このすば*Elona   作:hasebe

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第36話 さらばバニル! 仮面の悪魔、暁に死す

 突然だがバニルが死んだ。

 

 ウィズの友人であるバニルが死んだ。

 冗談や勘違いではなく、本当に死んだ。

 

 キールのダンジョンの奥深くで己の夢を叶えるべく勤しんでいた仮面の悪魔は、謎のモンスターの調査隊の一員であるめぐみんの爆裂魔法の直撃を受けてチリ一つ残さず消滅してしまったのだ。

 

 その顛末を語ろう。

 

 ダンジョンの奥でせっせとバニル君人形を作っていたバニルだったが、そこにやってきたのはデストロイヤー討伐の際、主力を担った事で腕を見込んだセナの招集に応じたカズマ少年とダクネス。

 

 あなたは気付かなかったが、実はバニルが居座っていた場所の先には魔法陣が張ってあったらしい。

 そしてバニルはその先に進む事が出来ずに困っていたのだという。

 

 バニルをして難儀させる魔法陣を張ったのは女神アクアだった。

 自身が有名な女神であるというのにも関わらず、女神アクアはトラブルの女神に愛されているのではないだろうか。

 

 女神アクアは以前カズマ少年と共にキールのダンジョンに潜った事があるらしく、その際に魔法陣を張ったらしい。

 カズマ少年は謎の魔物と女神アクアが張った魔法陣の関連を探られるのを避けるべく魔法陣を消しに来たのだという。

 カズマ少年の過去や事情を見通したバニルは自身の夢の邪魔をしたのが宿敵である女神だと理解し激怒。女神アクアを含めたセナが集めた冒険者達と交戦した。

 

 ダクネスに仮面を被せる事で身体を乗っ取って冒険者達と戦ったり、女神アクアと舌戦を繰り広げたりと大悪魔にして魔王軍幹部の名に恥じない縦横無尽の暴れっぷりを繰り広げたバニルだったが、なんやかんやあって最終的にめぐみんが仮面を装着していたダクネスを巻き込んで爆裂魔法を放った事で本体である仮面を破壊されて死亡。

 現役時代のウィズでさえ成し得なかった偉業に爆裂魔法の理不尽っぷりがよく分かる。

 そして爆裂魔法を食らって辛うじて生き残ったダクネスの頑丈さも。

 

 爆裂魔法自体はダクネスがやれと言ったらしい。

 流石のめぐみんも仲間に積極的に爆裂魔法を撃ち込むほど頭がおかしいわけではなかったようだ。

 あなた達は魔力制御という仲間を攻撃魔法に巻き込むのを防ぐスキルがあるので普通に仲間を射程内に収めたまま広範囲攻撃魔法を放つが。

 ちなみに無くても放つ。

 

 

 

 ――――そして、一週間後。

 

 

 

 

 

 

「冒険者、サトウカズマ殿!」

 

 いつものように依頼を受けるべくギルドに赴いたあなただったが、ギルド内では受付の前で他の冒険者達の熱い視線を浴びながらセナが大声をあげていた。

 

「魔王軍幹部であるバニル討伐は貴殿のパーティーの活躍無くしては有り得ませんでした。よってここに、この街から感謝状を贈らせていただきます」

 

 タイミングが良かったのか悪かったのか。

 どうやらあなたは表彰式の最中に来てしまったようだ。

 一週間が経過した今になって表彰、というのは少し遅いような気もするが爆裂魔法で重傷を負ったダクネスの傷が癒えるのを待っていたのだろうか。

 

「そしてダスティネス・フォード・ララティーナ卿! 今回における貴公の献身素晴らしく、ダスティネス家の名に恥じぬ活躍に対し、王室から感謝状並びに、先の戦闘において失った鎧に代わり、第一級の技工士達による全身鎧を贈ります」

 

 セナの言葉と共に、脇に控えていた騎士と思わしき格好の者達が顔を真っ赤にして震えているダクネスに新品の鎧を運ぶ。

 ダクネスの本名はダスティネス・フォード・ララティーナ。

 バニル戦の後からとてもイイ笑顔をしたカズマ少年が冒険者各位に声高に触れ回っていたのであなたもよく知っている。

 

 そしてダスティネス家は王家の懐剣とも呼ばれる大貴族である。

 ダクネスは日頃から育ちの良さが随所から滲み出ていたのであなたに驚きは無い。

 

「おめでとう、ララティーナ!」

 

 誰かの呼びかけにダクネス……ララティーナがビクリと震えた。

 

「ヒューッ! ララティーナはすげえよ!」

「ララティーナちゃんぐうかわ!」

「流石はララティーナね!」

「ダスティネス・フォード・ララティーナ卿万歳!! ララティーナ様万歳!!」

 

 皆がララティーナを褒め称える中、何故かララティーナは耳まで真っ赤にしてテーブルに突っ伏してしまった。

 怪我の後遺症があったり体調が悪いというわけではなさそうだが、どうしたのだろうか。

 周囲の冒険者や騎士達はニヤニヤとララティーナを見つめている。

 

「ねえダクネス、私はララティーナって名前とっても可愛いと思うの! ララティーナって名前を面白半分に広めたカズマは私が後で叱っておいてあげるから! だから自分はララティーナって名前にもっと自信を持っていいと思うのララティーナ!」

「……ぷくくっ。い、いいじゃないですかララティーナ。私も可愛いと思いますよララティーナ」

 

 女神アクアとめぐみんが両脇からララティーナを慰めているが、彼女はイヤイヤと顔を突っ伏したまま首を横に振るばかりだ。

 どうやらダクネスはララティーナという名前を恥ずかしがっているようだ。

 あなたからしてみれば至って普通の名前なのだが、本人や周囲の人間はそう思っていないらしい。

 ついでだからとあなたもダクネスをララティーナと呼んで喝采してみた。

 あなたは空気が読める人間なのだ。

 

「ああああああああああああああ!!!!」

 

 聞こえない聞きたくないとばかりに何度も勢いよく頭をテーブルに打ちつけ始めたダクネス。

 周囲の人間は愉悦の笑みをただ浮かべるばかりである。

 

「――では続きまして、サトウ殿への賞金授与に移ります!」

 

 ダクネスへの冷やかしを掻き消すように再度大声をあげたセナに冒険者達がぴたりと騒ぐのを止め、ダクネスも激しいヘッドドラムでテーブルの耐久試験を行うのを止める。

 

「冒険者、サトウカズマ一行! 今回の討伐作戦はあなた達の活躍なくば成しえませんでした。……よってここに二億エリスを進呈し、その功績を称えます!」

 

 セナが小切手と思われる小さい紙をカズマ少年に渡し、ギルド内に喝采が巻き起こった。

 冒険者やギルド酒場のウェイトレスが奢れコールや祝いの声をカズマ少年達に送る。

 デストロイヤー戦で得た金はあるがそれはそれ、これはこれという事だろう。

 故あらば騒ぐ。一瞬を生き続ける冒険者とはそういうものだ。あなたも同様に。

 しかしバニルが二億エリスとは随分と安いな、というのがあなたの正直な感想だ。

 常に人類との争いの最前線に身を置いていたベルディアと違い人間に直接的な危害を加えた事が無い故の額だろうか。

 

 

 

 女神アクアが自慢の宴会芸を披露し、真昼間から飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが行われる中、カズマ少年とダクネスがギルドから去ろうとしていた。

 二人はあなたに手招きをしている。付いて来いという事らしい。

 あなたは首を傾げながら二人と共に騒がしいギルドを後にした。

 

 二人に連れられて歩けば、すぐに二人はあなたの家に向かっていると気付いたが、どういうわけかカズマ少年とダクネスはうかない顔でずっと沈黙を保っている。

 

 彼等の用事がウィズへの借金返済だというのは予想が付く。

 しかしこのどことなく薄暗い二人の様相は一体どうしたというのだろうか。

 

 そんなあなたの疑問は自宅の前で解消される事になった。

 

「……俺達が退治したバニルの奴がさ、この街の友人に会いに来たって言ってたんだよ」

 

 ポツリとカズマ少年が呟く。

 

「その友人は働けば働くほど貧乏になる特技を持ってるポンコツ店主なんだとさ。だから、その、なんだ……俺達は……」

「カズマ、今回の事は私からウィズに報告しよう。ほんの一時だったが、身体を共有し暴れ回った仲だ。そして執拗に人をからかう所はかなり悪辣だったが、そこまで悪い奴でもなかったと思える。エリス様に仕えるクルセイダーがこんな事を言ってはいけないのだろうが……まあ、嫌いな奴ではなかったよ」

 

 ダクネスはそう言って儚く微笑んだ。

 どうやら二人はウィズの友人であるバニルを討伐した事を気に病んでいたようだ。

 さて、これは教えるべきか否か。

 

「気持ちは分からんでもないが、お前今共に暴れ回ったとか言ったな? やっぱノリノリだったんだろ。攻撃当たるのがそんなに嬉しかったのか」

「ち、違うぞ? というか今はそんな事はどうでもいいだろう!」

 

 二人は盛り上がっているようだから別にいいかとあなたは何も言わずに玄関のドアを開ける。

 

「……あれ? 忘れ物ですか?」

 

 あなたが帰宅の挨拶をするとウィズが不思議そうに玄関に顔を出した。

 そして、もう一人。

 ウィズの後ろから大柄でタキシードを着た仮面の男性が現れる。

 カズマ少年とダクネスの姿を見た瞬間、彼は口元を大きく歪めると愉悦に塗れた大声で笑った。

 

「フハハハハ! お得意様の家の前でなにやら恥ずかしい台詞を吐いて遠い目をしていた娘よ、汝に一つ言いたい事がある! ……まあ嫌いな奴ではなかったよとの事だが、我々悪魔には性別が無いのでそんな恥ずかしい告白を受けてもどうにも出来ず。おおっと、これは大変な羞恥の悪感情、美味である!」

 

 ウィズと共にあなた達を出迎えたのはバニルだった。

 どうやら遊びに来ていたらしい。

 彼のことだし見通す力でこのタイミングを計っていたのかもしれない。

 

 玄関で三角座りをしたダクネスが膝に顔を埋め、そんな彼女の肩をカズマ少年が優しく叩いて慰める。名前の件といいダクネスはドMの割に恥ずかしがり屋だ。

 爆裂魔法を食らっても重傷で済む頑丈さなのに精神攻撃に弱い、という事だろうか。

 

「どうした、膝を抱えてうずくまって? よもや我輩が滅んだとでも思っていたのか!? ところがどっこいこのように健在である! フハハハハハハ!!」

「わああああああああああああーーッ!!!」

「あっ、おいダクネス!!」

 

 ダクネスは羞恥に耐えかねたのか、カズマ少年の制止を振り切ってどこかに逃げ出してしまった。

 そんなダクネスを笑うバニルは今日も絶好調だ。

 ここぞとばかりに素晴らしい煽りっぷりを発揮する悪魔にあなたも感心せざるを得ない。

 ちなみに冒頭のバニル討伐の話は全てバニル本人があなたに教えてくれたものである。

 

「……色々聞きたい事はあるけど、とりあえずコイツは一体何なんだ? どうして爆裂魔法の直撃食らってもピンピンしてんの? 反則だろこんなもんふざけんなよマジで。無傷ってどういう事だ」

 

 カズマ少年が辟易としたかのように吐き捨てた。

 まるでベルディアのような反応にバニルはとんでもないと首を振る。

 

「何を言うか、あんな物をマトモに食らえば流石の我輩とて無傷でおられる筈がなかろう。……ほれ、この仮面に刻まれたⅡの文字をよく見るがよい。爆裂魔法で残機が一つ減った今の我輩は二代目バニルというわけだ」

「なめんな!!」

 

 即答して殴りかからんとするカズマ少年をウィズが宥める。

 一度死んだ今のバニルは魔王軍幹部ではない。

 結界の管理も行っていない無害な存在である。

 

「そういえばなんかコイツがそんな事言ってたな。ゲームとかによくある、幹部を全員倒したら魔王の城への道が開けるとかそんな感じなんだっけ。でも無害……無害? これが?」

 

 人間に直接危害を加えない以上は無害だろう。

 何もおかしい事は無い。

 

「お得意様の言うとおりである。我輩はただ悪感情を得ようとするだけだ」

「アクアを呼んだ方がいい気がしてきた……っていうか二人は知り合いだったのかよ。ウィズ経由なんだろうなっていうのはなんとなく分かるけど」

「この街にはダンジョンに住み着く前に一度足を運んでいたのでな。どこぞのチンピラ女神のせいで店が更地になったようだが」

「お、おう……というか一応聞いておきたいんだけど、アンタは魔王軍幹部じゃないよな? 人間だけど結界の維持を担当してるとかじゃないよな?」

 

 カズマ少年が恐る恐るあなたに問いかけてきた。

 勿論あなたは魔王軍の幹部ではない。しかしカズマ少年はどうしてそんな事を気にするのだろうか。

 そんなあなたの疑問に答えてくれたのは見通す悪魔のバニルだった。

 

「この何の取り柄も力も持たない男は魔王を倒そうとしているのだ。それ故普通に強くてチンピラ女神に相性が悪いといった事も無いお得意様を警戒しているわけだな」

「見通しすぎじゃね?」

「我輩は見通す悪魔。この程度は当然である……おいポンコツ店主、どこに隠れようとしている。一応客人の前だぞ」

 

 突然水を向けられたウィズがびくりと反応する。

 誰が見ても分かるくらい明らかに挙動不審だった。

 

「か、カズマさんにお茶を淹れようかと……」

「……何となく思ってたんだけどさ、魔王軍幹部なバニルと友人なウィズも“そう”なのか?」

 

 カズマ少年の追及を受けてウィズは視線を彷徨わせる。

 

「だから貴様はポンコツなのだ。その反応が既に全てを物語っていると何故分からん」

 

 呆れたようなバニルの正論に、やがて彼女は諦めたようにガックリと肩を落とした。

 

「って事はやっぱり?」

「はい……私は魔王さんに人里でお店を経営しながらのんびり暮らすのは止めないから、幹部として結界の維持だけでもって頼まれてるんです。幹部が人里でお店をやってるなんて誰も思わないだろうから、人間に倒されないだけでも十分助かるからと……」

「ちなみに、もし俺達……っていうかアクアが魔王城の結界を解除するためにウィズを退治するとか言ったら……」

 

 それはわざわざ言う必要があるのだろうかとあなたは静かに笑った。

 あなたはかつてウィズがアンデッドの王であるリッチーであると知っていてなお女神アクアに立ちふさがった。

 ウィズが魔王軍の幹部だからと襲ってくるのならばあなたもそれ相応の対処をするだけである。

 つまり共同墓地の時と何も変わらない。

 

「…………あれ? もしかしてこれって詰んでる?」

「えっと、デストロイヤーの結界を破ったアクア様の力なら幹部の二、三人くらいで維持する結界なら破れるはずです。ですので決して詰んでいるわけでは……」

 

 ウィズの説明にカズマ少年は盛大に安堵の息を吐いた。

 

「でもバニルはともかく、俺達が他の幹部を倒すのを推奨するような事言っていいのか? 一応ウィズの知り合いなんだろ?」

「他の方とは特に付き合いもありませんでしたし。というか幹部の中で私と仲の良かった方はバニルさんだけでしたからね」

 

 しれっと言い放ったウィズの発言の中にベルディアは含まれていなかった。

 特にウィズがベルディアに冷たいというわけではないし普通に振舞っているが、あくまでもウィズにとってベルディアは元同僚の知り合いであなたの下僕でしかないようだ。

 ウィズがリッチーになった原因なのはともかく、同僚になってから頭の悪いセクハラを繰り返していたベルディアの自業自得だろう。

 

 

 さて、その後カズマ少年に幾つか意味深な警告を発したり商売に協力するように持ちかけたバニルだったが、警告の一つについては翌日すぐに明らかになった。

 

 なんとダクネスを伴って雪山に爆裂魔法を撃ち込んだめぐみんが雪崩に巻き込まれて遭難したのだ。

 正気の沙汰とは思えない。

 

 かなりの人数による捜索隊が組まれ、友人の大ピンチに狂乱して泣きついてきたゆんゆんによってあなたとウィズも捜索に駆り出される事になった。

 結果、めぐみんとダクネスは凍死寸前の所を無事に保護されたわけだが雪山の捜索費用が五百万エリス。

 

 借金を返済してもカズマ少年の受難は続くようである。どうか強く生きてほしい。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでデストロイヤー戦以後はそれなりに平和な日々を送っていたあなただったが、ある日それは唐突に終わりを告げる事になる。

 

「あなた宛にお手紙が届いてますよ」

 

 ウィズに渡された手紙は差出人が書かれていないものだった。

 新たにアクセルに居着いたバニルからだろうかと思うも例の印は無い。

 

 

 ――○月×日。

 ――王都東地区の宿、○○の102号室。

 

 

 手紙にはそれだけが記されていた。

 女性と思わしき筆跡に差出人と内容を察したあなたはニヤリと笑う。

 

 神意の名の下に、女神の共犯者として仕事をする時がやってきたのだ。

 

 後に王都中の貴族を恐怖で震え上がらせる事になる銀髪強盗団。

 これがその活動の始まりの一幕である事を知る者はどこにもいない。


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