このすば*Elona   作:hasebe

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第53話 Heroic&Lunatic&Fanatic

 あなたとしては待ちに待った、ウィズ魔法店の新装開店日。

 その実にめでたい一日の朝はいつも通りに始まった。

 いつも通りに起床し、いつも通りに終末明けで瀕死になっているベルディアをモンスターボールから出して回復し、いつも通りに三人と一匹で食卓を囲む。

 三人というのは引越しを行って以降、ウィズの提案どおりあなた達は揃って食事をウィズの家のダイニングルームで取る事になっているからだ。

 

 そんないつも通りの朝だったのだが、その日は少しだけいつもとは違う所があった。

 

「何か表が騒がしいですね」

 

 ウィズの言うように、まだ朝も早いというのに確かに家の外からかなりの人数の声が聞こえてきている。更に声の発生源はあなた達の家から近いように思えた。何かあったのだろうか。

 あなたが思いつくイベントとしてはウィズの店の新装開店だが、開店時間は数時間後だ。チラシにもちゃんと書いておいたし、人気の店ならともかく()()ウィズの店だ。失礼ながら朝食の時間帯から並ぶ物好きがそんなにいるとは思えない。

 

「私、ちょっと見てきますね」

 

 あなたのとても失礼な内心を知る事無くそう言って席を立ったウィズだったが、一分ほど経った後、彼女は目を白黒させて大慌てで戻ってきた。

 

「大変! 大変です!! どうしましょう、お客さんが沢山います! お店の前に列がこーんなに!」

 

 両手を大きく広げて可愛らしくアピールを行うウィズの発言に、バターを塗った焼き立てでカリカリのトーストを齧りながらあなたはベルディアと顔を見合わせた。

 異常といえば異常な光景なのだろうが、それの何が大変なのだろうか。通常開店前から客の列が出来ているのは喜ばしい筈なのだが。

 

「なんだなんだ、借金取りとか冒険者崩れのチンピラとかそんなのばっかりだったのか? ご主人、ちょっと蹴散らしてきた方がいいぞ」

 

 流石に借金取りの可能性は無いだろう。あなたにそんなものをこさえた記憶は無いし、仮にウィズの側にあったら間違いなくバニルが怒鳴り込んできている。

 

「成程、確かにそうだな。じゃあチンピラか」

 

 全くやれやれである。どこで彼女が恨みを買ったのかは知らないが、よりにもよってウィズの店に営業妨害とはいい度胸だとあなたは目を細めた。それも今日は記念すべき新装開店日だというのに。

 ちょっと店前で屯しているという連中と路地裏で仲良くお話をしてくるとしよう、主にみねうちという名の肉体言語で。営業妨害の首謀者についてはサンドバッグの刑に処す所存である。

 あなたが神器を片手に腰を上げると、ウィズは必死にあなたの肩を押さえつけてそれを止めた。

 

「違います違いますから止めてください! 普通のお客さんしかいませんでしたから!」

「あ? じゃあそれの何が大変なのだ」

 

 営業妨害の類ではなかったようだ。しかし大変という話ではなかったのか。

 全くの正論を吐くベルディアにあなたも内心で同意したのだが、何故かそれがいけなかったようで激しく興奮してバンバンとテーブルを叩くウィズ。あまりに激しいので料理とコーヒーが零れそうになった。

 

「ベルディアさんは何も分かってません!」

「ええ……俺はウィズの言ってる事がまるで分からんぞ」

「開店前からお客さんが並んでいる事なんて、私がお店を始めて今まで一度も無かったんです! これはウィズ魔法店の歴史に残るビックリドッキリの大事件ですよ!」

「俺としてはお前のその発言の方がよっぽどビックリドッキリの大事件すぎる。どんだけ人気無かったんだ……。けどまあ……その、なんだ。良かったな……?」

「はい!」

 

 引き攣った表情のベルディアを全く気にせずにとても眩しい笑顔を浮かべたウィズを見て、あなたは無性に懐かしく、しかしやるせない気持ちになった。

 実の所あなたもノースティリスでは自分の店を持っており、ネフィアなどで入手した不要な装備品や道具を売り払っていたりする。金に困っているわけではないが、これも依頼と同様ライフワークに近い。いらないからとそこら辺に捨ててしまうのが勿体無いというのもある。

 あなたが最初に店を始めたのはまだ駆け出しの頃だ。駆け出し特有の資金難に喘いでいたあなたはペットに店番を任せ、これで大金持ちになる心積もりだった。

 

 無論ノースティリスはそんなに甘くない。むしろ辛辣ですらある。

 無名の駆け出し冒険者が始めた碌な品物が売っていない店に客など来る筈も無く、閑古鳥は鳴きまくりでいたずらに店の維持費ばかりが膨れ上がっていったのだ。

 

 かつてのウィズのように、その日の食事すら満足に取れない日々。

 減っていく資金。溜まっていく税金の請求書。下がるカルマ。税金滞納で犯罪者落ちして各地のガードに追われ、どこに行っても買い物すらさせてもらえずに自身のような者達が集うならず者の街(ダルフィ)以外に自分の居場所が無くなったあの頃。

 何度埋まろうと思った事か覚えていないが、どれもこれも今となってはいい思い出である。

 

 そんなこんなを経た現在のあなたの店はティリス有数の大規模店舗にまで至ったわけだが、ウィズの店もいつかは同じようになるのだろうか。

 アクセル一、いや、この国一番の名店と呼ばれるようになるウィズ魔法店。

 もしそんな事になったらバニルはきっと喜ぶだろうしウィズも本懐だろう。しかしあなたは不思議とそうなる光景が全く想像出来なかった。

 ウィズの商才の無さが筋金入りであると知っているが故に。

 

「あんなに沢山お客さんが待ってるなら、お店は早めに開けた方がいいですよね! あ、バニルさんにもお話ししておかないと!」

 

 蒐集家のあなたとしては非常に喜ばしいが、バニルすら匙を投げるガラクタを好んで売ろうとする彼女の交渉スキルはどうなっているのだろう。

 興奮冷めやらぬといった面持ちで朝食を再開するウィズを見て、あなたはなんとも言えない思いを抱かざるを得ないのであった。

 

 

 

 

 

「なあご主人、何か手助けしてやったらどうだ? 何も案が無いわけでもないんだろう?」

 

 それから数分後、ウィズが足早にご近所さんであるバニルの家に向かったのを見計らって、ベルディアが口を開いた。

 ウィズの現状を鑑みれば実にもっともな意見だが、あなたは基本的にウィズの店の運営に関して口や手を出すつもりが無いのでその提案は却下である。

 

 先日のようにチラシを配ったり暇な時に店員としてバイトをするくらいなら構わない。

 更に店の規模を拡大する為に投資を行っていいのなら億単位の資金を惜しみなく投入するしポーション作成のようにウィズがやりたい事に手を貸すのも吝かではないが、こと運営の方針や商品の仕入れに関しては積極的に何かをするつもりはこれっぽっちも無かった。

 現役冒険者のあなたであればアクセルの冒険者の需要を調査してウィズに教えるのは容易いだろう。

 しかし入荷待ちのまま音沙汰が無い爆裂魔法の杖のように、時折仕入れてほしい品の要望を出す事はあるが、それ以外は完全にウィズのセンスに任せっきりにしているし、今後もそうする予定だ。

 

 何故ならウィズ魔法店はどこまでいってもウィズの店であって、あなた個人の店でも、ましてやあなたが雇って自宅に招いているような店でもないからだ。

 幾ら友人同士とはいえ、あなたはあくまでも一人の客としてウィズ魔法店と付き合っていきたいと思っていた。

 ウィズから一千万エリスのマナタイト鉱石を購入した時のやり取りは例外中の例外もいいところである。自分で買える物をわざわざウィズに買ってもらってそこから更に高値で転売させる、というのはもう意味が分からない。

 あなたでは生涯をかけても到底追いつけないであろう次元の商売人としてのセンスを持つ彼女がどんな珍品や危険物を仕入れてくれるのかを個人的に楽しみにしているというのもある。

 なのでウィズと同居していようとも、あなたは他の客と同じように来店して、他の客と同じように定価で商品を購入するつもりだった。

 どこかおかしな話かもしれないが、あなたにとってはこれが最も望ましい形なのだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで半壊や豪雪による延期を経て数ヶ月ぶりにアクセルでは色々な意味で有名なウィズ魔法店が再開する事となった。

 ウィズが店を開けたタイミングであなたとベルディアも関係者としてではなく客として来店してみたのだが、確かにウィズ魔法店の前には凄まじい人だかりが出来ている。

 

「流石に店の前に十人くらいしか並んでいないとかいう寂しすぎるオチじゃなかったか」

 

 ベルディアの言葉に相槌を打つ。

 先日チラシを配ったのが功を奏したのかもしれない。今も店の中は満員御礼状態である。ウィズもバニルも客を捌くのにとても忙しそうで何よりだ。

 実際、人だかりの中にはあなたが配ったチラシを持っている者も数多くいた。

 しかし多少便利とはいえ、保存が利くポーションというだけでここまで人が集まるものなのだろうか。バニルがスポンサーになっている、カズマ少年が考案して製作しているという商品はまだ量産されていないようで一つも並んでいないのだが。

 

 黙々とポーションを作り続けて錬金術スキルが成長したからか、ウィズは軽傷治癒の他に重傷治癒のポーションもこの世界の素材で作成可能になっていた。このままいけば最後まで到達するのも遠くないのかもしれないとあなたは踏んでいる。

 だが新装開店にあたってウィズが用意したのは自作ポーションだけではない。

 真新しい商品棚には彼女が新しくドリスなどで仕入れてきた、例によってあなた以外の誰をターゲットにしているのかサッパリ分からない珍品や取り扱い注意の危険物も満載だ。

 誰も手を付けようとしない、あるいはちょっと興味を持って手に取ってみるものの、ウィズに商品の説明を聞いて笑顔で棚に戻される品の数々。

 あなたはその中の一つを手に取ってウィズに持っていく。

 

「あなたもお買い上げですか? ……あ、それは爆発ポーションの新作ですよ!」

 

 ウィズの説明を耳にした店内の客とベルディアがざわめきと共に一歩後ろに下がった。

 ノースティリスには火炎瓶という名前通りのアイテムが存在するが、それとはまた別。使い捨てのグレネードとも呼べる爆発ポーションはあなたのお気に入りのジャンルの一つだ。お前は爆発が好きなだけだろと言われたら否定は出来ない。

 

「これは瓶の蓋に魔法がかかっていて、その蓋にポーションが付着するとポーションと一緒に爆発します。お値段は五万エリス。従来の爆発ポーションの五割増しの威力がある私のイチオシの品なんですよ!」

「なんでお前はそういうのを仕入れちゃうかな……」

 

 従来の爆発ポーションはアクセルの外壁程度の強度なら楽勝で大穴を開けられる威力を持っているが、今はそんな事はどうでもいい。誰かに買われる前に財布から五万エリスを取り出して購入しておく。これはとてもいいものだ。

 

「いつもご愛顧ありがとうございます!」

「まあ知ってたけどな。……いや、飲むわけないだろそんなもん。ごすはバカなの? 死ぬの? オープンゲットじゃないから。俺のモツがオープンしちゃうから」

 

 

 

 ――買った。アイツ買いやがった。信じられん。

 ――事故る予感満載の危険物なのに欠片も躊躇が無くてまるで意味が分からない。

 ――いつもご愛顧……やっぱりエレウィズキテル……。

 ――でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。

 ――前々から思ってたけど頭のおかしい人は店主さんの貢ぐ君とかそういう?

 ――いや、あれはマジね。頭のおかしい人は物欲に駆られた人間の目をしているわ。

 ――何それ怖い。……店ん中で爆発ポーションをちゃぷちゃぷ揺するの止めろや!!

 ――頭のおかしい人は本当に頭がおかしいな!

 

 

 

 

 

 

 ベルディアをシェルターに送り、同居人として開店日くらいは、と特に何をするでもなく営業妨害にならないように店から少し離れた場所で売れ行きを見守るあなただったが、中々客の数が減らない事に疑問を覚えた。

 客足が途絶えないわけではなく、買い物を終えた客が何故か店の周囲から離れようとしないのだ。

 あなたの目には彼らはこの場で何かを待ち望んでいるようにも見える。

 特に聞いていないのだが、この近所でこの後何かイベントがあるのだろうか。

 

「……あっ」

 

 不思議に思うあなただったが、店から出てきたゆんゆんの姿を見つけた事で思索を中断させる。向こうもあなたに気付いたようで駆け足で近寄ってくる。明らかにホッとした表情をしている辺り、人見知りな彼女にあの混雑は少し辛かったのかもしれない。

 

「おはようございます。凄いお客さんの数ですね」

 

 閑古鳥が鳴きまくりだったウィズの店のかつての惨状を知っていたのだろう。あなたの隣に立って客を見つめるゆんゆんの目はまるで別世界に来た異邦人のそれであった。

 そんなゆんゆんはウィズの店でポーションを買っていたようで、可愛らしい手さげ袋に幾つかのポーション瓶が入っている。時々女神ウォルバクとパーティーを組むようになったとはいえ、ゆんゆんのメインはソロ活動だ。防御力の低いアークウィザードという事もあっていつ不慮の事故に遭うか分からないので備えは不可欠である。

 

「わ、私も別に好きで一人で活動してるわけでは……レベルも37になっていよいよ普通に活動出来ちゃってますけど……最近はどういうわけかアクセルの他の冒険者の方に敬遠されてる気もしますし……」

 

 ゆんゆんは俯いてぼそぼそと呟いているが、肝心の内容は周囲の喧騒に掻き消されて聞こえなかった。

 

「いえ、なんでもないです……」

 

 手さげ袋で顔を隠すゆんゆん。

 掲げられた手さげ袋にはめぐみんやウィズ、あなたやベルディアの特徴が伺える可愛くデフォルメされたキャラクターや黒猫と白猫のアップリケが刺繍されていた。自作だろうか。

 

「あ、はい。この袋ですか? 買い物する時にあったら便利かなって思って、自分で作りました。スロウスさんのアップリケも今作ってるんですよ」

 

 引っ越す前は時折あなたの家でウィズと楽しそうにお菓子や料理作りもしていたゆんゆんは地味に女子力が高い。ウィズはあなたに花嫁修業と言っていたが、流石に気が早すぎるのではないだろうか。ゆんゆんはまだ十三歳で相手もいないというのに。

 

 

 

 

 

 

 店前のベンチに座ってゆんゆんと翌日の鍛錬について話し合うあなただったが、ふと自分たちに近付いてくる一団の気配を感じ取った。

 顔を向ければ、そこにいたのは苦労人のカズマ少年だ。

 

「よう二人とも。久しぶり」

「カズマさん、お久しぶりです」

 

 勿論彼だけではなく女神アクアやめぐみんもダクネスも揃い踏みで、更に全員が完全武装だった。

 まるでこれから討伐依頼にでも向かうかのような装いである。

 女神を相手にとても無礼だとは思うが、確実に碌な事にはならないと確信出来てしまうのは何故なのか。

 

「新装開店っていうから来てみたけど、なーんかやけに繁盛してるわね。ウィズはともかくあの薄汚いのが喜んでるかと思うと無性にムカつくわ。ちょっと荒らしに行ってみようかしら」

「やめてやれよ……ウィズが普通に可愛そうだから止めてやれよ。っていうかお前今度店ぶっ壊したら俺はマジでお前のビラビラを売るからな」

「じょ、冗談よねカズマさん?」

「圧倒的にマジだよ」

 

 そんな四人だが、あなたはカズマ少年が珍しい武器を持っているのが気になった。

 現在自分が使っている神器と同じ刀剣類、つまり刀に見える。思えば彼は鍛冶屋に故郷の武器を作ってもらっていたのだったか。完成していたようだ。品質はノースティリスでいう《良質》と言った所だろう。つまりエンチャントのかかっていない普通の刀だ。

 

 あなたの視線に気付いたのか、カズマ少年は刀をあなたの目の前に掲げた。

 

「今日鍛冶屋で貰ってきたんだ。でもめぐみんがな……」

「その剣の名前はちゅんちゅん丸です。私が銘を刻みました」

 

 むふーと満足そうに鼻を鳴らすめぐみん。

 ちゅんちゅん丸。紅魔族の素敵なネーミングセンスが全開の銘である。

 異邦人であるあなたにはそれがいいのか悪いのかは分からないが、少なくとも溜息を吐くカズマ少年にとっては非常に不服な名前なようだ。

 あなたも愛剣がその名前と考えるとちょっと勘弁してもらいたかった。

 愛剣も声無き声でそれは嫌だと怨嗟の声をあげている。

 

「この刀作るのにも結構金掛かってんだけどな……もし俺がこの刀で魔王を倒したら、伝説の勇者の聖剣ちゅんちゅん丸とかレプリカが作られて有名になるんだぞ。考えただけでげっそりしそうだ」

「かっこいいじゃないですかちゅんちゅん丸」

「そんな事言うのはお前みたいな紅魔族だけだ。どうせなら俺は村正とか正宗とか塵地螺鈿飾剣(ちりじらでんかざりつるぎ)とかが良かったよ。チート持ちの連中が使ってそうだけどさ」

 

 カズマ少年はちゅんちゅん丸を弄びつつ、あなたが背負っている刀に目を向けてきた。

 

「そういやそっちも刀使ってるんだよな。なんて名前なんだ? 虎鉄? 菊一文字?」

「カズマさんカズマさん。そのどっかで聞いた事がある刀の名前のネタの出所はやっぱりいつまで経っても最終が来ない最終幻想なの? 日本の若者特有のゲーム脳なの? 人生にリセットボタンは付いてないんだけど本当に分かってる? まあ人生にリセットボタンは無いけど電源ボタンは付いてるんだけどね。一回切ったらセーブデータが消えるのが」

「ち、ちげーし。もしそうだったとしても知ってる刀の名前が最終幻想とたまたま被っただけだから……っていうか人生云々はお前だけは絶対に言っちゃ駄目な台詞だろ」

 

 あなた達には理解不能な謎の会話を繰り広げるカズマ少年と女神アクアだが、それはさておきあなたが普段使っている冬将軍から斬鉄剣と引き換えに譲り受けた大太刀の神器の銘は《遥かな蒼空に浮かぶ雲》である。

 出所を隠してあなたが刀の銘を告げるとめぐみんは怪訝な顔をし、カズマ少年はどこか羨ましそうに神器を見つめた。

 

「遥かな蒼空に浮かぶ雲? なんか変な名前ですね」

「俺もそういうのが欲しかった……」

 

 

 

 

 

 

「そういえばカズマさん達はこれから依頼ですか?」

「ああ。なんかセナ……知り合いにリザードランナーが大量発生してるって聞いたからさ。ほら、モンスターに怯える街の人を守るのは冒険者の義務だろ?」

「か、カズマさん……そうですね! 私もそう思います!」

 

 カズマ少年のまるでキョウヤのような正義感に溢れた発言に興奮して首を縦に振るゆんゆん。

 高レベル冒険者とはいえ年頃の少女な彼女はヒロイックな物語やフレーズに弱い傾向にある。

 

 英雄的(ヒロイック)。それはウィズにこれ以上ない程に当て嵌まり、あなたから最も遠い言葉の一つだ。

 

 悪い意味で有名なノースティリスの冒険者達の中でも更に極北に立つ廃人達に当て嵌まる言葉は確実に狂気的(ルナティック)、あるいは狂信的(ファナティック)だろう。自分の事ながらいっそ笑えるほどにドンピシャである。

 そんなルナティックでファナティックな廃人は街の人間から最早見慣れたモンスター以上に怯えられているわけだが、まあそれは今更なのでどうでもいい。

 

「おいめぐみん、カズマの奴がまるで自分から積極的に討伐依頼に行く気だったみたいな事を言っている気がするのだが……いよいよわたしの耳がおかしくなったのか?」

「相変わらずどうしようもないですねこのチョロいのは……。いいですかゆんゆん、勘違いしてはいけませんよ。小金持ちになったカズマは何回私が尻を蹴っ飛ばしてもめんどくさがって依頼の為に外に出ようとしませんでした。今回の討伐だって最初どうせ誰かがやってくれるからってこたつっていう暖房器具に引きこもってましたからね。こうして討伐依頼を受ける気になったのも自分のレベルが私達の中で一番低い事を知って危機感を覚えて仕方なく腰を上げただけですし」

「か、カズマさん……」

 

 ゆんゆんが若干の失望を目に浮かべ、そんな彼女からカズマ少年は気まずそうに目を逸らした。女神アクアのプークスクス、というカズマ少年を煽る声がどこかから聞こえてくる。

 

「そういえば、あなたはリザードランナーの討伐には行かないのか? セナがアクセルの冒険者達は討伐に向かっていると言っていたが」

 

 カズマ少年の話を聞いてもまるで動こうとしないあなたが気になったのか、ダクネスが不思議そうに問いかけてきた。

 

 リザードランナーとは草食性の二足歩行の爬虫類だ。

 普段は温厚で危険性の低い生物なのだが、繁殖期に入り、群れを統率する姫様ランナーという名の女王の個体が発生すると途端に厄介な生物に変化してしまう。

 女王なのになぜ姫様? などと無粋な事を聞いてはいけない。そういう名前の生き物なのだ。

 

 そんな姫様ランナーに率いられたリザードランナーはやがて大規模の群れを成し、姫様ランナーと番になるべく群れの中で熾烈な勝負を繰り広げる事になる。具体的にはそこらじゅうを駆け巡って速度勝負を繰り広げる。同種族ではなく、他種族の足の速い生物を見つけて速度勝負を挑むのだ。

 そうして最も多くの敵を抜き去った者が群れの王として君臨する事を許される。

 

 この習性が誰にとって厄介かといえば、馬や騎竜に乗っている人間にとって厄介なのだ。

 リザードランナーは速度勝負に勝つ為なら馬だろうが竜だろうが容赦なく蹴り飛ばしてくる。

 純粋に速度を競っているのではないのか、とか駆けっこでダイレクトアタックは普通に反則なのでは、という意見もあるだろうが、そういう生物なのだ。野生の掟は厳しい。

 

 そんなわけで無論あなたもリザードランナーの大量発生については知っていたが、あなたは現在リザードランナーの群れの討伐についてはギルドからの要請で様子見の状態である。

 

 お前は冬の間中ずっと働いていたのだから、長かった冬が終わり活動を再開した駆け出し冒険者達の仕事をあまり奪ってくれるな、という事らしい。

 なのであなたがこの件で駆り出されるのはいよいよという場面になった時だろう。

 それにあなたは今の所ウィズの店から離れるつもりも無いので、今日の所は存分に楽しんできてほしいとダクネスに告げた。

 

「ふむ……それなら仕方ないな。この街を護る義務のある貴族としての私としては大事になる前に終わらせてほしいが、同時にギルド側の物言いもとてもよく分かる」

 

 あなたはたった一人でデストロイヤーに突っ込むくらい強いからな、とダクネスは苦笑した。

 ゆんゆんを連れて行くというのであればそれは止めない、と言おうとして彼女のライバルであるめぐみんがそれを許可しないであろうと思い至る。

 レベルも相まって連れて行けば確実に役に立つのだが。

 

「そういえばゆんゆんのレベルは幾つなんだ? めぐみんは今24らしいんだけど」

「えっと……37です……」

 

 カズマ少年とダクネスの目が点になった。

 

「…………は!? 37って嘘だろ!? ゆんゆん、あの魔剣の何とかさんと同レベルなのか!?」

「バカねカズマ。人の名前くらいちゃんと覚えときなさいよ。マツルギさんでしょ」

 

 あなたはいよいよキョウヤが本気で不憫になってきた。

 同郷の人間に名前を忘れられているだけでなく、彼が信仰している筈の女神アクアにまで普通に名前を間違えられているなどどうなっているのか。神器を直接女神アクアから賜ったという話なのだが。

 

「そ、その年齢でレベル37とは凄まじいな。確かめぐみんと同期の冒険者なのだろう?」

「そうね。チート持ちでもないのにその年齢でレベル37なんて。おまけに紅魔族で上級職なんだから、チート持ちの転生者でも相当頑張らないと無理な筈よ。どうやったの?」

「えっと、それは、その……」

 

 感心したダクネスと女神アクアに詰め寄られ、人見知りのゆんゆんはちらちらとあなたを窺っている。助け舟を出してもらいたがっているようだ。

 だが実際に助け舟を出したのはあなたではなく、ゆんゆんのライバルにして親友だった。

 

「ゆんゆんはそこの頭のおかしいのとウィズに師事してるんですよ。レベルは紅魔族特有の養殖というレベリングで廃上げしたそうです。姑息な手を……」

「だからレベルについては気付いたら上がってたって言ったじゃない! 私だってたった一日で10以上もレベルアップするとか思ってなかったもの!」

 

 ゆんゆんの叫びを聞いたカズマ少年が欲望で瞳を輝かせてあなたに近付いて耳打ちしてくる。

 

「……なあなあ、俺もゆんゆんと同じようにその養殖ってのでレベリングしてくれないか? とりあえずレベル30……いや、40……50くらいまででいいからさ」

「カズマぁ!」

 

 気付いためぐみんが咆哮をあげてカズマ少年に掴みかかった。

 鬼気迫るものを感じさせる表情である。

 

「なんだよ離せよめぐみん! 俺最弱職の冒険者なんだから魔王倒す為にちょっと裏技っぽいパワーレベリングやっても許されるだろ!」

「駄目ですよ許しませんよそんなの! 魔王っていうのは仲間と一緒にレベルを上げて鍛え抜いて、やがて秘められた力とかに目覚めたりなんかして、それで激しい死闘の末に倒すべきものなのです! カズマまで悪魔に魂を売るなんて真似、私はそんなの絶対に許しませんからね!」

「ねえ待ってめぐみん! それだと私が悪魔に魂を売ったみたいになってる!」

 

 流石はゆんゆんの友人と言うべきか、めぐみんの魔王討伐はこれでもか、とばかりに王道だった。爆裂魔法に一身を捧げるめぐみんだが、彼女は彼女なりに勇者と魔王には拘りがあるのかもしれない。

 そしてそのめぐみんの放った最後の言葉に中々に言いえて妙であるとあなたは感心する。

 あなたがノースティリスで悪魔と呼ばれた回数は数え切れないし、この世界でも化物だの悪魔だの言われた回数はゼロではない。

 

「でもめぐみんの言う事もあながち間違ってないんじゃない? この人はともかくウィズってほら、アレだし」

「……まあ、そうだな。正直私もアクアの言うとおりだと思う。こんな人前では口には出せないが、アレだしな」

「え、アレって何ですか!?」

「ああ、貴女は知らなかったんですね。けどゆんゆん、世の中には知らない方がいい事もあるんですよ」

「意味深すぎてすっごく気になるんだけど!? ウィズさんにどんな秘密が!?」

 

 やいのやいのと騒ぐ少年少女達。

 知らない仲でもないし、依頼という形であればあなたはカズマ少年の養殖を拒むつもりは無い。

 拒むつもりは無いのだが、大丈夫なのだろうか。脅しているわけではないが不安は残る。

 

「大丈夫って、何がだ? 金ならもうすぐバニルの奴から大量に入ってくるからそれで……」

 

 金の問題ではないとあなたは首を横に振り、第一犠牲者ことゆんゆんに視線を向けた。

 身体の傷は魔法で癒せるが、心の傷はそうもいかない。

 

「……あの、どうしました?」

 

 温泉にぶち込んで癒したとはいえ詳細を話せば彼女の心の傷が開きかねない。具体的にはガンバリマスとしか言えなくなる形で。

 もしそうなればウィズのお説教は不可避である。親友を襲ったメンタル案件を知っためぐみんもブチギレ金剛と化すだろう。

 なのであなたはこの場は曖昧にぼかしておく事にした。

 

 曰く、養殖の詳細を聞いてからでも遅くはないと。

 

 あなたの言葉にポカンとした表情を浮かべるカズマ少年とダクネスと女神アクア。

 その一方で養殖経験者である紅魔族二名にあー……という空気が蔓延した。

 

「養殖っていうくらいだから簡単でお手軽なレベリングじゃないのか?」

「カズマは知らないでしょうが、養殖というのは簡単に言えば半殺しにしたモンスターにトドメを刺す行為なんですよ。モンスターにトドメを刺した者のレベルが上がりますから、それを利用しているわけですね。ちなみに紅魔族の里以外では行われていないそうです」

「普通に戦うならまだしも、抵抗出来ないモンスターを殺すのって凄く良心が痛むんですよね……特に人型とか可愛いモンスターはきついです。命乞いとかされますし、瀕死でも普通に意識はあるから目とか合っちゃいますし……」

 

 二人の言うとおり、養殖とは半殺しや状態異常で行動不能にしたモンスターに止めを刺す行為だ。あなたはみねうちを使うので必然的に死体半歩手前のモンスターを量産する事になり、カズマ少年はそれの命を機械的に流れ作業で断ち続ける事になる。

 カズマ少年の現在のレベルが幾つかは知らないが、パーティーで最低という事は高くても十台だろう。レベル50となれば幾ら彼がレベルアップの早い冒険者とはいえ殺す必要があるモンスターの数は百や二百では到底足りない筈だ。そして殺し合いと一方的な殺戮は似ているようで全く違う。

 カズマ少年は平和な場所で暮らしていたという話であるし、かつてちょっとした出血を見ただけで顔を青くしていた彼があなたの築き上げる屍山血河、および長時間の殺戮行為に耐えられるかについては若干疑問が残る。

 まあどうしてもやりたいというのであれば止めはしないが、再起不能になっても責任は取れない。

 

「なんか怖い感じがするからやっぱり今回はパスで」

 

 めぐみんとゆんゆんから養殖の話を聞かされたカズマ少年はそのように即答した。

 

「それがいいと思いますよ。どうしても取りたいスキルがあるならともかく、技術や立ち回りを磨かないままに無駄にレベルだけ上げて促成栽培してもカズマの為にはならないですからね。やっぱり反則なんかしないのが一番です」

「ねえめぐみん、なんで私の方を見てそんな事言うの? 私もちゃんと努力してるんだけど?」

「別に誰とは言ってませんが? ……それに養殖を担当する相手が相手ですからね。絶対碌な事になりませんよ」

「そ、そんな事は無いと思うんだけど……」

 

 めぐみんの率直な物言いにあなたは苦笑する。

 なまじゆんゆん相手に盛大にやらかしているので文句も言えないと内心で当時の事を反省していると、ダクネスがあなたの服の裾を引っ張ってきた。彼女の表情はどこか期待しているようにも見える。

 

「あなたに師事しているという事はやはり、その、めぐみんの友達の彼女は……」

 

 彼女は以前あなたにペット契約を求めていた。それ故にあなたの育成法を知識として知っているのだ。

 それはさておき、あなたはあの時ダクネスに話したようなノースティリス式のトレーニングは課していないと告げる。ウィズも監督しているしこの世界における常識的な鍛錬の範疇だろう。

 まあ最近嫌がらせ目的でめぐみんと一緒にハーブは食べさせたわけだが。

 

「ハーブ? そういえばめぐみんが愚痴っていたな。どんな味なのだ?」

「あ、私もちょっと気になるかも」

 

 ダクネスと女神アクアはハーブの味に興味があるようだ。

 あなたは非常食として常時携帯している祝福されたストマフィリアを一つずつ渡す事にした。

 

 ストマフィリアは独特の青臭さがあるものの、ハーブの中では相対的にマシな方の味である。

 それでも尚、日常的に食したい味ではないわけだが。

 貴重な物をホイホイ渡して大丈夫なのか、という疑問もあるかもしれないが、あなたは最近はカブなる大根に酷似した作物を育てている、ノースティリス最大の農園を経営しているクミロミ信者から大量に購入しているので数に不足は無い。というかストマフィリアに関しては年単位で使える量がある。

 

「ふむ、これがハーブ。見た目はごく普通の薬草にしか見えないが……え? 食べたら丸一日は腹が減らなくなるから気を付けろ? こんなに小さい葉っぱなのにか……」

「今食べたらこの後のご馳走が台無しになっちゃうわね。そのうち食べましょ」

 

 二人はポケットにハーブを仕舞った。

 祝福したストマフィリアは普通のものより更に腹に溜まるので食べすぎで嘔吐しないか不安だが、まあ大丈夫だろう。多分。

 

 

 

「完売です! 新作ポーション完売しましたー!」

 

 

 

 ウィズの声にあなた達は一斉に店の方に目を向ける。

 彼女は店の外に姿を現しており、そしてそのまま集まった者達に向けて何度も頭を下げていた。

 

「皆さんありがとうございます! お買い上げありがとうございます! 今後ともウィズ魔法店をよろしくお願いします!!」

 

 ウィズのとても嬉しそうな大声が周囲に響き渡る。

 そこら中から拍手が巻き起こるも、しかし暫く経ってもやはり誰も帰る様子を見せず、雑談に興じたり買い食いを行ったりだ。見れば少し離れた場所に屋台や出店まで出来ているではないか。

 

「あの、もしかしたら私の気のせいかもしれないですけど……なにか様子がおかしくないですか?」

 

 あなたと同じくゆんゆんも違和感を覚えたようだ。

 流石にこれはおかしい。ウィズの人柄に惹かれて、というのにも限度がある。

 完売に感動しているウィズは全く気にも留めていないようだが、何故彼らは帰宅しないで店の周囲に屯しているのだろうか。適当に捕まえて聞いてみてもいいかもしれない。

 

「ねえねえ、ちょっと気になったんだけど今日は演奏はしないの? お客さんいっぱいいるわよ」

「……あっ」

 

 女神アクアがあなたに向けてそう言い、その言葉に反応したかのように周囲の喧騒がピタリと止んだ。

 聞き逃したウィズ以外の客の意識があなたと女神アクアの一挙手一投足に集中しているのを感じる。

 かなり異様な状況だが女神アクアは気に留めていないのか、あるいは気付いていないのか。まったく表情を変えていない。

 

 自分達が注目されている理由はさておき、あなたは今日は演奏の予定は無い事を告げる。というか演奏を行う理由が無い。

 先日の演奏はあくまでも人を集めてビラを配る手段として行っただけであり、副産物として大量のおひねりを手に入れはしたものの、それ以上の意図は無かったのだ。

 女神アクアは冒険者を辞めておひねりだけで食っていけるレベルの宴会芸スキルを持っているにも関わらず、自身は芸人ではないからと宴会芸スキルを場を盛り上げる為だけに使いおひねりを受け取るのを硬く拒むのと同じような理由である。

 対してあなたは貰える物は貰っておくタイプであり、演奏家として聴衆から投石、あるいはおひねりを貰うのは常識ともいえる話なので女神アクアのようにおひねりを拒みはしないわけだが。

 

「ふーん。まあこれだけ人がいれば今更客引きはいらないわよね」

 

 そういう女神アクアは今日は宴会芸をしないのだろうか。

 あなたの問いかけに妙にざわつき始めた周囲が再び静寂に包まれたが、考えても仕方ないとあなたは無視するに留まった。

 

「宴会芸? 私はこれから討伐依頼に行かなきゃいけないから今日はしないわ。本当は嫌な予感がするから依頼には行きたくないんだけど、ほら、私ってパーティーの要なアークプリーストなわけだし、やっぱり私がいないとパーティーが締まらない、みたいな? それに終わったら貴族御用達のいいお店で美味しいご飯を食べに行くの!」

 

 満面の笑顔で期待に胸を膨らませている先日の競演の際の女神アクアの芸は凄まじいものであった。

 中でも一枚のハンカチの中から数百を越える鳩の群れを羽ばたかせるという奇跡のような荒業は傍で見ていたあなたも危うく演奏の手を止めそうになる光景だった。

 女神アクア曰くあれは召喚魔法は使っていない、ただの宴会芸だったらしいのだがまるで原理が分からない。物理法則に唾を吐きながら中指を突き立て喧嘩を売っているとしか思えないスキルである。

 

「まあこんな事言ってるけど、コイツも俺と同じで寒いから外に出たくないって散々駄々こねてたんだけどな。俺達が帰りに美味いもん食いに行くっていったら泣いて付いてきて……暴力はやめろぉ! 俺はこう見えて相手が女でも全力でやり返す男女平等主義者だぞ!!」

 

 ゴッドブロー。女神アクアの文字通り光って唸る渾身の右ストレートがカズマ少年に襲い掛かった。

 きっと照れ隠しだろう。女神アクアもカズマ少年も実に楽しそうで何よりである。

 

「喧嘩してないでそろそろ討伐に行きますよ二人とも。立ち話もいいですがいい加減私の爆裂魔法が血と経験値を求めています」

「うむ。どんな目に合わせてくれるのか実に今から楽しみだな!」

「えっと……頑張ってね、めぐみん」

「言われるまでもありません」

 

 仲良く喧嘩をする二人を引っ張っていくめぐみんとダクネスをゆんゆんと共に手を振って見送る。

 

 

 

 ――なんだ、演奏も芸も無いのか。

 ――あんだけ派手にビラ配ってたから、今日もやるもんだとばっかり。

 ――帰りましょうか。残ってても仕方ないし。

 ――いや、まあいいんだけどさ。所詮は俺等が勝手に期待してただけから。

 ――店主さんの喜ぶ顔を見れた。それでいいじゃないか。

 ――私は久々にエレウィズがキテルのが見れたので満足です。

 

 

 

 そして去っていくカズマ少年と同じタイミングで、なぜか肩を落としてそれまでが嘘のように次々と去って行くアクセルの人々にようやくあなたが抱いていた疑問が氷解する。

 どうやらこの場に残っていた者達はあなたの演奏、あるいは女神アクアの宴会芸を楽しみにしていたようだ。あなたは演奏会を開くとは一言も言っていないのに物好きな事だ。

 ウィズにはこの事は言わぬが花だろう。やたら多くの人間が集まった理由はどうあれ、実際にポーションは完売しているのだから。

 この先リピーターが付くかはウィズの頑張り次第である。

 

 

 

 

 

 

 残念な事にポーションが完売した後は客足も疎らになったが、それでも今までと比べれば客の数と売り上げは雲泥の差だったウィズ魔法店の新装開店日、その夕方。

 ウィズの店で買い漁ったアレな品々を眺めて悦に浸るあなたの元に来客があった。

 夕日を反射する赤毛が眩しい長身の美女の名はスロウス。あるいは魔王軍幹部である女神ウォルバクという。

 

「久しぶり、でもないわね。来て早々で悪いんだけど、バニルの奴はいる?」

 

 周囲を頻りに気にしているが、バニルに会いに来たのだろうか。

 申し訳ないがここは彼の家ではないし、そろそろ閉店の時間だがまだウィズの店は開いているので店員のバニルに会いたいのならばそちらに行くべきである。

 

「別に会いに来たわけじゃないわ。いないならそれでいいの。……正直、あいつめんどくさいから苦手なのよね。普通に私より強いし」

 

 どこかやさぐれた女神ウォルバクにあなたは深く納得する。

 以前バニルは彼女に会いに行くと言っていたし、恐らく悪感情を得る為に散々彼女を煽ってからかったのだろう。

 少し早いがエーテル風呂の出番だろうか。頑張って鍛えたクリエイトウォーターと適当な火炎魔法ですぐに準備は終わる。

 しかしやはりエーテルで元気になるというのは狂気度が上がりそうな話だ。

 

「ああ、うん。お風呂もあるけど、今日は貴方に会いに来たの。ウィズと同居しているだけならともかく、この街にバニルまでいるとなったら流石に気になっちゃってね」

 

 そう言って、女神ウォルバクは猫科を思わせる細く黄色い瞳であなたを見つめてきた。

 

「人間の貴方がとてもウィズと親しそうにしていたものだから、多分彼女の事を知らないんだろうなって思ってドリスでは放置してたけど……一応聞いておくわ。私の自己紹介は必要かしら?」

 

 それは核心を突かない、受け取り方次第でどうとでもとれる言葉だった。

 しかしまあ、女神ウォルバクが言っているのは会話の流れ的に()()()()()なのだろう。流石にそれくらいはあなたであっても察する事が出来る。

 

 なので自己紹介は不要であるとあなたが首を横に振ると、怠惰と暴虐を司る女神である魔王軍幹部はそんなあなたの意を正確に読み取って溜息を吐いた。

 

「……そう、やっぱり貴方は私の素性を知っているのね。ウィズに聞いたの?」

 

 聞いたのは現在進行形で絶賛終末中な、つい先ほど体力が残り半分を切ったと聴診器の効果が教えてくれたベルディアからだが、現役幹部の彼女にそれを言う必要は無いだろう。

 あなたは曖昧に頷き、女神に振舞うべくお茶の準備を始めた。

 女神の口に合うかは分からないが、少なくともあなたの信仰する女神は喜んで飲んでくれている。

 

「あら、悪いわね」

 

 あなたが淹れた紅茶を口にした女神ウォルバクは押し黙ってしまった。

 口に合わなかったのだろうか。

 

「いえ、お茶は凄く美味しいわ、ありがとう。ただこうやって私の正体を知っている人間に礼を尽くされたのは凄く久しぶりだから、どんな事を言えばいいのか分からなくって。魔王軍に所属してからこっち、アクシズ教団に邪神認定くらっちゃったせいで私の信者はもう魔王軍くらいにしかいないし。……もしよかったら私の加護とかあげましょうか? 相手のやる気を無くす能力とか、相手が怒りっぽくなる能力が使えるようになるわよ」

 

 折角の直々の申し出であるが、あなたは信心深い他宗教の人間なので謹んで遠慮しておいた。

 それにあなたは既に癒しの女神の加護を得ている。これ以上は必要無い。

 

 あなたにやんわりと断られて若干残念そうにする女神ウォルバクだが、彼女はあなたの事を知らないのだろうか。

 アクセルに拠点を構えるあなたは王都の冒険者のように魔王軍との戦いは積極的に行ってこそいないが、それでも王都での防衛戦に一度も参戦していないわけではない。敵の指揮官の首級を挙げるなどそこそこ功績もあるし、幹部の彼女には名前くらいは知られていると思っていたのだが。

 

「あー……そういえばそうだったわね。普段はアクセルにいるせいかあんまり有名じゃないみたいだけど、頭のおかしいエレメンタルナイトといえば魔王軍では知る人ぞ知るって感じの冒険者よ。本当に時々、それも王都防衛戦にしか姿を現さないけど、運悪く戦場で姿を見たら絶対に死ぬっていう怪談とか都市伝説みたいな扱いだったんだけど……実物は随分とイメージと違ったわね。私はもっとアクシズ教徒みたいなサイコでアナーキーで問答無用な感じのモンスタースレイヤーみたいな冒険者を想像してたわ。まあ幹部のウィズと仲良くやってるみたいだし、私達と積極的に敵対しようとしないのは当たり前なのかしら」

 

 ガン、とあなたはテーブルに頭を打ち付けた。

 魔王軍に自身の存在を知られているのはいい。相手が人間だろうが魔族だろうが、どうせ襲ってくる敵は殺すだけなのだから。 

 しかし頭のおかしいエレメンタルナイトについては物申したい気分でいっぱいだった。

 何故その呼称が人類だけではなく魔王軍にまで浸透しているのか分からない。本当に分からない。嫌がらせという名の精神攻撃だろうか。効果は抜群である。あなたは無性に魔王城と王都を核で消し飛ばしたくなった。

 

 軽く精神汚染が始まるあなただったが、物騒な思考は玄関の扉を激しくノックする音で中断された。

 今日は珍しく来客が多い日である。

 

「お客様かしら。まさかウィズじゃないわよね」

 

 ウィズならノックはしないだろうし、彼女の店とこの家は直接繋がっている。

 それはさておき、女神ウォルバクには申し訳ないが風呂の準備は少し待ってもらう事になりそうだ。

 

「お構いなく。まだお風呂の時間には少し早いと思ってたし」

 

 女神ウォルバクは小さく笑って手記とペンを取り出した。

 手記にはエーテルについての考察や、彼女なりにエーテルを再現しようとした様々な実験の結果などが書き込まれているようだ。

 個人的にも非常に興味深いが今は来客を優先する事にする。

 

 

 

 

「こ、こんばんは……すみません、こんな時間にお邪魔してしまって……」

「ちょっと突然ですが一日でいいので匿ってください」

 

 果たして、玄関に立っていたのは申し訳なさそうに体を小さくするゆんゆん、そしてカズマ少年達とリザードランナーの討伐に向かった筈のめぐみんであった。

 そこはかとなくデジャブを感じながらあなたは二人を家に上げる事にした。

 季節は初春とはいえまだ街の外には雪が残っているし、夕方という事もあって薄着では震える程度には肌寒い。匿ってほしいとは穏やかではないが、先日とは違って何やら込み入った用事のようだし玄関で立ち話も体に悪いだろう。

 

 

 

「――――えっ?」

 

 リビングに入った瞬間、背後から小さな驚愕の声が聞こえた気がした。

 

「あ、スロウスさんもいらしてたんですね。こんばんは」

 

 だがあなたが声の方向に振り返るよりも早く、リビングにやってきたゆんゆんの声を受けて執筆を止め、顔を上げた女神ウォルバクはゆんゆんに柔らかく微笑む。

 

「あら、こんばんはゆんゆん。こんな時間にどうしたのかしら、って…………えっ?」

 

 言葉を途中で止め、目を大きく見開く女神ウォルバク。

 その視線の先にあるのは自身の友人であるゆんゆんでも、ましてやあなたでもなく。

 

「…………」

 

 あなたが振り向けば、やはりと言うべきか、そこには呆然と立ち尽くすめぐみんの姿があった。

 赤い双眸は大きく見開かれ、女神ウォルバクに釘付けになっている。ゆんゆんは何を言っていいか分からないようで、視線が女神ウォルバクとめぐみんの間を行ったり来たりしている。

 そんなまるで声を出してはいけないような雰囲気の中、やがてめぐみんがぽつりと小さく呟いた。

 

「……あの、魔法使いのお姉さん。私の事、覚えてますか? 私は、めぐみんという、名前なのですが……」

 

 トレードマークの三角帽子と魔法の杖を床に落とし、めぐみんはそう言った。

 他でもない、怠惰と暴虐を司る女神、魔王軍幹部ウォルバクに向かって、上擦った声で。

 そして女神ウォルバクは困ったように微笑を浮かべ――。

 

 

 

「……ええ、よく覚えているわ。八年……いえ、九年ぶりになるのかしら。久しぶりね、紅魔族のお嬢ちゃん。魔王になるっていう夢はまだ諦めてなかったりする?」

 

 

 

 めぐみんに向かって、そう答えたのだった。


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