽団の見事な演奏があったり、前回個人戦優勝者のニホンジンが選手宣誓をしたり、何人もの大会関係者による無駄に長い訓示で観客と参加者全員が辟易したり、リカシィの皇帝が直々に参加者達に激励の言葉を送ったり、特別ゲストとして王女アイリスが感謝と激励の言葉を送ってその絶世の美少女っぷりから皇帝を上回る歓声を浴びたりしたが、ひとつひとつ書いていくとあまりにも長すぎるのでここでは割愛する。

 

 開会式のハイライトを挙げるとするのなら、やはり皇帝と王女アイリスは避けては通れない。

 王女アイリスに人気で負けてしょんぼりする皇帝の姿は少し可哀想だった。

 皇帝はその地位に違わぬ威厳のある老人であり、国内外に辣腕を振るう名君でもあるのだが。

 普通にやってるだけで人気出るから美少女ってずるいわ……と言わんばかりの切ない表情があなたの印象に深く残っている。

 

 

「予選Aブロック一回戦、第2試合! ムカつくぜクソッタレー!! チームvsばーか滅びろ商店街!! チーム!」

 

 アナウンスが次の試合に臨む2チームの名前を呼ぶ。

 あまりにもあまりなチーム名に、軽く会場がざわめいた。

 

「ず、随分前衛的なネーミングセンスですね」

 

 どちらも世の中への憎悪に満ち溢れた名前をしている。

 一体全体何があってそんな名前を付ける気になったというのだろう。

 

 ──いやあ、早くも2試合目で面白いカードになりましたねえ。解説のジョージさん、ごらんになっていかがです?

 ──それ私が普段商店街の役員やってるって分かってて聞いてます?

 

 解説席の方が軽く剣呑なムードになっているが、観客からしてみれば知ったことではない。

 喝采を浴びながら両チームが入場してくる。

 

 ──ムカつくぜクソッタレー!! チームは三名のパーティー。三人とも随分と若いですね。十代半ばといったところでしょうか。内訳は少年一人、少女一人。あと一人は……どっちでしょう。いや、ほんとどっちだこれ……。

 ──こんな可愛い子が女の子のはずがないじゃないですか。

 ──ジョージさん!?

 

「本当に性別どっちなんですかね……ここから見ても全然分からない……」

 

 あなたの目から見ても性別が判断できないあたり凄まじいものがある。

 だが今はそんな事はどうでもいい。重要な事ではない。

 闘技大会の出場者に求められるのは見た目ではなく強さ、ただそれだけだ。

 

「正論なのに逆に空気読めてない感が凄い」

 

 ──さて、対するばーか滅びろ商店街チームですが、手元の資料によると団体戦にもかかわらず一人での出場となっております。

 ──稀にあることなのですが、選手からの要望で解説の我々にだけ氏名欄が公開されておりません。ただやはり一名というのは普通に考えて無謀な挑戦です。あるいはよほど己の腕に自信があるのか。

 ──かなり期待出来るかもしれませんね。さて、選手が入場してきましたってあーっ! これはああああ!

 

「きぐるみだこれ!?」

 

 そう、ずんぐりむっくりとした全長170cmほどのリスのきぐるみが現れたのだ。

 サザンカ商店街をよろしく、と書かれた大きな旗を持ち、同じくサザンカ商店街と書かれたタスキとマントを身につけている。

 間違いなくきぐるみの中は死ぬほど蒸し暑くなっているはずだ。

 商店街の宣伝で出場させられていると考えると、なるほど、中の人が商店街滅びろと呪いたくなる理由も理解できる。

 

 ──まさかまさかのきぐるみでの登場です! しかもこれはジョージさんが役員を勤めている北東地区のサザンカ商店街のマスコット、リスのサザンカ君のきぐるみだあああああああ!

 ──おい誰だ中に入ってる奴。後でぶっ殺すからなマジで。

 

 あまりのネタキャラっぷりに観客席はどっと笑いに包まれた。

 きぐるみの手で器用に解説席に中指を突きつけるファンキーっぷりには皇帝も思わず苦笑い。

 

 ちなみに戦いはあっという間に決着が付いた。

 リスのサザンカ君は三人から寄ってたかってボロ雑巾にされたのだ。

 ムカつくぜクソッタレー!! の名に違わぬ容赦の無さであった。

 隣で見ていたゆんゆんが「やめたげてよお!!」と叫んだほどである。

 

「そこまで! 勝者、ムカつくぜクソッタレー!! チーム!」

 

 審判の声が試合の終わりを告げる。

 また一つ、勝ち上がったチームが駒を先に進めると同時に、夢破れた者たちが散っていったのだ。

 だが今回の試合に関しては、観客の誰もが滅びろ商店街チームは試合に負けて勝負に勝ったと言うに違いない。

 ちなみに敗者復活戦が残っているので出場を辞退しない限りリスのサザンカ君はもう一度出番が来る。

 きっともう一度全力で商店街のネガティブキャンペーンに走るのだろう。

 

 

 

 

 

 

「すみません、ちょっとトイレに行ってきます」

 

 その後も楽しく観戦を続けていたあなた達だったが、おもむろにゆんゆんが席を立った。

 あなた達がいるエリアは一般人の立ち入りが禁止されている。

 警備員も多数配置されているのでカフェでのようにナンパされるとは思えない。

 それでも広い会場の中で道に迷ってしまうかもしれないと思ったあなたは、自分も付いていったほうがいいか問いかけた。

 

 何故か滅茶苦茶怒られた。

 

「初めてのお使い扱いですか! っていうかナチュラルにトイレに付いていくか聞かないでくれます!? 思わずお願いしますって言いそうになりましたよ! いくらなんでもトイレに付き添いが必要なほど子供じゃありませんから! あとそれ立派なセクハラですからね!?」

 

 一息に捲し立ててぷんぷんとゆんゆんは去っていってしまった。ぷんぷんゆんゆんである。

 冗談はさておき、流石に年頃の少女相手に少しばかり無神経だったかもしれない。あなたは素直に反省した。ゆんゆんが戻ってきたら謝罪することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 おかしい。遅すぎる。

 そんな心境であなたは時計を見やった。

 

 ゆんゆんがトイレに行って早三十分が経過した。

 にもかかわらず、ゆんゆんはトイレに行ったまま一度も戻ってきていない。

 繰り返すが、あなた達のいるエリアは一般人の立ち入りが禁止されている。まさかトイレが混んでいるなどということは無いだろう。

 ゆんゆんを信じて待ち続けたが、そろそろ探しに行く頃合かもしれない。

 リーゼも魔王軍が何かしら大会に関与してくる可能性を示唆していた。何か事件に巻き込まれていなければいいのだが。

 だが杞憂の可能性も無いわけではない。

 探すべきか、待つべきか。

 しばし逡巡した後、あなたはもし次の試合が終わってもゆんゆんが戻ってこなかった場合、警備員の手を借りてゆんゆんを探すことに決めた。

 

「続きまして予選Aブロック一回戦、第10試合! 海鳥の歌チームvsエチゴノチリメンドンヤチーム!」

 

 エチゴノチリメンドンヤ。

 翻訳が効いていないのかさっぱり意味が読み取れない。何語だろう。随分と奇抜な名前のチームもあったものである。

 

 あなたがそんな印象を抱いた瞬間、突如として舞台中央に七色のカラフルな爆発が発生した。

 爆発と言っても見たところ殺傷能力は皆無であり、ただひたすらにド派手で人の目を引くだけの、エンターテイメントに特化した演出のようだ。

 まさか初戦でこのような大道芸を披露してくるとは、エチゴノチリメンドンヤはよほど目立ちたがりのチームなのだろうか。

 いやおうなしにあなたも興味を惹かれるし、あなたと同じくエチゴノチリメンドンヤってなんだ? イチゴの仲間か? と首を傾げていた観客達もこれには大喝采。

 

 シュプレヒコールが吹き荒れる中、屋内であるにも関わらず、舞台上に今度は強い突風が吹き荒れた。瞬時に観衆の目を覆い隠していた煙が跡形も無く消し飛んでいく。

 観客席にまで音が聞こえてきそうな轟風は、明らかに自然に発生したものではなく人為的なもの。

 間違いなく魔法、それもアークウィザード級のものだ。

 

 そしていつの間にそこに現れていたのだろう。

 煙が晴れた舞台の中央には、気付けば二つの人影があった。

 

 片や純白のブレストプレートで武装し、鼻から額までを覆い隠す群青色の仮面を付けた金髪の少女。

 片や全身を漆黒のローブで覆い隠し、頭部には鮮血の如き真紅のバケツヘルム……というかバケツそのものを被った正体不明の何者か。

 どちらも体躯は十代前半という子供のもの。

 

 あまりにも異様な出で立ちをしたチームの出現に、それまでが嘘のようにしんと静まり返る会場。

 だが観客の視線を一身に浴びながらもそれをまるで意に介す事無く、二人はポーズをばっちり決めて高らかに名乗りを上げる。

 

「いつも心に愛と勇気を! チリメンドンヤの孫娘、マスクドイリス推参!」

「弱きを助け強きを挫く! 正義と平和の使者、ジャスティスレッドバケツガール参上!」

 

 ぶっふぉっ、と。

 とてつもなく覚えのある二人の声を受け、間抜け極まりない擬音があなたの口から溢れ出た。


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