このすば*Elona   作:hasebe

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第129話 樹海に奔る血染めの流星

【冒険の断章】

 

 今日、樹海の中で流星を見かけた。

 空じゃなくて樹海の中で流星ってなんだよって話だが、やたら速くて眩しかったので流星としかいいようがない。

 正体は不明。遠目に見ただけだが、一緒に見かけた黄金竜と比べるに、そこまで大きくはなかったと思う。

 そんな流星に黄金竜の群れは抵抗も許されず一方的に虐殺されていた。

 あれはやばすぎる。遠くから見ていただけで殺されたと思った。

 他のモンスターと比べても明らかに格が違う。樹海の主のような存在? そんなのがいるという話は聞いた事が無いが、いてもおかしくはない。

 いずれにせよ絶対に近づくべきじゃない。見かけたら死ぬ気で逃げるべきだ。

 

 ――とある探索者が遺した手記

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間粘ってはみたものの、まるで対話らしい対話が出来なかったあなた達。

 アルラウネの集落からは一時離脱せざるを得なかったが、集落で情報を仕入れてあなた達に合流したオーリッドが集落に何が起きているのかを教えてくれた。

 

「私が散歩に出た日だから……だいたい十日くらい前から、夜になるとアンデッドになった人間の軍勢がめっちゃ攻めてきてるみたい。皆がやたらキレ気味だったのはぶっちゃけ寝不足のせいね」

 

 アンデッドの軍勢。

 その単語を耳にした瞬間、あなたとゆんゆんは無意識のうちにパーティーメンバーである不死の女王に目を向けていた。

 最上位にして伝説級のアンデッドであるリッチーが近づくと、形が残っている死体は魔力に反応して動き出すし、現世を彷徨う亡霊達も勝手に集まってくる。

 そして千年樹海には志半ばで散っていった者達の亡霊が今も徘徊しているのだという。

 

「……? …………!?」

 

 あなたとゆんゆんの視線に気付いたウィズは最初こそ不思議そうにしていたものの、すぐに視線に込められた意図を理解したようで、盛大に焦った表情で違います私のせいじゃありませんと首と手のひらを勢いよく横に振って全身で無罪アピールを始めた。

 アンデッドと聞いてつい反応してしまったが、確かにウィズが原因ではないのだろう。アンデッドが集落を襲い始めたのはあなた達が竜の谷に入る前、つまりウィズがアクセルにいた時からなのだから。

 

「どしたの? 虫でも飛んでた?」

「い、いえ、こちらの話ですのでお構いなく。ところでアンデッドの軍隊がどうしてアルラウネの集落を襲うんですか?」

「皆はエリー草を欲しがってるんじゃないかって言ってたよ。まだ喋れるアンデッドがエリー草エリー草って何度も呻いてたんだってさ」

 

 竜の谷に満ち溢れる異質かつ強大な魔力によって、この地で生まれたアンデッドは何度滅ぼしても夜のたびに這い上がってくる。

 単純な力では彼らを永遠の眠りにつかせることはできない。

 それはつまり、半強制的にノースティリス的生活を強いられることを意味していた。しかも肉体は中途半端にしか復活しない。この世の地獄だろうか。

 彼らを本当の意味で終わらせるには、プリーストが持つターンアンデッド系のスキルを使うか、全てを忘れ去るほどの長い時間の果てに魂が擦り切れるのを待つ必要がある。

 

 

 

 

 

 

「アンデッド達を天に還してあげようと思っています」

 

 オーリッドが去った後、強い決意と使命感を瞳に湛えたウィズが宣言した。

 彼女の目的と人間性から考えて、確実にそういう流れになるだろうと確信していたあなたに驚きは無い。

 

 竜の谷を探索するにあたって、あなた達三人は終点までの踏破とゆんゆんをドラゴン使いにするという本命以外にも、それぞれが異なる目的を抱いている。

 

 あなたは胸躍る冒険と強敵との戦い、犠牲者が遺したレアアイテムの回収。

 ゆんゆんはあなたとウィズを通じての冒険者、魔法使いとしての成長。

 ウィズは希少な素材の収集、そして竜の谷を彷徨うアンデッドの葬送。

 

 彼女はアクセルの共同墓地でも葬送をやっていたが、その時はあくまでも昇天を望むアンデッドだけを送っていた。

 だが竜の谷では当人が望む望まざるに関係なく、出会ったアンデッドの全てを葬送したいらしい。

 

「アクセルのアンデッドの方々には墓場が……葬式をあげてもらえずとも、眠りにつき、自分の死を理解し、昇天を受け入れる時間が作れる場所がありましたから。でも竜の谷には墓場がありません。この地のアンデッドの殆どは自分が死んでいる事にも気付けないまま、心の安らぎを得る事無く、体が朽ち果て、魂が擦り切れるまで彷徨い続ける運命にあるんです」

 

 それはあまりにも悲しすぎるから。

 曲がりなりにも不死者の王を称する者として、見過ごすわけにはいかないから。

 ウィズは亡霊の軍勢を余さず天に還すのだという。

 

「私が葬送するには専用の魔法陣を使う必要があります。具体的にどれくらいの規模なのかは不明ですが、軍勢ともなると恐らく私は魔法陣の維持で手一杯になってしまうと思うんです。強い魔力に惹かれてアンデッド以外の魔物も呼び寄せてしまうと考えられます」

 

 そこまで口にしたウィズは申し訳なさそうにあなた達に頭を下げた。

 

「なのですみません……もしよろしければ、お二人も葬送に協力してもらえませんか?」

 

 頭を下げるウィズに、顔を見合わせてどちらからともなく笑みを浮かべるあなたとゆんゆん。

 仮にここで一人でやりますから二人は安全な場所に、などと馬鹿げた台詞が飛んできた日には、それこそあなたとゆんゆんによるスーパー説教タイムが幕を開けていただろう。

 

「ウィズさん、そんな水臭いこと言いっこなしですよ。私達はパーティーなんですから、わざわざお願いなんてされなくてもお手伝いしますって。ね?」

 

 相槌を求められたあなたは鷹揚に頷く。

 ネバーアローンは廃人とリッチーと紅魔族で構成された冒険者パーティーだ。

 どれだけ低級なアンデッドが押し寄せてこようとも、あなた達の敵ではない。アンデッドだろうが悪魔だろうが好きなだけ持ってこいという話である。

 だからウィズが気に病むことなど何も無いのだ。

 さっくり葬送を終わらせてアルラウネに恩を売り、エリー草を手に入れるとしよう。

 

「廃人とリッチーと紅魔族ってこうして並べてみると紅魔族だけ格落ち感が凄くてなんか嬉しい。っていうか自分で威勢のいいこと言っといてなんですけど、実際私はどれくらい役に立てるのかって話ですけどね」

「本当にすみませ……いえ、違いますね。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 改めてオーリッドを通じてアルラウネにアンデッド浄化の協力を申し出たネバーアローン。

 だが寝不足で不機嫌な女王は断固たる態度であなた達に告げた。

 

「アンデッドを浄化する手段を持たない我らに助力したいというあなた方の話は理解しました。こちらの応対に少々見苦しい点があったのも認めましょう。ですが我らと違い、樹海で生き延びることすら叶わぬ脆弱な人間の力など、信用出来るはずがありません。仮にこれが森に深く精通したエルフならば我らも喜んで受け入れていたでしょうが……。どうしても助力したいというのならば、人間、あなた達がこの樹海においてなお大言を吐くに相応しい力の持ち主であるということを、我らに示してみせなさい」

 

 望むところだと提案を受け入れたあなたとウィズは、アルラウネの女王およびアルラウネ20体に戦いを挑む事になった。それも武器を使わず、無手という条件で。

 明らかに門前払いする気満々だと分かる、理不尽にも限度というものがある条件。

 それでもリッチーとしての使命感に燃えるウィズとこういったお祭り騒ぎが大好きなあなたは一歩たりとも引き下がらなかった。

 竜の谷で生きているだけあってアルラウネ達は容易い相手ではなかったが、廃人とリッチーのコンビは大立ち回りを演じ、立ちはだかる全てのアルラウネを真正面からオラっ素直になれっ! どうか力を貸してくださいって言え! 言えっつってんだろ!! とばかりに死なない程度にボッコボコにしばき倒して女王をギャン泣き……もとい納得させることに成功。

 

 見事に試練を乗り越えて平和的な方法で愛と知恵と勇気と力を示したあなた達を、アルラウネ達は快く受け入れてくれた。

 

「ねえ、アンデッドを片付けたらどっか行くのよね? まさかこのまま居座ったりしないわよね? 絶対よね?」

「ここは退屈だよ? 長居しても全然楽しくないよ?」

「あなた達にはこんな樹海の浅瀬じゃなくて、もっと相応しい場所があると思うの。だからほら、ね? もっと奥にあるでっかい木ならきっと面白いものが見れるわよ?」

「エリー草なら採ってっていいからやることやって早くどっか行ってくださいお願いします」

 

 見事に試練を乗り越えて平和的な方法で愛と知恵と勇気と力を示したあなた達を、アルラウネ達は快く受け入れてくれた。

 

「いやあの、本当にすみません。私はあらゆる意味で二人のオマケでしかないので……どんな行動を選ばれても止められないっていうか……多分この一件が終わったらすぐ探索に戻るとは思うんですけど……」

 

 その証拠として、ゆんゆんは女王をはじめとした幾人ものアルラウネから取り囲まれている。

 少し離れた場所から助けを求めてチラチラとあなたに視線を送ってきているが、あなたはいい経験と思い出になるだろうと例によってこれを黙殺。

 

 少女から目を離したあなたは、おもむろに空を見上げた。

 日はとうに沈みきっており、無数の星々が静かに瞬き、真円を描く月はその柔らかな光で地上を照らしている。

 現在あなた達がいる場所はアルラウネの集落からほど近い場所にあるエリー草の群生地。

 千年樹海という木々の天蓋で空が閉じられた地において、地上から空を眺められる数少ない場所にエリー草は生えていた。

 

 アルラウネ曰く、太陽と月と星の光、そして膨大な魔力こそがエリー草を育てる力になるのだという。

 丁寧に管理されているというのもあるのだろうが、竜の谷はよほど繁殖に適しているらしく、あなたの足元には幻の霊草と呼ばれているエリー草が無数に生い茂っている。

 欲の皮が突っ張った人間であれば間違いなく目の色を変える宝の山。だからこそ谷の外では姿を消してしまったのだろうが。

 

 ……さて、そんなエリー草にはあなたが心の底から驚かされた事実が一つ存在していた。

 空から地上に視線を戻し、無数のエリー草を見渡す。

 その胸中に去来するのは、一言では言い表せない様々な感情が複雑に入り混じったもの。

 

 月光に照らされるエリー草は、自身もまた淡い粒子状の光を発していた。

 群生地の一面から立ち上る燐光の色は明るめの青白。

 奇しくもあなたの愛剣であるエーテルの魔剣の刀身とほぼ同じ色である。

 

 この燐光を浴びているとアルラウネはとても体の調子が良くなるのだという。だからこそ近場に集落を築き、こうしてエリー草が絶滅してしまわないように管理と繁殖を続けている。

 光を浴びたゆんゆんとウィズが同じ感想を抱いていた以上、つまりこの光は、イルヴァでエーテルと呼ばれている星の力、星の意思が形を持ったものに限りなく近しいのだろう。

 過去のイルヴァにおいてエーテルは木々を通して星から抽出されていたが、この世界ではエリー草が同等の役割を担っているらしい。

 足元から立ち上るエーテルに酷似した燐光に包まれながらあなたは思索に耽る。木々とエリー草ではあまりにも数に違いがある。この世界においてエーテルを浪費するエーテル技術が発達する可能性はゼロに等しい。ゆえに自分達の世界のように、メシェーラ菌に世界が脅かされるような事態には陥らないだろう、と。

 

 

 

 しばらくの間、目を閉じて心地よい郷愁に浸っていたあなただったが、森に偵察に出ていたアルラウネが発した大声によって意識を引き戻される事となる。

 

「来たわよ! 今日も今日とてバカみたいにうじゃうじゃとこっちに集まってきてる!」

 

 うげえ、マジ勘弁と口々にアンデッドを罵倒し始めるアルラウネ達。

 

 直径100メートルほどの群生地はモンスターや密猟にやってきた者の侵入を防ぐためにアルラウネが作り上げた自然の防壁で囲まれており、半ば要塞じみたその堅牢さは今日までアンデッドを撃退し続けてきた事から容易に察せられる。

 そんな群生地の中心、あなたの傍らで瞑想を続けていたウィズがあなたに目を向けた。

 

「始めます。あとは手筈通りに」

 

 あなたの首肯と同時にウィズから膨大な魔力が溢れ出す。

 

「ブラックロータス。一番、二番、三番、四番……起動」

 

 リッチーの四方を囲むように咲き誇るのは、氷で出来た美しい黒い蓮の花。

 術者と同等の魔力が込められた黒蓮から魔力を吸い上げながら、不死者の王は樹海に巨大な魔法陣を描いていく。

 青白く光る地面、そして魔法陣に込められた冗談のような魔力量にアルラウネとゆんゆんは浮き足立っているようだ。

 

「マジで? アークウィザードってこんなことできるの?」

「それにしたってこれはちょっと人間離れしすぎでしょ。正直引くわ」

「ちっさい人間。アンタもあっち手伝ったほうがいいんじゃないの? アークウィザードなんでしょ?」

「いえ、同じアークウィザードでも私にはこういうのは逆立ちしても無理なんで……ほんとウィズさんと一緒にしないでくださいお願いします……自分の不甲斐なさにちょっと死にたくなるので……」

「小さい人間、貴女も苦労しているのですね……」

「女王様、これで涙拭いていいよ」

「これはどうも……ってパンツとかいう下着じゃないですかこれ! 張っ倒しますよ!?」

 

 アンデッドを天に還すスキルは女神アクアのような神聖系職業の専門分野であり、アークウィザードとリッチーが所持しているスキルではない。

 故にこれは氷の魔女と呼ばれた天才アークウィザードが生み出した魔法の一つである。

 

 ウィズを中心として恐ろしい速度で広がり続ける複雑な魔法陣の直径はおよそ3キロメートル。

 リッチーであるウィズも魔法の対象になるのではないかという話だが、術者はあらかじめ効果の対象外に設定してあるのだという。

 こんな大魔法を使えるのであれば、わざわざ防衛線など引かずともアンデッドを一掃可能かと思いきや、そうもいかない事情がある。

 

「事前に説明したように、この魔法は本来アクセルの墓地で昇天を希望する方を天に還すために作りました。効果範囲内に入ったアンデッドを強制的に葬送するためのものではありません」

 

 今回の浄化作戦にあたってそこら辺の設定を弄ったようだが、それでも全てのアンデッドを葬送するには短くない時間がかかる。

 押し寄せるアンデッドを食い止め、浄化されるまでの時間を稼ぐのがあなた達の仕事だ。

 ここに女神アクアがいれば話は早かったのだが、無い物ねだりをしても仕方が無い。

 

「あなたがアンデッドを浄化する手段を持っていたというのはかなり驚きましたが、正直助かります。お手伝い、お願いしますね」

 

 頷いたあなたは地面に突き刺していたそれを引き抜いた。

 エーテルの魔剣でもダーインスレイヴでもなく、あなたにとって唯一無二の価値を持つ純白の突撃槍、ホーリーランスを。

 

「あの、すみません。集中が乱れるので槍を私に近づけないでもらえるとありがたいのですが……」

 

 聖槍が放つ温かい光を浴びたウィズが怯んだ。

 癒しの女神に賜ったこの神器は、この世界のアンデッドや悪魔といった闇に属する者に対して強い浄化の力を発揮するのだ。

 女神アクアには遠く及ばないにしろ、強力な対神聖装備を身に付けた今のウィズにも嫌がらせになる程度には効果がある。

 

《────!》

 

 聖槍に問題があるとすれば、愛剣がこの聖槍を不倶戴天、唯一無二の仇敵だと認識しているところだろうか。

 可愛がったばかりなのでそこまで不機嫌になってはいないが、それでも青筋を浮かべて舌打ちを何度も繰り返すかのような気配を発しており、新人良心枠ことダーインスレイヴにやんわりと諌められている。

 四次元ポケットの中で繰り広げられる神器達の愉快なやりとりはさておき、力と声が届かぬ異世界においてなおこれだけの恩寵。

 癒しの女神への信仰を更に深めたあなたは槍を旗のように縦に構え、厳かに祈りを捧げた。

 

「ちょっ、止めてください! その光は私に効きます! 止めてください!」

 

 あなたが唱えた聖句に呼応した聖槍が強く輝き、ウィズが抗議の声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 エリー草はあらゆる傷と病を癒す伝説の霊草。

 中でも竜の谷のエリー草はラストエリー草と呼ばれるほどに隔絶した効能を持つ。

 そんな魔境に存在する奇跡を求め、苦痛と本能に突き動かされるままに襲ってくるアンデッド達。

 

 腐敗した肉に包まれたゾンビ。

 骨のみの体となって動き続けるスケルトン。

 肉も骨も失い、それでも彷徨い続けるレイス。

 

 押し寄せてくるのは、アンデッド御三家ともいえる下級アンデッドが大半だが、中には高位アンデッドも混じっているようだ。

 

「あーもうしつこい! 数が多い! うざい! 臭い! 汚い! 死ね!!!」

「死体は死体らしく土に還って養分になりなさいっての!!」

「ちょっとずつ浄化されてるのは助かるんだけどさ、叩き潰しちゃ駄目って逆に難しくない?」

「超分かる。手加減しないといけないってストレス溜まるわ」

 

 闇に包まれた樹海の中から延々と湧き続けるアンデッドの総数は不明だが、少なくとも千を下回ることはないだろう。

 対してアルラウネの数は五十に満たない。

 圧倒的無勢の中で、しかしアルラウネ達は下半身の強靭な蔦や固有スキルを使ってそれぞれが一騎当千の活躍を見せていた。

 

 アンデッドに同情し、顔に悲壮感すら浮かべて戦っているゆんゆんとは違い、アルラウネにとって人間のアンデッドは害虫のようなもの。

 容赦どころか同情すらありえないと、押し寄せる不死者達を千切っては投げ、千切っては投げ。

 動けなくなる程度に痛めつけたアンデッドを一まとめにして隔離する余裕すらある始末。

 

 竜の谷で命を落とした者と竜の谷で生きる者。

 両者の力の差はいっそ喜劇的ですらあった。

 

「ごめんレイス出た! 三匹! でっかい人間は早めに処理お願い!」

 

 そんなアルラウネ達と特に相性が悪いのが砕くべき肉体を持たないレイスを筆頭とする死霊系のアンデッドであり、聖槍を使ってそれに対処するのがあなたの仕事だ。

 普通に攻撃して霊体を貫くと槍の力で浄化される前に消滅してしまい、時を置いて再び復活してしまう。

 なので消滅してしまわないように気を使って十秒ほど槍の光を当てる必要がある。

 速度を上げても意味が無い。殺すだけでいいなら一瞬で済むので楽なのだが。

 アルラウネが愚痴る気持ちがよく分かる、非常に根気のいる仕事だった。やはりアークプリーストがいればと思わずにはいられない。

 

「サンキューでっかい人間。レイスは私達だと処理しきれないから助かるわ」

「ぶっちゃけ蹴散らすだけなら余裕なんだけどね」

「びっくりするほどクソザコが殆どだしねー」

 

 鎧を着たゾンビの四肢を破壊し、適当に浄化待ちの死体置き場である穴に放り投げながら雑談に興じる。

 共に戦うゆんゆんは勿論のこと、淡々と死霊の処理を続けていたあなたも、アルラウネに混じって雑談ができる程度には受け入れられていた。

 

「普段見かけるアンデッドって着てる服も装備もバラバラなんだけど、今回攻めてきてる連中は似たような服と装備の奴がやたら多いのよね。しかもそういうのに限って弱いし。でっかい人間、なんか知らない?」

 

 彼らが世界各地から集まってきた探索者の死体だというのはハッキリしているのだが、アルラウネが言うように、この場に集ったアンデッド、その多くからは偶然では有り得ない、明確な統一性が感じられた。

 ボロボロの装備品はお世辞にも高級には見えず、はっきり言ってしまうと市販の量産品と大差が無い。間違っても竜の谷に挑んでいい装備ではないのは確かだろう。

 

 オーリッドがアンデッドの軍勢と称していたが、なるほど、言い得て妙である。

 どこぞの考えなしが軍を率いて竜の谷に挑み、無為に死者の山を生み出したとしか思えない有様だ。

 

『これってダーインスレイヴを盗んで竜の谷に挑んだっていうルドラの貴族が連れてきた兵士だよね』

 

 貴族に率いられ、三日と経たずにほぼ全員が死亡した千人の私兵。

 妹が言うように、統一感のあるアンデッド達はほぼ間違いなくその成れの果てだろう。

 樹海を彷徨っていた他のアンデッドを巻き込んで規模が膨れ上がったのだと考えられる。

 

「うっへ、千人ってマジ?」

「人間はバカなの? 死ぬの?」

「もう死んでるんだよなあ」

「死ぬなら勝手に死んでくれないかな。私達に迷惑をかけないでほしい」

 

 あなたから話を聞いたアルラウネ達がげんなりとし、自身に魅入られた者が生み出した数多の犠牲者だと知ったダーインスレイヴが盛大に曇り、聖槍に出番を奪われた愛剣が腹いせにねえ今どんな気持ち? どんな気持ち? とダーインスレイヴを全力で煽り倒した。

 

 

 

 

 

 

 一つ、また一つ。

 不死者の王が生み出した魔法陣の効力でアンデッドが光に還り、安らぎのうちに天に昇っていく。

 非常に幻想的な光景なのだが、アルラウネにとっては人間の魂がどうなろうと知ったことではないのだろう。まるで気に留めることなく、消滅した死体が遺していった品をだらだらと回収していっている。

 

「あ゛ーしんど、私達にゴミ掃除までさせるとかほんと人間は碌なことしねえな」

「でもだいぶアンデッドも減ってきた感じじゃない?」

「このペースなら朝日が昇るまでには終われそうね」

「私、この戦いが終わったらたっぷり光合成するんだ……」

 

 遺品の中に目ぼしいものがあれば譲り受けたいところだが、この分ではあまり質に期待はできないだろう。

 

 散発的に出没する死霊を処理し続ける中、慣れないアンデッドと戦い続けて心身の疲労が溜まっているのか、大きめの岩に座り込んでいたゆんゆんを見つけたあなたは声をかけてみた。ガンバリマスロボ化しかけていたら無理矢理休ませよう、と考えながら。

 

「あ、お疲れ様です」

 

 まだ全てのアンデッドが消え去ったわけではないが、それも時間の問題だろう。

 疲れているのなら眠っても大丈夫だと告げると、ゆんゆんは首を横に振った。

 

「そこまで疲れたわけじゃないんですけど。ちょっと考え事をしてただけなので」

 

 視線をアルラウネに固定した少女はぽつりと呟く。

 

「たとえ人間っぽく見えて、人間のように振舞っていても。やっぱり人間とは違うんだなーって」

 

 感傷を帯びた声色。

 何故ゆんゆんがそんな考えに至ったのかは分からないが、アルラウネは上半身が人の形をしていても人間ではない。亜人(デミ)だ。

 人のような、しかし人ではないもの。

 人間はおろか人類と比較しても生きる場所が違う。価値観が違う。死生観が違う。

 ましてや彼女達は人界から隔離された竜の谷に生きている。それを思えばこうして意思疎通が可能で、なおかつある程度互いを尊重しあえるというだけでも十分すぎるほどに幸運なことなのだ。

 

 イルヴァという異世界で様々な種族と出会ってきた冒険者として、そんな事をゆんゆんに話そうとしていたあなただったが、考えていた言葉はついぞ口から出てくることはなかった。

 

『……へえ』

 

 静かに感嘆する妹。

 そして唐突に無言で目を細め、北に視線を固定したあなたの姿に、ゆんゆんが恐る恐る声をかけてくる。

 

「ど、どうしたんですか? 新手のアンデッドですか?」

『ゆんゆん、二度は言わないからね。今すぐアルラウネと一緒にエリー草が生えてる場所から離れたほうがいいよ。近づいたらきっと死んじゃうだろうから』

「えっ?」

『にしても、最初の層でこれなら先はだいぶ期待できそうじゃない? ね、お兄ちゃん』

 

 状況を理解できずに戸惑うゆんゆん、そして妹の声に答える事無くあなたはその場から姿を消した。

 

 光り輝く流星。

 そうとしか形容できない何か。あなたと妹が急速な接近を感じ取っていた存在が、木々を伝って凄まじい速度で戦場に飛び込んできたからだ。

 アルラウネが築いた頑健な防壁を迎撃機能ごと一瞬で粉砕し、魔法陣の中央に立つウィズを目掛け、おぞましい死臭と殺意を撒き散らしながら。

 

 背後から迫る何者かにウィズが気付いていないわけが無い。

 しかし彼女は防御、回避、攻撃のいずれも選択しなかった。それどころか振り向きすらしなかった。

 下手に動けば魔法陣の維持に支障が出かねないし、それ以上に、あなたが自分を護ると理解していたから。

 

 直接言葉と視線を交わすまでもなく仲間の意を汲み、瞬く間に流星とウィズの間に体を滑り込ませたあなたは流星を迎撃する。

 

 七回。

 刹那の交錯であなたの振るった聖槍と流星がぶつかり合い、火花を散らし、轟音を響かせた回数だ。

 打ち合いに負けて弾き飛ばされた流星は草花と土煙を巻き上げながら地面に着地し、月明かりに照らされる形でその姿が露になる。

 流星の正体を視認したアルラウネ達の間に極めて強い緊張が走り、慄然としたゆんゆんの震え声が夜に溶けた。

 

「何、あれ……」

 

 それは全身を眩い白銀に輝かせた、体長50センチほどのウサギだった。

 左目は醜く潰れており、残された右の瞳からは血よりも紅く、炎よりも激しい、稲妻状の光が絶えず放出されている。

 これだけならただのギロチンラビットか、あるいはギロチンラビットの上位種だと予想できただろう。

 

 だがこのウサギは、三日月のブローチがついた黒いシルクハットを被り、一振りの剣を口に咥えていた。

 全長5メートルを超える巨大なギロチンの刃に無理矢理柄を取り付けたようにしか見えない、どす黒い血で染まった禍々しい異形の剣を。

 サイズ比1:10。あなたも巨大な岩石が付属した聖剣を所持しているが、それでも軽く目を疑う光景だ。たかだか上位種程度で片付けて良いとは思えない。

 樹海で振り回すにはあまりにも巨大すぎる代物だが、何かしら収納する手段を持っているのだろう。

 

「人間、気をつけなさい! そいつは竜だろうが同族だろうが見境なく片っ端から首を落として食らい尽くすハグレのギロチンラビット! 私達がヴォーパルと呼ぶ気狂いウサギです!!」

「最っ悪だわ! なんだってコイツがこんな浅い場所に来るわけ!? 縄張りは深層じゃなかったの!?」

「どうせアンデッド目当てに決まってる! 人間が悪い! とにかく人間が悪い!!」

 

 ヴォーパルの殺気に当てられて恐慌に陥りかけているアルラウネ達の声が聞こえていないかのように、あなたと背中合わせになる形で魔法陣を維持し続けているウィズが静かに口を開いた。

 

「防御ありがとうございます。加勢は必要ですか?」

 

 あなたは気負い無く答える。必要無いと。

 ウィズはウィズの役目、ウィズの目的を最後まで全力で果たすべきだ。

 これはあなたの役目で、あなたの目的なのだから。

 無論危険な相手とは共に戦うという約束といのちだいじにの指針を忘れたわけではない。ただ今はその時ではないというだけ。

 

「……了解です。くれぐれも油断しないでくださいね」

 

 互いに互いを一瞥すらする事無く、短い会話は終わった。

 狙った獲物を仕留め損ない、真紅の隻眼で不機嫌そうにあなたを強く睨み付けるヴォーパル。

 見境の無い狂獣と呼ぶにはあまりにも理性的な瞳で、どこまでも深く、重く、鋭く研ぎ澄まされた殺意をあなたに突きつけてくる。

 

『話を聞くにアレはこの世界だと特別個体(ネームド)って呼ばれてる、特別強いモンスターだろうね』

 

 ギロチンラビットという、竜の谷に生息する強力な魔獣の特別個体。

 ヴォーパルと呼ばれたそれが並ではないのは最初から分かりきっている。

 何せ殺す気で放ったあなたの初手を凌ぐどころか、聖槍を通じてあなたの手に微かな痺れを残してみせたのだから。

 

 手応えと殺気で分かる。

 素晴らしく鍛え上げられていると。練り上げられていると。

 惚れ惚れするほどに。敬意すら抱くほどに。

 

 ヴォーパルは最初から強かった者ではない。一足飛びに至った者でもない。

 これは一歩一歩、過酷な環境で死体を積み上げ、手段と目的が入れ替わるほどの修練に身を浸し、終わりの無い闘争の果てで掴み取った力だ。

 才の有無は重要ではない。他ならぬあなたがそれを証明している。

 

 今までこの世界、命の価値がイルヴァとは比較にならないほどに重いこの世界で出会ってきた誰よりも何よりもノースティリスの冒険者に……あなたに近い獣と相対する。

 

 竜の谷での冒険において、ウィズがアンデッドの葬送を目的の一つとしているように、あなたは強敵との戦いを待ち望んでいた。

 そしてこのヴォーパルは、吹けば飛ぶような有象無象ではなく、正真正銘、あなたと戦う事が出来る相手だ。

 高揚に導かれるまま、あなたは役目を終えた聖槍を四次元ポケットに戻し、エーテルの魔剣を解き放つ。

 

 

――★《冤罪の処刑刃》

 

 

 碌でもない由来の品だと一目で理解できる、神器判定の断頭剣を咥えた愛すべき凶獣と戦うために。




★《冤罪の処刑刃》

 かつて、とある国の農村に一人の男がいた。
 決して豊かではないが貧しくもない平民の生まれだった男には野心があった。己の腕一本で成り上がるという、男が抱くものとしてはそれほど珍しくないありふれた野心だ。
 だが男には才能があった。他の追随を許さない、煌くような剣の才能が。

 やがて粗末な剣を片手に故郷を飛び出した男は、紆余曲折の果てに末席とはいえ騎士の身分を手に入れることとなる。
 念願かなって騎士となった男だが、それでも満足することはなかった。
 自分の限界はこんなものではないと努力を重ね続けた。ただひたすらに、更なる高みを目指して。

 窮地に陥った王の命を救ってみせた。
 国を脅かす悪竜を打ち倒してみせた。
 仲間と共に幾度となく魔王軍を退けてみせた。

 男はあらゆる戦いで勝利を積み重ね、階段を駆け上がるように出世していく。
 それはまるで絵に描いたような、誰もが夢見る輝かしい成功譚。
 気付けば男は国一番の騎士と謳われ、平民として初めて騎士団の長にまで上り詰めていた。
 国内外はおろか、敵である魔王軍にまでその勇名を轟かせた男は輝かしい功績の数々と共にその名を永遠に語り継がれてゆく。

 そのはずだった。

 強い雪が降るある日、城下を見回っていた男は背中から斬り付けられた。
 悪漢でも潜伏していた魔王軍でもなく、仲間であるはずの同じ騎士から。

 次に目が覚めた時、男は牢に繋がれていた。

 罪状は謀反。
 不遜にも現王族を廃し、自身が玉座に座らんと企てたのだと。

 自身の首にかけられた罪状を知った男は激憤した。
 冤罪、身に覚えが無いどころの話ではない。
 王と国に剣と命と忠を捧げた男にとって、それは侮辱という言葉すら生温いものだったからだ。

 男は明かりが届かない地の底で必死に叫び続けた。
 謀反など考えたことも無い。何かの間違いだと。頼むから陛下と話をさせてくれと。
 喉を潰し、血を吐きながら、それでも叫び続けた。

 男は知る由も無かったが、全ては平民ながら騎士の頂点に立った男を、身の程を弁えていないと疎んじた高位貴族を擁した騎士一派の謀略だった。
 手回しは初めから十全に為されており、完璧に捏造された証拠は数え切れず。
 ゆえに男とその部下達の主張はその一切が省みられることなく。
 ほどなくして男の処刑が決まった。

 男は愛し愛された筈の国民達から侮蔑を一身に浴び、石と心無い言葉を投げつけられてもなお、最期の瞬間まで自身の潔白を叫び続けた。
 だが男の言葉は終ぞ聞き届けられること無く、哀れにも断頭台の露と消える。
 それはありふれた夢を抱いた男に相応しい、悲劇的で、しかしどこまでもありふれた英雄の死に方。

 魂を焼き焦がす憎悪と気が狂わんばかりの悲憤と果ての無い絶望を抱えたままに人生の幕を下ろした男。
 その名前は、ベルディアという。

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