このすば*Elona   作:hasebe

26 / 148
第26話 重力魔法の使い手

 後に冬将軍のご乱心と呼ばれる事になる記録的な豪雪から数日後。

 あなたは散歩がてらウィズの家の跡地に足を運んでいた。

 

 女神アクアの魔法により半壊したウィズの店と家はいっそ一から建て直してしまった方が早いという各々の判断によって完全に打ち壊された。

 そんなわけで現在ウィズの家は更地になっており、雪だけが地面に積もっている状態だ。

 

 すっかり寂しい事になっているウィズの家だが現在完成の目処は立っていない。

 あなたとしては全く構わないのだが、このままでは冬が終わってもウィズはあなたの家に居候しているかもしれないとあなたとウィズは睨んでいる。

 

 実はあなたも一枚噛んでいたりするウィズの家の建て直しだが、資材が揃って設計を終え、さあ工事開始だという段階でこの記録的な豪雪。

 やはりと言うべきか、アクセルの街の各地で屋根や家屋そのもの、宿が倒壊したりとかなりの影響が起きてしまっていた。

 とくれば大工達に修繕や建築の依頼が殺到するのは当然の流れだ。

 

 様々な理由で数え切れない回数壊滅し続けた結果、街の修繕の方法が確立されているノースティリスでは核が何十発起爆しようとあなた達冒険者が暴れ回って更地になっても三日もあれば元通りになるのだが、この世界ではそうもいかないらしい。

 

 あなたの家で菓子折りを持って土下座し、ウィズの家と店の完成が遅れる事を謝罪しにやって来た大工の親方達にウィズは何でもないかのように笑ってこう言った。

 

「この雪なら仕方が無いですよ。私にはこの人がいますし、全然気にしていませんから大丈夫です。親方さん達は家が壊れた他の人たちを優先してあげてください」

 

 大工達が去った後、少しだけ寂しそうに冬が終わっても家が完成しなかったら馬小屋に行きますので安心してくださいとウィズは告げたが、あなたは当然その提案を却下している。

 あなたはウィズには絶対に家と店が完成するまで居候して家事をやってもらうつもりだった。ベルディアもその方が喜ぶだろう。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 あなたがウィズの店跡地を去ってすぐ間も無く。

 あなたはあまり人通りの無い裏路地に見覚えのある姿を発見した。

 こんな場所で何をやっているのだろうといぶかしんでいると、向こうもあなたに気付いたようでパアっと表情を明るくさせてあなたの方に駆けてきた。

 

「こ、こんにちは! こんな場所で奇遇ですね!」

 

 元気いっぱいに挨拶してきたのはめぐみんの永遠のライバルことあなたの遊び相手である紅魔族のゆんゆんである。

 奇遇と言うが本当に奇遇である。

 ゆんゆんはこんな場所で一体何をしているのだろう。

 

「えっと……こういう普通じゃない場所ならあなたに会えるかなあって……」

 

 なるほど、ここはウィズの店のすぐ傍である。

 最近はご無沙汰だったがウィズの店が半壊する前は足繁く通っていたので確かにあなたに会える確率は他の場所よりは高いだろう。具体的にはギルドの次くらいか。

 

「やっぱり……! 私の思った通り……!」

 

 ぐっと小さくガッツポーズを決めるゆんゆん。

 しかしどうして彼女はわざわざこんな場所を散歩しているのだろう。

 あなたは自分に会いたいのならば直接訪ねてくれれば歓迎するつもりだった。

 

「そんなとんでもない! 約束も無しにいきなり訪ねたりして、あなたが忙しい時だったりしたら……それにいきなり行って、用が無いなら帰れって嫌われたらどうしようって……」

 

 ゆんゆんはあなたにとって知り合いの延長線上……ゆんゆん曰く遊び相手だが、あなたはゆんゆんにとって友達である。

 一々友達に会うだけでそんなに躊躇していたら一体いつ会えば良いのか。

 

「だ、だからこうやってあなたを待ったり探したりしてたんじゃないんですか」

 

 あなたはふと猛烈に嫌な予感がした。こういう時のあなたの勘はよく当たる。

 まさか冬将軍の件以降、ゆんゆんは毎日こうやって自分を探して散歩していたのだろうか。

 

「毎日じゃないですよ。二日に一度、五時間くらいです」

 

 なにそれ怖い。

 あなたは平然とのたまったゆんゆんの重さに戦慄した。

 

 はっきり言って忙しい時に遊びに来る方が千倍以上マシである。

 ゆんゆんが隔日で自分を探して五時間も彷徨っているかと思うと眠れなくなりそうだ。

 

 なので依頼で自宅にいない時はあるだろうが、それ以外ならいつでも遊びに来てくれていい。でも頼むからそれは本気で止めてくれとあなたはゆんゆんに懇願した。

 

「じゃ、じゃあ……今からあなたの家に遊びに行ってもいいんですか!?」

 

 断る理由の無いあなたは快諾した。

 あなたの家には現在ウィズが同居しているがゆんゆんは人外でも言葉が通じるなら友人になってほしいと言っていた。

 万が一ベルディアとエンカウントしたりウィズがリッチーとバレても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

「……友達の家、友達の家、友達の家……!」

 

 あなたの自宅前に近づくにつれそわそわとしだしたゆんゆん。

 どことなく嬉しそうで、しかし恥ずかしそうに俯く彼女を見ていると本当にぼっちを拗らせているのだと分かる。

 友人だからと変な場所に誘われてもホイホイ付いて行きそうだ。

 

 そんなゆんゆんだがあなたの家に辿り着くと庭に鎮座するある物のせいで目を丸くさせる事になった。

 

「何これ凄い……あなたが作ったんですか?」

 

 あなた達の目の前に一人の女性の雪像が立っている。

 ゆんゆんの目を釘付けにしているのは数日前にあなたが庭に作った、身長160センチメートルほどの女性の雪像だ。

 

 この雪像はあなたが信仰する女神を模したものである。

 

 ややふくよかで、少女的で小さな身を清楚な長い衣で包んだその女神の雪像はどことなく幼さを残した風貌で、他の女神達と比較して未発達な体を本人は地味に気にしていたりする。

 しかしその美しい瞳は誰よりも慈愛に溢れており、個性豊かな他の神々や狂信者達の中にあって気苦労も多いにも関わらず人々の心を安らかに導かんとするその姿こそ誰よりも女神に相応しい。

 

 雲のようにふわふわとした重量感のある大きな翼と、小さな翼のような耳は終わりの無い無限の空を想起させ、ウィズと似た波打つ長髪は母なる大海のよう。

 手には聖杯と癒しの杖を携え、雪像であるにも関わらず暖かく微笑む女神の雪像は会心の出来栄えである。

 

 呆然と雪像に手を伸ばすゆんゆんだが、直前でピタリと止まった。

 その視線の先には雪像の前に置かれた注意書きの看板が。

 

 

 

 ――壊さないでください。 by家主

 

 ――作るのに半日以上かかっていました。見た事が無いくらい真剣だったので壊さないでくださいお願いします。 by同居中の友人

 

 ――製作者はアクセルのエースとして有名なあの人です。壊した奴は草の根分けても絶対に見つけ出してOHANASHIだって笑ってました。 by修行中の魔剣使い(ソードマスター)

 

 ――目は笑ってなかったけどな。何でこんなものを作ったんだ。死にたくなかったら絶対に手を出すなよ。ごすはほんとうにあたまおかしいな! by匿名希望

 

 

 

 ゆんゆんはバッと勢いよく手を引っ込めた。

 

「さ、触ってません! 触ってませんよ!?」

 

 悪乗りしたベルディアが大袈裟に書いたせいでゆんゆんに誤解させてしまったようだ。

 ノースティリスの友人達のように故意でなければ壊しても気にしないので安心してほしい。

 あなたは狂信者だがそこまで狭量ではないのだ。

 

「な、なんだ……びっくりしたぁ……」

 

 しかし事故ならともかく悪意の下に故意に破壊された場合、あなたは最悪アクセルの街を更地にする事も視野に入れている。

 更地になるではなく更地にするというのがポイントである。

 勿論あなたは大真面目である。

 狂信者であるあなたは神像を破壊された場合に第二第三のノイエルを作り出すのに躊躇いは無い。

 

 そんな事はおくびにも表情に出さずにあなたは玄関のドアを開けた。

 

「お帰りなさい! ……あら?」

「……店主さん?」

 

 あなたを出迎えたウィズは不思議そうにゆんゆんを見つめ、ゆんゆんは呆然と呟いた。

 どうやら二人は知り合いだったようだ。

 あなたはゆんゆんがウィズの店に来ているのを見た事は無いのだが。

 

 ちなみに今日のウィズの服装は長袖の白のブラウスと黒のジャンパースカートである。

 ベルディアがウィズに聞こえないように小さく呟いた童貞を殺す服という言葉が妙に耳に残っている。だいぶ狂気度が高くなっているようだ。

 

 

 

 

 

 

「それでですね、こちらのゆんゆんさんがあの時私一押しのパラライズの魔法の威力を強化するポーションを買ってくださった方なんですよ」

 

 話を聞けば、やはりゆんゆんはウィズと顔見知りだった。

 といっても数ヶ月前に一度だけウィズの店のお世話になった事がある程度のものらしいが。

 

 アクセルの近くでとある悪魔との決戦を控えていたゆんゆんは強力な魔道具を求めてウィズ魔法店を訪れたのだという。

 

 アクセルに現れた悪魔の話はあなたも聞いた事があった。

 その時期は王都方面で依頼を受けていたので全く関わっていないのだが、ゆんゆんの話を聞くにめぐみんも関わっていたらしい。

 

「あ、あの時は助かりました……あのポーションのおかげで悪魔はちゃんと麻痺しましたっ」

 

 ぺこぺことウィズに頭を下げるゆんゆんにあなたは深く同情した。

 当時ウィズから話を聞かされた時、あなたは買った奴はどうせ碌な目には遭わなかったのだろうなと思っていたがまさかそれがゆんゆんだったとは。

 

 何といっても欠陥品を仕入れる事に定評のあるウィズの一押しの品を買っていったのだ。もう嫌な予感しかしない。

 どうせ相手と一緒に自分も麻痺するとかそういうネタ臭溢れるどうしようもないポーションだったのだろう。

 是非とも買いたかった。

 

 

 

 それはさておき、肝心のゆんゆんとウィズの相性なのだがこれが非常に良かった。

 不憫なアークウィザード同士で波長があっているのかウィズもゆんゆんもあっという間に仲良くなったのだ。

 

 ウィズは慣れているのかゆんゆんの紅魔族特有の名乗りも普通に受け入れたし、ゆんゆんが友達を欲しがっているとあなたに聞かされると一も二もなくゆんゆんの友達に名乗りを上げた。ウィズはあなたとは比較にならない程に善良な女性だし友人の定義もあなたと違って普通なので当然の帰結である。

 

 そしてウィズは聞き上手とでも言えばいいのか、話の続きを促すのがとても上手い。

 

 たどたどしく、それでいて一生懸命話すゆんゆんとそんな彼女の話を本当に楽しそうにニコニコと聞くウィズはまるで長年の友人のようであり、仲睦まじい姉妹のようでもある。

 

 あなたではこうはいかない。ゆんゆんを連れてきて良かったとあなたもついつい頬を綻ばせてしまう光景だ。

 

 街の住人からの人気はあるのに自身がリッチーであるという事を隠しているウィズは心のどこかで負い目を感じているのか、あなたと同じくあまり友人が多いほうではない。きっとこれは二人にとっていい出会いだったのだろう。

 

 

 

 いい出会いといえばキョウヤとベルディアもそうだろうか。

 ベルディアは時々休日に挑んでくるキョウヤを邪険に扱いつつも自分が目標にされているという事実に悪い気はしていないようで手合わせに付き合っている。

 今の所はベルディアの全勝だがベルディアは手合わせの後、キョウヤに長年の戦闘経験で培われた的確なアドバイスを分かりやすく、しかしぶっきらぼうに送っている。

 とんだツンデレデュラハンである。ベルディアの主人であるあなたとしては二人の間に薔薇の花が咲かない事を祈るばかりだ。キョウヤがベルディアに飲み込んで、僕のグラム……とか言い出したらキョウヤを慕う仲間の二人は泣くだろう。

 

 

 

 楽しく談笑を続けるあなた達だったが、ふとしたタイミングであなたについての話になった。

 正確にはあなたとウィズの話になった。

 

「お二人は、その……どういったご関係なんですか? やっぱり、一緒に住んでいるわけですから……」

 

 おずおずと、それでいて興味津々といった風なゆんゆんにあなたとウィズは顔を見合わせる。

 どういった関係と聞かれても答えは一つだ。

 

「私達ですか? 友達ですよ」

「……え、友達!? この人の!?」

 

 にっこりと笑って事実を話すウィズ。

 驚愕の目つきであなたに視線を飛ばすゆんゆんに、あなたは黙って頷いた。

 遊び相手のゆんゆんと違ってウィズはあなたにとって現在この世界における唯一無二の友人である。間違いはない。

 

 そしてあなたの友人であるという事はつまり他の何物にも替えられない大切な存在であり、ウィズの為ならばあなたは世界中を敵に回す事すら厭わないだろう。

 

「ゆんゆんさんも知ってるかもしれませんが、私のお店と家は……その、ちょっと不幸な事故で壊れちゃったんです。なので直るまではお友達のこの人の家にお世話になってるんですよ」

「あ、あのあのっ! ウィズさんはどうやってこの人とお友達になったんですか!?」

「どうって言われても困るんですけど……これといって特別な事は……」

 

 勿論あった。無いとは言わせない。

 だからこそウィズはあなたの友人であり、特別な存在なのだから。

 

「……確かにありましたね。言われてみれば確かにあれが私とあなたの関係の契機だったような気もします」

 

 玄武の採掘でウィズはあなたがノースティリスの人間、つまり異世界人であると知った。

 玄武の依頼を完遂させる為、リッチーというウィズの正体を知る故に口止めは可能だろうと打算込みで素性を明かしたのは今となってはいい思い出だ。

 

 確かに素性を明かした切っ掛けはとてもではないが褒められたものではないだろう。

 ウィズの弱みに付け込む形になったのだからそれは当然だ。

 しかしあの時から自身の正体を知る者を得たあなたは孤独ではなくなったのだ。

 

 無論それが全てでは無いが、あなたがウィズに拘るようになったのはこの件が大きな切っ掛けになっているだろう。

 あれが無ければ恐らく今程あなたとウィズが絆を深める事など無かっただろうし、あなたにとってウィズはただの贔屓の店の店主でしかなかっただろう。

 

 ……そして彼女は今日も砂糖水入りの綿を口に含んでいた筈だ。

 あの光景は今も尚若干のトラウマとしてあなたの心の底に根付いている。

 

「ウィズさん、あの人いきなり遠い目になっちゃいましたけど……」

「……もしかしたらあの時の事を思い出しているのかもしれませんね。詳しくは秘密ですけど、私達はちょっとした大冒険をして秘密を共有して仲が良くなったんですよ」

「わ、分かります! 確かにそれは凄くお友達っぽいですね!」

 

 お茶目にウインクするウィズに大興奮するゆんゆん。

 あなたはあえて彼女達の勘違いを訂正せずに黙っておく事にした。




ゆんゆん「友達が増えたよ!」
サボテン「やったねゆんゆん!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。