このすば*Elona   作:hasebe

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第23話 ★《遥かな蒼空に浮かぶ雲》

「アクセルのエースにしてめぐみんが宿敵と見なす者よ!! 我が宿敵、めぐみんの随一のライバルの座を賭けて……私はあなたに勝負を申し込みます!!」

 

 しん、と。耳が痛くなる程の静寂が冬の早朝のギルドを支配する。

 受付の方からガタリと椅子を蹴倒したような音が聞こえた。

 

 ゆんゆんはウィズと同じアークウィザードだという。

 めぐみんのライバルというくらいだから爆裂魔法だって使えるのかもしれない。

 

 しかし先ほどゆんゆんにも話したが、めぐみんはあなたのライバルではない。

 アクセルのエースを目指しているというめぐみんが現在エースと呼ばれているあなたを一方的に宿敵(ライバル)に認定しているだけである。

 それを知ってなお挑んでくるというのならばよし。そこまでの覚悟をもって挑んでくるというのであればこちらも受けて立とう。

 

「も、勿論です! それでもしょ、勝負しないと……! たとえ勝ち目が薄くても、私が私であるために……私は……あなたに勝つまで何度だって勝負を挑ませてもらいます!!」

 

 彼我の力量差は感じ取っているのか涙目になりながらもゆんゆんは己を曲げる事は無かった。

 あなたは彼女のような前に進み続ける者、諦めの悪い者が嫌いではないしむしろ好きだ。

 かくいうあなたも諦めの悪さには自信があるし、実際に何度死んで心が折れて絶望に膝を屈しても決して諦める(埋まる)事だけはしなかったのだから。

 

 

 

 だがあなたには疑問が一つだけあった。

 当のめぐみん本人は本当に自分の事をライバルだと思っているのだろうか、と。

 

 

 

 あなたがめぐみんに越えるべき壁、あるいは目標として認識されているのは間違いない。実際に本人がそう言っているしあなたもそう感じている。

 しかしめぐみんがあなたを本来の意味でのライバル……つまり互いに競い合う相手として認識しているかと聞かれると首を傾げてしまう。

 

 

 あなたが競い合う相手と聞いてまず連想するものは時に《無》と呼ばれる事もある、追放された神や多くの魂が彷徨しているとも伝えられる時空の切り離された終わりの無い無限ネフィアの超深層に身を置く者達だ。

 つまりあなたにとってライバルとはほぼ友人に等しい。全力の互いを殺し得る存在とも言える。

 

 

 あなたはめぐみんとゆんゆんの関係など知らないが、めぐみんに本当の意味でのライバルがいるとすればそれはゆんゆんに他ならないのではないだろうか。このゆんゆんの気迫を見るに、とてもではないがぽっと出のあなたが割り込める関係には思えない。

 

「えっ……そ、そうですか……?」

 

 ゆんゆんはあなたと戦う前に一度めぐみんの中での自分の立ち位置をはっきりさせておくべきだとあなたは説得した。

 このまま戦ってゆんゆんを血祭りにあげてしまっては最悪めぐみんのライバルがいなくなってしまう。それはあなたの望むところでは無い。切磋琢磨出来る相手がいるというのは幸せな事だとあなたは知っているのだ。

 

「ち、ちちちち血祭り!? わわ私は別にそこまでは……」

 

 ゆんゆんが何故か一歩あなたから距離をあけた。

 

 随一のライバルの座を賭けての勝負なのだから、当然やるべきは命を賭けた決闘だろう。

 あなた達も時々やっているのでよく分かる。ちなみにあなたはマニ信者とエヘカトル信者にロックオンされている。

 

 無論勝負である以上、あなたはこれっぽっちも手加減する気は無い。愛剣を使用して全開でゆんゆんの相手をしよう。

 冒険者の、それも本気の勝負に性別や年齢は関係ないし手加減などゆんゆんの覚悟への侮辱に他ならないからだ。

 

「え、あの、えっと……せめてもう少し穏便な方法で……」

「待ってください!」

 

 ゆんゆんが蚊の鳴くような声で何かを言ったが、残念ながらそれはあなた達の間に走りこんできたルナの大声でかき消されてしまった。

 

「ただの喧嘩はともかく、命を賭けた私闘となるとギルドとしても流石に看過出来ません!!」

 

 そうは言うが勝負を仕掛けてきたのはゆんゆんだ。

 あなたはゆんゆんに応じているに過ぎない。

 

「だからといって命の奪い合いをする必要はどこにもありません。他にもっとやりようがある筈です!」

「ルナさんの言うとおりだって。悪い事は言わないから決闘とか止めときなよ。この人滅茶苦茶強いから」

「そうそう、あんたみたいな女の子が命を無駄に散らす事は無いって。この人冬の王都でもソロでバリバリやってるって評判の頭のおかしいエレメンタルナイトだからね?」

「アークウィザードなんでしょ? 若いのに凄いじゃない。生きてればきっといい事あるわよ」

 

 ゆんゆんの大声を聞きつけてあなた達に近づいてきたウェイトレス達も口々にゆんゆんに勝負を止めるように説得し始めた。

 完全にゆんゆんが殺される事前提で話をしている。

 命を賭けて挑んできたゆんゆんにそれは失礼ではないだろうか。

 

 たとえ今のゆんゆんとあなたが戦えば目隠しして座っていてもあなたが勝てるほどに年季と地力が違いすぎるとしても、彼女は勝算があるからこそ挑んできている筈なのだ。

 勝算の無い相手に命を賭けて挑むのは勝負ではない。それではただの自殺である。断頭台(ギロチン)にわくわくと首を差し出すようなものだ。紅魔族は皆賢い事で有名なのでそこまで馬鹿ではないだろう。

 まあ今のあなたを殺すためにはギロチンを数百回落とす必要があるのだが。

 

「あ……えっと、違……あぅ……ど、どうしてこんな事になっちゃったの……?」

 

 ゆんゆんは四方をルナとウェイトレスに囲まれ、涙目でおろおろしながら救いを求めるように周囲を見渡している。

 あんな募集をかけるくらいだから人馴れしていないのかもしれない。あなたは少しだけゆんゆんに同情した。

 

「あっ……!」

 

 突然目を止めたゆんゆんの視線の先を追えばそこには依頼掲示板が。

 

「そうだ雪精! 勝負は雪精の討伐数にしましょう多くやっつけた方がめぐみんの随一のライバルですよはい決まり!!」

 

 声をかける間も無く一息に捲し立ててゆんゆんは脱兎の如くギルドから出て行ってしまった。

 残されたあなた達は顔を見合わせる。

 

「……もしかしてあの子、決闘じゃなくてもっと別の方法で戦ってほしかったんじゃない?」

 

 今更ながらあなたもそんな気がしていた。

 しかし互いの上下関係を決めるのに他に向いている勝負などあるのだろうか。

 

「それを言われちゃうと困るんだけど……料理勝負とか?」

「流石にそれはないわ。随一のライバルを決めたがってたんだし、冒険者ならやっぱ腕っ節でしょ常識的に考えて」

「決闘じゃないとしたらあの子が言ったように討伐依頼を競うのが冒険者らしいっちゃらしいよね」

 

 依頼で競い合うという概念の存在しないあなたには今一ピンと来なかったが、どうやらそういうものらしい。

 ならばゆんゆんには悪い事をしてしまっただろうか。

 

「……でもさあ、この季節に討伐競争とかどう考えても無茶でしょ。ジャイアントトードならまだしも雪精ってやばくない?」

「やばい。討伐競争とか絶対冬将軍出てくる」

「ルナさん、冬将軍の目撃情報ってどうなってるんです?」

「今期はまだ未確認ですね。ですがこの時期は基本的に冒険者の方は活動しませんから出会う機会すら稀なモンスターですし」

「ですよねー」

 

 冬将軍とは国が高額賞金をかけた名前の如く冬季限定の特別指定モンスター、つまり賞金首である。

 冬の精霊である冬将軍は眷属である雪精に手出しをしなければ決して人間に敵対せず、雪精に手を出しても礼を尽くして謝罪すれば見逃してくれるらしい。

 

 これだけ温厚だというのに冬将軍の首にかけられた懸賞金はなんと二億エリス。

 

 ベルディアの懸賞金である三億エリスには届かないものの、ベルディアには魔王軍幹部として長きに渡って人類に辛酸を舐めさせてきたというキャリアがある。

 危険度が極めて低いにも拘わらずこの破格の高額賞金。それこそが冬将軍の戦闘力を如実に示していた。

 

 神器を持っているのならば是が非でも会いに行くのだが、そのような話は聞いていないので冬将軍はあなたの興味を引く相手ではない。

 冬将軍は白い異国の鎧を身に纏い、更に冷気を発する武器を持っているようだがそれは鎧も含めて精霊の体の一部、つまり爪や牙のようなものであって独立した武具ではないのだとか。

 更に精霊は倒せば霧散して何も残らないとくれば戦う理由が一つも無いのだ。

 

 

 ちなみに季節を司る高額賞金首の精霊には春を告げる精霊である春一番が存在する。

 春一番は突風を身に纏って女性のスカートをめくる以外は全く人に危害を加えない上にとても弱いという極めて人畜無害な精霊なのだが、その性質からか女性達に莫大な賞金をかけられて蛇蝎の如く嫌われている。

 にも拘わらず未だ討伐されていないのがとても不思議だが、女性冒険者が追い詰めても忽然と姿を消してしまうらしい。

 

 どうでもいい話だが春一番は男性からは絶大な支持を受け、一部からは神と崇められている。

 

 

 

 

 

 

 勝負の内容を決めたのはいいが依頼を受注せず、勝負の日時も場所も指定せずにどこかに行ってしまったゆんゆんが戻ってくるのを待つこと暫し。

 あなたが一人でノンアルコールのシャワシャワする飲み物を飲んでいるとギルドの扉が乱暴に開け放たれた。

 

「ああっ……それにしても金が欲しい……っ!!」

 

 ノースティリスでもそれなりに名の知れた顎の尖ったカジノに入り浸る某冒険者のような、血を吐くような切実な台詞とともに現れたのはカズマ少年だ。

 思えば某冒険者である彼はイカサマをしてガードに袋叩きにされる事も多々あったが、それでもいざという時の運と読みと駆け引きは他者の追随を許さない凄まじいものがあった。ただしギャンブル限定で。

 

「うげえっ……!?」

 

 あなたの姿を視認した瞬間、カエルが潰されたような声を出したカズマ少年は顔を引き攣らせた女神アクアを建物の隅に引っ張っていってしまった。

 

「ねえカズマ、あれってやっぱりあれよね。私達に本気で借金返済する意思があるか監視する為に待ってたのよね?」

「あの人の家には今ウィズがいるんだから、こんな朝っぱらから依頼も受けずに一人で飲む理由は他に無いだろ。いざとなったらマジでお前の羽衣を売るから覚悟しとけよ」

「そ、それだけは……どうかそれだけは許してください……!」

 

 こそこそと何かを話し合っている二人を放置してめぐみんとダクネスはあなたに近付いてきた。

 やけに機嫌がいいのが謎だ。

 

「アクアが作った多額の借金のお陰でカズマが冬でも意欲的に依頼を受けるようになりました。額が額なので複雑ですが一応礼を言っておきます」

 

 まさか借金をこしらえた事に対して礼を言われるとは思ってもみなかった。むしろ恨まれてもおかしくないと思っていただけにこれは驚きである。

 それにしてもこの世界の冒険者は冬は積極的に活動しない筈ではなかったのか。

 

「他所は他所、私は私です。屋敷を手に入れた事で最近のカズマは依頼を減らして出来るだけのんびり安全に暮らしたいとかフヌケた事言ってましたからね。レベルを上げて爆裂魔法の威力を上げたい私としては歯痒く思っていた所だったのですよ」

「冬のモンスターは強力なやつばかりだからな。……どんな目に遭わせてくれるのか今から楽しみだ!」

 

 どうやら二人がこの世界の冒険者の一般的な規格から若干はみ出ていただけのようだ。

 あなたも冬に活動する冒険者だが異世界人なのでノーカウントである。

 

「それで、あなたはこんな時間から何をやっていたんですか? まさか家に居辛くなって出てきたわけでもないでしょうに。借金漬けになった私達のパーティーの監視ですか?」

 

 皮肉げに笑うめぐみんの言葉にカズマ少年と女神アクアが遠巻きからあなたを緊張した面持ちで見つめている。

 生憎だがあなたは彼らの監視を行うほど暇を持て余してはいない。

 

 ウィズ本人が借金の返済はいつでもいいと言っているのだし、借金は彼らが死ぬまでに返す事が出来ればいいのではないだろうか。もしも彼らが全滅してしまった場合はあなたが立て替えるつもりである。

 幸いにしてウィズは不朽のアンデッドであるリッチーだ。寿命など存在しない以上は気長に借金の返済を待つだろう。

 そんな話を聞いたカズマ少年と女神アクアは安心したように額の汗を拭っていた。

 

「……じゃあ何をしているんですか?」

 

 他人ならともかくゆんゆんのライバルであるというめぐみんは当事者だ。むしろ教えておくべきだろう。

 あなたは先ほどまでギルドの中で起きていた一連の事件を話す事にした。

 

 

 

 

「な、何をやってるんですかあのおバカは! こんな頭のおかしいのに喧嘩売るとか信じられません! 死ぬ気ですか!?」

 

 事情を知っためぐみんは勘弁してくださいと頭を抱えてしまった。

 こんなの呼ばわりとは随分と御挨拶である。

 

「めぐみんのライバルか。どんな子なんだ?」

「……くっそチョロい女ですよ。チャラチャラした男にちょっとナンパされただけで舞い上がって路地裏に連れ込まれてもおかしくないほどにチョロいんです」

 

 ダクネスの質問に答えためぐみんのライバルへの印象はとても酷いものだった。

 めぐみんとの繋がりの為にあなたに勝負を挑んでくるような健気な少女だというのに。

 

「どうせ頭に血がのぼって何も考えずに勝負を挑んだに決まっています。ゆんゆんは人見知りする癖にそういうめんどくさいところがありますから。それにぼっちで構ってちゃんなゆんゆんは私のライバルという立ち位置に拘っていましたからね」

「なんでめぐみんはそこまでライバル視されていたんだ?」

「ゆんゆんとは紅魔族の魔法学校で同じクラスだったんですが、あの子はいっつも二番だったんですよ。ちなみに私が一番でした」

 

 やれやれ、と肩を竦めるめぐみんだがその物言いはどこかゆんゆんを思いやっているというか心配しているようにも見える。

 ダクネスも何か感じ入るものがあったのか、微笑ましいものを見る目でめぐみんを見つめていた。

 

「心配なんかしていません。でも貴方はあの子からの勝負はどんなものであっても絶対に受けないでください。ゆんゆんはぼっちでめんどくさくてチョロい女ですが、あの子のライバルは私なんです。……いいですね?」

 

 賭けの対象であるめぐみん本人がそう言うのであれば否やはない。

 あなたはゆんゆんが戻ってきた時の為にキープしておいた雪精の討伐依頼を戻す事にした。ほっと安堵の息を吐くめぐみんにあえて何も言わずに。

 

 

 

 

 

 

 めぐみん一行と別れて数時間後。

 あなたはアクセルから離れた場所にある山岳地帯にまで足を運んでいた。

 

 一面の雪景色で覆われたその場所には拳ほどの大きさの白くて丸い塊がそこかしこに浮いている。

 これこそが冬の風物詩である雪精である。雪精自体の危険度は皆無という話は本当なようでどれだけ近づいても攻撃的な意思は感じない。

 これを一匹倒すだけで十万エリスの報酬、更に春が半日早く訪れると言われているのだから世の中分からない。

 

「ず、随分と遅かったですね……。ずっと待っていたのに全然来ないからどうしようかと不安になっていたところですよ……ううっ、さ、寒いよぉ……」

 

 そしてそんな雪精の群れの中でゆんゆんは立っていた。

 寒風吹き荒ぶ中でゆんゆんは耳まで真っ赤にしてガチガチと身体を震わせ、唇は青くなっている。

 

 まさかとは思うが、ゆんゆんはギルドを飛び出してからずっとここにいたのだろうか。あれから数時間は経っているのだが。

 めぐみんはゆんゆんはそういう子だと断言していたが、まさか本当だったとは。

 雨の中デートをすっぽかされても、傘をささずにずっと相手を待ち続けていそうな子だ。考えてみるとかなり怖い。

 

「し、勝負ですから当たり前です!」

 

 しかし雪精を討伐すると捲し立て、肝心の勝負の時間も場所も決めずに飛び出してしまったのはゆんゆんだ。

 あなたはゆんゆんを探して色々な場所を捜索したし、こうして雪精の生息地域を見つけ出すのも中々に骨が折れた。

 もう少し近い場所にある平原にも雪精はいたがそこにゆんゆんはいなかったのだ。おかげでこんなに時間がかかってしまった。

 

「えっ? …………あっ」

 

 あなたの軽い愚痴にはっと我に返るゆんゆん。

 気付いてくれたようで何よりである。あまりにも見つからないので危うく捜索願いを出す所だった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 あなたは白い溜息を吐きながら懐から一枚の紙を取り出し、申し訳無さそうに身体を縮めるゆんゆんに手渡した。

 これはゆんゆんを探すのなら持って行けと言われてめぐみんに渡された物である。

 

「めぐみんが、私に?」

 

 めぐみんがライバルに向けてしたためた一枚の手紙。

 あなたは中には何が書いてあるのかは勿論知らない。

 

「…………」

 

 手紙を読み進めていくにつれてゆんゆんの顔が真っ赤に、しかし最終的に真っ青になった。

 

「ご、ごめんなさいいっ!!」

 

 全て読み終わると同時に深く頭を下げるゆんゆん。

 随一のライバル騒ぎは終わったようだが、本当にめぐみんは何を書いてくれたのだろうか。

 

 頭を下げながらお願いします殺さないでくださいと言い出したゆんゆんにあなたは思わず遠い目をして――――

 

 

 

 そして、あなたとソレの目が合った。

 

 

 

「…………ひっ!?」

 

 突然黙ったあなたが気になったのか、あなたの視線の先を追ったゆんゆんが恐怖からか悲鳴をあげてあなたの背中に隠れた。

 

 いつからソレはそこにいたのだろう。

 あるいはずっと雪精の群れの中にいたゆんゆんを見張っていたのかもしれない。

 

 雪精の群れの更に奥深く。

 およそ数百メートル先に一人佇むのはあなたの見た事の無い意匠の白い鎧と兜を身に纏った何者か。

 まるで王族のローブのようなキメ細やかな白の着物を纏い、顔面全体を覆うこれまた白い面を着けておりその表情は読む事が出来ない。

 

 

 

 そう、これこそが冬季限定の高額賞金首……冬将軍である。

 

 

 

 殺気も放たず、何をするでもなくただじっとあなた達を見つめている冬将軍から感じられる力は玄武と同等のもの。

 なるほど、確かに超級のバケモノである。

 あなたには冬将軍と戦うつもりは無いが、打倒するとなれば本気を出す必要があるだろう。

 終末を越えてかなりの力を付けたベルディアでも荷が勝ちすぎる相手だ。

 

「に、逃げましょう! 今ならまだ間に合いますから!」

 

 冬将軍の威容に怯えたゆんゆんが提案してくるが冬将軍は今の所敵意を放っていない。

 敵ではないのだから逃げる必要は無いだろう。

 自分はもう少し近づいて冬将軍を観察したいので逃げたいのなら一人で逃げて欲しいとあなたは伝える。

 

「な……なんでそんな無茶するんですか!?」

 

 あなたは精霊というものに興味があった。ノースティリスに神はいるがあのような者は存在しない。

 向こうからこうして目の前に姿を現してくれたのだから、折角の機会を活かさねば損というものだ。

 

「わ、私は絶対に近づきませんからね!? うぅ……めぐみん、この人めぐみんの書いてた通りだったよ……」

 

 律儀にも逃げ出さずにその場であなたを待つと宣言したゆんゆんを放置してあなたは冬将軍に向かって前進する。

 あなたが敵意を抱いていないからだろうか、冬将軍はあなたが十メートルほどの距離まで近づいてもまるで反応を見せなかった。

 

 ただ静かにその場に佇むばかりである冬将軍は本当に生きているか不思議になってくるが、その白面の奥の瞳は確かにあなたを見つめている。

 

 それにしても独特の意匠の装備である。いや、装備と言うよりはむしろ芸術品に近いだろうか。

 この世界特有のものであろう冬将軍の武具を目の当たりにしたあなたはふと思った。

 

 あの武具にはアレが似合うのではないだろうか。

 この距離ならばゆんゆんにも見えないだろうとあなたは何も考えずに四次元ポケットから一本の白鞘の刀を取り出す。

 

「…………!」

 

 それを見た冬将軍が初めて明確な反応を示した。冬将軍は明らかにあなたの取り出した刀を凝視している。

 

 眩く煌く白刃に切れぬものなど無いと謳われる一振りの奇跡。

 ノースティリスにおいても名高きその刀の銘は斬鉄剣。

 あなたは食べた事が無いが、弾力性に富む灰色の食物以外はどんなものでも斬り貫くと言われる神器である。

 

 

 

「…………」

 

 物言わぬ冬将軍は斬鉄剣を凝視しながらもおもむろに二本の刀のうち、一本をあなたに差し出してきた。

 これはまさか斬鉄剣とこの刀を交換してほしい、そう言っているのだろうか。

 

「…………」

 

 あなたの問いかけに冬将軍は無言で頷いた。

 交換と言われても冬将軍の持つ武器は身体の一部という話だし、冬将軍が消えてしまえば武器も消えてしまう。

 この斬鉄剣はダブっているうちの一本なのでそこまで大事なわけではないが、ドブに捨てるような真似はしたくない。

 

 精霊の身体の一部なら希少価値も高いかもしれないが……そう思いながらもあなたは冬将軍の差し出した刀に向けて一応鑑定の魔法を使ってみる事にした。

 

――★《遥かな蒼空に浮かぶ雲》

 

 鑑定の結果はまさかの神器である。

 あなたは満面の笑みを浮かべて冬将軍に斬鉄剣を差し出した。

 

「…………」

 

 斬鉄剣を受け取った冬将軍は小さく礼をしたかと思うと全身から猛烈な吹雪を発生させ、あなたの視界を眩ませる。

 数秒後にあなたが目を開ければ冬将軍は忽然と姿を消しており、残されたのは雪の中に突き刺さった神器《遥かな蒼空に浮かぶ雲》だけ。

 

 ゆんゆんの無茶な行動のおかげで素晴らしい物を手に入れる事が出来た。これは是非ともお礼をせねばなるまい。

 あなたは冬将軍の贈り物を受け取り、意気揚々とゆんゆんの元へ戻るのだった。

 

 




★《遥かな蒼空に浮かぶ雲》
 天空から降ってきた宝箱に入っていたという逸話を持つ大太刀。
 担い手に先読み、つまり擬似的な未来予知を可能にさせるほどの能力を持つが先読みは発動が不安定。
 それでもなお上位の力を持つ神器である。
 刀の真名を開放すればまさに神の如き力を所有者に与えるのだが、その名を知る者は誰もいない。
 何故か草刈りに使うと大活躍する。

 出典:イストワール

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