このすば*Elona   作:hasebe

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第123話 たったひとつの冴えたやりかた。あるいは促成栽培という名のデスマーチ(10%)

 圧倒的なスペックを振るい続けたエチゴノチリメンドンヤチームは、その後も順調に勝ち進み、下馬評を裏切ることなく予選を突破した。

 これは、予選が終了した日の夕刻、リカシィ帝城の一室にて起きた一幕である。

 

「アイリス様、ゆんゆん、決勝トーナメント進出おめでとうございます」

 

 王女アイリスに用意されたその部屋は、ささやかな祝いの席へと変化していた。

 テーブルには様々な菓子や飲み物が並べられ、部屋の壁には祝、Aブロック突破! と書かれたリーゼロッテ自作の横断幕がかけられている。

 

「お二人のこれからの活躍を祈って、乾杯!」

「…………」

 

 笑顔でグラスを掲げるベルゼルグの中でも五本の指に入る譜代の臣にして大魔法使い。

 だがしかし、肝心のアイリスとゆんゆんからの反応は無い。

 

 本来であれば和気藹々とした空気が流れていたであろう祝賀会は、実際には正反対といってもいい、恐ろしく静かで不穏な雰囲気で満ちてしまっていた。

 私、拗ねています、と言わんばかりに頬を膨らませたアイリス。

 そして口をだらしなく半開きにし、魂が抜けたかの如く放心した姿を晒すゆんゆん。

 

 笑顔を引っ込めたリーゼロッテはグラスを軽く呷り、こう言った。

 

「いやー、まさか決勝で負けるとは思いませんでしたわね」

 

 今まさに打ちひしがれている少女達への配慮など欠片も無い老人のずけずけとした物言いを受け、アイリスの頬が更に二割ほど大きくなり、ゆんゆんは椅子の上でびくんびくんと痙攣した。

 

 Aブロック2位。

 それがエチゴノチリメンドンヤチームの予選結果だ。

 予選ブロックの優勝者には褒賞が与えられるが、決勝トーナメントは各ブロックの8位まで出場可能となっている。

 当然予選2位であるエチゴノチリメンドンヤチームも決勝トーナメントに出場する予定となっており、予選決勝で負けたからといって何か問題があるわけではない。二人が求めるものを考えればなおさら。

 だがそれはそれ、これはこれ。予想だにしない敗北は二人に決して小さくない衝撃を与えていた。

 

「反省会にしておきます?」

 

 無言で首肯する少女たち。

 とてもではないが祝賀会を楽しめる気分ではなかった。

 

「ではそのように。……アイリス様、可愛らしく拗ねても時間は戻りませんわよ。ゆんゆんもいつまでも腐った魚みたいな目をしていないで切り替えなさいな」

 

 リーゼロッテが人差し指で王女の頬を突くと、ぷひゅーと間抜けな音がその可憐な口から漏れた。

 ここにアイリスの付き人のクレアがいれば刀傷沙汰不可避の狼藉だが、この場には三人しかいない上に気にするものはいない。アイリスもゆんゆんも今はそれどころではないのだ。

 

「だってリーゼさん、レギュレーションをぶっちぎっておきながらあの体たらくとか、ちょっと、ほんともう……ウィズさん達に腹を切ってお詫びするしか……」

「確かに不甲斐ない戦いといえばその通りでしたが、たった一回封殺食らったくらいでそんなに凹んでどうしますの。予選落ちしたわけでもあるまいし。次に勝ちゃいいんですのよ勝ちゃ」

 

 学生時代、ウィズに挑んではボロクソに負け続けた経験を持つリーゼロッテ。

 彼女は決定的な挫折を味わったものに対しては寛容だが、それ以外の敗北は噛み締めて自身の糧とすべしという持論を持つ人間だった。

 

 ややあって、眉間に皺を寄せたアイリスが不承不承と口を開く。

 

「私たちの方が絶対に強かったはずです」

「そうですわね。その意見には同意いたします。個人個人の強さ、という意味ではこちら側が上回っていたでしょう」

 

 ですが、と続ける。

 

「実際の勝者は相手チームです。アイリス様たちは個人としては上回っていても、チームとしては圧倒的に負けていたとわたくしは断言いたしますわ」

 

 ぐうの音も出ないとばかりに押し黙る王女アイリス。

 彼女は大の負けず嫌いだが、現実を受け入れられない愚か者ではない。

 エクスカリバーや王家伝来の必殺技を使えば勝っていたなんてことは絶対に考えないし、口にしない。それはあまりにもベルゼルグの血を継ぐものとして情けなさ過ぎるがゆえに。

 

 繰り返すが、アイリスとしてはこの大会への参加は遊び以外の何物でもない。

 思い出作り以外にも、日頃の訓練の成果を確かめたいとか、できたらちょっと私TUEEEEしてみたいとか、そういったベルゼルグ王族によく見られるモチベーションで大会に臨んでいる。

 

 仮に相手と鎬を削った上での敗北であれば、天晴れと相手の強さを清々しい気持ちで受け入れただろう。

 しかし今回は少しばかり負け方が悪かった。

 相手はルールに則って勝利した。卑怯な手を使われたわけではない。

 それでも納得いかない。そんな心境が彼女の機嫌を悪くしている。

 人は誰しも気に入る負け方と気に入らない負け方を持っており、今回は後者だった。

 

 ちなみにゆんゆんに対して怒っているとかそういう話ではない。

 それどころか先に脱落したのがアイリスなので、むしろゆんゆんには若干申し訳なく思っていたりする。

 

 そんなベルゼルグ第一王女と紅魔族次期族長。

 間違いなく全参加者随一のステータスを誇る、エリート中のエリートチームを破ったのは、二人と同年代の少年少女であるムカつくぜクソッタレー! チームの三人である。

 

「挙げられる敗因としては、アイリス様の実戦経験不足と慢心、ゆんゆんの対人戦への腰が引けた姿勢、二人の連携も策も投げ捨てた雑な立ち回りといったところでしょうか。チーム戦なのですから次はちゃんとチームで戦いましょう。これらを見事に突いた相手の戦い方が普通に上手(うわて)でしたわね。いくら能力面で優越しているとはいえ、若さと勢いに任せた無策のゴリ押し一本で優勝できるほど甘くはなかった、ということでしょう」

 

 事前に相手の情報を集め、戦い方を分析した上で対策を講じ、勝利すべく作戦を練る。

 それはどのチームも大なり小なりやっているであろう、しかし物見遊山で大会に参加していたエチゴノチリメンドンヤチームが怠っていた行為でもある。

 

「次は絶対に勝ちます! あんな負け方で終わりというのは……そう……ムカつくぜクソッタレー! なので!」

「その意気ですわ」

 

 気持ちを切り替え、むん、と可愛らしく気合を入れる王女に微笑むリーゼロッテ。

 

「ただまあなんというか、やはり血は争えませんわね。陛下もお若い頃は連携を苦手としておられました」

 

 アイリスに限らず、ベルゼルグの王族は常に最前線の先頭に立って戦うという役割を担っているが故か、味方を鼓舞することにかけては他の追随を許さず、軍の指揮能力も抜群に高い。

 だが他者との連携は比較的不得手としていた。

 最大戦力の王族が突撃して周囲が支援するという戦法が基本なので連携どころの話ではない。

 彼らが突出した力を持つ個人であるが故の弊害である。全力で戦う王族に追随出来るだけの力量を持つ人材は希少なのだ。

 

「お父様はどうやって苦手を克服したのですか?」

「いわゆるたったひとつの冴えたやりかた、というやつですわ」

「それは?」

「特訓! ひたすらに特訓あるのみ! 立ちはだかる壁を、艱難辛苦を乗り越えるのはいつだって努力で手に入れた己の力ですわ!」

 

 ぐっと握りこぶしを作って力説する、生きた伝説と謳われる大魔法使い。

 その瞳にはメラメラと炎が燃え盛っている。

 圧倒的な才を有する氷の魔女に戦いを挑み続けた彼女は、熱血で努力家で脳筋だった。

 

 そんなこんなでアイリスとゆんゆんは、決勝トーナメントに向けて連携の特訓に励むことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 予選トーナメント終了後、あなたに一つの依頼が届けられた。

 依頼人は王女アイリスとリーゼ。

 仕事の内容はゆんゆんと一緒に王女アイリスに修行をつけてやってほしい、というもの。

 大会の熱気にあてられて体を動かしたくなった王女アイリスが、体を動かすついでに友人であるゆんゆんを育成した優秀な冒険者として知られているあなたの手腕を見てみたいと仕事を依頼した……ということになっている。ついでにお目付け役としてクレアとレインも参加するらしい。

 

 言うまでもなくこれらは建前であり、実際は予選決勝での敗北があってのことだとあなたは確信していた。

 中々に不甲斐ない負け方だったので、二人が鍛え直したいと考えるのも無理はなかった。

 

 具体的にどう負けたかというと、まず相手のピンク髪の性別不明な剣士と切り結んでいた王女アイリスが落とし穴(ピットフォール)のスキルで剣士と共にボッシュート……もとい場外判定で脱落。

 防戦一方とはいえ自身と単騎で切り結ぶ相手に夢中になっていた王女は、落とし穴の警戒すらしていなかっただろう。

 

 王女アイリスは強力な剣士だが、だからこそ相手の実力を引き出し、戦いを楽しみ、その上で勝利しようとする余裕があった。

 そして相手の前衛を優先して狙う癖を持つ。経験不足なのか視野も狭い。そこを狙い撃ちされた形だ。

 

 落とし穴のスキルはタイムラグと効果範囲の狭さから命中させるのが非常に難しいスキルなのだが、超高速で動き回る王女アイリスに当たる瞬間……つまり足を止めて剣士と切り結ぶタイミングでこれを見事に決めてみせた。

 失敗すれば味方だけが落ちてしまう博打のような策。

 決してまぐれ当たりなどではなく、王女アイリスの移動速度、移動距離を完璧に読みきった上での落とし穴の配置は、職人芸と呼ぶに相応しい練達の業といえるだろう。

 常軌を逸した見切りを見せたハルカといい、ベルゼルグの外にも腕利きは存在するようだ。

 

 次にゆんゆん。

 彼女が相対したのは盗賊と魔法使いだったのだが、二人に完璧に封殺されていた。

 盗賊は魔法使いを背負った上でゆんゆんから徹底的に逃げ回ったのだ。それを可能にするだけの足の速さを持っていた。逃げ足を強化するスキルも使っていたのかもしれない。

 近接戦闘を拒否されたゆんゆんは仕方なく攻撃魔法を選択するも、ここで盗賊は背負った魔法使いを盾にするという暴挙に走る。

 無論無策なわけはなく、魔法使いは自身に向けられた魔法を反射するという、魔法使い殺しとしか言いようのない未知のスキルによってゆんゆんの攻撃魔法を防いでみせたのだ。

 冒険者カードで取得不可能なオリジナルスキルを持つものは珍しいが、決して存在しないわけではない。

 そしてこうなるとゆんゆんとしては手詰まりになってしまう。

 逃げ足を殺すべく使った、相手ではなく場に影響するため反射不可能な沼地生成の魔法、ボトムレススワンプも飛行魔法で無効化。つくづく相手の選択肢が多い。

 

 ここでゆんゆんが王女アイリスに加勢していれば勝負は分からなかったが、互いにスタンドプレーに走ってしまった。

 そのままでもいずれは盗賊のスタミナが切れていただろうが、その前に王女アイリスが落とし穴で除外されてしまう事態に。

 

 場内の驚きが覚めやらぬ中、ここで盗賊は魔法使いを背中から下ろし、ゆんゆんに突撃。

 傍からは無策の特攻にしか見えない行動だった。

 王女アイリスに匹敵、あるいは上回る超高速で真正面から迫り来る盗賊に対し、ゆんゆんが選んだのは物理攻撃での迎撃。魔法使いの反射スキルが他者にも使えると踏んでのことだろうとあなたは推測している。あなたが同じ立場でも物理攻撃を選択していた。

 

 二対一という不利な状況でありながら、それでも順当に戦えばゆんゆんは勝ちを拾えていた。

 だが対人戦に不慣れな彼女は意識して相手に致命傷を与えることができない。

 安全が保障されている以上、それは優しさではなく甘さでしかない。その欠点を見事に突かれてしまったのだ。

 

 盗賊は、ゆんゆんの攻撃に自分から当たりにいった。

 防ぐでも避けるでもなく、軽装と攻撃の勢い、そして盗賊職の耐久の低さも相まって、当たれば冗談抜きで死にかねない。そういう威力の攻撃に自分から当たりに行った。

 無論結界の効力で死ぬことはなく、盗賊もそれを織り込み済みで動いていたのだろうが、それでも中々の胆力である。

 どこまでも想定外の行動に、相手を必要以上に傷つけることを厭うゆんゆんの動きが反射的に停止。近接戦闘においては自殺行為としか言いようのない、致命的すぎる隙が生まれた。

 言うまでもなく盗賊はその隙を見逃すことなく全力で腰にタックル。勢いのまま二人揃って場外へ。

 

 かくして舞台には魔法使い一人だけが残り、ムカつくぜクソッタレー! チームの勝利と相成ったわけである。

 

 王女アイリスを釘付けにした剣士。

 絡め手で二人を場外判定に持っていった盗賊。

 ゆんゆんの魔法を封殺した魔法使い。

 

 この中の誰か一人でも欠けていれば決して勝利は為しえなかった。

 完璧な作戦勝ちであり、素晴らしいチームワークだと惜しみない賞賛をあなたは送る。

 ひたすらゴリ押し全開で勝ち上がってきたどこかのレギュレーション違反チームも見習ってもらいたいものだが、二人が負けたのはあなたとウィズの教育方針も決して無関係ではない。

 

 ゆんゆんはあなたとウィズから知識と技量を物理的に叩き込まれているわけだが、他者との連携については全くと言っていいほど手付かずとなっている。

 姫騎士戦ではあなたが他のパーティーに預けたので共に戦っていたが、ルビードラゴン戦においては、周囲に数多くの冒険者がいたにもかかわらず、彼らと連携することなく一人で戦っていた。

 あなたと仮設パーティーを組んでいる今でさえ、二人が連携して戦うことはない。前衛と後衛でバランスがいいのに、だ。

 これは『ゲロ甘でチョロQで対人関係の構築に難を抱えすぎているゆんゆんがそう簡単に仲間を見つけられるとは思えないので、とりあえずソロの冒険者として活動できるようにする』という、本人が聞けば膝から崩れ落ちるであろう方針の下で育てられているからである。

 

 あなたはこの方針が間違っているとは思っていないが、ゆんゆんと王女アイリスの敗北の一端を担っている自覚はあった。

 

 だからというわけではないが、大会を観戦するにあたって邪魔にならない、早朝の6時から8時の間だけという条件で王女アイリスの依頼を受諾。

 王家からの正式な依頼とあって報酬は莫大で、しかも全額一括前払い。

 おまけにゆんゆんに他者との連携という得がたい経験を積ませることもできる。

 朝食前の軽い運動としては破格ともいえる、非常に旨味のある仕事だった。

 

 

 

 

 

 

 季節は夏真っ盛り。

 トリフでは街を覆う白壁が日光を反射して暑いうざい壊せと騒ぎになったり、熱と脱水症状で倒れた者が教会に運び込まれるといった毎年恒例、夏の風物詩の騒ぎや事故が起きている。

 

 そんな中、第2区画の外れにある練兵場へと足を運ぶあなたとゆんゆんの姿があった。

 入り口で兵士に軽く誰何されたものの、話は通っているようですんなり入ることができた。

 ここは普段は使用されていない予備の練兵場であり、早朝という時間もあいまってリカシィの兵士や騎士の姿はどこにも見えない。

 

「ごきげんよう二人とも。アイリス様はもうすぐいらっしゃいますので、少し待っていてくださいな」

 

 声をかけてきたのは自分も参加するつもりなのか、動きやすいラフな格好をしたリーゼ。

 時計を見れば時刻は5時45分。ちょうどいい頃合いである。

 ゆんゆんに準備運動を始めておくように指示すると、リーゼが手招きしていることに気がついた。何か話したいことがあるらしい。

 

「以前あなたが夜中にレインを呼び出した件なのですけど。よくも不肖の弟子を袖にしてくれやがりましたわね」

 

 開口一番、耳を疑う難癖が飛び出した。

 あまりにも理不尽な物言いに、さしものあなたも苦笑を禁じ得ない。

 口ではこう言っているものの、ニヤニヤと嫌らしく笑っているあたり、冷やかし目的で話題に出したことは明らかだ。

 

「久しぶりにいいものを見させていただきましたわ。ろくすっぽ交流の無い男からの呼び出しをナンパだと勘違いして盛り上がった挙句、盛大に爆死する行き遅れの姿は実に傑作でしたわよ」

 

 嬉々としてここにはいないレインを揶揄する老魔法使い。

 弟子に人権は無いと言わんばかりの態度はぐうの音も出ない畜生の一言だ。いっそ心地よさすら感じるほどである。

 

「というか相手を選べって話ですわね。見た目は……まあレインも悪くないですし個々人の好みによって左右されるものですが、多数に意見を聞けばより美人だと判定されるのはウィズでしょう。家柄、殆ど名ばかり貴族。資産、実家が借金持ち。戦闘力、雲泥の差。……お手上げですわ。レインが勝っているのは実年齢の若さくらいしかありませんわね」

 

 あえて実年齢と言ったのはウィズの外見年齢を指してのことだろう。

 とはいえその一点で彼女に致命傷を与えられそうだが。

 どの道あなたがレインを選ぶことはない。どうしようもなく戦闘力が足りないからだ。

 

「しかし下手したらレインの方が年上に見られるウィズにはびびりますわ。どうやってあの若々しさを維持しているのか、あなたはご存知?」

 

 真実を話すわけにもいかないので、あなたは適当に答えた。

 ウィズは天才なので老けないらしい、と。

 

「て、天才は老けない……!? なんという説得力……! ウィズ、おそろしい子……!」

 

 血の気の失せた顔で白目を剥くリーゼ。

 世界中の誰よりもウィズの天才性と正面から向き合ってきたかつての級友は、あっさりとあなたの言葉に納得してしまった。

 口からでまかせを吐いたあなただったが、老けたウィズの姿を想像出来ないのも確かだ。

 ただ一つだけ物申すのなら、間違ってもウィズは子という年齢ではない。実年齢的にも、外見年齢的にも。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 気の合う相手と楽しく馬鹿な話に興じていると、王女アイリスがやってきた。

 腰には神器エクスカリバーを携え、両隣にはあなたに鋭い目を向けるクレア、そして先日の一件が尾を引いているのか死ぬほど気まずそうにあなたをチラチラと見やるレインを侍らせている。

 

「始める前に、二つお願いしたいことがあるのですが、いいですか?」

 

 少しめんどくさそうな王女アイリスの言葉に頷く。

 

「まず一つめ。あなたの冒険者カードを見せてください」

 

 あなたは自身の能力とスキル構成について、冒険者ギルドを通して他者が閲覧できるようにしているし、何ならベルゼルグからの開示要請を受諾したこともある。

 何故今更になって本人のカードを見たがるのかは疑問だったが、断るようなものでもない。あなたは素直にカードを渡した。

 

「ありがとうございます」

 

 雁首揃えてあなたの冒険者カードを調べる王女ご一行。

 つい最近見たばかりのリーゼはニヤニヤと意味深に笑って三人を見守っており、あなたとゆんゆんは顔を見合わせて立ち尽くすばかりである。

 

「言っちゃなんですけど、あんまり参考にはならなさそうですよね。カードから読み取れる情報と実際の強さがあまりにもかけ離れちゃってますし」

 

 ゆんゆんの身も蓋も無い言葉は正鵠を得ていた。

 冒険者カードに書かれたあなたのステータスは、どちらかといえば戦士寄りのものとなっている。

 スキル構成についてだが、こちらは物理と魔法剣スキルの取得は必要最小限に留め、魔法使いスキルの中でもテレポートや中級魔法、上級魔法といった汎用性の高いものに残りのポイントを注ぎ込む、という形だ。

 

 長所は幅広い状況に対応可能な汎用性。

 短所はアタッカーにあるまじき決定力の低さ。

 

 戦士寄りのステータスを持ちながら魔法使いに偏ったスキル構成を持つ、典型的器用貧乏な魔法戦士。

 レベルとステータスこそ高いものの、同格の相手と戦えばスキルの差でいともたやすく馬脚を現す。

 それが冒険者カードから読み取れるあなたという冒険者だ。

 

「わかってはいましたが、参考にはなりませんね」

「何故これであそこまでの戦果を叩きだせるのだ?」

 

 理解できないといった風のレインとクレアの言葉。

 あなたの冒険者カードは異世界転移の影響か不具合が起きており、実際のステータスとは著しく異なっている。

 慣れ親しんだ自前の能力で存分に戦うことができるがゆえ、スキルもテレポートとクリエイトウォーターとみねうち以外は戯れや対外的な都合で使う以上の意味を持っていない。

 

 この世界の冒険者からしてみればあまりにも異質なせいか、あなたのエレメンタルナイトとしての評価はお世辞にも高いとは言えない。

 以前リーゼがあなたを最強の冒険者と呼称した件はそれを如実に示している。

 強い冒険者だと認められてこそいるものの、強いエレメンタルナイトだとは微塵も思われていないのだ。

 あなたはこの世界で得た力をまるで使いこなしていないが、だからこそどんな職に就いても今と同じように戦うことができる。

 魔法戦士もやはり対外的に都合がいいからやっているに過ぎず、彼らの評価はまったくもって正しい。

 

 

 

 不思議なものを見たとばかりの三人に冒険者カードを返してもらい、次の願いを尋ねると、王女アイリスはおもむろにエクスカリバーを抜いた。

 刀身から感じられる力はグラムやダーインスレイヴと同等以上。

 国宝として祀られるに相応しい、紛うことなき最上級の神器である。

 

《――――》

 

 朝日を反射する曇り一つ無い荘厳な剣に、四次元ポケットの中のダーインスレイヴが反応を示した。

 伝わってくる感情は仄暗い嫉妬、羨望、そして自己嫌悪が複雑に入り混じったもの。

 聖剣として生まれながら強い力に魅入られた者たちの手で悲劇を生み出し続け、ついには呪われた魔剣のレッテルを貼られた自分と、聖剣として輝かしい正道を歩み続けるエクスカリバーとの対比に思うところがあるらしい。

 そしてそんなダーインスレイヴをエーテルの魔剣が嘲笑する。

 私は生まれてからずっと最高のご主人様に無二の相棒として使い続けてもらってるけど、お前は? という感じだろうか。隙あらば積極的にマウントを取りに行くスタイルで愛剣は実に性格が悪い。

 

 四次元ポケットの中で人知れず繰り広げられる廃人さん家ノ神器事情はさておき、王女アイリスはエクスカリバーで何をしようというのだろうか。

 

「必殺技を使います。防ぐなり避けるなり、お好きになさって結構です。ベルゼルグにおいてなお頭がおかしいと称されるあなたの強さを私達に見せてください」

「ちょ、アイリスちゃん!? 必ず殺す技は人に向けちゃダメだよ!?」

「ごめんなさい、私もそう思います。でも必要なことなんです」

「大丈夫ですわよ。万が一に備えてアークプリーストは連れてきていますわ」

「死ななきゃセーフって考え方は絶対に間違ってますからね!?」

『ゆんゆんはお兄ちゃんを舐めすぎでしょ。そりゃまああの子は年齢の割に強いし才能もあるみたいだけどさ。それでもゆんゆんが戦える程度の相手にお兄ちゃんをどうこうできるわけないじゃん』

「そうかな……そうかも……」

 

 妹の正論で沈黙したゆんゆんを少し離れた場所に追いやり、神器を抜く。あなたはこういう展開が嫌いではなかった。

 ここでダーインスレイヴを持ち出せばさぞかし絵になったのだろうが、生憎とあなたが使うのはいつもの大太刀だ。

 冬将軍から斬鉄剣との交換という形で譲り受けたこの神器は、エクスカリバーにこそ及ばないものの、十二分に強力な武器だった。

 

「ではいきます。――エクステリオンッ!!」

 

 力強く振るわれたエクスカリバーから放たれるのは、弧を描いて飛翔する光の斬撃。

 かつてこのスキルをもってグリフォンを一刀の元に切り殺した場面を見ているあなたは、回避でも防御でもなく、エクステリオンによく似たタイプのスキル、音速剣(ソニックブレード)を使った迎撃を選択した。

 

 二つのスキルは中空で衝突し、相殺。

 衝撃と呼ぶほどのものではないが、真正面から吹いてきた風があなたの髪を揺らす。

 これは風の分だけあなたの攻撃が押し負けたということを意味する。その証拠に王女アイリス側に風は吹いていない。

 

 その光景を目の当たりにしたゆんゆんとレインの表情に浮かぶのは強い驚愕。

 クレアは渋々とした納得。王女アイリスは安堵と喜び。

 最後にリーゼはこの程度は当然、と後方理解者面をしていた。

 

「嘘、アイリスちゃんが勝った……!?」

『勝ってねーよいい加減にしろ。ゆんゆんの目が節穴すぎて私はもうびっくりだよ。どう見てもお兄ちゃんは手加減しまくってたでしょ』

 

 音速剣は数多の剣スキルの中で最も基本的な物理遠距離スキルであり、ランクとしては下級の中から上。

 速度と射程に優れるが、そのぶん威力が犠牲となっている。

 使い勝手の良さを反映してか、同ランクのスキルと比較して消費コストはやや重め。

 対してエクステリオンは体感で上級ランクの中といったところだろうか。

 

 圧倒的なスキル性能の差をあなたは本人のステータスという名の自力で補った。

 王女アイリスの現在の実力は神器込みで魔王軍幹部時代のベルディアに届かない程度。負ける道理は無い。

 ただあなたが狙っていたのは完璧な相殺なので、そういう意味ではあなたの負けである。王女の攻撃力があなたの想定を上回っていたのだから。

 魔法は無理だが物理なら少しはいけるかと思っていたのだが、やはりウィズが見せてくれた芸術のような相殺は易々と再現できそうにない。精進あるのみである。

 

「……ふう。クレア、これで満足しましたか?」

「はっ、出すぎた真似をいたしました」

 

 剣を収めた王女アイリスとクレアがあなたに頭を下げる。

 王族の頭は軽くない。公的な場であれば軽く問題になりそうな行動だが、今はプライベートなので咎める者はいなかった。

 

「試すような真似をしてすまない。私達という教育係を差し置いてアイリス様を指導するというのなら、その力を見せてもらいたかったのだ。あなたは山師などではなく、確かに尊敬に値する実力の持ち主のようだ」

「私は必要ないと言ったのですけど、リーゼとレインも賛同してしまったので仕方なく……」

「一応言っておきますが、あなたの実力を疑っていたわけではなく、探り合うよりも最初に一発カマしておいた方が互いに益があると踏んだまでですわ。期間は短いのですから、効率よくやりませんと」

 

 王女を預ける相手の力量を見極めたいというクレアの心境は、彼女の立場からしてみれば当然のものである。

 それに貴族の仕事を請けていれば、この程度は珍しくもなんともない。

 あなたは気分を害することなく軽く手を振って応えた。

 

 大会のスケジュールは大会ごとに変動するが、今年は団体戦予選、個人戦予選、個人戦決勝、団体戦決勝の順で行われる。

 個人戦は決勝まで八日間の日程で消化されるので、そこまで時間に余裕があるわけではない。巻きでいきたいというリーゼの考えも当然だった。

 そして効率的な促成栽培はあなたの得意とするところである。ただし相手にかかる精神的な負担に関しては考慮しないものとする。

 

 かくしてあなたは大手を振って大国の王女をしばき倒す権利……もとい鍛える権利を手に入れたわけである。

 

 

 

 

 

 

~~ゆんゆんの旅日記・トリフ地獄の七日間編~~

 

【1日目:戦慄の日曜日】

 予選トーナメント決勝であまりにも不甲斐ない負け方をした私達は、決勝トーナメントに向けて連携の特訓をすることにした。

 連携の特訓とはいっても内容は口頭を交えた練習と実践という名の模擬戦なので、私にとっては割といつも通りといえばいつも通り。

 模擬戦では何故か混じってきたレインさんとクレアさんも加え、四人がかりでリーゼさん達に挑むことに。

 

 結果から言うと私たちは負けた。四対二で手も足も出なかった。ズタボロにされた。

 格上とか大人気ないとかそういう問題じゃない。

 相手が二人揃って真正面から私達を叩き潰すことに躊躇が無さすぎる。

 流石にみねうちを使った死ねる痛みで覚えろスタイルではないんだけど、それ以外はアイリスちゃんという王族相手の配慮とか忖度はこれっぽっちも無かった。ボコボコのボコ。無論私もクレアさんもレインさんも。

 ただアイリスちゃんは滅茶苦茶楽しそうだった。怖い。

 死ぬ気で頑張れば決勝トーナメントが始まるまでにクリアできる難易度設定にしているとのことだけど、どう考えても大会で優勝するよりこの二人に勝つ方が難しいです、本当にありがとうございました。

 

【2日目:虐殺の月曜日】

 今日も今日とて蹴散らされた。

 早くも無理ゲー臭が酷い。

 これで存分に舐めプされているという事実に震える。心が折れそうだ。

 いつものことだけど、効率最優先で精神的負荷は度外視してくるから困る。ウィズさんがいれば適度なところで止めてくれるのだけど、いないのでお手上げとしか言いようがない。

 最悪なのはリーゼさんも似たようなスタンスであるという事実。

 スパルタ*スパルタ=地獄。悪夢のような方程式だ。

 

 とはいえ光明が無いわけではない。

 特訓の後の話し合いで、レインさんが二人の連携パターンを破らない限り勝機は無いと言っていた。

 特訓中は疲れててそれどころじゃなかったけど、こうして今になって思い返してみれば、確かに二人の動きには一定の規則性があったような気がする。

 まるで私たちにお手本を見せているかのように。

 でもいつの間に連携パターンを構築したんだろう。そんな時間があったとは思えない。

 まさか即席で? 息ぴったりすぎでは?

 

 

【3日目:屍山の火曜日】

 今日はパターンの把握と自分達の連携の構築に殆どの時間を費やした。

 急がば回れの精神は実際大事。

 

 ……なんて上手くいけばどれだけ良かっただろうか。

 実際のところは付け焼刃の連携を実践して「分かってないなーそうじゃないんだよなー」としばき倒された。ストッパーであるウィズさんがいない上にリーゼさんと波長が合うせいか、明らかにいつもより手加減の具合が緩い。

 余りにも相性がいいからか、リーゼさん曰く、あと三十歳ほど若かったら口説いていたかもしれないとのこと。ウィズさんには秘密にしておこう。

 あと相変わらずアイリスちゃんのテンションが高い。薄々察していたけど、アイリスちゃんは戦闘狂というやつだ。ベルゼルグ王家に対する世間の噂は正しかったらしい。

 確かに得意とする近接戦闘で圧倒し、あまつさえ王女様相手にダメ出しをしながら容赦なくしばき倒してくる相手は他にいないと思う。っていうかいちゃダメだと思う。

 いつもこんな感じで鍛えてもらっているという私の言葉を聞いて心の底から羨ましがられた。

 絶対にアイリスちゃんには言えないけど、ほんのちょっとだけこの子頭大丈夫かな……って思った。自分が住む国の王族の教育方針に不安しかない。

 

 

【4日目:血涙の水曜日】

 訓練の中身は昨日と殆ど同じ。

 でも昨日と違ってぎこちないながらもちゃんと4人パーティーとして戦えたと思う。

 疲れてるから日記は短め。明日も頑張ろう。

 

 

【5日目:埋葬の木曜日】

 訓練の成果が出てきたのか、ちょっとずつ皆と息が合うようになってきた。

 確かな手ごたえを感じる。だいぶ食い下がれるようになった。

 これ明日はワンチャンあるんじゃない? いけるんじゃない?

 

 

【6日目:絶望の金曜日】

 この世界にまた二つ、新しいスキルが生まれた。

 火と光と風の合成魔法剣、属性付与・紅炎(エンチャント・プロミネンス)

 闇と光と氷の合成魔法剣、属性付与・月光(エンチャント・ムーンライト)

 

 プロミネンスはエンチャントファイアに似てるけど威力が桁違い。火よりも赤い真紅の炎。当たったら死ぬ。

 ムーンライトは蒼白い光の斬撃を飛ばせるようになる。ブレード光波って呼んでた。当たったら死ぬ。

 紅と蒼の魔法剣はどちらも例えようもなく美しかったけれど、生まれたばかりで熟練度など皆無であるはずの二つのスキルは、無造作に放たれた一撃ですら生半可な攻撃ではびくともしないはずの練兵場の一部を溶かしつくし、消し飛ばした。

 

 当然のように人間相手には使用禁止になったわけだけど、恐ろしいと形容する以外の言葉を私は持たない。

 特にこの新技を編み出したのが私たちではないというところが。

 

 いやまあ魔法剣なんだから魔法戦士しか使えないというのは分かる。

 分かるんだけど、それはそれとしておかしい。すこぶるおかしい。どう考えてもおかしい。

 何故鍛えられている側ではなく、鍛えている側……それも間違いなくこの中でぶっちぎり最強な人に強化イベントが発生してしまうのか。

 普通こういうのは私たちに起きるべきではないのか。

 連携の特訓は明日で終わり。成果はあった。成長は確かに実感できてる。それは間違いない。間違いないんだけど。

 

 っょぃ。

 勝てなぃ。

 もぅマヂ無理。。。不貞寝しょ。。。

 

 

【7日目:虚空の土曜日】

 勝った。

 最終日にギリギリ辛うじて死力を振り絞った結果勝てた。

 確かに勝ったのだけど、何故勝てたのかは分からない。少なくとも昨日まで以上に手心を加えてくれたなんてことは一切ない。

 もう一回同じ真似をやれと言われたら絶対に無理。

 正直この日記を書いている今も、あれは夢だったんじゃないかと疑っている私がいる。

 それほどまでに実感の無い、虚ろな勝利だった。

 

 決着がつき、初勝利に浮かれることすら叶わず疲労困憊で地面に倒れ伏す死にかけの私たち。

 朝からいい汗かきましたわー、と杖に寄りかかって肩で息をしながらもその場に立っているリーゼさん。

 そしてあれだけ激しく戦ったにもかかわらず、汗一つ流すことなく、息を切らすことなく、あまつさえ残った時間で魔法剣を使った一人5連携とかいう意味不明の遊びを始めるスタミナおばけ。

 

 果たして私たちは本当に勝ったと言えるのだろうか。

 勝利とはいったい……うごごごご……。

 

 

【8日目:消えた明日】

 今日は一日ゆっくり休養。

 流石に昨日今日と休みにあてた甲斐あって疲れは取れたしコンディションは万全になった。魔法ばっかり取り沙汰される紅魔族だけどこういうところも優秀らしい。

 

 明日から決勝トーナメント開始。

 結果は出したい。特訓の成果を確かめたい。

 というかあれだけやっておいて実戦で何の成果も上げられませんでした! なんてオチだったら流石に私は泣く。本気で泣く。

 

 色々と大変なこともあったけど、優勝目指して頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 それは、団体戦決勝トーナメントの準決勝で起きた。

 

「折角のお祭をお邪魔してしまってすみません」

 

 一人の男が突如として舞台に上り、慇懃に頭を下げる。

 前回の個人戦優勝者であり、この大会の宣誓を行った、黒い髪と黒い目を持つ青年だ。

 

「僕のことを知ってる人はこんにちは。知らない人は初めまして。この国で勇者をやらせてもらってます、伊吹といいます」

 

 イブキと名乗った青年が指を鳴らすと、舞台の中央に空間の裂け目が生まれた。

 亀裂からは禍々しい空気が流れ込んでくる。どこに繋がっているのだろうか。

 彼は満足そうに穏やかな笑みを浮かべて宣告した。

 

「大変申し訳ないのですが、今日はちょっと、皆さんに死んでもらおうと思います」

 

 それは、決定的な一言だった。

 

 行動に至った理由は知らない。

 意味にも興味は無い。

 大事なのは、ニホンジンが裏切ったという事実だけ。

 

 つまり神器チャンスである。ありがたくぶちのめそう。

 会場を不穏な空気とざわめきが支配する中、物欲に塗れたおぞましい笑みを浮かべたあなたは歓喜のガッツポーズを作った。


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