このすば*Elona   作:hasebe

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第52話 頭がおかしくない廃人などいない

 それは、二人があなたの家を訪れるほんの少し前の話。

 

「勝負よめぐみん! 今日こそあなたに勝ってみせるわ!」

「おや、久しぶりですね。確か前回はジャイアントトードの粘液でネトネトになって半べそかいて逃げたんでしたっけか」

「ネトネトになったのはお互い様でしょ!? というか粘液塗れで寝技しかけてきためぐみんのせいじゃない!」

 

 軽く会話のジャブを放ちつつ、いつも通りに強かなめぐみんは自分が勝つ自信のある勝負を持ちかけた。

 

「ふむ……じゃあ今日はレベルで勝負です」

「レベル?」

「そうです。ちなみにデストロイヤーに続いて魔王の幹部であるバニルを退治し、更に大幅にレベルアップした私のレベルは……」

「い、幾つになったの……?」

「見たいですか? ふふん、いいですよ?」

 

 渾身のドヤ顔で自身の冒険者カードを見せびらかすめぐみん。

 現在のめぐみんは駆け出しではなく最早中堅冒険者のレベルであり、中堅とはいえここまでレベルを上げるには一般的な冒険者であれば軽く数年は必要になる。

 めぐみんが冒険者になって一年も経っていない事を考えれば、女神アクアに派遣された転生者のように強力な能力や装備無しの冒険者としては異例のスピードである。

 そんなめぐみんを前に、ゆんゆんは俯いて肩を震わせ始めた。

 

「ふ、ふふふっ! うふふふふふ!」

「な、なんですかいきなり。気持ち悪い笑い方をして」

「めぐみん、今回は私の勝ちみたいね! これを見てみなさい!」

「……んなあっ!?」

 

 目を剥き驚きの声をあげためぐみん。

 どこからともなくゆんゆんが取り出したのは、自身の冒険者カード。

 そのレベルの部分に刻まれているのは燦然と輝く、37という数値。

 レベル37。レベル37である。言うまでもないがめぐみんは負けていた。それも大差をつけられて。

 

「あの魔剣使いの……なんでしたっけ。まあ名前はともかく、低レベル冒険者のカズマにワンパンで負けた魔剣使いのナントカさんと同じレベル……だと……!?」

「誰の事言ってるの?」

 

 王都でも有名な魔剣の勇者ミツルギは出会いと印象が最悪だったせいもあってめぐみんに名前を完全に忘れられていたが、それでもその高いレベルだけは覚えられていた。

 さておき、めぐみんが中堅ならゆんゆんは王都で活躍するような、押しも押されぬ上級冒険者だ。めぐみんのレベルアップ速度が異例なら、ゆんゆんのそれは異常。女神の力添えがあってもまともではないと断言出来るスピードである。

 更に紅魔族という生まれつき優秀な種族の中でも指折りに優秀なゆんゆんであれば、平均的なレベル40台後半の冒険者と比較しても何ら遜色無い能力値ですらあった。

 

「私の記憶が確かなら、貴女はデストロイヤー戦の後に上級魔法を覚えたばかりでレベルも20くらいだった筈。それがテレポートまで習得しているとはどんなインチキを!?」

「い、インチキなんかじゃないわ! 修行……修行かな? うん、これが修行の成果よ!」

「修行? ボッチのゆんゆんが危険な冬にどこで修行したと――――!!」

 

 その瞬間、めぐみんの脳裏に電流が走る。

 

(そういえばこの前、カズマや頭のおかしいのと一緒に鉱山街に行った時、ゆんゆんは買出しに行くだけの筈だったのに完全武装でした。まるで依頼やダンジョンに行くかのように……!)

 

 震える声を必死に抑え、確認の為に問いかけた。

 

「ゆんゆん、貴女まさか、あの頭のおかしいのに……!」

「ふっふっふ、バレちゃ仕方ないわ。そう、実は私は冬の間、ずっとあの人とウィズさんに修行をつけてもらっていたの! めぐみんに勝つ為にね!」

「なん……だと……!?」

 

 アクセルのエースこと頭のおかしいエレメンタルナイトと、現段階では自分以上の爆裂魔法を使う凄腕アークウィザードにしてアンデッドの王、リッチー。

 誰もが認めるこの街のツートップにあろう事か自身のライバルが師事していたと聞き、めぐみんは視界がぐらついた。なんたる暴挙。斯様な狼藉は許しておけぬとめぐみんの魂が義憤で吼えた。

 

「レベルに関してはあの日、めぐみんと別れた後にダンジョンで養殖で上げてもらったわ! 実は養殖やってた時の事は途中から全く覚えてないんだけど!」

「い……インチキ! こんなのインチキですよ! 訴えてやる!」

「ちょっ、どこ行くのめぐみん!?」

「憎い憎いアンチクショウにクレーム入れてやるに決まってるじゃないですか!」

 

 言葉に出来ない原因不明の謎の憤りに身を任せ、勢いよく駆け出すめぐみん。

 勿論向かう先は最近魔法道具店の隣に引っ越したとかいう、頭のおかしいエレメンタルナイトの住処だ。

 

 

 

 

 

 

 ギャンギャンとインチキだの訴えてやるだのと意味不明な事を喚くめぐみんを落ち着かせてゆんゆんに事情を聞いた所、以上のような答えが返ってきた。

 

「というわけで保護者にクレームに来たわけです」

「すみません、めぐみんがご迷惑を……」

「しれっと私を悪者にするのはやめてもらおうか」

「いや、人の家に怒鳴り込むのは普通に悪者だと思うんだけど」

 

 なるほど、話はよく分かったとあなたは頷く。

 だが見て分かるように、今のあなたはチラシ作りに忙しいのだ。

 暫く二人で遊んでいてもらいたいとそっけなく作業に戻る。

 

「い、今忙しいから後で!? あなたは私と作業のどっちが大事なんですか!?」

 

 力強くテーブルを叩いて吼えるめぐみん。

 本人にその気は無いのだろうが、彼女のその発言は大抵の男がげんなりするであろうめんどくさい女丸出しであった。

 そしてめぐみんの話とウィズの店の手伝いのどちらが大事と聞かれれば、勿論ウィズの店の手伝いだ。

 これがウィズと作業の比較だったならば即答でウィズが大事だと答える所なのだが。

 

「溜息!? よりにもよって溜息をつきやがりましたねこの野郎! しかもそんなめんどくさそうに!! しっしっ……じゃないんですよせめてこっちを見なさいよオイこらぁ!!」

 

 マナタイト製の杖で殴りかかってきたので窃盗で奪い取る。

 勿論めぐみんを視界から外したまま。

 しかしめんどくさそうにと言うが、実際めんどくさいので仕方無い。

 

「す、スティール無しにスリとか無駄に器用な真似をしますね……しかも私の方を見ないままでとか手癖の悪い。後私の杖を返してください」

 

 屋内で長物を持って暴れられると家具が壊れて迷惑なので後で返すと拒否する。

 暴れるくらい元気かつ暇なら作業を手伝ってくれてもいいのだが。

 

「あの、私の気のせいかもしれないですけど。めぐみんへの対応が普通より雑じゃないですか? いい意味でというか、気楽というか」

 

 大体合っているとあなたはゆんゆんの疑問を肯定した。

 打てば響く元気のよさも相まって、めぐみんは友人でもましてや遊び相手でもないが、あなたは自身を宿敵と定め、遠慮なく突っかかってくる彼女の事を多少雑に扱ってもいい相手だと勝手に決めているのだ。

 実際あなたは彼女の相手をするのは嫌いではないし、気が楽だったりする。それはそれとして今忙しいのも本当なのでめんどくさいのに変わりは無いのだが。

 

「ぶっころ」

「めぐみん!?」

 

 何故か突然興奮して今度はグーで殴りかかってきた素直になれない可愛い妹的存在、もとい暴力アークウィザードの頭をトレードマークの帽子の上から片手で押さえつける事でその場に縫い付ける。

 必死にあなたの拘束を解こうと試みるめぐみんだが、圧倒的体格差とステータス差でそれは叶わない。

 相手が幾ら不世出の天才魔法使いといえど、純後衛の子供に腕力で負けるほどあなたは弱くないのだ。

 

「ちょっ、頭押さえないでください! 殴れないじゃないですか!」

 

 はいはい可愛い可愛い、と笑いながらそのまま小さな頭を前後左右に揺らす。

 めぐみんの細く白い首を痛めないようにするあなたの絶妙な力加減が光って唸る。

 

「ちょ、め、目が回……やめ……やめろぉー! 髪がぐしゃぐしゃになります! セクハラで出る所に出てもいいんですよ!? そして勝ちますよ私は!! 後で吠え面かいても知りませんよ!?」

「……めぐみん、なんか構ってもらえて嬉しそうね」

「節穴ですかこのアンポンタン! これのどこが嬉しそうに見えると!? 私をぼっちで構ってちゃんのゆんゆんと一緒にしないでもらいあああああああだから揺するのを止めろと何度言えば!?」

 

 

 

 

 

 

 何度あしらっても全く引かないめぐみんがうるさいのであなたは仕方なく一時作業を中断する事にした。

 別室でポーションを作っていたウィズが騒ぎを聞きつけ、私はいいのでめぐみんさんを優先してあげてくださいと言ったのも大いに関係している。

 

 まあ、あなたにも同じような経験があるので友人にしてライバルであるゆんゆんにレベルで大きく水をあけられためぐみんの気持ちと悔しさは理解出来る。

 悔しさをバネに努力を積むのも強くなる為には大事だ。今まさにゆんゆんがやっているように。

 

 しかしゆんゆんはあなたに鍛えてほしいという依頼を出し、あなたはそれを受けただけに過ぎない。

 あなたが彼女を鍛えたのはあくまでも冒険者としての活動の一環であり、めぐみんに対する当てつけのつもりはこれっぽっちもなく、報酬も先払いでちゃんと受け取っている。

 

 そういうわけなのだが、めぐみんは一体あなたにどうしてほしいのだろうか。

 めぐみんとは顔見知り程度でしかないウィズがどうするかは知らないが、あなたはゆんゆんと同様に修行をつけてほしいのならば応えるつもりだった。

 その場合はゆんゆんと同じく、最低でも数百万エリスの現金か値段相当の品を用意してもらうが。

 

「見損なわないでください。宿敵に鍛えてもらうほど私は落ちぶれていません」

 

 ではまさか精神的苦痛を味わったので慰謝料でも寄越せと言うのか。

 もしそうなら笑いながらおとといきやがれとしか言えない。

 

「金、金、金! アクセルのエースとして恥ずかしくないんですか!」

 

 冒険者以外の発言は認めない。

 

「おのれ……いや、ちょっと待ってください。私も冒険者なんですけど」

 

 だからめぐみんの発言を認めると言っているではないか、とあなたは不思議そうな顔をした。

 

「ええい紛らわしい。って私が言いたいのはそういうのではなく……なんていうか……そう! ズルいじゃないですか! 強いモンスターしかいない冬だろうが普通に討伐依頼を片っ端からこなしていくような頭のおかしいのと養殖とか!」

 

 ズルいと言われてもゆんゆんはめぐみんに勝ちたいから鍛えてほしいという依頼を出し、自分はそれを受け入れ、ゆんゆんがめぐみんに勝てるように修行をつけただけであるとあなたは先ほどの主張を再度繰り返した。

 ゆんゆんはゆんゆんで相応の対価を支払い、養殖という促成栽培のパワーレベリングだけでなくしっかり努力して技術も磨いている。

 

「しかしずっと私に秘密にしていたというのが気に入りません。アンフェアです。ゆんゆんがあなたの家に入り浸ってると知っていたら私だってもっとカズマの尻を蹴っ飛ばして修行してました。あなたは私達の関係を知っているのですから、普通は一言くらいあってもいいのでは?」

「えっとね、めぐみん。それは……」

 

 今日まで彼女に修行の件を伏せていたのは、ゆんゆんがそれを望んだからだ。

 曰く、強くなった自分を見せてめぐみんを驚かせたいと。

 

「驚きましたよ。ええ、そりゃあもう驚きましたとも。ゆんゆんの裏切り者め……貴女はそんな卑劣な人間ではないと信じていたんですがね……」

「ええっ!? 私そこまで酷い事言われるような事した!?」

「しました」

 

 ぎろりとゆんゆんを睨みつけながら怨嗟の声をあげるめぐみんは地味に大人気ない。

 あなたがそれを言いますか、というめぐみんの声が聞こえた気がしたが無視する。

 まあめぐみんはゆんゆんのようにソロの冒険者ではない。ようやく春になったのだし、カズマ少年達と楽しくレベリングに勤しめばいい。

 

「ぐぬぬ……バニル討伐の賞金で借金が無くなったせいで、カズマもアクアも相変わらずグータラしたままなのですが。確かにそろそろケツを引っ叩いてもいい頃合いですか」

 

 自身が理不尽な事を言っていると理解しているのだろう。

 やがて諦めたようにめぐみんは溜息を吐き、ゆんゆんに向き直った。

 

「ゆんゆん、これで勝ったと思わない事ですね! 我が爆裂魔法は世界一! ちょっとレベルが上になったからっていい気になってもらっては困りますよ! 私はすぐに追いついてみせます!」

「勿論よめぐみん! レベルで上回ったからって本当の意味で貴女に勝ったとは思っていないわ! これからも私は貴女に挑み続ける!」

 

 新たに決意表明するめぐみんと、嬉々としてそれを受け入れるゆんゆん。

 やはり二人にとって勝負は大事なコミュニケーションなのだろう。遊びで命を奪い合いこそしないが、あなた達と同じように。

 少女達のやりとりを眺めて微笑ましい気分になりながらも、あなたは今は会う術の無いノースティリスの畜生揃いの友人達に想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 作業を再開しながら仲良く雑談を交わすあなた達だったが、ふとレベルの話になった。

 現在ゆんゆんのレベルは37なわけだが、それに負けためぐみんは今どれくらいのレベルなのだろうか。

 

「……24です」

 

 自分の冒険者カードを見せながら、若干悔しそうに言っためぐみんのレベルは確かに24だった。

 ステータスに関しては筋力や生命力は低空飛行だったが、それ以外の数値についてはそこそこバランスが良い。流石紅魔族といった所だ。

 中でも特筆すべきは魔力だろう。紅魔族随一の天才アークウィザードの名に相応しく文字通り桁が違う凄まじい数値を叩き出していた。

 次いで知力もかなりの高さである。

 

 総じて、めぐみんの能力はおよそ考え得る限りこの世界における理想的な後衛と呼べるだろう。

 ゆんゆんやウィズのように自身が前に立って戦う事は叶わずとも、今のレベルでも彼女に比肩する魔法使いはそういないのではないだろうか。

 対してライバルのゆんゆんのステータスバランスはめぐみんの突出した魔力を削って筋力と生命力、敏捷にバランスよく割り振った形になっている。

 二人とも同年代では確実に頭一つ以上抜けている。共に将来が実に楽しみな少女達だった。

 

 あなたは素直に称賛を送った。

 

「そ、そうですか? まあ私は紅魔族随一のアークウィザードなので当然ですが、そこまで言われて悪い気はしませんね」

「めぐみん、顔がにやけてるよ? 褒めてもらえてそんなに嬉しかったの?」

「目と脳の錯覚では?」

 

 だからこそ、彼女が爆裂魔法しか習得していないのが悔やまれる。

 爆裂魔法が素晴らしい魔法である事に疑いは無い。

 そしてその才覚と努力の全てを爆裂魔法の一撃に捧げるめぐみんの壮絶な覚悟には敬意を表するが、やはり一撃でダウンして小回りが利かない彼女は残念としか言えない。

 核にも似た彼女の運用方法自体は幾つも思い浮かぶが、それなら爆裂魔法以外のスキルを多数習得していてステータスも廃人級、爆裂魔法の威力もめぐみんより高いウィズに助力を頼みたいというのがあなたの偽らざる本音である。

 

「おい、まだレベル24の私とウィズを比較するのは止めてもらおうか」

 

 あなたが笑顔でそう締め括ると、めぐみんは頬をひくつかせあなたの脛を蹴ってきた。地味に痛い。

 だが確かにめぐみんの言うとおりだ。中堅レベルと廃人級、比較対象が間違っていたかもしれない。

 

「そもそもこういう場合、私と比較すべきはゆんゆんだと思いませんか?」

 

 唐突に水を向けられ、ゆんゆんは自身を指差した。

 

「え、私?」

「当たり前じゃないですか。……それで、あなたはゆんゆんと私、どっちを選ぶんですか?」

「ねえめぐみん大丈夫!? 今のって物凄く意味深な発言な気がするんだけど本当に大丈夫!?」

「……はあ? 何ですか藪から棒に。私はただパーティーを組むならどっちがいいか聞いてるだけじゃないですか」

 

 めぐみんとゆんゆん、どちらを選ぶのかと聞かれても困りものだ。

 どちらにせよレベルそのものが足りていないので、二人ともあなたがパーティーを組む主な理由である玄武や冬将軍のような超級の相手とは戦わせられない。

 

「そんな事は分かっています。それでも選ぶとしたらどっちかと私は聞いているんですよ」

 

 二人のどちらを選ぶかと聞かれれば、時と場合による、としかあなたには答えられなかった。

 大軍や単体の強敵を相手にするならめぐみん、ダンジョンに潜る時のように継続的に戦闘を行うならゆんゆんといったように。

 ウィズのようなごく一部の例外を除き、他の追随を許さない圧倒的な火力を誇るがワンパンで戦闘続行不可能を通り越して身動き一つ取れなくなるめぐみん。

 体術も一通り修め、全体的に優秀な能力を持ち汎用性も高いものの、あなたもウィズも持っている、己が信を置く高火力の攻撃を持たないゆんゆん。

 どちらもあなたから見れば一長一短である。

 

「やれやれ、面白みの無い玉虫色の回答ですね」

「め、めぐみん……そこまで言わなくても……」

 

 まあゆんゆんが爆裂魔法に忌避感を抱いていない以上、レベルドレインと養殖を繰り返して爆裂魔法を取得すればそこは解決するわけだが。

 ところで話は変わるが、ここにレベルが下がるポーションがあるのだがどちらか飲まないだろうか。希少な代物だが数はそこそこ揃えているので飲みたかったら三本くらいなら飲んでいいとあなたは言った。

 

「レベルダウンのポーション!? 絶対嫌ですよそんなの!!」

「他人にレベルを下げろとか言う人間を私は初めて見ました」

 

 ゆんゆんは強い拒絶を示し、めぐみんはあなたにドン引きしている。

 味は美味しいとは言えないが、悪いとも言えないので普通に幾らでも飲めるのだが。

 

「いえ、味を気にしているわけではなくて……それはともかく絶対に飲みませんからね?」

「飲むわけないでしょう、常識的に考えて」

 

 あなたがどこからともなく取り出した下落のポーションをすげなく拒否する二人。

 やれやれ、まったく紅魔族はワガママだとあなたは肩を竦めた。

 この世界の人間はレベルが下がる事に生理的に忌避感を抱くのは知っているが、願いの杖が使えないこの世界のスキル育成の効率においてレベルドレインと下落転生の右に並ぶものは無いというのに。

 強くなるためならば多少の忌避感など飲み込んで然るべきではないだろうか。レベルが下がったからといっても、別に死ぬわけでも精神が崩壊するわけでもないのだから。

 

「ええ……ねえめぐみん、これって私達が悪いの……?」

「そんなわけないでしょう。百人中九十九人、それこそこの頭のおかしいの以外は皆私達が正しいと断言しますよ。レベルダウンのポーションは自分で飲んでください」

 

 白い目であなたにそういっためぐみんに、自分はもう何度も嘔吐しながら飲んだ後だとあなたは答えた。

 といってもあなたが下落のポーションをガブ飲みしてレベルを下げたのは二人の知らない異世界、ノースティリスでの話なのだが。そして今のあなたが再びレベルを1に戻して下落転生を行うには数千本の下落のポーションが必要になってしまう。調達自体は時間をかければ可能なのだが、それは効率的ではない。

 そんなわけで調査を兼ねて誰か適当な人物に下落のポーションを飲ませようと思っていたのだが、気付けば二人の紅魔族の少女達があなたを見る目が、何故か駆け出し冒険者が初めて廃人同士の戦闘を見た時特有の理解出来ないモノを見るそれになっていた。

 

 特に理由は無い。理由は無いがあなたは無表情でマレイロンを取り出して二人に差し出した。

 

「なんですか、これ」

 

 マレイロンとは食べると魔力と意志が上がる食用のハーブである。

 レベルや他の能力が下がったりはしないしその他の副作用も無いのは保障するとあなたが告げると、二人はおっかなびっくりハーブを受け取った。

 

「食べるだけで魔力が上がるって、また胡散臭いものを出してきやがりましたね。レベルダウンのポーションといい、どこで見つけてくるんですかそういうの」

「あ、でも凄くいい匂いがする」

 

 ハーブなので香りがいいのは当然だ。

 一見すると普通の草にしか見えないが、生で丸齧りする為のものなので騙されたと思って食べてみてほしい。

 

「……まあ、魔力が上がるというのであれば」

「私もいただきます」

 

 もしゃもしゃとマレイロンを食むめぐみんとゆんゆん。

 あなたはぽつりと呟いた。

 

 

 

 ……本当に食べてしまったのか?

 

 

 

「? ――――んぐっ!?」

「ゴホッ! た、謀りましたねこの下郎……! ……み、水……!」

 

 刹那、二人の顔色が青に変わり苦虫を噛み潰したような表情になった。

 あなたがニヤリと邪悪な笑顔でクリエイトウォーターでコップに水を注ぐと、二人はそのままひったくって勢いよく一気飲みした。ハーブを吐き出さなかったのは幸いである。

 なんて物を食べさせたのか、と言われるかもしれないが、本当にハーブは生食でないと効果が無いのだ。

 ちなみにこのマレイロンは生のまま齧ると酸味に近い苦味がする。

 率直に言ってゲロマズである。あなたは食べ慣れているが。

 

「何しれっとゲロマズとか言ってるんですか!」

「こ、これ……胡椒や唐辛子みたいな、香辛料とかそういうものなのでは……?」

 

 涙目のゆんゆんの言うとおり、生食に向いていない味なのは確かだった。

 して、ノースティリスの冒険者達を悪い意味で唸らせるハーブの味の感想は。

 

「味? 辛くて苦しいです。……分かりますか? つらくて、くるしいんですよ!」

「二度と食べたくないです……」

「これでステータス上がってなかったら本気で爆裂魔法ぶち込みますから覚悟してください」

 

 さもあらん。ハーブ類が健康にいいのは確かなのだが味はお察しである。

 だが能力が上がるのは嘘ではないのだ。嘘だと思うのならステータスカードを見てみればいいとあなたは促した。

 

「あ、ちょっとだけど本当に魔力が上がってる……えぇー……」

「私もですが、激しく納得いきません。そりゃあ確かにあれを食べたら意志が上がるのも当たり前っていう味でしたが、どうしてあなたはこんなものを私達に食べさせたんですか」

 

 なんとなくである。

 特に理由は無い。

 

「絶対嘘ですよね!?」

 

 まあ嘘なのだが。

 ついカっとなってやった。後悔も反省もしていないし満足している。

 

 ハーブの味に関しては舌直しに他の料理と一緒に食べるのが正解なのだろうが、ストマフィリア以外のハーブ類はドカ食いしてなんぼの食料なので結果的にノースティリスの冒険者達は自然と味覚への拷問耐性を習得する事になる。

 かくいうあなたも適当なネフィアに潜り、体力と生命力が回復する武器を使って分裂モンスターを吊るしたサンドバッグを数ヶ月ぶっ続けで飲まず食わず眠らず休まずで餓死と擬似的な不眠状態になりながら殴って過ごし、その後ハーブをしこたま腹に詰め込んだ経験や、やはり数ヶ月に渡り不眠不休で終末狩りをし続けた経験がある。それも何度も。

 あれらはいっそ恐ろしいまでの成長効率を叩き出すのだが、慣れていないと精神が死ぬので注意が必要だ。あなたも最初にやった時は一ヶ月ほどエーテル病の殺戮への餓えも相まって、動くもの全てに襲い掛かるなど精神汚染が酷い事になった。何回死んでも止まらないあなたに業を煮やした友人達に、よってたかって半殺しにされ、サンドバッグに吊るされたのはあの時が初めてだ。

 健全な精神と肉体が資本の冒険者は適度な食事と睡眠を疎かにしてはいけない。

 

 まあ、己の身命の全てを終わりの無い闘争に捧げ、心を砕く事で見えてくる境地と得る力があるというのも事実なわけだが。更に死に慣れたノースティリスの冒険者はどんな無茶だろうとやってしまえる。

 そんなものが健全かはさておき、少なくともあなたは今の自分に対して後悔だけはしていなかった。

 

 

 

 ちなみにあなたはこの後、言葉巧みに嫌がらせ目的でゲロマズのハーブを二人に食べさせた事をウィズにバラされてお説教を食らうわけだが、そちらの件についてもあなたは後悔だけはしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなでチラシ作りの作業を終えたあなたは街に繰り出す事にした。

 目的は勿論ウィズの店のビラ配りだ。

 

 最初はウィズもチラシを作っていたのだが、バニルに頼むからチラシ作りはお得意様と我輩に任せ、汝は売り物のポーションを作っているがよいと懇願されていた。

 ちなみにウィズが最初に作成したチラシはこんな感じであった。

 

 ――激安激ヤバ即ゲット!

 ――新装開店、嵐の1week!

 ――by『ウィズ魔法店』

 

 言葉選びのセンスもさることながら、これが血文字としか思えない赤黒い文字かつ恐ろしい書体で書かれていたのだから堪らない。あなたにはリッチーの凶悪な呪いが篭められた怪文書としか思えなかった。

 

 本人曰く渾身の出来だったらしいが、確かに激ヤバである。これで本当に満員御礼になると思っているウィズの頭とセンスが激ヤバだ。どう見ても自身の店へのネガティブキャンペーンである。

 怖いもの見たさで客は集まるかもしれないが、ウィズはなんというかもう本当に駄目駄目である。わざとやっているのだろうかと邪推したくなるくらい商売に関しては駄目駄目だった。

 ドヤ顔のウィズはとても可愛かったが、差し出したチラシを見た瞬間、バニルは即座にチラシを奪い取って燃え盛る暖炉に放り込んだ。ウィズはショックを受けていたが当たり前だ。誰だってそうする。あなただってそうする。

 

「それで、どこでチラシを配るんですか?」

 

 興味があったのか、あなたに付いてきたゆんゆんがそう言った。

 ちなみにめぐみんもゆんゆんに同行する形で付いてきている。

 

 そしてゆんゆんの問いへの答えだが、あなたは人通りの最も多い中央広場で行動するつもりだった。

 多数の露店が軒を連ね、パフォーマーが人目を集めるあそこであればうってつけだろう。

 

「何をするかは分かりませんが、あなたが持ってるそのケースの中の物を使うんですか? というか何が入ってるんです?」

 

 あなたが持ち出したのは愛器である一挺のヴァイオリンである。

 これを使って人を集め、チラシを配る予定なのだ。

 

「楽器まで弾けるんですかあなたは」

「いいですよね、音楽って。私はそういった芸術的な趣味を持ってないのでちょっと羨ましいです」

 

 羨望の目であなたを見つめるゆんゆんだが、彼女は若いのだし今からでも練習しても遅くはないのではないだろうか。

 あとノースティリスの冒険者にとって演奏は断じて趣味ではない。

 己の安い命を賭けた立派な戦いである。

 

 

 

 

 

 

 ――頭のおかしいエレメンタルナイトと頭のおかしい爆裂娘が来たぞ……。

 ――やべえな、頭のおかしいエレメンタルナイトと頭のおかしい爆裂娘が揃い踏みとか何が起きるんだ。

 ――おい、今すぐここから離れようぜ。いきなり爆発するかもしれん。

 ――頭のおかしい二人の隣にいる女の子、可哀想にな。これからどんな目に遭わされるんだろう。

 ――ストッパーは? 店主さんはいないのか?

 ――エレウィズキテナイ……。

 

 

 広場にやってきたあなた達だったが、なにやら様子がおかしい。

 

「おかしいですね。一気に人気が無くなりました」

 

 めぐみんの言うとおり、あなた達が広場に足を踏み入れると、蜘蛛の子を散らすように人がいなくなり、広場はあっという間に閑散としてしまった。

 パフォーマーもどこかに散っていってしまい、露店もそんな時間でないのに一気に店じまいを始めている。もしかしたらこの場でノースティリスのようにジェノサイドパーティーを開いたらどうなるのだろう、と考えたのがいけなかったのかもしれない。

 

「むう、確かにこんな景色のいい広い場所で爆裂魔法を使ったらどうなるかと思わないでもないですが……ゆんゆん、どうしました?」

「多分皆は二人が一緒だから……ううん、なんでもない」

「おかしなゆんゆんですね、まあいつもの事ですが」

 

 何故かゆんゆんは微妙な顔であなたとめぐみんを見つめていた。

 若干予定は狂ってしまったが、あなたがやる事は何も変わらない。なあに、静かになったと思えばかえって都合がいい。

 人がいなくなったのなら集めればいいのだ。演奏で人を集めるのは演奏家の得意とする所である。あなたは楽器ケースに手をかけ、愛器を取り出す。

 

「なんというかこう、世界最高のヴァイオリンって感じですね」

「うん、世界最高のヴァイオリンって感じです」

 

 旅の吟遊詩人から巻き上げたあなたの愛器、ストラディバリウスを見て二人はそう評した。

 一応今日の為にシェルターの中で腕が錆び付いていないか確認する為に演奏したが、それでもこの世界の人前で演奏するのはこれが初めてだ。

 だが歴戦の冒険者であると同時に演奏家でもあるあなたの心に不安は無く、どんな場所であろうとも演奏に手を抜くつもりは無い。友人も仲間もいないたった一人の演奏会だが、不足は無い。

 

 慣れた手つきで弓を持ち、本体を構える。

 あなたの纏う雰囲気が本気の時のそれに変化した事を理解し、傍で見ている二人が息を呑んだ。

 

 

 かくして廃人の、廃人による、ウィズの為の演奏が始まった。

 

 

 

 

 

 

 その日、女神アクアは暖かくなってきたアクセルの街をぶらぶらと散策している最中であった。

 借金がチャラになり、纏まったお金も手に入り、誰に気兼ねするでもなくダラダラする毎日は最高だったが、それでも時々退屈になるのも確かだった。

 

「そーいえば、そろそろウィズの店がオープンするんだっけ。ちょっと暇潰しに冷やかしに行ってみてもいいかもね」

 

 ついでにあの忌々しい悪魔を滅殺するのも悪くない。

 などと不穏極まりない事を考えていると、どこからか何かが聞こえてきた。足を止めて耳を澄ませる。

 

「うん……? 何かしらこれ。演奏……? 広場の方から聞こえてくるみたい」

 

 ふと気になった女神アクアは暇潰しを兼ねて、音楽が聞こえてくる方に足を向ける事にした。

 やはり広場で演奏しているようで、音は少しずつ大きくなってくる。

 

「しかしこいつ、やけに上手いわね。この私に感心させるなんて何者なのかしら」

 

 

 

 

 果たして、謎の演奏の会場は広場であった。

 

「ええ……何なのこれ」

 

 思わずといった風に呟く女神アクア。

 

 広場の中央、演奏を聴きつけて集まってきた数多の聴衆は皆一様に一言も発さずに感動の涙を流し聞き入っており、彼らの中央では飛んできた様々なおひねりで埋もれかけながらも演奏を止めない、美味しいお酒を贈ってくれる知り合いの姿が。

 

「新手の邪神召喚の儀式? あ、めぐみんもいる」

 

 凄まじく異様な光景であった。

 弦と弓が奏でる天上の調べは女神アクアをして諸手で喝采したくなるほどの至極の魔技であったが、目の前の光景が異様すぎて全く音楽にのめり込めない。

 

「…………」

 

 のめりこめないが、それでも演奏を聴いていると自然と女神アクアの体が疼きだした。

 確かに素晴らしい演奏だ。天界であってもあれほどの奏者はそういないだろう。演奏の神が知れば即スカウトに動く事請け合いだ。それは認める。

 

 だが、しかし。

 

「足りない……そう、あの演奏には足りないものがあるわ……! 美しい私がいればもっと完璧になるのに……!」

 

 自然と足が速くなる。

 向かうは広場の中央、頭のおかしい演奏者。

 気配を感じ取ったのか、奏者と女神の視線が交錯した。

 

「ちょっとちょっと、随分と楽しそうな事やってるじゃない! 私も混ぜなさいよ!!」

 

 数多の宴会芸を引っさげ、水の女神は満面の笑みを浮かべて演奏会に乱入した。

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰りなさい……あなたはどこで何をやってきたんですか!?」

 

 女神アクアの乱入というちょっとしたハプニングこそあったものの、無事に演奏とチラシ配りを終えて帰宅したあなたを出迎えたウィズだったが、あなたが荷台を引いて持って帰った大量のおひねりを見て悲鳴にも似た大声をあげた。

 演奏中に飛んできたおひねりは野菜や果物といった食べ物から高価な宝石、各種装備品、現金と多岐に渡り、全てを換金すればかなりの額に及ぶ事は想像に難くない。

 あなたの横であなたの演奏に負けず劣らずの素晴らしい芸の数々を披露し、場を更に盛り上げた女神アクアはあなたと違っておひねりを一切受け取らなかったのであなたが全部おひねりを回収した結果、このような事になってしまったのだ。

 

「もう演奏家として食べていけるのでは?」

 

 事の顛末を聞かされ、ウィズは呆れたようにそう言った。

 彼女の言うとおり、あなたは演奏家として食べていけるだろう。

 久しぶりだったが、実際に人前で演奏をするのはやはり楽しいとも思う。

 しかしあなたは食っていく為に冒険者をやっているわけではないのでその案は却下である。あなたは生涯冒険者でやっていくと決めているのだ。

 

「……ふふっ、あなたならなんとなくそう言うと思ってました。もしよろしければ、私にもあなたの演奏を聞かせてもらえますか?」

 

 ウィズのささやかな願いにあなたは快諾し、今度は二人だけの演奏会が幕を開ける。

 

 演奏を行いながら、自身の予想外に聴衆が集まったのは驚いたものだとあなたは先ほどまでの演奏を思い出していた。

 終わった後は盛大に爆発オチ……もとい、核を使ってジェノサイドパーティーを開きたかったのだが、それはノースティリスに帰還するまでお預けだろう。

 演奏が芸術なのと同時に爆発も芸術だというのに。実に残念だ。

 

 

 

 

 余談だが、この後ウィズからもおひねりが飛んできた。しかも爆発ポーションが文字通り()()()()()

 幸いにして起爆こそしなかったものの、折角の新築の家を吹き飛ばしそうなおひねりにあなたは盛大に胆を冷やすのだった。




★『ストラディバリウス』
 おひねりの質が上がる楽器。演奏家必携にして垂涎の品。
 ゲーム内での主な入手手段は吟遊詩人の楽器を盗み、ストラディバリウスが再生成されるのを待って殺して強奪。

《ジェノサイドパーティー》
 演奏依頼のパーティー会場で聴衆を殺してドロップ品を漁る行為。
 貴族の子供や観光客、大富豪を殺してドロップ品の財布をガードに渡すと罪が軽くなるので犯罪者は率先してやっていたのだが、後に財布を渡しすぎると怪しまれて逆に罪が重くなるという修正を食らった。

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