このすば*Elona 作:hasebe
「……ご主人、俺に人体改造を施してほしい」
ある日、ベルディアが突然そんなことを言い出した。
とてつもなく嫌そうな声で。
「具体的には俺の体と首をくっ付けてほしい。色々と考えたんだが、やはり首を持つために片手が塞がっているというのはきつい。常に剣を両手持ちできないから攻撃力は下がるし盾も持てん」
オマケにご主人は組み手中に隙あらば首を窃盗してくるからちょっとやってらんないとは疲れきったベルディアの言である。
ベルディアの首が無いことによる不便さはあなたも常々思っていたことだ。
片手が使えないというのはデメリットばかりが先行しているように見える。
魔力などで浮かせることができればよかったのだがあなたもベルディアもそんなスキルは持っていない。
最初から頭など無ければ良かったのだが。
「それは時々俺も思う」
現状のベルディアは露骨に弱点を曝け出しているわけで、それはもう集中的に攻撃されるだろう。
勿論人間が相手ならそれを逆手に取ることも可能だが。
「今までは不便だ不便だと思いながらも鳥瞰視点とか編み出して頑張って対処してたんだが、終末に出てくるドラゴンみたいなのが相手だと首を上に投げて鳥瞰視点とかいい的でしかなくてどうしようもない気がする」
上空に放り投げると同時にブレスでこんがり焼かれた挙句食いつかれてバリボリと噛み砕かれるベルディアの生首。
あるいは巨人に殴られて一瞬で血霞になるベルディアの生首。
あなたはそんな光景がありありと想像できた。
「恐ろしいことを言うな! 本当にありそうで怖い!!」
だがベルディアは本当にそれでいいのだろうか。
首がくっついた
首を付けた瞬間にベルディアのデュラハンとしての個性は完全に死んでしまうだろう。
新しく腕か頭を生やした方がデュラハン的に美味しいのではないだろうか。
「個性が死ぬとかキャラ的に美味しいとかいいから。今そういうのいらないから」
本人がそれでいいのならば人体改造を行うのは構わないのだが、あなたはその前に一つだけ試してみたいことがあった。
デュラハンであるベルディアは頭と体が完全に独立している。
これを遺伝子複合機に別々に突っ込むとどうなってしまうのだろう。
■
そんなわけであなたとベルディアはシェルター内で人体実験を行うことにした。
当然被検体のベルディアは嫌がったのだが、あなたの結果予測と普通に人体改造を行う場合は別の生き物の首が生えることになると聞かされると渋々ながら人体実験を受けると決めた。
シェルターの内装は《ハウスボード》という道具で草原に変えてある。
これは自宅の物件の内装を好きなように弄れるというアイテムで、ある意味冒険者の必携品の一つだ。
現在アクセルの街はあなたの自宅として認識されているので、やろうと思えばアクセルを好きなだけ改築できるのだろうが流石にそれは駄目だろう。色んな意味で目立ちすぎるし騒ぎになる。
あなたが四次元ポケットから巨大な《遺伝子複合機》を取り出すと、ベルディアは苦虫を十匹ほど纏めて噛み潰したような顔をした。
「なんか……滅茶苦茶やばそうだな。一目見ただけで分かったぞ」
流石に歴戦の戦士だけあって勘がいい。
《遺伝子複合機》に使われた者は素材だけを残して消滅する。
「死ぬということか?」
遺伝子合成での消滅とは死ではない。
この世界の人間が二度死んだら蘇生ができないのと同じように、本当の意味で終わってしまう。
消えた者がどうなるのか、それは誰にも分からない。
今のところあなたはネフィアなどで支配した敵しか素材に使ったことが無いが、人間の奴隷を素材にする冒険者もそれなり以上に存在する。
「そんな恐ろしいものに俺を突っ込むのか!?」
勿論駄目そうなら何もしない。
他の生物のパーツが嫌なら首を縫い付けるか溶接するなどして物理的に固定してしまえばいい。
「うわあ……」
ドン引きするベルディアの
素材にベルディアの
移せるパーツは素材一体につき一つと決まっているのでベースを頭にすると確実に酷い結果に終わる。
だが最初から部位が一箇所しか存在しない素材を移植したとき、何が起きるのか。
――合成結果:デュラハンの《ベルディア》
――合成部位:頭
――付与スキル:《合体》《分離》
果たして、このような結果予測が出た。
一見しただけでは合成結果におかしな所は無いように思える。
だがこの二つのスキルはいったい何なのだろうか。少なくともノースティリスに存在するものではない。
「合体スキルと分離スキルって何それ怖い」
だが大きな可能性を感じるスキルではある。
生首が着脱可能になれば戦術に大きく幅が出るだろう。ベルディアの個性も死なない。
「個性はともかく、確かにな。危険を押しても試してみる価値はあるか……」
嫌なら止めても良いが、首をくっ付けたいなら他の選択肢は他の生き物の首を生やすか縫合か溶接である。
魔改造されたペット達が跋扈するノースティリスならともかく、この世界では悪目立ちすることはどう足掻いても避けられないだろう。
「基本的にご主人が迫ってくる選択肢ってどれも畜生すぎて吐き気がしそう」
十分ほど悩んだ末、ベルディアは遺伝子合成を行うことを決意した。
■
予想通り、あるいは誰かの期待に反して合成は普通に終わってしまった。
素材の生首は消失して胴体と同じ場所に出現したのだ。
しかし相変わらずベルディアの頭は取れたままである。
「俺には何かが変わったようには感じないな。ご主人はどう思う?」
あなたから見てもベルディアの外見には何の変化も無い。
一度頭を乗せてスキルを試してみればいいのではないだろうか。
「ん、そうだな……では……俺、合体!」
頭部を固定したベルディアが力強く叫ぶが、特に光ったり音が鳴ったりはしなかった。
そのままベルディアは頭から手を離すが、ベルディアの頭は胴体から離れないしぐらついたりもしない。
ベルディアが恐る恐る頭を突くが、やはり動かない。
「…………」
ベルディアが歩き出す。頭は落ちない。
ベルディアが全力で疾走を始める。それでもやはり頭はそのままだった。
「お、おおおおおおおおお! やった、繋がった! 俺の首が繋がったぞご主人! あはははははははは!!!」
歓喜の雄叫びをあげながら草原を駆け回って頭をぐりんぐりんと振り回すベルディアはあなたの目には雪の中を走り回る犬のように見える。
あるいはイスの狂気に侵された何か。
ひとしきり溢れるテンションのおもむくままに草原を転がり回ったベルディアはあなたの生暖かい視線に気付いたのか、気まずそうに戻ってきた。
「す、すまん……あまりにも嬉しくてつい……」
恥ずかしそうにそっぽを向くベルディアにあなたは少し微笑ましい気分になった。
だがベルディアは長いあいだ頭が取れっぱなしだったのだ。あのように喜ぶのも無理は無い。
合体は上手くいったようだしこの勢いで次は分離を試してみてはどうだろうか。
「そうだな。あまり使う必要があるとは思えないが……俺、分離!!!!」
声高に叫んだ瞬間、ベルディアの生首はしゅぽーんという軽快な効果音が聞こえてきそうなほどに見事な速度で胴体から射出された。予想外の光景にあなたの目が点になり、生首は勢いを落とすこと無く上昇していく。
「ぬああああああああーー!?!?」
なるほど、実に一発芸としておいしいスキルだ。
パーティー会場で使えばどっかんどっかん場を沸かせられること請け合いである。
「なにこれきいてないきいてない!!」
シェルターはかなり上にも広いのだがそれでも生首はぐんぐんと上に昇っていく。
あの勢いでは天井にぶつかるのではないだろうか。
あなたは飛行するベルディアを見て不意にそんなことを思った。
回収しようにもモンスターボールはシェルターの外に置いてきている。今からでは間に合わない。
「ごっ、ごすずん! おれをたすけろごすずん!!」
ペットが助けを求めているしこのままだと天井に赤い花が咲きそうなので、あなたはハウスボードを使って天井のベルディアがぶつかる地点を深い水たまりにすることにした。
超高速で水に叩きつけられると大変なことになるらしいが、そこまでの勢いではないので多分大丈夫だろう。
「ぎゃがぼぼぼぼぼ……」
かくしてベルディアの生首は重力に逆らったままの水源に勢いよく突っ込み、そして数秒後に落下。
胴体が落下地点で暴れて邪魔なので投げ飛ばしておく。
「――――ぃゃああああああああああああああ!!!?」
口から水を吐きながらまるで生娘のような悲鳴をあげて落ちてくるベルディアの生首を地面に叩きつけられる直前に回収。
突然の死を迎えそうになったベルディアは魂が抜けたような顔をしていた。
水浸しになっていることも相まって晒し首のような有様だ。
「ごほっ、がふっ……し、死んだかと思った……」
だいぶ水は飲んでいるようだが、あなたが見たところ特に怪我は無いようだ。
育成中ならともかくペットに不慮の事故で死なれるというのはあまり見たいものでは無い。
井戸に浮かぶ仲間の死体は軽くトラウマものである。
こうして危うく突然の大惨事を引き起こしかけた合体および分離スキルだが、この後の検証で分離時に力強く叫べば叫ぶほど勢いよく首が飛んでいくことが判明した。
合体時の力強さも飛距離に影響するようだ。
一応強く念じるだけで合体、分離することも可能でその場合は特に飛んだり跳ねたりしないらしい。
「首が繋がったのは本気で嬉しいが分離スキルが変態仕様すぎる。絶対頭おかしいだろ。……ああ、頭がおかしいってそういう」
喜ばしいことに生首を分離させる権利は何故かベルディアの主人であるあなたにもあった。
あなたが叫べばベルディアの首は飛ぶのだ。比喩ではなく物理的に。
「やるなよご主人。絶対にやるなよ?」
会話中に突然首が飛翔するというのはかなり面白いと思うのだがどうだろうか。
ギルドの酒場でやれば確実に周囲は爆笑の渦に包まれるはずだ。
「阿鼻叫喚の地獄絵図から俺とご主人が出禁になる未来しか見えない」
……と、このような結末を経てベルディアはデュラハンとしての個性を辛うじて保ったまま人体改造に成功した。
望むならばあなたとしては他の部位も増やしてもよかったのだが、
「怖いからもう二度とやらん」
とベルディアが断固として拒否するのでベルディアの人体改造はこれっきりで終わってしまうのだった。
■
あなたはモンスターボールに入れたベルディア(合体済み)を連れてアクセルの武具屋に足を運ぶ。
ベルディアの装備を作成する際のサイズや好みの防具を調べるためである。
「おや、いらっしゃい。アクセルのエースさんがウチみたいな駆け出し御用達の店にどうしたよ」
髭を生やした壮年の男性である武具屋の店主は来店したあなたを一瞥すると苦笑を浮かべた。
冷やかしと思われてしまったのかもしれない。
あなたは店主に大人の男一人分の兜、具足、篭手、鎧、盾といった防具一式を揃えたいと相談を持ちかけ、ベルディアの体のサイズや利き腕といった特徴を記載した紙を渡す。
「……素材や性能は不問。サイズ以外は問わないと。アンタが使うわけじゃないのか……まあそうだろうな。駆け出しの知り合いにプレゼントでもするのか? 随分とガタイがいい奴なんだな」
あなたは納得がいったと言わんばかりの顔の店主に防具売り場に案内された。
売り場には皮や鉄の鎧、魔法使い用のローブといった、いかにもな防具の数々が並んでいる。
『意外にも品揃えは悪くないようだが、駆け出し冒険者の街の武具屋だけあって品質はそれなりどまりのようだな』
王都で売っているような品を置いても買い手がつかないだろう。ウィズの店のようになるのが関の山だ。
様々な防具の中からあなたは数十分ほどかけて店主と脳内電波なベルディアと話し合いながら装備を見繕い、条件に合致したものから更にサイズを調整していった。
そうして一通りの武具を買い揃え、店を出ようとしたところで新たな来客があった。
「すんません、ここって武器の下取りやってます?」
カズマ少年である。今日は一人らしい。
冒険者である彼がこの店の世話になるのに疑問は無いが、少年は豪華な装飾の大剣を持っている。
つい先日まではあんなものを持っていなかったはずだがどこで手に入れたのだろう。
『おいご主人。恐らくあれは神器だ』
ベルディアの言にあなたは反射的にレジの上に置かれた大剣に鑑定の魔法を使用する。
――★《グラム》
なんとベルディアの言ったとおり、剣は本当に
性能はお世辞にもいいとは言えないようだが、本当に少年はこれをどこで手に入れたのだろう。
「……性能はともかく、一応魔剣みたいだし三百万エリスでいいなら買い取るぞ」
「マジで!? この店で一番高い剣より高いのか!?」
水の女神アクアから下賜されたこの神器は担い手に人間の限界を超えた膂力を与えるが、ミツルギキョウヤなる人物以外には本来の力を引き出せないようだ。
あなたの愛剣はあなた以外の者が持つと一瞬で発狂してあなたと持った相手を問答無用でミンチにするので担い手を選ぶにしては実にまともな武器である。
わざと相手に持たせれば即死攻撃になるのだろうが、その場合相手が持つ前にあなたが死ぬことになる。それも二桁は余裕で。
「ウチは駆け出し冒険者の街の武具屋だしなあ。王都辺りの好事家ならもっと高値で買ってくれるんじゃねえか?」
「そんなコネは無いし王都なんかに行く予定も無いし何よりさっさと手放したいんだよ。三百万でも十分すぎるから買ってくれ」
「あいよ、毎度あり」
少年は挨拶もそこそこに出て行ってしまった。
神器を受け取ったミツルギキョウヤ本人が売り払うのは論外だとして、カズマ少年もまた女神アクアの同行者だ。彼女が下賜した神器を売り払うというのは大丈夫なのだろうか。
だが手放したというのなら最早構うまい。あなたはグラムを買うことにした。
「……これを買うのか? 念のために言っとくけど希少価値の割にウチで一番いい剣の方が性能はいいぞ?」
貴重な武器だから買うだけで、グラムの性能はどうでもいいのだ。
そもそもあなたはグラムを武器として使うつもりは微塵も無い。
「いや、そりゃ買うっつーんなら売るけどよ。後で詐欺られたとか文句言わないでくれよな。価格は九百万エリスだ」
神器という希少性を考えると破格ですらある。
当然あなたはその場で支払いを終えた。
「分割払いも値引き交渉も無しで即決か。アクセルのエースはお大尽様だねえ」
店主は呆れたように鼻を鳴らすが、すぐに神妙な顔つきになってあなたに忠告してきた。
「……仮にも売った武器屋の俺が言っていい話じゃねえけどよ。こんな値段に見合ってない武器に大金使うくらいならウィズさんのとこに金落としてやれよ。アンタウィズさんと懇意にしてるって聞いてるぜ?」
店主はウィズのことを心配してくれているようだ。
絶対に商売をやってはいけないレベルで商才の無いウィズの貧乏っぷりと彼女の人の良さはアクセルの街の住人のあいだでも有名である。
だが店主に言われるまでも無く、あなたの稼ぎはその大半がウィズの店の商品代に消えている。
それも王都などでの需要が見込める高価な魔法薬ではなく、誰も買い手が付きそうに無い珍品や危険物の方に。
「お、おう。そっちを買ってんのか……すげえなアンタ……」
『ウィズのために我慢して買ってるんじゃなくて本気で欲しいから買ってるところがご主人の変態っぷりを表してると俺は思う』
最近はあなたが定期的に大量の食料を供給しているのでウィズの生活は以前とは比較にならないほど良くなった。
恐らくあなたが支援を止めた瞬間にウィズの食生活は再び転げ落ちていくだろうが、今のところは極めて順調だ。
そろそろアクセル一の貧乏店主という不名誉極まりないあだ名は返上してもいいのではないだろうか。
そんなあなたの言葉に店主は一人で何かを考え始めたが、すぐに勝手に納得してしまった。
買う物は買った。そろそろ自宅に戻ることにしよう。
「まいどあり。くれぐれもウィズさんを悲しませたりウィズさんから逃げるような真似はするなよ」
『う゛っ……!?』
言われるまでも無いとあなたは店主の言葉に力強く頷く。
からかったりじゃれあう程度ならともかく、あなたはこの世界で唯一の友人であるウィズを悲しませるような真似をするつもりはないのだ。
ちなみにウィズがリッチーになった原因であるというベルディアは過去を思い出していたのか死にそうになっていた。
■
そしてその十日後。
自宅でくつろぐあなたのもとに来客があった。
「や、やっと会えた……貴方がアクセルのエースと呼ばれているエレメンタルナイトだろう……?」
あなたを訪ねてきたのは青い鎧を纏った茶髪の青年と槍を持った少女と盗賊と思わしき少女の三人組だ。
青年は一目見て高価だと分かる鎧を装備している割に剣はアクセルで売っている程度の物を持っている。
そして三人とも不思議なほどに憔悴しているし青年に至っては何故か目に涙まで浮かべていた。
「……貴方に会うためにずっとここに通っていたんだが、全く連絡が付かなくてずっと困っていたんだ。貴方は今日までいったいどこに……いや、すまない。今はそんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない」
青年は力なく笑って首を振った。
「……僕の名前は御剣響夜。女神アクア様に世界を救うために選ばれた勇者で、貴方が買った魔剣グラムの持ち主だ」
青年の話と三人の憔悴した姿を見て何となくだがあなたは彼らの事情を察する。
恐らくカズマ少年がグラムを武器屋に売り飛ばしたあの日、カズマ少年はキョウヤ青年からグラムを盗んだのだろう。
女神エリスからパンツを盗むほどの少年だ。それくらいのことは平気でやりそうである。
「貴方に頼みがある……あります」
グラムを盗んだカズマ少年への復讐でも依頼したいのだろうか。
申し訳ないがそういうのは自分の力だけでやってほしい。
「いや、そうではなくて……どうか僕にグラムを返してください! お願いします!」
「お願いします!」
「お願いします!」
キョウヤ青年はそう言ってあなたの目の前で見事なジャンピング土下座を披露し、同行している二人の少女も頭を深く下げてあなたに懇願するのだった。
《合体》《分離》
使用者の気合と熱血とド根性で飛距離が変わるスーパーなロボット仕様。
使い続けてスキルのレベルを上げると……?
★《グラム》
神器にして転生者に送られる特典であるチート装備の一つ。
これ一本あれば冒険者として一生やっていけるレベルの最強クラスの魔剣。
持ち主のミツルギさん以外が使うと性能が九割以上低下するがそれ以外のデメリットが無い。
元がぶっ壊れなので弱体化しても産廃化するわけではないし頑丈さはそのまま。
ATK2000で闇弱点の敵に即死効果。
別に闇属性の武器というわけではない。