このすば*Elona   作:hasebe

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第133話 第二層:白夜焦原

【竜の谷第二層:白夜焦原】

 

 樹海を踏破してみせた探索者が目の当たりにするもの。

 それは天に昇り続ける太陽と猛る炎によって支配された灼熱の領域であり、不毛にして壮絶なる地獄の大地だ。

 

 ――樹海という名の地獄を越えた私達を待っていたのは、竜の巣でもなければ黄金の楽園でもない。更なる悪夢の入り口でしかなかった。

 

 ただの物見遊山や度胸試しではなく、命を懸けて竜の谷に挑まんとする者であれば容易に諳んじれるであろう、あまりにも有名な一文。

 正しくこれこそが、白夜焦原の過酷さを物語っている。

 

 歴史上初めて彼の地に辿り着いた上で誰一人として失わずに完璧な生還を果たし、値千金と呼ぶ事すら憚られる情報を持ち帰ったのは、当時世界最強と呼ばれていたベルゼルグ王族を含む勇者一行、そして魔王と魔王軍幹部による合計十名の混成パーティーだ。

 人魔における最上位層の共演であることは述べるまでもない。

 目と耳と正気を疑うような内容だが、偶然にも同時期に竜の谷に挑み、偶然にも樹海で遭遇して一蓮托生となった彼らは、力を合わせて死の樹海を踏破してみせたのだという。

 当時はいわゆる戦間期であり、人魔の対立がそれほど根強くなかったというのも、彼らが一時とはいえ手を取り合えた理由として挙げられるだろう。

 

 生還した勇者達はその後、前人未到の偉業を成し遂げた喜び、第二層に対する驚愕、そして引き返さざるを得なかった悔恨を自伝にて克明に書き残しており、前述の文章はそのうちの一節となっている。

 

 ――ナンテ・コッタ著『竜の谷探索紀行』より

 

 

 

 

 

 

 首を真上に向けてみれば、そこには燦々と輝く太陽と澄み渡る青空。

 首を正面に向けてみれば、そこには焼け焦げた大地と立ち昇る赤い竜巻。

 なんとも対照的な光景だとあなたは感じた。

 ノースティリスにも灼熱の塔というこれまた熱風吹き荒れる炎のダンジョンが存在するのだが、白夜焦原とは比較する事すらおこがましい程の隔絶した差がある。

 

 第二層において探索者達の身を脅かす最たるもの。

 それは決して魔物などではなく、白夜焦原という環境そのものだ。

 

 無数の木々で埋め尽くされていた千年樹海と違い、白夜焦原は極めて見晴らしが良好。

 良いか悪いかは別として、夜の闇を恐れる必要も無く、地中以外からの奇襲は端から考慮に入れる必要が無い。

 ただしそれらを補って余りあるほどに、白夜焦原は過酷な旅を強制してくる。

 

 沈む事を知らず、照り付けるを通り越して突き刺さるが如き日の光は、探索者の時間感覚を狂わせ、コンディションを否応なく悪化させる。

 一度でも炎の匂いが染み付いた熱風に巻き込まれれば無惨な姿を晒すのは必定であり、自然発火が当たり前のように発生するほど大地に満ちた炎の魔力は、呼吸するだけで容易く肺腑が焼け爛れる。

 その気になれば物見遊山で立ち入り出来てしまう千年樹海とはまるで異なる、まさしく世界全てが敵に回ったと錯覚しかねないほどの悪環境がそこにはあった。

 

 だがそれでも、第一層とは比較にならないほど到達者が少ないにせよ、この第二層までは、ある程度信頼に足る情報が残されている。

 つまりあらかじめ対策を練った上で挑戦可能という事だ。

 当然あなた達ネバーアローンも先人の足跡を無下にする事無く、入念な事前対策、つまり耐火と耐熱に特化した装備と道具を持ち込んでいた。

 持ち込んでいたのだが、それでもなお足りなかった。

 甘く見ていたつもりはないのだが、環境の苛酷さはあなた達の想定を上回っていたのだ。

 とはいえ実のところ、あなただけならどうにでもなった。むしろ余裕ですらある。暑いといえば暑いが、耐えられないとか生命の危機といったほどではない。

 ゆえにこれが単独行であれば、あなたは意気揚々と炎の大地に挑んでいただろう。

 

 それにあなたでなくとも、第二層まで辿り着く事が出来るだけの力量、高いレベルを持つ探索者であれば辛うじて耐えられた筈だ。

 だが第二層に挑むにはレベルが足りていないゆんゆん、そして世界全てが恐ろしい勢いで殺しに来ているウィズにとっては不足だったらしい。

 足を踏み入れた瞬間の二人の顔を見て、とても長時間の探索が可能だとはあなたは思えなかった。

 ゆえに本格的に挑む前、各々の耐久限界を計る試験を入り口で行っていたのだが……。

 

ふぁっきんほっと(くそ熱い)!!」

 

 対策を施してなおあまりある暑さと熱さに限界を超えたのか、ゆんゆんが唐突にやけくそじみた叫び声をあげた。

 だが裏を返せばこうして弱音を吐く程度には余裕があるという証左でもある。今はまだ。

 準備無しのぶっつけ本番で第二層に挑んでいた場合、極限環境に耐えるだけの頑健さを持つあなたはともかく、多少悪環境に耐性がある程度のゆんゆんはとっくに屍を晒していた事だろう。

 

 とはいえ楽観視が出来るかと訊かれればそうではない。

 ネバーアローンが耐久試験を始めてまだ四時間弱。

 にもかかわらず、ゆんゆんの消耗は極めて激しいものとなっていた。

 具体的には「暑いですねー……」→「熱い……」→「あっづぁ……」→「これ死んじゃうやつ……」→「ふぁっきんほっと!!」という流れである。

 

 日光を防ぐべく被ったフードの下からは玉のような大粒の汗が止め処なく流れ出ており、焦点の合っていない虚ろな瞳と相まって、このまま放置してよい状態ではないという事が一目で分かる。

 早めに引き返し、どこか涼しい木陰なりポケットハウスなりで小休止を取らせる必要があるだろう。

 気付けの意を込めて、あなたはゆんゆんの頭に水を浴びせかけて魔法で冷風を生み出した。カズマ少年から教わった初級魔法の併用である。

 

「あ、終わりですか……? 良かった……そろそろ川に飛び込もうか真剣に悩んでました」

 

 水も滴る良い美少女と化したゆんゆんは、竜の河を横目に見やって真顔で自殺行為を口にした。

 先に限界を迎えたのは案の定ゆんゆんだったが、いずれにせよ、現状ではとてもではないがまともな探索は望めそうにない。更なる対策は必須だろう。最低でも半日は耐えてくれないと困る。

 あなたはそう考えながら、静かに瞑目したままのウィズに終了の声をかけた。

 

「…………」

 

 反応が無い。

 今度は軽く肩を叩いてみたのだが、やはりうんともすんとも言わない。

 ともすれば深い瞑想に入っているようにも見えるわけだが、あなたは早くも嫌な予感を覚え始めている。

 

「ウィズさん、ウィズさん? 大丈夫ですか?」

「…………」

 

 明らかに大丈夫ではなさそうだ。

 恐る恐るあなたがフードを脱がすと、氷魔法を得意とするアンデッドという、白夜焦原(炎と光の世界)に対して極めて相性が悪い存在であるウィズは、口と目と耳と頭から湯気とも煙とも魂ともつかぬ真っ白な何かを勢いよく放出し、その場に豪快に昏倒した。ちなみに地面は焼肉パーティーが開ける程度には熱いので、このまま放置するとリッチーのこんがり肉が完成する。

 ゆんゆんが限界を迎えたのなら、ウィズはとうに限界を超えていた。

 この場にベルディアがいれば間違いなく声高にツッコミを入れるだろう。これそういうやつじゃねーから! と。実際倒れるほど痩せ我慢をする必要はどこにも無いし、あなたもそこまでしろとは言っていない。

 

「し、死んでる……!?」

 

 戦慄するゆんゆん。

 言いたくなる気持ちは分からないでもないが、リッチーに向けるものとしては少々ブラックジョークが過ぎる。ウィズは自身がアンデッドである事を完全に割り切っているわけではないのだから。

 足早に樹海に引き返し、ぷすぷすと煙を発しているウィズの頭を冷やしながら、あなたはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 第二層の一歩目で早速躓いてしまったネバーアローン。

 原因であるウィズとゆんゆんはあなたの足を引っ張ってしまったと肩身の狭い思いをしていたようだが、肝心のあなたは全く気にしていなかった。

 冒険において予定外の足止めを食らうなど日常茶飯事。むしろ何もかもが予定通り上手くいくのであれば、それはそれで少々退屈さを感じてしまう。あなたはそういう冒険者だ。

 とはいえ流石にここまで来ておきながら尻尾を巻いてアクセルに逃げ帰るなどという展開になってしまった場合、とてもではないが心中穏やかではいられなかっただろう。

 

 ――すみません。三日、いえ、二日だけ時間をください。絶対になんとかします。

 

 だが、目覚めた後にそう言って、断固たる決意を瞳に燃やしたウィズ。

 彼女が自身のプライドをかけて全身全霊で耐熱装備の改良に勤しんでいる以上、それはほぼ確実にありえない。

 ウィズがどれくらい本気なのかは、作業部屋から響いてくる常軌を逸した凄まじい異音が教えてくれる。

 文字に起こすとギュイーンガガガガガドタンバタンパパパパパウワードドンカァオカァオバリバリバリズガンドガンピーピーピーボボボボ以下略。

 集中したいのでなるべく作業中は一人にしてほしいと言っていたが、ウィズは部屋の中で何をやっているのだろう。たまに光子銃じみた音が聞こえてくるあたり、軽く冷や汗ものである。少なくとも作業風景を覗こうとは思えない。狂気度が上がりそうだ。

 無力なあなたはポケットハウスが内部から爆発四散しない事を祈る事しか出来ない。

 

 そんなわけで短いながらも自由時間を手に入れたあなたは、ここぞとばかりに大自然の中で自己鍛錬に精を出したり、竜の河で釣りをして釣れたモンスターをしばき倒したり、愛剣で世界樹の枝を削って木刀を作ったり、襲ってくる樹海のモンスターをしばき倒したり、ヴォーパルの為に剥製の勉強をしたり、もっと頑張らないといけないと奮起したゆんゆんをその意気やよしとしばき倒したりと、人外魔境での冒険中とは思えない、まったくもってのどかで充実したアウトドアライフを満喫している最中だ。

 

 半ば休暇気分のあなたはゆんゆんの鍛錬中に地中から襲ってきた、全長30メートルはあろうかという赤黒の百足を鼻歌混じりに迎え撃つ。

 改めて説明するまでも無く、愛剣はみねうちが嫌いな上にあなたの交友関係に興味が無いので、ゆんゆんに向けて振るうと死ぬ。具体的には鍛錬で使うと仮にみねうちをしてもグレネードが発動してゆんゆんがミンチより酷い姿になる。

 カルラの件を通じて復活の魔法に対する諸々の懸念が大方解消された今、ゆんゆんの成長のため、あなたは本人の許可を取った上で一回くらいゆんゆんを殺してしまっても大丈夫なんじゃないかと考えていたりするのだが、今のところそのような機会には恵まれていない。

 いずれにせよゆんゆんがあなたやウィズを目指す以上遅かれ早かれではあるのだが、ともあれそういう理由で現在あなたの手にあるのはダーインスレイヴだ。

 

 あなたから見た百足の討伐推奨レベルは平均55の2パーティー(8人)

 大きくて硬くて素早くて毒を持っていて雑に強い。

 流石に樹海の最深部だけあって魔物も気合が入っている。

 だが問題は無いだろう。雑に強いというならあなたの方がよほど雑だ。

 そもそも既に倒した事がある敵であり、素材は有り余っている。急いで愛剣に切り替えるほどの脅威でもない。竜の谷ではここぞとばかりに愛剣を使い倒すつもりとはいえ、この扱いやすく献身的な魔剣にも血を吸わせてやるべきだ。

 あなたが自分を引っ込める気が無いと知り意気込んだダーインスレイヴの刀身が煌き、あなたの意思の下、人魔に忌避されるというその血塗られた力を解き放った。

 

 六連流星。

 発動と同時にあなたの姿が掻き消え、斬撃という名の閃光が百足を激しく打ち据えた。

 巨体が空高くに打ち上がる。

 

 六連流星。

 木々を跳躍しながら空中の百足に追撃。剣との接触から一拍遅れて甲殻と肉が砕ける音が響き、冗談のような勢いで幾度も慣性を無視した軌道で撥ね飛ばされる百足の姿はさながらピンボールの如く。

 

 六連流星。

 弄ぶような追撃。数多の節足の全てが砕け散った。

 

 六連流星。

 嬲り殺しのような追撃。僅かな胴体と頭部を残して百足の全身が弾け飛ぶ。

 

 六連流星。

 胴体と頭を木っ端微塵にした最後の一撃と同時に神速の攻撃スキルがもたらす負荷、強制加速が終わりを告げ、急制動で地面に残痕を刻みながらあなたは着地する。

 

 ――残身までキマってて最高にすたいりっしゅであめいじんぐでびゅーてぃふぉーだよお兄ちゃん……。

 

 妹が恍惚とした声をあげた。

 贔屓目抜きの賞賛だと分かっているので、あなたとしても満更ではない。

 

 一人五連携、六連六連六連六連六連流星。

 合計三十の斬撃の威力は凄まじいなどという言葉では到底物足りないだろう。

 鍛え上げられた鋼を思わせる体躯を持つ百足はさっきまで命だったモノと形容する他ない悲惨な姿となったわけだが、これはヴォーパルが見せた空間殺法を参考にしたものだ。

 ちなみに五連携として成立させるため、最後の一撃以外にはみねうちが乗っていたりする。魅せ技として相手を即死させない為の配慮だったのだが、何故か百足の残骸を見たゆんゆんは顔を真っ青にして震えていた。

 

 そしてその後、気が乗ったあなたは日没までの時間を六連流星の修行に費やす事になる。

 まだまだ自動で体が動いた時のキレには届かないが、スキルの鍛錬、そして百足の血肉の臭いに引き寄せられてやってきた、献身的で自己犠牲の精神に溢れた樹海の魔物達の甲斐もあり、それなりに技としての体裁は整ってきたというのがあなたの感想だ。

 六連流星はダーインスレイヴの固有スキル。彼女以外の剣を用いた発動は不可能という重い縛りこそあれども、やはりそれを補って余りある強力無比な技である事は間違いない。

 本来であれば身体にかかる絶大な負担により命を削って放つ必要がある大技も、あなたなら通常攻撃よろしくノーコストで気軽に連発が可能。

 ゆんゆんが顰め面で「絶命奥義血みどろ虐殺暗黒流れ星に改名すべきでは?」と毒を吐く程度には無法極まるスキルと化した。ちなみに読み仮名はブラッディージェノサイド★シューティングスター。

 ベルディアなら「出し得壊れ性能のクソ技ぶっぱ連打とか殺意しか感じないからマジでやめてもらえる?」くらいは言うだろう。

 あなたとしてもこういった自分だけの必殺技、必殺剣に憧れが無いわけではないので、機会があれば積極的に使用して更に錬度を高めていきたいと考えている。

 

《――――》

 

 あなたがダーインスレイヴの扱いに習熟する度、彼女の好感度が青天井に上がっていく気配がするのはきっと錯覚ではないのだろう。

 嬉々とした感情を隠そうともしないダーインスレイヴに、あなたは構ってもらえて嬉しくてしょうがない子犬のように全身全霊で甘えてくる癒し系銀髪清楚博愛美少女の姿を幻視する。

 

《――――》

 

 そしてあなたがダーインスレイヴの扱いに習熟する度、愛剣の機嫌が底無しに悪くなっていく気配がするのもきっと錯覚ではないのだろう。

 今すぐこのご主人様を誑かす淫乱尻軽クソビッチをぶち殺したいなあ……とどす黒い憎悪を隠そうともしない愛剣に、あなたは呪詛を吐き続ける皆殺し系青髪独占欲激重美女の姿を幻視する。

 

 他にもハラハラと魔剣と愛剣の関係を見守る苦労人の聖槍に、空に浮かぶ雲のように終始我関せずを貫くマイペースな大太刀。

 日常的に神器事情を繰り広げる彼女達が全て擬人化していた場合、色々な意味であなたは地獄だっただろう。

 

 これが世間一般でよく言われるハーレムの主の味わう気苦労なのだろうか。もしそうならやはり自分にはそんな甲斐性も器も無いに違いない。

 美しい夕日の下、例によって体を内側からミキサーにかけられる痛みを味わいながら、あなたはそんな益体も無い事を考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 ウィズの手によって魔改造された外套と護符を身に着け、再び灼熱の荒野に足を踏み入れたあなた達。

 不安は覚えていなかったが、驚くべきことにまるで暑さを感じない。

 冷気で軽減しているのではなく、純粋に熱が遮断されている。

 前回とは全く異なる体感温度と快適さに、あなたは小さく感嘆の声を漏らした。

 

「うん、これなら問題なさそうですね。ゆんゆんさんの方はどうですか? 何か違和感があったら遠慮なく言ってくださいね」

「大丈夫です。あっあっこれもしかしなくても死んじゃうやつっていう暑さが初夏の天気がいいお昼頃くらいになりましたから」

 

 ゆんゆんにとっては運動していると軽く汗ばむ程度の体感温度になったようだ。

 表情も前回とうってかわって平静そのものであり、これならば探索に支障をきたす事は無いだろう。

 

「ただ私のもう一つの問題は解決していないというか、これを解決するのはちょっとやそっとでは無理だと判断したので、いざとなったらお願いしますね。私も十分に留意するつもりではありますが」

 

 ウィズの言う問題点とは、炎と光の魔力で満ちている白夜焦原の内部ではウィズとブラックロータスの魔力が自然に回復しないという、アークウィザードである彼女にとって致命的と呼べるものだ。

 得意の氷魔法で熱を防ぐのではなく、耐熱装備を突貫で魔改造するという解決策をウィズが選んだ理由でもある。

 あなたとゆんゆんは地獄のような暑さの中でも普通に魔力が回復するので、やはりウィズにとって白夜焦原との相性は最悪中の最悪なのだろう。不死性の代償は軽くない。

 とはいえブラックロータスという禁呪認定を食らいかねない狂った性能の魔法のおかげでウィズの魔力総量は冗談のような域に達しているし、最悪ドレインタッチであなたから魔力を吸収する手筈となっている。いざとなったらお願いしますというのはそういう意味だ。

 

 

 

 

 

 

「なんか、モンスターと出会わないですよね。樹海と比べてとかじゃなく、普通に」

 

 探索を開始してから暫くして、予想外とばかりにゆんゆんが言った。

 千年樹海では天界直通ルートを使用していたので襲撃に次ぐ襲撃だったが、現在のあなた達は人類が想定する中で最も安全とされる進行ルートを通っている。碌にモンスターと遭遇しないのはそのせいだ。

 

「安全……本当に安全なのかなあ……」

 

 ちらりと視線を横に向けるゆんゆん。

 その先にあるのは樹海で散々見てきた竜の河だ。

 彼の大河は白夜焦原においても何も変わらない姿を見せている。

 

「竜の河沿いにひたすら北進しているのは同じなのに、こうも変わるなんて思いませんでした。魔物だって全然水中から出てこないし」

 

 河の中の生物が白夜焦原に顔を出そうものなら、さほどの時間もかけずによくて干物、悪くて炭になるのが関の山であり、その逆、白夜焦原に適応した者達にとって水で溢れた竜の河は自身の命を脅かす極めて危険な場所となる。

 だからこそ、あなた達の進行ルートとなっている河沿いは一種の安全地帯になっていた。無論油断は禁物だが。

 

「なるほど……じゃあこのまま河沿いに第三層まで行くっていうのは……」

 

 暑さこそ緩和されたとはいえあまり長居したくないのか、そのような提案をしてくるゆんゆん。

 だがあなたはそのような生温い提案は断固として拒否する構えだ。

 現在河沿いに進んでいるのはなだらかな平原が続いているからであり、遠くに見える山岳地帯に入ればそちらの探索と採掘を優先する予定になっている。

 

「ゆんゆんさんは鉱石に興味が無い感じですか? 装備品を作るのにとても役立つと思うのですが」

「無くはないんですけど、あんまり良すぎるやつだと今の私だと持て余しそうな予感がひしひしと……」

 

 そんな事を話していたあなた達の耳に、どこからか小さな地響きが聞こえてきた。

 ふと足を止めて周囲を見渡してみれば、北東の方角にそれはいた。

 

 溶岩魔人とでも呼べばいいのだろうか。

 身長40メートルにも届こうかという、全身が赤熱化した流体で構成されたゴーレムだ。

 関節部分以外の全身が岩とも金属ともつかない鉱物で覆われており、極めて高い防御力を持っている事が一目で分かる。

 そんなゴーレムはずしんずしんと足音を響かせ、巨体に見合わぬ俊敏な動きで何度も手を伸ばしては空を切るという動作を繰り返していた。

 

「あれは一体何をしているのでしょうか?」

 

 ウィズの疑問に、恐らくは何かを追っているのだろうとあなたは答えた。

 風景が明るすぎるので分かりにくいが、よく目を凝らしてみれば、ゴーレムの少し前方に小さな火の玉のようなものが浮かんでいるのが見える。

 まさか人魂ではないだろう。対策抜きだとリッチーですら余裕で瀕死になる環境でアンデッドが生まれるとは考え辛い。

 

「なんかもう見てるだけで熱くなってきたんで絶対近づいてほしくないんですけど、まあこっちに来ないのなら別に……」

 

 火の玉が突如として方向転換し、あなた達の方へ向かってきた。

 当然火の玉を追うゴーレムもあなた達に突っ込んでくる。見ているだけで暑苦しい。

 無言でゆんゆんに視線を向けるあなたとウィズ。

 普通に考えればこれはただの偶然でしかなく、あなたもウィズも、ゆんゆんに対して何かしらのマイナス感情を抱いたわけではない。そういう雰囲気だったので、なんとなく見やっただけだ。

 だが同時に、迂闊で余計な一言は運命を手繰り寄せる事もあるのだと、歴戦の冒険者であるあなた達は熟知していた。人はそれをフラグと呼ぶ。

 

「ごごごごごめんなさいいいいいいいいっ!!!」

 

 本人にも多少はやらかした自覚はあったのか、少女の悲鳴じみた謝罪が青空に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 フェニックス。

 不死鳥の異名を持つ、炎を司る神獣の眷属だ。

 カテゴリとしては魔物ではなく幻獣。

 冬将軍における雪精に相当する存在であり、その声は太陽を呼び起こすと伝えられている。

 特徴としては燃える体、炎を自在に操る能力、肉の一片からでも再生可能という極めて高い不死性に加え、敵対者の防御力を低下させる脆弱の魔眼を持つ。

 主な生息地は南海の貿易国家トリスティアにある不死火山といわれているが、まともな目撃情報すら殆ど無いという謎の多い幻獣だ。

 特に有名な個体としては魔王のペットとしてのそれが挙げられるだろう。

 代々の魔王に継承され続け、長年に渡って人類を苦しめてきた恐るべき魔鳥だが、二十年ほど前にリーゼの手によって灰の一欠けらも残さず焼殺されている。

 

 間違っても負けるような相手ではないにしろ、それなりに面倒な相手だったと廃人とリッチーが認める溶岩魔人が追っていたのは、なんとそのフェニックスと思わしきものだった。しかも雛鳥。

 あなた達はフェニックスが白夜焦原に生息しているという事を知らなかったが、環境としては生息していない方がむしろ不自然なくらいであり、何より第二層以降は全くといっていいほど調査の手が進んでいない。まあそういう事もあるだろう、とさしたる驚きも無く受け入れられた。

 

 あなた達に命を救われたからなのか、あるいは力の差を感じ取ったのか。

 溶岩魔人を押し付けてきた不死鳥の雛はやけに人懐っこい様子を見せてきた。

 どこまで付いてくるつもりなのか、襲うでも逃げ出すでもなくあなた達に追随するように数メートル上を飛行する雛にあなたが手を差し出してみれば、即座に乗ってきて小さく鳴く始末。

 なんとなく干し肉の切れ端をちらつかせてみると、勢いよく啄ばんでくる。

 警戒心というものがまるで感じられない。

 あなたは少しだけモンスターボールでペットにするか考えたが、家が全焼したりアクセルが焼け野原になる未来しか見えなかったので止めておいた。

 

「ふふっ、可愛いですねー」

 

 柔らかく微笑んだウィズが雛を撫でようとそっと優しく手を伸ばす。

 だがその瞬間、雛は切羽詰ったものすら感じられる甲高い鳴き声をあげ、全身を纏う炎を激しく燃え上がらせた。

 ほうら明るくなったろう。あなたの脳裏にそんな電波が過ぎる。ついでに干し肉は炭になった。やはり炎属性のペットは扱いにくい。

 

「えっ」

 

 自分に触るな近寄るなという明確すぎる拒絶の意思を受け、たまらず強張るウィズの笑顔。

 体に触れられるのが嫌いなのだろうかと次いであなたが接触を試みたのだが、今度は逆に雛鳥の方から手の平に擦り寄ってくる始末。

 唖然とするウィズに向けて、あなたはペットを飼ってきた年季が違うのだとドヤ顔を浮かべた。特に理由は無い。

 

「ちょっ、うえぇっ、なんで!? なんでダメなんですかぁ!? 私がリッチーだからですか!? フェニックスとの相性がとても悪い氷魔法が得意だからですか!?」

 

 恐らくは両方が理由だろう。

 同じ不死の名を冠していても生命力の権化であるフェニックスとアンデッドであるリッチーは正反対の存在であり、炎と氷と属性的にも互いは相反する者同士なのだから。

 

「やっぱり私、ここ苦手です」

 

 可愛いものを愛でる機会を失って若干ふてくされた様子のリッチーは、珍しく毒を吐いた。

 つくづくウィズと白夜焦原は相性が悪いらしい。

 動物に愛されていて大変申し訳ないと、ここぞとばかりにあなたは笑顔で煽り散らす。

 

「ていっていっ」

 

 むくれたウィズに杖でぽこぽこと叩かれた。

 あなたとしては遠慮が無くなってきて大変喜ばしい傾向だと歓迎せざるを得ない。

 

「でもこれ本当にフェニックスでいいんですかね。いや、私もフェニックスの事は殆ど知らないんですけど、それにしたって……」

 

 いい感じにギスギスしてきた空気を敏感に察知したのか、おずおずと問いかけてくるゆんゆん。

 

「これ、どう見てもひよこですよね?」

 

 あなたは改めて雛鳥を観察する。

 

 思わず愛でずにはいられない愛らしく小さな体。

 明るい黄色の羽毛。

 オレンジ色の嘴と脚。

 楕円形の黒い瞳。

 ぴよぴよという鳴き声。

 

 不死鳥の雛はこれらの特徴を併せ持っていた。

 

「つまり完全にひよこですよね?」

 

 ゆんゆんの言葉が示すとおり、噂に名高きフェニックス、その雛鳥の見た目と鳴き声は鶏の雛に酷似しているといえるだろう。

 

 実のところ、あなた達はフェニックスの雛鳥がどういった姿をしているのかを把握していない。

 もしかしたらこれは白夜焦原特有の個体なのかもしれないが、それはそれとして、全身が絶え間なく発火している以上、間違いなくこれはフェニックスだとあなたは確信していた。

 鶏の無精卵をドラゴンの卵と騙されて温めていた女神アクアの二の舞になる予定は今のところ立てていない。

 

 

 

 

 

 

 冒険の舞台が第二層になり、雛鳥という同行者が増えてもあなた達の行動指針は一切変わらない。

 未知を愛する心を忘れず、風景を慈しみ、思う存分楽しく冒険する。

 敵は寄らば斬る。寄らずとも寄って斬る。

 

 今のところヴォーパルのような突出した強敵は出現していないが、やはりと言うべきか、誰も彼もが何かしらの形で炎やそれに類する能力を有しており、白夜焦原の名に恥じぬ姿をあなた達に見せ付けてきた。

 

 そしてきっと、そんな場所だからなのだろう。

 ある日の野営中、愛剣が非常に珍しい形で自己主張を始めたのは。

 

 エーテルの生きた大剣ことあなたの愛剣。

 唯一にして無二の相棒である彼女は、あなたに使われ、あなたの敵を殺す事だけを求めている。

 なのであなたに使われている間に限っては極めて大人しく、何かをしたいとかどうこうしてほしいといった形で自己を主張する事は滅多にない。

 そんな彼女がいきなり自分を装備した状態で火炎属性付与(エンチャント・ファイア)のスキルを使ってほしいと意思表示を始めたのだから、あなたはとてもとても驚かされた。

 

 あまりにも稀な出来事にすわ何事かと尋ねてみれば、どうやら自分も専用のスキルが欲しいとの事。

 間違いなくダーインスレイヴに対抗意識を燃やしている。火炎属性なだけに。

 ともあれ可愛い愛剣の頼みとあれば否やは無い。

 あなたが魔法剣を発動させると、たちまち青い刀身は赤炎に染まり、強い熱気で空気が揺らぐ。

 雛鳥が歓喜の鳴き声を発し、傍で見ていたゆんゆんとウィズが当然のように抗議の声をあげた。

 

「やめてほんと止めてください見てるだけで暑苦しいっ! 装備のおかげで熱は感じないけどそれはそれとして心の底から暑苦しい!!」

「なんでよりにもよってその魔法剣を選んじゃったんですか……」

 

 辟易とした憔悴を隠そうともしない二名だが、気持ちはとてもよく分かる。

 あなたも軽く後悔したくらいだ。これは辛い。視覚的、精神的に辛い。

 

《――――》

 

 だが愛剣的には物足りないらしい。

 あなたは二人から離れ、更にスキルの出力を上げる。

 

《――――》

 

 既に剣から熱気が伝わってくる錯覚を覚えるほどなのだが、まだ足りないらしい。

 どうやら愛剣はあなたに全力を出してほしいようだ。

 何もこんな場所でなくともいいだろうに。そんな事を考えながらもあなたは魔力を注ぎ、スキルを最大出力まで引き上げる。

 

 愛剣を通り越してあなたの半身が火に包まれると、二人は視界にも入れたくないとばかりにあなたから目を背けた。

 別に熱さは感じないのだが、これ以上あなたが魔力を込めてもスキルから零れ落ちるだけになってしまうだろう。

 にも関わらず愛剣は更に力を込めるように要求してきた。

 魔力制御スキルを使えということらしい。

 あなたは主に範囲攻撃魔法のフレンドリーファイアを防ぐ目的でしか使用していないスキルだが、その気になればこういった繊細な魔力の運用も不可能ではない。

 

 そこから更に乞われるままに注いで、注いで、注ぎ続けて。

 どれほどの時間が経過しただろう。あなたの頬を一筋の冷や汗が伝った。

 現在進行形であなたが注いでいる魔力は、既にスキルという器では到底収まりきらない量に届いてしまっている。

 これがどういう事かと言うと、1リットルの水しか入らないタルに10000リットル以上の水を圧縮して無理矢理詰め込んでいる状態といえば容易に伝わるだろう。以前ウィズの店で購入したトイレ型水桶とはわけが違う。

 

 しかもそれだけではない。

 白夜焦原に満ちる炎の力。

 ともすれば無尽蔵と錯覚するそれが、赤の奔流という形で愛剣に収束されているのを感じるのだ。

 

 あまりのやりたい放題っぷりにスキルが悲鳴をあげている。

 んほおおおおおおおおおおおおおらめえええええええええええしゅごいのおおおおおおおおおおそんなにいっぱいはいらないのおおおおおおおおわらひこわれひゃいまひゅうううううううううう!! といった具合に。

 

 間違いなくあなたの卓越した魔力制御と愛剣の悪巧みが悪魔合体した結果なのだろうが、あなたは嫌な予感しかしなかった。

 具体的には一歩でも間違えると壮絶な爆発オチで終わる気配が漂っている。

 かといってここで手を止めてしまえばそれこそ行き場を失った力が暴走して大惨事は不可避であり、だからこそあなたは強く警戒するようウィズとゆんゆんに声をかけようとした。

 したのだが。

 

「…………」

 

 凝視。

 つい先ほどまであなたに呆れていたウィズが、不死の女王が、あなたを凝視している。

 在り得ざるものを見たかのように呆然と、しかし瞳だけは爛々とした強い光を宿したまま。

 それはあなたが垂涎モノの神器を発見した時のそれに酷似したものであり、友人達が自身の琴線に強く触れた事象に遭遇した時に見せるものでもあった。

 

 自分達と彼女の意外な共通点を発見して嬉しく思うあなただったが、それはそれとしてあなたの一挙手一投足を見逃すまいとする今のウィズはとても声が届きそうにない。

 魔法ガチ勢としての一面が顔を覗かせている、どころの話ではない。我を忘れるレベルで前面に出てきてしまっている。そういうのはもう少し別のタイミングでお願いしたかったというのがあなたの本音である。

 これはダメそうだと一瞬でウィズの助力を諦めたあなたは、ゆんゆんに声を投げかけた。

 最悪の場合、もしかしなくてもゆんゆんは派手に爆死すると思うので、ちょっとだけ覚悟しておいてほしい、と。

 

「ヤダーッ!!」

 

 魂から搾り出したかの如き渾身の絶叫。

 だが捨てる師あれば拾う師あり。

 可愛い妹分が発したそれに若干正気を取り戻したウィズがハッとした表情で魔法を唱えると、ゆんゆんの周囲を三角錐状に形作られた氷の結界が覆ったのだ。

 即席のシェルターながら、核の数発程度は容易に防ぐ事が出来るだろう。

 ちなみにゆんゆん本人は師のアシストに全く気付いていない。それどころか暑さで頭をやられているのか、やだやだ絶対やだと錯乱して頭を軸にした逆立ち回転(ヘッドスピン)を始めている。

 

 自身を結界の外に置いたままのウィズをあなたが見やると、彼女はこれで大丈夫ですと両手でガッツポーズを作って力強く頷いた。

 構わず続けろという事らしい。

 

 半ば自棄になって更に魔力を注ぎ続けるあなた。

 興奮のあまり、遂には自覚も無く口元に笑みを浮かべ始めたウィズ。

 結界の中でどりゅどりゅと激しく回転するゆんゆん。

 

 どれだけ控えめにいってもカオスとしか表現できない状況の中、やがて。

 パキン、と。

 どこからか、何かが割れた音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 白夜焦原に、一本の火柱が立ち昇る。

 雄大な大空からしてみれば蜘蛛の糸の如くか細い、しかし天を貫き、塗り潰し、焼き焦がす蒼い炎が。

 

 竜の谷第二層、その表層部といっても過言ではない場所にて突如発生した炎は、白夜焦原に住まう全ての者達に観測、あるいは察知されていた。

 炎に入り混じるのは数え切れないほどの血と死で彩られた星の力。

 そのあまりの異様さにあるものは逃げ惑い、あるものは震え上がり、またあるものは警戒を露にする。

 

 そんな火柱の発生源。つまり愛剣を持つあなたは当然のように全身を蒼炎で焼かれていたわけだが、その心中を占める感情はただ一つ。

 なんか思ってたのと違う。

 

 幸いというべきか、爆発オチに関しては避ける事に成功した。

 ゆんゆんは爆死していないし、愛剣もやる事をやりきったのか満足げな感情を発している。ウィズに至っては歓喜と好奇に目を輝かせている始末。

 だが最低でも核規模の大惨事を予想(期待)していたあなたとしては、少々肩透かしを食らった感が否めない。

 

 愛剣から放出されている蒼い炎の正体は、火炎とエーテルの混合物。

 火の粉に混じって漂うエーテルの燐光がそれを証明している。

 エーテルが星の力である以上、あるいは星の火と呼べるのかもしれない。

 そして装備の恩恵で火炎に対して無敵であるあなたの体を当たり前のように焼き焦がしている事から、どうやらこれは耐性貫通効果を持ったスキルでもあるようだ。

 

 最大値のおよそ四割。

 冗談のような量の魔力を注ぎ込んで生み出しただけあって、相応に強力なスキルなのだろう。

 自傷効果付きなあたりにあなたは若干のネタ臭を敏感に感じ取っていたが。

 火を消して、一応念の為にと冒険者カードを確認してみると、火炎属性付与のスキルの部分が■■属性付与に変化していた。

 文字化けしたステータスより明らかに酷い事になっている。

 

 何もしていないのにスキルが壊れた。

 そんな何かして壊した者特有の言い訳を瞬時に脳内で浮かべるあなたとて思うところが全く無いわけではないが、愛剣が満足したのなら安いもの。

 魔力の消耗と精神的疲労から若干投げやりな心地に浸っていると、あなたの胸元に軽い衝撃が走った。雛鳥が螺旋軌道で勢いよく突っ込んできたのだ。

 ぴぃぴぃと鳴いてはぐいぐいと胸元に全身を押し付けてくる姿は親に甘える子供のよう。

 とてもではないがこの極限環境で生きる者には見えない。生息地を間違えているのではないだろうか。

 そんな事を考えながらもあなたは雛鳥を叩き落とす事はしなかった。流石のあなたもそこまで無慈悲ではない。これだけ小さいと剥製にするのもさぞかし簡単だろうと考えている程度だ。

 

 一般論として、剥製コレクターにとっての剥製にしたい度合いとは対象への興味や好感度に比例するものであり、一種の友好表現の発露である事は言うまでもないだろう。

 つまりじゃれついてくる雛鳥を撫でながら剥製の事を考えているあなたは極めて正常そのものであり、何一つとしておかしな点は存在しないのだ。

 

「勿体無いです!!」

 

 いつの間にか至近距離に詰め寄ってきていたウィズが声高に主張した。

 いきなり何を言い出すのか。

 思わず目を点にするあなたに構う事無く彼女は続ける。

 

「そのままだと折角のスキルが勿体無いです! あれじゃ唯の力の垂れ流しじゃないですか! もっとしっかり制御すれば見違えますって!! 私もお手伝いしますから!! 二人で力を合わせれば間違いなく素晴らしいスキルになりますよこれは!!」

 

 暑さを吹き飛ばすレベルでウィズのテンションが高い。

 暑苦しさを覚えるくらいに。

 彼女はリッチーで氷の魔女だというのに。

 

「どうやら理解されていないようなので僭越ながら簡単に説明しますがあなたはたった今長きに渡るスキルの歴史に一つの名を刻んだんですよどういう事かというとですねまず込めた魔力や生命力といったものの量によってスキルの威力が大きく左右されるというのはスキルを扱う者にとって常識なわけですが同時に術者のステータスと所持スキルから算出される威力を著しく逸脱するほどのものにはならないわけでつまり限界が存在するわけですね当然この限界を超える研究は遥か古代から行われていますが結局のところスキルという器には規定値を著しく超えた魔力および生命力を込められない込めても溢れてしまうという課題を超えられていないというのが実情ですいえ正しくは実情でしたかくいう私も魔力制御には自信があるのですがやっぱりどうしても限界があったというかどれだけ魔力を圧縮して押し込んでもある一定の地点まで来ると魔力が零れるのを止められなかったんですよねやり方自体は間違っていなくてでも何かが足りない手ごたえを感じてはいたのですがあなたのおかげでそれがはっきり分かりましたスキルの限界を突破させる為にはまず莫大な魔力とそれを扱いきれるだけの魔力制御これは当然ですねそしてマナタイトなどを使えばどうにでもなります冗談のような量になるでしょうが決して非現実的ではありません次にあなたが愛剣と呼ぶそれのような術者の魔力制御を極めて高いレベルで補佐する媒体それも所持者と一心同体といっても過言ではないレベルで同調可能なものが必要ですこれは確かに厳しすぎる条件ですというかほぼ実現不可能といっても過言ではないでしょう私も恐らくはあれでももしかしたらあれを使えばあるいはそれはともかく最後の要因それは注がれ続ける術者の膨大な力にスキルという器が耐えられるようにするだけの要素を外部から補填する必要があるなるほどこれは盲点でしたですがやはり非常に厳しい条件でもあります火の力が満ちる白夜焦原だからこそ火属性スキルをあのような形で昇華出来たのだと個人的には愚考しますここまで属性が偏りきってなおかつ強い力で満ちた場など世界中探したところで幾つもあるものではありませんから兎に角その奇跡としか言いようのないスキルを腐らせておくのはあまりにも勿体無いので是非とも習熟しましょう少しずつで構いませんから!」

 

 長い。

 あまりの必死さと早口にドン引きしながら、あなたは努めて我が意を得たりという顔で頷いた。

 話は一割ほどしか聞いていない。あなたは冒険者であって研究者ではないのだ。

 

 ちなみにゆんゆんにも感想を尋ねてみたのだが、返ってきた言葉は。

 

「焼身自殺でも試してみたくなったんですか?」

 

 というあんまりすぎるもの。

 爆死の危機に晒されたせいか若干恨み節すら篭っていたわけだが、あなたとしては焼身自殺の部分については全力で同意する事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながありながらも、夜が来ない世界を河沿いに北進し続け、やがて山岳の麓、丘陵地帯に足を踏み入れたあなた達。

 水場である竜の河を離れた事で、環境は更なる苛烈さを見せ付けてくる。

 見渡す限りの平原から一転。焼け焦げた大地のあちらこちらで隆起した岩盤が顔を覗かせていたり、底の見えない亀裂から溶岩が漏れ出ていたりと、探索においては入念に注意を払う必要があるだろう。

 

 無論魔物との戦闘も忘れてはいけない。

 河沿いの道では退屈さすら覚える遭遇率の低さだったが、ここに来てようやく襲撃の頻度が跳ね上がる事になる。

 それこそわざわざ寄って斬る必要が無い程度には群がってくるので、ありがたく素材に生まれ変わってもらっていた。

 

 とはいえ例外が無いわけではない。

 

「カースド・クリスタルプリズン」

 

 ウィズが放った魔法によって即死し、物言わぬ氷像と化したのは、あなた達を襲撃した十匹の火竜、その最後。

 フィールドとの相性がすこぶる悪いウィズだが、そんな中でも魔法の冴えが陰りを見せる事は無い。

 彼女が氷魔法で生み出す魔物のオブジェは体感的にも視覚的にも涼が取れるものであり、灼熱地獄の探索における数少ない癒しといえるだろう。

 

「お二人とも、お疲れ様でした」

 

 ウィズに護られながら観戦していたゆんゆんが竜の骸の数々を見渡す。

 

「こんなに大きくて強そうな竜の群れを短時間で片手間に処理するのは、まあ正直見慣れましたけど。でもドラゴンの死体を回収せず野晒しにしていくっていうのはやっぱり慣れないです」

「私と彼のスタンスはお話ししましたよね? 今回も強さや大きさこそ外で見かけるものとは桁違いでしたが、火竜といえば最もポピュラーなドラゴンですから」

「まあドラゴンといえば空を飛んで火を吹くモンスターみたいなイメージはあります」

 

 竜種はそれ自体が希少だが、その中でも火竜は最も個体数が多い。

 あなた達にとっては、前人未到の領域で限りある収納袋に突っ込むほど価値のある存在ではないのだ。四次元ポケットの魔法とて無限の容量があるわけではない。

 少し前に遭遇した、マグマ浴を行うゴブリンや巨大な火炎旋風の中を優雅に泳ぎまわる鮫の群れはこいつはとんでもないものに出くわしてしまったと非常にテンションが上がって写真に収めたほどなのだが。

 

「そういう意味ではドラゴンよりフェニックスの方が遥かに……」

 

 言葉を止めたウィズはじっとゆんゆんを見つめた。

 

「えと、ウィズさん? どうしたんです?」

「……いえ、仲が良さそうで羨ましいな、と」

「ああ……個人的には私の頭の上で休むの止めてほしいんですけどね。装備のおかげで熱さはお風呂のお湯くらいなんですけど、いつか髪が燃えそうで怖いですし」

 

 ゆんゆんの頭頂部でのんびり羽を繕う暢気な雛鳥。

 どれだけ愛らしい容姿や仕草をしていても、竜の谷に生きている時点で油断禁物なのは今更言うまでもない。

 故にあなたは相手が微かでも害意や殺意を仄めかす行動を取ったら即座に殺処分するつもりでいたのだが、今に到るまでこのひよこのような何かは一度もそのようなそぶりを見せていなかった。

 

 それどころかこの小さな同行者はいつの頃からか、あなたとウィズが戦い始めるとゆんゆんの頭の上に陣取るようになっている。

 かといってゆんゆんに懐いたわけではない。

 その証拠に、今も彼女が掴んで頭から離そうとすると、鬱陶しそうに羽ばたいた。

 あなたはこの原因について、ゆんゆんが自分と同じく庇護される側の者だと気付いたが故だろうと予想していたりする。

 身も蓋も無い表現をすると、ゆんゆんは雛鳥に舐められていた。

 それでも全力で威嚇するウィズ相手よりは遥かにマシな対応だ。友好度で言うと低めの普通と天敵くらいには差があるだろう。ウィズが羨むのもむべなるかな。

 

 

 

 

 

 

 さて、ネバーアローンが第三層への最短ルートを外れて丘陵地帯まで足を伸ばしたのは、この地に眠る鉱物系素材を採掘するためだ。

 山登りが目的ではない。

 

 手始めに地殻変動が原因であろう、大きく隆起した地面を小手調べで軽く掘ってみたのだが、あなた達は自身の見通しが如何に甘く温いものだったのかを存分に思い知らされる事となった。

 

「やばいですね……」

 

 畏怖が込められたウィズの独白に応答は無い。

 何故ならあなたとゆんゆんも全く同じ気持ちだったからだ。

 

「そりゃ私もアークウィザード兼魔法店店主として手に入れることを期待していなかったといったら大嘘になります。なりますけど、やっぱりちょっとこれはやばいとしか言えないですね……」

 

 あなた達の足元に転がっているのは、直径三センチにも満たない小さな、しかし眩く燃え盛る真っ赤な鉱石。

 それが三個。

 採掘を始めてたったの五分しか経過していないにも関わらず、早くもネバーアローンの心中には嵐が吹き荒れている。

 

「一応念の為に確認しておきたいので、もし今もお持ちでしたら例のアレを出してもらっても大丈夫ですか? ほんの少しの間だけで構わないので」

「例のアレ?」

 

 あなたは首肯し、物体としての性質が完全に停止する四次元空間から要求された品を取り出した。

 直径十数センチ、地面に転がっている鉱石より遥かに激しく燃え盛る赤熱の球体。

 そしてそれを一目見た瞬間、ウィズの瞳が諦観に染まり、ゆんゆんの視線が凄まじい速度であなたの手と地面を往復する。

 

「サイズと品質こそだいぶ劣っていますけど、やっぱりどう見ても同じ鉱物、コロナタイトですよね……。ありがとうございます、もう仕舞ってくださって大丈夫ですよ。爆発したら大変ですし」

 

 コロナタイト。

 たった一つで機動要塞デストロイヤーの動力源を数百年以上もの間担っていた、伝説の希少鉱石。

 暴走状態で爆発しそうなところをあなたがイルヴァに持ち帰るべく四次元ポケットに突っ込んでそのままにしていたせいで、余剰エネルギーを吸収した妹がわけの分からない進化を遂げてしまった、ある意味で因縁の品。

 

 あなた達は、そんなものを苦労なくあっさりと掘り出してしまっていた。

 それも三個も。

 確かに竜の谷は伝説級の地域であり、あなたとウィズは廃人級という、伝説を通り越した神話という名の沼に頭のてっぺんから足の先まで浸かっている冒険者なのだが、それでも過去の体験という比較対象が存在する以上、喜びよりも困惑の色が遥かに濃くなってしまうのは当然といえるだろう。

 

「もしかして当たり前のようにそこらへんの地面に埋まっちゃってたりするんですかね。もしそうなら寒気がする話なんですけど」

 

 暴走すると大爆発を起こす核の如き危険物が無数かつ無差別に足元に埋まっている可能性がある。

 幾ら現代ノースティリスがイルヴァの歴史に名を残す修羅の国でもそこまで無体な真似はしない。

 恐るべし竜の谷。恐るべし白夜焦原。

 あなたの頬を熱気とは全く別の理由で汗が伝う。

 

「いやいやいやいやちょっと待ってくださいなんであなたがコロナタイト持ってるんですか私初耳ですよ伝説ですよ伝説!?」

「えっ? あ、ああー……ゆんゆんさんはそうでしたね。すみません」

 

 そういえばゆんゆんはデストロイヤー戦に参加しこそすれ、あの場にはいなかったのだったか。

 絶賛暴走継続中のコロナタイトを四次元に戻し、当時を思い返しながらあなたは簡潔に答える。

 これはデストロイヤーの動力部から回収した物だと。ゆんゆんならば知られても問題は無い。

 

「あの時の!? 私テレポートで爆発しても平気な場所にあなたが吹っ飛ばしたって聞いてたんですけど!?」

 

 デストロイヤー戦に参加した者達の話を纏めた冒険者ギルドの公式発表ではそういう事になっているが、それはコロナタイトをイルヴァの魔法で回収すると知られたくなかったあなたが吐いた嘘だ。

 

「えぇ~……なんかもうえぇ~……」

 

 脱力の極みとばかりにガックリと肩を落とすゆんゆんを尻目に、あなたは足元のコロナタイトを拾い上げる。

 暴走状態でこそないものの、それでも準備も無しに素手で触れようものなら重度の火傷を負う事は避けられないだろう。

 白夜焦原での冒険は最初から予定内だった以上、耐熱耐火加工が施された荷袋は当然持ってきているが、中身ごと袋が燃え尽きてしまうのではないかという懸念を拭い去る事が出来ない。

 だからといってコロナタイトをこの場に捨てていく気にはなれなかった。少なくとも今はまだ。

 安全安心の四次元ポケットに突っ込んでおくのも悪くはないが、それとは別に、何かの理由で外に持ち出す時に入れておく保管容器くらいは用意しておきたいところだ。

 

「でしたら新しく収納箱か袋を作っちゃいましょうか。白夜焦原で手に入れた素材を使えばなんとかなると思います」

 

 ウィズの提案を否定する理由は無い。

 ただ、こういう事になるなら一匹くらい火竜の素材を回収しておくべきだった。

 

 そんな事をあなたがしみじみ考えていると、不死鳥の雛鳥が鳴き声をあげてあなたの周囲を飛び回り始めた。

 今まで世話をしてきた経験から、これは餌を求めている時の鳴き声だと分かる。

 そして注意と意識はあなたの手の中に向けられており、明らかにあなたが持つコロナタイトを強請ってきていた。

 

「折角ですし、一つくらいはいいんじゃないですか? 個人的にもフェニックスがどうやってコロナタイトを食べるのか興味があります」

 

 およそ全ての物の価値は変動するものだと相場が決まっているが、それにしたってウィズの態度は伝説の鉱物に対する敬意が足りないと多くの者が口を揃えるだろう。

 だがあなたは彼女と同意見だったので、不死鳥に向かってコロナタイトを軽く放った。

 

 如何なる原理なのか、明らかに自身の小さな口には入りきらないコロナタイトを一息に飲み込んでみせる雛鳥。

 炎に包まれた小さな体が内側から更に眩しく輝き、ガリゴリと硬いものが砕ける音が響く。

 野生に生きるものらしく豪快すぎる食べ方だった。

 内臓はどうなっているのだろう。不思議に思ったあなたが轟音鳴り止まぬ腹部を軽く揉んで擦っても硬い感触は無い。雛鳥はくすぐったそうに体を動かすばかり。

 世界は神秘に満ちていると感心せざるを得ない。

 

「餌……伝説の鉱石が鳥の雛のエサかあ……相手がフェニックスだからギリギリ耐えられるけど、安いなあ伝説……」

 

 自身を完全に置き去りにしていく世界観のインフレを目の当たりにし、虚無の暗黒に呑まれかけているゆんゆん。

 その小さな呟きは、憎たらしいほど綺麗な青空に溶けて消えるのだった。




《■■属性付与》
 火炎属性付与だったもの。
 スキルという器が砕け散るまで魔力と白夜焦原に満ちる火のエレメントを無理矢理注ぎ込む事で発現したスキル。
 星の力を内包した蒼い炎は敵のみならず術者までも焼き尽くす。
 莫大なエーテルを必要とする関係上、実質愛剣の固有スキルと化している。
 このスキルの習得に伴い、あなたの火炎属性付与は永遠に失われた。

 超威力、超射程、低燃費、火耐性貫通。
 単純に性能だけ見ると強いとか使えるとか通り越して壊れているといってもいいレベルなのだが、スキルを発動させた姿は誰がどこからどう見てもただの焼身自殺以外の何物でもないし、自傷ならぬ自焼効果も当然の如く耐性を貫通するので実際ただの焼身自殺。わしは心底痺れたよ。うおおおおおおおおお!!! あっちいいいいいいいい!!!!
 問答無用で味方も巻き込むので超迷惑。使った瞬間パーティー追放食らっても文句は言えない。

 ■■は文字化けだとか意味深な伏せだとかではなく、単にスキルがぶっ壊れたので物理的に火炎の部分が読めなくなってしまっただけ。
 なにもしてないのにこわれたはやくなおして。

 総評するとあなたと愛剣が廃スペックで脳筋ゴリ押し愛のツープラトン万歳アタックした事で限界突破した結果生まれた、辛うじてスキルとしての体を為しているだけの、爆裂魔法のような浪漫スキルとも呼べないし決して呼んではいけないクソバカスキル。
 ただし紅魔族の里でこのスキルを発動してしまった場合、比類なき多幸感を得てかつてない狂奔に陥った紅魔族全体が一丸となりあなたを現人神として崇拝する地獄のようなカルト宗教が生まれる事になる程度には素敵性能が無意味かつ極限に高い。

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