このすば*Elona   作:hasebe

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第32話 祭りだワッショイ

 己の耳がおかしくなってしまったのだろうか。

 そんな雰囲気が静寂と共に場を支配している、とあなたは感じた。

 

 ポカンと互いの顔を見合わせているあなた以外の冒険者達。

 困惑する冒険者達を見てニコニコと満面の笑みを浮かべているルナ達ギルド職員に嫌味や皮肉といった感情は無い。

 

「……すみません、もう一度お願いします」

 

 誰かが震える声でそんな問いかけを放った。

 そして、その問いかけにルナは嫌な顔一つする事なく、先の発言と全く同じそれを繰り返した。

 

「特別指定賞金首、機動要塞デストロイヤー。討伐賞金は三十億エリスです。今回は全冒険者が大なり小なり活躍しましたので、報酬は全員均等にさせて頂きます。クエスト参加者は百三十五名。ギルドからも報酬を少し足させて貰い、キリのいい所で、参加者全員にお一人二千三百万エリスの支給となります」

 

 ルナの発言に問いかけを行った者がゴクリ、と唾を飲み、そして……。

 

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

 

 ギルド内に歓声が爆発した。

 冒険者達が嬉々として受付の職員の元へと殺到し、多額の報酬を受け取る為に行列を作る。

 無論あなたも同様に。

 

「はい、二千三百万エリスになります。お望みならウィズ魔法店の店主さんの分の報酬も一緒にお渡ししますが、お受け取りになられますか?」

 

 わざわざ二度手間をかける事は無いので貰っておく事にした。

 しかし、参加したベルディアの分の報酬は無いのだろうか。

 今日が報酬の支払日という事で鍛錬を休みにしているのだが。

 

 あなたのそんな質問にルナは若干表情を曇らせてこう言った。

 

「デストロイヤー攻略に参加されていたベアさんの事なのですが、ウィズ魔法店の店主さんと違いベアさんは冒険者資格を所有されていませんでした。ですので大変申し訳ないのですが……ギルド側からは報酬の方が……」

 

 そういう事であれば仕方が無いだろう。

 確かにベルディアは冒険者ではないし、ギルドに登録などしていないし、あなたはこの先も登録させるつもりは無かった。

 

 何故ならベルディアはアンデッドで、更に元魔王軍幹部という人類の敵だ。

 それもアクセルの街で魔法道具店を開いていた人畜無害を絵に描いたようなウィズと違い前線でバリバリ活躍していた高額賞金首。

 冒険者に登録などしようものなら何が起きるか分からない。むしろ普通に素性がバレそうである。

 

 ノースティリスでも依頼を達成してもペットに報酬は無かったのでギルドの裁定に従うのに否は無い。

 だが、作戦に参加しておきながら一人だけ何も無しというのはかわいそうなので、あなたはベルディアの報酬は自腹を切る事にした。具体的には自分の報酬二千三百万エリスを丸々渡すつもりだ。

 ペットを育成する為にペットに資金を渡すのはよくやっていた事だし、依頼三昧の日々で膨れ上がった貯金は相当の額に上っている。

 ウィズの店で放出する事が無くなってしまったので、結果的にあなたの資産は膨らむばかりだったのだ。

 

 思えばベルディアに小遣いを渡した事は一度も無かった。育成中なので毎日が終末だし、ベルディアが何かを欲しがった時は適宜あなたが買っていたので当たり前なのだが。

 顔合わせを済ませた以上これからは外に出かける事も増えるだろう。現金は持たせておいた方がいい。

 

 早速自分の報酬の使い道を決めたあなたはウィズに大金を渡そうと帰宅を始めたのだが、出入り口近くのテーブルで大量のエリスを抱え満面の笑みを浮かべた女神アクアがはしゃいでいるのを見かけた。

 

「二千三百万! どうしよう二千三百万エリスよカズマ! 何を買おうかしらね! ……とかなんとか言いながら実は私はもうこのお金の使い道を考えているのでした!!」

 

 女神アクアは受け取った大金をテーブルに置き、併設された酒場のウェイトレスに飲み物を頼んでいた。流石にこんな時間から酒盛りを始めるつもりは無いようだ。

 

「なあ、アクア」

「どったの?」

 

 首を傾げながら飲み物のストローを口に咥える女神アクアにカズマ少年は片手を差し出す。

 

「お前の報酬を寄越せ。お前がぶっ壊したウィズの店の借金を少しでも返したいから」

「…………」

 

 一瞬で女神アクアから笑顔と目の光が消えた。見ているだけでこちらが悲しくなってくるテンションの下落っぷりである。

 数秒ほど固まった後、女神アクアはそっぽを向いてストローで飲み物を吸い始めた。

 

「あーあーきこえなーい。ワタシニホンゴワッカリマセーン」

「こんっのクソアマ!! めぐみんとダクネスは借金返済の足しにしてくれって報酬全額渡してくれたんだぞ!? つーかお前がぶっ壊したんだからお前が払うのが筋ってもんだろうが!!」

「い、嫌よっ! このお金はちゃんと使い道が決まってるの!! この街の冒険者達がデストロイヤーをやっつけた事は近隣に知れ渡ってるの! それでお金いっぱいの私達目当てに珍しい物を持った商人達がいっぱい来てるの! その中でも私凄いの見つけちゃったのよ! なんとドラゴンの卵を売ってる店があったのよ!!」

 

 カズマ少年に報酬を奪われまいとテーブルのエリスの上に覆いかぶさるようにして防御しながら女神アクアはドラゴンの説明を始めた。

 借金の返済についてはウィズが無利子無担保かつ無期限でいいと言っているが、額が額なので早めに減らしておいた方がいいと思うのだが。

 

「いい? きっと常識もろくすっぽ勉強してないだろうアンポンタンのカズマに私が教えてあげるわ。ドラゴンの卵っていうのはね、それはもう凄く高いの。普通なら億は下らない代物なの。それが売りに出されてるのよ? ドラゴンよドラゴン。ワクワクしない?」

 

 卵一個で億とはこれまた眩暈がしてきそうな話である。

 しかし、ドラゴンの卵とは女神がそこまでして欲しがるほどのものなのだろうか。

 ノースティリスではドラゴンの卵など媚薬をぶつければ幾らでも手に入るので、あなたにはそこら辺の感覚がイマイチ分からなかった。

 何よりドラゴンなど終末で呼べば一山幾らといった勢いで無尽蔵に湧くのでそこら辺の野良猫の方がまだ新鮮味がある。

 

「……その卵、幾らするんだ?」

「今回のクエストで冒険者達が受け取った報酬全額と引き換えでいいんですって! 何でそんな値段にするのかって聞いたら、前途ある冒険者達にドラゴンを育ててもらって、魔王との戦いに備えて欲しいからそんな破格で売ってるんですって! これはもう買うっきゃないと思わない!?」

 

 カズマ少年が女神アクアに掴みかかった。

 気持ちはとてもよく分かる。女神アクアは折角の大金をドブに捨てようとしていた。

 ウィズの友人であるあなたとしても、そんなものを買うくらいならばウィズの店の借金返済に充てて欲しいというのが正直なところである。

 

「あからさまに詐欺じゃねえかふざけんな!! いいから寄越せ!! あんまりワガママばっかり言うようならマジでお前のビラビラをかっぱらって売り払うからな!!」

「わあああああああああああああああああーっ!!」

 

 若干女神アクアが不憫になったが、これは彼らのパーティーの問題であり全く無関係ではないとはいえ、あなたが口を出すべき話ではないだろう。

 あなた個人としてもウィズの資産が増えるのは喜ばしい。

 なのでせめて奉納する酒だけは立派なものを選ぼうと、あなたは泣き喚く女神アクアにこっそりと誓った。

 

 

 

 

 

 

 報酬の二千三百万エリスを前にしたウィズは目をキラキラと輝かせて喜んだものの、流石にいつぞやのように卒倒はしなかった。

 

「これだけあれば結構な数の商品を仕入れる事が出来ます! こうしちゃいられません、早速このお金で珍しい物を仕入れに行かないと!」

 

 商魂逞しいウィズは祭の出店に多大な期待を寄せているようだ。

 あなたとしてもウィズの店が半壊して以来、久しぶりに珍品の数々を手に入れる機会に心を躍らせていたりする。

 偶然か、あるいは商人たちは冒険者達にクエスト報酬が振り込まれる日を知っていたのか、アクセルは今日からが本格的な盛り上がりを見せているようである。

 

 外の騒がしさにふと窓の外を見ると、子供達や近所の者が楽しげにどこかに駆けて行く姿が見えた。

 

「あの……あなたはこの後に何か予定が入ってたりしますか?」

 

 どこか緊張している様子のウィズにあなたは首を横に振った。

 誰とも会う約束はしていないし、ギルドで報酬を受け取ってそのまま帰ってきたので依頼も受けていないのだ。

 このまま街中に繰り出そうかと思っていたところである。

 

「じゃあ、えっと……もし良かったらですけど、私と一緒にお店を見て回りませんか?」

 

 自分でよければ喜んで付き合うとあなたは笑った。

 友人と祭を見て回るのはきっと楽しい筈だ。

 花開く、と形容出来そうなウィズの笑顔を見て、あなたは祭への期待に胸を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 ちなみにベルディアは賞金を渡されると

 

「べ、別に嬉しくなんてないんだからなっ!!」

 

 と無言で腹部を殴打して臓物をぶちまけたくなる台詞を吐いて出て行ってしまった。

 台詞はともかく喜んでくれたようで主人としては何よりである。

 

 

 

 

 

 

「うわあ、本当に色んなお店がやってますね」

 

 あなた達が街で最も賑やかになっている区画に繰り出すと、そこはやはりお祭り騒ぎになっていた。

 見た事の無い食べ物を扱っている露天商やフードを被った怪しげな店主が魔道具を売っている店。

 パフォーマーが路上で芸をやっておひねりを貰っていたりもする。

 

 更にあちこちで冒険者と思わしき見覚えのある者達の姿もちらほらと見かけている。

 

 ノースティリスの冒険者と同じくこの世界の冒険者も刹那的に生きる傾向があり、金使いも荒い。

 しかし、この世界の冒険者は様々な街で活動する為に、基本的に自宅などの特定の拠点を持たず、日々を宿で過ごしている。

 

 あなたも重宝しているテレポートの魔法を使えれば一箇所に腰を据えるのも楽なのだが、テレポートを習得可能な職業は少なく、その高い利便性に比例した習得難易度から実際に習得している者は更に少なくなる。

 

 死ねば終わるのだから貯め込んでも無意味だとばかりに、彼らは依頼で稼いだ金を家ではなく酒や装備、魔道具の為に放出するのだ。

 家を買う冒険者などテレポート持ちやカズマ少年のようなごく一部の例外、あるいは様々な理由で冒険者を引退した者くらいである。

 こういう細かい所にも互いの世界の技術の違い、そして死ねば終わりという命の価値の重さが現れていると言えるだろう。

 

 それはデストロイヤー討伐の報酬を受け取ったアクセルの冒険者達も例外ではなく、彼らもまた今回の報酬を酒や装備に還元している。

 そんな冒険者達に期待して商売人たちが集まるのは当たり前といえば当たり前の話だった。

 

 そして、金使いが荒いといえばあなたの横にもう一人。

 

「あっ、ちょっとアレを見てください!」

 

 ウィズが指を指す方向に目を向ければ、露店の一角にぽつんと佇む一つの店が。

 店主と思わしき黒髪の無精髭を生やした壮年の男性はやる気無さげにキセルを吹かしており、とてもではないが商売人といった感じには見えない。

 並べている商品は拳大のマナタイト結晶が二個。

 ゆんゆんが持ってきたマナタイト結晶よりも更に強い魔力を感じる。

 

「最高純度のマナタイト結晶ですよ! まさかこんな所でお目にかかれるなんて……!」

 

 言うが早いか、ウィズは露天に駆けて行ってしまった。

 

「店主さん、これお幾らですか?」

「ん? ああ……買うなら一個一千万エリスだ。びた一文まからんぜ」

「びた一文?」

「簡単に言やあ、俺の国で一エリスも値下げしないって意味だ」

 

 一千万エリス。

 一個一千万エリスである。

 この二個買っただけで今回のクエストの報酬のおよそ九割が吹き飛ぶ額である。

 あなたには市場価格など分からないが、質次第で小さな石程度の大きさでも数百万エリスで売れるらしいので一応お買い得と言えるのだろうか。

 

「とんでもない! お買い得なんてものじゃありませんよ!?」

 

 店主は気まずそうに目を逸らしながらぼりぼりと頭を掻いた。

 

「ここだけの話、最低一千万で売れってカミさんに言われてるんだわ。さっさと売って家に帰りたいからこの値段で売ってるんだ。こんな時期に露店とか寒くてかなわん」

「二つとも買います!」

「あいよ、まいどあり!」

 

 両者とも嬉々として商談を終え、店主は本当に帰りたかったのか早速店じまいを始めてしまった。

 これでカミさんにどやされないで済むぜ、なんて笑いながら。

 商売人というよりは職人といった風貌の男性だった。

 

 掘り出し物を見つけてご機嫌なウィズと共に散策に戻る。

 珍しく鼻歌まで歌うくらいなので相当なのだろう。

 

「これ程のマナタイト結晶なら一つにつき千五百万エリス……いえ、もっと高い値段を付けてもボッタクリにはなりません。これならきっとあなたも喜んでくれますよね?」

 

 仕入れる品に難がありすぎるだけで、ウィズの目利き自体は確かである。

 きっとその額でも売れるといえば売れるのだろう。

 しかし、ニコニコと問いかけてくるウィズに少し落ち着いて欲しいとあなたは諌めた。

 自覚は無いようだが、ウィズは今とてもおかしな事を言っている。

 買うのはいいのだが、まさかそんな理由で買ったとは思わなかった。

 ウィズの商才の無さは本当に底知らずである。

 

「買ってくれないんですか……? 本当にいい品なんですよ?」

 

 しゅんとするウィズ。

 買いたくないわけではないが、それはそれ、これはこれだ。

 欲しいのならばこの場で自分で買えば良かったのである。

 同額ならまだしも、何故わざわざ同居中で更に現在行動を共にしているウィズから高値で買い直さなければならないのか、これが分からない。

 これではウィズに数百、あるいは数千万エリスの現金を直接渡すのと何も変わらない。

 

「え? あっ……確かにそうですね……折角掘り出し物を見つけたと思ったんですが……」

 

 言われて気付いたとばかりにウィズは苦笑してしまった。

 あなた以外の客に売るという選択肢は無いらしい。

 

「今はお店が無いですし……そもそもあなたもよく知っている通り、お店が無くなる前からお客さんはあなたしかいなかったですし……」

 

 同居している事といい、ウィズはいよいよ自分専属の魔法道具屋になってきたかもしれないとあなたは感じた。まるでノースティリスの自宅のようである。

 とはいってもこれはウィズの家と店が復旧するまでの話だろうが。

 ウィズの家が直るのは紛れもない吉事なのだが、あなたはどういうわけかそれが少しだけ残念に思えた。

 

「で、でもきっとお店が直ったら買ってくれるお客さんがいますよね! なんたって最高品質のマナタイト結晶なんですから!!」

 

 確かに売れるのだろう。

 アクセルが駆け出し冒険者の街でなければ。

 

 ところでそのマナタイト結晶を一個でいいので一千万エリスで売ってほしいと言ったらウィズはどうするのだろうか。

 

「え、あなたも買いたかったんですか? なら言ってくれれば良かったのに」

 

 言う前にウィズが一瞬で商談を終えてしまったのだ。

 ちなみに買うのはちゃんとした理由があり、報酬を一瞬で吹き飛ばしたウィズに同情したからではない。

 

「あの、何に使うのか聞いてもいいですか?」

 

 話すのはいいのだが、その前に確認しておきたい事があった。

 このマナタイト鉱石でアクセサリーなどの装備品を作ろうとした場合、それは今のウィズでも満足のいく品になるのだろうか。

 

「それは勿論ですよ。なんたって一個あれば家を建てられる最高品質のマナタイトですからね。これを使って作る装備品より上の物なんてそれこそ神器くらいなものですよ」

 

 十分使用に堪える代物らしい。あなたはマナタイト結晶を売ってもらう事にした。

 結晶の一つと千万エリスを交換しながらウィズに己の意図を話す。

 

 あなたはこのマナタイト結晶を竜鱗装備を作ってもらった工房に持ち込んで、ウィズの装備品を作ってもらうつもりだったのだ。

 

「わ、私のですか!?」

 

 デストロイヤー攻略の時に思ったのだが、ウィズは他の魔法使いのように杖や魔道具を装備していない。

 リッチーであるウィズは何も使わずとも十二分に強いだろうし実際に強かったのだが、それでもあなたは気になってしまったのだ。

 

「それは……私は現役を引退してるわけですから。当時使っていた装備は仲間にあげちゃいましたし」

 

 大方そんな所だろうとは思っていた。何しろ街の危機に何も使わないくらいなのだから。

 ノースティリスから強力な杖を持ち込んでいればウィズに渡していたのだが、刀剣類以外の武器は使うと愛剣がストを起こすので持ち込んでいない。

 この世界に来る前に探索していた場所で手に入る、狂気の杖と呼ばれる魔法の威力を強化する神器を拾っていればと思う事頻りである。アレは幾らでも手に入るし、ウィズはアンデッドなので相性も良かった筈だ。

 

 しかし、無いものは無いのでどうしようもない。

 故にあなたはウィズの装備を用意するつもりなのだ。

 

「……一応聞いておきますけど、もし無くても私は大丈夫ですって言ったら止めますか?」

 

 ウィズが自分で最上級の装備を調達出来ると言うのならば多少は考えるが、まあ無理だろう。

 どれだけの資金が必要になるのかという話である。

 であれば止めるわけが無い。食料を供給したのと同じように、これはウィズの為でもあると同時にあなたの為でもあるのだから。

 ウィズがこの先一度も戦線に立たないというのなら話は別だが、ウィズはあなたに力を貸してくれると言っている。つまり戦う可能性があるのだ。

 例えウィズがリッチーであったとしても、助力を要請する側として装備を用意しない理由は無い。

 大体にして。自身に助力してくれると言っている友人に、少しでも楽をしてもらう為にいい物を装備してもらいたいと思うのは間違っているのだろうか。異論があるのならば聞くが。

 

「……ありません。ええ、あるわけが無いじゃないですか……私がとってもとっても心苦しいという点に目を背ければの話ですけど」

 

 先にも言ったとおりこれはウィズの為であるのと同時にあなた自身の為でもある。

 どうしてもと言うのなら装備品は必要に応じて貸すだけに留めておくが。

 

「是非ともそっちでお願いします。もし私しか使わないのだとしても譲渡と貸与では相当の違いがありますから。主に私に与える心理的影響に大きな差が出ます」

 

 真顔での即答だった。

 本人も言っている通りどうせ使うのはウィズしかいないだろうし、そもそもウィズ以外に使わせる気も無いがまあいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 あなたとウィズはそれからも様々な露店を見て回って思い思いに買い物をしていたが、ふと一際目立つ人だかりを発見した。

 特筆すべき点としてギルドでよく見かける、つまり冒険者達が集まっている事が挙げられる。それも前衛の屈強な男ばかりが。

 

「やけに人が集まってますね。何をやってるんでしょうか」

 

 気になったあなた達が人だかりに近付くと、露天商と思わしき男が声を張り上げた。

 

「さあ、次の挑戦者はー! 次の挑戦者はいませんかー!?」

「おし、次は俺が行くぜ!!」

 

 威勢よく前に躍り出たのはガタイのいい大男。

 普段着とはいえ前衛職なのは素人の目にも明らかだ。

 

 そんな彼は、露天商が用意した大型のハンマーを持つと、地面に向けて勢いよく振り下ろす。

 

「だあああああああああああ!!!!」

 

 気合い十分な掛け声と共に振り下ろされたハンマーの先には何かの石があった。

 ハンマーが石に叩き付けられ、大きな音とともに小さな火花が飛び散るも、石は無傷のまま。

 

「くそっ、滅茶苦茶硬え……」

 

 男は悔しそうに引き下がり、露店商は再び大声で呼び込みを始めた。

 

「残念、今回のお兄さんも無理でした! さあ次の賞金は二十四万エリス! 参加費は一万エリスだよ! お客さん一人が失敗する毎に五千エリスが賞金に上乗せされます! 腕力自慢はいませんか!? 魔法を使っても結構です! これを破壊出来る人は一流冒険者を名乗っても良いくらいの硬度を持つ、あの有名なアダマンタイト! さあ、ご自分の腕を試してみたいと思いませんか!?」

 

 あなたもよく知る形の出し物を行っていたらしい。

 ノースティリスでもああいう腕試しはよく行われていた。

 ちなみにあなた達は出禁を食らっている。

 

「アダマンタイト鉱石ですか。小さいけどちょっと勿体無いですね」

 

 露店商曰く魔法なら使っていいらしいので、ウィズなら行けるのではないだろうか。

 爆裂魔法ならば余裕だろう。

 

 あなたの言葉にウィズは

 

「爆裂魔法はやりすぎですよ。爆発……いえ、炸裂魔法でも十分すぎます。でも私はほら、ちょっとワケ有り(リッチー)じゃないですか。だからこういう催し物に参加してお金を貰うのは何かちょっとズルい気がするんですよね……」

 

 そう言って苦笑する。

 

 いわゆるレギュレーション違反というやつだろうか。

 愛剣や神器を使ってアダマンタイト鉱石を破壊するようなものだ。

 しかし、露店商は魔法で破壊していいと言っているので、ウィズは気にしすぎだと思うのだが。

 

 あなた達がそんな事を話している間に、いつの間にか賞金は三十万エリスを超えていた。

 騒ぎを聞きつけた観衆もどんどん増えていき、露店商は更に場を盛り上げるべく声を張り上げる。

 

「この街の冒険者には、アダマンタイトは荷が重かったでしょうか! 機動要塞デストロイヤーをも倒したと聞き、わざわざこの街にやって来たのですが? さあ、このまま誰にも破壊出来ずに終わってしまうのでしょうか! さあ、さあ、さあっ……! 我こそはと名乗りを上げる挑戦者はいないのかっ!?」

 

 露店商の煽りじみた口上がいよいよ絶好調になる中、冒険者達は互いに突き合い押し合っている。

 

「お前が行けよ……」

「いやいや、お前が行けよ」

 

 どうやら誰も行かないようだ。

 折角なのであなたはアダマンタイト破壊に挑戦してみる事にした。

 愛剣や神器を使えば一撃で真っ二つだが、さてどうなる事か。

 

「行くんですか? 頑張ってくださいね」

 

 ひらひらと手を振って応援してくるウィズに応えて、あなたは人混みを掻き分けて前に出た。

 友人の期待には応えねばなるまいと気合いを入れる。

 

 そして、あなたが前に出た瞬間、周囲の冒険者達が一斉に真顔になったかと思うとすぐにニヤニヤと露店商を声もなく笑いだしたものの、露店商は口上に夢中で気付いていないようだ。

 

「おおっと、新たなチャレンジャー登場です! 今度こそ行けるのかー!?」

 

 あなたは露店商に一万エリスを渡し、ハンマーを受け取る。

 金属製の大きなハンマーを片手で軽々と持ち上げるあなたに周囲の見物人が一歩引いた。

 ところでこのハンマーを壊した場合は弁償しなければならないのだろうか。

 

「いえいえ、まさかそんな! もし万が一、億が一破損する事があっても御代は結構ですとも! ですがこのハンマーはとても頑丈なのでそのような心配はご無用です!!」

 

 なるほど、それなら安心である。

 あなたはニヤリと笑い、ブンブンとハンマーを勢いよく振り回す。

 ハンマーが巻き起こす風圧に何故か露店商の笑顔が引き攣り、周囲の冒険者達が一斉にあなたから更に離れ始めた。すっぽ抜けるようなヘマはしないので安心してほしい。

 

「誰もそんな心配はしてねえよ!?」

「ストッパーの店主さんはどこに行った!?」

「笑顔でハンマー振り回すお前が普通に怖いんだよ!!」

 

 誰かの叫びに全員が首を縦に振った。

 ちょっとしたパフォーマンスのつもりだったのだが、皆はお気に召さなかったようだ。

 

 あなたは気を取り直して息を大きく吸い、ハンマーを構え……呼気と共に振り下ろした。

 

 気合一閃。技巧の無いただひたすらに力任せの一撃は、長年の戦闘により培われてきた経験と直感により確かにアダマンタイトをハンマーの真芯で捉える事に成功した。

 

 凄まじい速度で振り下ろされたハンマーが地面に置かれた鉱石に叩きつけられた瞬間、爆裂魔法の如き耳をつんざく轟音が響き渡り、一瞬だけ大地がぐらりと揺れた錯覚をあなたは覚えた。

 あれだけ騒がしかった祭の喧騒はぴたりと静寂に包まれ、何事かと辺り一帯の全員の視線と意識が鉱石壊しの露店に集中する。

 

 あなたがハンマーを除けると鉱石は粉々に砕け散っていた。

 しかし、ハンマーを振り下ろした先の地面は見事に陥没し、露店商が用意したハンマーは衝撃に耐えきれなかったのか、最早使い物にならないレベルにまで破壊されてしまっている。

 地面とアダマンタイトはともかく用意した道具がこのザマというのは少し脆すぎではないだろうか。

 とりあえず露店商がいいと言っていたので、ハンマー代を弁償する気は無い。

 

 あなたが壊れたハンマーを地面に放り捨てると同時に冒険者達がワッと歓声を上げた。

 ウィズの方を見ればあなたの名前を呼んでパチパチと拍手を送ってくれている。

 ウィズを含む見物人にとっては中々面白い見世物になったようだ。

 

「ドンマイおっちゃん!!」

「ほんとにアイツは頭がおかしいな!」

「つーか店主さんも一緒じゃねえか爆発しろ!」

 

 ギャラリーの一人である屈強な冒険者――先ほど破壊にチャレンジして失敗していた――があんぐりと口を大きく開ける露店商の肩を叩き、げらげらと笑った。

 

「残念だったなおっちゃん。コイツは街で噂の頭がおかしいエレメンタルナイトだよ」

「頭がおかしい事で王都でも有名なあの!?」

「そう、あの頭のおかしい奴だ。運が悪かったな」

 

 どうでもいいがどいつもこいつも頭がおかしい頭がおかしいと連呼しすぎである。喧嘩を売っているのなら買うが。

 とりあえず鉱石は破壊したから賞金を寄越せとあなたが強請れば、露店商は肩をガックリと落としながら、あなたに数十万エリスを渡してきた。こうしたお遊びで泡銭を入手するのも祭の醍醐味である。

 

 興奮冷めやらぬといった中、人だかりが散っていき、あなたもウィズと共にその場を離れる。

 

「くっ……出遅れましたか……! カズマがノロノロしてるせいで頭のおかしいのに先を越されちゃったじゃないですか!」

「俺としては無駄な被害と借金が増えなくて良かったと思ってるんだけど。つーかお前一人で先に行けばよかっただろ」

「それじゃ楽しくないじゃないですか!!」

 

 視界の端でとても見覚えのある紅魔族の爆裂狂が地団駄を踏んでいたが、あなたは見なかった事にした。きっとこの露店を知った彼女は、爆裂魔法で鉱石を吹っ飛ばすつもりだったのだろう。

 

「お疲れ様です。店主さんにとってはちょっとした災難でしたね」

 

 たかだか自己強化魔法も使っていない全力の一撃で駄目になるような脆いハンマーを用意していた露店商側に問題があるのではないか。

 どうせ駆け出し冒険者に破壊される事などありはしないと、タカを括っていた様子でもあった。あんな商売をやっていたのだからこうなる可能性くらい思い当たっておくべきだろう。

 

 さて、それはさておき折角泡銭が手に入ったので、あなたは思う存分放蕩する事にした。

 祭で手に入れた金なのだし祭で使い切ってしまえとばかりに、あなたはウィズを食い倒れツアーに誘う。勿論あなたのおごりである。

 今しか飲み食い出来ない物も沢山あるだろう。あなた達はこの機会を存分に楽しむ事にした。

 

 

 

 

 リンゴ飴、たこ焼き、イカ焼き、お好み焼き、わた飴。

 あなた達は出店で気になった謎の料理を買い漁った。全部はウィズが食べきれないので二人で一つを分け合って。

 各店の店主曰くどれもこれもニホンジンがこの世界に伝えた祭用の料理や菓子らしい。

 

「凄く不思議な食べ物ですね、これ。ふわふわの雲みたいで。甘くて美味しいんですけど」

 

 ベンチに座り、二人でわた飴をもしゃもしゃと食みながら感想を言い合う。

 味から砂糖で作られた菓子というのは分かるのだが、ニホンジンは何を考えてこんな物を作り出したのか。皆目見当も付かない。

 あなたの買ったわた飴は二人の魔法使いが風の魔法と火の魔法を使って器用に作っていたのだが、本来は魔法無しで作るのだという。

 砂糖だけでこんな物を作り出すなどニホンジンはノースティリスの冒険者以上の変態の集まりに違いない。それでなくともこれは見て楽しい、食べて楽しい菓子だ。

 

「たこ焼きとイカ焼きの違いも変ですよね。イカ焼きはそのまんまイカの丸焼きなのに、どうしてタコ焼きはタコの足が入った丸い食べ物なんでしょうか? どっちも凄く美味しかったですけど。あとお好み焼きとたこ焼きの違いもよく分かりませんでした。これ形とキャベツがあるか無いかの違いしかないですよね」

 

 そこら辺は今度カズマ少年かキョウヤに聞いてみるとしよう。

 どちらもニホンジンなのだしきっと知っている筈だ。

 

 しかし、わた飴だけでなく、こんなものが食べられるとは思っても見なかった。

 街が破壊されてしまえばこうはいかなかっただろう。

 

「…………そうですね」

 

 あなたの言葉を受けたウィズは愛おしそうに町並みを眺めている。

 護りたかったものを護れたという感慨に浸っているのだろう。

 この穏やかなウィズの表情を見る事が出来ただけでも身体を張った甲斐があるというものだ。

 実際に身体を張った理由はデストロイヤーの設計図を入手するためなのだが、これは言わぬが花というものだろう。世の中には知らない方がいい事もある。

 

 暫し無言で人々を眺めていたあなた達だったが、ウィズが唐突に声を上げた。

 

「……あれ? もしかしてあそこにいるのってゆんゆんさんじゃないですか?」

 

 ウィズが指の先にある射的の露店の前でウロウロしている黒髪の少女は確かにゆんゆんだ。

 矢尻を丸くした本物の弓矢を使った射的を楽しんでいるのは若い男女が多く、男性が獲得した景品を女性に渡している。

 景品は女性用のアクセサリーやぬいぐるみといった女性用の物が大半なようだ。

 

「もしかしてゆんゆんさん、一人なんでしょうか?」

 

 その可能性は非常に高い。

 何しろ相手はあのゆんゆんだ。

 めぐみんはカズマ少年と共に行動していたし、あなた達の他に祭を回るような友人がいるという話は聞いていない。

 

 ゆんゆんは二人組ばかりの中、一人で射的をするのが恥ずかしいのか、他の客がいなくなるのをじっと待ち続け、客足が途絶えた瞬間を見計らい、ようやく射的に挑戦する。

 しかし、近接はともかく射撃の技術はお粗末なようで、何度やっても景品には当たっていない。

 何度も金を払い挑戦するものの、やがて他の客がやってきて射的を始めるとゆんゆんは店主に弓を返し、恥ずかしそうに立ち去ろうと……。

 

「……私、もう見てられません!!」

 

 妹分のあまりにも惨めな姿に耐え切れなくなったのか、涙ぐんだウィズは突然ベンチから立ち上がると射的の露店に向かっていった。

 とりあえずあなたはベンチから動かずに、どうなるか成り行きを見守る事にした。

 

「ゆんゆんさん!」

「あっ……!」

 

 ウィズを見た瞬間、ぱあっと表情を明るくさせるゆんゆん。

 同時にあなたにも気付いたようなので手を振っておく。

 

「ゆんゆんさん、ここは私に任せてください」

「……えっ、あの、本当にいいんですか?」

「勿論です。これでも元冒険者ですから」

 

 自信満々に店主に金を支払って弓矢を受け取るウィズ。

 彼女の堂に入った構えは元凄腕冒険者の名に恥じぬ立派なものだった。

 これは期待出来そうである。

 

「疾っ!」

 

 完璧な姿勢から放たれたアーチャー顔負けの見事な一矢。

 

 しかし、勢いよく飛んでいく矢は、標的に当たるどころか明後日の方向に飛んでいってしまった。

 あなたは射的の屋台の空気が死んだのを理解した。

 これは期待できそうである。さっきとは別の意味で。

 

「あれっ?」

「…………」

 

 予想外の結果に首を傾げるウィズを、何とも言えない表情で見つめるゆんゆん。

 店主もゆんゆんもどうするんだこれと言わんばかりの雰囲気である。

 ゆんゆんがちらりとあなたに視線を送ってきたがあえて無視する。

 

「こ、こんな筈では……もう一回、もう一回いきます!」

 

 外れ。

 

「もう一回!」

 

 はずれ。

 

「もう一回です!」

 

 ハズレ。

 

「次こそは!」

 

 HAZURE。

 

「くっ……中々手ごわいですね……! 引退前の最後の決戦を思い出します……!」

「あの、ウィズさん、私はもういいですから……」

「次です、次こそは絶対に取ってみせますから! やっとコツが分かってきたんです!」

 

 ムキになってしまったのか、ゆんゆんの制止を聞く事無く射的を続けるウィズ。コツが分かったと言い張りながらもやはり矢は景品に掠りもしない。

 凄腕アークウィザードの才媛は射撃が下手糞で、更に絶対にギャンブルをやってはいけない人種だった。

 

 あまりのカモっぷりに店主は苦笑。

 ゆんゆんはおろおろとウィズとあなたを交互に見る。

 そして、可愛らしい同居人の突然のぽんこつな所に、あなたの頬は緩みっぱなしである。

 

 このまま眺めているのもいいか、とあなたはベンチから動かないままウィズを見守り続けた。

 

 

 

 

「…………」

「……あ、あの、私はウィズさんの気持ちだけで十分嬉しかったですから……」

 

 十分後、かなりの回数チャレンジしたにも関わらず、一発も当てられずに心をバッキバキに折られて終わったウィズの姿がそこにあった。

 ここまで来ると逆に凄いと、あなたも店主も逆に感心してしまうレベルである。

 魔法関連に関しては凄まじい才能を見せ付けているのに、何故射撃になるとこうもぽんこつなのか。

 そんなウィズは救いを求めるようにベンチに座るあなたに熱い眼差しを送ってきた。

 派手に啖呵を切った手前助けてくださいとは言いにくいのだろう。

 あなたは何も言わず、ただ満面の笑顔でサムズアップを決めた。頑張れ。

 

「そんなっ!?」

 

 冗談である。

 ゆんゆんからもずっと何とかしてくださいという視線を送られ続けていた事だし、一頻り楽しんだあなたは重い腰を上げる事にした。

 

「ううっ……もっと早く来てくださいよエレえもん……」

 

 ウィズ太ちゃんが自分で頑張ると言ったので、あなたはあえて見守っていたのだ。少なくとも最初は。

 途中からは別の理由で見守っていたのは否定しない。

 

「看板にも書いてますが、アーチャーと狙撃スキル持ちはお断りですぜ……いやまあ、この二人の連れなら別にアーチャーだろうが狙撃スキル持ちだろうが構いやしませんがね。見てて不憫になってきた」

 

 料金を受け取った店主の忠告に問題ないとあなたは頷いた。

 あなたはアーチャーではないし、狙撃スキルも持っていないのだから。

 射撃スキルと弓スキルは鍛え上げているが言う必要は無い。

 

 それで、ゆんゆんが欲しいのはどの景品なのだろうか。

 

「えっと、あれ、なんですけど……大丈夫ですか?」

 

 ゆんゆんがおずおずと指差した先にあったのは冬将軍に酷似した真っ白なぬいぐるみ。

 というかこれは冬将軍そのものではないのだろうか。

 

「はい、冬将軍です」

 

 ……いや、ゆんゆんがいいと言うのならば別にいいのだが。

 ある意味あなたとゆんゆんの思い出の相手と言えなくもない。

 ウィズにおける玄武と同じように。

 

 そして、あなたが無造作に放った矢は一発で冬将軍のぬいぐるみを撃ち落とす事に成功した。

 弓はあなたの主な遠隔武装でないとはいえ、この程度ならば造作も無い。目を瞑ったままやっても一瞬で店じまいにする事すら余裕である。

 

 ウィズは彼我のあまりの射撃の腕の差にうちひしがれ、ゆんゆんに至っては狙っていたぬいぐるみを渡されて喜ぶどころか心底安堵の表情を浮かべていた。

 ついでなのであなたは残りの矢で玄武と思わしき巨大な亀のぬいぐるみや全身鎧の人形、エリス神の人形を撃ち落とす。

 ちなみに女神アクアを模した景品は無かった。アクシズ教徒に根こそぎ持っていかれたらしい。

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜手前の夕暮れ。

 射的の後、ゆんゆんを加えて三人で祭を堪能したあなた達だったが時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

 アクセルの祭はまだ暫くの間続くだろうが、今日の所はどこも店じまいを始めているだろう。

 

 ゆんゆんは既に宿に戻り、ベルディアは今もどこかに出かけたまま。

 自宅にはあなたとウィズの二人きりである。

 思えば今まではシェルター内とはいえ、毎日ベルディアが居たので、自宅に二人というのはこれが初めてであった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 帰宅後暫くは談笑していたあなた達だったが、遊び疲れたのかウィズはいつの間にか隣に座るあなたの肩に寄りかかって眠ってしまっていた。

 気持ち良さそうに眠っている彼女を起こすのも気が引けるとあなたは自分の上着をかけ、そのままソファーでウィズが起きるのを待っている最中である。

 

「ん……」

 

 しかしウィズはまるで起きる気配を見せない。

 ベッドまで運ぼうにも寝ぼけたウィズが、あなたの腕に硬くしがみついているのでどうにもならない。

 

 動きも取れず本も読めない。このまま一人でベルディアの帰宅を待つのも退屈なので、あなたはウィズを見習って仮眠を取る事にした。

 

 そうして気を抜いた瞬間、あなたにも眠気が襲ってくる。

 どうやら気付かない内に疲労が溜まっていたらしい。

 心身共に安らいでいるのも大きな理由だろうが、珍しい事もあったものである。

 

 あなたは静かに目を瞑って心地よい睡魔に身を任せる事にした。

 

 

 

 

 

「……ずっと、一緒に……」

 

 

 

 

 

 あなたが眠りに落ちるその瞬間。

 隣からそんな声が聞こえた気がした。


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