このすば*Elona 作:hasebe
ある日の夜、アクセルの街に雪が降った。
こんこんと降り注ぐ白い雪はあなたも見慣れた、しかしこの世界で初めて見る光景だ。アクセルの街もいよいよ本格的な冬の象徴が到来である。
この勢いでは明日の朝には積もっているかもしれないと話すあなただが、しかしウィズはどこか憂鬱そうに溜息を吐いた。その視線はパチパチと音を立てる暖炉に釘付けになっている。
「あなたにこうしてお世話になってなかったら、私きっと今日も馬小屋で寝泊りしてたんですよね……うわあ……考えたくないなあ……」
この雪の夜の中、碌な暖も取れずにたった一人でガチガチと震えながら夜を過ごす。
想像しただけでこちらまで凍えてきそうだ。ウィズもあなたと似たような事を考えていたのか、青白い顔を更に白くしてしまっている。
本人が多額の借金を背負ってしまった手前強くは言わなかったが、ウィズは自宅を半壊させた女神アクアに何かしら思う所があるのかもしれない。
「いえ、アクア様への当て付けというわけではなくてですね……あなたがいてくれて本当によかったなあ、と。家事以外にも何か出来たらいいんですけどね……お店もああなっちゃいましたから呼んでくれればいつでもお仕事のお手伝いが出来ますよ?」
申し訳無さそうに力なく笑い、それでも瞳に安堵の光を湛えてお茶を飲むウィズ。
勿論助勢が必要になったら遠慮はしないが、今の所そのような相手には恵まれていない。冬将軍は格好の相手だったが敵対していない相手なので除外。
玄武といい冬将軍といい、この世界における超級の存在はとても温厚だ。無論その中にはウィズも含まれるわけだが。
ウィズは戦闘での助勢が無くとも毎日料理を作ったり掃除をしたりあなたを見送ってくれたり帰宅を出迎えてくれている。
つまり十分すぎるほどあなたの助けになっているのだ。
誰かが自分を出迎えてくれる、自分を待っていてくれる人がいるというのはただそれだけでモチベーションを上げ、生きる活力を与えてくれるものなのだ。
「お、大袈裟すぎですよ……」
照れながら明後日の方角を向くウィズ。
しかしあなたには大袈裟でも何でもなかったりする。実際あなたは何度と無く
ペットでそうなのだから優先度が上である友人、それもウィズのような善良な女性であれば何をか言わんやである。
そんなこんなで雪の降る冬の夜の中、あなたはウィズと世間話に花を咲かせるのだった。これだけでもウィズを家に招いて良かったと思える一幕である。
ちなみにベルディアはこの瞬間も終末中である。
ウィズの料理には狂気度を下げる効果でもあるのか、ストマフィリアで済ませる事が無くなって三食ちゃんと食べるようになった。
キョウヤがベルディアに勝てる日は来るのだろうか。
■
さて、その翌日。
時刻は早朝。普段であれば眠ったままである時間帯。
物音一つしない暗く静かな家の中であなたは目を覚まし、自室で真っ白な息を吐いた。
寒い。寒すぎである。
この寒さは何事なのか。
そういえば昨日の夜は雪が降っていたと寒さで鈍った頭が分かりやすい答えを出してくれた。
それにしても寒すぎであると身体を震わせながらあなたが二階の窓から外を覗けば、なんとそこは一面の銀世界。
雪は止んでいる様だが空はどこまでも続いていく分厚く重苦しい灰色の雲で覆われており、地は道も、家も、白の中にある。
どこもかしこも雪、雪、雪。
これはドカ雪とでも表現すればいいのだろうか。
駆け出し冒険者の街は一夜にして雪に覆われてしまっていた。冬将軍は少し本気を出しすぎなのではないだろうか。
あなたが二階から見た感じだと積雪量はおよそ一メートル弱。昨日の夕方までは寒くとも雪は降っていなかっただけにこれは軽く目を疑いたくなる光景だ。
道理で水が凍りそうなまでに寒いはずである。このままではアクセルはとてもではないが街として機能しないだろう。
今の所あなたの家は無事なようだが、この分だと雪の重みに耐えかねて家屋は幾つか倒壊していてもおかしくないだろうしギルドから除雪の緊急クエストが発令されるかもしれない。
あなたに一瞬ノースティリスに帰ってきたのだろうかと錯覚させるほどのこの雪の積もりっぷりは北方の村、ノイエルを髣髴とさせてやまない。
ノースティリス北東部にある常冬の村として知られるノイエルはそこへの護衛や配達依頼、またはノイエルからの護衛や配達依頼の難易度が高い事で有名だ。
高額の報酬に目が眩んだ駆け出しが遭難や飢え死にするなどしょっちゅうだし、雪に足をとられて時間もかかる。
そしてノイエルといえば十二月の間行われる聖夜祭を欠かす事は出来ない。
ノイエルが最も活気付く月であり、あなたが信仰する癒しの女神を称えて年の終わりを一月間に渡って祝う宴でもある。
観光客や癒しの女神の狂信者達がこぞって押し寄せてくる一大イベントだ。
ちなみに観光客や狂信者だけでなく異教徒達も集まってくる。
狂信者や異教徒同士の争いの中で発生するいざこざ、殺し合い、終末、核、そして炎の巨人《エボン》の解放で火の海に包まれるノイエル。
祭は祭でも血祭である。
ノイエルの住人からすれば堪ったものではないだろうが、まあそんなものだ。
そして異教徒との争いが無くても特に理由も無く行われる殺し合い、終末、核、そしてエボンの解放で火の海に包まれるノイエル。大陸中から集まってくる狂信者達のオモチャと化したノイエルの凄惨な光景はちょっとした名物だ。
そんな聖夜祭だが、無論あなた達冒険者にとっても決して他人事では無い。
何故ならば日頃各地に散らばって独自に活動しているノースティリス中の冒険者達がここぞとばかりに集結する、いわば忘年会じみたイベントになっているからだ。
どこかの冒険者がこんなキャッチコピーを考えたという。
聖夜祭だよ、全員集合!
~~お前が墓場に入るんだよ!!~~
実に酷いキャッチコピーだ。考えた奴の顔を一度拝んで頭の中を切開して覗いてみたい。
かくいうあなたや友人達は毎年のようにどこに戦争を仕掛けるつもりなのかという完全武装でペットまで連れてノイエルに足を運び、酒場で一年の総括を行ったり雪玉(グレネード入り)を投げあって遊んだり雪で原寸大の城やモンスター、各々が信仰する巨大な神像を作って遊んでいたりするわけだが、それにしたって墓場扱いはないだろうとあなたは常々思っている。もう少しマシな言い方は無かったのだろうか。
さて、そんなあなた達が作るこの雪像は一年の終わりを迎える物としてちょっとした語り草、あるいは風物詩になっている。
造形がまるで本物のように精巧なのもあるが、それだけではない。
何故なら完成した所で友人同士で決闘を申し込む! と手袋を投げつけるように無惨に破壊されるからだ。
毎年壊すなよ、絶対に壊すなよと互いに念を押しているにも関わらず誰かが必ずやらかす。最初に作った時は酔っ払ったどこぞの王侯貴族がやらかしたのだったか。
当然あなたもやった事がある。特に理由は無い。
そしてあなた達は全員が筋金入りの狂信者だ。丹精込めて作り上げた神像を破壊されればその後に当然待っているのは廃人怒りの大乱闘、つまり殺し合いである。例外は無いし慈悲も無い。
他の狂信者達も巻き込んで突如勃発する宗教戦争。
ここぞとばかりに徒党を組んで襲い掛かってくる挑戦者達を血祭りにあげながらペットと共に死闘を繰り広げるあなたと友人達。
聖夜祭での神の降臨は神々の間でレギュレーション違反になっているらしく
核はオモチャ、あるいは整地用アイテムと断言するレベルの冒険者の戦いに巻き込まれてミンチになる冒険者、罪の無い村人や観光客。
戦闘の余波で更地になるノイエル。そんなこんなで終わる一年。
いざノースティリスの冬を思い返してみると、この世界は本当に平和だとしみじみ感じる。
折角の機会だし、雪かきのついでに後で庭に雪像を作ろうとあなたは人知れず決意した。ここならば誰にも壊される事は無いだろう。
余談だが、十二月になると癒しの女神があなたの家に遊びに来て寝泊りする頻度が激増する。殆ど入り浸り状態といっても過言では無い勢いだ。他の狂信者に知られようものならばあなたの自宅の聖地化は避けられないだろう。
「…………」
白銀の世界を眺めながら郷愁に浸っていたあなただったが、ふと背後から視線を感じた。視線には若干の棘が混じっているようにも思える。
暫くの間視線を無視して雪景色を堪能していたあなただったが、ちくちくと刺さってくるそれに辟易して振り向けば部屋の隅で椅子に座ったルゥルゥの姿が。
桃色の長い髪に花を模した髪飾りを着け、気だるげな空色の瞳、そして薄紫のドレスを着た身長120センチほどの人間の美少女にしか見えない人形……ルゥルゥはアンナの屋敷での一件以来、ずっとあなたの部屋の一角を占領し続けている。
あなたは幽霊少女、アンナとルゥルゥを大切にするという約束をしたし箱に仕舞ったままではルゥルゥも居心地が悪かろうとあなたはルゥルゥを自室の日の当たらない場所に飾っているのだ。
勿論こまめに埃は落としているし服を汚してもいない。
だというのに今のルゥルゥはどこかジト目になっているように見える。
ちなみにこのルゥルゥだが、なんと鑑定の魔法が効かなかったりする。
物であれば石ころから神器にまで通用するあなたの鑑定の魔法が無効化されてしまうのだ。
抵抗されたとか鑑定の魔法の威力が足りていないとかではなく、根本的に通じていないという清々しいまでの無効化っぷりはまるで生物に鑑定の魔法を使った時のような反応である。ついでに四次元ポケットの中に入れる事も出来ない。これも生物に四次元ポケットを使った時の反応である。
「…………」
そんな色々と謎の多い人形であるルゥルゥだが、恨めしげにこちらを見つめている気がするのは水が凍りそうな寒さの部屋の中でも箱に仕舞わずに椅子に座らせていたからだろうか。
物言わぬ人形である筈の身体から発している雰囲気もどこか剣呑だ。
寒いなら寒いと直接口に出してほしいものだ、と冗談交じりに考えながらあなたはルゥルゥのいつもより青白く見える顔に手を伸ばす。
「…………!」
あなたがルゥルゥの頬にそっと手を当てると、ルゥルゥがピクリと反応した気がした。
まるで人間の少女のように精巧だがルゥルゥはあくまでも人形だ。瞬きもしていないしきっと気のせいだろう。
そして手を当てたルゥルゥの頬はまるで人間の少女の物のようにぷにぷにもちもちと癖になりそうな柔らかさで、しかし長時間氷水にでも漬け込んだのかと思えるほどに冷たい。
人形が寒さなど感じる筈も無いのだが、ここまで冷たくなっているとなまじルゥルゥが人間そっくりなだけにどうにも罪悪感を感じてしまう。
しかしあなたの部屋にはルゥルゥを温められそうな暖炉など無い。かといってルゥルゥに自分の服を着せてもサイズが違いすぎて見苦しくなるだけだ。
少しの間悩んだあなただが、冬の寒さのせいですっかり体中が冷たくなってしまっているルゥルゥを久しぶりにRuru The Dollという金字が刻印された黒い箱の中にそっと戻し、その箱を持って一階に降りる事にした。
子供が入るサイズの箱とあってルゥルゥを抱えたまま一階に降りるのは些か以上に難儀した。せめて四次元ポケットに入れば話は変わってくるのだが。
パペットという自分で動く人形のモンスターを知るあなたは思わずルゥルゥが自力で動ければ、と漏らすものの当然反応は無く、あなたはルゥルゥを落とさないように気を配って階下に下りるのだった。
ルゥルゥと共に一階に下りたあなただったが誰もいない早朝の居間は薄暗く、凍えるように寒く、そしてシン、と静まり返っている。
ウィズはまだ夢の中のようだが時間が時間なので仕方が無い。二度寝するのが当然の時間帯だ。
それでも普段のこの時間であれば外から何かしらの声や物音が聞こえてくるのだが、今は街中が死んだように静寂に包まれている。
あなたは箱の中のルゥルゥを床に置き、ティンダーの魔法を使って暖炉に火を入れた。
中級魔法やノースティリスの火炎魔法では日常的に使うには威力を絞っても火力が高すぎるのでこういう時初級魔法はとても便利だ。クリエイトウォーターといいこの世界の魔法使いに不人気な理由がまるで分からない。
パチパチと音を立てる暖炉に手をかざしながら、あなたは折角ウィズよりも先に起きたのだし今日は自分が朝食を作ろうかと考え始める……が、すぐに止めておこうと諦めた。
家事はウィズの仕事だ。少なくともそういう建前で彼女はあなたの家に居候している。
流石に一食作った程度で自分の仕事が無くなったと嘆いて彼女が出て行くとは思わないが、自分の仕事を奪ったあなたに対抗してこれから先の毎日、ウィズがずっと今より早い時間に起きるくらいは普通にしてきそうである。
というか最悪自分はリッチーだから眠らなくても大丈夫とか無茶苦茶な事を言い出しかねない。あなたにはそんな光景がありありと思い浮かべる事が出来た。
アンデッドでも心は擦り切れるものだ。眠らずに死に続けるベルディアが生き証人である。死に続ける生き証人とはこれいかに。
暫くの後、それなりに家の中が温まってきた所でルゥルゥを箱の中から出して暖炉近くのソファーに座らせる。
今まであなたは一度も気にした事が無かったがルゥルゥが現在着ているのは長袖だが薄手の服だ。セーターやマフラー、手袋でも着せた方がいいのだろうか。
しかしあなたは女児用の服など持っていないし恐らくウィズも持っていないだろう。
まるで年下の少女に服を買い与えるような心境だが、あなたはルゥルゥの身体のサイズなど知らない。
いや、そもそもルゥルゥの服の下は一体どうなっているのだろう、とあなたはポツリと呟いた。
やはり人間の少女をそのまま模しているのだろうか。
「!?」
気になったら即確認。冒険者として当然である。
勿論あなたはロリータコンプレックスやピグマリオンコンプレックスを患っているわけではないのでいやらしい目的があってこんな真似をしているわけではない。純粋に衣服の中に隠されたルゥルゥの肢体とサイズに興味があるだけだ。
部屋もだいぶ暖まってきている。多少脱がしても大丈夫だとあなたはルゥルゥの服に手をかけた。
「――――何を、しているんですか」
背後から一切の感情が抜け落ちた女性の声が聞こえた。
わざわざ説明するまでも無いだろうが声の主はウィズである。驚くべき事になんとあなたは声をかけられるまで全く気配を感じなかった。気配断ちの魔法でも使っていたのだろうか。
いつもは春の日溜りを思わせる柔らかく温かい表情は万年雪を思わせるほどに冷たく凍り付き、その眼差しはどこまでも鋭く、しかし底なし沼のような深い怒りと昏い失望でどこまでも濁り澱んでいる。
「何を、しているんですか。……そんな幼い女の子の服に手をかけて!」
悲痛な叫びと共にウィズの全身から青色の魔力が迸り、温まってきた部屋の気温が一気に下がっていく。暖炉の火も消えてしまった。折角部屋を暖めたのにウィズのせいで台無しである。
わなわなと震えながら拳を握るウィズは激しく勘違いしているようだ。
しかし安心して欲しい、決して自分は変態などではないとあなたはウィズを説得する事にした。
あなたはただ単にルゥルゥの服の下の身体がどうなっているのか興味があるからルゥルゥの服を脱がせようとしているだけである。それ以外に目的などないしやましい気持ちなど抱いていない。あなたはルゥルゥの身体のサイズが知りたいだけなのだ。
「立派な変態じゃないですか! なんで、こんな……! 私、私はあなたはこんな事をする人じゃないって信じてたのに……!!」
駆け寄ってきたウィズはあなたを突き飛ばし、ルゥルゥの頭をぎゅっと胸に掻き抱く。ゆったりとした寝巻きに包まれた豊かな双丘がふにゅんとまるで別の生き物のように形を変えた。
そんなウィズの母性の象徴に頭を挟まれたルゥルゥは表情こそ変えていないものの、頬を引くつかせているように見えなくも無い。ちなみにルゥルゥの身体を擬音で表現するとこうなる。
ふにっ。
きゅっ。
ぽてん。
端的に言うならばギリギリ*Bad*だろうか。めぐみんのような*Hopeless*ではない。
しかしそれは当然といえば当然である。ルゥルゥは少女の姿をした人形なのだから。
あの身長でウィズのように*Superb*だったらそれはそれで怖い。
「可哀想に、こんなに怯えてガチガチに身体を固めて……! 瞬き一つしてないじゃないですか……!」
キッとあなたを睨みつけるウィズだが、ひょっとして彼女はギャグを言っているつもりなのだろうか。もしそうならかなり大爆笑である。
どれだけ人間にそっくりでもルゥルゥは人形なのだから動かないのは当然で、瞬きなどする筈が無いではないか。
しようものならとんだ怪奇現象である。
「……へ?」
ポカン、と目を丸くして口を開けるウィズ。
「人形って、え? だってどこからどう見ても人間にしか見えないんですけど……」
ウィズの目はガラス玉でも嵌っているのだろうかとあなたはいよいよ呆れて溜息を吐いた。
ルゥルゥはずっとあなたの自室に飾っていたのだ。部屋の隅に安置されていたとはいえこんなに目立つ物が見えなかったとは言わせない。
「私、あなたの部屋に入った事無いんですけど……ただでさえお世話になってるのに勝手に部屋に入るなんて出来ませんよ……」
ならば部屋の掃除は、と聞こうとして初日に自分の部屋は自分で掃除するとウィズに話していた事をあなたは思い出した。
律儀にもウィズはあなたの言葉をしっかりと守ってくれていたようだ。自室に危ない物は置いていないし鍵もかけていないのだから、あなたがいない時に探検がてら勝手に入ってくれても良かったのだが。
しかしウィズの言うとおりなら彼女はこれがルゥルゥとの初対面なのだろう。
知らないのならばこの過剰な反応は無理も無いとあなたは苦笑して頭を掻いた。
自分の言葉が嘘だと思うのならルゥルゥの口や身体に手を当ててみればいい。人形であるルゥルゥは呼吸をしていないし血も通っていないのだから。
もしも人間の少女の死体ならばリッチーであるウィズならば一目で分かる筈だ。
あなたの説得を受けて一分ほどルゥルゥを調べた後、自身の早とちりに気付いたウィズは耳まで真っ赤にしてルゥルゥの桃色の髪に顔を埋めてしまった。あなたの脳内メモリーにウィズの黒歴史がまた一つ増えた瞬間である。あうあうと言葉にならない声で悶えるウィズにルゥルゥの雰囲気もどこか呆れているようだった。
あなたとウィズでルゥルゥを挟む形で暖炉前のソファーに座り、所在無さげにしているウィズにルゥルゥを譲り受けた経緯を説明する。
女神アクアが墓地の浄化をさぼった事で発生した屋敷の悪霊騒ぎ、幽霊少女アンナとの出会い、そして屋根裏に安置されていたルゥルゥ。
案の定女神アクアのくだりでは苦笑していたが。
「でも、ほんとに凄い……まるで本物の人間みたいですよね……」
話を聞きながらも好奇心に瞳を輝かせて器用にルゥルゥの髪を梳かすウィズと無言のルゥルゥ。
あなたはそんな二人をまるで親子のようだな、とは思ったが口には出さなかった。
ウィズは二十歳らしいのでルゥルゥほどの子がいる年齢ではない。例え何年前に二十歳だったとしてもウィズは二十歳なのだ。
■
ふと、ゴソゴソという音であなたは目を覚ました。
眠いままで暖かい暖炉の前にいたからだろうか、あなたはウィズと話している間にいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
時計を見れば記憶に残っている時間から三十分も経っていない。
異音の原因を探ろうと隣に目を向ければ、そこに飛び込んできたのはルゥルゥの衣服に手をかけるウィズの姿があった。ルゥルゥの白い身体は肩まで顕になってしまっている。
何をしているのか。いや、ウィズは本当に何をしているのだろう。
あなたは思わずウィズを変態を見る目で見てしまったが、そんなあなたを誰も責める事は出来はしないだろう。
「…………はっ!?」
あなたの凍えるようなジト目に気付いたウィズは慌てて弁解を始めたが今更何を言っても手遅れではないだろうか。
しかしなるほど、先ほどの自分はウィズの目からこう見えていたのかと思うとあなたはウィズが怒った理由がとてもよく分かった。暗がりで少女にしか見えない人形に手をかける者など変態や変質者以外の何者でもない。なまじルゥルゥの出来が良すぎるせいでどう足掻いても憲兵召喚は不可避である。ガード! ガード!
「違います誤解です! 私はただ、こんなに可愛くて人間そっくりなルゥルゥちゃんの服の下の身体がどうなっているのか興味があるだけで……」
ウィズはどこかで聞き覚えのある言い訳を始めた事であなたの目が更に濁っていく。
自分で同じ言い訳をしておいてなんだがこれは駄目だ。もう完全に変態の自供にしか聞こえない。先ほどの自分はウィズの目からこう見えていたのかとあなたはとてもやるせない気分になった。完全に変態ではないか。ガード! ガード!
あなたも全く同じ事をしようとしてウィズに怒られた手前、ウィズの行為がどれだけ怪しくとも強く咎めるつもりはなかった。
しかし人に止めろと言っておきながら自分も全く同じ事をやるというのは如何なものか。あまり褒められたものではない。ウィズはそこの所をどう思っているのだろうか。
「……てへぺろっ」
日頃見せない茶目っ気を出して可愛らしく舌を出すウィズにあなたはこやつめ、ハハハと笑う。
こんなものを見せられては笑うしかないではないか。
「ハハハ……あ痛っだぁっ!?」
あなたはウィズの一瞬の隙を突いて高速でデコピンを決めた。
ベルディアならいざ知らず、あんなあざとさを全面に押し出した可愛い仕草でこちらを誤魔化せると思ったら大間違いである。
頭蓋からバチィという音を響かせたウィズは額を押さえてソファーの上で悶絶する。
「ううっ、頭が割れたかと思いました……」
涙目で何度も額に手を当てて血が出ていないか確認するウィズにあなたは大袈裟すぎだと肩を竦める。
しかしそんなにルゥルゥに興味があるのなら、一人でこそこそやらずにあなたに言えばいいのだ。是非とも一緒にルゥルゥの身体を隅々まで調べようではないか。
「……あ、あなたは駄目です! ルゥルゥちゃんは私が責任を持って調べますから!!」
そう言ってウィズはルゥルゥごと自分の部屋に引っ込んでしまった。
若干理不尽な気がしないでもないが仕方が無い。あなたはウィズにルゥルゥの調査を任せる事にした。
確かにウィズは変な物ばかりを率先して仕入れてくるような女性だがそれでも博識なアークウィザードで魔法道具屋の店主なのだ。あなたが自分で調べるよりは可能性はあるだろう。
ルゥルゥを連れ去られて手持ち無沙汰になったあなたは自宅の屋根に積もっているであろう雪を下ろす為に外へ向かう事にした。
■
ウィズの調査が終わったのはあなたが屋根に積もった雪を下ろし終わり、日がようやく昇り始めた頃だった。かなり早いのは流石と言ったところだろうか。
「……そういうわけで、ルゥルゥちゃんはただの人形ではありませんでした」
結果から言えば、ルゥルゥはやはり“人間の少女を完璧に模した”もので、決して人間ではなかった。
しかしウィズがルゥルゥの全身をくまなく調べた結果、ルゥルゥの身体は外見だけでなく中身までが人間と同等に動かす事が可能なように作られているという事が判明したのだ。
更にルゥルゥの衣服のポケットの中には一つの金属製の指輪が入っていた。
指輪にはかつて宝石が嵌っていたと思われる台座があったが今は欠けてしまっており、更に指輪の側面には
傀儡ではなく傀儡子。
操られる者ではなく操る者。
しかし刻印された文字はPuppeteerではなくPuppet。実に意味深である。
ウィズはただの人形ではないと言ったが、ここまで来るとルゥルゥが本当に人形なのかすら怪しくなってきた。
元の所有者であったアンナはルゥルゥの事をどこまで知っているのかは分からないが、ただ一つだけ言える事がある。
「分かっていること、ですか?」
ルゥルゥの製作者が間違いなく特殊性癖を拗らせたド変態だという事だ。こんな誰の目にも少女にしか見えない精巧な人形を作って何をするつもりだったのか。
あなたの痛烈な正論にウィズは目を背けることで答えた。
「ルゥルゥちゃんですが、人形というよりもむしろ
ホムンクルス、あなたが初めて聞く単語である。
あなたは説明の続きを促した。
「ホムンクルスとは錬金術で造られる人間……と伝えられています。生命の創造など神の御技に等しく殆ど伝説扱いですね。錬金術に関しては私も少し齧っているんですけど、かつてどこかの国で錬金術を使って生命を作る試みが行われていたそうです」
錬金術ならあなたも修めている。
無から有を生む事は出来ないが、石ころから金貨を生み出す程度ならば造作も無い。
「ほ、本当ですか!?」
驚きを顕にするウィズにあなたは実演してみせる事にした。
まずあなたが取り出したのは何の変哲も無い一枚のコインである。ウィズに渡して確かめてもらう。
「普通のコインですね。特に魔力が篭っているという事も無いですし」
これをノースティリス製の錬金用の鍋に入れて調合開始。
十秒後、チーンという若干間抜けな音と共にふかふかのパンが出来上がった。
「えっ」
己の目を疑っているかのようにウィズは目を擦り始めた。
これは別に夢でも幻でもない。れっきとしたスキルの賜物であり、このパンはちゃんと食べる事が可能なのだ。
「え、えぇー……私が今まで見てきたあなたの行動の中でも一番無茶な光景ですよこれ」
あなたがちぎったふかふかパンの欠片を恐る恐る口に運ぶウィズ。
もぐもぐと咀嚼し、飲み込んで一言。
「……普通、ですね」
おおむねあなたの予想通りの感想である。
あなたも食感は素晴らしいが味は可も不可もなくと言ったところだと思っている。
自分で食べる分には十分だが、店で買うとするならギリギリ及第点という程度の味だ。
確かに腹は膨れるがそれだけだ。あなたやウィズが自分で作った方が確実に美味しい物を作れる。
「あの、ところで石ころから金貨を生むとは……?」
石ころからふかふかパンを錬金してそれを売るのだ。
元手ゼロの文字通り錬金術である。
「違、それ違う……間違ってはいないですけどなんか違いますよ……あなたの世界にはもっとちゃんとした錬金術は無いんですか?」
勿論ある。あなたにとって錬金術とは主に治癒ポーションを作る為のスキルである。
残念ながら治癒魔法が使えるあなたの役には立たないが。
……なのだがウィズは自作ポーションという単語に強く反応した。曰く
「ポーションが自作出来たらお店の仕入れが楽になりそうですよね!」
との事である。ウィズはどこまでも商魂逞しい女性だった。
これでもう少し仕入れる品がまともになれば、と思ったがそうなるとあなたが面白くないのでウィズは今のままでいてもらう方が都合が良いだろう。
友人の店が繁盛しない事を願うあたり、やはりあなたも立派なノースティリスの冒険者だった。