このすば*Elona 作:hasebe
ノースティリスでは幾度と無く行った、しかしこの世界では初めての引越しである。
不動産屋で手続きを行い、今の家を手放すと同時にウィズの家の隣家を購入したあなたは現在進行形で荷造り及び自宅の大掃除を行っている。
あなたがこの家に住むようになってそれなりに月日が経っており、ウィズの店の商品を筆頭に、蒐集家のあなたはこの世界の様々な品を集めているので中々に荷物が多い。
「なんでご主人はこんなわけのわからん物ばっかり集めてるんだ……」
とはベルディアの言だ。
勿論あなたの趣味である。それ以外の理由など無い。
一方引越しを手伝うベルディアは終末篭りも相まってあまり私物を持っていない。
しかしあなたはどこで買ったのかは知らないが、彼の荷物の中にエロ本が混じっているのを知っていた。
「~~♪」
そしてウィズは一日でも早く新居に移りたいとばかりに意欲的に引越しの準備を進めていた。彼女の周囲に色鮮やかな花々が咲き乱れる幻すら見えるご機嫌っぷりだ。
ここまで彼女が喜んでくれるのならば、あなたも引越しを決断した甲斐があったというものである。
温かい気持ちになりながら日頃出しっぱなしになっているルゥルゥを最初に入っていた大きな箱に詰める。生暖かい視線で見られている気がした。
さて、引越しの準備というのは中々の重労働だ。荷物運びなら楽でいいのだが、荷造りはそうもいかない。荷物を箱や袋に梱包する作業は中々に億劫だ。
梱包して四次元ポケットに突っ込むだけの簡単なお仕事なので荷物の持ち運び自体は楽なのが救いといえば救いだろうか。本来四次元ポケットは出し入れすると疲労が溜まる魔法なので適度に休息する必要があるわけだが。
ノースティリスであれば土地の権利書があれば荷物を纏めたりする必要が無いのだが、今はそうもいかないので仕方が無い。
「ご主人、このポーション棚は何だ?」
荷造りの最中、ベルディアがそう言った。
ベルディアが小突いているのは、ウィズの店で購入した爆発ポーションの棚だ。
封を開けたら爆発する、水を入れたら爆発する、瓶を強く振ったら爆発する、魔力をこめたら爆発する、などなど、様々な爆発ポーションが全て揃っている。
ウィズは何を思ってこれらの商品を仕入れたのか、実に興味深い。
「爆っ……」
ベルディアが棚から一歩下がった。
今のベルディアであれば巻き込まれても死にはしないだろう。
「死ななきゃいいって問題でもないだろ、常識的に考えて」
死んでも問題は無い、の間違いではないだろうか。
爆発魔法の杖を使ったベルディアであればどうという事は無い。
「……アレに関してはマジで許さんからな俺は」
あなたの言葉を受け、ベルディアの瞳が一気に濁った。
「ピンチになったら使えって言われたから使ったら自分中心に発動して自爆するとか、あれだぞ、俺はウン年ぶりに背中から刺された気分になったぞ」
彼が味方から裏切られて処刑され、デュラハンになったのは周知の事実だが、非常に強い騎士であったベルディアは捕らえられる際に仲間に背中から切りつけられたのだという。
そして仲間に攻撃する事を嫌ったベルディアはそのまま縛に就き、仲間や上司がきっと自分を助けてくれると信じていたものの、結局はあれやこれやの謂れの無い罪を着せられ処刑。恨みでデュラハン化。
こうして列挙してみると中々に悲惨な人生である。主に仲間に裏切られたという点が。処刑についてはドンマイドンマイといった感じである。ギロチンを遊び半分で使って自分が首ちょんぱとか良くあるよね、という笑い話だ。
「びっくりするほど笑えない。というかドンマイって。ドンマイってお前……。あと無惨に死にまくってる今の方が絶対悲惨だと思うんだが、ご主人はどう思う?」
あなたからしてみれば死ぬのはよくある事なので、そこら辺は特に何も思わなかった。
今のベルディアは残機が実質無限である以上、死は終わりではないのだから、力を求めるのであればもっと終末をやって死ぬべきだ。
大丈夫、ノースティリスの関係者であれば余程の事が無い限り、皆最低二桁は死んでいる。
ちなみに余程の事とは死亡回数が二桁に届く前に埋まる事だ。
「今更だが命の価値がペラッペラすぎて手が震えてきた。酒はどこだ」
本当に今更である。
あとベルディアの言う手の震えはアルコール中毒の症状なのではないだろうか。
■
そんなこんなで楽しく荷造りを行っていたあなただったが、ふと引越しの前に一つ用事を片付けておかないといけなかった事を思い出した。
少し出かけてくると作業中のウィズに声をかけておく。
「はい、お出かけですか? 最近はだいぶ暖かくなってきましたが、気を付けてくださいね。お昼ごはんはどうされますか?」
そこまで時間はかからないので用意してもらうように告げ、足早に出立。
あなたが向かった先はアクセルの街の一角に建っている、エリス教の教会である。
「おや、これはこれは。本日はどうされました?」
あなたを出迎えたのはエリス教徒の老神父だった。
彼は時折ギルドの酒場で食事を取っており、あなたとも顔見知りの間柄だ。
そしてあなたがこの世界の教会に自分の意思で足を踏み入れたのは、今日が初めてだったりする。
あなたが神父に祭壇の前で女神エリスに祈らせてほしいと頼むと、神父は朗らかに笑ってそれを受け入れた。
「何かよい事がありましたかな? エリス様のご加護があらん事を」
勿論あなたに信仰を変えるつもりは無いのだが、それは彼も分かっているだろう。
さておきあなたは女神エリスの祭壇の前で跪き、目を閉じる。
自身の祈りが女神エリスに届くように祈りながら。
『――――はいもしもし、エリスです。どちら様ですか?』
そんな電波が聞こえてきた。
あなたが思っていたのとは随分と毛色が違ったが、一応祈りは届いたようである。
まるで本人がすぐ傍にいるかのようによく声が聞こえる。
姿こそ見えないが、やはり教会で祭壇の前ともなると電波の通りが非常に良好だ。マニ信者の友人に習うならばアンテナ三本。バリ3といったところだろうか。
『聞こえてないのかな……もしもし、もしもーし。こちらエリスです。聞こえてますかー?』
女神エリスが壊れかけの機械を叩きながら話している光景を想像してしまい、あなたは思わずくすりとしてしまう。
そしてあなたはクリスを介してではなく、女神エリスと直接会話するのはこれが初めてなのでしっかりと自己紹介と挨拶、アポイントメント無しでの突然の祈りについての謝罪をしておく。
『あ、はい。これはご丁寧に……ってえぇっ!?』
女神エリスの突然の大声に、あなたの体がビクリと反応する。
神父が何事かと首を傾げるも、目を閉じているあなたにそれは分からなかった。
『ちょ、ちょちょちょっとそのままで待っててください!!』
慌てた声の女神エリスがそう言うのと同時に、聞きなれない謎の音声が聞こえてきた。
いや、音声というか音楽と呼ぶべきだろう。
CDを使った時とはまた別の、機械的な人工の音楽だ。
尚あなたは知る由も無いが、この時流れていたのはエリーゼの為に、という地球の曲だったりする。
『し、失礼しました』
およそ三分後、ようやく曲が終わり女神エリスは戻ってきた。
ちなみにそのままで待っていろと言われたあなたは、三分間ずっと祈りを捧げる体勢のままだったので、そろそろ遠巻きにあなたを見守っている神父の視線が心配そうなものに変わってきている。
『改めまして……私の名はエリス。死者に新たな道を案内する女神です。あなたは私の信者と共に神器回収を行ってくださっている方ですね?』
あなたは女神エリスがそのような仕事をしているのを初めて知った。
異邦人であるあなたも、この世界で死ねば女神エリスの御許に
『どうやらアクセルの教会からお祈りしているとの事ですが……なんで信者じゃないのに祈りが届いてるんでしょう……いえ、そういうのが一度も無かったわけではないのでいいんですが、どうしてあなたは私の声が聞こえているのですか?』
前者はさておき、後者についてはあなたが常時装備しているアイテムのエンチャントの効果である。
神が発する電波をキャッチする、ただそれだけのエンチャントであり、戦いの役に立ったりはしない。
しかしあなたはこれを常用している。信仰者として当然の話だ。装備しないなど考えられない。
『なるほど、神器ですか。それでしたら私にも心当たりがあります』
全く違うのだが、あえて訂正するまでもないだろうとあなたは口を噤んだ。
女神エリスはあなたが異世界の人間であるという事を知らないのだから。
『それで、本日はどのようなご用件でしょうか? 私の信徒でないあなたがこうして祈りを捧げている今、余程の事が起きたと思うのですが。神器回収の件についてのお話ですか?』
それほど重大な事件が起きたわけでは無いが、全く的外れでもない。
あなたは用件を告げた。
『……え? 引越し、ですか?』
どこか困惑した風である女神エリス。
そう、あなたは女神エリスに引越しの挨拶をする為、そして引越し先を話す為に教会に足を運んでいた。
理由は簡単。あなたは盗賊のクリスが普段どこに住んでいるか知らないからだ。
女神エリスはあなたに神器回収の手伝いを依頼する際に手紙を送ってくるが、今のままでは今のあなたの家に手紙を送ってきてしまう。それは困る。
王都の例の宿屋というのも考えなくはなかったが、いっそ本人に直接告げた方が手っ取り早いだろうと踏んだわけである。
『ああ、はい。そういう事でしたか。分かりました。では今度からはそちらの方にお手紙を送りますね』
腑に落ちたとばかりの女神エリス。
しかし大丈夫だろうか。
クリスに伝えてもらわなければ意味が無い、と突っ込むのは非常に野暮な話ではあるのだが。
『……ふふっ』
女神エリスの含み笑いが聞こえてきた。
彼女の琴線に触れるような面白い話だったのだろうか。
『あ、すみません。実は私、お引越しの挨拶とかされたのは初めてだったので、ついおかしくなってしまって』
それはまあ、自身の信仰する神にわざわざ引越しの報告するような信徒はいないだろう。女神エリスとしても、そんなものを聞かされてどうしろという話である。
あなた達の信仰する神々は常時というほどではないものの、イルヴァにおける筆頭信徒であるあなた達の動向に注目しているので、わざわざ引越し先を話すまでもないわけだが。
あなたはこの世界における
女神エリスには最も信を置く信者はいないのだろうか。
アクシズ教徒にはゼスタという名前の最高責任者がいるというのは知っているが、彼もあなた達ほど特別に女神アクアの寵愛を得ているわけではない。
あえて挙げるのであればカズマ少年があなた達に近しいのだろうが、彼からはどうにも信仰心というものが感じられない。
『特別な信者、ですか? 私にそういう方はいないですね。でも皆大切な信者の方々ですよ』
ノースティリスの住人にとって神々は姿を現さずとも、非常に身近な存在だ。
どこか嬉しそうにあなたに話しかけてくる女神エリスの様子を受け、意外にこの世界の人間と神々の間には距離があるのかもしれないとあなたは思った。
話し始めて数分は経過しているのに、今もあなたにかかりっきりであるのがいい証拠だ。
と思っていたのだが、女神エリスが暇な理由は本人が説明してくれた。
『ああ、それはですね。先ほども言いましたが、私は死んだ方を来世に導く担当の女神なわけですが……私が担当しているのは、その中でもモンスターによって命を落としてしまった人達の案内のみだからです』
なるほど、とあなたは納得した。
女神エリスが暇なのは今の季節が関係しているのだろう。
『はい、普段はそこそこ忙しいのですが、今のような冬の間は冒険者の皆さんは殆ど外を出歩かないので、喜ばしい事に退屈出来ているんですよ。私が暇だという事は、それだけ皆さんが元気で暮らしているというわけですからね』
それはとても女神らしい台詞であった。
女神エリスは幸運を司る女神だが、その物言いはむしろ癒しの女神のようである。
うみみゃあとか絶対に言いそうにないな、とあなたは思った。
『それに私もずっとここにいるわけではないんです。時には他の者に代わってもらって、コッソリ……いえ、この話は止めておきましょう』
非常に気になる所で止められてしまったが、大方こっそり地上に降りていると言いたかったのだろう。クリスと行動を共にする事のあるあなたに勘繰られるのは不味いと思ったのかもしれない。
生憎あなたはクリスの正体を知っているし、女神エリスが地上に降りてやっている事が神器回収という名の盗賊稼業だという事も熟知しているわけだが。
■
さて、そんなこんなで時間は飛んで数日後。
あなた達は無事に引越しを終え、新居に足を運んでいた。
新築となったウィズの家と店はいい。
あなたも中に入って見せてもらったが、ピカピカの壁や屋根といい、綺麗で広くて本当に住み心地が良さそうであった。
職人達の仕事が随所に光っているのが一目で分かる。
問題はあなたの引越し先である。
「なんというか……今度の俺達の家は随分とボロっちいなぁ、オイ」
溜息を吐きながら言ったベルディアの言うとおり、あなたの新居は今まで住んでいた家と比較すると建ってから年数が経っており広さもかなり劣っていた。
具体的には一階建てで、敷地もウィズの家の七割程の広さしかない。
以前の住人は男一人暮らしだったので不足は無かったのだろうが、あなたとベルディアが住むと考えるとどうにも物足りないレベルだ。
それでもあなたはこの家をこの世界における終の住み処と定めていた。
ウィズが引っ越さない限りは、であるが。
「あの、本当に引っ越して良かったんですか?」
「言っちゃうのか。お前は荷物も運び終えた今になってそんな事を言っちゃうのか」
「だ、だってベルディアさん……」
「まあ、この家を見た後だとその気持ちは分からんでもないがな……」
前の住人の手前直接口には出さないが、ウィズは明らかにグレードが落ちてしまったあなたの家について気まずい思いをしているようだ。
確かにボロ家一歩手前の家とはいえ、あなたには秘策があった。
一見するとごく普通の看板にしか見えないそれを取り出す。
「それは……」
「ハウスボードだな」
そう、ハウスボードである。
あなたはこれを使って思う存分家の床や壁といった内装を弄るつもりだった。これは以前の家でもやっていた事だ。
アクセル全域がハウスボードの効果範囲内なので、当然引越し先でも使う事が可能である。
いっそバレない程度に敷地を弄ってもいいかもしれない。バレなければ犯罪ではないのだ。
「えっと、じゃあ、もしよろしかったらですけど……こういうのはどうですか?」
ハウスボードを使うのなら、とウィズが図を描きながら始めた提案に、あなたとベルディアは顔を見合わせる。
あなたとしてはこれからは自分でしなければならない面倒な家事の事を考えると拒否する理由がこれっぽっちも無いが、しかしそれは。
「なあウィズ、それは今までと何が違うのだ? ……いや、確かに完全に同居だったのが半同居になるくらいの違いは俺もあると思うが、実質同居も同然だろ」
「……まあ、確かにあまり違いは無いですけど。今までお世話になったお礼とか全然出来てないですし……新しい家、私が一人で住むには少し広すぎますし」
ウィズの行った提案とは、ハウスボードを使ってあなたの家とウィズの家の一部を繋げてウィズの家をあなた達も使う、というものであった。
その代わりにあなた達の家をウィズも使うと言っているので、本当に何も変わらない。強いて今までと変化があるとすれば、居候が本格的な同居になり、多少あなた達とウィズの部屋が離れるくらいだろうか。
そして実際に可能か不可能かで言えば、ハウスボードを使えば余裕で可能である。
「でもこれならそちらの家も広く使えますし、色々と便利になると思うんです。そちらの家のキッチンやお風呂を無くして、私の家の方で食べるとか入るとかすればいいわけですし」
「飯までか」
「どうせ一人分作るのも三人分作るのも同じですから。それで、どう……でしょうか?」
マシロを抱きながら、瞳を不安げに揺らしウィズは問う。
ベルディアは決定に関しては我関せずとあなたに丸投げする方針のようだ。しかしどこか期待している風でもある。
どうするかと考え、ふとあなたの脳裏に過ぎったのは酔ったウィズの懇願と例の悪夢。
きっと大事なのはどうするか、何が正しいのかではなく、己がどうしたいか、なのだろう。
考えるまでも無い。答えは一瞬で出た。
あなたは周囲に人の気配が無い事を確認し、ハウスボードを操作する。
ハウスボードの効果によって音も無くあなたとウィズの家の壁の一部が崩れ、まるでずっとそうであったかのように互いの家を繋ぐ廊下が一瞬で出来上がった。
「こんなもんが巷に溢れたら大工はどいつもこいつも廃業だろうな……」
感心したようにベルディアが呟く。
日常的に街が更地になるノースティリスで大工などやってられないだろう。
何しろ核や終末で作っては壊され、作っては壊されるのだから。
「えっと……これはつまり……?」
「これからもよろしくお願いしますって事だろ。なあご主人?」
ベルディアの言葉にあなたは首肯しウィズに右手を差し出すと、右手ではなく両手で掴まれた。そのままブンブンと上下に動かされる。
「あっ……こ、こちらこそ、よろしくお願いしますね!」
「俺としてもまあ、毎食ウィズの飯が食えるのは喜ばしいといえば喜ばしいんだが……しかしこれからも
ウィズの眩しい笑顔を見てあなたも表情を綻ばせると同時に、何故かベルディアが肩を落として背中を煤けさせ、ブツブツと何か言っていた。
ウィズの笑顔に浄化されているのかもしれない。リッチーとは何だったのか。
■
その後、あなたとウィズが家具の配置や部屋割りの分担、ハウスボードを使った家の改装案について話し合っている最中に来客があった。
「ふむ、やはりこうなったか」
あなたとウィズの家を繋ぐ廊下を見て意味深な発言をしたのは、ウィズの友人にしてスポンサーであるバニルである。
引越しの準備を行っている際、ウィズのいない所で彼にちゃんと最期まで責任をもってポンコツ店主の面倒を見るのだぞ、と言われたのは記憶に新しい。
「こんにちはバニルさん。そちらのお引越しはもう終わったんですか?」
「うむ。近隣住民との触れ合いを大事にする我輩は既にご近所様への挨拶回りも終えておる。今日は一応の耐久試験の結果を持ってきたのだ」
バニルが懐から取り出したのはウィズが作った軽傷治癒のポーション、そしてポーションを様々な環境で放置した際の経過を記したレポートだ。バニルはウィズが作成したノースティリスのポーションに品質劣化が起きるかを調査していたのだ。
あなたがウィズと二人でレポートを読み込むと、驚きの事実が記されていた。なんとバニルは魔界にもポーションを持ち込んでいたらしい。
「結果から言えば、どこに置いても品質の劣化はおろか変質すら確認出来ず仕舞いであった。お得意様の持ち込んだ器具のみに生産法が限定されておらねばポーション界に革命が起きたやもしれんな」
「道具の再現は出来なかったんですか?」
「お得意様が知っていれば可能であったのだろうがな。数が少ないならば少ないなりに売りようもある」
勿論あなたは機材の作り方など知らない。
ポーションは作れても、ポーションを作るための道具の作り方を知っている人間などそうはいないだろう。
「そうですか……ところで、私が作ったポーションを溶岩の中や魔界の瘴気溢れる沼地に沈めたって書かれてるんですけど」
「それくらいは当然であろう。だが流石に溶岩の中は無理があったな。瓶が一瞬で燃え尽きたわ」
見通す力で分からなかったのか、という疑問が出てくるかもしれないが、バニルはあまりこの力を商売に使いたがらない。
なんでも力で安易に金を稼ぐと必ず手痛いしっぺ返し……相応の代償を支払う必要が出るのだとか。何事も堅実が一番だと大悪魔らしからぬ発言をしていた。
そしてバニルは堅実に稼いだ金を役に立たないガラクタを仕入れる事で吹き飛ばすウィズに頭を悩ませ、ガラクタを率先して買い漁るあなたを理解出来ずとも、お得意様と呼んでありがたがっている。
「溶岩はともかく、これなら売れそうですね」
「うむ。お得意様さまさまと言うべきか。チンピラ女神の所の小僧の商品はともかく、貴様が売りに出す中では初めてのマトモな商品であるな。……まさか我輩の目が黒い内にこのような日が来るとは夢にも思っておらなんだ。もしや我輩は覚めない悪夢でも見ているのでは……おい! 笑いながら我輩の仮面を剥がそうとするのを止めんかロクデナシ店主! おのれ、金づる……もといお得意様がやたらめったら甘やかすせいで店主の沸点が下がり若干イケイケだった頃に戻ってきておるではないか、どうしてくれるのだ!!」
「ば、バニルさん、昔の話は止めてください! あと全然戻ってませんから!!」
「ええい放さんか鬱陶しい!」
突然仲良く取っ組み合いの喧嘩を始めたウィズとバニルを尻目に、あなたはレポートを読み進める。
一通り目を通した感想としては、時間が停まっておらず、魔術的処置すら行っていないにもかかわらず一切劣化、変質しないポーションというものはあなたの想像以上に衝撃的なものだったようだ。
欄外にはバニルや彼の配下である魔族と思わしき誰かが書いた、ポーションについての注釈や考察が書きこまれており、これまた非常に興味深い。
バニルに無理矢理ポーションを飲まされた部下の愚痴まで書かれている。
ウィズとバニルの話し合いの結果、軽傷治癒のポーションは一本三万エリスでこれを売る事になっている。
この世界における効力が近しい、下級回復ポーションの相場よりは若干高い値段だが、こちらは使用期限が無い点が強みだ。
それを思えば妥当な価格設定ではあるのだろう。他所のポーション店を潰すのはウィズの本意ではない。
しかし使用期限が無いのと現状ポーションを作成可能な者がウィズのみという希少価値を鑑みても、たかだか軽傷治癒のポーション一つで安いパンが三百個買えるというのはあなたからすればちょっとありえないというか、完全にぼったくりである。
何せノースティリスでは、軽傷治癒のポーションはそれこそ子供の駄賃で買えてしまう程度のはした金で売っているのだ。あなたの驚きは当然だった。
命が軽く回復魔法を誰でも習得可能なノースティリスでは比例して傷を癒すポーションの価値も低く、命が重くプリーストが少ないこの世界はその逆という事なのだろう。ポーションの値段が命の値段だと思えばよく分かる。あなたは改めて彼我の世界観の差異に驚かされるのだった。
「バニル式殺人光線――!」
「ライト・オブ・セイバー!!」
気付けば止める者のいない二人の喧嘩は激しくエスカレートしていた。
名前からして非常に物騒な技をバニルが放ち、ウィズは眩い光の剣でそれを切り払う。
あなたが贈ったマナタイトの指輪はちゃんと機能しているようで、以前見た時よりも明らかに魔法の威力が上がっていた。
そして切り払った殺人光線の余波があなたの方に飛んできたので首を曲げて回避する。流れ弾はそのまま後ろの壁に直撃したが、壁には傷一つ無く穴も開いていなかった。殺人光線なだけあって人間にしか効果が無いのかもしれない。
「当たらなければどうという事はありません!」
「ちぃっ、無駄に動けるようになりおってからに!」
それにしても、二人は実に楽しそうだ。
室内で暴れるのは止めろと言いたいが、そろそろあなたの手が疼きだした。
ウィズと積極的に喧嘩をする気は無かったが、自身と同等の力量の持ち主達が目の前で楽しく暴れているのを黙って見過ごすほどあなたは大人ではないし、このままではとても満足出来そうに無い。
混ざっても良いだろうか。むしろ混ぜてもらいたい。是が非でも混ざるべきだ。そろそろまぜろよ。
ウィズにつくのはアンフェアなので三竦みで行こう。三人で仲良く
あなた達にとって友人との
あなたは箍の外れかけた、餓えた野獣の表情で愛剣を呼び出した。笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点であるとは誰が言った言葉だったか。つまりそんな表情をしていた。
「おい馬鹿止めろ……止めろ。麻呂はもう我慢出来ないでおじゃる! とかヒャア! がまんできねぇ! 0だ! みたいな頭に虫が沸いてるとしか思えないヤバい顔した今のご主人が混ざったら本気で収拾が付かなくなるから絶対に止めろ。引越し早々家無き子とか笑い話にもならんから」
騒ぎを聞きつけて現れたベルディアが愛剣を鞘から解放しようとするあなたの腕を掴んで首を横に振る。肩の上にマシロを乗せる彼はいつに無く真剣な顔つきであった。
テンションを鎮火させ、ベルディアの言う事にも一理あるとあなたは渋々ながら剣を収める。そして混ざれないなら止めさせるとパンパンと手を叩いて二人の喧嘩を仲裁する事にした。
「す、すみません……つい……」
止めても二人が喧嘩を続行するのであれば今度こそ混ざるつもりだったのだが、二人はあっという間に矛を収めてしまった。あなたからしてみれば実に不満足な結果である。
――――かくしてアクセルが人っ子一人いなくなって更地になる
「なんだろう、俺今世界を救った気がするぞ。元魔王軍幹部なのにな。とりあえずご主人は二人の喧嘩に混ざれなかったからって露骨に不満そうに俺を見ながら舌打ちするのを止めろこのイカレポンチ」
■
そして、長かった冬が終わり春がやってくる。
雪は解け、冬将軍はどこかに引っ込み、ジャイアントトードや一撃熊が元気に冬眠から覚めてモンスターに殺される人間を担当する女神エリスは大忙し、草木も青々と茂る出会いと別れの季節。
そんな、退屈で燻っていた各地の冒険者が一斉に活動を再開し始めたある日の事。
無給はウィズの気が咎めるとの事で、時給100エリスのバイトで新装開店間近なウィズの店の呼び込みチラシを黙々と作成していたあなたの新居に珍しい来客があった。
「反則! こんなのは反則でとんだ裏切り行為ですよこのぐうの音も出ない畜生め! なんですかレベル37って、レギュレーション違反という言葉があなたの辞書には無いんですか! 私みたいな14歳になったばっかりの子供にマジになっちゃって大人気ないとは思わないんですか!? 聞いてるんですか仕舞いにゃ爆裂魔法でぶっ飛ばしますよ!!」
あなたには全く身に覚えの無い不穏な発言と共にあなたの家に押しかけてきたのは半泣きのめぐみん、そして彼女の後ろでおどおどしながらも私頑張りました、とばかりにこっそりあなたにダブルピースを決める、最近レベルが37に上がってテレポートを習得したゆんゆんであった。