このすば*Elona   作:hasebe

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第49話 廃人+女神*2+魔王軍幹部*4

「突然で悪いけど、あなた達が帰るのと同じタイミングで私もアクセルに行く事に決めたわ。よろしくね」

 

 何を考えているのか、本当に突然そう告げた女神ウォルバク。

 

 どういうつもりだとウィズに目を向ければ彼女は愛剣の刀身を撫でていた。

 ゆんゆんは数秒ほど目をぱちくりと瞬かせていたが、すぐに言葉の意味を理解したようで喜びを顕にしていた。

 現役魔王軍幹部がアクセルに来る件については今更なので割とどうでもいい。

 しかし愛剣を調べていただけにも関わらず、何がどうしてそうなったのか。ゆんゆんとゲームに興じていたあなたには女神ウォルバクとウィズの会話の流れがさっぱり分からない。

 彼女を止める理由も権利もあなたにはありはしないが、それでもアクセルに向かう理由くらいは聞いておく事にした。

 

「……ふふっ、それが知りたいのなら、私を倒してからにする事ね……なんて言ってみたり」

「だ、駄目ですよスロウスさん! そんな事言ったら!」

「そうですよ! 危ないですよ!」

「え?」

 

 悪戯っぽく妖艶に微笑む女神ウォルバクに何故かウィズとゆんゆんが顔色を変えた。

 そして立ち上がったあなたは了解した、とテーブルに転がったままの愛剣を掴む。

 あなたの戦意を受けて愛剣が神殺しの期待に震えたが、気が早すぎである。みねうちを使う余裕があるかはさておき、殺してしまっては話が聞けないではないか。こんな所で復活の魔法を使う気は無い。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい! 何をするつもりなの!?」

 

 何をするかと問われれば、手合わせとしか答えられない。

 話が聞きたければ自分を倒せと言ったのは女神ウォルバクで、あなたは話を聞きたいので剣を取った。それだけの話である。

 神との手合わせはノースティリスの冒険者にとっては何ら珍しい話ではないので躊躇いは無い。

 

「……冗談よね?」

 

 本気も本気である。何故そのような冗談を言わねばならないのか。

 だが流石にサキュバスとは相手が違いすぎる。更に爆裂魔法を使うという話なので、街中で戦うのはウィズやゆんゆんを含む他の宿泊客の迷惑になる可能性が高い。戦闘は郊外でどうだろうかと提案した。

 

「タイム! 私はタイムを要求するわ!」

 

 女神ウォルバクはベルディアのような台詞を言いながら、逃げるようにあなたから距離を取る。

 何がいけなかったのだろうか。

 

「……ウィズ、もしかして彼ってアクシズ教徒?」

 

 ウィズは小さく嘆息して首を横に振った。

 

「違いますよ。ただちょっと、その、彼はそういう冗談が通じないといいますか……持っている常識とか死生観が私達と比べると若干ズレているといいますか……」

「アレを若干で済ませる貴女がどこか遠くに感じるわ。でも一緒に散歩にでも行こうか、みたいなノリで戦おうとか言われたんだけど? バトルジャンキーなの? 死狂いなの?」

「普段は……というか何も無ければ、どちらかというと静かで穏やかな方なんです。逆に理由があると躊躇無く滅茶苦茶な行動を取るので、さっきのはスロウスさんの提案にこれ幸いと乗っかっただけだと思うんですが……」

「暴走馬車すぎでしょ……やっぱりアクシズ教徒じゃないの?」

 

 意味も理由も無く、悪戯半分に核を起爆しそうなアクシズ教徒と一緒にしないでもらいたいものである。

 あなたはこの世界で理由も無く終末を起こしたり核を使うと大変な事になると理解しているので、ちゃんと精一杯自重しているのだ。勿論理由があれば遠慮せずに使うし、もう少し命が軽い世界であればあなたのフットワークはもっと軽くなっていたのだが。世の中儘ならないものである。

 

 あなたのとてもノースティリスの冒険者とは思えないと自画自賛したくなる、極めてまともで常識的で周囲に完璧に溶け込んでいる協調っぷりはさておき、逃げ腰というほどではないが、女神ウォルバクの戦意は今のところ著しく低い。

 あなたは自分自身を含め、戦意が無くとも戦える人間を何人も知っているが、彼女はどうなのだろうか。

 

「だから戦わないわよ!? ……ほら、あれよ、あれ。さっきのは私の決め台詞、みたいな? あなたにもそういうのあるでしょ? 紅魔族の挨拶みたいなものよ」

「あ、あれは私達の風習であって決め台詞というわけでは……」

 

 決め台詞など自分にあっただろうかとあなたは首を傾げる。

 生憎全く身に覚えが無い。個性豊かな友人達の決め台詞であれば諳んじる事が出来るのだが。

 唯一、ウィズの決め台詞だけは聞いた事が無いが、彼女に当て嵌まる台詞があるとするのならば「これは私のオススメの品なんですよ!」だ。異論は認めない。

 

 それはさておき、戦わないのならば普通にアクセルに赴く理由を聞かせてくれるのだろうか。

 あなたのそんな言葉に、女神ウォルバクはげっそりとしながらも愛剣を指差してこう言った。

 

「その魔剣の素材を再現したいのよ。その為には持ち主に近い方がいいでしょう?」

 

 エーテル製の装備を再現するという彼女の言葉にあなたは面食らった。

 果たしてそんな事が本当に可能なのだろうか。

 愛剣のようなエーテル製の武具の作成方法はイルヴァでは伝説にも等しい、遺失して久しい技術である。

 例外は悠久の時を生きる神々であるが、彼等はあなたのような筆頭信者にも秘匿を貫いているので実質知らないに等しい。

 ノースティリスで扱われているエーテル製の装備はその全てがネフィアからの採掘品、あるいは素材変化でエーテル製に変化した、いわば出来合いのものでしかないのだ。

 

「剣の作り方が知りたいんじゃなくて、私が知りたいのはあくまでも素材の作り方だからね?」

 

 驚きを顕にするあなたに女神ウォルバクがそう言い、なるほど、とあなたは納得した。

 それならば決して不可能ではないだろう。

 不可能ではないだろうといいつつ、あなたはエーテルの作り方などこれっぽっちも知らないわけだが。木々から採取出来るというのは知っているが、たったそれだけだ。

 

「ウィズと解析して少しだけ分かったのだけど。魔剣の刀身と、魔剣から出てる青い燐光……それは私が知っている精霊、あるいは星の力に近い性質を持っていたわ」

 

 メシェーラは星に害を為す細菌であり、エーテルはそれを抑制する。

 そう思えばエーテルはイルヴァという星の力、免疫機能と呼べなくもない。

 

「そしてその剣の近くにいただけで、温泉に浸かっているよりもずっと早く力が戻っていくのを実感出来たの。勿論昨日の温泉ほどではなかったけど」

 

 愛剣を使わせろという事だろうか。

 しかし先ほども言った通り、愛剣はあなた以外が持つと例外無く激怒して発狂するので、ウィズにも女神ウォルバクにも使わせるわけにはいかないのだが。

 

「まさか。その剣を使わせろとは言わないわ。危ないし。……ただ、時々でいいから燐光を浴びたり、魔剣を浸けたお風呂に入れてほしいのよ。勿論お礼はするわ」

「わ、私からもお願いしたいです。ほんと、もし良かったらで構いませんので」

 

 あなたの友人と怠惰と暴虐の女神はエーテル製の風呂をご所望だった。

 エーテル製の素材槌を持ち込んでいれば自宅の風呂に直接使えばいいだけなので話は早かったのだが、生憎ノースティリスに置いてきたままだ。非常に貴重なエーテル素材槌を実際に使うかどうかは別として。

 持ち込んでいるアイテムでは素材変化の巻物を使えば一応エーテル製に変化する可能性はあるが、あくまでも可能性に過ぎない。

 ノースティリスに帰らない限りアイテム補充の機会が無いので、いざという時の為に使い渋る程度には数も少ないし、何より生ものなどのハズレ素材に変化した場合は目も当てられない事になる。生もの素材は生肉と生麺を足して二で割ったような、なんとも言えない感触なのだ。

 あなたは断じてそんな風呂になど入りたくなかった。

 

 愛剣については女神ウォルバクはともかく、ウィズがそう言うのであれば考えなくもない。

 確かに見た目は幻想的な大剣とはいえ、人間を含む、数え切れないほど多くの生き物の血を吸ってきた愛剣を浸けたエーテル風呂に自分から入りたがる感性は、ノースティリスの冒険者であるあなたには狂気の沙汰とも言える、極めて理解し難いものだったが。

 

 だが何にしても、全ては入浴剤代わりに扱われる愛剣の意思次第である。

 いかにウィズの頼みであろうとも、流石にこんな事情で何十回もミンチになりながら喧嘩をする気は無い、と愛剣に目を向ける。

 十秒ほど待ったが、愛剣がプレッシャーを撒き散らしながらエーテルを噴き出す事も、あなたの視界が赤く染まる事も、吐血する事も無かった。

 あなた達の話は聞いていた筈なのだが、沈黙を保ったままの愛剣から拒絶の意思は感じられない。むしろどうでもいいとでも言いたげな雰囲気を感じるので、どうやら自分を他者に使わせないのであれば好きにしろ、という事らしい。

 

 かくしてあなたの日課に、新たに愛剣を風呂で洗う事が追加された。

 

 更に今後暫くはアクセルに滞在するという女神ウォルバクは、かつてゆんゆんと出会った時に話した通り、たまにでよければ、と彼女とパーティーを組んで冒険に付き合う事を改めて約束。

 多少なりとも友人は増えたものの、相変わらずパーティーを組む相手は一人もいなかったゆんゆんは涙を流して喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

「うごごごご……ブレスが……体が燃える……死ぬ……また死んじゃう……」

 

 話を終え、あなたが部屋に戻るとベルディアはテーブルに突っ伏したまま空になった酒瓶を抱え、いびきをかいて眠っていた。

 彼の主人としては旅行を堪能しているようで何よりなのだが、今の彼を見て、ベルディアが魔王軍幹部として名を馳せたデュラハンだとは誰が思うだろうか。

 

 あなたは苦笑しつつもだらしない格好のベルディアを布団に寝かせる。

 そしてそこで初めて、先ほどはいたマシロがいなくなっている事に気が付いた。

 外に繋がっている窓は開いたままなので、またどこかに遊びに行ったのだろう。

 

 マシロが去った後のテーブルの上には血痕、そして鳥のものと思わしき茶色の羽が散らかっている。

 毎食のようにウィズがマシロ用に調理した終末産の竜の肉やあなたが釣った新鮮な魚を食べているマシロは、生のキャベツをとても悲しそうな表情で齧り、安物の肉と魚を拒絶する程度にはグルメだったりするのだが、マシロの舌を満足させる獲物がドリス周辺に生息しているようだ。

 

 マシロが狩ってきた肉に興味を抱いたあなたは、散歩がてら肉を捜しに行く事にした。

 流石にドリスの街中で見つかるとは思えないので、若干遠出をする必要はあるだろうが、それもまた醍醐味だろうと考えながら。

 

 

 何をするでもなく、一人でダラダラとドリスを散策するあなただったが、やがてある場所で足を止める事になる。

 その場所の名はテレポートセンター。

 料金が高いのでアクセルには無いが、王都などの大きな街には漏れなく存在する施設である。

 この地のテレポートセンターは、王都と違い建物があるわけではなく、街の広場に魔法陣を設置して他所の街へと送り届ける形となっていた。馬車に乗って直接向かうのとはかかる費用の桁が違うが、かかる手間や移動の時間を考えればこちらを選ぶ人間が多いのも当然だろう。

 

 ……とはいっても、今回の旅行であなた達がここのお世話になる事は無い。

 あなたもウィズもテレポートを習得しており、直接アクセルに飛べるからだ。

 

 ノースティリスでもテレポートサービスが実用化されれば各地へのアクセスが楽になるのだが、流石にそれは無いもの強請りだろう。帰還の魔法の改良も手間取っているし、悪意を以って運用されるとめんどくさいという問題もある。

 まあ核だの終末だのが日常茶飯事な、人の悪意が溢れるノースティリスで何を言っているのかという話ではあるのだが。

 身内で使う分には申し分ないので、クリエイトウォーターといいみねうちといい、この世界のスキルを習得したままノースティリスに帰りたいものである。才気溢れる友人達であれば、この世界のスキルを再現してくれるかもしれない。

 

「アルカンレティア行きー。こちらは、水の都アルカンレティア行きのテレポートサービスでーす」

「アクセル行きはこちらになりまーす!」

「王都行き、間も無く転送となります! 現在三名ですので後一名!」

 

 さて、そんなテレポートセンターは老若男女、人間からエルフ、ドワーフといった様々な種族の人々でごった返しており、異世界情緒に溢れていた。行き交いする人々を見ているだけで一日を過ごせそうである。

 逆にテレポートでドリスに飛んでくる者も多く、まさに今、家族連れと思われる獣人の四人組みが光り輝く魔法陣から出現した。

 

 飛ばすのにも出現するのにも使われている魔法陣であるが、あなたやウィズがテレポートを使う際にはああいったものは無い。

 あの魔法陣は一種のマジックアイテムであり、テレポートの魔法を補助すると同時に術者の魔力消費を抑える効果があったりする。

 テレポートは魔力消費が重いので、テレポートサービスは術者の魔力の上限により一日の転送回数が決まっている。魔法陣は少しでも転送回数を増やす為の設備なのだ。

 

 一度に飛べる人数が四人で飛べる回数も制限があるとはいえ、このようにテレポートサービスは非常に便利だ。

 更にテレポートを習得可能な高レベルの魔法使いは数が少ないらしいので、女神エリスが言っていたように、確かにテレポートを使えるだけで一生食っていけるというのも頷ける。

 ウィズに雇われ、アクセルで王都など各地へのテレポートサービス屋を開く自分の姿を想像し、たまにはそれも有りかもしれないとあなたは小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 露店や屋台を冷やかしながらドリスの街を練り歩き、やがて浴衣着のまま街の外に繰り出す事およそ二時間半。

 森に向かって流れる川辺であなたはマシロが狩ってきたと思わしき生物を発見する事に成功した。

 

 全身が茶色の羽根で覆われた、長いネギを持った可愛らしい鴨のようなモンスター、ネギガモである。

 

 ネギガモは非常に美味で高い経験値を持っているにも関わらず、何故か他のモンスターに狙われない性質を持っているというレアモンスターだ。あくまでもモンスターであって鴨ではない。

 狙われない性質については、聞くところによると見た目の愛くるしさからモンスターといえども庇護欲が沸くのではないか、という話である。

 

 この世界のモンスターにはこの手のモンスターが地味に多い。

 ノースティリスとは別の進化の形という事なのだろう。

 そしてその可愛さは人間達にも好評で、ネギガモのぬいぐるみといえばそれなりの人気商品だったりする。勿論ウィズも持っている。

 なお、ネギガモとほぼ同じ見た目のカモネギというモンスターがおり、カモネギの方が後になって発見されたらしい。とてもややこしい。

 

 があがあと鳴きながら、あなたが近付いても逃げる事無く水浴びするネギガモの群れ。

 およそ野生や警戒心というものが感じられない。そして現在周囲に人の気配は無い。

 

 つまり狩り放題というわけである。

 

 あなたに意味も無く野生動物を虐待するような趣味は無い。

 普通の鴨であれば放置して愛でるに留めておくのだが、ネギガモはどれだけ愛らしい外見をしていてもモンスターだ。

 ノースティリスでは野うさぎや妖精、白衣のナース、キューピットなど可愛らしいモンスターを散々殺してきたあなたはどんな外見の相手を八つ裂きにしても心は痛まないし、何よりネギガモは高級食材なのだ。見逃す理由は無い。

 

 ここにゆんゆんがいればよかったのだが、とあなたは彼女を連れてこなかった事を悔やむ。高経験値を稼げるネギガモがこれだけいればレベルが上がっていた事だろう。その代償に絶対安静な彼女のメンタルは十中八九崩壊するだろうが。

 

 しかし狩る前にあなたはやっておきたい事があった。

 何故だろう、あなたは一目見た瞬間から、無性にネギガモに向けてモンスターボールを投げたくて堪らなかったのだ。

 赤と白のモンスターボールをネギガモに投げて捕まえたくなった。ゲットしたくなったのだ。

 支配の魔法を使えば仲間に出来るだろうが、そうではないのだ。あなたはあくまでもネギガモにモンスターボールを使う事に意味があると確信していた。

 

 ネギガモが弱いのは分かっている。ペットにする理由も無い。

 それでも投げたいのだ。これは最早魂の叫びと言ってもいい。

 そして今回の湯治旅行にあたり、いつベルディアが死んでもいいように、あなたは常にモンスターボールを携帯している。

 今は空だが、あなたはモンスターボールを投擲する事にした。全力で。ほんの少しだけ期待しながら。

 

「グエッ!?」

 

 スナップを効かせ、石で水を切るように水平に投擲された紅白の球体は空気と水面を切り裂きながらネギガモの胴体に命中、そのまま貫通した。もう一度言う。貫通した。

 食べると美味しいと評判のレアモンスターは、廃人の全力投球によって水の詰まった袋が破裂したかのような音と共に赤い霞と化す。

 赤霞はすぐに風に散らされ、ネギガモが持っていたネギがネギガモの存在の証明のように地面に突き刺さる。ボールがぶつかった衝撃で抜け落ちた茶色い羽根が舞う様は、どこか幻想的な光景であると同時に、世の無常さを感じさせた。

 

 無常さはともかく明らかに大失敗である。

 予想はしていたが、やはりベルディアが入っていなくてもこれはベルディアのボールと認識されているようで、捕獲は不可能だった。

 というか捕獲どころか食べるどころですらない。むしろ食べる所がネギしか無い。

 

 あなたは己の衝動的かつ短絡的な行動で一匹分の肉が無くなってしまった事を反省しつつも、脱兎の如く逃げ出したネギガモの群れを一匹残らず絞める為に追い回すのだった。

 

 なお、その日のあなた達の夕食は、あなたが旅館に提供した食材で作ってもらった鴨鍋だった事をここに追記しておく。

 特に新鮮な鴨肉とネギが非常に美味であり、三人も満足そうに舌鼓を打っていた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで慰安旅行は終わった。

 女神ウォルバクとの会合の後はさしたるイベントも無く、ただひたすらに穏やかだが楽しい旅のまま幕を閉じた。

 各地の温泉を堪能し、郷土料理を味わい、土産物も大量に購入するといったように、誰もが思い描くようなごく普通の観光であったが、あなたにとっては逆にそれが新鮮ですらあった。

 友人と共に旅行に出かけ、己や同行者が誰一人として死ななかったり傷つかなかった旅行など初めてではなかろうか、といった有様である。

 

「……そんなわけで、とってもとっても楽しい旅行でした!」

 

 そして三泊四日に渡る温泉三昧で肌と髪を艶々とさせたウィズは旅行が終わり、日を改めても若干テンションが高い。

 何の用事があったのか、自宅にやってきたバニルにドリスがいかに素晴らしい温泉街だったかをニコニコ笑いながら、今も一生懸命語って聞かせている。

 

「ドリスは忘れずにテレポートの転送先に登録しておいたので、今度は是非ともバニルさんも一緒に行きましょうね!」

「……まあ、我輩は旅行に行くのは構わんが。貴様、旅行にかまけて己の本分を忘れてはおるまいな?」

「勿論ですよ。ドリスで面白いものも沢山仕入れてきましたし、一緒に頑張ってお店を盛り上げていきましょう! ……建て直った後に、ですけど」

「ならばよし。ところでドリスで会ったというグータラ女神はどうした?」

「ウォルバクさんですか? ウォルバクさんでしたら昨日お別れしたっきりですよ。アクセルのどこかで宿をとるって仰ってました」

「ふむ。後で久しぶりにからかいに行ってみるとするか」

 

 バニルは一応魔王軍でも死んでいるという扱いになっている筈なのだが、女神ウォルバクと顔合わせを行って大丈夫なのだろうか。

 

「その点については問題無い。どこぞの首無し中年やポンコツ店主と違って我輩ほどの悪魔が一回死んだくらいで滅びるとは誰も思っておらんし、そもそも我輩は残機が減ったら幹部を止めると、以前から魔王の奴に再三言っておったからな」

 

 つまり情報が渡るとしても、ウィズの元に滞在している、という事くらいだろうか。

 しかしベルディアに続いてバニルを打倒したアクセルの何者かが注目され、次の刺客に女神ウォルバクが選ばれる可能性はある。

 聞くところによると、女神ウォルバクは魔王軍に所属した後にアクシズ教徒に邪神認定を食らい、そのまま邪神と呼ばれるようになったとの事なので一応彼女の動向については注意を払っておいた方がいいかもしれない。

 

「ところでポンコツリッチーよ。話は変わるが、貴様引越しの準備はしているか? 我輩は今日はその件で赴いたわけだが」

「引越しですか? お店の品揃えの準備はちゃんとやってますけど、今の所どこかに引っ越す予定は立ててないですよ?」

 

 どこか違和感を覚えるウィズの発言を受けて、バニルはあなたを一瞥し、深い溜息を吐いた。

 

「よもや温泉で脳みそまでふやけたのではあるまいな?」

「な、なんでそんな酷い事言うんですか!?」

「なんでもなにも、貴様は現在お得意様の家に居候になっている身であろうが。先日ようやく貴様の店と家の工事が終わるとの知らせがあったのだ。一週間を目処に荷物を纏めておくがよい」

 

 あなたは数瞬、バニルが何を言っているのか分からなかった。

 何を隠そう、自分の家にウィズがいる事が当たり前になりすぎていて、若干彼女が居候の身だという事を忘れかけていたのだ。

 しかし店と家が再建するというのは、家無き子と化していたウィズからすれば紛れもなく吉報だろう。

 彼女はあくまでもウィズ魔法店の店主であって、あなたの家の住み込みメイドではないのだ。ウィズの手料理を楽しみに生きているベルディアは消沈するだろうが、あなたとしてはまた珍品が購入出来るのは非常に喜ばしい。

 ウィズがいなくなるのは寂しいが、ここは彼女の為にも笑って送り出すべきだろう。

 あなたはウィズの背中を叩きながらおめでとうと朗らかに笑いかけた。

 

「…………あ、はい。ありがとうございます」

「ほう、中々見事な死体蹴りであるなお得意様よ!」

 

 確かに死体蹴りはあなたの得意技の一つだが、今はそんな事はどうでもいい。

 

 何故かあれほどキラキラと輝いていた筈のウィズの目から光が消えていた。

 おまけに表情も今日のどんよりとした天気のように曇ってしまっている。

 ウィズも別れを惜しんでくれているというのはなんとなく分かるし嬉しくも思うのだが、今の彼女にはさしものあなたもかける言葉が見つからずに窓の外に目を向ける。

 

 どこか肌寒い理由が分かった。

 冬の終わり、雪精が最後の力を振り絞っているかのように、はらはらと雪が降っていた。




《素材槌》
《素材変化の巻物》
 アイテムの素材を変更するアイテム。一応温泉街の土産物屋で販売している。
 巻物はランダムに変化するが、素材槌は狙った素材になる。しかし非常に貴重。
 今日もプレイヤーは狙った素材槌を求めて土産屋の前で延々とリロードを繰り返す。

《ネギガモ》
 スピンオフに登場したカモネギのweb版での名前。何故か名前だけ変わった。
 名前といい挿絵での見た目といい、言い訳出来ない程度にポケットでモンスターのアレ。多分タイプはノーマル・ひこう。
 web版ではドリスの近郊で人知れず群れを作っていたのだが、経験値に目の眩んだめぐみんに爆裂魔法で消し飛ばされ、傍で見ていた人間にトラウマを刻み込んだ。

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