このすば*Elona   作:hasebe

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第27話 ウィズのお願い

 この世界の魔法使いはまず基本となるスキル……例えば中級魔法スキルや上級魔法スキルを取得する事で始まる。

 基本スキルは複数の魔法を一度に取得する事が出来て大変お得なのだが、その先の更に強力な魔法はツリー式に派生していくスキル群を取得しなければならない。ちなみにこれは魔法戦士の属性付与スキルも同様の仕様である。

 

 しかし例えば水が苦手な者は氷結や水属性のツリーの魔法を習得する際に常人よりも多くのポイントが必要だったり、最悪習得が不可能になったりしてしまう。逆に得意な属性は楽に習得する事が可能だ。

 ちなみにあなたには得意な属性も苦手な属性も無い。

 

 便利なのか不便なのか若干分かり難い仕様だが、最低でも基本スキルさえ習得していれば魔法使いとして戦えるのでとりあえず戦力外にはならない。

 

 基本スキルのツリーから派生していないスキルも存在する。

 あなたも習得しているテレポートだったりめぐみんが心血を注いでいる爆裂魔法といった高等魔法や純魔法属性……この世界では無属性魔法と呼ばれるそれがこれらに該当する。

 

 これらの他にも各種魔法の魔力消費軽減や威力上昇と言った常時発動(パッシブ)型のスキルも存在し、任意発動(アクティブ)型のスキルを補佐している。

 

 あなたとしては魔法関係の常時発動(パッシブ)スキルがノースティリスの魔法やスキルに乗れば心強かったのだが、残念な事にそれは叶わなかった。まあ愛剣があれば十分すぎるのだが。

 

 常時発動(パッシブ)スキルにはこれ以外にも身体能力上昇や状態異常抵抗を高めるといったものも存在しノースティリスにおける装備のエンチャントの代わりを担っている。

 ノースティリスでは毒や麻痺といった状態異常は装備で防ぐ必要があるので何も装備せずに耐性を獲得出来る常時発動(パッシブ)スキルは利便性でノースティリスを圧倒している。

 

 しかしノースティリスの耐性装備品は状態異常を問答無用で無効化するが常時発動(パッシブ)スキルでは無効化までは出来ないので痛し痒しといったところか。

 

 ここら辺の二つの世界における利便性と性能の違いはスキルの習得に通じるものがある。

 

 これまでの生活や収集した情報から鑑みて、あなたはこの世界のポイントと職業、そしてスキル習得の仕組みを一種の法則(ルール)のようなものだと思っている。

 リンゴが樹から地面に落ちるように、ポイントという目に見えない代価を支払えばスキルを習得出来る。そんなシンプルにして絶対の法則(ルール)

 

 女神アクアのような神々かそれ以外の何者かの干渉かは定かでは無いが、どこかの誰かがそう決めたからこの世界ではそう決まってるのだ。

 

 無論剣術のように努力すればポイント無しでポイントで得るのと同等の技術を得る事は可能だし、ポイントでスキルを取った後に努力すればそれはよりスキルを強力なものとする。

 

 しかし本来であれば弛まぬ努力と修練の果て、あるいは天賦の才のみが得られる技術や魔法をずぶの素人がポイントを支払えば簡単に手に入れる事が出来てしまうのだ。

 

 このように法則(ルール)であるが故にその強制力は理不尽なまでに強い。

 そう、あなたのような異世界の者にすら適用される程に。

 

 対してあなたの扱うノースティリスのスキル取得にそのような法則(ルール)や強制力は存在しない。

 これはノースティリスのスキル取得の際に必要となる物があくまでも本人の努力による技術である事が大きいと思われる。

 

 まあノースティリスでも願いの女神の力でスキルを取得、育成する事が可能だったり能力獲得の巻物というスキルを取得可能な魔法道具が存在するのだがこれは例外だ。基本は自力で何とかする必要がある。

 この世界における努力して技術を習得するのと同じように。

 

 しかしこの世界において二つの世界のスキルを習得しながらノースティリスの武具を装備するといういわば美味しいとこ取りが可能なのは現在この世界で三人だけ。

 

 あなた(廃人)と、ウィズ(リッチー)と、ベルディア(デュラハン)

 改めて考えなくても酷い面子である。

 

 

 

 

 

 

「今ちょっとよろしいですか?」

 

 あなたが自室で復習の為にスキルの教本を読んでいると、ウィズが突然訪ねてきた。

 昼食は先ほど食べたばかりである。何か用事だろうか。

 

「勉強中の所すみません。あなたの世界のスキルについてお話ししたいんですけど」

 

 ウィズはノースティリスのスキルに興味があるようだ。

 彼女の申し出にあなたは構わないと本を閉じる。

 

「ありがとうございます。……以前、宝島で私があなたの世界の魔法を習得出来たじゃないですか」

 

 確かにそんな事があった。

 あの時ウィズが習得したのは轟音の波動。

 使いやすい範囲魔法としてノースティリスでも重宝されている攻撃魔法の一つである。

 

「それで、この前にあなたから錬金術スキルの話を聞いてから思ってたんですけど……あなたの世界のスキルを私にも覚える事が出来たりしませんか?」

 

 それは店で売るポーションを調合する為だろうか。

 店が無いというのに商魂逞しいにも程があるとあなたは苦笑した。

 

「そ、それが無いと言ったら嘘になっちゃいますけど……それ以上に異世界のスキルに興味があるといいますか……勿論錬金術じゃなくてもいいですから」

 

 ウィズの願いにあなたは腕を組んで唸った。

 

 実際にウィズがノースティリスのスキルを習得出来るかどうかだが、これは恐らく可能だろう。

 あなたの考察している法則と技術の違い。そして魔法書の一件からもウィズがノースティリスのスキルを習得出来る可能性は極めて高い。

 

 しかしあなたはギルドトレイナーのようなやり方で他者にスキルを習得させた事が無い。

 あなたは各種スキルを取得しているし特に目的も無く鍛えてもいるが他者に教授するとなると話は別だ。

 

 最も確実で手っ取り早いのは終末で発生する巨人やドラゴンを支配の魔法でペットにしてウィズと遺伝子合成する事だろう。

 

 しかしウィズはペットではなく友人なので却下。

 そんな真似は出来ないしする気も無い。

 

 能力獲得の巻物は持ち歩いていない。

 つくづく願いの杖が産廃になったのが痛いとあなたは内心で臍を噛んだ。

 

 しかしウィズはアークウィザードだし聡明な女性だ。ベルディア曰くリッチーになる前から相当のやり手として勇名を馳せていたらしい。

 あなたのような凡人ではないので手取り足取り指導しなくても自力で何とかなる可能性はあるだろう。

 駄目で元々だとあなたは本棚から三冊の本を取り出しウィズに渡した。

 

「これは?」

 

 あなたがウィズに渡したのは三冊の同じ装丁の分厚い本。

 何度も何度も読み込んだ果てにボロボロになったそれは、あなたがノースティリスから持ち込んだスキルの学習書……いわば教科書だ。

 

 三冊の内訳は錬金術と宝石細工と魔道具。

 どれもこれも学習書無しやレベルアップのボーナス無しではちょっとやってられないレベルで育成が苦行だと冒険者の間で有名なラインナップである。

 

 まあノースティリスで育成が苦行でないスキルなど存在しないのだが。

 わくわくと学習書を開くウィズを尻目にあなたは今までの作業を思い返してつい溜息を吐きたくなった。

 

「…………」

 

 ウィズは暫くぱらぱらと学習書を流し読みしたが、すぐに閉じてしまった。

 その顔には落胆の表情がはっきりと浮かんでいる。

 何かまずい事でも書いてあったのだろうか。

 

「……書いてある文字が読めませんでした」

 

 ああ、そういえばそうだったとあなたは手を打った。

 魔法書と違って学習書はノースティリスの文字で書かれているのだからウィズが読めないのは当然だ。玄武の時はちゃんと考えていたがウィズに慣れすぎたせいか今はすっかり忘れていた。

 あなたは世界転移の際に翻訳の魔法をかけられているので文字も言葉も分かるがウィズはそうはいかないだろう。そしてこの世界に翻訳魔法スキルがあるという話をあなたは聞いた事が無い。

 

「えっと……やっぱり無理な感じですか?」

 

 読める自分が口頭で読み上げてウィズがそれを書き記せばいいだろうとあなたはウィズの諦めかけている言葉を一蹴した。

 もしくはあなたが自分で写本を作るか。

 

 

「ぜ、前者でお願いします。……でも本当にいいんですか?」

 

 どうせこちらは音読するだけなので構わない。

 この場合、むしろしんどいのは書き記すウィズの方だろう。大丈夫だろうか。

 

「私は勿論全然構わないんですけど……言い出したのは私のほうですし。でも、本当にいいんですか?」

 

 量が量なので多少時間を拘束されるだろうがウィズの為ならばこの程度はお安い御用である。

 

 それによくよく考えてみればこれはあなたにとっても損な話ではないのだ。

 もし魔道具の学習書の写本が完成すればそれはウィズだけでなく、あなたのペットであるベルディアの益になるかもしれないのだ。

 ウィズがノースティリスのスキルを会得出来た時、スキルでどんな品を作ってくれるのかも興味がある。

 

 そうと決まれば話は早い。早速始めようと思った所であなたは写本用の紙など持っていないと気付いた。

 聞けばウィズは持っていたが例の水害で全滅してしまったという。仕方が無い。文房具屋で買ってくるとしよう。

 

「あ、じゃあ私も一緒に行きます。私が言い出した事ですからせめて荷物持ちくらいはさせてください」

 

 あなたは外は寒いし別に気にしなくていいと言ったのだが、ウィズは頑として譲らなかった。

 

 そんなわけであなたとウィズは二人で雪のアクセルに繰り出す事になったのである。

 

 

 

 

 

 

「……あれっ、あそこにいるのってカズマさんじゃないですか?」

 

 ウィズと共に写本用の紙を買いに赴く道中、あなた達は偶然カズマ少年の姿を見つけた。

 いつものメンバーではなく、二人の男性とこそこそと路地裏の奥に目を向けているようだ。

 

 直接会話した事こそ無いものの、あなたは彼らの事を知っていた。

 確か彼らはキースとダストという名だったか。

 彼らは腕利き冒険者としてアクセルでもそれなりに名前が売れているパーティーだ。

 

 どうやら三人はあの路地裏の奥に用事があるらしい。

 

 彼らが興味津々なあの場所には何があるのだろうか。

 あなたはウィズに聞いてみる事にした。

 

「すみません、私もちょっと知らないです。というかあそこで誰かがお店をやっているという話は聞いた事が無いんですよね……」

 

 そんな話をしながらあなたとウィズが三人に声をかけることも無く見つめていると、最初にカズマ少年があなた達に気付いた。

 あなたが手を上げて声をかけるとカズマ少年は気まずそうに目を逸らした。

 

「カズマさん、こんにちは」

「よ、よう、二人とも……」

 

 カズマ少年の態度がぎこちないのは誰の目にも明らかだ。

 きっと借金の件で直接ウィズと顔を合わせるのが気まずいのだろう。

 

「あっ……す、すみませんカズマさん……私のお店のせいで大変な事になってしまって……やっぱり今からでも借金は帳消しに……」

「いやいやいやいや待て、お願いだから待ってくれウィズ! 借金はちゃんと払うからそんな水くさい事言うなって!」

 

 カズマ少年が異常なまでに必死である。

 借金を返済せねば自分は必ず死ぬと言わんばかりの必死さである。

 

「おいアクセルのエース。ちょっと顔貸せや」

 

 何者かがあなたに声をかけてきた。

 誰かと思えばキースとダストがあなたを手招きしている。

 

「ダスト、キース……お前ら、死ぬのか……?」

「し、死なねえよ!? 俺はこいつに話があるだけだから! いざとなったら靴を舐めても命乞いするっつうの! カズマはちょっと店主さんと世間話してろ!」

 

 という事らしい。

 少し心配そうなウィズに大丈夫だと手をひらひらと振って応える。

 

 あなたは二人に誘われるままに路地裏から離れる。

 そうしてウィズに声が届かないであろう距離まで離れると二人は深い溜息を吐いた。

 

「……ちっ、店主さんと一緒じゃなけりゃ適当に絡んで嫌がらせ出来るってのによぉ……お前ほんと止めろよこういうの。やりにくいったらありゃしねえ」

「ダストの言うとおりだ。よりにもよって店主さんと一緒に現れるとか何なんだアンタ。新手の嫌がらせか何かか? 俺達みたいなのにそれは効果抜群だからな?」

 

 あなたには二人が何を言っているのかまるで理解出来なかった。

 この路地裏の先にある場所に何か関係があるのだろうか。

 

 そんなあなたの問いにキースとダストはあなたを理解出来ない生き物を見る目で見た。

 

「…………お前それマジで言ってんのか? 今まであの店に一回も行った事無いのか? 本当に? ……お前大丈夫か? マジで頭おかしいんじゃないのか?」

 

 ダストがいよいよ可哀想な生き物を見る目になってきた。

 そういうのはゆんゆんにやってあげてほしい。

 

「あの店が目当てじゃないってんならなんでアンタは一年近くもアクセルを拠点にしてるんだよ。真面目な話、王都とかの方が稼げるだろ」

 

 何故と言われてもアクセルにはウィズの店があるから拠点にしているだけだ。

 どうせ王都にはテレポートを登録しているのでいつでも行ける。

 

「あーはいはい、そういう事ね……」

「見せ付けてくれやがって……」

 

 地面に唾を吐きかけるキースとダスト。

 自分達から聞いておきながら酷い対応だ。

 まるで場末の酒場に出没する安いチンピラのようである。

 

「……まあ、なんだ。アンタにゃ縁が無いだろうが、世の中には女が来ちゃいけない場所があるって事くらいはアンタにも分かるよな?」

「アクセルにもあるってだけの話だよ。……ちっ、いちいち言わせんな恥ずかしい」

 

 あなたはなるほどと頷く。

 あの先はつまり“そういう場所”らしい。

 確かにウィズには話せないしあなたには縁の無い場所だ。

 駆け出しの頃であれば通い詰めだったかもしれないが。

 

「今は店主さんがいるからこうして穏便に教えてやってんだ。ここの事は絶対に女に話すなよ。話した瞬間アクセル中の男冒険者がアンタの敵になると思え」

 

 あなたは何も言わずに頷いた。

 

「よし、さっさと店主さんを連れてどっかに行っちまえ。俺らは寂しく……」

「オイ待てキース。新手のリア充様のお出ましだ」

 

 ダストの目が途端に険しくなった。

 その鋭い視線はある方向を向いていた。

 あなたとキースが釣られてそちらを見れば、そこにいたのは和気あいあいとやってくるあなたもよく見知った三人組の男女の姿。

 

「こんな場所で奇遇ですね、こんにちはウィズさん……と、佐藤和真」

 

 グラムの所有者であるキョウヤと彼の仲間であるフィオとクレメアである。

 普通に挨拶してきたがキョウヤ達はウィズと顔見知りである。

 ベルディアと戦う際にあなたの家を訪ねてくるのだから同居しているウィズと顔を合わせるのは当然だ。

 

 ちなみにあなたはまだグラムを返却していない。

 神器を手に入れるのは難航しているようだ。

 

「こんにちは、ミツルギさん、クレメアさん、フィオさん。三人でお買い物ですか?」

「いえ、美味しい食事を出す店を見つけたので二人にご馳走しようと思って。ウィズさんと佐藤和真はここで何を?」

「オイ待て。俺だけ呼び捨てなのは百歩譲って受け入れるがお前は何でフルネームで俺の名前を呼ぶんだよ」

「いや、ついなんとなく。じゃあえっと……佐藤?」

「……やっぱ今のままでいいわ。なんか分からんけど違和感が酷い」

 

 女神から賜った神器であるグラムを窃盗した、された間柄であるにも関わらず意外にも互いに隔意は抱いていないようだ。

 キョウヤ曰く二人は同郷の出身らしいのでそれが関係しているのかもしれない。

 

「というかお前は何でアクセルにいるんだよ。折角のチート特典持ちのソードマスターなんだからもっと王都とかで好きなだけ俺TUEEEやってろよ」

「カズマさん、ミツルギさんは時々私の家……じゃなかった、私が今住んでる家……つまりあの人の家に来るんですよ」

「え、なんで?」

 

 ポカンと疑問符を浮かべるカズマ少年にキョウヤはやれやれと溜息を吐いた。

 

「……呆れたな。君は自分でやった事も忘れたのか?」

「忘れた。俺何やったんだっけ」

「き、君って奴は……! アクア様への態度といい本当に、もう……」

「魔剣はまだあそこにいるエースの人が持ってんのよ! アンタが盗んで武器屋に売っぱらっちゃったせいでね! おかげでキョウヤは今も滅茶苦茶苦労してるんだから!!」

 

 あなたを指さしてカズマ少年を糾弾するのは盗賊の少女、フィオだ。

 それを見てキースとダストがウィズに聞こえないようにざまぁと小さく嗤った。

 中々にイイ性格をしている。キョウヤに絡んでいかないのはウィズがストッパーになっているからだろうか。

 恐らくウィズが去った瞬間に二人はキョウヤに全力で絡んでいくだろう。

 二人ともいっそ清々しさを感じるくらいに小悪党だった。

 

 あなたは二人のような人間が嫌いではないというかむしろ大好きだった。

 ノースティリスの友人達は廃人達の最後の良心ことエヘカトルの狂信者以外、全員がぐうの音も出ない畜生なので仕方が無い。

 

 

 

「あ、あぁー……そういえばそんな事言ってたっけ。まあ、なんだ……ドンマイ。あれは勝負の結果ああなっただけだから俺は悪くないぞ?」

「分かってるし蒸し返す気も無いから養豚場の豚を見るような目で僕を見るのは止めてくれ。一応他の神器と交換してくれると話はついているんだ。僕がアクセルにいるのはグラム無しで冬に王都で活動するのは負担が大きいと思ったのと、あの人の仲間に鍛錬を付けてもらう為だ」

「ウィズの事か?」

「いや、ベアさんだ」

「熊!? あの人熊飼ってんのか!?」

 

 キョウヤの言にカズマ少年とキースとダストの視線があなたに集中した。

 

「熊って。熊ってお前。流石の俺もそれは引くわ」

「一撃熊でも調教してんのか……?」

 

 キースとダストはドン引きしている。

 話す気は無いがあなたのペットはただの元魔王軍幹部である。

 そして今のベルディアなら一撃熊くらいなら余裕だろう。

 

「違いますよカズマさん。ベアさんは、えっと……何て言えばいいのか……」

「熊みたいにでっかい頭のおかしい剣士よ」

「そうね、事あるごとにキョウヤに爆発しろって言ってる嫌な奴だわ」

「フィオ、クレメア。ベアさんは確かに僕に一体何の恨みがあるんだ畜生って言いたくなるくらいに厳しいけど悪い人じゃないし僕の剣の師匠でもあるんだからそんな言い方は……」

 

 キョウヤはともかく、仲間の二人のベルディアへの好感度は地の底だった。

 最近は毎週の如くキョウヤを叩きのめしているのだから無理も無い。

 ただ折角の休みを潰された挙句嫌われるベルディアが若干不憫ではあった。

 

 

 

 

 

 

 カズマ少年やキョウヤ達と別れた後、写本用の紙を購入したあなたとウィズはアクセルの街を散歩していた。

 ウィズの両手には買い込んだ筆記具や帰り道で買った食料の袋が。

 

「ここら辺はあんまり雪の被害が無かったみたいですね」

 

 道すがら、ウィズはほうっと白い息を吐きながらおもむろにそんな事を言った。

 

 冒険者を含む街中の住人が総出で雪かきを行った結果、アクセルの街は割とすぐに街としての機能を取り戻した。

 しかし豪雪は未だアクセルの街の多くの家屋に深い傷跡を残したままだし、更に寒さの為か人も殆ど出歩いていない。

 

 ウィズはいつもの黒いローブを着ている。

 今更だが寒くないのだろうか。

 

「ほんとに今更ですね……。でも私は大丈夫ですよ。中に着込んでますので」

 

 言われて見れば確かに今日のウィズはいつもよりふっくらしている気がした。

 

「ふ、太ってませんよ!? もし仮に体重が増えたとしてもそれは標準域に戻っただけですし……ご飯が美味しいのが悪いだけですし……」

 

 誰もそんな事は言っていない。

 というかノースティリスと同じくこの世界のアンデッドも痩せたり太ったりするのだろうか。

 もしそうならば極貧生活を送っていたウィズはガリガリになっていなければ辻褄が合わないにも関わらずそんな気配は無かった。これは一体どういう事なのか。

 

「…………あなたは時々平気でそういう事を言っちゃいますよね。確かに私はアンデッドですが、それ以前に二十歳の女なんですけど」

 

 あなたの指摘にウィズはジト目であなたを睨んだ。

 

 心なしか更に周囲の気温も下がってきている。

 この話題は止めておくのが賢明だろう。

 

「まあいいんですけどね。私も似たようなものですし。仲間によくウィズはデリカシーが足りないとか鈍感にも程があるって怒られたりしましたしね」

 

 苦笑しながら、しかし懐かしそうに目を細めるウィズ。

 その瞳はどこを見ているのか。今か、あるいは輝かしい過去か。

 

 あなたはそんなウィズを見てふと思った。

 自分がウィズの現役時代に知り合いだったらどうなっていたのだろうか、と。

 

 魔法道具店をやっていない以上、今のように友人になっていたとは思えない。

 しかし自分が今ほど逸脱してしまう前、例えばレシマスを制覇した時期に彼女と出会えばあるいは…………。

 

 

 

「どうしました?」

 

 

 

 突然立ち止まったあなたにウィズが振り返って首を傾げる。

 何でもないとあなたは誤魔化して再びウィズの隣に並ぶ。

 

 もしもの話は嫌いではない。

 しかし時は止まれども戻る事は無い以上詮無い話だとあなたはそれ以上この事を考えるのを止めた。


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