このすば*Elona   作:hasebe

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第135話 白夜に帳を下ろすもの

【冒険の断章】

 

 この文章を見つけて読んでくれているあなた。

 あなたが誰かは分からないけど、本当にありがとう。

 

 私は■■。

 あなたがこれを読んでいる時、私はきっと死んでいると思う。

 

 私は■■というパーティーに所属していたベルゼルグの冒険者。

 私達六人を指し、人々は世界最強最高のパーティーと称えてくれた。

 それはきっと客観的な事実だったのだと思う。

 真実、私達に勝るパーティーは世界中を見渡しても存在しなかったから。

 冒険を繰り返して、幾度と無く魔王軍を退け、幹部すら打ち倒してみせた。

 

 力、富、名誉。

 全てを手に入れた私達がその集大成として未踏領域である竜の谷に挑んだのは当然の帰結だった。

 

 更なる修行と万全な事前準備。

 ありとあらゆる事前準備と数度の挑戦の末、私達は見事に樹海越えを果たし、第二層、白夜焦原に挑んだ。

 

 第一層から尽きることのない強敵。死闘に次ぐ死闘。

 楽に勝てる戦いなんて一度も無かった。

 それでも私達は勝ち続け、前に進み続けた。

 自分達こそが竜の谷を踏破する最初の探索者になるのだと、全員がそう信じて疑わなかった。

 

 油断なんて無かった。

 私達は竜の谷の魔物とも対等に戦えていた。

 絶対に。断言してもいい。

 

 でも、死んだ。

 みんな、みんな死んだ。

 突然現れた正体不明の何かに、冗談みたいに、あっけなく殺された。

 

 最初に死んだのは■■。

 クルセイダーであり、これまで私達をあらゆる脅威から護り続けてきた最高の盾は、一瞬で装備ごと焼失した。灰の一欠けらも遺す事無く。

 

 次に殺されたのは私と同じ転生者でソードマスターの■■。

 転生特典を使う間もなく消し炭にされた。

 今にして思うと、■■が灰すら残らなかったのに対して■■以降の死体が辛うじて人型を保っていたのは、相手が火力を調節していたからなのだろう。

 

 そうして最後まで残った私と■■のうち、■■が生きたまま焼き殺された。

 私は■■に庇われて無様に逃げて、私は命からがら千年樹海まで辿り着いて。

 運よく人間が入れる木の空洞を見つけ、今も隠れてこの遺書を書いている。

 あれから何日も経ったのに、今も仲間の肉が焼ける臭いが消えない。

 

 もはや進む事も、引き返す事も出来ない。

 私一人では樹海の踏破は叶わない。私はここで死ぬ。絶対に死ぬ。

 死ぬのはこれが二回目だけど、やっぱり怖い。体が震えて止まらない。

 でも仲間と同じ場所に逝くと思えば少しだけ心が楽になる気もする。

 

 私はこれから竜の河に向かい、この遺書を投げる。

 願わくば、この文章を誰かが読んでくれますように。

 無事に竜の河を流れきって、そこから誰かに拾われるのにどれだけ沢山の奇跡が必要かなんて分かってはいるけど、どうか。どうか。

 

 お願いします。

 どうか伝えてください。

 

 決して日が沈まぬ白夜焦原にも、夜の帳は下りるのだと。

 そして私達は、その夜に為す術も無く殺されたのだと。

 

 

 

 ――誰の目にも留まる事無く失われた遺書

 

 

 

 

 

 

 ~~ゆんゆんの旅日記・白夜焦原編~~

 

 △月♪日

 先日の二人が喧嘩した理由が判明した。

 なんでもぬくりあぐれねえどとかいうコロナタイトを材料にした無限に爆発を起こせるアイテムを巡って口論、というかウィズさんが一方的にヒートアップしてしまい、この機会を逃してなるものかとアイテムを賭けての決闘に持ち込んだらしい。

 

 ズタボロになった二人を見た時、私は最初、例の秘密がウィズさんに露見して喧嘩になったのかと思ったのだけど、いざ蓋を開けてみれば聞いているだけで頭が痛くなるような理由だった。

 つい痴話喧嘩と認識して思わず二人に懇々と説教じみたことをしてしまった私は間違ってないと思う。

 二人に護られてなかったら余裕で死んでいる、ネバーアローンぶっちぎり最弱の名を欲しいままにする私としてはそんな理由で無駄に消耗してほしくないわけで。

 シェルターの中を見てみたら世界の終焉みたいな光景が広がってたし。正直一目見て絶句した。どんだけ激しく戦ったのかと。しかもどちらも武器防具を一切使用していないとか。頼むから嘘だと言ってほしい。

 

 あと投げたら勝手に手元に転移する明らかにヤバい威力の爆発を無限に起こせるとかいう超危険物を楽しい玩具扱いする姿は見ていて頭がおかしいとかより本気で分からない……文化が違う! って思った。

 私としても、ぬくりあぐれねえどは処分してほしい。

 めぐみんが見たら怒りのあまり発狂する未来しか見えない。

 

 

 △月:日

 一日中、ウィズさんの湿度と重力が凄かった。

 あるえの絶対に許されない許してはいけない小説騒ぎの事を思い返してみれば、確かにウィズさんはそういう一面があったような気もするけど。

 それはともかくとして、憧れの女性であるウィズさんに対する私のイメージが変な方向に壊れ始めているので一刻も早くなんとかしてほしい。

 当人曰く、ぬくりあぐれねえどを処分するのは吝かじゃないけど、物陰から顔半分覗かせて無言の抗議をしてくるウィズさんがとても可愛いから明日までは処分しないとのこと。

 可愛いと思う気持ちはちょっとだけ分からなくもないけど、私が巻き込まれたら秒で影すら残さず蒸発するであろう喧嘩の後だと思うと、実にいい根性と性格をしていると呆れざるを得ない。知ってたけど。

 でもこれもウィズさんに対するある種の甘えなんだろう。私がちょっとくらい辛辣な事を言ってもいいよね、と思っていたり、ウィズさんがああも分かりやすく拗ねた態度を取るのと同じように。

 

 この事からわかるように、あの人はウィズさんが自分で思ってるよりずっとずっとウィズさんの事を大好きだし、信頼も信用もしているし、何より対等だと思っている。

 彼とそこそこの期間、お情けでパーティーを組んでもらっている私が言うのだから間違いない。

 正直羨ましい。

 

 

 △月?日

 ぬくりあぐれねえどを処分したおかげでウィズさんが無事正気に戻った。

 同時に言葉に記すのも憚られる自分の姿を自覚してしまい、穴があったら入りたいとばかりに恥ずか死しそうになっていた。

 分かる。紅魔族随一のえっち作家あるえの小説を読んで誤解した私もそうだった。やはりあるえは許されない。

 それはそれとして、激しく喧嘩したり彼をズタボロにした事についてはどう思っているんだろう。

 

 

 △月#日

 喧嘩自体は別になんとも思っていないらしい。

 あの程度ならウィズさんの中では手合わせになるらしい。

 無駄に魔力を消耗したのは非常に申し訳ないと思っているけど、互いに命を懸けない範囲内で思いっきり戦う事自体は楽しかったし、負けた事が嬉しかったらしい。それはそれとして次は勝ってみせますと向上心の塊のような言葉をいただいた。

 

 私は忘れていた。

 現役冒険者時代のウィズさんは、氷の魔女の異名を持つ、魔王軍をじゃんじゃんバリバリぶち殺していた超武闘派アークウィザードだったという事を。

 前にリーゼさんからウィズさんの学生時代の話を少しだけ聞かせてもらったけど、子供のウィズさんも今のウィズさんからはとても想像出来ないくらいやばい人間だったのだという。

 

 それらを考えれば決しておかしい話ではないのかもしれない。

 でもあの地獄のような戦場跡を生み出す戦いが手合わせというのは、私にはあまりにも異次元の話すぎる。透明な顔で「あ、はい」としか言えなかった。

 私が目指す先はあまりにも遠い事を再確認した日だった。

 後悔は無いけど誰か私を慰めて励ましてくれないだろうか。

 

 

 △月%日

 採掘最終日。

 温泉を見つけた。というか掘り当てた。白夜焦原にも地下水はちゃんと流れているらしい。ぼこぼこ煮立ってたけど。

 掘り当てた当人の口ぶりでは地味に狙っていたようだ。

 毒ガスを疑う凄まじい臭い、ウィズさんが今まで掘り当ててきたどんな鉱物よりも目の色を変えて大喜びしていた事、温泉の湧き場所をテレポートに登録出来ない事を嘆いていたのが印象的だった。

 白夜焦原は暢気に服を脱いで温泉に入れるような環境ではないというか私とウィズさんが余裕で死ぬので、温泉のお湯は巨大な樽に入れて持って帰ることに。

 

 鑑定の魔法という異世界スキルで判明した効能は以下の通り。

 

 冷え症、肩の凝り、腰痛、むくみ、不眠症、食欲不振、性欲減退、肥満、発育不良、そばかす、虫歯、視力低下、糖尿、薄毛、動脈硬化、呪い、麻痺、毒、凍結、火傷、石化、昏睡、倦怠期、四十肩への効能

 精神沈静化(混乱魅了幻覚狂気といった精神異常全般に対する効能?)

 疲労、生命力、魔力、精神力、精力回復

 全ステータス、状態異常耐性、成長力、金運、恋愛運上昇(三日)

 炎スキル威力微上昇(永続)

 炎、水、毒耐性微上昇(永続)

 

 どれとはいわないけど、絶対嘘が混じってると思う。

 

 ・追記

 温泉を使ったお風呂に入ったけど、これ本気でやばい。世界最強。

 最強すぎて世界中の温泉街が滅びる。

 満場一致でもっとお湯を回収する事が決まった。

 

 

 +月α日

 世界最強コンビによる青いエンチャント・ファイアの制御訓練が始まった。

 今日からは訓練の進捗を書いていこう。訓練するのは私じゃないけど、日記に書くネタが出来てとても助かる。

 さて、初日になる今日は高すぎる出力を抑えるところから始まったのだけど、内容は焼身自殺焼身自殺焼身自殺焼身自殺自爆自爆焼身自殺焼身自殺焼身自殺自爆焼身自殺、みたいな感じ。

 忘れた頃にこのページを読み返したら、私は当時の自分の精神が病んでいたと勘違いするんじゃないだろうか。

 とにかくしばらくはお肉が食べられなくなりそうな凄惨極まる光景だった。普通に食べたけど。今日のご飯も美味しかった。

 

 

 +月β日

 炎に満ちた白夜焦原の環境が出力の低下を難しくしているらしい。

 今日は旅をしながら焼身自殺を眺める一日だった。

 幾度となく全身をこんがり焼いていた本人曰く、こういったセンスを求められる何かを一から新しく始める時に必要な才能は人並みらしい。ただひたすら回数をこなして習熟していく事は得意中の得意だとも。

 じゃあ明らかにセンスが必要であろう合成魔法剣は? という問いには今回と違って能力のゴリ押しが通じたという回答。

 普段が普段なので、こういうところは普通の人なんだなあ、と思った。

 普通の人は全身焼いたり自爆しても平然としてないといってはいけない。

 

 

 +月γ日

 昨日と同じ。

 強いて言うなら焼身自殺が減った代わりに自爆の頻度が増えた。

 爆裂魔法使いかな?

 

 

 +月δ日

 昨日と同じ。

 流石に埒が明かないと思ったのか、方針が変わった。

 スキルの総出力はそのままに、余剰出力を制御して他に回す事に。

 

 

 +月ε日

 攻撃能力は現状でも過多なので、余剰出力は防御力と機動力のどちらに回すか。

 アークウィザードの私だったら防御重視にしただろうけど、機動力に全振りするらしい。

 機動力も現状で十分すぎるのでは? もういらなくない? と思ったけど空を自由に飛びたいらしい。

 申し訳ないけど鳥みたいに飛ぶのは普通に無茶だと思う。

 

 

 中略

 

 

 +月ω日

 遂に今日、白夜焦原の空を人間? が飛翔した。

 飛翔したというより、かっ飛んだと書いたほうが正しいかもしれない。

 着地も失敗して地面に上半身ごと突き刺さってた。

 発動したスキルは最高にカッコよかったし私も興奮したんだけど、なんだかなあ。

 一ヶ月近い時間をかけて無数の失敗と試行錯誤と紆余曲折の果てに完成した超強力スキルだけど、使いこなすまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 あと訓練が終わったので日記に書くネタも終わってしまったのが残念。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 

 $月£日

 白夜焦原に夜が来た。

 

 

 

 

 

 

 白夜焦原を北進し続け、どれだけの日数が経過しただろうか。

 代わり映えのしない風景の中で魔物を退け冒険を続ける中、最初に違和感を覚えたのはあなただった。

 瞬きの時間に満たないほどの一瞬、視線のようなものを感じたのだ。

 

 警戒しながら周囲を見渡すも、あなたの索敵内には敵影も気配も無い。

 生命の残滓すら感じられない、荒涼とした焦原が広がっている。

 

 気のせいだったというわけではない。

 視線を大地から空に移し、観察を続けること暫し。

 あなたはそれを発見した。

 

「どうしたんですか?」

 

 突然足を止めたあなたが気になったのだろう。

 声をかけてきたウィズに、あなたは遠い遥か彼方、北西の空を指差す。

 

「んんー……全然見えない……ウィズさんはどうです?」

「……黒い点? というか星? のようなものが見えます」

 

 ウィズの言葉が示すように。

 青以外の色彩が存在しないはずの蒼穹に、目を凝らして注視しなければ気付かないであろう、星のように小さな、本当に小さな黒点が浮かんでいる。

 あなたとて何も無ければ気付かずに終わっていただろう。それほどの距離だ。

 

「なんでしょう。恐らく魔物だとは思うのですが」

「明らかに自然現象じゃないですしね。竜の谷だと何が起きてもおかしくはないですけど」

 

 恐らくあれがあなたの感じた視線の主なのだろう。

 だが今は何も感じない。相手は今もあなた達に気付いていない。

 黒点が気付かないほど遠方のあなた達がたまたま黒点の視界に入りこみ、それをあなたが感じ取っただけのようだ。

 接近するには距離があり、放置するには異様が過ぎる。

 あなたは望遠鏡を使って黒点を調べてみることにした。

 

 

 夜を凝縮した、煌々と輝く闇黒の太陽。

 望遠鏡で黒点を見たあなたが真っ先に抱いた印象だ。

 ごぽごぽという音が聞こえてきそうなほどに激しく表面が沸き立つ黒の球体の内部は視認できず、球体から溢れ出た泥状の何かが絶えず地面に滴り落ちている。

 一切の光を拒む在り様はこと白夜焦原という炎と光の世界において異様と例えるほかない。

 

 結論、正体不明。

 

 解析はウィズに任せようとあなたが望遠鏡から目を離そうとした、まさにその瞬間。

 月を彷彿とさせる金色の双眸が闇の中に浮かんだ。

 

 見られている。こちらの存在を認識されている。

 あなたがそう理解するまで、刹那ほどの時間すら必要としなかった。

 

 交錯する互いの視線。

 あなたが望遠鏡越しに観察しているように、敵意に満ちたそれは、遥か彼方から、自身を捕捉したものを、あなたを見据えている。

 

 驚きは無い。

 ここまで見れば流石に気取られるか、という冷静な納得があるばかり。あなたからしてみれば非常に望ましい結果といえる。

 直感に従って望遠鏡を投げ捨てたあなただったが、それは正解だったといえるだろう。

 手放した瞬間、望遠鏡が中空で禍々しい黒炎に包まれ、音も無く一瞬で焼失してしまったのだから。灰すらも残さずに。

 

 夥しい呪詛が込められた炎。

 威力はウィズが無言で眉を顰めたあたりから容易に察する事が出来た。

 微かに手に残ったそれを、あなたは軽く手を振り払う。

 

「ピィィィッ!?」

 

 炎に注視するあなたの聴覚に甲高い鳴き声が突き刺さった。

 まるで悲鳴にも似た、切羽詰った響き。

 

「ど、どうしたの!? 大丈夫?」

 

 恐慌に陥ったのは、黒炎を見た不死鳥。

 今までどんなモンスターと遭遇しても平然としていた不死鳥の雛が、全身に纏っていた炎を消し去り、まるで見た目そのまま、無力な小鳥のように震えている。

 

 だがすぐに精神に限界を迎えたのか、ふっと、死んだように気を失ってしまった。

 

「…………」

 

 沈黙するネバーアローン。

 黒い炎の主は不死鳥の雛の関係者らしい。

 だがこの尋常ではない反応からして、お世辞にも親しい間柄とは言えないようだ。

 

 再度空の彼方に見やったあなたはゆんゆんとウィズより一歩前に出た。

 北西に向けて。

 

「……こちらに近づいてますね」

 

 あれほど小さかった黒点が、少しずつだが、大きくなってきている。

 今、この瞬間も。

 

 あなたは地面に落ちた不死鳥の雛を拾い上げ、ゆんゆんに手渡した。

 高い生命力を持つ不死鳥とはいえ、あなた達の戦いに巻き込まれれば流石に死ぬだろう。

 

「ゆんゆんさんは私達が全力で護りますが、ゆんゆんさんも自身の生存を考えて行動してください」

「は、はいっ!」

 

 緊張、あるいは恐怖からか、雛を抱きしめるゆんゆんの顔は真っ青であり、体は震えていた。

 さもあらん。明らかに彼女の手には余りすぎる相手だ。

 

 一直線にあなた達に向かってくる黒点。

 その軌跡に沸き立った黒の残滓が垂れていく。

 まるで青空というキャンパスを漆黒のオーロラで汚すかのように。

 

 白夜焦原に、帳が下りる。

 白夜焦原に、夜が来る。

 決して終わらぬ筈の青空に、有り得ざる夜が来る。

 星も月も昇らない、暗黒の夜が来る。

 

 永遠に続くものなど決してありはしないのだと、あたかも世界に誇示するかのように。

 

「……ライト」

 

 明かりを生み出す魔法がネバーアローンを照らす。

 白夜焦原において最も不要な魔法をウィズが行使した理由など一つしかない。

 

 黒点を中心に発生した爆発が闇を膨張させ、一瞬であなた達を飲み込んだからだ。

 直接的な攻撃力を持たないそれはまさしく闇の結界であり、闇で形成された狩猟場であった。

 それは誰一人として逃がす気は無いという殺意の表れ。

 

 かくしてあなた達は、ネバーアローンは。

 光届かぬ闇の中で、夜と相対した。

 

「…………」

 

 それは光を飲み込む帳の中においてなお異彩を放つ、凶兆の黒翼。

 災禍を連想せずにはいられない呪いの炎を纏った巨鳥が、遥かな高みからあなた達を見下ろしている。

 全身から溢れんばかりの憎悪と殺意を漲らせながら。

 

 黒い不死鳥。

 それが、夜の正体だった。

 

 本来、不死鳥の炎は赤だ。

 故にこの相手が不死鳥であるならば、特異個体(ネームド)に相当する存在であることは疑いようが無い。

 

 だが同じ特異個体とはいえど、ただひたすらに闘争と強者を求めていたヴォーパルとは決定的に違う。

 黒い不死鳥からは、あなた達全員をこの場で抹殺するという絶対の意思しか感じ取る事が出来ない。

 

 全身に突き刺さる殺意と圧力にあなたは確信を抱く。

 これは、獲物ではなく、敵であると。

 蹴散らされるだけの雑魚ではなく、ヴォーパルのような、あなたと戦いが成立する敵なのだと。

 

《――――!》

 

 喜悦の色に染まったあなたの感情に呼応した愛剣が猛り、淡いエーテルの燐光が闇を照らす。

 

「――――!!」

 

 引き摺られるように膨れ上がる敵意。

 大気を震わせる獄鳥の叫換が、問答無用の開戦を告げる。

 夜明けを告げるというその鳴き声はしかし、天を覆う黒炎の大波という形で、あなた達を更なる闇に引きずり込んだ。


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