このすば*Elona   作:hasebe

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第121話 天下御免で絶対無敵のスーパーヒロイン(非合法)

 ちょうどあなたの口に含まれていたオレンジジュースが、盛大に噴き出されたことで瞬時に霧と化す。

 霧となったオレンジジュースは夏の強い日差しを反射することでキラキラと輝き、あなたの足元に小さな虹を生み出した。

 

 世の絵描き達がこぞって筆を取らずにはいられない、幻想的で感動的な光景をいとも容易く生み出したあなただが、はっきりいってそれどころではない。

 ゆんゆんだ。

 格好こそ席を立つ前から大きく変わっているものの、間違いなくあの真っ赤なバケツを被っているのはゆんゆんだ。

 人は誰しも己の常識を遥かに超える事態に直面すると思考を停止させてしまう。あなたにとってはまさに今がその瞬間である。

 津々浦々を巡り多種多様な経験を積んできたあなたは大抵のことに動じないだけの胆力を有しているが、いくらなんでもこれは反則としかいいようがない。

 何がどうしてこうなった。

 果てしない驚愕と感動と後悔があなたを同時に襲う。

 

 まさかあのゆんゆんがこんな大胆すぎる行動を、という驚愕。

 自分の知らない間にここまでの成長を遂げていたとは、という感動。

 そして、何故自分はあの場に立っていないのか。あの時トイレに行くと言ったゆんゆんについていっていればよかった、という後悔。

 

 つまるところ滅茶苦茶楽しそうなのであなたも二人に混ざりたかったのだ。

 

 だがすぐにそれはダメだと思い直す。

 たとえそれがどれだけ傍から見ていて楽しそうで羨ましいと感じたとしても。

 ノリノリで楽しんでいるティーンエイジャーの少女達に大人の男が自分から混ざっていくなど、空気が読めていないなどという言葉では到底片付けられない。外野から石もて追われても文句は言えない所業だ。

 混ざるのであれば性転換して若返る必要がある。

 しかし性転換する上で必要不可欠な願いの杖が音が鳴るだけの産廃になっているので、今のあなたではどうにもならない。

 ウィズに頼めばどこからともなく性転換の道具を仕入れてきてくれるのかもしれないが、副作用が恐ろしすぎるので却下。

 

 そもそもあなたがこの件について何も聞かされていないということは、ゆんゆんがあなたに秘密にしておきたかったということだ。

 普通にゆんゆんが恥ずかしがったのか、あなたが出張れば何もかも台無しにされてしまうと考えたのかは定かではないが、除け者にされた寂しさをぐっと堪えてあなたは今回はゆんゆんの意向を汲んであげることにした。

 

 

 

 

 

 

 ──エチゴノチリメンドンヤチーム、初戦から大胆なパフォーマンスで物の見事に会場中の度肝を抜いていく! しかしご安心ください、かくいう解説席の我々も唖然とさせられました! そして対する海鳥の歌チームも動揺を隠しきれていない様子!!

 ──彼らは結構場数を踏んだやり手のはずなんですけどね。しかし無理もありません。貰い事故もいいところですよこんなの。狙ってやっているのであれば大したものです。

 ──なるほど、一見すると奇怪極まりない一連の行動を、ジョージさんはエチゴノチリメンドンヤチームの作戦であると考えているのですね?

 ──むしろそうであってほしいと願います。

 

 両チーム……エチゴノチリメンドンヤは最初から舞台に上がっているので、海鳥の歌チームが舞台に上がる。

 海鳥の歌のメンバーは二十台前半の男女がそれぞれ二名。

 剣士とナイトが男、僧侶と魔法使いが女という構成になっている。

 

 ──海鳥の歌チームは最近頭角を現している実力派の冒険者パーティー。その平均レベルは23。主にトリフを拠点として活動しているので、見覚えのある方も多いのではないでしょうか。

 ──エチゴノチリメンドンヤチームは本人達の希望により本名、出身、経歴全ての項目が非公開となっています。怪しんでくださいと自分から言っているようなものですが、規則上、登録には冒険者カードのような身分証が必要になります。身元が明らかになっていない者は大会に参加することが出来ないのです。

 ──つまり大会運営はちゃんと彼女達の素性を把握している、というわけですね?

 ──はい。そういうことです。

 

 解説はああ言っているが、運営は間違いなく二人の正体に気付いていない。

 何せ彼女たちはベルゼルグ第一王女と紅魔族次期族長。

 あらゆる意味で非合法かつレギュレーション違反としか言いようがない。

 

 そんなインチキコンビが使っている武器だが、これはトリフで売っている安価な市販品……ではなく、どちらもベルゼルグ王都の高級武具店で売っていそうな一級品、つまりガチンコ仕様である。

 露骨に勝ちに来ている。実に大人気ない。酷い話もあったものだ。

 

 王女アイリスがその手に持っている武器はアダマンタイト製の片手剣。

 かなりの業物だが、流石に王都防衛戦で使っていた神器、聖剣エクスカリバーには大きく劣る。

 しかしエクスカリバーはベルゼルグの国宝として見た目が広く知られているので、こんな場所で振り回そうものなら一瞬で大問題に発展する。使用を禁じるのは当然だろう。

 

 神器はお目にかかれないが、あなたにとっては期せずして降って湧いた、ベルゼルグ王族の戦いを見る初めての機会である。

 魔王軍幹部として長きに渡り最前線で戦い続けたベルディアは、ベルゼルグの王族に対してあなたにこういう言葉を残している。

 

 ──あいつらはそこらへんのニホンジンが束になっても勝てないくらい強いぞ。俺は過去に何人か殺したことがあるんだが、基本的に罠や謀略で孤立したところを精鋭で袋叩きにする必要があったな。王族が常に最前線で戦いながら指揮を執るなどあらゆる意味で論外で常識外だが、そうでもしなければ今頃とっくに世界は魔王軍の手に落ちているだろう。ちなみに今の俺ならタイマンで普通に勝てる。終末狩りは最高だな……とでも言うと思ったかバカめ! あんな鬼畜の所業を俺にやらせるご主人はほんとバカ! だが最初に終末狩りを考えた奴はもっとバカだ!!

 

 強い力を持つ勇者を代々取り込み、素養を引き継ぐという形で血の研磨を続けてきたベルゼルグ王家。

 その最先端、まだまだ幼く未熟な王女アイリスの現時点の実力は果たしてどれほどのものなのか。

 相手の虐殺は半ば確定した未来だが、それでも非常に興味深い一戦と言えるだろう。

 

 一方のゆんゆん。

 彼女もまた普段使いしているものではなく、マナタイト製の長杖を持たされていた。普段は短杖を使っているので中々新鮮な光景である。

 めぐみんやウィズ、レインや女神アクアがそうしているように、魔法を扱う後衛職は長杖をメインの武器として扱うというのが一般的だ。

 素材使用量は多ければ多いほど魔法を補助する上で有利になるというのもあるし、長物は近接戦闘時にリーチの面で強い。足場の悪いところでも三本目の足として役に立つ。

 ゆえに短杖はその取り回しの良さを活かした、いざという時のためのサブウェポンとして重宝されている。

 

 そんな中、ゆんゆんはアークウィザードとしては非常に珍しい、短剣と短杖の二刀流スタイルを好む。

 後方で固定砲台となるのではなく、紅魔族の高い身体能力とあなたから叩き込まれた近接技能を十全に活かした戦い方だ。

 本領を発揮するのは中衛だが、前衛と後衛の役割もおおむね問題なくこなせる万能型といえる。

 ウィズから武器に付与するタイプのセイバー系魔法を伝授された今の彼女は、クリエイトウォーターとテレポートとみねうち以外のスキルを持て余し気味なあなたなどより、よっぽどちゃんとした魔法戦士をやっていた。

 

「両チーム用意はいいですね? それでは……予選Aブロック一回戦、第10試合! 海鳥の歌チームvsエチゴノチリメンドンヤチーム……試合開始!!」

 

 開幕の銅鑼が鳴ると同時、重装備のナイトを中心とした陣形を組んで様子見に徹する海鳥の歌チーム。

 対してエチゴノチリメンドンヤチームは、マスクドイリスを置き去りにジャスティスレッドバケツガールが単身で突っ込んだ。

 連携を欠片も考えていないその振る舞いは、まるで王都防衛戦におけるあなたの鏡写しの如く。

 

 ──ジャスティスレッドバケツガール、まさかまさかの開幕単独突撃! ローブを着て杖を持っていれば後衛職だろうと判断する我々の固定観念を嘲笑う奇襲をしかけてきた!!

 ──相方のマスクドイリスはその場から一歩も動きませんね。何かのスキルを使っているという様子でもないようです。

 

 実際ゆんゆんは後衛職なのだが、たかだかレベル20台前半のパーティーに押し負けるような温い鍛え方をあなたとウィズはしていない。王女アイリスのサポート無しでも余裕で勝利を掴むことができる。

 だがそれでは王女アイリスが楽しくない。きっとどこかのタイミングで動きを見せるはずだ。

 二人がどんな作戦を組んできたのか、あなたは期待に胸を膨らませながら戦いを見守っていた。

 

 対して、突撃してきた見るからに魔法使いなバケツ頭に面食らうも、即座に迎撃を開始する海鳥の歌チーム。

 ナイトが仲間の盾となるように一歩前に進み、僧侶が支援魔法をかけ、剣士と魔法使いが遠距離攻撃を担当する。

 オーソドックスながらもスムーズな立ち回りは、それなりに場数を踏んで自分達の戦い方を確立した者達の動きだ。実力派と言われているのは伊達ではない。

 伊達ではないのだが、相手が悪い。あなたは早くも内心で追悼の言葉を送り始めた。

 

音速剣(ソニックブレード)!」

「ライトニング!!」

 

 倍近いレベル差があれども、ゆんゆんは上級職でも最低クラスの防御力を持つアークウィザード。

 迂闊な被弾は当然痛手に繋がる。

 ゆえに自身に向かって放たれた飛ぶ斬撃や雷撃を、彼女は僅かに射線から体をずらすという形でバケツとローブに傷が付かない紙一重の距離で避けていく。

 このことからも分かるように、ゆんゆんは目がいい。船上で知り合ったハルカのような常軌を逸したレベルではないが、攻撃を見切るのがとても上手い。

 というか上手くないと耐久力の低い魔法使いがリーチの短い武器を使った接近戦など命が幾つあっても足りはしない。

 

 ──海鳥の歌チームの攻撃を掻い潜り、あっという間に接近戦の距離まで縮めてきたバケツガール! ここからどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!

 

「デコイ!!」

 

 懐に潜り込まれた瞬間、ナイトが囮スキルを発動。

 ゆんゆんの意識を引きつけながら鋼鉄製のタワーシールドを構え、その重量をもって盾殴り(シールドバッシュ)を敢行した。

 ではゆんゆんはどうしたかというと、迫り来る壁の如き盾を杖でぶん殴った。

 金属同士が正面からぶつかり合う派手な音が会場に鳴り響く。

 結果として打ち負けたのはナイト。1メートルほど後方に吹き飛ばされ、一撃で大きく凹んだ盾に愕然とした表情を浮かべる。

 

「じょ、冗談だろ……!?」

「あの見た目で前衛職だっていうの!?」

 

 アークウィザードが使える魔法の中には肉体を強化するものがあり、ゆんゆんも当然これを使用できる。

 流石に同レベル帯の前衛職と直接の殴り合いを可能にするほどではないが、レベル20台の前衛であれば余裕で上回ることができる。

 

エンチャント・サンダー(エレキ・オブ・セイバー)!!」

 

 ゆんゆんの嘘っぱちの詠唱と共に、長杖の先が過剰なまでに派手な音を立てて紫電を帯びる。

 

「エンチャントってことは、お前魔法戦士か!」

 

 ──なんとジャスティスレッドバケツガールは魔法戦士だったようです! ジョージさん、中々珍しい職業ですよこれは! この出力であれば、あるいは上級職のエレメンタルナイトに到達しているやもしれません!

 ──スペック自体は下級職の時点で中級職と言えるくらい高いんですけどね。純粋に適性持ちが少ないというのと、あまりにも色々と出来すぎるせいでスキル振りが中途半端になりやすく、どうにも器用貧乏のイメージが拭えない職業でもあります。

 

 物凄い勢いで嘘をつくゆんゆんに、会場中の誰もが騙された。

 付与式のセイバー魔法を知らなければあなたも容易く騙されていただろう。

 

 ──さて、こうなると俄然気になってくるのがマスクドイリスの職業ですが……は?

 

「足元がお留守になってますよ」

 

 半ばゆんゆんの一人舞台の様相を呈してきた中。

 不思議と、その大きくもなんともない普通の一言は会場の隅々までよく届いた。

 突然真横から聞こえてきた声を受け、ナイトは反射的に足元に目を向ける。

 

「ごめんなさい、ちょっとお兄様に教わった台詞を言ってみたかっただけです」

 

 てへぺろと舌を出しての茶目っ気に溢れた台詞と裏腹に、放たれたのは目が覚めるような剛の剣による躊躇の無い一閃。

 響き渡る轟音に何が起きたのかを理解できた者が何人いるだろうか。

 ゆんゆんが音と光で注意を集めたまさにその瞬間、マスクドイリスが動いたのだ。

 超高速で舞台の反対側に移動し、その細腕に見合わぬ膂力を以って、全身を金属製の重装備で固めたナイトをいとも容易く場外に吹っ飛ばした。

 解説があげた忘我の声は、そこにいるはずのマスクドイリスの姿が忽然と消えていたから。

 

 鎧を破壊され、舞台の外で痙攣するナイトは完全に意識を失っており、場外に落ちて失格になったことを差し引いても戦えるような状態ではない。

 控えめに言って瀕死の重傷である。

 

 場外の話題になったので記しておくが、舞台の高度限界はちょうどコロシアムの天辺まで。それを超えると場外判定で失格になる。

 過去に先手必勝で一発だけ攻撃を当ててから舞台の遥か上空に時間切れまで逃げ去り、徹底的に判定勝ちを狙って優勝を果たした鳥の獣人がいたので、今はしっかりとレギュレーションが定められている。

 

 同時に地下は舞台の1メートル下まで。

 過去に先手必勝で一発だけ攻撃を当ててから舞台の地下深くへ時間切れまで逃げ去り、徹底的に判定勝ちを狙ったはいいが穴に水を流し込まれて溺死したモグラの獣人がいたので、今はしっかりとレギュレーションが定められている。ちなみにリザレクションでしっかり蘇生された。

 

「イリスちゃん!? ねえマスクドイリスちゃんちょっと!?」

「大丈夫ですジャスティスレッドバケツガール。舞台とその周囲にかけられた効果のおかげで基本的に参加者が死ぬことはありません。この程度は大会では日常茶飯事です。それにお兄様もこう言っておけば大体なんとかなると言っていました。──安心せい、峰打ちじゃ、と」

「うわあその方向性の言葉ってなんだか物凄く聞き覚えがある!」

「なるほど、やっぱりお兄様は間違っていなかったということですね! 流石はお兄様です!」

「どうなのかなあ、それってどうなのかなあ!?」

 

 流石に血相を変えてゆんゆんが詰め寄るも、王女アイリスはあっけらかんとしていた。

 大会とはいえ同じ人間相手に平然と暴力を行使するあたり、王族の教育方針を感じずにはいられない。実に素晴らしい。

 

『王女様、思ってたよりだいぶ強いね。いつもベルディアおじちゃんと遊んでる人ほどではないけど』

 

 素直に感心した風の妹の言葉。

 あなたの見立てでは、互いに神器とスキル無しの状態で比較した場合、王女アイリスの現段階での実力はキョウヤより頭一つか二つ下。

 慢心が消え去り、ストイックに修行に励む才能に溢れた魔剣の勇者が比較対象であること、そして彼女の弱冠十二歳という年齢を思えばこれは規格外と言ってもいい。

 これに国宝の神器と王族の固有スキルが付いてくると考えると、なるほど、ベルゼルグ王家の実力の程が窺えるというものである。

 

『これ護衛いるのかな? どう考えてもクレアとレインって人たちより王女様の方が強いでしょ』

 

 確かに王女の強さはクレアとレインを優に上回っている。

 ゆんゆんがドラゴン使いになった暁には、本気の王女アイリスと戦って勝てるようにゆんゆんとドラゴンを鍛えようとあなたが考えるほどに。

 

 ゆんゆんが最終的に目指す先が廃人級であることは周知の事実だが、そこに至るまでの道のりはあまりにも遠く、茫洋としすぎている。

 だが手ごろな目標を設定し、段階的にそれを超えていくというのであれば。

 本人としても鍛える側としても、モチベーション的に力の入りようが大きく変わってくる。

 廃人へと至る道が己とのモチベーションとの戦いである以上、ゆんゆんも何かしらの手を打ち続ける必要があり、あなたは直近の目標をドラゴン使いに定めていた。そして次の目標を王女アイリスと見定めたわけである。

 

 高い山に登る時、最初から山頂を目指すのではなく、五合、六合と刻んでいくように。

 あなたもまた段階的に目標を作って踏破してきたものだ。

 その相手はある時はコボルトであり、ある時はドラゴンであり、ある時はミノタウロスの王であり、ある時は猫の女王であり、ある時は神であった。

 どれも皆、あなたが今に至るまでに超えてきた思い出深い相手、強敵と書いて剥製(もう殺した)と読む間柄である。

 ゆえに王女アイリスも彼らと同じように、ゆんゆんの勝利の思い出(ハンティングトロフィー)になってほしかったのだ。実際に殺害出来るかは別として。

 

 

 

 

 

 

「そこまで! 勝者、エチゴノチリメンドンヤチーム!!」

 

 その後、半死体と軽傷者を二名ずつ生み出し、王女アイリスとゆんゆんは無事に勝者となった。

 どちらがどちらの手によるものかは言うまでもないだろう。

 

 最初から分かりきっていたが、やはり酷い虐殺になった。

 繰り返すが、海鳥の歌チームは何も悪くない。

 ただただ相手が悪かった。強さ的な意味でも、規約違反的な意味でも。

 何もかもエチゴノチリメンドンヤチームが悪い。

 

 ──決着ゥゥ―――――ッ!! 強い強いぞ強すぎる! 一見してイロモノコンビかと思いきや、終わってみれば圧倒的! 海鳥の歌チームを鎧袖一触で撃破! 何者なんだこの二人! 何者なんだエチゴノチリメンドンヤチーム! 突如出現したダークホースにオッズも大荒れ間違いなし!

 

 圧倒的な力を見せつけ、観客達から拍手と喝采を浴びるエチゴノチリメンドンヤチーム。

 闘技場において、強さとは正義だ。ダーティープレイに走らない限りは。

 マスクドイリスは観客に手を振って悠然と、ジャスティスレッドバケツガールは逃げるように駆け足で舞台を後にした。

 

 ──さてジョージさん、今の戦いを振り返ってみて、いかがですか?

 ──間違いなく優勝を狙えるでしょう。それでも彼女らの不安点を挙げるのであれば、やはりジャスティスレッドバケツガールになります。明らかに対人戦に不慣れな様子を見せていました。それだけではなく、観客席への流れ弾を気にしていたようにも思われます。

 ──初めての参加者によく見られるパターンですね。慣れた参加者はそういうの全然気にしなくなるんですけど。

 

 舞台とその周囲には特殊なマジックアイテムの効果によってみねうちに似た状態が維持されており、更に舞台と観客席の間には攻撃を通さないように強固な結界が張られている。

 大会参加者と観客の両方に配慮が為され、危険への対策が施されているというわけだ。

 

『あっちのアリーナにはそういうの全然無いもんね』

 

 妹が言うアリーナとは、イルヴァにおける闘技場の名称だ。

 あなたのような冒険者は勿論のこと、非番の兵士や暇を持て余した貴族、小銭目当ての傭兵、度胸試しの観光客、時には残酷で悪趣味な見世物として連れてこられた奴隷が出場したりもする。

 内容としては同じ参加者やモンスターと戦ったり、手持ちのペットでチームを組んで戦わせたりするという、分かりやすくオーソドックスなもの。

 

 闘技大会のような配慮は存在せず、戦いの舞台と観客席は3メートルほどの段差と申し訳程度の柵で仕切られているだけ。

 場外負けなど存在しないので敗者は当然のように殺されるし、観客席に流れ弾が飛ぶなど日常茶飯事。対戦相手から逃げ出したモンスターが観客席に飛び込み、阿鼻叫喚に陥るなど珍しくもなんともない。

 

 

 

 

 

 

 試合が終わっておよそ五分後。

 ゆんゆんが戻ってきた。

 

「す、すみません。遅くなっちゃいました。トイレがすっごい混んでたり道に迷っちゃったりで」

 

 全速力で走ってきたのだろう。

 肩で息をしつつえへへ、と可愛らしくはにかんで席に座るゆんゆんにあなたは困惑した。

 それはひょっとしてギャグで言ってるのか、と。

 あなたが見たところ、ゆんゆんはジャスティスレッドバケツガールの正体がバレていないと本気で信じている。自分の言い訳が通じると考えている。

 そこまでは分かるのだが、何故変装と言い訳に絶対の自信があるのかが分からない。

 自分の師匠は目にガラス玉を突っ込んでいるとでも思っているのだろうか。

 

 思うところは多々あれど、それでもあなたはあえて何も気付いていないフリをした。

 暴露するのは簡単なのだが、仮にそれをやった場合、翌朝、自室で首を吊っているゆんゆんが発見された……。みたいな喜劇、もとい悲劇が起きる予感がするのだ。

 

 しかし次の試合からはどうするつもりなのだろう。

 スケジュールの関係上、今日のところはエチゴノチリメンドンヤチームの試合はこれで終わりだが、明日以降も団体戦は続くし、勝ち上がれば残る参加者の数は減り、必然的に一日の試合回数も増える。

 適当なところで満足して出場を辞退するのか。

 もしくは紅魔族随一の方向音痴にして頻尿の持ち主の称号を手に入れるつもりなのか。

 

「それでなんですけど、実は道の途中で偶然アイリス様に会ったんです。そしたら折角だし一緒に観戦しようってお願いされちゃって……あの、明日からはアイリス様のところで観戦してもいいですか?」

 

 少しだけあなたは感心した。

 中々に上手い言い訳を作ってきたものだ。王女アイリスとはとっくに口裏を合わせているのだろう。

 あなたは特に追及することもなくゆんゆんのお願いに許可を出した。

 

 しかし疑問も残る。

 ゆんゆんのアリバイを完成させるためには、王女の護衛であるクレアとレインの協力が必要不可欠だ。

 まさか二人は主君の非合法的な手段を使った大会への参加を認めたというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 大過なく無事に大会一日目が終わりを迎えた夜。

 ホテルのバーで一人グラスを傾けるあなたの姿があった。

 適当におすすめを頼んだのだが、やはり酒に関してはイルヴァ側が圧倒的に後塵を拝している。

 やはり水だ。何にしても水質の差が大きすぎる。

 

「こ、こんばんは……お隣、よろしいですか?」

 

 かけられた声に、おや、とあなたは思う。

 呼び出しはしていたのだが、まさか今日来てくれるとは思わなかったのだ。

 来訪を待ち望んでいた相手に、あなたは振り返り……目が点になった。

 

「ほ、本日はお誘いいただきありがとうございます……」

 

 現れたのは王女アイリスの護衛であるレイン。

 カイラム印の招待券を持つとはいえ、招かれざる客でありながら会場内で王女アイリスの席に行けるわけがないと判断したあなたは、大会職員を通してレインに便りを送っていた。

 大事な話がある。大会期間中は毎日この時間この場所にいるので、時間がある時に来てほしいと。

 

「私の格好、おかしくはありませんか?」

 

 レインは普段の地味めな格好ではなく、ばっちりと化粧を決め、赤と黒を基調としたやたら気合いが入ったお洒落な服装をしている。

 これからデートにでも行くのだろうか。もしくはパーティー会場から直接足を運んできてくれたのかもしれない。

 あなたは素直にとても似合っていると言葉を送った。

 

「あ、ありがとうございます……普段はこういう格好をしないのでどこか変だったらどうしようかと……」

 

 レインはおずおずとあなたの隣に座った。

 バーは暗がりなので気が付かなかったが、よく見てみるとレインの顔は真っ赤だ。

 大丈夫だろうか。熱でもあるのかもしれない。

 

「うひゃい!?」

 

 あなたが気遣う言葉をかけると、飛び上がらんばかりの反応が返ってきた。

 明らかに様子がおかしい。

 

『ねえお兄ちゃん、これあれじゃない? お兄ちゃんからデートに誘われたって勘違いしてるんじゃない?』

 

 妹の言葉にあなたは危うく噴き出しかけた。

 確かにレイン以外からも検閲される可能性を考慮して、手紙に具体的な内容は何も書いていなかった。

 だがあなたとレインは正真正銘、ただの顔見知りでしかない。

 彼女がウィズの大ファンであるということを通じて多少は縁があるが、それ以上のものではない。

 その程度の相手からの呼び出しを、デートの誘いと考えるものなのだろうか。

 

『この人王女様の教育係で護衛でしょ? 同僚も女性ばっかりだろうし、出会いが無さすぎて喪女を拗らせてると私は見たね』

 

 そういえばリーゼとの初対面の日、リーゼがレインにいい年なのだからさっさと相手を見つけろと言っていたような気もする。

 

「その……ご存知の通り、私の実家は貴族の中でも最下層な上に貧乏という、名ばかり貴族もいいところでして……しかも学園を卒業してからは師匠のところでお世話になり、そのままアイリス様の護衛の役職を頂いたので、その、こういった経験が、ですね……あ、アイリス様の事でしたら大丈夫です。その、とても喜んで送り出していただきまして……」

 

 妹の考察を裏付けるが如く、聞いてもいないレインの身の上話が始まった。

 レインは十分に美人に分類される女性なのだが、彼女をこれっぽっちもそういう目で見ていないあなたとしては普通に怖いだけである。何が怖いかというとまんざらでもなさそうなのが怖い。出会いに飢えすぎている。

 このまま放置していてはレインの中で勝手に外堀が埋まりかねないと判断したあなたは、彼女の誤解を解くことにした。

 

 

 

 

 

 

「死にたい……死のう……」

 

 無事に誤解は解けたがレインの目が死んだ。

 翌朝、自室で首を吊っているレインが発見された……。みたいな喜劇、もとい悲劇が起きる予感がする。

 あなたは酔い潰す方向で事態を解決することにした。

 酔った勢いでうっかり口を滑らせてくれないだろうかと考えていることは否定しない。

 

「ううっ……出会いが……このお仕事って全然男の方との出会いが無いんです……同じ護衛のクレアとも身分の差がありすぎて……本人は同僚に様付けは不要だと仰っていますが……たまに周囲の目が怖くて……」

 

 あなたは愚痴を吐き続けるレインをまあまあと慰めつつ、だいぶ酔いが回ってきた頃合を見計らい、自然な会話の流れでゆんゆんと王女アイリスが友情を築いたことについて話をした。

 

「ええ、はい……喜ばしい話です……私もアイリス様がお喜びになるお顔を見るのは大変嬉しいです……」

 

 さて、本題である。

 そのゆんゆんが闘技大会中に王女アイリスと共に試合を観戦するという件についてだ。

 これについてレインはどう思っているのだろう。

 

「ああ、そうらしいですね……アイリス様と師匠もそう仰っていました……」

 

 少しおかしな答えが返ってきた。

 まるで護衛であるはずのレインが関与していないような言い回しである。

 

「あーあー、はい、それは、ですね……アイリス様はちょっと今クレアと喧嘩をしていまして……今日もずっと我々ではなく師匠をお付きにして……私達は別の場所で試合を観戦してたんですよ……」

 

 レインの言葉にあなたは確信した。

 何故かレインは王女アイリスたちのチームの正体に気付いていない。

 

 そしてリーゼと王女とゆんゆん、この三人はグルだ。

 リーゼは型破りな面を持つが王家に忠誠を誓っている大貴族。

 二人を大会へ潜り込ませる裏工作などお手の物なのだろう。

 

『これは言いだしっぺは王女様かな。そういうこと考えそう』

 

 確かに、いくらリーゼとはいえ、自分から王女を大会に出るよう諭すとは思えない。

 王女が発端だという妹の予想をあなたは肯定した。

 

 しかしリーゼがやり手とはいえ、あなた達がトリフで彼女と出会ったのはほんの四日前。

 幾らなんでも手際が良すぎる。

 この世界の童話にはジェバンニとかいう何でも一晩で解決してくれる万能執事が存在するが、あれはただの物語だ。

 

「……クレアはアイリス様を深く敬愛しているのですが、その、たまに、ほんの少しだけ、愛情表現が過激になるといいますか……そのせいかアイリス様が、最近のクレアちょっと気持ち悪くて嫌です、大会会場での護衛はリーゼに担当してもらうので反省してくださいと仰られまして……何故か私まで一緒に……このまま護衛をクビにされたらどうしよう……ウィズさんのお店で雇ってもらおうかな……」

 

 この後、あなたは酔い潰れて眠ってしまったレインを帝城まで送り届けることになる。

 多少面倒だったが、自室で眠らせるなどというのは選択肢に上りすらしなかった。

 

『絶対何かあったって勘違いするよね。本人も、周りも』

 

 そういうことである。

 まかり間違ってウィズの耳に届いたらと思うと、あまりにも恐ろしすぎる。


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